さくらの花舞うときに
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ありゃ?迷っちゃった。
「ふんふんふん…アレ?」
あたしはふときょろきょろと首を左右に振った。賑わいも楽しい市に来ているはずだったのに、いつの間にかなんだか大分閑散としたところに迷い込んでしまったみたいだった。
「おーい、高彬~速穂児や~おーい」
着物の袖を翻してくるりとまわりを見渡してみても、一緒に来ていたはずの二人は姿形も見えない。…と言うか、ちょっと待って?二人どころか通行人すら影も形もない。
「参ったなぁ…こんな場所あったっけ?」
間違いない。迷子である。慣れている筈の天地城下で迷子なんて…。あたしはぽりぽりと頭を掻いた。すると、突然奥の曲がり角から人が飛びだしてきた。なんか結構ものすごい格好をしている人だ。真っ白の狩衣姿…。白って言っても、そこらに転がってる麻みたいな生成り色じゃない。波のように日の光を弾く…えっ、あれってもしかして、布の表面を貝で磨いて光沢を出した白瑩ってやつじゃない!?うわぁ…たっかいわよォ、あれ…。まぁ、それじゃなくても、日常生活でなかなか白一色の衣なんて着ない。悪い意味じゃなくても、男が異様な風体をしているのは一目瞭然だった。
そんなことを考えながら、あたしがポカンとその人を眺めていたら、引き寄せられるようにこちらを見たその人とバチリと目があった。うわっ!と思った途端、奴は「いた、いた!」と叫んでこっちへ走り寄ってきた!
「よかった、見つかって。もう始まるぞ、急ぐんだ!」
「ほあ?」
男は一方的に捲し立てながら、無遠慮にあたしの腕を引き、間髪入れずそのまま競歩のように走り出す。訳がわからないあたしも、自然と一緒に走り出すしかない。
「ね、ねぇちょっと…」
「もう始まると言っただろう。無駄口を叩いているヒマがあるなら、足を動かすんだ!」
その言いぐさに一瞬むっとしたけど、まぁいいかと考え直した。きっとこの人についていけばきっともとの市のあたりには戻れるだろう。なんだか人違いをしているみたいだけど、あたしの話を聞かないそっちが悪いんですからねベーだ。
そしてぽいと放り込まれたのはなんだか見たことも無いかなり広い建物の中。
で、ええっ!?なんだかもう歌舞伎役者もビックリな服装の人たちばっかりいるんですけどぉぉおおお!男の人はいい、男の人は。問題は女の人だ。このあたしが言うのもナンだけど、足を出したり、腕を出したり…。イヤ出すっていってもまくり上げたとかそう言う生易しいものではない。そもそも服の布地が少ないのだ。ざくっと服を切ってあるのであるはずの袖や裾が無い!誰も彼も、大胆に白い足を出している!なんなのここは!?
怪しさにダッシュで逃げだそうとしたらぐいと襟首を掴まれて引き戻された。
「おいおいここまできて怖じ気づいたのか?そんな着物まで着てきて…気合い十分じゃ無いか。受かると良いな。ほら」
そして無理矢理紙を握らされた。それはあたしをここに連れてきた男とは違う男だったが、同じように白い狩衣を纏っていた。…どっかでこの白い衣流行ってンのかしら…?とりあえず渡された紙に目を落とすと、はっきりした文字で『注意事項』と書いてある。
『注意事項
一つ、決して真名を知られてはならない。
一つ、任期が終了するまではもとの家に帰ること罷り成らず
一つ、以上のことが守られなかった場合に生じるいかなる事に於いても政府は責任を負わない』
その文字がやたらと上詰まりで書かれていた。つまり紙の下半分は空白だ。この紙を作った人はヘタクソだな~と思っていたら、その空白の部分にじわりと何かシミのようなものが滲んだ。
「…?」
じっと見つめていると、そのシミはあぶり出しのようにみるみる大きくなり、そしてついに金に光る文字になった。
『合格
右ノ部屋ニ入リ刀ヲトレ』
えっ?いやあたしは帰ります。
あたしはぺかーっと光る紙を見なかったことにして懐にねじ込んだ。
ちらりとみると紙で指定された右の部屋に向かうものなど誰もいない。皆何故か反対の左の部屋に入っていく。そして入ってきた入り口にはがしゃりと鍵がかけられたようだった。出れない。し、見張りみたいな人がいるのでヘンな行動も出来ない…。厄介なことになっちゃったなぁ、と思ったけど、とりあえずはこの流れに乗っておこうとあたしは人混みに押されつつ左の部屋の中に入った。
押し込まれた部屋もかなりの広さだった。二十畳はあろうかというところにぎっちりヘンな格好をした人たちが所狭しと座っている。年の差はあれど、みんな結構若い…。二十歳越えたぐらいでは無かろうか。まぁ、ダントツ若いあたしが言うのもナンだけどさ。
すると「静まれ、静まれ!」という声と共にまたあの白い狩衣着た男が出てきた。
「合否を発表する!」
と、男が高らかに宣言した途端、場がざわついた。皆一様に驚き緊張した顔になる。しかしその戸惑いに構うこと無く、白銀の髪をした男は言った。
「ここにいるもの、皆、不合格!」
ええーっ!と声が上がった。それもひとつふたつではない。部屋中の不満が渦を巻いて男に向く。しかし男は仁王(におう)と立ったまま、腕組みしてそれを黙と受け流す。一頻り喧騒が収まった頃合いを見計らい、男は静かに口を開く。
「おまえたち、なぜだかわからんか。わからんことこそが、不合格が不合格たる所以なのだと理解するが良い」
「でも、俺まだ何もしてないッスよ!それで不合格って言うのはちょっと…」
「ふん。ならばおまえらにでも分かるように説明して進ぜよう。この紙を受付で貰ったな?」
男がぴらりと懐から出したものは、あの「注意事項」の紙だった。
「貰いました。それが何か…」
「うつけが。この紙は特別製でな。霊力によく反応するようにできている。もし貴様らが審神者に任ずらるれば、本丸を自らの霊力のみで保持し続けなければならん。やることは勿論それだけではない。相対するは曲がりなりにも神なのだぞ。その神気に喰われない力、時間遡行軍と戦う力…すべて己が霊力のみが頼りとなる。その最低限度を越えし霊力を持つものだけに、正しい言葉が焼き上がる。合格者は、その言葉に従い、既にこの部屋では無く、別の部屋に向かっているのだ。この中に、その文字が見えたものはいるか?いたら文字の色を申告して見ろ。誰かいないのか?是も無い。悪いことは言わない、おまえたちには才がない。やめておけ。その若さで命を無駄にすることもあるまい。今回は不作だ。誰一人合格者が…なに?」
そんなご高説ぶっている男に慌てて駆け寄る小柄な白い狩衣姿の若い子…。男は邪魔されて不愉快そうに子供に耳を寄せたが、その目がみるみる驚愕に見開かれてゆく。
「なに、金、だと!?いるのか、今の時代にそんな人間が!はぁ、しかも逃げた?どこにもいない?たわけが!何をしている!いないのなら探せ!絶ッ対に逃がすな!」
あ、なんかよくわかんないけど不味い気がする…。はやくどっか行った方が良いかも…。まさかまさか、あたしのことじゃないとは思うけど…。あたしは入り口で貰った紙、金に光る文字が浮き出た紙をくしゃくしゃペッとバレないようにそこら辺に捨てた。
「霊力探知機をこれへ!急げ!」
「持ってきま、うわッ!」
バリーン、バラバラバラ…と、『霊力探知機』なるものが粉々に砕ける。
「…」
「壊れた…だと?」
呆然と呟く男だが、立ち直りもはやかった。
「入り口を封鎖しろ!ネズミ一匹逃がすな!チッ、測定器が壊れるなどと聞いたこともない…!」
男は青筋が浮かんだ額で部屋中をぐるりと見渡した。ギンと睨み付けられた一人が恐慌状態に陥って、部屋から出ようとした。好機!
「え、う、うわあぁあ!」
「ふ、封鎖って何よぉ!」
それに同調してか、雪崩を打ったように人が入り口に殺到する。
「静まれ!静まれ!霊力どころか知能まで低いとは救いようのない…!全員、捕らえておけ!下手人が見つかるまで!」
「水眞多様!そのような言い方では尚更誤解を招きます!わたくしにお任せを!皆様、お静まり下さいませ!どうか、どうか…!驚かせてしまいましたが、これは悪い話ではないのですよ…!皆様の中に、千年にひとりいるかいないかの霊力を持った逸材が…」
あたしは、大混乱に陥っている入り口とは反対の襖からそっと抜け出した。
後書き
まだ何も始まってません。
佐保を永遠にいかすと嘉された真秀の生まれ変わりなら姫はひとかたない霊力だろーなー…と思いまして。
戦伽で兄上が死の際に「真秀は霊力の潰えを願ったから霊力が無い」とかいっておりましたが、自分の意思でつかえないだけで生まれ持った霊力はしこたまあるのよ、という話。
霊力勝負で姫に並び立つものはなし。
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