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決して折れない絆の悪魔

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未来へ進む子供

湖を一望できる岡の上にその建物は立っていた、まるで城のように大きく広い屋敷。何処かの大金持ちの家か別荘と誰もが思うだろうが違う、ここは身寄りの無い子供や戦争で行き場を無くした子を引き取り新しい家族として迎え続けている孤児院『未来院』である。このご時世に孤児院というのは苦しい物がある、理由は世界に蔓延している兵器である。

「やれやれ………こんな新聞も読み飽きましたね」
「だったら読まずに俺に文字、教えてくれよ院長」
「そうですね、そうしましょうかミカ」

畳まれた新聞の見出しには『ストリートチルドレン増加、政府政策難航』という記事があった。今の世の中は女尊男卑、女性だけが贔屓され男が酷く虐げられている世界になっている。その要因となったのが女にしか使えない兵器"インフィニット・ストラトス"通称ISによる物だった。現行兵器を凌駕するそれが世界に広まった時にあっという間に生まれた風潮が女尊男卑。

それだけではない、生まれた来た子供が男だからという理由だけで赤子を捨てるケースが爆発的に増加し全世界で社会問題に発展している。身寄りの無い子供はストリートチルドレンとなり泥やゴミを漁って生きる、それだけならまだいいのかもしれない。生まれた場所によっては銃を握らせ少年兵として殺し合いに身を投じるしか手が無くなっている。嘆かわしい事態だ……人生の宝である子供を身勝手な理由で捨てるとは、それなら産むなと声を大きくして言いたい。

「そうそう大分上手くなってきましたね。おっとそこは違いますよ?ほらここ、反対になってしまっていますね。こうですよ」
「えっ……ああそうか、なんか変だと思ったら」

孤児院を始めたのもそんな子供達を救いたいと思ったからだ。だが自分では全ての子供を救う事など出来ない、ではそれなら目の前で、ほんの少し手を差し伸べるだけで人間として生きられる子供を見捨てろというのだろうか。そんな事など出来ない、例え偽善者と罵られようが構わない、自分はこの手が届く限りの子供を救い上げて家族として愛し、育ててみせると誓った。妻も賛成してくれ、二人で孤児院を切り盛りしている所だ。

「やっぱり面白いね勉強って。今は無理でも、何時かオルガみたいに本読めたり出来るようになるかな」
「なりますよ絶対、私の子なんですから」
「……やっぱり嬉しいよ、院長……父さんにそう言って貰えると」

ミカと呼ばれた少年は照れくさそうに言い直しながら頬をかいた、彼も女尊男卑の影響で両親に捨てられた子供だった。中東で仕事に出た際に出会い、ミカと同じように捨てられ傭兵となった子全員をこの孤児院に迎え入れた。ミカにとって院長は父であり恩人であり暖かさをくれた人でもある、副院長と同じく親と呼べる唯一の人。

「さてもう少し頑張りましょうか、次はカタカナですね」
「うん。でもなんで日本語って3つに別れてんの?面倒くさいんだけど」
「さあ私に言われても……ねぇ?」

中東出身のミカにとって日本語は酷く難解な言語、文章を書くにしても2~3種類の文字を使い分けなければいけない。英語とは全く違い中々覚えられない、一応勉強自体は面白いと思えているが3種類の文字習得自体は面倒と感じているようだ。カタカナの練習を始めようとしたら扉が開けれた、そこには褐色の肌に灰色の髪をした青年を筆頭に次々と少年や少女が部屋へと入って来た。

「失礼しますぜ院長、聞いてくれよ初仕事上手くいったんだぜ。報酬もばっちりだ!」
「途中でトラブルもあったけどさ」
「我らが鉄華団団長が見事な機転で切り抜けたんだぜ!?」
「ほう、流石ですねオルガ。矢張り君はリーダーに向いていますね」
「や、やめてくれよ。アンタに褒められるとその、照れるぜ……」

ミカと同じように引き取られたオルガ達、彼らは唯世話になり続けるだけでは嫌だと自分達で起業し出来る事をしてこの孤児院に貢献してくれている。その名も決して散らない鉄華団、強く逞しいこの子達にピッタリだと思っている。

「んでその報酬なんだが……」
「ええ、8:2です」
「ええっ!?そりゃ無いぜ院長、確かにあんたには感謝してるけど8は取りすぎだろ!?」
「いや何言ってんですか、8はそっちに決まってるでしょ」
「「「「「へっ?」」」」」

仕事の報酬は最初から孤児院に譲渡するつもりでいたオルガ、だが中には折角自分達で稼いだのだから取り分は欲しいという考えを持つ者もいる、その考えは正しいし自分の稼ぎなら尚更だ。それを8を取るなんてあんまりだと声を上げた一部の子達だがこちらに8という分配に驚きを隠せなかった。

「確かに私はお金を入れてくれると有り難いとは言いました、そして貴方達は働いてくれている。ですがそのお金は君達が身体を動かして、汗水を流して勝ち取った物です。私の方が少なくて当然でしょう?」
「で、でもそれじゃあ俺たちが多すぎる!!せ、せめて5:5、いや6:4だ!」

気持ち自体は嬉しいが自分達が働こうと思ったのは傭兵として生きる事しか出来なかった自分達に真っ当な世界での生き方と温かい愛情を注いでくれた院長夫婦に報いる為、なのにこれでは報いれていない。言ってきた額よりも少しでも多く渡そうとオルガは声を張り上げた。6:4と言い直したのは少しでも此方が多く取らなくては向こう(院長)が納得しないと思ったからだ。すると院長は笑ってこう言った。

「ならこうしましょう、7:3で手を打ちましょう。そしてその内の1を預かってください、勿論使っても構いませんが私が使うという時まで持っていてください。これなら、良いでしょう?」
「……なんだよそれじゃあ結局8:2じゃねえか…ってこれで駄目っていっても聞いてくれねえんだろ?」
「ええ聞きませんよ」
「笑顔で肯定すんなよ……ああもう解ったよ!それでいい、それで手を打つよ!!」

もう参ったよそれでいいよ!両手を上げて降参するオルガに思わず周囲からから笑いが零れた、オルガは笑いつつ悔しそうにまた交渉で負けちまったよと呟く。こういった交渉は良くするがオルガは院長にこの手の事で勝てた為しがない、頑固で意見を曲げないがそこには何時も自分達に対する愛情が必ずある。それを覆したら愛情を否定してしまうのかもしれないという思いもある為にオルガは勝てない。だがこのやり取り自体が楽しい、だからやってしまう。

「さて今日はご馳走にしましょうか、何が良いですか?」
「はいはいオレ、煮込みハンバーグ!!」
「ああなら俺えっと…ハンバーガー!」
「似たようなもんじゃねえか?!俺ピーマンの肉詰め!」
「俺ミートボール!!」
「なんでお前ら全員引き肉料理オンリーなんだよ!?」
「じゃあ俺、くらげとデーツの酢の物和え」
「お前はお前で渋すぎるわミカ!!」
「はいはいじゃあ私が食堂に行くまでに決めておいてくださいね」

喜び勇んで食堂へと向かっていく子供たちを見て思わず笑みが零れる、青年になっても大人になって自分にとっては大切な子供、それは変わらない。そんな子供に出来るだけの愛情を注いでやらなくてはいけないと思い続けている、席を立ち上ろうとするとコンコンコンとノックの音の後に扉が開いた。

「人気だな、少し嫉妬してしまったよ」
「貴方の子供であるんですよ?大目に見てあげてください」
「解ってるよでも、貴方は私の夫だ、少しぐらい嫉妬してもいいだろう?」

扉を開けたのはスラリとした長身で背中まで伸びた金色の髪が美しくトップモデルも霞そうな美女、彼女はそっと椅子に座っている院長である夫に近づき口付けをする。貴方は私の物と主張するように。

「お仕事お疲れ様です。サムス」
「ああ、後でマッサージをお願いしてもいいかな、久世」

もう一度確かめ合うようなキスをすると院長、久世は立ち上がりつつ妻の腰に手を回してそのまま部屋を出た。すると自分らを見つけたのか一人の少年が駆け寄って来た。

「父さん、母さん!ご馳走作るんでしょ!?俺にも手伝わせてよ!料理したいんだ!」
「作る物は多分バラバラだから大変だろうしな」
「ええ、手伝ってくれます?」
「ああ勿論!父さんと母さんの役に立てるんなら!」
「助かりますよ―――一夏」

狂っている世界の中で、一つの世界は動いている。暖かな愛に包まれた世界が。

されどその愛の中には歪な愛もある、それはどんなものを生みだすのか……。 
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