| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

SNOW ROSE

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

廃墟の章
  Ⅴ


 ロレンツォの出現から五時間程経ったであろうか、夜も明けて朝の清々しい光が、森の鬱蒼と繁る木々の隙間から降り注いだ。
 皆は荷物を纏め始め、それが終るやロレンツォとミヒャエル、そしてヨゼフは草を刈り始め、エディアとマーガレットは食事の支度に取り掛かった。その際、マーガレットは木苺を摘みに森の中へと入っていたのであった。この時期にラノベリーという木苺が実っていることを、マーガレットは知っていたのである。
 このラノベリーは、言い伝えによればその昔、ラノンという生け贄にされた乙女が好んだもので、それ故にラノベリーという名で呼ばれるようになったとされる。
 さて、エディアが朝食の支度を終えた頃、カゴ一杯にラノベリーを摘んだマーガレットが帰ってきた。
「今日はこんなに沢山採れたわ。」
 そう言うや、マーガレットはラノベリーを人数分に分け、それを携帯ようの小さな容器に移した。何だかんだと言っていたロレンツォの分も用意されており、皆と一緒に道を切り開こうとしているロレンツォを見て思うところがあったのであろうと思われた。それをミヒャエルが見て、やれやれと言った風に苦笑したのは言うまでもなかろう。
 朝食も済み、皆は再び仕事へと取り掛かったが、ラバが通れる程切り開くのにはさして時間は掛からなかった。
「こちらが新道であったようですが、完成以前に街が廃れたために使用されなかったようです。それで皆さんが通ってこられた旧道が、現在の主道になったようですね。」
 切り開いた先を差し、ロレンツォはそう言った。確かに、目の前の道は四人が通ってきた道とは打って代わり、堅焼き煉瓦が隙間なく並べられていたのである。現在の舗装通路と同じ仕組みで作られたものであり、それがそのまま残っていたのであった。
「まさか…ここまで技術が進歩していたとはな…。」
 その道を見て、ミヒャエルは溜め息混じりに呟いた。その言葉はミヒャエルだけでなく、他三人も同じように感じたであろう。
 現に、この遺跡が発見されるまで、この技術は四十年程前に開発された新しい技術だと思われていたのであるのだから。
 そうして後、皆はその新道に歩みを進め、目的地である廃墟へと向かったのであった。
 皆は最初、ロレンツォが夜中にこの様な場所まで来ていたため、廃墟はかなり近いものだと思い込んでいた。
 だが聞いてみると、ここからでは丸二日掛かるとのことであり、期待外れに皆は苦笑いするしかなかった。
「すいませんね。薬草の採取をするときは、かなり広範囲を歩きますので…。しかし、皆さんが歩いていた旧道よりは早いですよ?旧道は途中で村を一つ経由しますから、あのまま進んでいたら七日は掛かりましたからねぇ。」
 周囲の雰囲気を感じてか、ロレンツォは明るい声で言ってきた。それを聞き四人は、まだまだ自分達が知らないことが多いということことを改めて感じたのであった。
 廃墟に入るまでの二日間、これといって何事もなく順調に進むことが出来た。その道すがら、四人はロレンツォへと様々なことを問っていた。特に、レヴィン夫妻は森や廃墟のことだけでなく、伝説の兄弟のことなども問っていたのである。ロレンツォはそのどれもに、自ら知りうる限りの知識を持って語り、皆は彼の見識の深さに圧倒されたのであった。無論、マーガレットとミヒャエルも多くの問いをロレンツォへと出したが、これもまた然りである。
 この四人の問いの中でロレンツォは、レヴィン夫妻に問われた伝説の兄弟についてを特に詳しく語ってくれたのであった。
「レヴィン兄弟は同じ場所に埋葬されましたが、暫くして一度、墓所を移動されたと言われています。理由としては、兄弟が眠る場で争いが起きたことが原因で、この時に移されて以来、墓所の所在が不明となっているんですよ。」
 それは遥か遠い過去の物語である。この広大な森が、未だ大地を覆い尽くさぬ時代の哀歌。
「ある古文書によると、兄弟の墓所には“雪薔薇”が咲き誇っていたとされ、それを目当てにした墓荒らしがいたようです。聖文書大典には‘雪薔薇は邪な者を退ける'とありますが、聖パナスの手記には続きがあり、それにはこう書かれてました。」
 そこまで語ると、ロレンツォは木洩れ日を仰いで歌うように言葉を紡いだ。

“兄弟の憩いし地をば白き雪の薔薇守りし。然し邪な者、後断つことなく墓を暴かんと欲す。故、地に数多の骸転がりしことありて、村人皆おののいて神に祈りし。後に原初の神に許しを得、兄弟の亡骸をば安らけく憩えん地へと移さん。"

「最初は、祖父母の住んでいたメルテという小さな村に墓はありましたが、今はそのメルテの村さえ特定出来ません。そのため、メルテの村跡を見付けない限り、墓所を探すのはかなり困難と言わざるを得ない状況です。」
 このロレンツォの話に、レヴィン夫妻は落胆を隠せなかった。今向かっている廃墟は、学者間では“コバイユの街”跡であると言われている。メルテとは、古文書によるとコバイユより馬車で三日は掛かるとされており、遺跡調査もこの廃墟より先には進んではいないと言われていたのであった。そうなると、とてもレヴィン夫妻では先には進めない道程となってしまうと言うことなのである。それ故、レヴィン夫妻は共に顔を見合せ、落胆の溜め息を洩らしたのであった。
「お二人とも、そうガッカリなさらないで下さい。」
 ロレンツォはレヴィン夫妻の落胆ぶりに驚いき、慌てて言葉を付け足した。
「お二方の心情はお察しします。ですが全く希望が無いわけではありませんよ?調査はずっと続けられてますし、森も少しずつですが開拓されてきています。現在は、ナンブルク地方のクレドを経由しての調査で、フォルスタ経由の調査ではないんですよ。だからこの地方では、あまり知られてないんですけどね。」
 それを聞いて、レヴィン夫妻は幾分希望が持てたようで、夫妻は調査がいかに進んでいるのかをロレンツォへ尋ねたのであった。それに対しても、ロレンツォは明確に答えてくれた。
「私が聞いた話では、あの廃墟より歩いて十日程の、ターティスだと思われる村跡まで進んだとのことですよ。」
 異端文書の一つ“セネスの手記”によれば、このターティスの村はメルテの村より数え二番目の村にあたる。それほど大きな村ではなく、歴史資料の中には名さえ上がってはいない。そのため、ターティスについてはかなり情報が乏しいと言え、そうと断定する根拠を見付けるのは容易なことではなかった。遺されたものは家の土台や石造りの小さな聖堂と墓所などで、村の名前を知る手掛かりは一切なかったのである。発見当初はメルテではないかと言われたが、ドナの街であったフォルスタからの距離関係から、どうやらターティスの村ではとの見解に達したのである。
 さて、そうこうしているうちに時は足早に過ぎ去ってゆき、一行は目的地である廃墟へと無事に辿り着くことが出来た。一行を待ち構えていたものは、想像を越えた過去の遺産とも言うべきものだったのであった。



 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧