| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

テキはトモダチ

作者:おかぴ1129
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

British Rhapsody 〜赤城〜
  Apology and Greeting

「ロドニー」
「ん?」
「本国からの通達だから、心して見てね?」
「わ、分かった……」

 いつになく真剣に、提督がそう告げた。そんな提督の雰囲気に飲まれたのか、ロドニーさんは生唾を飲み込み、テレビの前に座る。

「再生します」

 厳かな大淀さんの声が響き、テレビにうつるマウスの矢印が動画ファイルを再生させた。大淀さんが画面一杯に動画を映し出す。提督が腕を組み、難しい表情でそれを眺めた。

 5秒ほど真っ青な画面が続いた後、急に画面が切り替わる。誰かのホームビデオのような雰囲気だ。どこかの建物の応接室のようなところなのだろうか。深い茶色の、年代物のソファが置いてあるのが見て取れる。

「……本国の海軍施設だ……姉さんの……執務室だ……」

 ロドニーさんがハッとしていた。ネルソン級戦艦一番艦……つまりロドニーさんのお姉さん、ネルソンさんの執務室とのことだ。

「姉さん……」

 ロドニーさんの眼差しが変わった。懐かしくてうれしいような……それでいて泣いてしまうほど悲しいような……目に涙をいっぱい溜めた彼女は、じっと、静かに、その映像を見ていた。

 ガタガタッという音とともに画面が少し揺れ、一人の女性が映り込む。オフの時のロドニーさんと同じく、綺麗な長い金髪のその女性は、ロドニーさんによく似た顔をしている、太陽のように眩しい笑顔がよく似合う女性だ。ロドニーさんより少し背が高く、表情が豊かで朗らかな、とても可愛らしい雰囲気が見て取れる。着ている服は向こうの海軍の制服だろうか。黒いスーツの胸元には勲章のようなものがいくつかついている。非常に厳かな服だが、不思議と、笑顔のこの女性によく似合っていた。

『ハーイ、ロドニー!!』
「姉さん……お久しぶりです……」
『久しぶりだね~』

 なぜか日本語で話しかけてくる、動画の中のお姉さん。ロドニーさんも、そんなお姉さんに日本語で話しかけていた。お姉さんは満面の笑みで、私たちに小さく手を振ってくれる。

『そして日本のチンちゅフの皆さんハジメマシテ! 妹がいつもお世話になってます! 私はネルソン級戦艦一番艦、ロドニーの姉、ネルソンといいまーす』

 『球磨だクマ〜』『電なのです〜』『戦艦棲姫だ。キリッ』と口々にみんなが不規則発言を発していく。しかしこのネルソンさんとか言う人、見た目はロドニーさんそっくりなのに、雰囲気が全然違うな……。

『ロドニー?』
「……」
『帰りたくないんだって?』

 お姉さんはそういい、画面を覗き込んできた。眉間を八の字型にし、不思議と、画面を見るロドニーさんの目をしっかりと見ているような……妹の身を案じてるお姉さんって、きっとこんな表情をするんだろうな……そう思わずにはいられない顔だった。

『……変わったね』
「……」
『日本に渡って間もないときは、『早く戻りたい』ってずっと言ってたもんね。敵も味方も上官も敵だらけだって、ずっと嘆いてたもんね。姉さんはね。とっても心配してたんだよー?』
「……すみません」
『……そんなロドニーが、今は『帰りたくない』って言うぐらいだから……今いるチンちゅフは、きっと友達がたくさんいて、のびのびと生活できる、いいところなんだね』
「その通りです……姉さん……」
『よかった……ロドニーはちゃんと、ホームを見つけられたんだね』
「はい。……姉さん、私のホームはここです……この鎮守府です」
『よかったね。ロドニーのホームが、そのチンちゅフで』
「はい……ぐすっ……」
『うんうん』

 画面をじっと見つめるロドニーさんと、そのロドニーさんを、目尻をさげた嬉しそうな眼差しで見つめる、画面の中のお姉さん。彼女をずっと心配していたお姉さんは、きっとうれしかったはずだ。永田町でつらい日々を送っていたロドニーさんが、本国の帰還命令に対して『まだ帰りたくない』と抵抗したことを。たとえ本国から遠く離れた土地とはいえ、ロドニーさんが、自分が帰るべき場所を見つけたということを、きっとお姉さんは喜んだはずだ。

 うれしそうに何度もうんうんとうなずいた後、お姉さんは一度画面の外に出た。ガタガタという音のあと、再び画面に姿を見せるお姉さん。黒い軍帽をかぶったその表情は、戦闘時のロドニーさん以上に凛々しく、威厳がある。

『ネルソン級戦艦二番艦ロドニー。あなたはこれより、私の指揮下に入ります』
「……!」

 お姉さんは威風堂々な態度で、自身の部下、ロドニーさんに話しかけた。これは、ロドニーさんのお姉さんではない。彼女の戦友にして上官、ネルソン級戦艦一番艦、艦娘ネルソンだ。

『そして上官として、次の任務を伝えます』
「は、はい!」
『引き続きその鎮守府に在籍し、深海棲艦との和平交渉に尽力する、サクラバイツキ大尉の力になりなさい。護衛として、サクラバ大尉をあらゆる脅威から守りなさい』
「姉さん……」
『サクラバ大尉が現在携わっている深海棲艦との和平交渉は、今や全世界の注目の的です。そのことに、決して良くない印象を持つ者もいるでしょう。そのような敵性勢力からサクラバ大尉を守り、和平交渉を円滑に進め終戦を迎える事は、我らが女王陛下も望んでおいでの事です。故に私のこの命令は、女王陛下の勅命と同義。大将の帰還命令は無効とし、破棄されました』
「姉さん……ひぐっ……ねえ……さん……」
『だから、残りなさい。……あなたのホームに』
「ありがとう姉さん……ひぐっ……あり……がと……ありが……」

 お姉さんの言葉を聞いたロドニーさんは、目に涙を一杯ため、涙がこぼれて嗚咽してしまうのも気にせず、テレビ画面をジッと見ていた。

 今まではなし崩し的にこの鎮守府にいたロドニーさんだが……本国からの指示により、今後は胸を張ってこの鎮守府にいられるようだ。お姉さんからのサプライズプレゼントは、ロドニーさんの帰国を取り消しただけでなく、お墨付きもくれたわけだ。彼女が嬉しくないはずがないだろう。

「ロドニーさん、帰らなくてもいいのです?」
「やったなロドニー!!」
「フンッ……悪運の強い奴だ」
「よかった。また今日からご飯いっぱい炊けますね」

 静かにジッと画面を見つめるロドニーさんの元に、みんながワッと押し寄せてきた。電さんと天龍さんは涙で顔をくちゃくちゃにしている。憎まれ口をたたく戦艦棲姫さんもどこか嬉しそうだし、鳳翔さんもご飯をいっぱい炊くのがうれしそうだ。

 よかった。私も胸が温かい。大きな安心が身体を包み込む。何のことはない。私も寂しかったんだ。同じバトルジャンキーで、唯一、死闘で分かり合うことができた私の仲間、ロドニーさんと別れることが。

 安心したら、フと涙がこぼれそうになった。画面から顔を反らし、涙を人差し指で拭う。これは、うれしい命令なんだ。こんなにうれしい命令に、涙は似合わない。私も笑おう。

『サクラバ大尉。戦艦ロドニーを……私の妹を、これからもよろしくお願いします』
「いえいえ、こちらこそロドニーにはお世話になりますよー」
『赤城型航空母艦、一航戦の赤城さん』
「は、はい!?」

 唐突にお姉さんに名前を呼ばれ、ビクンとしてしまう。涙をためていたから目が真っ赤だ。ロドニーさんが私を見ていて、恥ずかしい……

『あなたのことはロドニーから聞いています。特に仲の良い方だとか……』
「ま、まぁ……」
『バトルジャンキーで融通が効かないくせにちょっと抜けてて視野狭窄になりやすいところがある妹ですが……根は優しい子です。……これからも、仲良くしてやって下さい』
「バッ……姉さん!?」
『赤城さん。それから、鎮守府の皆さん。どうか……どうか妹を、よろしくお願いします』

 画面の中のお姉さんはそう言い、私たちに対して深々と頭を下げた。それを受けて、私はつい反射的に敬礼のポーズを取ってしまう。提督も同じく敬礼のポーズを取っていた。他のみんなもお辞儀をしたり敬礼をしたり、『コワイカー』とバンザイしたり……反応は様々だ。

『いやー、やっぱこんなのは堅っ苦しくて性に合わないわー!!』

 ロドニーさんへの下命を終えたネルソンさんはそう言って軍帽を脱ぐと、照れ笑いをしながら、その手に持った軍帽で自分をバタバタと仰ぎ始める。彼女は今、ロドニーさんのお姉さんに戻ったようだ。ロドニーさんとほぼ同じ顔の人が、ロドニーさんが絶対に見せない表情を見せる……なんだか楽しい人だ。上官としての威厳も持ち合わせた、とても魅力的な人のようだ。見ているだけで、心が暖かくなる

『あーそうそう!』

 お姉さんが唐突に勢い良く顔をカメラに向ける。楽しい人だ。こうやって数分見ているだけで、くるくると表情がよく変わる。ロドニーさんと比べると、このお姉さんは本当に表情豊かで魅力的だ。

 ……だが、お姉さんの次のセリフを聞いて、私たち全員は、時が止まった。

『ロドニー?』
「は、はい姉さん!」
『この命令は、本当は3日前にロドニーに届いてるはずだよ?』
「……は?」

 頭にはてなマークが浮かぶ。この命令は、3日前にロドニーさんに届いていた……だと……?

「ロドニーさん」
「う……う?」
「どういうことですか?」
「電も知りたいのです」
「この戦艦棲姫にも聞かせろ」
「わ、わからない……私にもさっぱり……」

 ロドニーさんが両目を踊らせながら私たちを振り返り、提督以外の全員が、提督と同じ……いや提督以上の死んだ魚のジト目でロドニーさんを見る。この人数のジト目によるプレッシャーは、いくら歴戦の猛者であるロドニーさんでも耐えられないようで、額に汗をかき始め、プレッシャーに押されて少しずつ後ずさりをしはじめた。

 全員からの無言の非難……流石に少し不憫な気もしたが、私には、全員を止めることはできない。なぜなら……

「ロドニーさん?」
「ど、どうした?」
「私たちにここまでさせておいて……どういうことでしょうか?」

 私が筆頭で、彼女をジト目で睨みつけているからだ。あの死闘は何だったのか……この感動的なお別れ会は何だったのか……これはキチンと説明をしてくれなくては、皆の心配りが無駄になる。

「あー……あー……コホン……ロドニー」

 控えめかつわざとらしい咳払いが聞こえ、提督がロドニーさんをジッと見ていることに気がつく。提督の眼差しはいつもと変わらない死んだ魚の眼差しだが……まさか提督の眼差しが、この空間の中でもっとも温かい眼差しだなんて……そんな日が来ることを一体誰が予想したであろうか。

「な、なんだ司令官?」
「お前さん、ここを去ることと、赤城と決着つけることばっかりに気を揉んでたろ」
「あ、ああ……」
「やけくそ気味に『帰る』って返事したあと、そのことばっかり気になってて、本国からの通信に全然目を通してなかったろ」
「……え」
「俺、今日司令部からお叱りを受けてな? ロドニー宛の通信が受信されてないって、お前さんの本国からクレームが来たらしいのよ」
「……!?」

 何か心当たりがあったようだ。ロドニーさんは冷や汗をだらだらとかきながら、懐からスマートフォンを取り出した。そんなもので司令部からの連絡を受けていることにも驚いたが、それよりも驚いたのが、その件数。

「!?」
『ロドニー?』
「未読……よんじゅう……はちけん……だと……ッ!?」

 真っ青なロドニーさんが、握りつぶされたような声で、消え入りそうな悲鳴を上げるようにそうつぶやいた。

「全然気が付かなかったんですか!?」
「ハァー……ハァー……」

 息苦しそうに浅い呼吸をしながら、ロドニーさんが震える指でスマートフォンの画面をさわさわしている。彼女がメールの画面を開いた途端、食堂には、彼女のメール受信音が嵐のようにけたたましく鳴り響いた。

――すぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽんっ……すぽぽぽんっ……すぽんっ

「あなたどれだけ放置してたんですかッ!?」
「い、いやあの……お前との戦いとかここから離れることばかりに気がいって……!!」
「限度があります! 司令部からの連絡を48件も無視し続けるって……どれだけ度胸の無駄遣いをしてるんですかッ!?」
「いやしかし……!!」
「しかしもクソもありません!!」

 冷や汗だらだらのロドニーさんに、あらん限りの憤怒の感情をぶつける私。ホームとなったこの鎮守府から離れる悲しみはわからなくもないが、それでも上層部からの連絡をそんなに放置し続けるとは何事か。今日ばかりは彼女に説教をくれてやりたい気分だ。あとで鳳翔さんにお願いして、今晩のロドニーさんの晩御飯は抜きにしてやる。

 私の叱責を受けたロドニーさんは、大慌てでスマートフォンをさわさわし、司令部からのメールを確認しはじめた。よほど動揺しているのか……別にそこまでやれとは言ってないのに、彼女は一件一件、震える声で送信者とタイトルを読み上げていく。

「『命令撤回と新しい任務に関する連絡』送信者、大将……」
「次!」
「『再送。命令撤回と新しい任務に関する連絡』送信者、大将……」
「次!!」
「『再再送。命令撤回と新しい任務に関する……」
「次!!!」

 そうして20件目に到達した時だ。ロドニーさんの雰囲気が、明らかに変わった。

「『通告』送信者……」
「そのメールの送信者は!?」
「……!!!???」
「誰なんですかッ!?」
「……ネル……ソン……ねえさんッ……!!?」

 まるで稲妻に打たれたかのように身体をのけぞらせ、ピクピクと痙攣しながら天井を見上げたロドニーさんの目は、白目になっていた。まるで酸欠気味の金魚のように口をパクパクとさせ、死闘の時以上のピンチの様相を呈している。何この人おもしろい。でも怒りに任せた追求は止めない。

「で!? メールの内容は!?」
「パクパクパク……く……ねえさ……が……」
「聞こえません!! 何だったんですか!!?」
『……ロドニー?』

 ネルソンさんの、柔らかい声が響く。この声を聞いた人は、『なんて優しい声なのだろう』と思うかもしれない。実際、ネルソンさんの声は柔らかく、話す相手のことを精一杯気遣っている様子が聞き取れる、とても聞き取りやすく優しい声だ。表面上は。

 だが、私は感じる。冷たい……彼女の声の中枢は、極低温でとても冷たい。その声質は、表面上の優しさとはまったく違う感覚を、私の生存本能に届けた。

 『彼女は怒っている』。私の生存本能が反応した。ここにいては危険だと、ネルソンさんとの接触を全力で避けろと警報を鳴らした。顔を見るなと全力で叫んだのだ。

 故に私は、ロドニーさんに対する怒りが潮が引くようにサッと引き、恐怖で画面を見ることができなくなった。見てしまうと、なんだかネルソンさんのお怒りに触れてしまうのではなかろうか……そう思ってしまった私は、画面の方向を見ることができなかった。

 ネルソンさんの声を聞き、ロドニーさんは意識を取り戻したようだ。さっきまで白目だった眼差しが元に戻り――でも恐怖で焦点が合わないみたいだけど――ピクピクと痙攣していた身体をなんとか持ち直して――でも恐怖で身体が震えているけど――急いでテレビ画面の前に立って、画面をガッシと両手で掴むと、まるでホラー映画鑑賞中の天龍さんのような声で、画面の中のネルソンさんに対して全霊で訴え始めた。画面をガクガク揺らしながら訴えているが、よほど恐ろしいのか、その手に力が全くこもってないのが、私から見てもよくわかる。

「ま、まさか姉さん……本当に……!?」
『……』
「嘘だと言ってください姉さん!! イヤだ……あれだけは……私はイヤだ!!」

 ここで、画面がチラッと視界に入った。ひょっとすると角度の関係で、全員の中で画面が見えたのは私だけかもしれないが……私にはそのテレビ画面のネルソンさんの顔がはっきりと見えてしまった……。

『ロドニー?』
「は、はい姉さん……」

 この時のネルソンさんの顔を、私は生涯忘れることはないだろう。

 まだ戦争中だった頃……私は一度だけ、深海棲艦さんたちの一人、“レ級”さんの資料を見たことがある。たった一人でひとつの艦隊に匹敵する実力の持ち主というレ級さんは、戦闘中の写真であるにもかかわらず、凶暴な笑みを浮かべていた。

『楽しみだね』
「……」
『………………稽古』
「姉さ……ん゛ッ!?」

 その時のネルソンさんの顔は……私が資料で見た、レ級さんを彷彿とさせる、凶暴な微笑みを浮かべていた。勝利のみを追い求めた、当時の永田町鎮守府の最強布陣の艦隊に対して、たった一人で致命的なダメージを絶え間なく与え続け、そして撤退せしめた時の、あの資料の中のレ級さんの、獰猛な微笑み……見ているだけでこちらの背筋を液体窒素で凍らせるような、恐怖の具現化……

『それじゃあチンちゅフのみなさーん!』
「あばばばばば」
『お会いできる日を楽しみにしてますねー!!』
「来なくていい!! 来るんじゃあないッ!!」
『ロドニーも楽しみだよね?』
「はい……楽しみです……」
『ぐっばーい!』
「待ってくれ姉さん!! 姉さん!!!」

 ロドニーさんの阿鼻叫喚も虚しく、動画は唐突に真っ青な画面に切り替わり、やがて大淀さんの『終わりました』という冷酷な宣言によって、終了となった。

 ロドニーさんはしばらくの間、うつろな眼差しで天井を見つめながら、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。よく聞き取れないが、『姉さん……』『イヤだ……』と繰り返し言っているような……?

 完全に力を失ったロドニーさんの右手に握られていた、スマートフォンがするりと落ちた。カタンという音とともに床に落ちたスマートフォンは、光り輝く画面が上になっている。

「お姉さんからのメールの内容は、結局何だったんですか?」

 ネルソンさんからのメールが気になってロドニーさんに聞いてみるが……返事はない。申し訳ないと思いつつもスマートフォンを拾って画面を見てしまう。本当にヤバいものなら、彼女も抵抗すると思うが……。

「ロドニーさん?」
「ああああああああ……」
「みちゃいますよ?」
「うああああああ……」

 聞いてないようだ。このロドニーさんがこれだけ恐れおののくなんて、どれだけ恐ろしい内容が書かれているのか……

「赤城、見ちゃいなさい」
「よろしいんですか?」
「かまわんよ。ネルソンさんの許可ももらってあるし」
「そうなんですか? お姉さんと話をされたんですか?」
「さっきの動画をロドニーに見せて欲しいって頼まれたときにね」

 提督にまで促されたのなら仕方ない。ネルソンさん本人の許可も得ているという話だし。意を決し、私は画面に表示されている、ネルソンさんからのメールの文面を読んでみた。

「……」
「赤城さん? なんて書いてあるのです?」
「ネルソンさん、近いうちにこの鎮守府に来るようです」
「ホントなのです?」
「ええ。みんなに挨拶したいそうですよ。日本の鎮守府運営の視察も兼ねて」
「楽しみなのです!!」

 私は嘘は言っていない。

 ただ、ロドニーさんの沽券に関わる部分は、意図的に伝えてないだけで。

「なるほどね……あー……ところで、ロドニー?」
「あああああああああ……あばばばば……」

 提督の声すら耳に届かないロドニーさんは、もはや情けない声を半開きの口からダラダラともらしつづける、どこかのダメ親分と同類になってしまった。天龍二世さんとの距離が縮まりそうだ。彼女もそう遠くないうちに、天龍組の一員になるのだろうか。

「ロドニー?」
「あばばば……ハッ!? な、なんだ司令官!?」
「あー……おほん。みんなに、なにか言うことがあるんじゃないの?」

 やっと元の世界に戻ってきたロドニーさんの意識が、なんとか力づくで自分の身体を反転させた。焦点の合わない眼差しで顔中冷や汗ダラダラ。顔色は真っ青で、半開きの口から漏れ出る声はアワアワと怯えている。腰がひけてへっぴり腰になっていて、こんなに頼りなくて情けない、ぽんこつロドニーさんを見たのは初めてだ。なんだこのぽんこつビッグセブン。

「あ、あの……みんな……」

 ……まぁ、あんなメールをもらったら……ね。誰だって、怖いですよね。

「あの……えっと……」
「「「……」」」
「こ、ごめんな……さい……」
「「「……」」」
「これからも、よ、よろしく……」

 頭がまったく回ってないんだろう。瞳をぐるぐると回しながら、彼女がやっとの思いでひねり出した言葉が、改めての挨拶だった。

「「「「よろしくー!!!」(なのですー!!!)」(だクマー!!!)」(コワイカー!!!)」

 私たちはロドニーさんに、息を揃えてバラバラに、思い思いの言葉を投げかけた。いろいろとアクシデントはあったが、無事ロドニーさんはこの鎮守府の一員になった。めでたしめでたし。

 あとは、ネルソンさんの来訪がいつになるか、だが……

「ところでロドニー?」
「うあああああああ……」
「ネルソンさんはいつ来るんだ?」
「あばばばば……」

 集積地さんと戦艦棲姫さんが、前後不覚のぽんこつロドニーさんに言い寄り、ロドニーさんはそれに気づかず相変わらず頭を押さえて目をぐるぐるさせている。

 私は気になって、再度メールの文面を確認してみた。ネルソンさん来訪の予定日時は……記載なし。私はネルソンさんからのメールを読みながら、反射的に自分のおしりをそっと優しくガードした。


『通告』

親愛なるロドニーへ

もう2日も連絡をくれないのはどういうことなのかな?
『帰りたくないっ』てダダをこねてるって聞いたから、
姉さんこっちで女王陛下にお願いしたり、色々がんばったんだけど?

1日ぐらいの不通なら大目に見たけど、さすがに心配かけすぎです。
姉さんだけならまだいいけど、女王陛下も心配しておいでです。
これは姉さん、さすがに見過ごせません。怒り心頭です。

実は、私自身も日本の鎮守府運営の研修を受ける必要が出来たため、
近いうちにそちらの鎮守府を訪問する予定です。
日頃お世話になっているアカギさんたちにお会いしたいし、
サクラバ大尉にもご挨拶しておきたいしね。

つきましては……その時に、あなたにランスで稽古をつけてあげます。

久々のジュースティングなので、手加減無しで行きます。
怒りに任せて容赦なくどつきまわすので覚悟するように。
主に尻をどつきまわします。
尻を磨いて、私の到着を震えて待っていなさい。

あなたの姉 ネルソンより。

追伸:繰り返します。重点的に責めるのは尻です。
   あなたの尻を存分にどつき回せると思うと、胸が踊ります。
   今の姉さんにはもう、あなたの尻しか見えません。



終わり。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧