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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第七十九話 あなたは独りではありませんよ。


 第十三艦隊の出動が正式に決まってから、副官補佐役として、カロリーネ皇女殿下とアルフレートは出立まであわただしい業務に追われた。艦隊編成、武器弾薬の補充、同行する補給船団の手配、航路設定、休暇中の将兵の選抜、予備役からの召集等・・・・。
といっても、全体の内容を把握するのは副官や副司令官、参謀長らの仕事で有って、カロリーネ皇女殿下とアルフレートはその補佐、というところだったが、それでも目の回るほどの忙しさだった。第十三艦隊の再編成を行った年末も忙しかったが、今回はこの比ではない。要塞駐留艦隊としてアーレ・ハイネセンと共に戦場に赴く第十六艦隊とは違い、第十三艦隊は自分たちでイゼルローン回廊に行かねばならない。航路はもちろんの事、途中の補給の場所も設定しなくてはならないし、移動中の本隊との連絡も密にしなくてはならない。
一つ心強かったのが、共に同行するのが第十七艦隊であるという点である。ヤン・ウェンリー率いる半個艦隊とは言え、その中には「生きた航路図」と言われるエドウィン・フィッシャー准将がいるからである。第十三艦隊の幕僚たちも、この初老の提督に何かと教わるところが多いとみて、頻繁に第十七艦隊司令部に赴いている。
「おうい、エクレール中尉。」
「あ、はい!!」
オフィスで懸命に糧食、医薬品の消費量の計算と取っ組んでいたカロリーネ皇女殿下は顔を上げて、声の主のところにすっ飛んでいった。ラザール・フロイスト主計専門官である。階級は少佐であり、備蓄品全般における補給を統括している。20代後半から実質この業務をとり行ってきたというから驚きである。34歳にしてはもう40代の落ち着きを持っており、司令部でも頼りにされている温厚な人だった。
「すまないが、こいつを第十七艦隊司令部に持っていってくれないかな?」
そう言って渡されたのは何やらデータの入っているらしい小型のカードだった。
「通信で送ってもいいんだが、あまりにも膨大で時間がかかるんだ。この人のところに持っていってくれればそれでいい。」
宛先を見たカロリーネ皇女殿下は飛び上りそうになった。フレデリカ・グリーンヒルと書かれていたからだ。
「あ、ですが、まだ計算が――。」
「それなら心配いらないよ。今どこまで終わっているかな?」
カロリーネ皇女殿下は多少頬を赤らめながら、経過を話した。前世でOLとしてオフィスにいた時ならば、進捗が遅い後輩を時には皆の前でしかりつけもしたのだが、この人はそういうことを一切やらない。なんて度量の大きい人なんだろうと恥じ入り、前世の自分の器量の狭さを痛感するばかりである。
「後はこっちでやっておくから、いいよ。共通のフォルダに入れておいてくれれば後で見るから。地上車を使いなさい。第十七艦隊司令部には連絡しておくよ。」
「ありがとうございます!」
そういうわけならと、お言葉に甘えて、カロリーネ皇女殿下は第十三艦隊主計局オフィスを出た。ずっと室内にこもっていた身には暖かな春の陽光が眩しい。今日はよく晴れている。
 思わず伸びをしそうになるのをこらえて、カロリーネ皇女殿下は地上車が止まっているエリアに急いだ。運転は士官学校で習っているし、前世でも車の免許は持っているからお手の物だった。それにそもそも地上車は全自動で動けるのだ。目的地さえ設定すれば後は勝手に向かってくれる。
カロリーネ皇女殿下は静かに幹線道路を滑っていく車に身を預け、しばしの休息を楽しんだ。順調にいけば所要時間は約1時間だ。
「・・・・・・・・・。」
窓辺に左ひじを乗せ、頬杖をついて窓の外を見る。知らず知らずのうちに意識はこれまでに起こった過去の記憶に飛んでいった。


なんと自分は変わったのだろう。


前世では単なるOLだった。20代後半でもうすぐ結婚できて、これから幸せな家庭を築けると思っていた矢先に全部がパーになってしまったのだ。そうして生まれ変わったのが、まさかであろうゴールデンバウム王朝の帝室の血筋の一人という驚きからまたさらに一転、今度は血筋そのものを疑われ、こうして自由惑星同盟の士官の一人として暮らしている。
「夢、じゃないわよね。」
思わず頬をつねってみて痛さに顔をしかめる。その時トンネルに入ったが、光の屈折で窓ガラスには前世の自分とは似ても似つかない顔立ちの美少女が写っていた。
ほっそりした白い顔、皇女殿下時代は茶色の髪は後ろでシニョン風にして渦を巻いて左肩前に垂らしていたが、今はポニーテールにしている。青いマリンブルーの瞳は我ながら我の強い性格を現しているのではないかと思うくらいに濃かった。
「黒目から青目か。」
思わずそう言って、自分でくすっと笑ってしまった。笑える余裕がいくばくか出てきたのは、士官学校に入ってだいぶたってからだったわね、とカロリーネ皇女殿下は思い返している。それまでは不安で不安で仕方がなかった。アルフレートは士官学校を卒業して前線に行ってしまうし、ファーレンハイトもシュタインメッツも、共に自由惑星同盟の政府筋からの圧力で前線に出ざるを得なかった。侍女たちがいるとはいえ、カロリーネ皇女殿下は一人になったのである。時に一人きりになって、どうしようもない不安と寂しさで静かに涙を流したこともあった。
 こんなことでは駄目だ。そう思い始めたのが、士官学校に入るきっかけだった。もちろんアルフレートもファーレンハイトもシュタインメッツも皆反対したけれど「自分の身は自分で守る!」という決意が変わらないことを聞くと、最後には皆が納得した。せざるを得なかったのである。この先どうなるかもわからないのだから・・・・。
「どうなるかわからない。そうよね、もし・・・・。」
 そこまでつぶやいたとたんに言い知れぬ恐怖が湧き上がってきた。もしラインハルトが自由惑星同盟に攻め込んできたならば、という恐怖は今もカロリーネ皇女殿下の胸の中にある。それを取り出してみるだけで、怖かった。とてつもなく怖かった。今でもそうだ。アムリッツアを経験していないとはいえ、ラインハルトの前には、あのヤン・ウェンリーですらかなわないのではないか、という不安があったのだ。
「どうして他の二次創作の子たちって、ああも強くなれるのかな?・・・・物語だからかな、にしても、ああも順応できるなんて不思議。それとも、私が駄目駄目なだけ?」
まだ自分は本格的に戦場に出ていないが、それでも第三次ティアマト会戦の時は足がすくんでしまって動けなかった。一瞬後には、今にも旗艦が砲弾に当たって爆発四散してしまうのではないか、という思いで、最後まで体が無駄に硬直しっぱなしだった。
 それに引き換え、とカロリーネ皇女殿下は思う。あのモヤシみたいなアルフレートは自分よりもずっとこの世界に馴染んでいるような気がする。本当は前世なんてウソであなたも登場人物の一人なんじゃないの、とツッコミたくなる。
「駄目よね、私の方がお姉さんなのに・・・。」
カロリーネ皇女殿下は苦笑した。背伸びできたらしてみたい。けれど、それは本当の自分ではないし、不安を押さえつけているだけでは何も変わらない。


『小官も同じです。人間は鋼鉄ではありません。誰しもが胸の中に不安を抱えながら戦っているのです。』


不意に懐かしい声が耳元でした。正確にはアーダルベルト・フォン・ファーレンハイトのかつて言った言葉が胸の中によみがえっただけなのだが。
「ファーレンハイトは不安に思うことはないの?どうして戦いの中でそんなに平静でいられるの?」
と、いつか話のついでに尋ねたことがあった。
『慣れではありません。そういう人間がいることも事実ですし、心を麻痺させるというのも一種の防衛本能ですが、やはり恐怖というものを押さえつけることはできません。押し殺すことなどできはしないのです。』
では、どうすればいいのか、という問いかけに対して、ファーレンハイトはこんな答えを返してくれた。
『より強い思いを抱き、それに全力を集中するのです。それはどんなものでもよい。大切な人の為に戦いたい、このために自分は戦いたい、そういう思いを抱き続けることでようやく恐怖に立ち向かっていけると小官は思います。これとても万人に当てはまることではありませんが。』
そう言えば、とカロリーネ皇女殿下は思う。
「ファーレンハイトは何の為に戦うの?」
という最後の問いかけには、彼は苦笑して答えてくれなかった。なんとなくだが、その思いは分るような気がしてそれ以上追求はしなかった。

 カロリーネ皇女殿下は「ほうっ。」と息を吐き出した。恐怖を克服できる方法はわかったが、さりとて何の為に自分は戦えばいいのか。復讐などというバカげたことを行おうという意思はアルフレートにビンタされてから、とうに失せている。
「何の為に戦うか、か。」
車はトンネルを抜け、丘陵地帯を抜けながら前方の市街地に向かっていた。幸いというか車の量はそれほど多くはなく、ここまで順調に来ている。カロリーネ皇女殿下は遠い目を高層ビル群に向けた。あの中に第十七艦隊司令部がある。今の自分の職務を思い出して、気を引き締めた。

* * * * *
第十七艦隊司令部は、かつての地上軍連隊本部を改装して設置された建物にあった。車を乗りつけてその建物を見上げたカロリーネ皇女殿下は「どうもヤン・ウェンリーさんは冷遇されているようね。」と思わざるを得なかった。他のビル群と比べても、年季の入った建物だったし、階層も十数階と、他のビル群に比べて低いのだ。自由惑星同盟の「跳ねっかえり・異端児」の司令官に対する風あたりは、シトレ閣下の庇護のもとにあるとはいえ、良いものとは言えないようだった。
それでも、その中で立ち働く人々はとても活き活きとしていた。ロビーで案内を乞うと、きっかり3分後にヘイゼル色の瞳と金褐色の髪を持つ美人がやってきた。今年22歳になるフレデリカ・グリーンヒルは、カロリーネ皇女殿下と5つ違いだった。
「よくお越しくださいましたわね。」
フレデリカ・グリーンヒル大尉はまだ新米中尉であるカロリーネ皇女殿下を温かく迎え入れた。
「こ、これをお届けに参りました!」
のちにフレデリカ・グリーンヒル・ヤンと呼ばれるであろう女性を目の前にしてカロリーネ皇女殿下は、上ずった声で要件を述べた。フレデリカはにっこりしてカードを受け取り、
「ご苦労様でした。お預かりします。せっかくですから、お茶でも飲んでいきませんか?」
「あ、ありがとうございます。ですけれど、もう行かないと・・・。」
山のようにたまっている業務を思い出して、内心と息を吐きながらカロリーネ皇女殿下は好意を謝してそう言った。
「第十三艦隊の司令部には私から話しておきますわ。実を言うと、あなたが来られることは前もって連絡がありましたのよ。」
「えっ!?」
「『このところ働きづめだから、少し休みを入れさせてやってくれないか。』ですって。」
「それはフロイスト少佐から、でしょうか?」
「そうおっしゃられていましたが、もっと上の方もそうおっしゃられていましたわ。」
「???」
いぶかしがるカロリーネ皇女殿下を、フレデリカはエレヴェーターに誘った。それに乗り込むと、ガラス張りのエレヴェーターは一気に上昇して屋上のカフェテリアに到着した。ここは士官学校候補生のアルバイト先として、経営されている軍のカフェテリアだったが、味は評判である。特に紅茶の味はそこいらのチェーン店に負けないほどだった。誰かが特にその点の指示をしたそうである。
 カフェテリアについた二人を、ウェイトレスが案内して窓際の席に導いた。
「あ!」
カロリーネ皇女殿下は、思わず声を上げてしまった。
「やぁ。」
出迎えたのは他でもない、ヤン・ウェンリーだったのである。そばにいるのはジャン・ロベール・ラップだった。
「ヤ、ヤン閣下!!」
「そんなに固くならなくてもいいよ。さぁ、座って。何がいいかな?」
ラップ大佐が穏やかな声でソファーを示した。
「ここの料理は絶品だよ。もうお昼だから昼食を済ませて帰ったらどうかと話していたんだ。大丈夫だよ、第十三艦隊の司令部の皆には話してある。」
「で、ですけれど、あまり特別扱いは――。」
「君はここのところ誰よりも働きづめだったのだろう?みんな心配していたよ。」
そんなことまで話されていたのか。カロリーネ皇女殿下は、恥ずかしさ半分、嬉しさ半分、そして当惑さを交えた気持ちを抱いていた。どうして一介の中尉にそこまでするのだろう。
「君も不思議に思っているようだね。」
ヤン・ウェンリーが話しかけた。
「まぁ、座って。そして話を聞いてくれないか?」
どうやらカードを届けるだけが仕事ではなかったようだ。カロリーネ皇女殿下が座ると、フレデリカが装置を起動させて、遮音力場を作ってしまった。これで外部からは一切中の音は聞こえなくなったのである。


「念のためだよ、エクレール中尉、いや・・・カロリーネ皇女殿下。」


いきなり心臓が10オクターブばかり跳ね上がった。今にも胸郭を突き破って出てきそうな気がして思わず胸を押さえつける。みるみる顔色が蒼白になり、あたりがすっかり寒くなってしまったように感じた。
「大丈夫よ。さぁ、これをお飲みなさい。」
フレデリカが携帯用のブランデーをコップの水に数滴落とし込むと、カロリーネ皇女殿下に渡した。グッと飲み干すと、顔に赤みが戻ってきた。
「違う違う。勘違いをしないでくれ。私たちは君の敵ではないし、君をどうこうしようとは思わない。」
それを聞いてもカロリーネ皇女殿下の心臓の鼓動は緩やかにならなかった。
「どうしてそれを・・・・。」
最後は声がかすれてしまって、上手く出なかった。それを見つめながら、ヤンが穏やかな声で話しかける。
「まぁ、その、我々が君の正体を知っていることは君にとって衝撃的だろうが、君に話しておきたかったんだ。このことはウィトゲンシュティン中将と、いや、シドニー・シトレ大将閣下とブラッドレー大将閣下と話し合いをして結論付けたことなんだよ。正確に言えばつい最近まで私たちは君の正体を知らなかった。ウィトゲンシュティン中将は君を引き取った時から知っていたようだった。」
統合作戦本部長と宇宙艦隊司令長官が、どうして、私のことを!?
カロリーネ皇女殿下はあまりの衝撃にどうしていいかわからなくてうろたえてしまっていた。
「だいぶ前に・・・・。」
ラップ大佐が口火を切った。
「帝国でちょっとした騒ぎがあったね。カロリーネ皇女殿下という銀河帝国の帝室に連なる姫君が実は血を引いていなかったと。あらゆるメディアやSNSを通じて銀河中に拡散されていたことを君も知っているだろう?」
あの時のことは、忘れたくても忘れられない。でも、忘れ去りたい日々だった。同時にあれがなかったらアルフレートやシュタインメッツにも会えなかったのだ。そんな複雑な思いを抱いた日々を思い返しながらカロリーネ皇女殿下はうなずいた。
「あの騒動は実は自由惑星同盟にも届いていたが、それ以前から、情報部は可能な限りカロリーネ皇女殿下の情報を集めていた。帝室に連なる人間は神聖不可侵だと言われているから、写真などはなかったが、幾人かの証言を得ることができてだいたいの君の容姿は分っていた。」
「・・・・・・・。」
「ここまでは帝室や首脳部の誰もに対して行う情報収集だ。だが、その後が違った。何故なら君が行方不明になったからだ。そのこともSNSを通じてさかんに拡散されていたんだよ。」
「・・・・・・・。」
「君が行方不明だと知った時、情報部、いや、正確に言えば情報部の情報を聞いたごく一部の政府首脳陣や軍上層部は君を保護する動きを示した。」
「どうして、ですか?」
「君を奉戴して立憲君主制を確立することが目的だからだ。」
いきなりのヤン・ウェンリーの放った爆弾を受け損ねたカロリーネ皇女殿下は思わずせき込んでしまった。民主主義を掲げる自由惑星同盟が、立憲君主制!?
「驚くのも無理はない。」
ラップが再び説明を続けた。
「士官学校で教育を受けてきた君たちにとっては民主主義こそすべてだと言われ続けてきたんだからね。これはごく一部の人間しか知らない極秘の話だ。ブラッドレー大将もシトレ閣下もさる筋から話を聞いたとだけ述べておられる。」
「・・・・・・・。」
「今は違うが、自由惑星同盟がいつか帝国遠征をおこなうという事は自由惑星同盟の中で半ば規定事実だった。いや、それは未だ意識の底では変わっていないと言ったらいいかな。いずれにしても、遠征が成功しても、民心を統治できる保証はない。今まで帝国貴族の圧政を経験してきた民衆がそう簡単に自立の意志を持つことはできないことを私たちはよく知っている。そこで、考え出したのが、あらたな帝室の人間をいただくことによる立憲君主制だ。」
「・・・・・・・。」
「こうすれば、民心は落ち着くことだろう。正当な血筋による正当な支配者が単に帝位の椅子を変わっただけとなる。その下で徐々に民心を改革するというのが狙いだったんだ。」
「・・・・・・・。」
「だからこそ、君に目を付けた。だが、同時に恐れてもいた。必要以上に君を刺激してしまうと、君はまた亡命するかもしれない。今度はフェザーンあたりに、ね。」
「・・・・・・・。」
「君が士官学校に入った時、不審に思わなかったかい?どうして特進入校が許されたのか、どうして、第十三艦隊に配属になったのか。」
「でも、それは、アルフレート・・バウムガルデン大尉だって――。」
まさか、とカロリーネ皇女殿下は思う。それもすべて掌の中だとしたら――。
「すべて・・・利用されていた・・・・。」
上手く言葉が出てこなかった。まだ衝撃で一杯だったが、じょじょにどうしようもないやるせなさと、そして怒りが湧き上がってきた。だとしたら!?今まで自分が安堵の思いでいたあの第十三艦隊への配属も予定通りだったというわけなのか!?あの場所も幻、かりそめの場所だったというわけなのか!?
「君が衝撃を感じるのも無理はない。」
カロリーネ皇女殿下がぎゅっとズボンの布を握りしめて下を向いていたのを見かねて、ラップ大佐が声をかける。
「どうして・・・・・・。」
カロリーネ皇女殿下は顔を上げた。その眼を見たヤン、ラップ、そして脇に座っていたフレデリカは思わず身じろぎした。
「どうして、どうして、どうして!!放っておいてくれないんですか!!!」
ほとばしった声は3人を直撃した。
「利用されていた・・・・!!せっかく逃げ延びてきて、ここでようやく居場所を見つけて、必死に頑張ってきて・・・・!!それが、それが、それが・・・・!!」
わなわなと体が震えているのを抑えることができなかった。
「全部お膳立てのうちだったなんて!!私の居場所は、居場所は・・・・居場所は!!!!」
それ以上言葉を発することができず、カロリーネ皇女殿下は両手で顔を覆った。
「その、一ついいかな。」
それまでラップに説明を任せて、黙っていたヤンが口を開いた。
「その、君につらい思いをさせてすまなかったと思っている。けれど、私たちは利用する立場の人間じゃないんだ。シトレ閣下、ブラッドレー大将、ウィトゲンシュティン中将、私、そしてラップ、フレデリカ、みんな君を守りたいんだよ。あ、まぁ、シトレ閣下やブラッドレー大将は政治的判断をすることはあるけれど、その、基本的なスタンスはみんな君を守りたいんだよ。」
「・・・・・・・?」
カロリーネ皇女殿下は顔をあげた。眼に一杯涙が溜まって充血している。
「本当だよ。これは信じてほしい。本当なんだ。別に君が王女様だからとか、そういうわけじゃない。」
「じゃ、どうしてですか?」
「どんなに政治的価値があっても、一人の人間の生き方を無視することは、民主主義に反しているからだよ。」
それまでしどろもどろだったヤンはこの言葉だけはしっかりとよどみなく言った。あぁ、この人はやっぱりこういう人なんだ、民主主義を守りたいという思いは本気なんだ、とカロリーネ皇女殿下は思った。
「その、君がどんな人かをお互いわかった上で、それでも対等に付き合いをするのが、つまりはベストだと思ったんだ。辛い思いをさせて申し訳なかった。許してほしい。」
驚いたことにヤンが頭を下げた。ラップもだ。フレデリカは頭を下げる代わりにカロリーネ皇女殿下の手を優しく握った。これにはカロリーネ皇女殿下もびっくりである。
「あ、あの、あのあのあのあの!!顔を上げてください!!そんな私なんかに頭を下げたって何にもなりませんから!!」
ヤンとラップが顔を上げた。
「お気持ちはよくわかりました。確かにすごくショック・・・でした。でも、今、なんだかうれしいです。」
ちょっと照れたようにはにかみながら言葉を続ける。
「こんな私にでも手を差し伸べてくれる人が周りにいるんだって、そう思えましたから。」
目の淵をぬぐった。涙が手の甲についてきたが、それをズボンに擦り付けた。
「ありがとうございます。今これしか言えませんけれど・・・・・。そして、これからもよろしくお願いします。」
3人は顔を見合わせて、相好を崩した。
「ウィトゲンシュティン中将の、そして閣下のおっしゃった通りですわね。」
フレデリカがヤンに話しかけた。
「大尉、本日のスペシャルランチを人数分注文してくれないか。」
というのがヤンの返答だった。ヤンらしい返し方だとカロリーネ皇女殿下は思い、ようやく笑みを浮かべることができた。
「はい、ただいま。」
一瞬いたずらっぽく笑みをカロリーネ皇女殿下に向けたフレデリカが席を外す。その後ろ姿を見やりながら、カロリーネ皇女殿下は思った。

 まだ運命に翻弄される立場だけれど、それでも自分の周りには自分を見てくれている人が確かにいる。糸のようにか細く、ともすれば切れてしまうかもしれないものだけれど、独りでいるよりは遥かに心強かった。そのじんわりとした幸せをかみしめたカロリーネ皇女殿下は、つくづく今日ここに来てよかったと思い、ウィトゲンシュティン中将たちの配慮に感謝したのである。




 
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