剣の世界で拳を振るう
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ホロウエリアで
――ホロウエリア。
圏内等が存在せず、道行けば何処にでも存在する高レベルのモンスター。
何時か何処かで見たような、死神やフルアーマーの騎士。
明らかに殺りに来ているコボルトロードとその下僕の群れ。
プレイヤーネーム『ケン』は、確実に後悔をしていた。
「何故ホロウエリアなのか…もっと他に良い場所があったのではないだろうか。ゲームオーバー=死亡と言うのは分かりきっている筈なのに余りにもサクッと死ねる此処を提示してしまった俺の頭は最悪を極めているかと思われる。また、レベリングのためとはいえ、テンプレを軽んじて死にに行くなど余りにも愚行…。やはり今からでも引き返した方がいいのではないかと私は思うのですがソコんところどうでしょうかねシノンさん」
「ぶつぶつ言うの止めてくれる?ただでさえ薄暗いのに気分まで暗くなってくるじゃない」
「すみません」
俺の無駄に長い台詞が原因なのか、はたまたヘタレ発言が気に入らなかったのか…多分後者ですかね。
シノンさんの機嫌は低下を辿っているようです。
「さっきも言ったけど、あの件に関しては口外しないって言ったろ?」
「当然よ。言いふらされたらたまったもんじゃないんだから」
「じゃあ何で不機嫌?」
「何?私と居るのが嫌なわけ?」
「滅相もございません」
モンスターが比較的少ない道を歩きながら、こうした会話をする二人。
あの件とは言うまでもなく、朝田詩乃が巻き込まれた銀行での事件の事である。
とうやらこの世界ではまだ克服が出来ていなかったようで、物凄く念を押されたのだ。
「しかしレベリングなんて久しぶりだな…」
「ああ、ALOにはレベルがないんだっけ?」
「おう。完全プレイヤー技術ゲームってな。
まぁスキルは熟練度があるけど、やっぱりプレイヤーと噛み合ってなければ持ち腐れなだけだからな」
「魔法…ねぇ」
呆れるように呟いたシノンは、流し目でケンを見た。
「何さ」
「別に?
あんたの戦い方に魔法なんて必要ないんじゃないかって思っただけよ」
「…まぁ、余り使わないよな」
実際、使ったことなんて殆ど無い。
精々補助魔法を掛けた大技を繰り出す時ぐらいに使うだけだ。
「大体、その手甲は何なのよ。
オーラみたいなの出てるし…実際燃えてるんじゃないの?」
「…カッコいいだろ?」
「馬鹿なの?」
「…」
どうやらシノンにロマンは語れないようだ。
「取り敢えずレベリングしようぜ。
目標は今日中に10レベルアップな」
「はいはい」
「気を抜かないように~」
「分かってるわよ」
そうして二人はどんどん奥へと進んで行く。
途中で出会したモンスターは、俺がシノンの後ろに付く形で補助をし、危ない場面で手を出して経験を積ませる。
一応無理の無いようにと制限を決めているので危険無いだろう。
それでいて歩いている時間は他愛の無い話をつづけ、モンスターがいれば戦闘を。
まるで何処かへ向かいながらも興味を引かれた物に近寄り、時間を浪費する…謂わばウインドウショッピングのように見えなくもない。つまりそれは――
「これってデートじゃね?」
「馬鹿なの?死ねば?」
即答で返されたでござる。
まぁ冗談で言っただけなのでダメージは無いが、ここまで来るとこの子は将来、交際できる異性がいるのか心配になってくる。
まぁそう言う性癖持ってるやつ探せば早い話だろうか。
「ねぇ、あんた今腹の立つこと考えてない?」
「成る程、エスパーか」
「ふんっ」
「ぐおっ!?」
嗚呼…本当に。
「次考えたらナイフで刺すから」
「すんません…」
――爆発してしまえ。
「ねぇ…」
「どした?」
時刻は6時16分。
徐々に暗くなっていく時間帯だ。まぁ終始薄暗いホロウエリアには関係の無い話だが。
そんなホロウエリアの片隅で、モンスターが余り寄ってこない場所に座ったシノンが話を振ってきた。
「私…あんたのところの私は、その、あの事を…」
「…ああ、あの件についてなら、一応ながら克服してる」
「どうして…どうやって克服したの?今だって指をピストルの形に出来ないくらい怖いのに…」
「そうだなぁ…」
俺は何か、特別なことをしていたのだろうか?
俺が朝田詩乃と会ったのは裏路地でカツアゲされているところだし、その頃にはGGOもやってた。
現実で模型の銃を見ただけで吐きそうになるなんてトラウマを持っていることを知ったのも、大会の最中だったわけだし。
後日会った時にはケロッとしてたよな…。
「わからん…俺はなにもしてないから」
「…そう」
「俺が詩乃と会ったのは、カツアゲ去れてたところを丁度見かけた時だ。ただこれは俺の世界の詩乃であって、この世界の詩乃じゃない。
だから同じことが起きるって言う確信がないんだよ」
平行世界。もしかしたら会ったかもしれないifの世界。
今を元気付けるためだけに、大丈夫なんて無責任なことは言えないのだ。
「その…そっちの私は、どんな感じなの?」
「……………暴君…゛ピピッ゛…ん?」
質問に答えた瞬間、メールが来た。
送信者はシノン。目の前のシノンがなにもしてないのだから、俺の世界のシノンと言うことだ。
目の前のシノンに断りをいれて、メールを開く。
『帰ってきたら覚えてなさいよ』
「…」
「どうしたのよ?」
「俺、帰ったら説教受けるんだ…」
「は?」
どうやら俺は、向こうで粗相を犯していたらしい。
気落ちした俺を、どこかジト目で見てくるシノンに目をそらし、さぁ帰ろうと腰をあげた。
「ま、取り敢えず言えることは、だ」
「…何よ」
振り返ってシノンを見る。
また俺が助けられるとは限らない。
けど励ましの言葉なら送れるだろう。
「俺が行くまで負けるな…諦めるな。何時か絶対、助けに行くよ」
「…ふぅん」
そう言うとシノンはスタスタと歩いていく。
「え?あの、シノンさん?俺今結構カッコいいこと言ったつもりなんだけど…シノンさん?おーい…」
何故か返事をしてくれないシノンを俺は慌てて追いかけるのだった。
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