Fate/PhantasmClrown
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MySword,MyMaster
Act-3
#4
大地を割る、串刺しの槍。
セイバーは聖剣の尾を引きながら、その地雷原を回避していく。
彼の兜、その頬当てと紙一重の空間を、恐るべき破壊力を秘めた銃弾が通過していく。
火力は、アーチャーの矢が上を行く。
連射性や手数もまた、彼女が上だ。
だが――この、射手の数は、どうだ。
セイバーを取り囲む城塞。まるで獲物を飲み込むアリジゴクの巣の如きその頭上から、無数の兵隊がこちらに銃口を向けている。それらが人間ではなく、霊基を与えられた強力なゴーレムの類である、というのは分かっている。
しかし分かっている事と、対処ができるかどうかはまた、別だ。
「――ッ!!」
セイバーは城壁を駆けあがると、機械兵の首を刎ねる、刎ねる、切り捨てる。
豪速を以て貫かんとする串刺しの槍へと向けて彼らを叩き落し、破壊する。
舞う。踊る。蒼銀の騎士が、剣舞を。
黄金の聖剣――星屑の燐光が、星の一つも出ていない都会の空を染めていく。
気付く。セイバーを照射する、円形の魔法陣。飛び退く。その反応は、きっと直感。
直後、奇妙な文字の様なものが出現し、同時に先ほどまでセイバーが立っていた、魔法陣の範囲内を焼き尽した。
セイバーは顔を顰める。厄介な敵だ、と。
無数の雑兵。そして致命的な一撃を与える、城主。
この城の――否。帝都の主は、とても芸術的で、しかして合理主義な人間だったのだろう、と。
そう。聖杯を狙う英霊が一基たる、かの『皇帝』は。
***
私の王様。
裕一。束裕一。
二歳年上で、たった一人の、大好きで大切な男の人。
私の運命を変えた人。滅びの未来を断ち切った人。
聖剣使い――きっと、皆が、彼をそう呼ぶ。私も、彼をそう呼ぶ。
でも――聖剣使いじゃない彼を。唯の無力で、自己評価の低い彼を、私は知っている。
だって――そんな彼も大好きだから。私を助けてくれたのは『聖剣使い』としての彼だけど。でも、私の心を開いてくれたのは、『聖剣使い』としてではない裕一だったから。
だから私は、剣になる。
彼の、聖剣の代わりに。彼が、自らを変えてしまう黄金の剣を、使わずとも――王様で、いられるように。
私が、剣になる。
***
夢を、見ていた。
遠い、遠い昔の夢だ。鏡に映る僕の姿は幼くて、髪と瞳はまだ黒い。黒曜石のようだ、とは行かないけれど、でも結構色の濃い黒だった。
僕はどこかの建物の中にいた。外では、父さんと、騎士団の人たちが今間借りしている傭兵部隊の人たちが、合同で訓練をしていることを、今の僕は知っている。当時の僕も、一応、知っていた。
僕みたいな『出来損ない』というか、落ちこぼれの魔術師を、どうして父さんが連れて来たのかは良く知らないけど、でも、とりあえず、そこにいた。
しかしさすがに訓練になると追い出された。僕と同じくらいの子どもたちもたくさん参加していたけど、なぜか父さんは「お前はどっか別の場所で待ってろ」と言い、僕を訓練場から追い出してしまったのだ。
居るべき場所を失った僕は、立ち並ぶ施設たちの中で、それまで一度も入ったことのない建物の中に、興味本位で入った。無生物的で、のっぺりとしていて。どこか、近未来的なその建物。
或る種牢獄の様であった、と悟るのは、もっと後。
僕はそこで、運命に出会う。
ふっ、と開いたドアの中に入ると、中には、誰かがいた。人がいるだなんて思っていなかった僕は驚いて、思わずうわぁっ、と声を上げてしまう。そのため、その『誰か』は僕の方を向いた。
女の子だ、と気付いたのはその時。きれいな、翡翠色の目をした、彼女。黒い髪は日本人みたいだけど、その眼は日本人じゃないみたいで。顔立ちも、西洋人のようにも、東洋人のようにも見える。幻みたいに、儚い。
でも一つだけ確かなことは――凄く、凄く綺麗で。そしてそこに、一人でいた、という事。
君は、行かないの? と、過去の僕が問う。
私は、出来損ないなので。と、過去の『彼女』が言う。
じゃぁ、僕と一緒だ、と、過去の僕が、更にいう。
過去の彼女は、不思議そうに、可愛らしく首をかしげる。
僕もそうなのだ、と。僕もまた出来損ないの落ちこぼれだから、外の人たちには厄介払いされてしまった、と、彼女に言う。きっとある種愚痴だったのだろう。でも、彼女はそれを純粋に受け止めて、じゃぁ、私もそうですね。と、返して。
――小さく、笑って。
多分きっと、恋はその時始まった。今でこそ四年後の再会の時がきっかけだと思っているけど、でもきっと、萌芽の様なものは、その時僕の中に芽生えたのだと思う。
だってそうでもしなかったら、それから毎日彼女に逢いに行ったり、遂に騎士団の『小遣い稼ぎ』の計画が起動して、傭兵団が壊滅し、巣穴と化していた街ごと倒壊したあの時に、彼女だけを助けるなんて良く分からないこと、僕の性格的に絶対にしない。
ほぼ、無意識で、父さんの持つ聖剣を奪い取って。その力を、自らの中に流し込んで。僕じゃぁ絶対に発揮できない力で彼女を助けて、帰ってきた。
もう、十年にもなる、と思うと、少し驚きを隠せない。魔力焼け、と呼ばれる、本来ならば扱い切れないほどの魔力が己の内からあふれ出たことに対する反動。僕の髪は金色に。僕の瞳は青色になってしまった。父さんは、無理やりに『抜刀』した僕の身体への負担に対して苛烈と言っていいまでに怒りながら僕に諭し、以後死ぬまで聖剣を僕に抜かせなかった。だから僕が束に伝わる独自魔術、『聖剣闘法』を身につけるのは、14歳の時に父さんが死んだあとだ。きっとそれくらいに、僕のやったことは良くなかったのだろう。
でも、僕は。
後悔なんて、していない。
雪華。あの時助けた、彼女。父さんの力が無ければ助けられなかった、けど、確かに助けることができた、彼女。
その命を救えたことが、僕の、たった一つの希望。
その命を救うことが、僕の、たった一つの願い。
一族の大望とか、騎士団の歴史だとか、そんなことはどうでも良くて。
僕は何よりも、この力の全てを――彼女の為に。
***
「うん……?」
意識が戻った時、僕の肩には毛布が掛けられていた。体を起こせば、そこは観測室。機関のメンバーの中でも、特に情報戦に強い人々だけが集められて、聖杯戦争の舞台たる『鏡面界』を観測し続けている。
ホロウィンドウに映し出されているのは、ほぼハッキリとした、立体マップのような物。
「うまくいったんだ……」
「はい。局長の観測した、鏡面界の大まかな地形へのアクセス経路――こちらでも観測。反映に成功しました」
「よ、よかったぁ……」
ほっ、と一安心。また、どっ、と眠気が押し寄せてくる。
けど、まだ安息は出来ない。
聖杯戦争は六日目に入った。サーヴァントたちの戦いも白熱の一途をたどっている。別に聖杯戦争は夜しか起こせない、というわけではないのだが、基本的に昼間は戦闘期間として利用されることは無い。
いや――無かった、というのが正しい。
五日目となる昨日――正確には、その未明。ついに僕は、鏡面界の正確な立体マップへのアクセスに成功した。そして新宿区とよく似た街並みが立ち並ぶそこに、しかし明らかに異なる反応を見たのだ。
――宝具。
いづれかのサーヴァントが、城型の宝具を展開したのだ。
そしてこのサーヴァントについて、僕達はすでにある程度真名への推測ができる状況に至っていた。
僕達聖杯研究機関は、マスターとサーヴァントの数が合わないことを知ったあの日から、聖杯戦争に参加することを表明し、実際に現在行方が分からなくなっている魔術師たちの足取りや情報を調べ尽くした。
さらにこれまで二度行われた聖杯戦争についても調べ直し、細部にわたって詳細を把握する事に全力を挙げてきた。
結果としとて、マスターのリストはほぼ確定。サーヴァントたちの召喚に使ったと思しき聖遺物の情報もなんとなくつかめてきた。
その中に、一基。城型の宝具を使う、と思しき英霊が。
聖遺物から、その真名は最早明らか、と言っても過言ではなかった。しかし逆に、宝具からだけでは候補者が多すぎて、『どの人物』なのかが分かりづらい、という面もある。
聖杯戦争に於いて、真名の把握と言うのは非常に大きなアドバンテージだ。
一刻も早く、この情報を、鏡面界の中にいる雪華へ。
そのためには、通信手段、あるいはアクセス手段の発見だ。初日から続けているこの作業だが、一向に解決の気配がない。
それどころか鏡面界のセキュリティは万全過ぎて、その構造を露呈させた今となっても、鮮明な画像を始めとした、聖杯戦争に直接関与する為の情報は、一切提供してくれない。
幸い、術式ハッキングができる余地はまだ残っている。
僕は体を起こすと、魔術を起動。ホログラム・ウィンドウとして、自らのアクセスしている経路を表示する。
「……局長。せめてもう少しお休みになられてからの方が……」
「そ、そうですよ。目、充血してますし……隈も出来てますよ?」
メンバー達が心配してくれる。けど。
「大丈夫。僕はこの命を削ることになっても、雪華を助けるって決めているから――」
笑う。それしかないから。
届け、雪華に。
かつて円卓を率いた騎士王は、蛮族たちを切り払い、ブリテンの平和を護ったという。
僕も、彼の様に。黄金の剣で、この異世界への扉を、切り払って見せる。
――かちり、と。
『なにか』と僕が接続した、音。
つながった、と、確信した。
何と?
聖剣と。
きっとこの時、誰かが僕の魔術回路や、姿を良く確認していたなら、異変の理由に気が付いただろう。でも、今、それは、僕だけしか知らない事。
――聖剣闘法、起動。騎士王の『聖剣』と僕自身をつなげることで、僕を一時的に、最高級の魔術師へと『創り替える』。
湖の乙女が鍛え、魔術師マーリンがアーサーへと授けた、『使い手を不老不死に変える』聖剣。その性質を応用した、再創造の魔術こそがそれだ。
使用には非常に面倒な制限が色々あるし、今僕も意図的に発動させたわけではない。父さんは出来たらしいけど、僕には無理だ。
ただ――神代から伝わる、星屑の魔力が、無尽蔵に僕に力を与える。目に見えて作業の速度が上がる。把握できる世界の規模が、広がる。支配しろ、異世界を。手に入れろ、鏡面界の全てを。
僕が――あの世界の、王になる。
後書き
裕一の『聖剣闘法』はこういうモノです。彼の能力は『支配する事』とでも言えばいいでしょうか。聖剣とつながっている時だけ、あらゆる魔術的要素を手中におさめ、自由に観測することが出来ます(なおいじることができるとは言っていない)。
さて、果たして彼は聖杯戦争に介入するための糸口をつかめるのでしょうか?
次回からはAct-4に入ります。
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