Fate/PhantasmClrown
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Act-0
閃光。迎撃の光。
金属音。破壊の音。
摩天楼の一部――立ち並ぶビル群の一角が、轟音と共に崩れ去る。光が消える。命がどうだかは分からない。当事者たちには、関係がない。
迎撃したのは、大柄な男だ。金髪碧眼の、典型的な西洋人の容貌。野性味を感じさせる鋭い顔つきと、鷹を思わせる眼。そして、狼か獅子の鬣と見紛う、髪。尾の如く、まとめた後ろ髪を靡かせた彼は、巨大な得物を構えていた。
――槍だ。一メートル半を超えるであろう長大な柄。その先に、更に一メートル近い、あるいはそれをも超える、巨大な穂先が付いていた。何か文字が刻んであるようだが、この暗闇の中だ。いかな都会の空と言えど、判別は難しい。
ビルの一つの屋上に立った彼は、歓喜の笑みを貼りつかせ、どこか一方を見つめている。
その視線の先にいる存在こそ――もう一人。攻撃した側。
女だ。金色にも銀色にも見える髪を両の側頭部で結った女。十六歳ほどだろうか。艶消しの黒い西洋鎧を身に纏い、長い無骨な弓を携えている。目鼻立ちは整っており、青色の瞳と合せて芸術品のような美しさを湛えているが、どこか冷酷で、機能的な美を感じさせる。
男の立つビルからは、かなり離れた所にある橋にいるが、男にはどうやら姿が見えているらしい。
「待ちわびたぞ」
槍を持った彼は、そう呟く。口角が吊り上る。思わず、といった雰囲気だ。
「この戦、どれほどの猛者が集まるものかと暫し不安になることもあったが――蓋を開けてみれば猛者揃い、加えていよいよ貴様のような美しき英雄までもが現れた。ああ、何と喜ばしいことか。おまけに我が因縁の国の者ではないか!」
くつくつと笑い、男はその巨大な槍を振るう。ぶぉん、という重々しい音が大気を震わせ、たちまちのうちに彼の立つビルの、飛び降り防止のための柵が砕け散る。槍は直撃などしていない。風圧だけで、この事態を引き起こしたのだ。
剛槍を携え、彼は凄まじい速度でビルの屋根から飛び降りた。
いや――『飛び降りた』、という表現は正しくない。
彼は、『跳んだ』のだ。
どこに?
――もちろん、遥か大橋に陣取る、弓使いの女に向かって。
ぴっちりした銀色のボディスーツを、ところどころむき出しにしつつ纏った、獣の皮より出来たと思しき外套が、風で靡いて大きく広がる。その姿、夜の都会の月光と合せて、ある種人狼の様。
「は、はははははは!!!」
男は槍を振り上げる。空中における姿勢制御とは思えない、非常に力の籠った動作。圧倒的な揚力を以て繰り出された、通常攻撃にして必殺の一撃たるそれは――
――しかして、弓の女が咄嗟に抜きはらった、白銀のサーベルによって止められた。
「む……」
「私が弓だけの女と思わない事でしてよ。見ての通り、白兵戦も経験済みです」
冷たい笑みを浮かべて、銀色の弓兵は刃を振るう。槍の男は柱の淵に立つと、踊るような動作で橋に乗り込む。無言で槍を構える男。槍と剣での激突に持ち込むつもりか。
ふっ、と短い息を吐き、槍の男は両手を突き出す。握られた槍、その長大な穂先が、女の胴を真っ二つにするべく、恐ろしい速度で閃いた。
しかし女もさるもの。あの長距離から男をめがけて弓を撃っていたことを考えれば、その視力と観察眼は一線級だ。尽く槍を白刃で裁き、徐々に、徐々に距離を詰める。
黒鎧の女に詰め寄られ、槍の男は一瞬目を見開いた。男の槍は長大だ。弓兵と槍兵では槍兵の方に白兵戦においては分があるものの、ある一定以上の距離に近づけば、槍は脅威となりにくい。そのことを理解して、あえて距離を取らずに肉薄する――その戦術に敬服したのだろう。
そして女の刃は、男のむき出しのボディスーツに向けて突き出され――
「あら」
「すまんな。特別製なのだ」
がいん、という不快な音と共に弾かれた。
男は隙を逃さず槍を引き戻すと、柄を振り回し女との距離を開ける。バックステップでさらに距離をとると、仁王立ちの姿勢をとる男。
女は眉を顰めると、
「私の武装が弓と知って、なおも距離を開けるのですね、槍兵」
笑った。
だが彼女も、もうすでに知っている。目の前の男に、生半な矢は、どうやら届かぬらしい、ということを。
「貴様との武闘もなかなか悪くは無かったのだがね。生憎、私の妻は浮気に煩いのだ」
「あら、戦場で惚気ですか?」
「当然だ。士気が上がる。貴様のような強者との戦いでは特にだ、弓兵」
軽口をたたき合う間にも、お互いの緊張感はまるで緩まって等いない。次の相手の一手を予測するべく、互いの青い瞳を動かして、相手の情報を一つでも多く拾おうとする。
動き出したのは、ほぼ同時。
順当な技は、相手には通用しない――そのことを、どうやら悟ったらしい。
だからここからは、『順当ではない』戦い。
超常の存在――この、『聖杯戦争』を開催するにあたって、代理戦争を繰り広げる騎士として呼び出された、歴史に名を刻み、そして死した英霊たちの分御霊……『サーヴァント』としての戦い。
男……ランサーは、その槍を引き絞り。
女……アーチャーは、背後に無数の揺らぎを出現させた。
宝具。
サーヴァントたちが持つ、生前の偉業や伝説を、武器や技として形にした、無限の幻想。
ランサーの場合はその名の通り槍として。アーチャーの場合は、投擲武器の形で現れることが多い。
果たしてこの二人の場合も、例外ではない。
ランサーの構えた槍が、ガシャリ、と音を立てて変形した。巨大な穂先の下部が、まるで蕾を開いた花の様に解き放たれ、反転し、茨のような棘と化す。
アーチャーの背後の揺らぎから、彼女が構えているのと同じ形の長弓が無数にその矢を覗かせる。
「撃てば一撃――ここで貴様を仕留める」
「それはこちらの台詞。こんな序盤に、他の参加者たちに弱点を見せるわけにはいきませんわ」
そして黄金の輝きが、両者の宝具を包み込んだ。
真名、開放。
宝具の本来の力が、
「――『破り喰らう」
「――『一掃せよ」
その名と共に、開放され――――
「オォオオオオォォォオオオオオオ!!!!」
「ム……!」
「!?」
しかしその『奇跡のぶつかり合い』は、獣のような叫びと共に、柱の上へと落下してきた『何者か』によって、中断させられた。真名開放を取りやめる二基。互いの間に現れた、新たなる闖入者に焦点を絞る。
――それは、『騎士』だった。
蒼銀の騎士。
竜か悪魔を模したと思しき、角のついた全面兜。
傷つき、錆が浮き、どこか遺跡の様にも思える、しかしそれでも輝きを失っていない、細身の鎧。
ゆらり、と立ち上がったその騎士は、右手に、黄金の剣を持っていた。
「セイバーのサーヴァント……!」
「来たか、『騎士王』……!」
アーチャーとランサーが、各々の反応を見せる。アーチャーは忌々しげに、しかしどこか憧憬を覚えた表情で蒼銀の騎士を凝視し、ランサーは先ほどまでと勝るとも劣らぬ歓喜の笑みを浮かべた。
「……」
『騎士王』、と呼ばれた蒼銀――セイバーのサーヴァントは、右手の黄金の剣を、立ち上がった時と同じように、ゆらり、とした動作で構えた。
その姿、どこか、亡霊の様。
しかしてその身が放つ威圧、まさしく、『王』の気配。
ばん。
空気が爆発する。
セイバーが大地を蹴ったのだ。おぞましい、とさえ形容できる、信じがたい速度で、いつの間にか彼は黒い乙女の背後に居た。
「なっ……」
「……」
ふっ、という呼吸音。黄金の剣が断頭台の刃と化す。かすむような速さで振るわれたその刀身が、アーチャーの首を落とす直前。彼女はサーベルを自らと黄金剣の間に噛ませて、滑るように『騎士王』の背後に移動、そのまま距離を取った。
「ちっ……」
可愛らしいとさえ言える、この戦場には相応しくない舌打ち。しかしその中に込められた忌々しさは、その可愛らしさとは正反対。何せセイバーは、ぴったりと少女を追随し、後退したはずなのにも拘らず、まるでその距離が開いていなかったのだ。
強い――内心でそう呟きながら、彼女は背後の空間を揺らめかせる。二丁の弓が顕現し、自動的に矢を絞ると、射出。豪速を以て騎士王に迫る。
大地に打てば、その地を残らず抉り取る――長弓の一撃としては少々信じがたい威力を秘めたそれは、果たしてセイバーに直撃。彼を大きく弾かせることに成功した。矢が当たった彼の両肩の鎧は大きく損傷、し、――――
「……!」
なんてこと。アーチャーは、内心で絶句した。
抉り取った、と思ったセイバーの鎧が、次の瞬間には『元の姿』へと還ったのだ。傷一つない、という表現は正しくない。何故なら最初からセイバーの鎧は傷だらけだったからだ。
しかし。しかしだ。これは信じがたい。破壊と傷の度合いが違う。この回復力はあり得ない。まるで、『この傷ついた姿以外には決して成れない』とでも言わんばかりだ。
「ははっ……そうで無くてはなぁ、聖剣使いィッ!!」
ぶん、と轟音を立てて、ランサーが介入。巨槍がセイバーを打つ。しかしセイバーはまるで屍人か何かの様に、意に介したそぶりも見せず立ち上がる。受けた傷は、その間に完全に修復されていた。
よほど彼と契約したマスターが優秀なのだろうか。だとしたら凄まじい脅威だ。
「騎士の王よ……貴様は真、我が槍の真の姿を見せるにふさわしき英雄だな! 一日の内にアーチャーと、そして貴様という、その『英雄』二人とも刃を交えることができた事、我が大神に感謝せねばなるまいて!! ああ、加えてそのどちらもが『かの国』の者……もはやこれは運命だ!!」
高笑い。
ランサーの猛攻。穂先を以てセイバーの剣と打ち合う。柄を回転させ、弾く。そのまま柄ごとスイング、騎士王を打つ。しかし騎士王も倒れない。斃れない。壊れない。無限の動力機関であるかのように、動く、動く、動く――――
――今のうちに、退却するべきですわ。
アーチャーは霊体化する。アーチャーは先ほどランサーにも言って見せた通り、ある程度は白兵戦にも自信がある。が、それはこの二人の戦場に切って入るほどではない。その行いは勇気ではなく蛮勇だ。命取り、という言葉こそが相応しい。
今も昔も、アーチャーはその場の栄光の為に戦っているのではない。
それを捧げる主がいてこそ。
そしてアーチャーの少女が戦場を離れたことにも気付かず打ち合っていたランサーとセイバーの戦局にもまた、少しの変化が。
既に剣戟の応酬は二百合を超えた。ランサーの内心には、これほどの強者と戦えることへの感動と戦慄が渦巻く。
だが――それは、彼の感情だ。
彼のこの世における主たるマスター。そして、目の前のセイバー及びそのマスターと、共有している感動ではない。
故に。
”ランサー、帰投しろ。これ以上の戦闘は危険だ。場合によっては令呪も使うぞ”
”セイバー、聴こえていますか。これ以上、そのランサーと戦うのは無謀です。退却してください”
「――フン」
「……」
お互いのマスターからの念話が届いたのはほぼ同時。武器を引くのもほぼ同時。
そこでランサーはアーチャーが、既に戦況から手を引いたことに気が付いた。強敵の不在。加えて、目の前の騎士との一騎打ちの中断。少々度し難い。
ランサーは少しだけ不服そうに口角を曲げると、セイバーを見据えて言い放った。
「此度の聖杯戦争――再び貴様と逢い見え、そして我が槍を喰らわせてやる。それが貴様の最期であると、たった今決まったが故に――首を洗って待っていろ」
聞く者が聞けば負け惜しみ、あるいは、果たされ得ぬ再戦への伏線と見えるだろう。
だがランサーは、そのつもりはない。運命は決まっている。だが未来は分からない。そして未来は、いかようにも変わる、と。
ランサーはそれを知っているからだ。
「さらばだ、『騎士王』……アーサー・ペンドラゴン」
金色の粒子と共に、霊体化してその場を後にするランサー。
後に残されたのは、闖入者たるセイバーただ一人。
直後彼は、その手から黄金の剣を取り落し――――
後書き
本作はお馴染みFateシリーズの中でも、『Fate/Prototype』をベースとした、オリジナルの聖杯戦争を描く二次創作となります。『蒼銀のフラグメンツ』に代表される、ハイライト形式での連載となりますで、ぶつぎりというか、唐突に場面が飛ぶと言いますか、基本的に一話一話は繋がらないものだと考えてお読みください。
付け加えると、独自設定や独自の解釈が多々ある為、実際の聖杯戦争や型月世界では起こりえない出来事も起こります。その辺りはつっこまれてもどうしようもないのでご了承ください(
また、真名考察はFateシリーズの醍醐味であり、楽しみの一つです。それ故、感想欄などで考察結果などを書きこみ、それに対する返答を求められても、どう答えていいのか困る、という状況になります。真名考察の結果や回答は、ツイッターなどの外部か、あるいは作者のメッセージ欄で行っていただけると助かります。まぁそんなことしなくてもバレバレな英霊しか出てきませんがね!!! というよりそもそも自分程度の作品では感想は頂けないんですけどね!!!←←←
では、この偽りの叙事詩――『フェイト/ファンタズムクラウン』を、どうぞお楽しみくださいませ。
さぁ――聖杯戦争を始めよう。
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