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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第八十一話 敵要塞迎撃の準備に取り掛かります。

フェザーン自治領主府では、ルビンスキーがボルテックから報告を聞いているところだった。
「そうか、帝国、同盟がついに動き始めたか。」
報告書をデスクに置くと、ルビンスキーは満足げな顔をしていた。一年間の休養は双方に力を蓄える期間として位置付けられていることは彼自身にもよくわかっていたが、さりとて何もないではいささか退屈すぎると言わざるを得ない。
 もっとも、ルビンスキーはこの期間を利用して帝国、同盟双方にいくつかの布石を打っていたし、情報収集も欠かさず行っていた。
「さようで。今度の戦いでは同盟の建造した要塞がいよいよ動き出すとの評判です。」
「要塞対要塞か。要塞を建造するのは何も帝国だけの特権ではないと思っていたが、本当にやるとは思わなかったな。」
ルビンスキーはいかつい顎を撫でていた。今回の要塞建造ではいささかフェザーンから同盟に対して資金援助を裏表にわたって行っているが、これはひそかなる同盟とフェザーンとの間の戦いのほんの一端に過ぎない。
同盟が再三経済面で独自の経済圏を構築する動きを見せる都度、ルビンスキーはそれを潰そうとし、同盟はそれを躱そうとするという戦いが続いていることを知っている者はごく一部だけだ。ルビンスキーにしてみれば、面白からぬことである。彼は同盟に対しての資金提供を強化して、いくつかの関係団体、著名人を取り込むことには成功していたが、決定的な一手を与えあぐねていた。
 敵は弱体化するどころか、先年のようにフェザーンの企業を取り込もうともしてくる手ごわい相手だ。一気にケリをつけるのは難しく、腰を据えて粘り強く取り組まなければならない。ルビンスキーはそう思っていた。
「どちらが勝っても国力に少なからず影響を及ぼすことになる。我がフェザーンとしては傾いた天秤を元に戻すべく手当てをすればよい。」
「しかし、自治領主閣下。」
ボルテックがここで、日頃抱いていると見える疑問を口に出す良い機会だと思ったらしく、
「帝国同盟双方の均衡を保つだけでは、現状はあまり変わらないのではありますまいか。」
「帝国同盟のみをみれば、だ、ボルテック。相対的な見方をすれば、帝国同盟双方が疲弊するその一方で、フェザーンの国力が増すこととなる。」
「はぁ、それはそうなのですが。しかし、決定的な一手を構築しない事には――。」
「フェザーンには武力がない。したがって、帝国同盟のような戦略戦術は取れんのだよ、補佐官。」
ルビンスキーは言下にそう言った。
「もっとも、それこそがフェザーンの強みでもあるがな。力を行使する者はその力におぼれることとなり、その力なくして物事を見ることができん。」
ルビンスキーはそう言いながらも、冷静に自分自身を見ることを怠っていなかった。今の話は、ボルテック、ほかならぬ我々自身にも当てはまることなのだ。それを理解していなければ、貴様もそれまでの人間だったという事だ、と。
「ボルテック。」
今度は声に出して、
「この度の会戦における帝国同盟双方の情報収集を怠らぬように。」
ボルテックは頭を下げ、退出していった。






 帝国歴487年6月11日、フィオーナ・フォン・エリーセル大将以下総勢5万5000余隻の艦隊は、イゼルローン要塞に向けて出立する。
 どの出立もそうだが、各艦隊の旗艦と遠征軍の総旗艦、そしてその護衛艦隊のみが軍港に駐留し、最高司令官または皇帝直々の閲兵を受けて出立する習わしになっていた。だが、今回はラインハルト・フォン・ローエングラム元帥のみが出席し、皇帝や帝国軍三長官は不在となってしまっていた。皇帝は体調がすぐれず、三長官は何かと理由を付けて。かえってその方が良かったかもしれない。
 帝都オーディンの軍用エアポートには、ラインハルトが麾下の将星に囲まれて立っていた。続々と将兵が出立し、敬礼をささげる中、ラインハルトは純白のマントをひらめかし、眼下の将兵たち一人一人を見定めようというふうに鋭い視線を送りながら答礼を返す。
 やがて、フィオーナの搭乗するヘルヴォール以下がゆっくりと上昇し、青い大気の中を、そのはるか先にある漆黒の広大な宇宙空間に向けて登り始めていった。
 半ば公式の行事だったから、ラインハルトはキルヒアイスにもイルーナにも一切の言葉を発さず、見送りが終わった後身をひるがえして閲兵台を降り始めたが、ちらっと視線を二人に向けた。二人にとってはそれで十分すぎた。ラインハルトのアイスブルーの瞳の中には二人に対する無言の決意と、謝意とがまじりあっていたからである。



 遠征軍を見送ったラインハルトは元帥府に戻り、ヒルダことフロイライン・マリーンドルフと共に昼食を取っていた。
「同盟軍の攻勢はおそらく本腰を入れてのものではあるまい。」
この場合のラインハルトの言う「本腰」とは帝国領内奥深くに侵攻する意思を示す。
「おそらくはイゼルローン要塞を破壊、あるいは奪取しわが軍の侵攻を誘うのが目的だろう。が、果たしてそううまくいくかな?」
執務中であるから、アルコールは一切ない。ラインハルトは食後の紅茶の入ったカップを口にしながら、ヒルダを見つめる。
「うまくいかないと、そうお考えですの?」
「帝国と同盟、言い換えれば帝政と民主政治の最大の違いは、民衆の意志が国家機関の意思決定を左右するか否かだ。同盟が仮にイゼルローン要塞を破壊あるいは制圧したとすれば、民衆の意志はどこに向かうかな?このまま帝国を誘引する悠長な策を取るか、あるいは投機的熱病に侵され帝国領内へ侵攻する策を取ろうとするか・・・・・。」
「仮に同盟が帝国領内に侵攻したとして、閣下にはその迎撃案がおありなのですか?」
「むろんのことだ。」
ラインハルトのアイスブルーの瞳に力強いきらめきが走った。同盟の奴らが侵攻してくるのであれば完膚なきまでに打ち破ってくれる!!という硬い決意と闘志のきらめきだった。が、それはヒルダの物静かな視線と交錯したとたんにこの若き伯爵令嬢を試すような光に代わった。
「フロイライン・マリーンドルフは帝国領内での迎撃には反対かな?」
「反対ではございません。ですが、帝国領内に誘引しての決戦を行うのであれば、少なからず周辺辺境惑星の民衆に被害が及びましょう。その辺りの事をご考慮いただければ幸いに存じます。」
「むろんのことだ。民をないがしろにし、自らの戦略方針それのみを重視する戦いぶりなどは私の好むところではない。」
ラインハルトはカップに口を付け、のどを潤してから話をつづけた。
「仮に同盟とやらがそのような策を取るのであれば、辺境惑星の民を悉く退避させる策を講じている。むろん、統治者である貴族共の了解を得てだがな。」
最後は苦々しげだった。元帥になる前のラインハルトは、しばしば執務に時間の余裕があると辺境星域の実態について調査を行わせ、そのデータをキルヒアイスらとともに分析していた。元帥になってからは公然とではないが、辺境惑星の貴族の嘆願を聞き入れ、陰ひなたに解決をしてやったこともある。むろんそれはひいては民衆のためになること、という限定詞が前につくのだが。貴族連中の中には為政者として恥ずかしくない力量を示す者もいるのであり、そういう者に対してはラインハルトは協力を惜しまなかった。だが、それと正反対の唾棄すべきものについてはいっそ民衆に殺されてしかるべきだとすら彼は思っていたのである。






 イゼルローン要塞に向かう途上、フィオーナとティアナはロイエンタール、ミッターマイヤーの双璧と会議をしばしば行った。これは戦略方針を決めるというよりは会話をすること自体に意味を成そうという目的だった。実を言うとティアナとロイエンタールの間に笑えないような対立が生じてしまっていたのだ。それを軍務にかこつけて修正しようと残った二人のどちらからともなく言いだしたのである。イゼルローン要塞派遣艦隊出立に先立ってティアナは大将に昇進してフィオーナと同列の階級に臨むこととなっていた。

 フィオーナ・フォン・エリーセル大将艦隊14500隻
 オスカー・フォン・ロイエンタール大将艦隊14500隻
 ヴォルグガング・ミッターマイヤー大将艦隊14500隻
 ティアナ・フォン・ローメルド大将艦隊14500隻

 都合5万隻を超える大艦隊が増援として向かうこととなっていたが、4人は誰一人として楽観的な見方をしていなかった。むろん、負けるとは思っていないが、勝てるとも思ってもいないのだった。
「イゼルローン要塞以上の要塞を建造し、イゼルローン回廊に突入させるとは、同盟軍とやらはいよいよ反攻作戦を展開するつもりかな。」
ミッターマイヤーが尋ねたが、これは会話の糸口をつくるきっかけにすぎない。反抗作戦が本格的なものであるにせよ内にせよ既に同盟軍には何らかの組織だった動きがあることは彼自身が肌でよく感じ取っていることだった。
「いや、そうでもあるまい。彼奴等の意図がどのレベルまでなのか、それを見極めることが必要だ。」
と、ロイエンタール。
「どういうことだ?」
「同盟の奴らが現状を謳歌したいというのであれば、回廊の反対側を要塞で封鎖すれば事足りる。だが、これまでの攻防戦を考えるとその線は薄い。ましてその程度であれば通常の警備艦隊で充分に足りるはずだ。」
「敵の意図は積極攻勢というわけか?」
ロイエンタールの表情の下にあるものを掘り下げるようとするかのように視線を固定させながら、ミッターマイヤーは尋ねた。ロイエンタールの表情というよりも、それを通過して、僚友の座るソファよりもはるか数千光年先に存在する敵の意図をつかみ取ろうというかのようだった。
「可能性として考えられるのはそういうことだが、どのような手段で来るのかが不明だ。要塞を制圧するのが目的か、あるいは―――。」
「要塞を破壊してしまう事すら考えている、でしょうか。」
顎に手を当てたロイエンタールの言葉をフィオーナが引き取った。それにうなずきを示して、
「その通りだ。単純に考えれば要塞を制圧してしまった方がはるかにうまみがあるが、現実的には5度の攻防戦で悉く失敗に終わっている。だが、要塞そのものを破壊し、その位置に敵の要塞を据え付けてしまえば、立場は逆転する。今度は我々が敵の要塞の前面に屍で舗装を行う番になるだろう。」
「なるほど。」
ミッターマイヤーが腕を組む。
「攻守所を変える、となるか。あるいはその余勢をかって帝国に侵攻をかけてくる可能性も否定できんな・・・・・。」
アムリッツアの敗戦を知っているフィオーナとティアナであったが、あくまでもそれは「アーレ・ハイネセンという巨大移動要塞がない場合」であった。仮にアーレ・ハイネセンを移動要塞とし、その周囲を数個艦隊で護衛した自由惑星同盟が帝国領内に進攻してくるとなれば、当然その対応方法は異なるだろう。
「となると、やはりイゼルローン要塞をもってイゼルローン回廊での要塞攻防戦が主体となるかな。」
「おそらくはそうなるだろう。敵の狙いが何にせよ、我々としては要塞を固守し続けるのがいい。もっとも・・・・。」
ロイエンタールがかすかに口の端をゆがめた。
「こちらが逆に要塞を制圧してしまう、という手もあるぞ。」
「景気のいい話ね~。自由惑星同盟にしたらさぞかし悔しがるんじゃないの。多額の予算と資材と人工を費やして作った要塞をあっさり制圧されたんじゃね~。」
すかさずティアナが横目でロイエンタールを見ながら冷えた口ぶりで言う。とたんに場の空気が沈滞し、零下の霜のように3人を凍り付かせた。実を言うと、この遠征の直前ティアナの乗り回しているラウディの一台をロイエンタールに貸したところ、運転不注意で傷をつけてしまったという一幕があったのだ。
「お前、皮肉を言っているのか?」
きっかり2秒後に、ロイエンタールの眉が一瞬ピンと跳ね上がった。
「別に。」
「あの件については相応の保証をすると言っているではないか。」
「保証で済む問題じゃないんだってのよ。」
『まぁまぁ二人とも。』
フィオーナとミッターマイヤーが二人を分け隔てた。だが、いったん火が付いたティアナの怒りは収まらなかった。
「あれは私のお気にいりの一つだったのよ!!そ、それを、それを・・・。どうしてくれんのよ!!あ、あんなにへっこみがついちゃったらもうパーツやらなんやらを全部交換しなくちゃならないじゃない!!」
ティアナの全身が、手がワナワナと震えている。今にも隣の男を絞め殺しそうな勢いだが、隣の男は一ミクロンたりとも動揺の色を浮かべていない。それどころか口の端をかすかな冷笑でゆがめながら、
「俺は有視界での後方駐車をしたいと言ったのだ。それをお前がバックモニターを信用しろというからああなったのではないか。俺たちはハードウェアに頼っていてはだめだという良い見本を学べたわけだな。」
「馬鹿ァ!!」
叩き付けるように叫んだティアナが部屋を走り出て行ってしまった。その様子がおかしくてフィオーナもミッターマイヤーも笑いをこらえるのに苦労したが、当事者の片割れを目にするとそうもいっていられなくなった。
「どうもすみません。ロイエンタール提督。ティアナはこと車に関しては視野狭窄になると言いますか、他に気が行き届かないと言いますか・・・・その・・・・・。」
あまりにも子供でごめんなさい、という言葉をさすがにフィオーナは言い出しかねた。
「いや、気にすることはない、フロイレイン・フィオーナ。責任の一端は俺にある。いずれけじめをつける形で謝罪したいと思っているが・・・・さて・・・何がいいものか・・・・。」
後半は独り言であるが、それは遠回しにフィオーナとミッターマイヤーに対しての質問であることは明らかだった。ことミッターマイヤーにとっては親友がそう言いだしたことそのこと自体が驚くべきことだった。漁色家として名高い親友は女と関係しても一方的に捨て去って顧みることは二度となかった。謝罪などという言葉が親友の口から出てくること自体が稀有なものだという感想を持たざるを得ない。
「それでしたらロイエンタール提督、こういうものはどうでしょうか?」
フィオーナはそっと周りをうかがうと、双璧を促して顔を近づけると、小声でひそひそと何か話した。
「そんなものが良いのか?」
ロイエンタールもミッターマイヤーも「女のかんがえていることはわからん。」という表情をありありと見せたが、そうはいってもティアナの長年の親友の言葉である。嘘であろうとも思えなかった。
「では折を見て手配しておこう。いや、早い方がいいな。すまないが中座させてもらう。」
ロイエンタールは会議室を出ていった。ドアがしまりフィオーナはすまなそうな顔を双璧のもう一人に向けた。
「ミッターマイヤー提督にもご迷惑をおかけします。」
「私は別にかまいません。ああしてロイエンタールの奴が人並に懊悩しているのを見るのは気分がいい。」
不思議そうなフィオーナの表情を見たミッターマイヤーは、
「フロイレイン・フィオーナの前でこういうことを言うのは何ですが、奴は漁色家として悪い評判がある男なのです。あるいはお耳に入っていることかもしれませんが。ですが、それは奴の本心ではない。」
ミッターマイヤーはテーブルの上に固い視線を落とした。
「ロイエンタールが好き好んでそうしているわけではないことは分っていたのです。わかっていたがそれを救う術は俺にはなかった・・・・。ロイエンタールはしばしば俺の家にやってきたが、俺は心苦しかった。俺は一人ではない。俺にはエヴァがいる。そのことを奴がどう思っていたか・・・・それを考えないではなかった。独身時代のように気ままに飲み交わすことができたらどんなにかよかったことか・・・・。」
ミッターマイヤーはフィオーナにというよりも一人自らの罪を独白する懺悔人になってしまっていたようだった。彼自身もそのことに気が付いたのだろう。はっと顔を上げてやや照れくさそうな顔をフィオーナに向けた。
「これは失礼を致しました。」
「いいえ、ミッターマイヤー提督。お続けになってください。」
「フロイレイン・ティアナがロイエンタールの奴と一緒になったと聞いて意外に思いましたが、それ以上に安堵しました。フロイレイン・ティアナがいくらロイエンタールの奴と喧嘩をしようが言い争いをしようが、奴を滅亡へ続く深淵の淵から救い上げてくれればそれでいいのです。」
「滅亡?」
はっとしたフィオーナがミッターマイヤーの顔を凝視する。フィオーナの脳裏にはロイエンタールがなした様々な言動、そして謀反への道が思い描かれていたのである。
「異なことを言うと思われるかもしれませんが、私には奴が滅亡への道を、自虐という領域をはるかに超えた速度と方法で突き進んでいるように見えてならないのです。親友としてできうる限りのことはしてやりたいがそれには限度がある。常にそばにいて付き添って歩みを共にする伴侶こそが奴を救うことができる。そう思っているのですよ。」
フィオーナは頭を下げた。この人は本当にロイエンタールのことを思っていてくれている。たとえ数十人の知己が周りにあろうとも、一人の親友には及ばないという例が今目の前にある。ミッターマイヤーがいてくれなかったら、ロイエンタールの人生はもっと悲惨でもっと違ったものになっていたかもしれない。本当に・・・良かった。そう思ったことが彼女に自然と頭を下げさせたのである。
「ミッターマイヤー提督、お話を色々としてくださり感謝いたします。」
「いや、出過ぎたことを申し上げたかもしれない。とにかく我々にできうることを最大限やりましょう。力を貸してください、フロイレイン・フィオーナ。」
「はい。」
はっきりとうなずいたフィオーナに別の話題が降ってきた。
「そう言えば、あなたとミュラーの方は――。」
フィオーナはそれに対して返事をせずに済んだ。ドアが開いてロイエンタールが戻ってきたのだ。仏頂面のティアナと、カートを押してきた従卒を伴って。どういう話をしてきたのかはわからないが、従卒がカートに乗せてきたティーセットやお菓子がティアナを不機嫌の寝床から顔を出さしめたのではないか、と想像できてフィオーナもミッターマイヤーも今度こそは笑いをこらえきれなかった。

 後でフィオーナは気が付いたのだが、この従卒は原作でロイエンタールの旗艦に勤務していたハインリッヒという少年である。また、未だ周囲には内緒ではあったが、二人の気持ちは決まっていたのである。この戦いが終わってオーディンに帰還したらミュラーとの結婚を正式に発表しようという話になっていた。

 いつ、どこでどのようにしてプロポーズがあったのか、それはフィオーナとミュラーの胸の内だけの秘密であったが、いつかここに記す機会もやがてめぐってくることだろう。


 その後特に事故もなく要塞に着任した艦隊はシュッツラー大将の艦隊、シュトックハウゼン大将からそれぞれ引継ぎを終え、両将は直ちにオーディンに向けて旅立っていった。「あのような若造、小娘に要塞を任せるとは帝国の世も末だ。」という思いを抱いて。
 要塞駐留艦隊にはフィオーナの直属艦隊があたり、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ティアナの艦隊はその周辺に布陣した。
「すぐに工事に取り掛かってください。」
フィオーナはすぐに工兵将校を呼び寄せて工事に着手させた。すなわちイゼルローン要塞を移動要塞にするべく着工させたのである。この案は既にラインハルトも了承済みであり、ここに来るまでの道中で他の三人にも話していたことだった。本来であればイゼルローン要塞着任前に行いたかったのだが――。
 それはそれとして、この工事に駆り出されたのは工兵だけではなかった。要塞守備兵も、艦隊将兵も当直を除く全将兵が動員されて不眠不休の交代で働いたのである。イゼルローン要塞にあって平素の事務にたるんでいた将兵たちは急激に降ってわいたこの一大工事に文句を言う暇もなく働かされた。当のフィオーナ自身、要塞総司令官の事務の傍ら時間が空けば現場に行って工事に立ち会っていた。
「フィオらしくないわね。こんなに急がせるなんて。」
と、作業の合間にティアナが言ったが、親友はいつになく引き締めた顔でこういった。
「いつ自由惑星同盟の要塞がやってきてもおかしくはないのよ。」
その言葉にはかすかな恐怖すら感じさせる何かがあったので、ティアナも以上言うのはやめた。

* * * * *
 巨大移動要塞であるアーレ・ハイネセンが自由惑星同盟を進発するにあたって、盛大な式典が催され、ブラウン・フォール最高評議会議長が祝辞を述べ、ついで新・国防委員長であるアラン・マックナブが、この要塞が自由惑星同盟の正義の鉄槌足ることを期待する旨、熱弁を振るった。盛大なファンファーレと共に新要塞がゆっくりと移動していく様子が全国に放送され、自由惑星同盟の全市民は熱狂の渦に包まれた。これまで幾度となくイゼルローン要塞に苦杯をなめさせられ、親兄弟や恋人を失ってきた悲しみ、恨みをこの要塞が綺麗にはらしてくれることを期待したのである。
アーレ・ハイネセンは周囲を護衛艦隊に囲まれながら、ゆっくりと前進していく。やがて亜光速に突入し、ワープに入ることとなる予定だ。その様子を司令戦艦ヒューベリオン艦橋で足を司令官机に投げ出しながら見ているのが、ヤン・ウェンリーだった。
「ハードウェアに頼るとはねぇ・・・・。」
紅茶を持ってきたフレデリカの耳にヤンの独り言が聞こえた。
「閣下。」
失礼にならないように、5秒ほど時間を置いたフレデリカが「紅茶をお持ちしました。」と声をかけた。ここ最近フレデリカはヤンの養子であるユリアン少年から紅茶の淹れ方を教わっていた。そうするようにたきつけたのが誰であったのかはわからない。
「ありがとう。」
紅茶のソーサーカップを受け取ったヤンの前に置かれた端末に反応があった。
『不満かね?艦隊司令官の席の座り心地は。』
アレックス・キャゼルヌ少将が、ヤンの通信端末に現れていた。
「別に。ただ、どうにも居心地が悪い、と言いますか。せめて伝統の「タタミ」とかいう代物があればなお良いですがね。あれは寝てよし、座ってよし、絨毯よりもよほどましなイグサの編み物ですから。」
『おいおい。艦隊司令官殿がそのような調子じゃ、部下たちに示しがつかんぞ。御託を言っていないで諦めて任務につけ。ミラクル・ヤンの手並みを皆が期待しているんだぞ。』
「私自身は期待していませんがね。聞くところによれば帝国もイゼルローン要塞に大部隊を送り込んだそうじゃないですか。それも先日元帥に昇進したミューゼル・・・いや、ローエングラム元帥麾下の精鋭を。」
ヤン・ウェンリーは知らず知らずのうちにあの邂逅を思い出していた。若き銀河帝国の大将とは長い時間会話をしたわけではなかったが、強烈なインパクトをヤンに植え付けていたのである。
『そうだ。だが、今更何を言うんだ。会議でも話があっただろうが。ローエングラム元帥麾下の艦艇約4万隻が帝都を出立してイゼルローン要塞に着任する手はずになっていると。もっともこれも過少報告かも知れん。実際には5万隻はくだらないという情報もある。』
「そんなところに3個艦隊・・・いや、2個半の艦隊ですか。上層部もどういうつもりなんでしょうねぇ。そんな無謀な作戦を立案するだなんて。」
当初第十艦隊のウランフ提督が赴く予定となっていたが、それは取りやめとなっていた。帝国軍の増援の報告を受けて、緊急会議を行った統合作戦本部は新たにバール・ビュンシェ中将の第九艦隊、パエッタ中将の第二艦隊を動員する旨、国防委員長の了承を取り付けていたのである。これは評議会でも承認済みだったのだが、この時はまだその情報がヤンやキャゼルヌの下には届いていなかった。
『パフォーマンスさ。少ない兵力で勝てばいい宣伝材料になる。それに、今回はアーレ・ハイネセンの威力に期待するところが大なんだ。あれ自体が数個艦隊に匹敵すると言われているからな。前の総司令部作戦参謀殿、せいぜい貴官の手並みを拝見させていただくとしようか。じゃあな、健闘を祈る。』
「あ、ちょっ――。」
伸ばしかけた手を引っ込めて、ヤンはため息をついた。通信はきれていたのだ。内心舌打ちしながらヤンはまだ温かみがあるカップに手を伸ばして紅茶を一息に飲みほした。
「アーレ・ハイネセンがイゼルローンを落とすと軍上層部は本気で信じているのだろうか・・・・。」
カップを手にしたまま一人つぶやくヤン・ウェンリーをフレデリカは心配そうにじっと見つめていた。


これより数時間前――。

 要塞進発の前、ウィトゲンシュティン中将の第十三艦隊の面々は、第十七艦隊、そして第十六艦隊の面々と改めて対面することとなった。第十六艦隊は要塞駐留艦隊として要塞内部に駐留したままワープすることとなるが、それ以外の第十三艦隊と第十七艦隊は通常航行でイゼルローン回廊に向かうこととなっていた。別行動の理由は、アーレ・ハイネセンのワープ・イン、ワープ・アウトに伴う次元乱流に巻き込まれないようにするためだった。建造当局が予測したよりも影響が大きいのである。
最先任を誰にするか、については当初統合作戦本部内でも案が割れた。要塞駐留艦隊である第十六艦隊司令官ティファニー・アーセルノ中将にするか、先任である第十三艦隊司令官クリスティーネ・フォン・エルク・ウィトゲンシュティン中将にするか。
だが、ティファニーが案外あっさりと辞退したことで、ウィトゲンシュティン中将が出先艦隊司令官となったのである。要塞司令官にはジャノ―・オーギュステ・クレベール中将が就任した。旧トゥルーデ派の一人であったが、今は鞍替えしてブラウン派と目される人物である。会議はややぎこちなく硬い雰囲気の中終始したが、幸いなことにどの司令官も頑迷で過激な人間はいなかったため、無理のない範囲での話し合いに落ち着いたのである。今のところは、だが。

「要塞主砲であるインドラ・アローをもってイゼルローン要塞を撃砕する。」

というのが方針として徹底された。イゼルローン要塞を奪取したい、という願望もなくはなかったが、五度の作戦で悉く流血に終わった事実を突きつけられると、その声もしぼんでいったのである。
「敵はどう出てくるかしらね。」
ウィトゲンシュティン中将は第十三艦隊新旗艦ダンケルク艦橋脇の会議室にて今度は艦隊の司令部の面々だけで話し合いを行った。
「防衛戦に徹するでしょうな。」
そう短く結論付けたのは副司令官トーマス・ビューフォート少将だった。
「敵にしてみれば、此方の攻勢を防ぎとめるだけでよいのですから。下手に手を出して火傷を負うがごとき下策は取らないと小官は思います。」
「だが、今回のアーレ・ハイネセンの主砲射程は敵要塞よりも長いという話ではないか。そうであれば、敵が黙ってみている限り傷を負うのは敵だけにすぎぬ。敵がその事実を知るのにはそれほど長い時を要しないだろう。そうなったとき、敵が積極攻勢に出てこないとも限らないではないか。」
ファーレンハイトが異議を唱えた。剛直な人柄の彼は、先任の少将に対しても遠慮をしない。
「迂闊に要塞前面に出てくればそれこそ我が主砲の餌食になるだけだ。事実を知ったとしてもそれは敵にとって退却を意味することにしかならないだろう。」
ビューフォート少将も譲らなかった。
「シュタインメッツ提督の考えは?」
ウィトゲンシュティン中将が水を向ける。シュタインメッツはやや黙ったのち、
「小官もファーレンハイトと同意見です。というのは、帝国の風土上一度敗退した者に対しては同盟以上の冷徹な処分が行われるという事が往々にしてあるからです。敵にしてみれば、むざむざ撤退をすることは自らの軍人としての生命を終わらせることに等しいこととなります。」
「その将兵がローエングラムなる元帥の麾下であっても、か?」
ビューフォート少将のいう事はもっともだと、カロリーネ皇女殿下もアルフレートも思った。なにしろあの300万の捕虜交換を推し進めたのはローエングラム元帥だったからである。
「事が元帥の責任問題に収まるかどうか、でしょう。数個艦隊を派遣し、それが要塞を失陥するほどの敗退となれば、ローエングラム元帥自身の進退にもかかわってくる問題。その部下だけが責任問題を免れ得るとは思えません。」
「なるほど・・・・。」
ビューフォート少将が腕を組んだ。
「であればこそ、到着早々に要塞主砲をもって全力射撃を行い、イゼルローン要塞を完膚なきまでに破壊してしまう作戦こそが望ましいと小官は思います。・・・・あくまで味方の血を流さない、という点においてですが。」
シュタインメッツの複雑な思いは後半部に凝縮されたと言ってもいいだろう。帝国からの亡命者である彼が帝国と「同胞同士の殺し合い」を演じることに、いささかも心を動かされない、というはずもないのだから。味方の血は流れないが、敵の血が流れるのは幾百万か。それとてもこの広大な銀河においてはほんの一滴にも満たぬ量なのである。
「失礼いたしました。まだ勝つと決まったわけではありませんのに、敵の心配をしていても仕方ありますまいな。」
かすかな自嘲気味の苦笑を表情にのぼせてそう言ったシュタインメッツに、ウィトゲンシュティン中将がうなずいて見せた。
「私たちはまず勝たなくてはならない。それも味方の犠牲がゼロであれば尚更良いというものだわ。シュタインメッツ提督の言う通り、到着早々にイゼルローン要塞に向けて主砲全力射撃を行うように提言してみましょう。仮に敵がうろたえて出てくるのであれば、艦隊が迎撃してこれを破る。第十三艦隊としてはそのような方針を提案したいのだけれど。」
幕僚を見まわしたが、反対する者はなさそうだった。シェーンコップ大佐はというと何も言わずに、皮肉そうな笑みを浮かべているだけだった。
「艦隊司令官たるものが艦隊を動かさずに他人の手をもって功績を得ようとするのですか。いやはや、時代は変わりましたな。」
とでも、言いたげな表情であった。が、ウィトゲンシュティン中将はそれをかすかに赤面しながらも無視した。シェーンコップ大佐に抗弁する代わりに、
「この第十三艦隊は私たちの家なのだから、その家長たる私はどんなことをしてもこの家を守り抜く義務があるわ。」
と、断固たる決意を眼差しに込めて言ったのである。


 イゼルローン要塞に向けて航行するアーレ・ハイネセンの道中については、特に述べることもないので割愛しよう。事故らしい事故は起こらず、回廊付近の最後のワープアウトの手前で、1日の休息を取り、第十三艦隊と第十七艦隊と合流、臨戦態勢に入った遠征軍はそのままワープアウトしてイゼルローン回廊に突入したのである。


 フィオーナたちがイゼルローン要塞に着任した後、8月1日自由惑星同盟の移動要塞イゼルローン要塞『アーレ・ハイネセン』は、その巨体をイゼルローン回廊に出現させたのだった。同時に自由惑星同盟は帝国に対し、和平条約の期限を延長しない旨、通告したのである。


 原作とは異なる、要塞対要塞戦が攻守所を変えて始まろうとしていた。
 
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