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To Heart 赤い目

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来栖川当主

 来栖川邸。
 メイドロボは研究所の長瀬博士に引き渡され、心の傷以外は傷が浅い坂下と葵は医務室に、何か精神的なケアが必要な綾香は、別の場所に送られて行った。

「おう坂下、大丈夫か? さっきは… ゲフッ!」
 浩之は「さっきは大変だったな」と、最後まで言わせて貰えなかった。
「何の事だっ! 何を言いたい? 今日は何も無かった、そう、何もだっ!」
「ゴフッ!」
 ボディーに入ったパンチ捻られ、昼飯の味を反芻する浩之。
「先輩っ! 大丈夫ですか?」
「あ、葵ちゃん、奴は何で怒ってるんだ? ただ今日の事… グウッ!」
 葵は素早く背後に回り、裸締めの体制に入った。
「はっ! すみません先輩っ! でも、何だか体が勝手にっ!」
(そうか… こいつらはさっきの事を忘れたんじゃない、体が思い出させようとしないんだ…)
 深みに落ちて行こうとする意識の中でタップしながら、浩之はそう思っていた。
「大丈夫ですかっ?」
「ゴホッ、いや… 葵ちゃんとマルチの闘いは凄かったな、と言いたかったんだ、ははっ」
「え? あ、そうでしたね。 私もマルチちゃんが、あんなに強くなってたなんて、思いもしませんでした。 それで… あ? あれ、最後はどうなったんでしたか? (ゴクリ)」
 審判を待つように、物凄い生唾を飲み込む葵。
「あ? ああ、あいつらの骨は鉄製だからな、蹴りも強いし、手数が違ったな」
「ええっ、そうでしたね、私も驚きましたっ」
「そこで倒されて、医務室行きだ、「悪い夢」とかは思い出さないでいいぞ」
「はいっ」
 人体の機能で、記憶の書き換えが行われている葵。
「うむ、あのマルチがあそこまでやるとは、私もボヤボヤしてられんな(ピクピク)」
 坂下まで記憶が書き換えられていたらしい。
 
「そ、その後はどうなったんですか?」
 自分の記憶が正しく? 書き換えられた所で、続きを聞こうとする葵。
 ビクウッ!
 自分の番になり、目を見開き、脂汗をかく坂下。
「ああ、セリオが操られて綾香を襲った時、坂下がブロックして助けたんだ、その後はセリオと1対1になった」
「そっ、そうだったな」
「それで?」
 真っ青な顔で嫌な汗をかいている坂下と違い、意識を失っていた間の話は平然と聞いている葵。
「セリオはモーターも強いからな、突きの手数が違った、蹴りも凄かったし、急所をやられて終わりだ」
「そうだったか、スマンな役に立たなくて。そうか~、それでどこで倒されたのか分からなかったのか、うんうん」
「気にするな、「悪い夢」は忘れろ」
「うん、あれは悪い夢だ、忘れよう」
 坂下は夕方の記憶を取り戻し? 何とか自己完結できた。

「で… その後はどうなった?」
 自分の記憶が正しく? 書き換えられた所で、鬼瓦のような表情で聞こうとする坂下。
「それから…」
 ビクッ!
 思い出してはいけない記憶を呼び覚まされそうになり、全身の毛穴を逆立てるように驚いていた。
「なっ、何だっ! 何を言いたいっ!」 
 再び戦闘態勢に入り、浩之が変な事を言えば一撃で倒せるよう、力を込める坂下。
「琴音ちゃんが工事用のデカいロボットを隠しててな、綾香が…」
「倒したのか?」
 その後の話を考える浩之、まさか綾香が重機を倒したとも言えず、考えを巡らせる。
「いや、相手をしている間に、俺がキーを抜いた」
 浩之も我ながら適切なジョークだと思えた。
「そうか、如何に綾香と言えど、鋼鉄の機械には勝てなかったか、ははっ」
 何とか乾いた笑いで、自分を説得する坂下。
「でも」
 ビクッ!!
 葵の問いかけに引きつる二人。
「姫川さんはどうなったんですか? 確か綾香さんですら近付けなかったんですよね?」
「そ、そうだな、あいつもロボットとやり合って疲れてたしな… そうか、お前が」
「えっ?」
 意外そうな顔をする葵をからかうように、坂下が続ける。
「抱き締めて、こう… 接吻でもしたのだろう(ポッ)」
「そうなんですかっ? 先輩っ!」
「いや、俺じゃなくて」
 正直に答えられず、つい否定してしまう浩之。
「じゃあ、まさか、あの……」
 どうしても、その人の名前が口にできない葵と坂下。
「て、テレキ…ネシスが… お、お友……」
 変な単語まで思い出しそうになり、ガクガク震えている坂下。

「いや、琴音ちゃんの力は先輩には通じなかったんだ、そう…」
「ま… 魔物……」
「いや、魔法みたいだったな、先輩が手をこうやると、琴音ちゃんが転がって」
 テレビに出て来る、気功師のようなポーズを取りながら説明する浩之。
「そっ! そうか、さすが綾香の姉さん、あの人が気功を使うとは、さすがに血は争えんと言う所だな、はははっ」
「すっ、凄いですっ」
 しかし、どうしても芹香の名前を口にしたり、気功を教えて貰おうとは言えない二人。

 脳が筋肉の人達には、何とか分かりやすく解説できた所で、芹香のリムジンがやって来た。
「「いやああああっっ!」」
 リムジンを見て何かを思い出したのか、泣きながらダッシュで逃げて行く二人。
「おい…」
 引き止める間も無く、来栖川病院?の端まで突っ走り、物陰から観察している二人。 そこで背後に巨大な影が現れ、玄関の照明を遮った。
「藤田様」
「うわっ! せ、セバスチャンじゃないか、あ~びっくりした」
 後ろから声を掛けられ、心臓が飛び出しそうになる浩之だが、いつもの声を聞かされる。
「え? 「お二人はお祖父様と会って頂きます」だって?」
 コクコク
 芹香のリムジンに同乗していた琴音。綾香以下数名を襲撃、工場の機械やロボットまで使役して動かすテロを起こした少女。
 普通なら警察に直送するか、来栖川で拘束して拷問しても良いはずだが、今も娑婆で大手を振って歩いている方がおかしい琴音。
「お姉さまのお祖父様? 「優しい方です、心配しないで来てください」ですって?」
 朝の雑踏でも芹香の声が聴こえる浩之、同じく、お友達が泣き叫び、周囲を飛んでいる状況でも芹香と会話ができた琴音。その二人と芹香は、来栖川の現当主の部屋に引き出され、座布団に座って待たされた。

「来栖川家ご当主様、ご入室です!」
 秘書か通訳?と思われる人物が御簾の外で当主の入室を告げ、浩之たちには頭を下げるようにジェスチャーをしたので頭を下げた。
「え?「君たちが孫の言っていた「お友達」かね? 今日はよく来てくれた」ですか?」
 コクコク
 御簾が掛かった向こうに座った当主に話し掛けられ? 芹香と同じくゴン太君方式で会話する浩之。このメンバーには全員テレパシー?が通じるので、翻訳する必要は無かったが、いつものクセでやってしまう。
 そこで唇の動きを読んで通訳する男の出番がなくなり、間違いを訂正しながら話す必要も無くなったので、扇子で追い払われそうになったが、秘書か何かの役目もあるのか、どうにか居座った。
「はい? 「このような物に隠れて申し訳ない? 私と直接目を合わせると、ただ事では済まないので、このままで失礼する」ですか?」
 コクコク
 琴音と交互にテレパシー通話の内容を平文に訳す二人。この人物と目を合わせると、どうなってしまうのかは不明だが、浩之も怖くなって目を逸らした。
 御簾に隠れ、更に大事を取って色の濃いメガネを掛け、顔の前で扇を開いて目を隠す当主。
「え? 「以前からお話出来た男性、藤田浩之さんと、今日お友達になった姫川琴音さんです。それにお二方共「夜のお友達」とも遊べる、珍しい方です」だって?」
 コクコク
 祖父と孫娘が無音で会話しているのが怖くなり、つい翻訳と通訳も続ける。
「は? 「良かったな、わしは見合いを続けて、婆さんと出会うまで、誰ひとりとして「人間の」友達がおらんかったから辛かった、この声が辛うじて聞こえたのも、セバスチャンぐらいだった」ですって?」
 コクコク
 本来の通訳を無視してゴン太君方式で話すが、そうしていなければ精神が持たないような独特の雰囲気がある人物だった。
「はい、「これからも「末永く」孫と仲良くしてやって欲しい?」それと、「二人共是非その才能を活かして、来栖川のために働いてもらえないか?」ですか?」
 コクコク
 超能力テロ少女を、即座に雇うと決めた現当主。芹香と同じで器が大き過ぎるようで、工場の損失だとか、孫娘その2がテレキネシスで吹っ飛ばされたとか、心臓を掴まれてもうすぐ死ぬ所だった、などは全く気にしていないらしい。
「私はお嬢さん方二人共、藤田さんに近づく女として亡き者にしようとしたんですよ? こんな女を……」
 なでなで、なでなで
「はい? 「話さずとも分かる、君の回りにいる動物達も言っている、「不幸の予知」で友達もいなかった辛さは私達にも身にしみて分かる。そんな君に初めて友達、いや恋人ができてしまった。そんな君から彼を取ろうとする者、全員敵に見えるのは仕方がないことだ」ですか?」
 琴音の赤い目から、また涙が溢れだし、穢れを洗い流して行った。
「え? 「そうだ、わしとも友達になろう、是非そうしよう。 ん? ワンちゃんはどうして欲しいのかな? そうか、家でも上手く行っていない、ではうちに養子に来てくれないか? 芹香の本当の妹になって欲しい。(綾香はもういらん)彼とも結婚したい? うむ、全て段取りしようじゃないか」ですって?」
 今まで忌み嫌われていた自分の力、それが来栖川の家でなら「才能」として扱われ、同じ力を持つ人物からは、友達に、養子に、浩之との結婚まで全て面倒を見ると言ってくれる。
 途中、綾香に対して何か言ったような気もするが、小声なので訳さなかった。
「え? 「私も藤田さんと結婚したい? 琴音さんを妹にして、三人で結婚したい、だと? そうか、琴音さんさえ良ければ構わんが」ですって?」
 ポッ、なでなで、なでなで
「私とお姉さまも、結婚……(ポッ)」
 自分の意思は完全無視で、色々と話が進んでいるので驚愕する浩之。琴音の方も、嫌がるどころか、「お姉さまの嫁」になれるのを、嬉しそうにしていた。

 そこで御簾の外に座り、唇の動きを読んで当主の通訳を果たすはずだった男が、琴音に向かって叫んだ。
「思い上がるなっ、そこの娘! 来栖川グループでの損失が一体いくらになるのか知っているのかっ? 工場だけでも三十億以上、それに人的被害は入っていないんだぞ? お前達が一生働いても返せない金額… はっ? やめっ、うわああああっ!」
 ドボーーン!
 男が喚いた途端、部屋の外にいた「大きなお友達」の白い手が、片手で男を掴んで庭の池に放り投げた。
 浩之の右肩には、悪魔の心が止まって「こんな危ねえ女今すぐ捨てて、隣のお嬢様に乗り換えろ、でねえと一生タダ働きだぞ」と囁くのが聞こえ、左耳には「この世に寄る辺なき少女、君が受け止めなくて誰が受け止められよう」と囁いていた。
「え? 「いや、すまんすまん、金で脅すような真似をして申し訳ない、なあに来栖川の当主なら、一回のパーティーで三十億ぐらいすぐ使っちゃうよね? そうだ、すぐパーティーにしよう、みんなも入って入って」ですって?」
 先ほどの、手の長さが3メートル、腕の直径だと80センチぐらいある大きなお友達とか、当主の言葉に恐れ慄き、すぐに退出したくなった浩之だが、それは既に手遅れだった。
『コトホギ、コトホギ』
『コンレイ、マエイワイ』
『コドモデキル、トモダチフエル』
 芹香さんのお友達のように、実体がない人達と違い、普通は「悪鬼羅刹」とか「天狗」「妖怪」と呼ばれる当主様のお友達が、楽しそうに部屋に入り、客人の前にご馳走を並べて行った。
『ヒュオオオオン、ファアアアアアアッ!』
 庭の大池からは、「龍神様」と思われる大きなお友達が、嬉しそうに叫びながら、天に向かって勢い良く飛んで行った。
 頭の中のブレーカを落とした浩之と琴音は、顔を見合わせて「これ、夢だよな」「ええ、夢ですよね」とアイコンタクトを取って、意識のブレーカも遮断しようとした。
「え? 「今日は目出度い、芹香の「婿候補」もやっと一人見つかったし、綾香の代わりも見つかった。琴音さん、無理強いはせんが、その名前にも愛着がなければ、今日から来栖川綾香を名乗りなさい」ですか?」
 コクコク
 何か来栖川的に必要な才能が欠落して「いらん子」扱いの哀れな綾香だった。

 ドンドンドンドンッ!
 そこで誰かが廊下を走る音が聞こえ、部屋の入口付近から「中を見ないで済む位置」に座ったセバスチャンの声が聞こえた。
「ご当主様、ご歓談中失礼します。藤田様、どうかお助け下さいっ!」
「ヘ?」
 ベリーグッドタイミングで、自分をここから引き出してくれるセバスチャンの声に救われ、泡を吹いて失禁しながら失神するのをやめて、その話に乗ろうとする。
「どうしたんだ、俺で役に立つならすぐに行こう」
「おお、有り難いお言葉。では今からすぐにでも綾香様の所へお連れします、どうか哀れな綾香様をお救い下さいっ」
 多分、綾香が目を覚ましてしまったらしく、鎮静剤を飲ませようにも注射を打とうにも、「薬」「薬のビン」「白衣を着た人」を見た途端暴れだして、エクストリームで得た格闘技術の粋を駆使して撃退し、「白衣を着た人」に取り囲まれると、全員を打撃技で始末してしまうに違いない。
「大変だ、すぐ行こう」
 部屋を出て走っていこうとした浩之を、琴音が引き止めた。腕力、超能力、メイドロボ、などを駆使して、眼力、テレパシー、小声で「藤田さん、私をこんな恐ろしい所に一人で置いていくつもりですか?」と問いかけていた。
「え? ああ、琴音ちゃんも一緒に」
 そう言うと、琴音も足早に部屋を出ようとしたが、セバスチャンに止められる。
「いえ、姫川様はご遠慮ください。綾香様は「まだあの子の手が私の心臓を掴んでる!」と仰っておられますので」
 自分の力が通じなかった「お友達」同様、超能力少女の力にも対抗できず、無残に敗退したのを忘れていなかった綾香。
「え? 「綾香ちゃんかわいそう、お見舞いに行きましょう」だって?」
 コクコク
 もしそんなことをすれば、綾香は自殺してしまう。琴音の超能力には抗えず窓から飛び降りたり、「ジャッジメントチェーン?」に支配されていて、恐怖のあまり心筋梗塞を起こしたり、芹香にお友達を呼ばれた時点で心停止して心臓膿漏で死ぬ。
「いや、そうじゃないんだ、ははっ、綾香がヤバい原因は、二人と言うか、二人のお友達とか超能力なんで…」
 口ごもっていた所で、セバスチャンの力強い腕が浩之を抱えて走りだした。
「ご当主様、藤田様をお借りしますっ」
「藤田さんっ!」
「え? 「どこへ行くんですか? 私達を置いて綾香ちゃんを選ぶんですね?」ってそうじゃないだろ、先輩」

 セバスチャンが走って離れを出て行くと、軍用に近い四輪駆動車が止めてあった。ピンクのリムジンと同じく、綾香の専用車である。
 セバスチャンがハンビーの助手席に浩之を放り込んで、車を急発進させると、実体が無い方の「お友達」や、リミッターが外された凶暴なメイドロボが追ってきたが、セバスチャンは頑丈な車が破壊されて行くのも気にせず走行させた。
「シートベルトをお締め下さいっ!」
、どこかから「ルパンザサ~ド」と曲が流れてきそうな状況で、車に乗り込んでこようとするメイドロボを壁や木に押し当てて排除し、運転席側に残ったまだ動いている手を外して綾香が入院している施設に向かった。
 その後ろから「待て~~っ! 藤田さんを返せ~~っ!」とか、巨大なロボ?が稼働する「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!」という音が聞こえたり、先輩が繰り出す小さい方のお友達がリムジンの左右を飛んでいるような気がしたが、あえて見なかったことにした。
 
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