とある3人のデート・ア・ライブ
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第十章 仮想世界
第13話 揺れる心
高台のベンチで座っていた鞠奈と上条は高台公園を抜けて少し先にあるコンビニに来ていた。上条は今日晩ご飯の当番だったのでたまたま財布を持っていたので何か食べることにした。
コンビニに入って一番最初に目についたのは向かいにあるホットドリンクだった。秋になり夜も薄着では少し物足りなくなった季節には手が出やすい商品だ。だが上条は先ほど飲み物を飲んだばかりだ。今は喉が渇いていないので他の商品を探すことにした。
パンやおにぎりでもよかったのだが今は気分ではない。そうなった時に目についたのはレジの隣に置いてある揚げ物だ。寒いこともあってなかなかいいなと上条は思った。
しかし上条一人ならともかく今は鞠奈も一緒なのだ。女の子に揚げ物をあげるというのは流石に失礼だ。そんなことして許されるのはインデックスだけであり鞠奈にそんなことすればどんな言葉が返ってくるか分からない。
上条「……やっぱこれだよな」
上条はもとから目に付けていた商品を店員さんに言ってそれを買った。
コンビニを出ると鞠奈が両手に白い息を吹きかけて寒さをしのいでいた。
鞠奈「遅い」
上条「悪かったよ。はいこれ」
鞠奈「……なにこれ」
上条「肉まんだけど」
鞠奈「……?」
渡された白くて暖かいものを鞠奈は不思議そうに見ている。まさか肉まんを知らないのだろうか?
上条は自分用に買ったピザまんを美味しそうに一口頬張る。仮想世界でも変わらぬ美味しさに思わず笑顔になる。
そんな上条の様子を見て鞠奈もおそるおそる食べてみる。
鞠奈「……美味しい」
彼女は肉まんのことを全く知らなかったわけでは無かった。知識としては理解していたし、材料から察してどんな味かもだいたい予想はしていた。
だが実際に食べてみると予想以上の美味しさだった。ただ組み合わせただけでなくそれが言い感じにマッチして美味しさを出している感じがする。
上条「な?美味しいだろ」
と自分が作ったわけでもないのにどこか得意げな様子の上条だったが、よく見ると上条の手にある肉まんは形状は似ているが鞠奈の持っている白色とは違い、黄色に染まっていた。
あれは確か……
鞠奈「……ピザまん?」
と鞠奈は物欲しげそうな目でピザまんを見つめる。
上条「ん?お前もピザまん食べたいのか?」
そう言うと上条はピザまんを差し出してきた。思わず手が伸びそうになったが今の自分は食べ物に釣られる猫のような感じがして気にくわなった。思わず食べようとする気持ちをグッと堪えて上条に誤魔化す。
鞠奈「べ、別にピザまんが欲しいとか……そんなこと思ってないんだから」
典型的ツンデレである。
上条「いいから食えって。美味いぞー」
そんなツンデレ鞠奈に気づくはずがない上条は構わず鞠奈にピザまんを口元まで持って行く。
その鼻をくすぐるようないい臭いに鞠奈の中で葛藤が起こる。誘惑に負けて目の前にある肉まんを食べるべきか、それとも我慢して誘惑に勝つべきか。
鞠奈「(……これは、究極の選択!)」
なにを大げさな、と思うかもしれないが、鞠奈にとってはこれは重要な問題だ。一人でいるときなら迷わず食べていただろう。多少はしたない姿だろうとそれは見られなければ関係ない。鞠奈は自分の好奇心に身を任せて食べていただろう。
だが今は上条が隣にいる上に上条の食べかけのピザまんなのだ。そんな恋人みたいなこと恥ずかしくて出来るわけがない。そもそも鞠奈は他人に対してあまり素の自分を見せないことにしている。あまり慣れ慣れしくされるのも嫌だし、そもそも自分は‘人間’じゃないから。
では何故今自分はこんなことで葛藤しているのだろうか。以前の自分なら迷わず断っていただろうに……。
ピザまんの誘惑に負けそうになっているから?
本当にそれだけ?
上条「……?どうしたんだ?」
鞠奈「ひゃっ!?」
考え込んでいた時に隣から急に話しかけられ、身体を震わせる。横をチラッと見ると上条が心配した様子で鞠奈の顔を覗き込んでいる。
もう鼻と鼻がくっつきそうな距離まで来ていることに気づき、鞠奈は不覚にもドキドキしてしまった。
上条「ん?顔赤いぞ?熱でもあるのか?」
鞠奈「――ッ!?だ、大丈夫よ!貴方に心配される必要なんてないわ!もうピザまん食べればいいんでしょ食べれば!!」
もう最後はやけくそだ。
上条は「なんでここでピザまんが出てくるんだ?」と首を傾げていたが、鞠奈が美味しそうにピザまんを食べるのであまり気にしないことにした。
鞠奈は未知の食べ物の味に先ほど肉まんを食べた時のような感動を覚えた。
上条「んで話の続きだけど……」
鞠奈「あーそうだったわね。どこまで話したっけ?」
上条「お前が管理AIを奪うやり方まで聞いた。でもその先の目的が分からないんだよ」
鞠奈「そんなの決まってるでしょ。私が外に出たいからよ」
上条は自分が聞きたいことを答えてくれなくて少し考えた。
上条「……じゃあ質問を変える。お前はなんでフラクシナスに攻撃なんかしてきたんだ?」
その問いに、鞠奈は黙り込んでしまった。どこか考え込むような……仕草をしていたが、その瞳には迷いが見られた。
上条「……鞠奈?」
上条が心配するように声を掛けると、鞠奈は意を決したように答えた。
鞠奈「これは、お父様の命令だったの」
そういえば最初にも言っていた。鞠奈はお父様から貰った名前だと。
上条「さっきから気になっていたんだけど、そのお父様ってのは誰なんだ?」
それは、軽い気持ちで聞いたつもりだったのだ。恐らく自分の知らない有名な研究員が作ったんだろうと、勝手に解釈していたのも原因だったのかもしれない。
だからこそその名を口にしたとき、上条は珍しく恐怖したのだ。
「DEMインダストリー社の現社長、アイザック・ウェスコット」
――――
―――
――
―
「な――」
一瞬、何かの間違いかと思った。
そりゃそうだ、DEM社といえば何度か精霊達を殺そうと上条達を邪魔してきた連中だ。。
初めてこちらに干渉し出したのは修学旅行の時。本格的に敵と認識して戦ったのは学園祭の時。
どちらの時もDEM社には嫌な思い出しかない。
だが大事なのはそこではない。問題は精霊を敵対視している連中がなぜ精霊を作り出したのかという点だ。
上条「DEM社が精霊を人工的に作るなんてそんなことが――」
鞠奈「あるのよ実際!私の存在がそれを示してるの!!キミにとってDEM社は敵かもしれないけど私にとってはお父様がいる大事な会社なの!!」
投げつけるように叫ぶ鞠奈に上条は何も言えなかった。一般的にみれば極悪な人間でもそれが大事な人となれば見方はがらりと変わってくる。アイザック・ウェスコットを大事な人と呼ぶ鞠奈のように。
鞠奈「……キミは敵なのね」
上条「……俺はお前の力にはなりたいと思ってる」
鞠奈「でも、キミがアイザック・ウェスコットを敵と見なしているなら、キミは敵」
上条「……」
鞠奈「さよなら」
鞠奈は上条に背を向けて、街頭のない暗闇へと歩き出していった。
上条は引き留めたい気持ちでいっぱいだったが、相反するかのように身体は動いてくれなかった。
まるで、自分には彼女を救うことが出来ないと言っているように。
――――
―――
――
―
鞠奈は上条と別れて、特に行く宛てもなく歩いていた。
自分の手には、上条が自分のために買ってくれた肉まんとピザまんがある。
鞠奈「……って、私あいつのピザまんも持ってきてるじゃん」
一口ほおばった直後ぐらいから話の続きをしたのですっかり忘れていた。
返しに行こうかとも思ったが、あんな別れ方をしたものだから少し気まずい。それに今戻ると色々言われそうで少し怖く感じる。
その時、鞠奈は自分の考えていることに違和感を覚えた。
鞠奈「怖い……?なんで今私は怖いと思ったの……?」
説教されるわけでもないし、突然暴力を振るってくるわけでもないのに何故怖いと思ったのだ?
鞠奈「分からない……」
その理由が全くと言ってもいいほど思いつかない。色々な可能性があるわけではなく、ただただ分からない。
視線を自分の手に戻すと肉まんとピザまんが少し冷めているのが分かった。
鞠奈「……冷めないうちにたべちゃお」
言って自分が買って貰った肉まんからかじり出す。冷めても肉まんは相変わらず美味しかった。
少しずつその量を減らしていく。同時に色々なことが頭の中を渦巻きながら鮮明に思い出していった。
初めて自分の名前を呼んでくれたこと。
彼の困った顔が可愛かったこと。
情緒不安定だけどしっかり自分の話を聞いてくれたこと。
おごってくれた肉まんがどうしようもなく美味しかったこと。
彼が差し出してくれたピザまんもとても美味しかったこと。
そして、最後の一口を口に入れて、肉まんを完食する。
鞠奈「……」
同時に、どうしようもない虚無感が鞠奈を襲った。
何かを失った感覚、というよりは何かを失ったことに気づかされた感覚。
鞠奈「……そう、これで良かったの」
自分に言い聞かせるようにポツリと喋る。自分のお父様から受けた命を執行するためには、これは必要不可欠な行動なのだ。
だから上条を改めて敵と認識させて自分との距離を一定に保つ。
そう、これが最善の選択なのだ。
なのに。
鞠奈「……なんで私は泣いてるの?」
目からあふれ出る大粒の涙を、鞠奈は止めることが出来なかった。
気づけば、手に持っていたピザまんはとっくに冷め切っていた。
後書き
あと数話で終わりそうとか言っておきながらまだ終わりそうにないです。スイマセン。
ページ上へ戻る