遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~
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ターン66 覇王の粛清
前書き
だから!Aパートが!長いっていってんの!
それと話は変わりますが、すっごい今更ですけどダークシグナーの格好ってどう見てもフードつきローブじゃなくてフードつきマントですよね。なんか知りませんが20thセレクションで見直すまでローブだという思い込みだけで書いてました。地縛大神官のイラストに引っ張られてたのかな。
前回のあらすじ:壊獣グレイドル系主人公、遊野清明爆誕。どうみても悪役デッキです、本当にありがとうございました。
あれから。接点こそ薄いものの三沢の友人ということで口添えしてくれたタニヤのおかげもあり、なんとかあの場で射抜かれるようなこともなく、彼女たちアマゾネスに案内されてとある場所に来ていた。簡易式の家やテントが立ち並び村というより難民キャンプのようなその場所をよく見ると、女だけの村というアマゾネスの伝統とは程遠く男や老人、カードの精霊の姿もちらほらと見ることができた。
「ここは……」
「それは私より、彼から聞いてくれ」
「彼?」
タニヤの言葉に聞き返すと、ちょうどキャンプ地の中央に位置するテントから1人の男が出てきた。タニヤに向かって手を振り、次いで僕に視線を送るその目が驚愕に見開かれる。多分、僕も同じような顔をしているだろう。忘れもしないその顔、十代やタニヤ同様まさかこの世界に来てみるとは思いもしなかった顔だ。
「三沢!?」
「清明!」
……あれ、なんかデジャヴ。反応がワンパターンな気がするけどこれしか言いようがないのだからしょうがない。
「それで、三沢達は何やってんの?」
さらに30分後。ひとまず客分として迎えられた僕は三沢の仮住まいとなったテントの中で胡坐をかきながら、そもそもあの砂漠の異世界で別れてから皆に一体何があったのかを聞き出していた。
それにしても、まさかヨハンが行方不明になっていたとは。しかも、次元のゆらぎを通って異世界に着いたと思ったら最初は全く無関係の世界って、何やってんだか。その世界で三沢は1人、ヨハンはいなくても僕がこの世界にいるかもという希望を元に残って捜索を続けていてくれたらしい。
「何やってんのとはご挨拶だな。わざわざお前のために残ってやったというのに」
「ふーん……タニヤのため、じゃなくて?」
「ゲホッ、ゲホッ……!うるさい!」
ちょうど目の前のコップから水を口に含んだ瞬間を見計らって、三沢にとって一番突っ込んでほしくないであろう点を指摘する。予想通りの反応ににやにやと笑みがこぼれ、それを見て一杯喰わされたことを悟った三沢が呆れ顔になる。
「まったく。お前、そんなキャラだったか?」
「僕にも色々あってね。少し性格が悪くなったのさ。そんで真面目な話、ここはなんなの?」
「ここは、簡単に言えばまさに難民キャンプそのものだな。覇王軍による戦火からかろうじて逃れたものの行き倒れ寸前になっている人たちを見つけてしまってな、まさか放っておくわけにもいかずタニヤと俺でこの拠点を作り上げたんだ」
「でも……」
さすがに直接口に出すのははばかられるが、ここでまともな戦力になりそうなデュエリストは三沢とタニヤを除くとほんの数人のアマゾネスぐらいしかいない。あとは老人や子供、あるいは怪我人ばかりだ。いくら三沢達が強くても、覇王軍から隠れきれるとは到底思えない。それをどう言おうか迷っていると、三沢が先手を打って周りを見回して見せた。
「言いたいことはわかるさ。俺だって、こんな場所がいつまでも持ちこたえるとは思っちゃいない。だが話によるとここから南に行った先に、覇王と戦おうという人たちが立てこもる最後の要塞都市が存在するらしい。そこにここの人たちを入れることができないか、お前も会ったアマゾネスのエルナが聞きに行ってくれたんだが……」
そこで言葉を濁す三沢。そうだ、その後のことは僕がよく知っている。アマゾネスのエルナ。誇り高く戦士として戦い散っていき、僕にデュエルディスクを渡してくれた女戦士だ。今はアマゾネスの人たちに彼女のデュエルディスクは返しておいたので、彼女にも墓を作るようなら手を合わせに行こうと心の中で誓う。彼女がいなければ、スノウともまともに戦えやしなかった。
「ごめん。せめて僕が、あと少し早く会っていれば……」
「お前が謝ることはない。タニヤもその仲間も、誰もお前のことを責めたりはしないさ。ともあれ、エルナのデュエルディスクを確認したところ手紙が入っていてな。要塞都市では俺たちのことを歓迎してくれるとのことだから、近々ここは引き払うつもりだ。お前も来い、清明」
なぜこんな僻地に暗黒界の手の者がわざわざ来ていたのか。そしてそれと時を同じくして、この場所にやってきた僕。頭のいい三沢のことだ、その2つを結び付けてあいつらの目当てが僕であることにはもう察しがついているだろう。それでもなおこうやって言ってくれる、その優しさに対しほんの少しだけ心が揺らぎかける。
でも、駄目だ。覇王に対してあからさまに喧嘩を売った以上、少なくともしばらくの間は僕の周りがこの世界で一番危険な場所になるはずだ。既に今だって、スノウの報告を受けた悪魔どもがここにめがけて進軍を始めていても不思議はない。もしも僕がここの人たちのことを、三沢達のことを本当に考えてその友情に応えようというのなら、むしろ今すぐこの場所を離れてなるべく目立つようにしながらでたらめな方向に覇王軍を誘導すべきだ。無言で首を横に振る僕を見て、それ以上の説得は諦めてくれたようだ。食い下がることはせずひとつため息をついて、ふと思いついたという風に話を変える。
「そういえば清明、デュエルディスクのあてはあるのか?ディスクを持たずにうろつきまわるなんて、正気の沙汰じゃないぞ」
「うーん……まあ、最悪覇王軍に襲われたどっかの村で家探しでもするよ。ひとつぐらいは動くのも残ってるだろうし」
「乱暴な話だな。少しここで待っていてくれ」
そう言い残し、ふらりとテントを出ていく三沢。やがて戻ってきたとき、その手には青い金属製の輪っかのようなものと数枚の紙が握られていた。その全身から立ち上る、さあ聞いてくれ!と言わんばかりのオーラについつい流されて、最も彼が欲しがっているであろうセリフをぶつけてみる。
「なにそれ」
「よくぞ聞いてくれた。これは俺が覇王軍に対抗するためこの世界で完成させた新型デュエルディスク……の試作品だ」
「デュエルディスク?それが?」
三沢の持つそれはどこからどう見てもデュエルディスク要素はなく、ただのブレスレットか腕輪にしか見えない。第一、カードを置くスペースどころかデッキを置く場所すらついていない。ただよく見るとただの金属の輪っかではなくその内側に無数の点が模様のようにあしらわれていて、見ようによってはその色も相まってまるで星海を切り取ってそのまま持ってきたかのようにも見えた。
だがそれだけで、やはり見慣れたデュエルディスクを連想させるパーツは何一つついていない。三沢は僕の訝しげな視線も当然の反応だと頷き、ブレスレットの方を脇に置くと代わりに手にしていた紙を地面に広げる。そこには三沢らしく、例によって例のごとく大量の数式と共に丁寧なデッサンが描かれていた。
「そもそも覇王軍は当たり前だが、基本的にデュエルディスクの有無で相手がデュエリストかどうかを判断する。デュエルディスクが無ければカードだけ持っていても何の意味もないし、あれはカードを置くスペースを確保しなければいけないせいで遠くからでもよく目立つからな。だから俺は、その部分さえクリアすれば奴らの目を誤魔化したうえで戦力を確保できるのではないかという結論に至った」
「ふんふん」
そう言ってデッサンの1つ、従来のデュエルディスクの絵を指さす三沢。言いたいことはよくわかるし、確かにもっともなことだ。確かにデュエリストだとわかれば奴らは人海戦術もお構いなしで向かってくるから、非武装の一般人のふりをすれば捕虜になるぐらいはあるだろうがそれでも道中のリスクを大きく減らすことができる。少しだけ興味が湧いてきたので、そのまま先を促す。
「だが当然、これまでの俺たちの常識だとそんなことは不可能だ。カードを置くスペースがなくなればデュエルは不可能だし、そこを削る技術は海馬コーポレーションの最先端科学でも難しいだろう。そこで俺が目につけたのが、科学とは全く別の未知なる力……カードの精霊による超自然の力や魔法だ。俺らしくもない話だがな」
「ふんふんふん」
確かに、理論的で科学的な三沢にとっては苦渋の決断だろう。異世界に渡り次元を越えることすらツバインシュタイン博士と共に科学の力でやってのけたのだから、今更それとは全く違う異質なものを利用する事を決めるまでにはどれほどの試行錯誤があったのかは、想像に難くない。
「そこでまず考えたのが、このパターンだ。この図を見てくれ」
そう言って次に指差したデッサンは、何やら人間が手首から肘のあたりにかけて金属製の小手のようなものを装着している図だった。そこから矢印が伸びた次の画には、その小手から光の線が伸びてそこにカードが置かれている。
「カードを置く場所を実体ではなく、いっそ光……電気でも魔法でもなんでもいい、とにかくスイッチ一つでそれを展開してデュエルができるようになればいいんじゃないかと思ってな。だがこれは、俺の知識不足と機材不足のせいで計画だけに留まった。そこで次に考えたのが、これだ」
次に、その隣のデッサンを指さす。先ほどの案と同じような機械をつけた人間の図だが、隣の図と比べても明らかにその機械は一回り大きくなっている。そこから伸びた矢印では、スイッチを押すことで折りたたまれていたカードを置くスペースがその機械から展開される図が描かれていた。さらにその隣に、メカメカしい片眼鏡のようなものも描かれている。
「この案よりもう少し現実的に、ソリッドビジョン展開システムをこの片眼鏡……仮称としてD・ゲイザーと俺は呼んでいるんだが、こちらに分けてデュエルディスクの機能を2つのパーツに分けるアイデアだ。これならソリッドビジョンシステムを付ける必要がないため、だいぶサイズを小さくすることができる。これは割といい案だと思ったんだがな……科学技術を前面に出しすぎたせいで、この世界ではかえって作れない代物になってしまった。今あるデュエルディスクを解体する機材どころか、原料となる金属の確保も期待できないからな」
「三沢らしいミスだね」
「……どういう意味だそれ」
「ごめん、許して。それで、その次はどうしたの?」
「あくまで否定はしてくれないのか……まあいい、話を戻すぞ。この2つが代表案で、あとはVR空間を利用してのデュエルだとか、デュエルディスクは腕に装着するという前提を覆していっそ機動性も高めるために乗り物、例えば自転車やバイクに組み込んでみたらサイズを気にしなくてもいいんじゃないかとか、我ながらここで実現させるには厳しいようなアイデアばかり浮かんできてな」
なんでそんなこと思いつくんだろう、とは思っても言わない。頭に浮かんだことをいちいち口に出してたんじゃいつまでたっても話が進まないのだ。それに、わざわざこんな失敗談を話しているということは、その先に言いたい何かがあるのだろう。持ってきたきり触れられていないあのブレスレット型デュエルディスクも気になるし、ここは素直に頷いておく。
「それで、色々と試した結果どうにか1つだけ完成したのがこれだ。論より証拠、これを左腕に嵌めてみてくれ」
言われたとおりにブレスレットを受け取る。金属製にも見えるそれは見た目に反して意外と軽く、僕の腕の太さにぴったりのサイズはまるであつらえたかのようにしっくりと来た。
「次に、この水をかける。動くなよ?」
目の前のコップを持ち上げ、こちらが反応する間もなく中身をそのブレスレットにぶちまける。1瞬ひやりとする感覚が腕に来たが、抗議するより前に目の前で起きた光景に言葉を失った。ブレスレットが淡い青の光を放ち、かかった水をすべて吸い取っていく。ほんの1秒ほどで光は収まり、後には水滴1つ残っていなかった。
「え?ちょっと待って何これ」
「これでいい。次はそのブレスレットをデュエルディスクのつもりで構えてくれ。ボタンがあるのが見えるか?それを押すんだ」
ここまでくればもうどうにでもなれ、だ。言われたとおり構えてみると、確かにボタン、というよりもむしろブレスレットのデザインの一部のような盛り上がりが見えた。左手ではどう曲げても届かないので、恐る恐る右手でそれを押してみる。
そこから先は一瞬だった。腕輪から半透明の膜のようなものが飛び出て、それが見慣れた形……デュエルディスクのそれへと変化する。よくよく目を近づけて見るとその膜は水でできており、腕輪のある箇所から出て別の場所へ吸い込まれる流動を延々続けていた。
「これが俺が今できる最高の技術、名付けて水妖式デュエルディスクだ。従来の物から金属パーツのほとんどを取り外し、足りない部分は外部から加える水を使い精霊……特に水属性の力を借りてこのように展開する。あくまで試作品段階だからまだ欠点もあるがな」
「水妖式デュエルディスク……」
好奇心に耐えかねて展開中のそれにそっと触ってみるが、間違いなく動き続けている水なのにいくらつついても指はまるで濡れない。デッキから適当にカードを引っ張り出してモンスターゾーンに置いてみると、普通のデュエルディスクを使った時と同じく虹色に光る回路が水面に走り目の前にソリッドビジョンが現れた。カードを離すとソリッドビジョンも当然消え、後には全く濡れていないカードが残る。
「凄い……」
僕にはこの仕組みはまるで理解できないし、多分聞くだけ時間の無駄だろう。この世のあらゆる難しい話は、僕にとっては専門外だ。だけど、目の前の三沢が完成させたこの技術がこれまでの科学の枠を超越した代物だということはわかる。……元の世界に帰ったら、サインとか貰っておこうかな。この技術を発表すれば三沢大地の名前は世界に語り継がれそうだし、そうしたら気軽にもらいに行けなさそうだし。
だが、意外にも三沢の顔は晴れない。これまでの口ぶりや長い前フリから考えるとてっきりもっとドヤ顔してくるのかと思ったのだが、さっきからちょいちょい挟んでくる欠点とやらがよほど気に喰わないのだろう。
と、こちらが何もしていないのにいきなり水の流れが途切れた。新たな水の供給がなくなったデュエルディスクはあっという間に縮んで消えていき、後には元のブレスレットのみが残った。その様子を見た三沢が驚くわけでもなく目を閉じてため息をついたところを見ると、どうもこうなることはわかっていたらしい。
「その欠点がこれ、燃費の悪さだ。ある程度は貯水も効くようにしたんだが、どうしても回路に無駄が多くてな。コップ1杯程度だとあの程度しか持たずにデュエルが不可能になる。もし実戦中にそうなったら最悪だ」
「……うーん」
「すまない、本当は俺の普通のデュエルディスクを渡してやりたいんだが。見ての通りここは非戦闘員が多いから、今だってここを維持するのにもかなりカツカツの状態なんだ。エルナのデュエルディスクも本当は彼女の物ではなく、他のアマゾネスが使っていたものを借りていただけだったからな」
エネルギーが切れたらただのブレスレットにしかならないわけか。コップ1杯であの程度しか持たないってことは、かなり時間配分には気を付けないと肝心な時に使えなくなりそうだ。
「とまあ、こんなところだ。正直こんな危なっかしい物を使わせるのは気が進まないが、家探しして使えるかどうかわからないデュエルディスクを探すよりはまだマシだろう。なあ、今からでも考え直して俺たちと要塞都市まで行かないか?」
これを渡すのはよほど気が引けるのか、もう一度説得にかかる三沢。だけど、僕の答えはやっぱり決まってる。心配そうな三沢に少し笑いかけて、ブレスレットを改めて腕に付け直した。
そうだ、ここまできておいて。散々周りに迷惑かけて、何人もの犠牲を出して。それなのに今更、当の本人が引くわけにはいかない。すぐ行ってやるから待っていろ覇王、ここからは僕の逆襲と洒落込もう。
所変わり、覇王城。かつては暗黒界の主たる龍神グラファの居城であったが、主無き今では覇王による侵略の拠点となっていた。近日覇王の命により行われるという要塞都市への総攻撃のため続々と悪魔や一部の魔法使い、あるいはそのしもべの精霊が集結しつつある中、1体の悪魔が何かに追われるかのようにボロボロになったマントにも構うことなく最上階、覇王の居室へ向けて走っていた。その名はスノウ……旧暗黒界のもとで術師として名を上げ、赤き隕石の力を浴びてからも覇王の元でその頭脳を振るってきた実力派である。
誰も止める者がないままに最上階にたどり着いた彼が、扉の前に片膝をついて叫ぶように声を絞り出す。
「覇王様、ご報告したいことが!」
「なんだ」
扉の向こうから聞こえてくる冷たい声に今更ながら冷や汗が吹き出してくるのを感じたが、すでに時遅し。ただ頭を垂れ、震え声で報告を続けるしかない。
「い、以前覇王様の前から無様にも逃げ出した壊獣とかいカードを使う人間ですが、奴はまだ生きておりました!ワタクシがこの目で確認しましたので間違いございません!」
「ほう?」
「報告は以上でございます!」
対して興味を引いた風もない返事にむしろ安堵し、早めに切り上げてその場から離れようとするスノウ。だが、それは許されなかった。立ち上がろうとした彼の背後から、分厚い石の扉を通して氷のように冷たい言葉の刃が放たれる。
「それで?」
「は、はい?」
「それで、貴様はどうしてきた?そいつの死体でも持ち帰ってきたか」
「い、いえ、それが……で、伝言を預かってまいりました。そ、その、『この遊野清明様が地獄の底から帰ってきたから、首洗って待ってなバーカ』とのことでございます」
姿を見てもいないのに伝わってくる覇王の威圧感に破れかぶれになり、清明からの伝言を伝えるスノウ。言い終えた瞬間、ますます強まってきたプレッシャーにその場にへたり込みそうになる。もはや悪魔のプライドも何もなく、願うことはただ1つ。この場から逃げ出したいという、ただ1点のみだった。
しかし、その望みは決して叶わない。覇王の次なる言葉、そのひとつひとつが死刑執行の宣告のごとくスノウに突き刺さる。
「なるほど。つまり貴様は人間相手に無様にも負けたうえに、そのくだらない言葉を俺に伝えるためだけにわざわざ生かされておめおめ逃げ帰ってきたというわけか」
「そ、それは……」
「それだけで万死に値する罪。そうですね、覇王様。意見具申させて頂きますが、こやつの処刑方法はこのカオス・ソーサラーにお任せを」
「カオス・ソーサラー様!」
一体どこから聞いていたのか、カツカツと靴音を響かせて自然と会話に入ってくる覇王の側近の1人、カオス・ソーサラー。その言葉の内容に、ゆっくりと絶望が全身にしみわたってくる……だが以外にも、それを止めたのは覇王本人だった。
「まあ待て。今の俺は機嫌がいい、貴様にも1度だけチャンスをやろう」
「ほう。どのようなチャンスをくれてやるおつもりですか?」
「そこの貴様、俺とデュエルしろ。俺は融合モンスターを使わずに戦ってやるから、戦闘でも効果でもどちらでもいい。俺のライフに1ポイントでも傷をつけられたら、その時点で貴様の罪は帳消しとしてやろう」
「そ、そんな……」
「拒否するならすればいい。ただその場合、貴様の処分はカオス・ソーサラーに一任しよう」
「か、畏まりましたっ!」
ほんのわずかな保身の可能性だが、今のスノウにとってはそれにすがる他に方法はない。どの道上級魔法使いであるカオス・ソーサラーの手にかかれば、下級モンスターでしかない彼は抗うすべはないのだ。覇王からは見えていないと知りつつも土下座するスノウの頭をカオス・ソーサラーが掴み、無造作に立ち上がらせる。
「覇王様もお人が悪い。了解しました、闘技場に観客を集めてまいりましょう。さあ、お前はこっちに来い!」
そこから先の行動は早かった。皆が見たがっているのだ、無力な獲物が圧倒的な力の前にねじ伏せられ、抵抗虚しく希望潰えて倒される様を。断末魔の瞬間、絶望に歪む犠牲者の顔を。その視線を痛いほど感じながら、つい昨日まで優雅に上から見る側だったはずの闘技場にスノウが引き出される。
逃げ出さないよう鎖につないで引きずってきたベージの姿が消えると同時に反対側の入り口から、ゆっくりと覇王が死神のごとく歩いてやって来た。その足音が近づくにつれ、またもや恐怖がぶり返す。だがすでに、闘技場には彼と覇王の他に誰の姿もない。
「く……く……」
「さあ、始めよう。精々バーンカードでも引けるように祈ることだな」
互いのデュエルディスクが示したのは、スノウの先攻という結果。そこでスノウは思考する。確かに1ポイントでもダメージを与えれば敵前逃亡の罪が消えるルールがある関係上、たとえ火の粉や雷鳴レベルのカードであっても先攻でバーンを行うことさえできればそれが最善手だ。
さらに追加ルールとして、覇王は今回融合モンスターを使わないという縛りがある。仮に初手でバーンカードを引くことができずとも、メインデッキのモンスターだけで戦うのならば所詮は融合素材、少しは時間的猶予があるはずだ。
十分勝機はある。覇王の名の大きさに惑わされるな。
そう萎みそうになる心を必死で奮い立たせ、カードを引きぬく。もっと単純なことに気づけなかったのは、そちらに意識が行き過ぎたからだろうか。上から観戦する悪魔も魔法使いも、もはや彼を同士ではなくまな板の上に乗る解体前の魚を見るような目でしか見つめていなかったことにもし気が付くことができていれば……。
「「デュエル!」」
恐る恐る手札を見て、声にならない叫びが漏れる。手札にあるカードはどれもバーン能力を持たないカード……もちろんバーンメタのカードを覇王が握っている可能性も0ではないとはいえ、最も可能性が高い先行逃げ切りの夢は潰えてしまった。
となれば彼に残されたのは次善の策、攻撃の機会が訪れるまでただ守りを固める事のみ。
「ワタクシは魔法カード、スネーク・レインを発動!手札1枚をコストにデッキから4体の爬虫類族、レプティレス・ナージャ3体に邪神官 チラム・サバクを墓地に。そして装備魔法、継承の印を発動!ワタクシの墓地に同名モンスターが3体存在する場合、そのうち1体を蘇生しこのカードを装備します。蘇りなさい、レプティレス・ナージャ!」
蛇の下半身に、人間の女の子のような上半身。先だって清明とのデュエルで使用したカードであるチラム・サバクや邪龍アナンタとは真逆の蛇人間が、継承の印をネックレスのように首からかける。いかにも蛇らしい赤い舌をチロチロと出し、その場にとぐろを巻いて座り込んだ。
レプティレス・ナージャ 守0
「レプティレス・ナージャは戦闘で破壊されず、さらにナージャとバトルを行ったモンスターの攻撃力は0となります。さらにワタクシはこのターン、まだ通常召喚を行っておりません。暗黒界の斥候 スカーを守備表示!」
スカーレットの名が示すごとく、スノウ自身も含め暗めの配色が多い暗黒界の中では珍しい全身合を赤に染められた下級モンスター。戦闘能力こそ低いものの、バトルで破壊された際にレベル4以下の暗黒界を手札に加えるというまさに序盤でこそ輝く斥候の名にふさわしい特殊能力を持つ。
暗黒界の斥候 スカー 守500→800 攻500→800
「さ、さらにカードをセットします。ターンエンド、です……」
彼の伏せたカードは、モンスターの守備力を2倍にするトラップ、仁王立ち。悪夢再びで回収可能な守備力0のモンスターを多く採用する彼のデッキとの相性は一見最悪だが、実はそれこそが彼の狙いである。その隠された手札に存在する手札誘発モンスター、牙城のガーディアン。攻撃されたモンスターの守備力を1500ポイント上昇させるこのカードと組み合わせることで、その守備力は例え元の数値が0のナージャであっても不意打ちで3000、守備力500のスカーならばさらに上の4000にまで膨れ上がる。事実彼はこのコンボを使い、これまでにも何人ものデュエリストが見た目の数値に騙され安易に繰り出した低攻撃力の貫通能力持ちモンスターを返り討ちにしてきたものだ。
……だが、覇王はその努力を嘲笑う。心底馬鹿にしていることを隠そうともせずに鼻で笑い、緩慢なまでの動きでカードを、この戯れを終わらせる最後のピースを引いた。
「俺のターン。魔法カード、ヒーローアライブを発動。俺が表側表示のモンスターをコントロールしていない時、ライフ半分をコストにデッキからレベル4以下のE・HEROを特殊召喚する。来い、バブルマン!」
この場に清明やジムといった、覇王十代を倒すため戦っていった戦士たちがいればなんと言っただろうか。かつて十代と共に戦った水のE・HEROが、今は他のヒーロー同様覇王に使役されている。
覇王 LP4000→2000
E・HERO バブルマン 攻800
「場にバブルマンが存在するとき、このカードは発動できる。速攻魔法、バブルイリュージョンを発動!」
バブルマンが腕の発射口から無数の泡を噴き出し、それがシャボン玉のようにふわふわと闘技場を漂う。思わずスノウが周りを見回し、自分の周りを取り囲むシャボン玉を払おうと腕を振る……だが、それだけだ。シャボン玉はいつまでも割れることなくふわふわと浮かんでいるだけで、何も仕掛けてくる様子がない。
「このカードはもう少し後でのお楽しみだ。相手フィールドにモンスターが存在するとき、E-HERO マリシャス・エッジはリリース1体で召喚できる。出でよ、マリシャス・エッジ!」
E-HERO マリシャス・エッジ 攻2600
覇王の愛用する悪のヒーローの1体にして貫通能力を持つ最上級モンスター、マリシャス・エッジ。そしてその登場に、スノウが内心ガッツポーズをする。どちらでもいい、そのまま攻撃さえしてくれれば返り討ちで反射ダメージ、そうすればこのデュエルも終わり晴れて自由の身となれる。さあ覇王、何を止まっていらっしゃる。
「装備魔法、サイコ・ブレイドを発動。このカードは発動時に100単位でライフを支払い、その数値だけ装備モンスターの攻撃力を上げる」
覇王 LP2000→400
E-HERO マリシャス・エッジ 攻2600→4200
マリシャス・エッジが刀身が緑色に光る剣を掲げると、覇王の体を通してその生命エネルギーが剣に流れ込んでゆく。その数値は1600ポイント……準アタッカーの一撃に相当する数値をライフから削られ、1ターン目にしてわずか3ケタにまでライフを減らしながらも、まるで意に介した様子はない。その鬼気迫る光景に、むしろ上から処刑を覗く観客の方が圧倒されて闘技場が静寂に包まれる。針一本落ちただけでも音が響き渡りそうな沈黙の中、そんなことにすら気づく余裕もなくスノウは自身の頭脳をフル回転させていた。牙城のガーディアンと仁王立ちのコンボで対応できる数値を早くも越えてきたことに内心焦りながらも、それを気取られないようにと平静を装う。
幸い、今のマリシャス・エッジの貫通をレプティレス・ナージャに受けたとしてもまだこのターンは凌ぐことができる。そうすればレプティレス・ナージャの効果により、マリシャス・エッジの攻撃力は0となる。あとは返しのターンでスカーを攻撃表示にし、ただ攻撃すればいい。ただそれだけで済むはずなのに、彼の脳裏をよぎるのはマリシャス・エッジの一撃で自分のライフが尽きる最後の瞬間の光景ばかり。
なぜだ。なぜこんな不吉な予感ばかりが出てくるのだ。全てを見下すような覇王の目に見つめられると、自分が処刑の瞬間を待つ死刑囚にでもなった気がしてならない。
「く……!」
「バトルだ。マリシャス・エッジで、暗黒界の斥候 スカーに攻撃。ニードル・バースト!」
「スカーに!?で、ですがこのダメージステップにトラップカード、仁王立ち……さらにその発動にチェーンして、手札の牙城のガーディアンの効果を発動!守備力を4000にすることでダメージを抑え、戦闘破壊されたスカーの効果でデッキからワタクシ自身、暗黒界の術師 スノウのサーチを……!」
マリシャス・エッジの持つ剣が振り切られ、胴から離れたスカーの頭が宙を舞う。反射ダメージこそ狙えなくなったものの、ここで3800もの大ダメージを受けたら例えライフが残っていても体が限界を迎える可能性もありうる。もしそうなれば、デュエル続行不可能となったプレイヤーは即敗北の掟に従い返しのターンに繋ぐことさえ不可能になる。特大ダメージを受けてなお平然としていられる精神力は、それこそ覇王のように特別な存在でなければ持ち得ないのだ。即座にそれだけ考え、咄嗟に2枚の防御札を使い切る。
スノウ LP4000→0
「え?」
斬り飛ばされたスカーの首が、ボトリと地面に落ちる。何が起きたのか把握することもできずただ0になった自身のライフカウンターを呆然と見つめるスノウの前に、バトルを行った2体のモンスターのステータスが表示される。
覇王 LP400→200
E-HERO マリシャス・エッジ 攻4200→8000→
暗黒界の斥候 スカー 守500→2000→4000(破壊)
「攻撃力、8000……?」
いくら守備力が4000あろうとも、きっかり一撃で初期ライフの全てを削り取るマリシャス・エッジの一撃。敗北の結果を受けて、スノウの体から光の粒子がふわりと飛び出す。その勢いは増し続け、その体が次第に透け始めるのを感情の無い目で見降ろしながら、覇王が手にした1枚のカードを見せた。
「トラップカード、魂の一撃。モンスターの攻撃宣言時に俺のライフを半分にすることで、4000から俺のライフを引いた数値だけモンスター1体の攻撃力をアップさせる。通常トラップカードはセットしなければ発動できないが、俺が最初に発動した速攻魔法……バブルイリュージョンの効果により、このターン1枚だけ手札からトラップをプレイすることが許された」
「そん……な……」
薄れゆく意識の中で、あることに気づいたスノウが戦慄する。何枚ものカードにより互いのステータスが変化していった結果、受けた貫通ダメージはライフポイントと同じ4000。まさか覇王は、この結果すら想定したうえで、サイコ・ブレイドのライフコストを『1600』としたというのか。始めからワンターンキルのみを想定していたのなら、もっと少ないライフコストでも十分だったはずだ。またオーバーキルする気ならば、上限ギリギリの1900ポイントでもよかったはずだ。だが覇王はきっかり1600ライフを支払い、ジャストキルを達成させた。
「まさ、か……覇王様、貴方は……」
こうなることすら、全てが計算の内だったというのか。最後まで言い切ることのできなかったその言葉を最後に、デュエルディスクだけを遺して敗者が消える。勝者ただ1人のみが立つ闘技場の中心で、デュエルディスクを収納形態に移行させた覇王が声を上げた。
「いいか、これが敗者の末路だ。貴様らもこうなりたくなければ、出撃の準備を済ませておけ。恐らく逃げ出したネズミは俺の注意を引きつけたいつもりだろうが、人間1人ごときに構ってやるほど俺は暇ではない。今ここに宣言しよう、覇王軍は明日、要塞都市に総攻撃をかける!」
闘技場を中心に、悪魔たちの歓声が低く轟く。その中心で覇王は部下の興奮をも意に介さず、頭上に光る赤い彗星をただじっと見つめていた。
後書き
ちなみにこの後、三沢が帰還してからどのパターンのデュエルディスクを完成させるかで未来世界が分岐します(適当)。
マスタールール4、なんかもう凄いことになりましたね。
賛否両論で荒れまくるのも無理はない内容だと思いますが、個人的にはちょっとワクワクもしてます。まだ実物を手にしてないのでリンク召喚が良いとも悪いとも言えませんが、とりあえず拙作は最後までこれまで通りの(ほぼ)マスタールール3で押し通しますのでご了承ください。
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