Fate/Flood myth
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第一話『リベンジャーズ・プロローグ』
きっと、その出会いは運命だったのだろう。
未来の恋人との邂逅?違う、そんなロマンチックなものじゃない。
いつかの親友との出会い?違う、そんな情熱的なものでもない。
もっと泥塗れで、硝煙の臭う、輝かしい栄光とは無縁な、そんな血生臭い物語。
きっと僕は、あの"バケモノ"に出会うために生まれてきたのだと……本気でそう思っている。
彼女に出会えた事を、僕は悪魔に感謝しなければならない。
彼女に出会えた事で、僕は神を酷く憎まねばならない。
それほどまでに、僕は彼女と出会って、希望を抱いた。
それほどまでに、僕は彼女と出会って、絶望を抱いた。
あのドス黒くて、許せなくて、痛くて、辛くて、悲しくて、嬉しくて、楽しくて、くすぐったく、心地良かった七日間。
彼女と築いた、どこか歪で、どこかおぞましい主従関係。彼女が僕を利用し、僕が彼女を利用する、酷く素敵な復讐劇。
僕は、彼女の残したこの奇跡を、永遠に守り続けていくのだろう。
――だから、今日も僕は新たな来訪者に、この鳥居の上から問い掛ける。
「復讐の、覚悟を示せ」
懐かしき、その言葉を。
──────────────────
魔術師は嫌いだ。
僕は魔術師の家系ではあるけれど、俗に言う落ちこぼれというものだ。生まれつき魔力の保有量は人並み以上に多いが、一切の魔術が使えない――いや、正確には、『マトモに運用できる一切の魔術』が使えない、が正しい。
実家である『歪』の家系は代々、優秀な魔術師が産み落とされている。近親婚は当たり前のように行われ、僕も魔術の腕次第では実の妹と結婚させられていた事だろう。
別に、妹の事が嫌いなわけでは無い。彼女は先に生まれ育った僕の影響か、魔術師らしくない性格だった。体は弱かったが、いつも元気な笑みを浮かべていた妹。僕も彼女を、家族としてそれなりに愛していた。
妹は、所謂天才だった。
彼女の魔術回路は、この家の成り立った時代からこれまで全ての魔術師を凌駕する、世界でも一二を争うレベルの最高級品の魔術回路だと言う。歪の家の成り立ちから見ても、歴代最高の魔術師。それはきっと、エリートの道を歩む事が出来るだろう。
しかし。
……そう、言ったのだ。彼らは。
妹の事を、『最高級品』だと。
その時点で僕は、魔術師という存在を軽蔑した。
人を人とも思わない、血の繋がった存在すら平然と道具として扱う存在。なんて愚かしい。
そして同時に、僕は危惧した。
このままではいずれ、妹は彼らの玩具にされてしまうのではないかと。
妹は女である為に、歪の当主にはなり得ない。くだらないしきたりだ。最初はその程度にしか思っていなかったそのしきたりに、今は恨みすら湧き上がってくる。
――あまりにもレアケースな魔術師は、ホルマリン漬けにされ、その身を魔術の礎とされる。
それは断じて許容出来ない、それは絶対に許せない。けれど、落ちこぼれの僕に、頭の固い魔術師達を無傷で説得できるだけのカードはない。
ならば、傷があってもいい。
『聖杯戦争』。
かつてこの日本に存在した大聖杯は、彼の御三家の内の一つであるトオサカと、時計塔の『教授』によって解体された。故に本来、日本で聖杯戦争が行われることは無い。
しかし数十年前、存在しない筈の大聖杯が、再びこの日本に出現した。
開催地は東京、銀座。これまで行われた聖杯戦争と比較しても異例な英霊ばかり召喚されたその聖杯戦争を制したのは、僕と同じ『落ちこぼれ』と呼ばれた筈の魔術師率いる陣営――アーチャー陣営だった。
彼は自身の根源に至り、これは噂程度の話でしか無いが、『魔法使い』に成り、『座』に迎えられたという。
彼が用いたとされる『第七魔法』は、今もその存在の是非が議論されていた。
しかし、そんな前例があったからといって、僕自身が参加するつもりはない。そもそも、聖杯戦争なんてものに参加する旨味が全くない。
万能の願望器など、すでに腐っている魔術師を更に堕落させてしまうだけのものだ、百害あって一利なし。
しかしこれを欲しがっている歪の魔術師達には、交渉材料になる。
僕の唯一の取り柄……持て余した大量の魔力を、サーヴァントの現界の礎とする。
前例のある話だ。霊基を維持する為の魔力を第三者が担い、本来のマスターが令呪を担う。マスターは魔力を温存する事で、全力を以って聖杯戦争に臨める。
妹には干渉しない、という条件で。
魔術師達は、二つ返事で了承した。契約は成立し、僕は魔力の代替として、マスター候補である魔術師と共に京都へ向かう。
到着して直ぐに、工房が組み上げられた。魔術結界を幾重にも張り巡らし、無数のトラップを形成する。触媒は万全を期し、この日本での知名度補正も鑑みての『古事記』の上巻、その原本。恐らくは日本神話から、名のある英雄が呼び出される事だろう。神話の時代の英雄であるが故に、高い神性を併せ持つ可能性も高い。
裏切りを防ぐ為に、呼び出すのはバーサーカー。多少消費魔力も増えるのだろうが、膨大な魔力を持つ僕にはなんの問題もない。
まさに万全、まさに盤石。
準備は、整った。
聖杯戦争は、開幕する。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。
降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
英霊召喚の儀式。魔法陣に魔力の輝きが灯り、荒れ狂う力の本流が工房に撒き散らされる。
その光景を、魔力の代替品たる彼――歪兆仕は、ただ無感情に眺めていた。
「――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
聖杯戦争、魔術師同士の殺し合いが始まる。しかし、それも兆仕にはどうでもいい事だ。彼の仕事は、ただサーヴァントを限界させ続けるだけの魔力を提供し続ける事。殺し合いの結果などどうだっていいし、この聖杯戦争に直接的に関わるつもりは毛頭無い。万能の願望器など、この身には不要なのだから。
「誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、
我は常世総ての悪を敷く者。
されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
触媒が光の粒子となり、輝きは陣の中心へと。呼びかけに呼応するかのように、人の形を成していく。
――?
人の形、なのだろうか。
確かにぼんやりと映るその輪郭は人の身の物だ、その肩ほどにまで伸びる、燃えるような紅い髪。同色の瞳に、小さな唇から覗くのは真っ白な牙。片側のみに羽織る漆黒の着物は、時折縫われた鮮やかな紅の彼岸花が美しい。胸回りはサラシで抑え、その無理やりに引き裂いたかのような着物の裾からは、細い足がすらりと伸びていた。
そして何より、その腰から伸びるは、8本の尾。
その女は、人外の存在であった。
「おぉ……成功したぞ。これで、この身にも令呪が……!」
歓喜の声と共に、男が自身の腕を確認する。しかしその腕にはサーヴァントを従える聖刻はおろか、サーヴァントとの繋がりすら感じられない。男が不審に思い自身の体を確認するも、やはり聖刻――令呪は、その身には存在しなかった。
次第に、男の顔に憤怒の形相が浮かぶ。
「――何故だ、召喚は果たしたぞ大聖杯!早くこの身に令呪を刻め!令呪無しに聖杯戦争に挑めとでも言うつもりかっ!ふざけるな!」
男が狂気が混じったかのように叫び散らし、苛立ちからか近くにあった木箱を蹴り飛ばす。しかしそんな男には目もくれる事なく、兆仕はただ側に控えるだけだった。この身から魔力が流れ出ていると言うことは、あの英霊はこの身から出る魔力を元に現界しているのだろう。ならばいずれ、彼の体に令呪が刻まれるのは必然だ。何を焦ることがあると言うのか。
「クソッ!何が『最高級品』の魔術回路だ、本家の魔術師共め!こんな欠陥品を俺の体に植え付けるとは……!」
「――は?」
……最高級品の、魔術回路?
「秀山様、最高級品の魔術回路とは……どういう、ことですか」
「どうもこうもあるか!貴様の家の魔術師共が歴代最高の魔術回路の用意があるからと、その移植を申し出てみればこのザマだ!天才の魔術回路だと……?馬鹿にするのも大概にしろ……!」
天才。
歴代最高の魔術回路。
その、移植。
――ぁ?
魔術回路は、魔術師の命だ。さらに言えば、体内魔力と直結する筈の魔術回路を、移植だと?
そんな事をすれば、移植される側は兎も角、移植する側が無事で済む筈がない。生命の源を丸ごと断ち切るようなものだ。一般人にとっては元々無いものなのだから影響は無いのだろうが、普段から魔術回路を行使する魔術師が魔術回路を失うなど、それは、生命の頓挫に等しい。
そして現在、天才と呼ばれているような魔術師は、歪の家には一人しか居ない。
手を出すなと念入りに言っていた筈の、妹しか。
「……ばか、な」
自然と、声が漏れる。その事実を受け止めるための余裕が、今この身には存在しない。
あの契約はなんだったのだ、嘘だったのか?騙したのか?ああ、確かに可能性としては有り得る話だったさ。だからこそ先んじてその契約を結んだのだ。なのに、それを無視して、妹を殺したというのか?
魔術回路の移植自体は、近年の魔術師に於いて珍しい話ではない。性交により互いの魔力にパスを繋ぎ、限りなく抵抗を薄め、その後相手の魔術回路を本来の魔術回路に接続する。それにより魔術回路の本数そのものを増加させ、更に質の良い魔術回路をその身に宿す事で、魔術師としてより高みに到達する――その理屈は、把握している。
つまり、この男は。歪の家は。
――妹の純潔を奪い去った挙句、その命すら奪っていったと言うのか。
「…………っ、おま、えぇぇぇぇッ!!」
「なっ!?ぐ、突然なんだ、この落ちこぼれがっ!」
明確なる殺意を胸に、駆け出す。しかし頭上から不可視の槍が降り注ぎ、全身に鋭い痛みが走った。堪らず胃液を吐き出し、己が傷により血溜まりと化した床へ無様に倒れ伏す。立ち上がるために地面を押すも、未だ不可視の槍は全身を大地に縫い付けていた。なんたる屈辱か、なんたる憤怒か。
「殺して、やる……っ!殺す……!死ね……ッ!よくも……朱音を……っ!」
「黙れッ!汚らわしい魔術師モドキが!貴様はただの魔力タンク代わりなのだ、ただ黙ってなけなしの魔力を絞り出していれば良いというのに……!」
全身を貫く槍を少しずつ引き千切り、目の前の男を殺す為だけに命を賭す。いや、それでも足りない。妹を穢し、妹を弄んだこの『魔術師』達を、絶対に許さない。皆殺しだ、いや、その前にこの屈辱と同等、それ以上の屈辱を味あわせてやる。
何が最高級品だ、何が天才だ、どうせ最後には取って食う腹積もりだった癖に。
「兄妹揃って役立たずか……!クソッ、余計な物ばかり寄越しやがって……おい!バーサーカー!私が貴様の主人だ!その様子を見る限り少しは理性があるんだろう!真名とステータスを……!」
金切り声で喚き立てる秀山が、先程から沈黙を保っているサーヴァントに叫ぶ。しかしサーヴァントはひっそりと溜息を吐くと、かぶりを振って小さく口を開いた。
「――足りぬ」
「何……!?」
「……足りぬといったのだ、浅はかな魔術師よ。貴様程度の細やかな恨みでは、我が怨念を従えるには役者不足と言うておる。目障りじゃ、往ね」
「な、何を言っている!私はお前のマス――」
――マスターなのだぞ
と、そう言い切る前に、男の首は宙を舞っていた。
よく見ればその八本の尾の内の一つが振るわれ、そのしなやかな鱗に血を付着させている。刃が付いている訳でもないというのに、男の首は芸術的なまでに美しい断面となっていた。
「……ッ!」
自身の獲物を奪われたかのような、喪失感。ざまあみろと言ってやりたい気持ちもあり、しかしその程度の苦しみでは足りないと言う自分も居る。よくぞやってくれた、よくもやってくれたな、そんな複雑な心境が心を惑わせる。
『反英霊』。
ふとそんな言葉が、脳裏によぎった。
「……して、そこの。既に拘束は解けているはずだがな。ダラダラと血を垂れ流しおって、目障りで仕方ないわ」
「……っ、うる、……さ、い……っ!よく、も……!」
「なんだ、この魔術師の近縁か?血は通っていないならば、養子……いや、その様子を見る限り、そう言う訳でもないらしいな」
サーヴァント――バーサーカーは、裸足のまま石造りの床を歩き、兆仕が倒れる血溜まりに足を踏み入れる。足が血で汚れる事を気にした様子もなく、少女の形をした化け物は兆仕の横に屈み込んだ。バーサーカーはその黒く染まった腕を伸ばし、兆仕の前髪を掴み上げる。
「……っ、ぐ」
「ほう。貴様、今自分が如何な目をしているか、理解しておるのか?」
「……!」
至近距離に、彼女の紅い瞳が在った。蛇のようなその瞳がまっすぐに兆仕を射抜き、しかし兆仕もバーサーカーの問い掛けに、睨み返す事で返答する。
「喋る気力すら尽き掛けているか、ならば問うとしよう」
バーサーカーはその八本の尾を操り、その鱗の切っ先を兆仕の首に添える。返答を間違えれば、直ぐにでもこの身は八つ裂きにされ、既に風前の灯火であるこの命は、完全に掻き消える事だろう。選択を間違えるな、生き残る、生きて復讐を果たすまでは、死ぬ訳にはいかない。
このサーヴァントとの魔力のパスは、この身が担っている。故に、このサーヴァントを『極限まで利用する』――!
「――貴様が、我が復讐に魂を焚べる魔術師か?」
「……いいや、違、う。僕、は……!」
――舐めるなよ、亡霊。
「――――!」
「…………ふ、く、はは」
化け物の口から、笑いが漏れた。
その口元が、歓喜に歪む。可愛らしく、美しく、しかし醜く、残虐に、嗤う。
「――ははは、くはははハははハハはははははッ!!あははははははははははははははははははははははははハハハハハハハッッッ!!!」
化け物が笑う。
化け物が、嗤う。
その小さな口を思う存分に広げ、さぞかし気分が良さそうに大笑いする。何がそこまで可笑しかったのか、何がそこまで彼女を高揚させたのか。
彼女は、酷く笑っていた。
「あぁ、いいだろう!その怨み、その怒り、我が主として座するに相応しいっ!!『汝』は今、我が使い手となる資格を示した!故に、故に!我が位階を此処に紡ごうか、報復を求めし復讐者よ!」
大袈裟なまに腕を広げ、歓びを堪え切れなかったのか弾んだ声で、高らかな宣言を示す。立ち上がり、手に持つ剣を床に突き刺し、謳うかのように名乗りを上げた。
――兆仕の左腕に刻まれた、三画の令呪と共に。
「サーヴァント、バーサーカー/アヴェンジャー!汝が復讐の運命に導かれ此処に参上した!我が怨嗟を以て、今ここに汝の剣となる事を承諾しよう、『マスター』!」
聖杯戦争は、ここに始まる。
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