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ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──

作者:なべさん
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OVA
~暗躍と進撃の円舞~
  The biter is bit

旧SAO攻略組最強の男。

六王第一席にして全プレイヤーの《力》の象徴。

《白銀の戦神》ヴォルティスこと、ヴォルティス・ヴァルナ・イーゼンハイムは――――



連行されていた。



「手間かけさせないでくださいスよ~閣下ァ~」

「ウチのかみさん、かんかんに怒ってますからね」

「……むぅ」

巌の如き口を引き絞り、猛獣のような唸り声を漏らす閣下。

これで地獄の閻魔役とかだったらこれ以上のハマり役はないのだが、いかんせん今回は彼が罪人側なのがしまらない。

「しかしあの書類の山は――――」

「ご自身の立場を弁えてください。あれでも閣下がどうしても確認しないといけない案件以外は除外してあるんですよ?」

「あの量でか……ッ!?」

逃げられないよう、前後を固める部下達から飛ぶ説得(に見せかけた不平不満)に戦慄する。

「でもさっき説明した通り、閣下も動いてもらわないといけなくなったんで、少しはデスクワークからは解放されるッスよ?」

けらけら笑う金髪頭に、今度は別の色合いでヴォルティス卿は唸った。

「……影妖精(スプリガン)猫妖精(ケットシー)のぶつかり合いは、防ぐことはできないのか?」

「閣下」

いさめるように、揺れる黒髪が言う。

「スプリガンは今回、ケンカを売りすぎました。しかも相手はケットシー……仮にも最強の火妖精(サラマンダー)を押さえつける《蓋》の一翼です。振り上げた拳の落とし所として、またはメンツの問題で、明確な敵としてスプリガンがいた事はちょうどいいんですよ」

「しかし……」

ヴォルティスは博愛主義者ではあるが、平和主義ではない。

人類皆平等であり、故に争いなど起こる訳はない、などとは、信じたいとは思っているが大人として、また人生の経験者としてそんな事はないと分かっている。

だが今回は……、と行き場のない胸中のわだかまりに奥歯を噛みしめる。

「まー、閣下の言いたいことも分かるッスけど、今回はどっちの種族にもいいガス抜きになってんじゃないスか?」

「どちらにも、か?」

「そーッス。スプリガン側はケットシーの侵攻で、内部に燻ってた不平不満が小さくならざるをえないッスからねー」

「……それは押さえつけるのとどう違うのだ」

知らず、低くなった声音にくすんだ金髪は声のトーンを変えない。

あのパフェ美味そうだなー、とか言いながら露店を見ている。見ると、その露店にはケバケバしいフォントを添えてイチゴがこんもり盛られたパフェの画像が、特大ウインドウで浮いていた。ちょこんと隅にアイスがあるのから察するに、冬場のアイス屋が泣く泣く邪道に走ったのだろうか。

話二割、パフェ八割ぐらいで意識を裂きながら、金髪の男は言葉を放つ。

「だから、《押さえつけて》るんスよ。そもそも、アイツらの言うことを叶えるのが、どれくらいのリスクなのかは、閣下だって分かるッスよね?」

「ぬ……」

スプリガンの真の狙い――――運営体によるケットシーの基礎ステータスへの下方修正(ナーフ)処置。これが為されたら最悪、アルヴヘイムの平和を構成している精緻なパワーバランスを崩す可能性すら出てくる。

今回の彼らの願いは、端から叶えられてはいけない望みだったのである。それこそ、大人げなく力で押し潰すほどに。

「とにかく、いったん本部に戻って装備を整えてから、僕達は僕達で――――っと、レンキから《リスト》が届きました」

「見せよ」

まだ完全じゃないですよ、という黒髪の言葉もおざなりに、寄越されたウインドウを一瞥する閣下。

すると。

「…………む?」

「どうされました?」

羅列された文字群の中の一点に目を止め、硬直する偉丈夫に黒髪の男は不思議そうに首を傾げる。

だが、当の男は数秒固まった後、唸るように「……なんでもない」と言った。

「《リスト》が完成したのだ。我等はこのまま向かったほうが良いのではないか?」

「いやいや、だから装備を整えて――――」

「構わん。我には《コレ》さえあれば充分だ」

言うや、ヴォルティスはアイテムウインドウを出し、己が得物である長大な両刃斧(ラビュリス)を実体化させた。ちょっとしたちゃぶ台ほどもある肉厚の刃は街灯の灯りを反射し、剣呑な輝きを放つ。

実体化しただけで皮膚が粟立つその存在感に、男二人が首を縮める。

「……閣下はソレでいいッスけど、俺達はどーするんスか?フッツーに私服しか持ってないんスけど」

「卿等は見ているだけで良い。追い込みからトドメまで、我が行おう」

ヴォルティスが一歩を踏み出す。

その足音がこれまでと全く違う怪音に聞こえ、二人の男は思わず道を譲った。

首筋が総毛立つ。

「……か、閣下。しかし、万一逃げられた時に、閣下の敏捷値(AGI)じゃ――――」

「心配いらん」

その男は笑っていた。

獰猛に、哂っていた。

「逃げる暇も与えん」










中天に架かる巨大な月が、見渡す限りの草原を海面のように青く染め上げていた。

アルヴヘイムの夜は短いものの、まだ曙光が射すまでにはずいぶん間がある。普通のプレイヤーでは、パーティー内での連携に支障をきたすとの深夜行軍だが、全種族中最も視力がいいケットシーにとって、この程度は昼間の木陰程度に感じる。

小動物(クリッター)のさざめきを切り裂くように奔る自らの相棒、《ガルム》の手綱をしっかりと握りながら、ヒスイは宙空を仰ぎ見た。

満点の星空。その夜闇の中に月の光を遮る複数の影が、綺麗な編列を組み、飛行していた。くさび形のそのフォーメーションは、渡り鳥の群れとも、ともすれば大きな爆撃機のようにも見える。

アルン高原。

央都アルンを中心とし、外側に環状山脈を囲む大草原地帯だ。

点々と村や林があったりするが、基本は見渡す限りの地平線である。解像度の問題で対角線上の山脈まで見えないので、視界の中は右から左までまっすぐ伸びる地平線に占められている。

フリーリアを出た、竜騎士(ドラグーン)狼騎士(フェンリル)合同隊は付近の、山脈を断つ渓谷――――《蝶の谷》からアルン高原に入っていた。

地を蹴り、風と成る巨狼のうねる背で、合同隊隊長を任されたヒスイは長い狐耳を撫でていた。

「んー、やぁっぱこんな季節に夜出掛けるモンやないなぁ。耳当てでも買うてくるんやった」

「あっ、たーいちょ。寒いんやったらこれ貸しましょか?あーしのお気に入り!」

「お、サンキュー」

隊員の一人から、やたらフワフワしている耳当てを借り、三角耳に当てる。ケットシーの中でもレアな狐耳は、通常の犬耳用の耳当てではいくらかはみ出てしまうが、ないよりはマシだ。

発生した仮想の温かみに目を細めながら、ヒスイはいまだに慣れない呼び名に口許を苦笑の形に歪ませる。

―――器やないゆー話……じゃないんだろうなぁ。

ただ単に、人を従えることに慣れていない、という訳ではない。

集団戦闘訓練や戦術の応用試験など、事務処理に追われる隊長の陰で隊を率いたことなど星の数ほどある。新アインクラッドへの攻略活動も含めれば、当人よりも指示していた機会は多かったかもしれない。

だが、それは自分の上に絶対的な存在としてあの少年がいるという前提があっての話だ。

今回だってそう。

終焉存在(マルディアグラ)》――――そう呼ばれる彼がここにいたら、今回の事件は全て解決する。

いや、こんなものは事件とも呼ばれないだろう。こんなことが些事に思えるような、それこそサーバの歴史単位での大事件でこそ、あの少年が本来のポテンシャルを発揮すべき場なのだから。

―――きっと、今回GGOへ行くのも、そーいう事なんやろなぁ。

きっと今頃、自分達の想像の埒外で戦っている。そんな気がしてならない。あの小さな背中には、そんな諸刃の剣のような危うさが積まれているのだから。

ヒスイはぎゅっと肩を縮こませて、マフラーの中に顔を埋めた。

けれど、たとえその内容を知っていたとしても、自分はその小さな背中を留めようとはしなかったと思う。きっと、それは他のフェンリル隊隊員達も、だ。

それはひとえに、フェンリル隊の全員がそういった事件の先で()()()()人間だからである。

一つの物語のヒロイン。

新米の一部は違えど、隊の古参全員がそう言った経緯で入隊しているからこそ、あの少年のやることには口出しはできない。否、したくない。

なぜなら、そういった行為で救われたのが自分なのだから。

―――この依存性も、その絶対的な肯定も、危ういんは判ってる。

耳元で吹き荒ぶ風音に目を細めながら、ヒスイは思う。

けど。

だけれど。

―――あて達から依存はできるけど、逆はない。共依存の関係性には絶対にならない。

あの子は他人(ひと)を頼らない。

戦場で背中は預けるだろう。どうしても時間が間に合わない書類は頼み込んでくるだろう。

だが、それだけだ。

あの少年は潜在的なレベルで、他人を頼るということをしない。

ここで語弊が生じないよう断っておくと、この場合の頼らないというのは、信頼をしない、とイコールではない。

むしろ逆。

彼は一度仲間、あるいはそれに近い《ナニカ》と決めた相手には、気持ち悪いほど心を許す。その様はまるでスイッチを切り替えたように、路傍の土塊を見るようだった眼が、急に愛玩動物のそれになるのだ。

きっと彼は、仲間に刺されたとしても、()()()()()()()()()()()、という理由で一切の痛覚を無視した笑顔を浮かべるだろう。

そして言うのだ。

そんなに強く握りしめて大丈夫?痛くない?と。

「――――さん、ヒスイさん!大丈夫ですか?」

「ッ」

右隣を走っていた補佐の少女が、心配そうな顔でこちらを見ていた。顔をのぞき込んだり、肩を叩いたりしたくとも、両方巨狼に乗っているのだからそれも叶わないのだろう。

知らず、キツく閉じていた目蓋をこじ開け、心配ないと手を振り返す。

安心したように胸をなで下ろす彼女に苦笑を漏らしながら、ヒスイは下目になりがちだった顔をしっかり前へと戻した。

細かい事を考えるな。今は目の前のすべき事に集中するだけだ。

―――そうや。あては……あたしは、あたしのやりたいようやるだけや。

しかし彼女は気付かない。

あの少年に関することを、細かいと形容する時点で、すでに自身も相応に壊れてきているということを。 
 

 
後書き
閣下はギャグキャラ←
この話は、前半野郎ばっか、後半目の保養(ケモノ成分アリ)という振れ幅多い回です(笑)
まあマジメな話をすると、物語上における《溜め》の回ですね。少年漫画における、ラストバトルに備えての修行回といいいますか。溜めると光るモノもあると思います。
でもやりすぎるとダレるってんですから、難しいものですよね。 
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