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ギルド-Guild-

作者:相羽 桂
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第一部
1章:新天地の旅
  1話 世界を跨ぐ梯子

 今宵は満月。
 闇夜に浮かぶ月が、無数に立ち並ぶ巨大なビルの陰を映している。丑三つ刻の今、街の中に灯りはなくてまるで廃墟のごとき静けさに覆われていた。
 だが――そんな時間だからこそ、活躍できる者もいる。

「ま、待ってくれ! 情報なら話す! 殺さないでくれ!」

 まるでいい大人が出したとは思えない、なりふり構わぬ叫び声。もはやお高いスーツはしわくちゃに型くずれし、慌てて後ずさったためか靴も片方脱げてしまっている。男は地に倒れながらも、目の前から迫ってくる黒い人影に片手を上げ、どうにかして命だけは奪われまいとここまで言葉を重ねてきた。

 きっちりと整理整頓の行き届いていた書斎は見る陰もなく、何人もの男が大量の血を流して倒れ伏している。その全てが男の前に居る、顔どころか性別すらわからない黒い人影によって起こされた惨劇だった。

「頼む……たのむよぉ……金ならやる。望みだって全部叶えてやるから、だから! ころさないでくれぇ……」

 男の雇っていた全ての人物――それなりの実力を持っていたボディーガードが、影の持つ細身の剣によって切り払われ、もう男に戦おうという気概はない。元より彼の専門は情報戦……有る事無い事を並べ、とにかく国民の意思を誘導するところにあるのだから仕方のない事だろう。
 そんな男を見下ろして、影は一つ、初めて声を漏らした。

「悪いが、敵には死んでもらわなくてはならないのでな」

 男がその中性的な声で作られた言葉を聴くことが出来たのかはわからない。
 影が口を閉じた瞬間にはもう、男の首は宙を舞っていた。その顔に、絶望の感情を刻みこんで。

   □□□

「さて……帰るか」

 影は自分の襲撃した屋敷を一通り見回って生き残りがいないことを確認すると、ようやく満足したのか屋根へ登る。

「……この国はのんきな物だな」

 高い屋敷の屋根から広がる景色に自分の居る国との違いを感じて、影は小さく息をついた。
 高層ビルは存命で、こんな時間までご機嫌に飲み歩く集団も居る。細い路地には何やら特殊な性癖をお持ちの男女も確認でき、何より街のインフラが生きているのだから、良くも悪くも平和な街の光景でしかない。

 とはいえ、いまや世界中どこを見てもこんな街の方が少ないだろう。
 驚異的な技術開発を進めた結果、世界は完全な資源不足に陥っている。ほんの少しずつしか残されていない様々な資源を巡って、世界中の国々は表で裏で、ただひたすら戦争を繰り返す状況。勝てばまた僅かながら生き残るための資源が手に入り、負けたら死。一瞬足りとも気の抜けない世界情勢であるはずなのだ。

 この街を見下ろす影――エドアルド・サリッジがここに居るのも、また戦争のせい。彼の正体は敵国の重要人物殺害という任務を負った、ウェルクセルの戦争孤児兵士部隊員だった。

〈こちら(わん)C(しー)O(おー)〇〇(ぜろぜろ)。経過報告をお願いします〉

 と、思わず街の様子に見とれてしまったエドアルドの耳に、抑揚のない女性の声が届いた。
 自分が従うべき司令官のコードナンバーが混ぜ込まれた通信は、任務の遂行状況を確認するもの。少しボーッとして、任務に関係の無いことを考えてしまっていたエドアルドは、一瞬の反応の遅れを見せながらも答えるべき言葉で応じる。

「無事任務を達成。サブターゲットクリア。これより帰投する」
〈了解。幸運を祈る〉

 素早い情報のやり取りで連絡を終え、通信は終了する。

 ――戻るか。

 さすがにこれ以上油を売っているわけにもいかず、エドアルドは即座に跳躍した。
 彼の体を頭頂からつま先まで余すところ無く包む黒いスーツは、身に付ける者の身体能力を格段に引き上げてくれる特殊任務用ウェアだ。たったの一飛びで六十階をゆうに超えるビルのてっぺんに辿り着いたところからも、その服の性能の高さがわかるだろう。

 更にレーダーに反応しないステルス機能を備え、体温を漏らさない設計によってサーモグラフィカメラにも反応することはないため、隠密性も充分に高い。加えて炭素分子による自動修復機能が備わっていることで、長時間の激しい戦闘にも耐えうる性能を持っている。
 裏で戦うエドアルドのような部隊員にとっては、自分の命を預けるのにこれ以上の装備は無いだろう。

 地上から数百メートルにも達するビルの頂上で、エドアルドはもう一度そのスーツの力を使う。足をカエルのように曲げ、スーツの全身に走るエネルギーの導線に光が通ったところで、その溜めに溜めた力を開放し、彼は弾丸のように飛び出した。

 幾度か建物の屋根を経由しながら、決して速度は落とすことなく海まで突き進む。

 ――取り敢えずここさえ越えれば……。

 敵国の領土からは離れたことで、ひとまずは危険も大きく減ったはずだ。もし捕まってしまえば、ナノマシンによる尋問から逃れるすべはなく、全ての情報を抜き取られた上で捨てられることになる。
 その点海に出てしまえば、そうそう捕まるようなことはないだろう。いいところ軽装備の船が徘徊しているくらいで、まったく障害にはなりえない。

 そんなわけでここからは更に速度を上げ、エドアルドは滑るように海面を駆ける。
 無事に暗殺を終え、目撃者も全て殺した。何一つとして憂いはなく、ここまで作戦は完璧に進んでいる。もうあと少しも走れば自国の領海に辿り着き、しばしの休息が与えられることだろう。最高の結果を期待するため兵士のアフターケアは万全であり、次の任務までは自由に過ごすことができるはず。

 そんな無駄な思考が……大きな油断を生んだ。まあ油断など無くとも回避はできぬ事故ではあった。

「ん?」

 暫くしてエドアルドは、自身の体に不思議な光が纏わりついていることを知覚する。
 時速何百メートルというほどの速さで動いているはずなのに、一切の遅延なく追従してくる光。少し速度を落としてみても離れる様子は無く、むしろそれはどんどんと大きくなっているよう。

「なんだこの光……」

 海上ということもあって、空に壁はない。そう考えると一番最初に思い浮かぶのは、はるか天高くから攻撃を加えてくる衛星軌道上の兵器である。

 ――そんな情報聞いてないぞ。

 きっと事前に連絡があったのなら、彼も海上から脱出するという手は取らなかったはずだ。
 多少時間はかかろうとも、地上を跳んで帰ったほうが安全だっただろう。さすがの敵も、衛星兵器が自国に被害を出すことは看過できないはずだから。

 ――陸地に……いや、間に合わない。

 わざわざ陸から離れるように動いていたことが裏目に出ていた。
 みるみるうちに光は膨らみ、もはやいつ何が起きてもおかしくはない状況。遠くに見える陸地にたどり着くことなど叶うはずもなく、彼は素早く一つの決心を固める。

「こちらジャッカル。こちらジャッカル。敵国海上にて謎の光に補足された。新型衛星兵器の恐れあり。国への被害を抑えるため、このまま海上にて待機する。確認頼む」
〈一CO〇〇了解。幸運を……〉

 流石のオペレーターも少々慌てた様子を隠しきれない様子で、任務中の青年から突然舞い込んだ報告を受けた。その声を聞いたところで小さな笑みを見せると、エドアルドは前に進むのをやめ、しかし止まってしまっては沈むだけなので円を書くように動き続ける。

 ――思えば、僕は拾われてから人を殺してばっかりだったなぁ。

 彼の脳裏に浮かぶ走馬灯。その中にあるのは、ただただ真っ赤な惨劇の景色だけ。
 戦場で拾われ、軍に回収されたと同時に地獄のような訓練を課される。同胞を殺し、自分を殺し、ついに大人になっても結局は戦争の駒。作戦後の休息という短いひとときだけが、彼の自由だった。

 ――僕の死を悲しんでくれる人は……いないだろうなぁ。

 関わる者の全てが兵士であり戦争の駒であった彼に、弱音を打ち明けられるような、お互いに目を光らせる必要の無いような、気のおけない『友達』などいない。いつ誰が裏切るかわからない状況で、いっときも油断を見せられない仲間しかいなかったのだ。

 光はそんな彼の闇を浄化するように、輝きを更に増していく。
 そして――

 ――ああ、まるで天国へ続く梯子みたいだ。

 エドアルドを包んでいた光は天へと登り、浮遊感を感じ始める彼の意識を真っ白に染め上げた。

   □□□


天国への梯子(ヘブンズラダー)

 とある一人の兵士を消し去って、光は世界にそんな言葉を残した。
 これこそが今の、戦争のはびこる地獄を変える鍵だと人々が知るのは、もう少し先の話。 
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