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落ちこぼれ兵士は殺人鬼!? ウォーリー奪還作戦編

作者:ゆーぼー
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落ちこぼれ兵士と殺人鬼

俺の名前はジーマ・ドロー、兵士をやってる。
俺らは皆日々、王のために活躍するための鍛錬を行っている。
そもそも兵士とは王のボディーガードをしたり、国の平和を脅かす悪を退治したりするのが仕事なのだが、少ない休憩時間で身も心も休めるのも仕事である。
一見堅苦しい職業に思えるが、実はあまりそうではない。休憩時間中には談笑したり賭け事をしたりする。
そんないつもの休憩中の出来事である
「おい、聞いたか?またハンターが現れたって」
「聞いたぜ。今度はあの館の主人を殺したってな。いまやこのイギリカはあいつ一人に恐怖で怯えてしまっている」
いつも通りの会話である。これがいつも通りってのは若干違う気がするが少し前からいつも通りなのである。

17xx年、裏で密かに魔法が流行しているこの世界で、ある男が現れた。
その男の名前は、ハンター。
殺し屋としての腕を見込まれ、イギリカの王に、単身でアメリスの王の暗殺を命じられる。イギリカとアメリスは何十年も前から戦争をしており今尚、お互い緊張状態である。
当然、王や国民は成功するとは思ってない。この依頼は殺し屋の死刑を兼ねた、できるだけ敵の兵力を削ぐだけのものでしかない、王はそう考えていた。
しかし結果は違った。なんとハンターは無傷で生還し、アメリスの王の首をイギリカの王の前に投げ捨てたのだ。
戦争が終わり、国民は歓喜に溢れる一方、新たな恐怖が国を覆った。それは、ハンターという謎の最強殺人鬼の存在である。
ハンターの実力を恐れた王はハンターを指名手配し、現在に至る。

「そういや今日は今月の成績発表の日だったな。誰か見たやついないか?」
「あ、俺みたよ」
俺がふっと言うと皆こっちを向いた。
「おい、俺は何番だった!」
「バカ!俺が先だ!」
皆が俺の方に押し寄せてくる。
休憩時間なのだから見にいけよ!そんな言葉言う暇もなく俺は押し潰されるのを防ぐことで精一杯だった。
「待て!皆」
奥から声が聞こえる。ジョセフだ。
「それよりこのジーマの成績の方が気になるだろう」
か、勝手に話の話題を俺に変えやがった!
皆の目の色が変わった。
「ジーマ、何番だった?!」
「聞かせてくれよおい!」
皆俺を見てる…。マジかよ、言わなきゃならねぇ雰囲気になりやがったじゃねえか。
「俺は…」
「お前は……!?」
意味のわからないノリで僕を煽ってくる。しゃあない。
「俺は42だよ」
皆から笑顔が消えた。そして互いに目をあわせるとまたこっちを向いた。
「42ってまさかあの…!」
「そうさ、42番ってことは最後から2番目ってことだよ」
皆がこっちを向いて笑い出した。
ば、馬鹿にしやがって!
「おいおい、みんな止めないか。それとジーマ、お前も終わったことは忘れて、次に頑張ればいい」
ジョセフが皆を止めてくれるとともに俺を慰めてくれた。あ、アニキぃ!
ジョセフは俺より2歳年上で、人格的にも優れ、皆をまとめあげるリーダーシップも持ち合わせており、おまけに正義感も強い。王のために尽力しようとしている数少ない人物だ。
そんな彼の成績は当然よく、今回の成績も5カ月連続1位だった。しかし彼はそれを誇らない。それは自分がトップだということは、敗者がいるということ。その敗者には最大限敬意を払う。ジョセフは俺らの憧れだった。
「おーいジョセフ。兵長が、お前を呼んでたぜ」
大きな声でジョセフを呼ぶ彼の名前は、ノーガ。俺の親友だ。
「兵長がオレに…?わかった、すぐ行く」
そう言うと、ジョセフは足速に兵士長のところに向かった。
「あーあ、いいよなぁ、ジョセフは。俺なんて兵長のところに行ったのは、つい先日花瓶をわって怒られにいったときだぜ」
ノーガがつまらなさそうに言った。
「お前はしょっちゅう行ってるだろ」
僕はノーガに皮肉を込めて言った。
「そうじゃねぇよ!ヤツはイイ意味で行ってんだよ!俺は悪い意味だよ」
「ジョセフはなんでも出来るからなぁ。きっと重要な任務のことについてだろう」
「おいジーマ、お前羨ましくないのか?」
ノーガは腑抜けた声で言った。
「そりゃ、羨ましいさ。だがな、俺と奴とは天と地ほどの差がある。ジョセフについて妬むのは、俺が奴と同じぐらいの実力になったときさ」
「実力ねぇ。そういやぁ、お前何位だった?」
答えたくもねぇ質問しやがって!
「42位だよ。なんか文句あるか?」
周りが、また笑い出した。そんなに面白いか?最下位だった奴は気の毒だな。
「42位ってお前、実質最下位じゃねぇか」
「え?」
俺は思わずとぼけた声をだした。
「だってここ1カ月ここに来なかった奴いただろ?母親が急病で。だから実質最下位」
嘘だろ〜!なんでだ。なんで成績がこんなにも悪い!
「まあまあ、今日は飲みにでも行こうや。愚痴でもなんでも聞いてやるからさ」
ノーガが、いきなり肩を組んでくるので、思わず倒れそうになった。
「あー、ごめん俺、彼女とこれから食事しに行くんだ」
「へ?お前彼女いたっけ?」
ノーガは驚いたような顔をしていた。
「おいおい、知らないのかよ、ジーマの彼女」
少し離れたところで先輩の兵士が言った。
「あいつの彼女は、ジョセフの妹だぜ?あのジーマが」
ノーガが悲鳴に近い叫び声をあげた。
「嘘だろ、オイ!うわー、俺密かに狙ってたのにぃ」
ノーガが頭を掻き毟りながら、駄々っ子のように言った。
彼女の名前はエリー、ジョセフの妹だけあって非常に優しい。俺と同い年だ。
「ジーマ、エリーちゃんが呼んでるそうだぜ」
同じ班の仲間が伝えてくれた。
「ああ分かった、すぐ行く。じゃあみんな、また明日」
俺は部屋の出口に向かった。
「デートなんかしてるから、お前の成績は悪いんだぞ!」
うっ。
刺さるようなノーガの言葉はしばらくの間、頭から離れることはなかった。



「ジョセフ、お前に一つ頼みたいことがあるんだが、頼まれてはくれぬか?」
兵長がオレのほうを向いて、いつになく真剣な表情でこちらを見る。普段ならここら辺でつまらんジョークをいうのだが、よほど重要なことに違いない。
「ハンターの被害者は増えていく一方だ。そこで今回の話し合いの結果、我々はハンター討伐隊というのをつくった」
「は、ハンター討伐隊ですか?それで私は何を…?」
「ジョセフ、お前は今日から…、ハンター討伐隊の隊長になってもらう」
な、ハンター!?オレが?
俺は大きく目を開いた。
「お前の働きは非常に、上の人間から評価されている。そこでお前に、なるべく早くハンターを殺してほしいそうだ。実際、被害者も増えている。お前の正義感を信じてのことだ」
迷う必要はない、オレは…。
「是非やらせていただきます」
「よし、今日からお前は討伐隊の隊長だ。隊長として、しっかりとした指揮をたのんだぞ」
敬礼をしたあと、部屋をでた。
やっとだ。やっとこの手でハンターを殺せる。
この国の最大の恐怖、ハンターの存在を消すことができれば、多くの人々の命を救える。
だが不安もある。隊員は何人いるんだ?ハンター討伐隊なんて初めてだし、隊長として明確な指示はだせるのか?ああ、考えるだけ無駄だ。実際に見てみないと。
オレは討伐隊の訓練所に向かった。
訓練所の中には、オレたち15期生のトップ10の成績の者だけではなく、11期から16期まで総勢、50人の精鋭揃いだった。
しかし、オレにはこの数でも奴に勝てる気がしなかった。この討伐隊は確かに精鋭揃いだが、相手はアメリスの王の首を無傷でとった男、この数では勝てないと感じた。
討伐隊の隊員は休憩時間に入ると、何やら武器の手入れや自分の動きについて、研究していた。
「すごいな」
オレは思わず声を出してしまった。
特に、武器の手入れをしている隊員の武器の状態は非常に素晴らしい。
裏で魔法が流行っている近年、国はある魔法石の開発に成功した。その魔法石の名前は、ライトストーン。
このライトストーンは人の正義に反応し、正義感が強ければ強いほど、力を与えるというものだ。
力に変えられる正義感をライトフォースという。このライトストーンは現在、イギリカの兵士だけが所持を認められており、一般の市場には出回ってない。
昔、ダークストーンという邪悪なる者に力を与えるという石があったという言い伝えからヒントを得て開発されたらしい。
言っておくが、オレの今の成績はライトストーンのおかげじゃないぞ!ま、まあ多少はあるかもしれないが…。
…自分の正義感には自覚がある。というか鬱陶しいくらいだ。
でも、こんなもので人が救われるなら、上手く付き合っていける。どんな長所も短所も自分なのだからな。
「皆、注目してくれるか?」
オレは皆に声をかけるとパッとオレの方に振り向いた。
「オレはこの隊の隊長に就任したジョセフって者だ。急だが、今日からハンターの討伐作戦を開始するか、それとももう少し策を練るか、多数決をとろうと思う。自分が良いと思う方に手を挙げてくれ」
隊員達は挙手をした。多数決で後者が僅かに上回り今日から作戦が開始されることが決まった。
その結果が決まり、どこか不安げではあるものの、後者が上回ったということは隊員達が自分達の実力に自信があるということなので、オレは彼らを信じることにした。
その後しばらく話し合った結果、5人のグループに分かれ、ハンターを捜しだす。そしてハンターに遭遇した場合、一人が近くを捜しているもう一つのグループに応援を要請する。
ハンターは神出鬼没なので、なるべくグループに分けて捜す必要がある。5人で分かれれば、10グループ作れる。この作戦で決まった。
決行が今夜の6時からなのは、ハンターが依頼人を求めて街を歩きまわるのが、6時からだというのと、オレが、なるべく早いほうが良いと判断したからだ。
ハンターについてオレ達は知っているようで知らない。目撃者による証言では、なんとも言えない不気味な妖気と、首がどちらかに曲がっているらしい。後者はひょっとして彼の弱点ではないのか?
それを知るためには、なるべく彼と接触しなければならない。そして、この作戦に犠牲者ゼロなどありえない。誰かが死ぬ、だからオレは、最後に彼らの顔を見ることが出来なかった。



まだ陽は沈みきっていない。時間は午後の6時…。
最悪の殺し屋として俺が活躍し出したのは、つい最近のことである。俺に依頼するのに特に金以外の条件はないが、その分高く請求する。だから俺は非常に儲かる。
……依頼人によく質問されることがある。それは、「人を殺して、罪悪感はないのか」と。
答えはNO。人を殺してはいけないというのは所詮、人が決めたことであって、罪悪感のない自由に生きる人間にとっては、何も思わない。
精神に異常があるのは認める。だが、そんなことでさえも人が、普通であるために創り出したものだ。
俺にとって、殺人はビジネスだ!快楽も恨みもそこにはない。ただのビジネス、それが殺人さ。
俺は、俺を必要としている依頼希望者が、誰かいないか探し回った。

〜2時間後〜

2時間探し回ったが誰も依頼希望者がいない。いやまあ、いる方が珍しいんだが。
依頼には、どんな奴でも高額を請求するしな。まあ、高級ブランドのようなものだ、俺は。
高額を請求する代わりに、確実に依頼をこなす、だから依頼者へのリスクが少ない。実績もあるしな。
まあ、依頼者がいないならしょうがない。あそこ行くか。

俺は、例のあそこにきた。そのあそことは、貧民街である。
貧民街とは、富と社会的地位を失い、居場所のなくなった人々が集まる街だ。子供だっている、そんな子供は決まって親を呪っているものだ。
貧民街の面積は年々、その面積を広げていっている。

……ただの暇つぶしさ。表の世界には飽きた。富を求める人間が多すぎて、皆に代わり映えがあまりしない。いや、いや、まあ変わってる奴もいるが、特に兵士とその関係者はな。
そんな奴らと違って貧民街の人間達は一人一人個性があるのだ。失ったもの達の怒りが、喪ったもの達の悲しみが変えてしまったのかもしれない、ここの奴らを。
表世界にいる人間だったこのゴツゴツした石は、金という岩に転がり、ぶつかり続け丸くなったのかもな。優しいのだ、優しさなど殆ど持ち合わせていない俺にとって。
「ハンターさん!」
貧民街でもかなり年配のおやじが俺を呼んだ。
「依頼してもよろしいでしょうか?」
「誰の依頼でも聞くさ。金があればな」
「お金…ですか…」
おやじは残念そうに言った。
「あんた名前は?」
俺は顔を見て聞いた。
「名前など…もうどうでもいいのです。ハンターさんは何故ここに?」
「暇つぶしさ。依頼希望者がいなくてな」
俺は名前を不要だと言っているおやじに聞きたいことがあった。
「なあ、あんたは何故、こんなところで暮らしてるんだ?あんたの顔、どこかで見た気がするんだが」
「昔は私も武器を売って、大儲けしとったんです。でも、新しい武器をつくることに大金かけて、それでも失敗して…」
「なるほどな…。子供はいんのか?」
「いますとも、二人娘が。でも2年前、悪い奴らがここに来て、誘拐してしまったのじゃ」
おやじの手は震えていた。……別に可哀想じゃないさ。こいつは利益を求め過ぎたために失敗し、娘を失った。それだけのことだ。
「もう一度、娘に会いたい…」
「それがあんたの依頼か?」
俺は聞いた。
「え?」
「早くしろ。あんまり時間をかけたくない」
「でもお金が…」
「言ったろ?ただの暇つぶしだって」
「はい!その悪い奴らなんですが、トラミッコ広場の近くに、小さなボロ屋があるんです。そこが奴らのアジトです」
「よく知ってるなぁ…。トラミッコ広場付近の小さなボロ屋ね…。すぐ戻る」
そうして、真ん中に0ドルと書いた領収書を渡すと、俺はトラミッコ広場に向かった。



「ハンター!どこだ!」
「そんな呼んでも出てくるわけないでしょう、隊長」
オレは焦っていた。こうしてる間にも、奴は人を殺しているかもしれん。
「急がねばならんのだ…。もう奴の好きにはさせん!」
「もう夜っすから、大声で叫ぶのはよしてくださいね」



「ここか…」
俺はそれらしき場所にたどり着いた。
ドアを蹴飛ばすと、今にも女を襲おうとしている男のグループが一斉にこちらを向いた。おそらく、彼女が…。
「なんだ、お前?」
「お前らを殺せと依頼があったんで、悪いが死んでもらう」
俺は武器を抜いた。俺は、邪悪なる者に力を与える石、ダークストーンの使い手。そう、兵士達が使っている、ライトストーンのモデルになった代物だ。
ダークストーンが不気味に光る、カボチャを簡単に真っ二つにするような鉈。
「俺に力を貸せ、ダークストーン」
俺が呼びかけると、一層強く光る。
「お前ら!やっちまえ!」
男二人が小さなナイフでこちらに向かってくる。
男がナイフが横振りに振ってきたので、俺はそれを潜るように避け、鉈で横腹を切り裂いた。そして、もう一人の男に死体を投げつけ、バランスを崩したところを、鉈で頭を割った。
鈍い音が鳴り響くと同時に血が飛び散る。
俺は次に、背後から剣を突き刺そうとしている奴を一瞬で反応し、鉈で剣を叩き割ると、首をはねた。
「な、なんだよお前…」
「お前に知る必要はないさ」
俺はいたって冷淡に言った。すると、二人の男が逃げ出そうとしたので、二人の足を斬ると、首に、さっき殺した奴らのナイフを刺した。
ボスらしき奴は震え上がって、小便を漏らしている。
「や、やめてくれ!お、俺がお前に何したってんだ!?頼むから殺さないでくれ!」
「駄目だね。そんなことしたら、客の信頼を失って、依頼が減っちゃうだろ?ただでさえ、こっちは客が少なくて困ってるんだ」
「う、う、ウワァァー!!」
男の顔が引きつった、そして小さな刃物でこっちに突撃してきた。
それをヒョイっと避けると首筋を切った。血が噴水のように飛び散る。
俺や、依頼人の娘らしき女は、ものすごい量の帰り血を浴びた。
「ご、ゴえ!ゴォ!」
男が必死にもがく、そんな男に俺は一つ忠告をした。
「あの世では、誰かの恨みを買わんようにな」
俺は、女のほうに近く。
「あんた、元富豪の、2年前に誘拐された娘か?」
「は、は、は」
呼吸が荒い。まともに返事ができんようだ。
「落ち着け、あんたは殺さん。あんたは元富豪の娘でいいのか?」
「……はい」
「もう一人は?」
「奴らに殺されました…」
「…そうか」
俺は娘を抱えると、依頼人のもとに戻った。

「い、イリーナ」
「父さん!」
二人は抱き合って、おうおう泣いた。
「ハンターさん!その…、なんとお礼を言ったらいいか」
「幸せにな」
俺はそう言い残すと、その場を去った。
そして、人気(ひとけ)のない場所に行くと、ダークストーンへのダークフォースの供給を止めた。
すると、するすると人の形をした化け物から普通の人間に戻っていく。
こうして、俺の1日は終わる。実を言うと俺は兵士もやっている。
昼は兵士、夜は殺し屋だ。
…俺は兵士としての俺は好きではない。弱すぎるのだ。殺し屋としての俺と比べてじゃなく、普通の人間と比べて。
俺の名前はハンター、またの名を

ジーマ・ドローという。

陽はまた昇る。俺は昼間の支度をするために自宅へ帰った。



「何!?昨夜、ハンターが現れて、ならず者を殺しまくったとの目撃情報があるだと!?」
「そんな叫ばないでくださいよ、隊長。焦る必要はありませんから」
オレの背中にイヤな汗が流れる。それだけ緊張しているのだ。
「す、すまんウォーリー。続けてくれ」
「昨日、トラミッコ広場付近で目撃されたそうです。暗くてよく見えなかったらしいですが、特徴と一致したらしいです。すごい速さで移動しており、手には血まみれの鉈、あと首も曲がっていたそうです。あと、新しい特徴としては、右腕が太く、左腕が細いそうです。隊長、これは確実にヤツの弱点ですよ」
「弱点か。もしかしたらそうかもしれん。早速、みんなに伝えよう」
「はい、隊長」
僅かに生まれた希望。今はそれに縋るしか、隊長としての不安を揉み消すことが出来なかった。



「なあ、おじさん。俺もそろそろ店開こうと思ってるんだよ」
俺はハンターの姿でもう一度、昨夜の依頼人のところに行っていた。
「そんなことしたら、兵士に包囲されますよ?ただでさえ、あんた指名手配犯なんだから」
「そうかぁ、そうだよなぁ〜。でも、依頼希望者を探して歩き回るだけでも大変なのに、見つからないとなるとヘコむんだよな」
「私には、その苦労がわかりませんな。それだけ儲かるんでしょ?」
「まあな、一回王様の依頼を引き受けたこともあって、とんでもない額もらったことあるぜ」
俺は鼻を鳴らして自慢した。
すると丁度、昨夜救った、イリーナが貧民街では貴重な紅茶を持ってきた。
「紅茶です。温かくはないですが、どうぞ」
するとおやじが、突然閃いたように言った。
「そうだ、ハンターさん。ウチの娘を受け取ってくれませんか?あなたはこの娘の恩人ですし、あなたはお金持ちだ。どうかこの娘だけでも幸せにしてやれませんか?」
「ちょっとお父さん!恥ずかしいこと言わないで…」
イリーナが顔を赤くする。
「おじさん、悪いがそれは出来ない。俺には、この姿とは別の姿で恋人がいる。それに、殺人鬼の妻なんて君も嫌だろう?」
「そ、そんなこと…」
「いやぁ、すみませんな。急に無理なお願いして」
おやじが口を挟んだ。
「無理なお願いなら慣れてるさ」



今夜は、ハンターは現れないか。
オレは早くハンターを見つけて殺したかった。昨夜の殺人はならず者で良かったが、一般人に手を出させる訳にはいかん。
「今日は叫びませんね隊長」
ウォーリーが笑いながら言った。
「神経を集中させてるだけだよ。お前ら!何か見つかったら、オレに知らせろよ!」
「言ったそばから叫んでる…」
ウォーリーが呟いた。
ウォーリーの冷静さには、相変わらず救われている。ハンターに遭遇したとき、もしかしたら、パニックになったオレに代わって正確な指示が出せるかもしれない。
「ウォーリー、頼りにしてるぜ」
「任せてください。副隊長として、精一杯尽力させて頂きます」
女のくせに女らしい言葉は使わない。オレは、そういうところを気に入っていた。
「隊長!何か怪しい影が!」
「え!ウソウソウソ!どこどこどこ!?」
「隊長!落ち着いて下さい」
オレは深呼吸をした。すると少し落ち着いた。
「すまん…。みんな!フードを被れ!奇襲を仕掛ける!」
俺達はジリジリと怪しい影に近づいていった。次第に呼吸のテンポが早くなる。あと、数歩の間合いに達したとき、オレは一斉に声をかけた!
「突げ…」
「待った!よく見て下さい」
ウォーリーが止めをかける。俺達は全員、目を凝らして見た。
「ただの、行商ですよ。まったく、あなた達全員、大袈裟なんだから…」
「あんた達若いノォ。そうじゃ、よかったらこれなんかどうじゃ。喉に効く薬じゃ。あんたよく叫びそうじゃならノォ」
「いいじゃないですか、隊長。買っちゃえば」
ウォーリーが悪そうな笑みでオレに言う。
「じ、じゃあ一つ貰います」
おのれ、ハンター!



今日は、休業だ。
ジーマの体で訓練すると物凄く疲れる。それに今日は人を殺す気分じゃない。それは、
「ジーマ!こっちこっち」
「ちょっと、エリー。速すぎ…」
「だって久しぶりじゃない、あなたが家に来てくれるなんて」
「最近は忙しかったからな」
そう、今日はエリーとジョセフの家に遊びに行くのだ。まあ、俺の目的はそこじゃないんだがな……。
ジョセフの家に着いた。小さいが、二人で暮らすには、これくらいが丁度いいのだろう。
「ただいま〜!」
エリーが勢いよくドアを開ける。
「おかえ…り…、エリー…」
ジョセフがやつれた顔で俺達を迎えた。
「お、お兄ちゃん!?」
「ジョセフ!」
俺達は駆け寄った。まずいぞこれは。
「ジョセフ、しっかりしろ!すぐ、医者を…」
「ああ、大丈夫。睡眠不足なだけだから」
エリーがケロッとした顔で言った。
「え!?」
「おお…ジーマ。いいところに来た。たった今仕事から帰って…来たばかりなんだ」
「いや、俺もだが!?」
なんて奴だ。俺は仕事を終えて、ここに遊びに来た。でも奴の勤務時間は夜だったはずだ。それでたった今帰って来たって…、一体どれだけ働いたんだ?
「悪いがベットまで運んでくれ…。これじゃ、一睡もせずにまた勤務時間が来ちまう」
「一睡もせずに!?わかった、すぐ寝かせてやる!」
俺はジョセフを持ち上げた。身長が高くて抱えにくい!
「じゃあ、私は夕飯の支度をしとくね〜」
エリーはキッチンに向かった。
「うオー!頑張れジョセフぅぅう!」

〜2時間後〜

「おさがわせしてすまないな、ジーマ」
ジョセフは頭を下げた。
「とんでもない。ジョセフにはいつも世話になってるからな」
「今日は泊まっていくんだろ?言っとくが、エリーだけは絶対に襲うなよ?」
「襲わねぇよ!」
俺は顔を真っ赤にして言った。そんな俺を見て、ジョセフは笑った。

コンコンコンとドアをノックする音が聞こえる。
ジョセフは、はーいと返事をするとドアに向かった。
ドアを開けるとそこには俺の知らない女性がいた。
「ゲっ!ウォーリー…」
「隊長、お仕事の時間です」
ジョセフの顔がひきつっていた。その顔を見てウォーリーという女性が笑う。
「誰だ、ジョセフ?彼女か?」
俺は腑抜けた声で聞いた。
「あなた、ジーマさんですね?」
「知ってんの!?」
「はい、有名ですよ。なんたって15期生のビリの成績ですもんね」
ウォーリーが嫌みったらしく言う。するとジョセフがウォーリーを睨みつける。
「失礼しました、ジーマさん。さあ、隊長。お仕事に向かいましょう」
「はぁ。隊長辞めようかな」
ジョセフが呟いた。
分かったぞ!さっきのジョセフの顔はこいつのせいだったんだ!こいつがジョセフをあんなに疲れさせてるんだ。なんて野郎だ!17xx年イギリカ一持ちたくない部下大賞を受賞しそうな仕事バカだ!
ジョセフがイヤイヤ着替え始める。ジョセフ…気の毒だなぁ。
ジョセフは悲しそうな顔で家を出て行った。まるで、餌をとりあげられた犬のような、そんな顔であった。

「ジーマ、ご飯作って♡」
エリーが、甘えた声で言う。
「なんで、おれが…」
「だって、ジーマの作るご飯美味しいんだもん」
「お前が作るメシが不味いだけじゃないのか?」
エリーはよほどショックだったらしく泣きそうになっていた。
「ごめん、嘘だよ。ただ、こういうのって女性がするもんだと思ってさ」
「今日のご飯、美味しくなかったら許さないから…」
「エリー…」

「はー美味しかった」
「よかったよエリー。気に入ってくれて」
どうやらエリーとの仲直りは成功したようだ。
「もうこんな時間だな。あとは寝るだけだな」
一見、普通に聞こえるこの言葉。しかし、これが何を意味するかは男子ならお分かりのはずである。
これこそが今日、俺がここに来た本当の理由。ジョセフは襲うなと言ったが、そういうムードをつくれば、襲わずとも…。
「俺はお前が好きだ、だからどこにいってもお前といたい」
「や、ヤダ。何言ってんの?」
彼女の顔が赤い。俺は続けた。
「仕事中でも、料理中でも、ベッドの中でも」
「じ、ジーマ、きもー」
そうして、俺達は別々の部屋で寝ることになった。
クソー!失敗した!
はぁー、俺の数時間はどこにいったんだろ。
……いや、俺の数時間は本当に充実していた。彼女といると、なんだか、心が満たされたような、そんな気持ちになる。俺にも守るべき人ができたってことか?
俺には、わからん。
今は眠い。明日に備え、寝るとしよう。

「…マ、…ーマ!ジーマ!」
俺は誰かに名前を呼ばれ、目を覚ました。すると、俺の目の前には、火の海がひろがり、悲鳴がその場を包んでいた。
「ジーマ、生きろよ」
「あ、待って…!俺は…」

「ハァ!」
目を覚ますとそこは、火の海ではなく、ジョセフの家だった。
そして、すぐそばにはエリーが立っていた。
「大丈夫、ジーマ?汗びっしょりでうなされてたけど」
「ああ、すまない。変な夢をみていたんだ。そう、それだけ」
俺は額の汗を拭くと、呟くように言った。
「本当に悪い夢だ…」
「ご飯出来てるから、いつでもおいで。今は無理しなくていいよ」
「ああ、ありがとう」
俺は無理に笑顔を作って彼女を安心させようとした。
彼女は、不安げな顔で部屋をでると、俺は一人呟いた。
「これで何回めだ?もう許しておくれ、ハンターよ」



ハンターは神出鬼没、オレ達は今、倒すことよりも見つけることに神経をつかっていた。
「現在、我々は10の班に分けて、ハンターの捜索を行っているのですが、未だどの班にも目撃したという情報はなく、このままでは罪のない人々が次々と死にゆくことになります」
オレはイライラしていた。毎日死ぬほど働いて、成果がないというのが、どれだけ辛いことか、椅子に座ってデスクワークをこなす奴らには分かるまい!
「兵士長、どうにかハンター討伐隊の人数を増やせませんか?いくら厳選した結果とはいえ、50人では人数が少な過ぎて、ハンターを倒すどころではありません」
「しかし、これ以上増やしたところで君達の足手まといになるだろうし、犠牲者も多く出るだろう。犠牲者を増やすのは君も不本意のはずだ」
「なに!」
今の言葉でイライラが頂点に達した。
オレは兵士長の机を壊す勢いで叩いた。
「ふざけるな!兵士とは元々、人を守る職業だろうが!自分達の命を優先させるようでどうする!?」
オレは顔を真っ赤にして言った。
「隊員が死ぬのは、辛いさ!実際にオレは隊員の顔を、今もまともに見れてない。でも国民の命のほうが、兵士の命より尊いことは確実だ!今、必要なのはハンターに立ち向かう勇気と数だ!一人一人が勇気を持てば、きっと勝てるんだ」
「す、すまん。わかった。隊員を増やそう。こ、こ、これからも頑張ってくれたまえ」
兵士長は震えていた。
「ありがとう…ございます、兵士長…」
オレは敬礼をするとその場をあとにした。
ドアの奥にはウォーリーがいた。
「この前はあんなビクビクしていたのに…」
ウォーリーは驚いている様子だった。
「こんなこと当たり前だ。オレは隊長として、やるときはやる男だ」
「そうですね。あなたはやるときはやる人です」



俺が訓練所に着いたのは、普段より1時間近く、後だった。扉を開けると、周囲の様子がピリピリしていることに俺は気づいた。
「どうした?何かあったのか?」
俺は何気なく、ノーガに聞いてみた。
「ジーマ。ヤバイぜ、こりゃあ。俺達兵士の内、5人が殺された」
俺は精一杯驚くフリをした。
「なんだって!5人もか!?犯人は分かるのか?」
「え、お前、知らないのか?」
あちらも驚いていた。ノーガは続けた。
「奴らの名前はグリズリー、快楽殺人グループだよ。今は、ハンターと並んで国の重要指名手配なんだが、ある意味ハンターより厄介だ。なんたってハンターの目的は金を儲けることだけに対し、奴らは、快楽殺人、強奪、強姦のために無差別に暴力をふるうんだ」
「胸糞悪りぃな」
俺は殺人鬼だが、別に快楽のために殺しているのではない、あくまでビジネスなのだ。だから快楽のために人を殺す奴の気がわからないのだ。
「当分はこいつらから、民間人を守るのが仕事らしい。お互い、気を抜かず、精一杯頑張ろう!」
「そうだな、そんな変態集団に負けちまったら、死んじまっても笑い者だ」



「明日から隊員が増える。そうなれば、ハンター討伐の可能性もグッと伸びることだろう」
オレは今夜の指示を出しながら、ウォーリーと話していた。
「よし、皆行ったな。あとは俺らだけだ」
「隊長、少しお話が…」
ウォーリーが、いつもとは違う覚悟をした目でこちらを見る。
「なんだ、ウォーリー?パパッと済ませるような話か?」
「はい、ですが、お人払いをお願いします」
お人払いって、そんな皆がいると話しにくい内容なのか?
「お前ら、先に行っててくれないか?すぐ追いつくから」
そう言うと、班員達は何故かニヤニヤした顔で去っていった。
「なんだ、あいつら。気持ち悪いよな?あんな顔されたら」
「隊長、お話が…」
「おっとすまん。続けてくれ」
「私は…私は…」
何か喉の奥に詰まったものを吐き出すようにウォーリーは言った。
「隊長、私は…」
何か言いにくい内容なのか?オレは固唾をのんで聞く。

「私、ずっと前から、隊長のことが…好き…でした」

え?
ウォーリーがオレのことを、す、好き?
「うそだろぉお!?」
「嘘じゃないです!本当に、昔から…」
い、意味が分からない。だってこいつ、この前まで散々皮肉ってたくせに…。女は多少、正直じゃないところがあると聞いたことがあるが。考えれば考えるほどわからん!
「隊長…」
「はい!なんでしょうか?!」
「もしもOKなら、そのまま動かないでください」
徐々に彼女の顔が迫ってくる。ど、ど、どうすれば!
そうこう考えてるうちに彼女の唇はオレの真ん前に来ていた。
それから先はちゃんと覚えている。
彼女の唇がオレに触れたとき、鳥がバサバサと、どこかに飛んでいき、風もいっそう強く吹いた。
「ありがとうございます。正直に答えてくれて」
彼女は笑った。オレは彼女の唇がオレの唇に触れる前に、手で彼女の唇を止めていた。
「ち、ちが、そうじゃなくて…。本当にそうじゃなくて」
オレは慌ててるのか、それとも落ち着こうとしているのか分からなくなった。
「オレは…、女性に恋愛的な意味で好きなんて言われたことはない。だから、それが、ギリギリまで冗談だと思ってしまったんだ。オレが君と一緒にいた時間は、まだそんなに経っていない。だから、君を信じれなかった。本当にごめん」
「謝らないで…。あなたは悪くない」
「いや、悪い。だから、もっと君と一緒にいたい」
「……え?」
「君がどんな人間か、ちゃんと知りたい。上っ面なだけの恋愛はしたくない。だから、君ともっといたい。それで、改めて返事をするよ」
オレは出来るだけ満面の笑みを彼女に見せた。
「だ、だからそれまで、今までみたいに皮肉って、小馬鹿にしてくれ。今まで通り接してくれればいいよ」
「本当?」
「ああ、本当だ!……行こう、皆が待ってる」
彼女の何もかもを知った気分だ。これが恋愛か…。もっと、もっと彼女と信頼し合える仲を作りたい。時間がかかってもいい、オレが恋愛を知るまで、彼女には待って貰うことにした。

しかし、このときのオレは、オレ達に時間がないことを知らない。これから起こる最悪の出来事によって、二人の関係は切り裂かれる。
でも、そんなことが起こるなんて、この時点でオレは知る由もなかった。



最近、ジーマとしての俺の、調子が良い。訓練中でも、少しは動けるようになった気がするぞ!
そもそも、何故ジーマのときの俺は、ハンターの俺のように動けないかというと、訓練に使用している訓練用トマホークにもライトストーンが埋め込まれており、そのライトストーンが俺のダークフォースを吸収する。
ダークフォースやライトフォースは人間の根本的なエネルギーである。それを失うと、身体のコントロールが難しくなる。
結果的に俺は、身体の研ぎ澄まされた機能の約40%ぐらいしか機能していないのだ。ジーマの状態で40%なのだ。
今でも考えてしまう、なんで殺し屋の副業を兵士にしたのかと。
という訳だが、妙にやたら調子が良い。俺の身体に何かあったのか?
「おーす、ジーマ。最近は動けるようになってきたじゃないか」
ノーガだ。ノーガも、俺の成長に気付いてくれたらしい。
「すぐ追いつくさ、お前にもジョセフにも」
そう言うと、ノーガが笑い出した。
「ジョセフを!?ムリムリ、お前じゃ何年かかってもな!」
「分からんぜ?それにお前なら簡単に追越せそうだ」
「ま、せいぜい頑張れや」
俺の背中をバンバン叩いた。相変わらず、ノーガのは痛い。
「そういや、ハンター討伐隊の奴らは、グリズリーの件も仕事に加わったらしいな。あいつら、気の毒だぜ」
「いいのさ、なんたって奴らはライトフォースに恵まれた、ヒーロー集団なんだからな。人のためにできることはやるつもりなんだろうな。さすがだぜ、金のために働くお前とは大違い」
「ハンター討伐隊を皮肉りたいのか、それとも俺を馬鹿にしたいのか、どちらかにしろよ…。それにお前だって同じようなこと、思ってるんだろ?」
「なわけないさ、俺が動けないのは元からさ」
まあ、ノーガが間違ってるとは言い切れない。副業という、それに近いものだからな。

今夜は、殺し屋として働くぞ。最近は休みがちだったからな。
俺はいつものように、依頼希望者を探して街を歩いていると、1人の男が俺のほうに駆け寄ってきた。
「あの…、ハンターさんですか?」
「そうだが」
「実は、ちょうどあなたを探してましてね。依頼、聞いてくれませんか?」
「金さえ払えば聞いてやる。なんの用事だ?」
「最近、あなた以外に、人々を苦しめている悪党達がいます。そいつは…」
「グリズリーだろ?まったく、あんまり人聞きの悪いこと言うと、金額2倍にするぞ」
俺は、依頼人の男を睨みつけた。男は少し後ろにさがった。
「そうです、そいつらを殺してほしいんです」
「それはいいが、俺とあんたは商売人と客の関係で常に公平でなくてはいけない。奴らは、重要指名手配。それなりの金は貰うことになる」
男は鞄から、両手から溢れんばかりの金を取り出した。
「き、金だと?!」
「私のじゃないです。全部、街の富豪や、市民が募金してくれたおかげです。ハンターさん!これを全部あげます!この金の数で街の人々が今、どんな想いか分かるはずです。出来るだけ安全に暮らしたい、ただそれだけなんです。ハンターさんお願いします!」
男は頭を下げた。俺はちょっとアツ過ぎる客だなって思った。
男は金を俺に渡すと、その場から立ち去ろうとしたが、俺はそれをとめた。刹那、俺には何か思うことがあったからだ。
「言っておくが、グリズリーも俺も、無差別に殺人を繰り返していることには変わりない。お前はそんな奴に本当に頼んでいいのか?」
「意外ですね。そんな優しい一面があったとは」
男は少し優しく笑った。
「さっき言ったばかりじゃないか、俺とあんたは公平な立場だって。…すまんがこれは受け取れない」
「え!?ハンターさん!頼みますよ!今ならヒーローにでも…」
「俺は誰かのヒーローにはなれない。もうすでに、後戻りできないほどの罪を犯した。そんな俺に奴らを裁けと言われても、俺のビジネスのモットーである、公平とは全く違う物だと思った。だが、このまま奴らを放っておく訳にもいかん。奴らのおこす事件ほど胸糞悪いことはないからな。だから俺のやり方でやらせて貰う。ヒーローとしてではなく、悪として」
俺は金を男に返した。
「俺にだって愛するべき人はいる。だから、守りたい人の気持ちっていうのは分からなくもないからな」
らしくないとは思いつつ、弱者を救いたいという願いがあった。こんな気持ちを持つこと自体、殺し屋失格なのかもしれん。だが、こんなときに限って俺は、弱者を昔の俺と重ねてしまうのだ。

今回の目標はグリズリーのメンバーを皆殺しにすることだ。
非常に簡単なものだ。なにせ大体の、居場所は掴んでいる。かつて、人々に憩いの場として愛されたサン・ジェリーという場所がある。その付近に最近はグリズリーの目撃情報が絶えない。
そして、グリズリーのボスの顔は街中に似顔絵として貼ってある。
顔に大きな傷があり、顔のいたるところにピアスをしている。そんな特徴的な顔を見つけられないようじゃあプロ失格だな。
俺は、目的地に向かって全速力で走り抜けた。



今夜は街の空気が違う。どす黒い邪悪なオーラを2つの方角から感じる。
「ウォーリー、感じるか?」
「はい。今日は、嫌なことが起こりそうです」
「嫌なことは毎日起きてるんだがな。この空気が気のせいじゃないことを願うよ」
オレ達の仕事にグリズリーの件が加わったことで、これまでよりも忙しくなるのは確実だ。まったく、上の連中はオレ達を便利屋か何かと勘違いしてないか?
「とにかく、グリズリーはサン・ジェリーという場所の付近にいるはずだ。今日はハンターではなくグリズリーを倒すことが主な内容だ。気を引き締めてかかれ」

オレ達はサン・ジェリー付近に着いた。他の班もすでにグリズリーを探しているはずだ。
…彼らは、ハンター以上にクズだ。早く殺さなければという使命感に駆られつつ、早く殺したいという個人的な感情も混ざっていて、不思議な感じがした。
ふと下を見るとオレは、あるものを見つけた。
「ウォーリー…、これは…」
「血痕ですね。さらに奥に続いています」
「嫌な予感がする…」
オレ達はその血痕をしばらく追ってみることにした。
狭い通路、暗い通路と最初に血痕を見つけた場所より、かなり離れてしまったが、オレ達はここの近くから鉄のような匂いを感じとった。
「この匂いはおそらく、血の匂いだろう。もしかしたら、死体が近いのかもしれん」
班全体に緊張感が走る。そして、もう少し血痕を追っていくと、案の定死体があった。
「酷いありさまだ。顔面の皮膚を剥がされ、身体中に無数の切り傷…。こんなの人間のすることじゃない」
「しかし妙です、隊長。こんな傷を負ってる状態で、さっきまでの距離を歩けるとは思えません」
「確かに、ならば…もしかして」
オレは悪い予感がした。しばらくは唇が震えていた。
「もしかして…誘きだされた…?」
オレが気付いたのは2人の班員が背後で悲鳴をあげてからだった。
「なに!?」
オレが振り返ると、腕を斬られ、痛みで転がり回る隊員2人と、狂気に満ちた歪んだ顔をしている男がいた。
男は笑いながらオレに剣を突き刺そうとしてきた。オレは相手の攻撃をスルッと避けると剣を抜いた。
そして、距離を4〜5歩とると、相手からの攻撃を待った。
相手は素早く飛び出し、オレに向かって剣を振ろうとした。
確かに速い!だが、所詮遠間だ。オレに反応できない筈がない!
オレは相手の攻撃を受け流して、男の首をはねた。
男の顔は首をはねられても、不気味な笑顔を絶やすことはなかった。
「ウォーリー、2人の出血がひどい。応急処置を手伝ってくれ」
オレ達は応急処置をすますと、オレ達以外に無傷だった1人の隊員に他の班に応援の要請をしにいくよう指示した。
戦いはまだ始まったばかり、オレは冷静さを保つのに必死だった。



俺はグリズリーのボスとその部下達を見つけた。本当に似顔絵そっくりで驚いた。
まずは、上から相手のボスを倒す。そのあとはチャチャっと片付けるだけだな。
俺はボスとの距離を測ると、ボスめがけて飛んだ。そして、そのまま奴を真っ二つにする、はずだったが、咄嗟に気配を察知したのか、俺の攻撃は防がれた。
「誰だ!」
相手のボスが、俺に向かって叫ぶ。
「殺し屋、ハンターさ」
俺がハンターということを明かすと、相手は少しどよめいた。
そのなかで1人、ボスだけが冷静だった。
「ハンターか。俺達を殺せって依頼を受けたのか?」
「いや、違うね。これは俺自身の意志さ」
「何のつもりか分からんが、知る必要もない。やれ」
ボスが部下に命じると、一斉にこちらに向かってきた。
まず、左右から敵が同時に襲ってきたので、1人の攻撃は鉈で防ぎ、もう1人の攻撃は腹に蹴りをいれ、バランスを崩したあと、鉈で顔を上下に真っ二つにした。そして勢いよく鉈で防いだ方の頭も割った。
後ろからの攻撃には、余裕を持って反応し、相手の首筋を切った。
真正面から、突撃してくる男の攻撃は、受け流したあとそのまま、肘で鼻を殴り、ひるんだ隙に肩から斜めに割った。そして、俺は引き腰になっている男に飛び掛ると、首をはねた。
その後も、俺は何人かと戦い続けたが、誰1人として俺に傷を負わせることはできなかった。
真夜中の冷たい冷気を割く、街中に響く悲鳴。その悲鳴はジョセフの耳にも届いていた。



「ウォーリー!今の悲鳴は!」
「確認に行きましょう!」
応援を待たず、オレとウォーリーは悲鳴が聞こえた方向に向かって走りだした。



「さあ、残りはお前だけだぜ、グリズリーの親玉さんよ」
「ハンターの実力がここまでとは…。正直侮っていた」
「わかったら、そこから動くな。楽に殺してやる」
「誰がそんなことするかよ!」
グリズリーのボスは、素早くピストルを抜き出し、発砲した。
俺はその銃弾を避けると、小石を拾って彼に向かって投げた。小石は彼の左肩を貫通した。
「グヌ!?」
「これでわかったろ?お前じゃ絶対に勝てないってことが」
俺は、鉈を彼に向けたままジリジリと距離を縮めた。グリズリーのボスは腰をぬかして、呼吸のテンポが不規則になっていた。
「終わりだ!」
俺が鉈を振り下ろそうとしたそのとき、
「ハンター…?」
と、どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。この声は、まさか…!
俺は左を向いた。するとそこには、この前、ジョセフの家で俺を小馬鹿にした、ウォーリーという女と、ただ呆然と立ち尽くしているジョセフがいた。
ジョセフ!?何故ここに!俺は心底驚いたが、普通を装った。
しかし、俺以上に驚いているのはジョセフだった。そりゃあ何日も必死になって探しても見つからなかった奴と、突然遭遇すると驚くに決まっている。
「ウォーリー…、グリズリーのボスを頼む…」
ジョセフはそう言うと剣を抜き、こちらに向けた。
「了解です、隊長」
ウォーリーはそれだけ言うと、グリズリーのボスにトマホークで襲いかかった。
どうやら、やる気らしいな。どうする…?今殺っちまったほうが楽だが…。
すると、ジョセフの死を悲しむ、エリーの姿が思い浮かんだ。ダメだ!そんなこと!だが、戦えないとなると…。
「邪魔が入った!また会おう!」
ただ逃げるためだけに、グリズリーのボスにそう言うと、その場を逃げた。
「待て!逃げる気か!?」
ジョセフはすぐ俺を追ってきた。
「お前らが邪魔なんだ!邪魔なんてしなきゃ逃げねーよ!」
「ふざけるな!オレと戦え!」



なんなんだアイツ!スゲェ速度で逃げやがる!
あっという間にハンターは見えなくなった。クソ!せっかくチャンスだったのに!
まあ、深追いしすぎて、グリズリーのボスと離れすぎる訳にもいかん。
ハンターを探すのはあとだ。今はウォーリーと合流し、グリズリーのボスを倒すべきだ。
オレはウォーリーと合流するために、もときた道を戻った。

グリズリーのボスは、ウォーリーを蹴り、バランスを崩すと、すぐさま剣を振り下ろした。
「危ない!」
オレはウォーリーのために、バランスが崩れて、満足に出来ないガードを代わりにしてやった。
「隊長!?」
「すまねぇな。ハンター見逃しちまった…。…すぐ戻ってくるのもどうかなと思ったんだがな。今ある確実を正確につみとらねばな、隊員のためにも」
オレは、攻撃を横に流すと。後ろにさがった。
「お前の名前、なんていうんだ?いつまでもグリズリー、グリズリー、言うのもだんだん疲れてきたんだが」
「隊長!そいつの名前はグリズリーですよ!たぶん、隊の中で知らないの隊長だけですよ」
そうなん!?まあいい、どのみち誰もが忘れる名前だ。
オレは攻撃の間合いに入り、横振りで彼を斬ろうとした。
相手はそれを潜るように避けようとしたが、攻撃を避けたその時、オレは彼の顔面に思い切り膝蹴りをいれた。
グリズリーは、5〜6mほど吹っ飛んだ。
すかさず、体勢の崩れたところを狙いにいくが攻撃を流されて、今度は逆にバランスを崩された。
一対一の決闘において、バランスは勝利するために1番大事なものだと言っても過言ではない。
「終わりだ!死ね!」
グリズリーが剣を突き刺そうとする。
「一対一ならな」
オレはニヤっと笑った。
突然、グリズリーが血を吹き出した。
グリズリーの背後をウォーリーが剣で突いていたからだ。
「な、なにィィイ!!」
グリズリーは叫んだあと、ふらついて倒れた。
「ナイスだ、ウォーリー」
「あなたが、合図してくれるまで、退屈でしたよ。本当はあなたも必要なかったんですが」
「とか言って、おされてたぜ。マジ危なかったよ」
「そんな冗談を」
オレはウォーリーをしばらくからかって楽しんだ。



ジョセフをなんとかまいたが、肝心のグリズリーのボスを倒すことが出来なかった。
「あともう少しだったのにな…」
俺は溜息混じりに呟いた。
だがまあ、これはただのボランティアだ。ボランティアに質を求めるのはどうかと思うし、金がでないなら俺が真剣になる必要はない。むしろ、グリズリーの連中を大勢、人々のために殺したのだ。俺は慈悲深い。
だがなんだ?この、胸に突っかかってくるものは…。そういえば、なんで俺はこんなことやってるんだ?こんなボランティアなんて1ヶ月前の俺ならやらなかったはず…。いったい何が俺を変えたんだ?…いや、そんなことどうでもいい。
グリズリーのボスなら、あの生意気なウォーリーって女が倒してくれる。最後に英雄になるのは彼女だ。俺にとっても……。
そういや、なんかスピードが落ちた気がするな。最近、あまりハンターになっていないからか?殺し屋は、自分の体調管理も仕事なのに…。
まあ、気にすることじゃなかろう。帰って寝れば、いつものハンターさ。



突然、物音がしたので、オレは辺りを見回した。しかし、何もなかったので、オレはウォーリーに指示を出した。
「ウォーリー、一緒に奴の遺体をどこかへとりあえず運ぼう。今は夜中だから人が少ないが、昼間にこんな死体があったら、誰でも嫌だろう?」
ウォーリーが、グリズリーの遺体に近づいていく。ウォーリーは何気なく遺体に近づき、遺体を運ぼうとしたが。…また何か音がする。
………まさか!
「甘いぜ…、お前ら!」
グリズリーがパッと目を開けて、起き上がった。
グリズリー!?い、生きていたのか!
グリズリーはナイフをポーチから取り出した。
「危ない、ウォーリー!!そいつから離れろ!」
「もう遅い!喰らえ!」
グリズリーはそう言うと、ウォーリーに向かってナイフを投げた。
ナイフは、ウォーリーの横腹に刺さり、痛みがひどかったのか、その場にしゃがみ込んだ。
「ウォーリー!」
オレは、いてもたってもいられなくなり、ウォーリーの方向に飛び出した。
「バカがァァア!」
グリズリーはもう一つナイフを取り出し、オレに向かって投げた。
オレの右肩に刺さったナイフは、奥まで刺さり、激痛が走った。
「くッ!」
これしきの痛み!なんのぉぉお!
オレは痛みで動こうとしない身体を気合いで動かすと、ふらつきながらも立ち上がった。
しかし、オレはまた、すぐ倒れた。
「え?」
何故だ?何故だ!?身体が…う、動かん!おい、おい!ふざけるな!オレの意思ってのは、こんなとこで、終わる物じゃねぇだろ!
オレは痛みに耐えながら、必死に動こうとした。
「無駄だ。隊長さん」
「なに!?」
「これには、即効性の毒を塗ってある。これを体内に入れられた者は、3日程度、身体の麻痺が続く」
グリズリーは不気味に笑うと、倒れたままのオレのところに向かってきた。
「今、戦って、思わず思っちまったぜ。お前じゃ俺の脅威にはなれないってなァ。だから殺す必要もない。お前はァ、このウォーリーとかいう女が、俺に汚されていく姿でも想像しながら、ゆっくりと苦しみ、自殺しな」
「や、やめろォ…!」
オレがそう言うと、グリズリーが、狂ったように笑った。
「やめルゥ!?やめるかバーカ!こんなイイ女、散々ヤりまくった挙句、殺してやるよ!俺はなぁ、お前みたいな奴がいるから、こんなことやめられないんだよ…」
「なに…!?」
グリズリーはまた笑った。
「お前みたいに、他人が傷ついてるという、事実に傷ついてる優男を、苦しめるのが楽しくて楽しくて。俺は、もっとお前に苦しんで欲しいんだよ!」
グリズリーは、建物の屋根にのぼると言った。
「さらばだよ、隊長❤︎」
「許さんぞ!グリズリー!すぐお前を見つけ出して、殺してやる!」
オレは意識が朦朧としたなかでも必死に叫んだ。
「必ずだ…!かなら…ず…」
オレは毒に負けてそのまま気を失ってしまった。

目を覚ますと、そこにはジーマがいた。
「ジー…マ…」
「3日前の朝、お前に応援を要請された班が、倒れているお前を見つけて、ここまで運んでくれた」
「そうか…」
オレは俯いたまま言った。
「なあ、ジョセフ…。なんで…」
「え?」
ジーマは、悲しそうな顔で言った。
「なんで、お前は、夢の中でうなされながら、涙を流していたんだ?まさか、肩の傷と、何か関係があるのか?なあ、お前に4日前の夜、なにがあったんだ」
オレは、その言葉の意味を最初は理解出来なかったが、すぐにわかった。
すると、目から突然涙が溢れ出した。
「オレは…、やってしまった」
オレは涙ながらに言った。
「オレの責任だ。オレが油断さえしなければ、ウォーリーを守ることぐらい出来たのに」
「ジョセフ…、まさか」
ジーマは、オレをあわれむような目でみた。
オレはジーマに、これまでのことを話した。ジーマは終始黙って聞いてくれた。
「ジーマ…。オレを、罵ってくれ!バカにしてくれ!どうせオレは、大切な人が、誰かに傷つけられてることを想像することしか出来ない、ただの愚か者だ」
「ジョセフ!そんなに自分を責めるな。その場にいなかった俺は、お前を罵ることも、バカにすることもできねぇよ!だがな、お前がそんなに自分を責めてるところを見ていると…、俺には、お前が本当の愚か者に見えるんだ…」
そうさ、オレはそうなんだ。オレは、隊長なんか…。
「お前は、愚か者なんかじゃない!」
「え?」
ジーマの意外な言葉にオレは驚いた。
「お前はそのアツい性格で一体どれだけの人間を救おうとした?どれだけ救ったんだ!お前に、救われた人間からしたら、お前はヒーローだ」
「ジーマ…」
オレは必死に慰めてくれるジーマに心をうたれた。
「ジョセフ、お前は負け犬のままでは終われない!隊長として、必ずウォーリーを救うんだ!これまでと同じように」
「……ああ」
これから始まるウォーリー奪還作戦は、良くも悪くも、これからのハンター討伐作戦に大きな影響を与えるだろう。
オレよりも、冷静で的確な指示が出せる、彼女の力がオレには必要だ。
…いや、うすうすオレも気づいていた。
オレにとってこの作戦は、ハンター討伐作戦のためだけじゃないってことぐらい。



「それで、ウォーリーという女性を取り戻すために、ハンター討伐隊と一般兵が共同でグリズリーの居場所を探すのですな。あなたもその作戦に参加すると」
俺は今日もイリーナのオヤジのところにきていた。
「私にはただ、その女性を取り戻すためとは言えども必死過ぎる気がしますな」
「いや、親友によると、そいつはマジで重要な戦力らしい。ハンター討伐作戦のな」
「それなら謎が増えました。ハンター討伐作戦の重要戦力なら、あなたがその奪還作戦に参加することは、あなたにとって不利ではありませんか」
「不利も有利もない。はじめから俺のビジネスは1人で、敵は大勢いる。1人や2人増えただけではなんともないさ。なにより俺の親友が、そいつのこと助けたがっていた」
俺は、昨日のジョセフのことを思い出していた。あの涙にどんな意味があるのか、未熟な俺にはわからない。でもそれはきっと、大切な人を想う涙だ。
「優しいんですね…。私しばらく、あなたが殺し屋であること忘れていました」
「ハハハ、俺もだよ。最近はギャラも受け取らなかったりしてな。ボランティアみたいになっちまった。こんな感情、殺し屋には邪魔なだけなのに」
「冷酷なだけが殺し屋じゃありませんよ。あなたは殺し屋の鏡だ」
「アンタなに言って…。いや、ありがとな、オヤジ」
俺は腕時計を見た。そろそろ時間だ。
「時間だ。またなオヤジ」
「待ってますよ、ハンターさん」
俺はすぐに出発しようとしたが、あることを思い出し、立ち止まった。
「そういやアンタ、名前」
「え?」
「この前、捨てちまったとか言ってたな。俺が次来るときまでに考えとけよ」
俺はオヤジに近づきながら言った。
「人の名前は、閉ざされた成功の扉の鍵だ」
俺は良いこと言ったげに鼻を鳴らして言った。
俺はジーマという名前を考えるのに、毎晩眠らず考えていた頃のことを思い出していた。



この辛い時間をオレは、どう過ごせばいいかわからなかった。ウォーリーのことを想像すると、胸が張り裂けそうになって、死にたくなる。エリーにも、彼女のことを想うのは禁止された。
オレが本を読んでると、部屋のドアがノックされた。
「入れ」
そう言うとドアが開いた。ジーマだった。
「具合はどうだ?ジョセフ」
ジーマは、無表情で言った。
「脚がまだ動かん。腕だけならなんとか動かせるのだが」
「今日から彼女の奪還作戦が始まる。お前は十分に動けるようになり次第、捜索班に加わってくれ」
「まだ見つかってないのか!?」
「当たり前だろ?どこに逃げたか分からないのに。だが、奴らの幹部の居場所なら突き止めた」
「なに?」
「奴らの幹部を捕まえて、無理矢理にでも口をわらせる。奴らは罪人だ。だから多少やり過ぎても、誰も注意しないに決まってる」
「そうか…」
オレがうかない顔をしたのを、ジーマは気づいていた。
「大丈夫さ、俺達が必ず探し出してやる。奴らに止めを刺すのはお前さ、ジョセフ」
「そうだな…。オレが、こんなこと終わらせないと」
オレは笑顔を作って言った。
「じゃあ、そろそろ時間だから」
ジーマは椅子から腰をあげると、ドアに向かった。そして、最後にオレに向かって手を振ると、部屋を出た。
ジーマ、変わったな。オレはしみじみとそう思った。この前まで、完全に孤立したような状態だったのに…。
また、ドアをノックする者が現れた。
「お邪魔します」
エリーだった。エリーはドアを開けると、茶菓子をオレに差し出した。
「コレ、最近兄さんが健康を気にして、一切食べてなかった、兄さんの好きなお菓子。よかったら食べて」
エリーはそれだけ渡すと、部屋を出た。
袋を開けると茶菓子の他に、手紙が入っていた。ノーガからだった。

ジョセフへ
お菓子は喜んでくれたかな。
このお菓子は、エリーちゃんとジーマと、あと俺が話し合って買ったものだ。
健康を気にして、食べてなかったそうだが、健康を気にすることだけが、自分自身を気遣うことではない。
よかったら食べてくれ。
また今度な。

ジーマを変えた人間は、誰かは分からない。しかし、きっと彼を変えたのは、エリーとノーガだろう。



これからウォーリー奪還作戦が始まる。
グリズリーには何人か幹部がいて、そのうち3人の居場所がわかった。その3人のうち、誰か1人が口をわればいい。
どんな手段を使ってもウォーリーという女を奪還せねば。
このウォーリー奪還作戦は俺達の兵士長が作戦の指揮をする。なんやかんや言って、彼女の重要さに気づいているのはジョセフ1人じゃなかったってことだ。
「これより作戦を説明する」
いつもはふざけてる兵士長も今回はマジだ。
「本作戦の参加者は50名。今日は、それを半分に分け、25名の2つの班で3人の幹部のうち、2人を拘束する。敵の居場所は、サン・ジェリー付近の廃墟、それとエンスタン地区のデカイ豪邸だ。詳しい場所は各班の班長に知らせてある。そのあとは、なんとか口をわらせるだけだ。25名で1人を拘束するとは言っても、相手はグリズリーだ。どんな手段を使うかわからんし、複数の仲間がおるかもしれん。決して油断はするな」
油断なんかせんよ。全力じゃないとマジで俺死んじゃうし、全力じゃないとジョセフに怒られそうだからな。
「あと、なるべく相手は傷つけすぎないように。情報を探るために、どんなに痛めつけても、痛がる余力が残ってないようじゃあ無駄だ。できれば無傷で拘束したいが、多分無理なんでね。それに自分達の実力をアピールしなきゃ、なめられちまう」
痛めつけすぎては駄目なのか!?
…まあ、自動的に手加減するようになるだろう。ジーマだからな。
「時間もかけたくない。なるべく高速に拘束したいな!」
辺りはシーンとしたままだった。
兵士長…、それ日本語じゃないとジョークにならんやつじゃないのか?
「と、とにかく分かれて、捕らえれて、吐かせればいいんだよ!」
兵士長は焦っていた。
大丈夫なのか?この作戦。

2つの班に分かれると俺達は、敵がいるという廃墟に向かった。
俺はノーガを見つけた。ノーガもこちらに気づくと、俺の方に向かってきた。
「よお、ジーマ。まさかお前が同じ班だったとは」
「おう。しかし驚いたぜ、お前もこの作戦に参加しているとは」
「驚く必要もねーぜ、ジーマ。金のためだよ、金のため。誰が命の危険をおかしてまで、慈善行為を行うか」
「ここは、ほとんどがそういう奴らなんだが…」
とか言って、ジョセフが毒に倒れて、1番心配してたのは、ノーガだ。兵士の中では1番ジョセフと付き合いが長いからな。だから、ウォーリーとかいう女が、ヤバイ奴らに連れ去られたことに責任を感じていたジョセフを1番に気づき、真っ先にウォーリーを救うためこの作戦に参加していた。
彼は決して、この作戦に金を求めていない、ホントにいいヤツだ。
「お、おい、見ろよジーマ。可愛い女の子達だぜ!いいなあ、作戦なんかなければ俺がナンパしてたのになぁ…」
「オイ…」
まあ、ホントにいいヤツなのだ。女癖が悪いところ以外は。



「兄ーさん、食事もってきた…ってなにしてんの!?」
エリーがせっかく作ってくれた食事をエリー自身が床にひっくり返すと、オレの方に向かってきた。
「見ての通り、ダンベルを上下させてるだけだが?」
「筋トレしてんじゃない!!もう何回目なの?私が、体に無理させてはダメだって…」
「何を言ってる!ダンベルを上下させてるだけだって言ったろ!?」
「それが筋トレよ!まったく…」
エリーが、ダンベルを無理矢理オレから引き剥がして、窓から投げ捨てた。
「今度やったら、マジで怒るからね。覚悟しておきなさい」
「すまない…。ただオレは」
オレは俯きかげんに言った。
「皆がウォーリーのために何かをしている。でもオレは、彼女のために何も出来てない。ハハ、オレは隊長という立派な役職という立場でありながら、隊員のために何もしてやれない、無能だ」
「そんなことない、兄さんは…」
「だが、いつまでたっても無能のままでは終われない。自分を信じて自分のために何かしてなきゃ落ち着かないんだ。そうやってオレは今の立場を築いてきた。だからオレは自分の努力を信じる」
「アツいね〜。でも、かなり汗かいてるよ。麻痺してる身体にはこたえてるんじゃない?」
「そうかもしれないな」
オレはしばらくエリーを見つめたまま動かなかったが、エリーの変化に気づくと、突然笑いが込み上げてきた。
「な、なによ、急に笑いだしたりして」
「エリー、お前太っただろ?」
「え?」
2人だけの空間が凍りついた。しかしすぐ溶けた。
「ハアーー!!??」
エリーは突然怒りだすと、その場にあったクッションでオレを殴り続けた。
「ちょっ、何すんだよ…!エリー!」
「うるさい!こっちは幸せ太りしたんじゃ!」
「意味わかんねぇよ!」
「もうしらない!筋トレでもしながら、満足しとけば!?」
そう言うと荒々しく部屋を出て行った。
「何だったんだ…?まったく、女心っていうのはわからん」
オレはそう呟くと、お言葉に甘えて、腕立て伏せをしようとした。しかし足が自分を支えきれず、その場に倒れてしまった。
「クソ!まだ足は動かんか!」
オレは何度も何度も繰り返し挑戦した。しかし結果は変わらず、記録は1回にも満たなかった。
ダメだ!オレ1人では満足に身体を鍛えることすら出来ない。これ以上、皆の世話にはなりたくないのに!
オレはベッドに這い上がると、妄想ダンベルで筋肉をトレーニングし始めた。

〜10分後〜

「1078…、1079…、10…80!10…」
「何してんの…?」
み、見られた!ヤバい、完全にアイツの中でオレのイメージは、妄想大好きの変態野郎ってイメージになってしまった。
「ち、違うんだ!これは…」
「何が違うのよ」
ヒイ!もうダメだ!完全にひいちゃってる!
「お願いだ!このことは誰にも言わないで!」
「い、言わないわよ。そんなこと」
エリーは、持ってきた紙袋から何かを探し始めた。
「あった!はい、ダンベル!」
彼女はオレに向かってダンベルを差し出した。
「え?」
「そんなに筋トレしたいなら、まずは軽いのからいきましょ。いくつか、持ってきたから、一緒に鍛えよっ」
「いいのか!?それに一緒って…」
「いいわよ…、少しくらい。いきなり実践で、実力が出せなくても困るし。あ、あと兄さんに太ってるって言われたから、鍛える訳じゃないからね!」
なんか勘違いしてないか?まあ、これはこれでよし!
「エリー…。ダンベルじゃ痩せないぞ?」
「え!?マジで…」
「ほら、オレに太ってるって言われたからじゃないか」
「クソ〜、許さん!」
彼女は叫ぶとオレの方に飛びかかってきた。
「ちょっと待て!オレ、病人!怪我人!ヤバいって!」
オレは、エリーと久しぶりに、筋トレしながら沢山話した。こんな時間だけが、戦いだけを考えていたオレの心に一瞬だけ安らぎを与えてくれた。



とうとう廃墟に着いてしまった。
ヤバい、今は命の危険しか感じれてない。
「やっ…ばー」
ノーガが汗をダラダラ流しながら呟いた。
「ノーガ、俺ヤバいよ。俺、皆の足引っ張る未来しか見えない」
「バカ!そ、そんなこと考えるな!お前にはきちんと活躍して貰わんと困る」
「それは、お前が戦いから逃げたいからだろ!」
ノーガは、いいや、いいやと首を振り続けた。
でも、俺だって恐いさ。誰だって自分の実力が満足に出せないと分かっていてなお、戦いに挑むのは勇気がいる。しかし、こんな俺を動かしたのは勇気なんかではない。俺の無駄な優しさだ。だから尚更恐いのである。
「これより作戦の内容を確認する」
班長が前にでてくると、サバサバした感じで言った。
「作戦は25人が一斉に固まって動く。誰か1人が自分勝手な行動をすると、班の一体感を失ってしまう。だから班の皆に迷惑をかけないように注意するんだ」
「相変わらずサバサバしてんな、あの人」
ノーガが俺にヒソヒソと話しかけてきた。
「あの人って?」
「班長だよ、ヴェイン班長。あの人おもしろ味がないんだよなぁ」
「どうかな?表面はあんな感じだけど、中身は別人かと思ってしまうほど違う奴って結構いるからな」
俺もだし。
「案外、グリズリーの幹部と出会った瞬間から、スゲー距離をとったりしてな」
ノーガは1人で爆笑し始めた。
「オイオイ、班長が作戦を説明中だ…」
俺はチラっと右側を見た。するとヴェイン班長が、すごい顔をして、こっちに向かってきていた。
「ぞーー!!?」
「ん?どうしたジーマ。いきなり叫んだりして…」
「誰のことを話していたぁ?ノーガ!」
ノーガの顔は一瞬で青くなった。すぐ隣に、鬼の形相をしたヴェイン班長がいるのだから。
ノーガはヴェイン班長に、2人きりになれるところに連れて行かれた。
ノーガ、ヴェインさんはホントは怖い人だったんだな…。

いよいよ廃墟に突入する。中は、廃墟にしては綺麗で、人が住んでいてもおかしくはなかった。
「ジーマ。こいつは、いるなぁ…」
「幽霊みたいに言うなよ…。怒られてから、ちゃんと作戦の説明を聞いただろうな?」
「聞いた、聞いた。兵士としての成績が優秀な奴は後衛で銃を撃ち、ダメな奴は前衛でゴリ押しだろ?」
間違ってはないが…、言い方があるだろ。
しかし、この作戦の後衛の人数は15人、それだけの人数が一度に発砲したら、必ず何発かあたるはずだ。グリズリーの幹部を、なるべく無傷で捕らえるという作戦をまるで無視するかのような戦術だ。
いったい、ヴェイン班長は何を考えているのか…。
「俺は助かったよ、前衛じゃなくて」
ノーガが、ホッと胸を撫でおろす。
「あれ?お前、さっきのヴェイン班長を怒らせた件で、罰として前衛にまわされるんじゃなかったっけ?」
俺はケロっとした顔で言った。
「ま、ま、ま、マジかよ!嘘だろ!?」
「ああ、嘘だぜ」
俺は笑いながら言った。
「やめてくれよ〜。マジで焦ったんだからな…」
「お前はホントビビりだな」
「……」
ノーガが汗をダラダラ流しながら、焦っていたので、流石に悪かったなと反省した。そして、そんなこと自分が言える立場じゃないということも分かっている。
突然、カタッと物音がしたので、俺は素早くトマホークに手をかけた。ノーガはそんな俺を見て、また驚いた。
「どうしたんだ!?」
「物音がした…!何か聞こえなかったか?」
「いや、何も聞こえなかったぜ。まったく、ビビりはどっちかな」
俺の気のせいか…?だと良いんだが。



「兄さん、さっきからすっかり重いのも出来るようになったね」
オレがダンベルで筋トレを始めて3時間経つ。
エリーは、僅か30分くらいで止めたが、オレは今、こうして普段使わないような重さのダンベルで、せっせと鍛えている。
「飽きないの?兄さん」
「飽きるもんか。脚が動くようになるまで続けてやるさ」
「お医者さんによると、明日には脚が少し動くようになるそうだよ。明日は一緒に走ろ?」
「お前じゃ着いて来れんさ。自分のペースで行くからな」
さっきからずっとエリーは、オレを看病してくれている。こうして、ただただ3時間続けて筋トレできるのも、彼女がいてくれているからだ。
「私お腹すいちゃった。ごはん作ってくるね」
「いくら太ったからって、ちゃんと食べないと、肌荒れするぞ?」
オレは3年くらい前に、食べ過ぎは健康に良くないと知り、一時期ほとんど食べてなかった。その結果ひどく肌荒れした(今は治った)。
女にとって肌荒れは禁物だろうからな。オレでも分かるさ。
「分かってるって。今日もしっかり食べるから」
「だからお前それが…、もういいや」
オレは呆れてしまった。彼女はそれに気づいているのか?
そういえば、ジーマ達は今頃作戦中か。うまくやってくれているといいが…。



俺達はその後も廃墟を探索し続けたが、結局何もなかった。
「まさか、情報が間違っていたと言うのか!?」
ヴェイン班長が、慌てながら言った。
やはり、さっきの物音は気のせいだろうか?俺達は、より念を入れてグリズリーの幹部を探したが、やはり居なかった。
「ロスタイムはマズイ。誰だってそんなこと分かってるのに…」
ヴェイン班長の声が暗かった。俺達ヴェイン班の班員の空気が、どんよりした空気になった。
「一度戻ろう。情報の漏れがないか、確認に行こう」
と、ヴェイン班長が作戦本部に戻ろうとしたとき、突然上から何かが落ちてきた。これは…!?
「ヤバい!皆、口をおさえろ!」
俺は叫ぶと自分の口をすぐにおさえた。しかし、班員達は反応が遅れてしまった。
すると、さっき落ちてきた物体が、何かのガスを放ちながらグルグル回りだした。あっという間にガスがその場を、包み込んだ。
そのガスを吸い込んだ班員たちが、次々にバタバタと倒れはじめた。
「これは…!毒?!」
ヴェイン班長が、倒れていく班員を見て顔を真っ青にした。すると、ヴェイン班長もふらつき始めた。
「く、そ、こんな…とこで…」
そう言うとヴェイン班長も倒れた。
「クッ!」
俺は口をおさえながら、ガスの外にでた。
「ハア、ハア」
俺の息はギリギリだった。ジーマとしての俺は、こんなこともすぐに気付けなかったのか?
班員は俺以外全滅していた。
「ハッ!そうだ!ノーガ!無事なのか!?ノーガ!」
俺は、急にノーガが心配になった。
しばらくするとガスがその場からなくなった。ノーガはその場に倒れていた。
「ノーガ!」
俺は、ノーガの方に駆け寄った。
……息はある。俺はホッとした。
「あれ?」
その瞬間、俺は奇妙な感覚に襲われた。
俺は心配したのか、ノーガを…?
人の生死など、俺にとってどうでもよかったはず。それなのに何故、俺は奴が生きているとわかった瞬間、安心したんだ?
俺は、俺が知らないうちに変わり続けているのかもしれない。俺の変化に、誰か気づいてはくれてるだろうか。

どこだ?どこだ!?どこにいるんだ!
俺は血眼になりながらグリズリーの幹部を探した。全身の神経を集中させ、周囲の風の動きを感じとる。
すると俺は、風の妙な流れを感じとることができた。素早く移動することで風が裂けていくような、奇妙な流れ。
「そこか!」
俺は背後から襲いくる、小刀を持った男の攻撃を防ぐと、少し距離をとった。
「やっと見つけたぜ…。あと少しで、お前が見つけられないイライラが、絶頂に達するところだったんだ」
俺はチラっと倒れている班員の方を見た。
「なあ、あんたなんで、あいつらを殺さないで眠らせたんだ?殺しちまえば済むことじゃないか」
ヴェイン班の班員は今、気持ちよさそうに眠っている。心配して損した感じだ。
ていうか、さっきヴェイン班長が説明していた作戦は、どこに行ったんだ!?俺以外の全員が眠ってちゃあできないじゃん!
しかし、俺が本当に気になったのは、何故眠らせたかという点だ。相手は、頭のおかしいグループの幹部だっていうのに。
「ハア…。お前さん、何もわかってないヨ」
男は、変になまった英語で言った。
「あのネ、殺しちゃあダメなノ。私の目的は、こいつらを無傷で捕らえて、奴隷として売ることなノ」
「奴隷商人か…。目的も俺と大して変わらないなぁ」
俺は頷きながら言った。
「アレ?同業者サン?」
「いいや、あんたをな。俺とあんたの目的の違いは、俺はあんたを傷つけることが許されてるってところだ!」
「アナタ、邪魔しないで欲しいネ。…アナタ、名前ハ?」
「ハア?知って何になるってんだ?」
俺は、鼻で笑った。
「奴隷商人のプロとして商品の名前を知ってなキャ。そいつの家柄で購入を検討する人もいるからネ」
「…ジーマ。あんたは?」
俺も何故か男に名前を聞いた。今日、イリーナのオヤジに、名前は良いものって言っちまったからかな?
「私は二つの顔を使い分ける奇人。一つは裏で有名な奴隷商人、もう一つはグリズリーの幹部、名前はセイント」
「セイント?やってることはまるで清くないのに?」
俺はジョークのつもりで言った。
「名前になど、人の生き方を強制する力はないネ」
「どうかな?すくなくとも俺は、名前にしめされた通りに生きているつもりだがな」
俺は、ハンターとしての自分の姿を思い浮かべながら呟いた。
ただ、利益のために人を狩る残虐な殺し屋、ハンター。俺は、名前とは不思議なものだと改めて思った。
「そろそろ行くヨ!」
セイントは、奇妙な構えをとった。俺はそんなこと気にもとめず、普段どおりに構えた。
「セイント、俺はお前を殺す気でかかる。親友に、本気出さないと怒られるからな…」
俺はそう言うと、一歩ずつ相手との距離を縮めていった。
ジーマの姿の俺の本気は、どれほどかまだわからない。でも、何故か自信だけが俺から溢れていた。

トマホークは剣と比べて、間合いをかなり詰めなくてはならないし、まともに防げない。だから攻撃を受け流すのだ。トマホークの間合いにさえ入れば、剣相手など訳ない。訳ないのだが…、相手も小刀じゃあなあ〜!
小刀も基本は、トマホークと同じである。つまりこの戦いは…超至近距離での戦いになることが考えられる。
大丈夫さ、何故か自信だけが溢れている。過信にならない程度の自信は、勝利への執念になる。戦闘には大事なのだ。過信するギリギリの俺の自信は、果たして役に立つのだろうか…?
至近距離対決、果たしてどっちが勝つかな?俺はそんなこと考えているうちに、両者があと一歩前にでれば、決闘のゴングがなる、そんなところまで前進していた。しかしまだ両者とも踏み込まない。相手の動きを見ているのだ。
俺のこめかみ付近から汗が、たらりと流れ落ちる。次第に呼吸のペースも上がってきた。
ハンターであればこんな緊張、相手の首と共にぶっとばせるのだが…。俺は、だんだん考えれば考えるほど、不安が増していくことに気づいた。…こんなこと、せっかく湧いてきた自信を無駄にするだけだ。
考えるヤツは馬鹿だ!だから俺は今だけ天才になる!俺は俺の直感を信じればいい。
俺達はもうしばらく睨み合った。そして、こめかみ付近の汗が床に落ちたと同時に、セイントが大きく口を開いた。
「ヒャアアアア!!」
セイントが奇声をあげると、2歩の間合いを素早く踏み込んできた。縦の振り!?俺は攻撃を受け流すと、相手の横側に立った。今だ!
俺が横腹を切り裂こうとすると、セイントは驚くべき速さで攻撃を防いだ。
「くッ!速え!」
俺は少し退がると、ふと思い出したことをそのまま言った。
「そういや俺達の目的って、お互いを無傷で捕らえるだったよな?お前ガッツリ攻撃しちゃってるけどいいの?」
俺は少しでも相手に攻撃を躊躇わせるために言った。こうしている間にも、イヤな汗は流れるというのに。
「それはあなたも同じネ。あなたは私のガスに、ただ1人反応した男ネ。無傷で捕らえるのは無理だと思ったヨ。強い奴でも確実に相手を捕らえる、それが私のプロとしての誇りネ」
「御大層なこったな、じゃあ俺も!」
俺は脚を狙ってトマホークを振ったが、ギリギリで避けられた。
身のこなしが達者だ!中々手強い。だが、これくらい対応できる!
俺は彼の利き手である左腕を掴むと、そのまま脚を払って倒した。そのまま顔面を3発殴った。
ぐったりしたセイントに手錠をかけようと一度手を放した瞬間、奴の小刀で横腹を刺された。
「ぐッ!?」
俺は痛みでしゃがみこんだ。今まで溜まっていた汗が急に噴き出し、呼吸のテンポは、より早くなった。
「どうしたことだ!?」
「やめたネ」
「え?」
「あんたに手加減はしないネ。てかあんたは、危険すぎるヨ。あの顔面パンチ、ものすごく痛かったネ。こんなんじゃ商品にならないヨ。というわけであんたを殺すから、そのままでいてほしいネ」
気が変わるの早すぎだろ!?
セイントは一気に俺との間合いを詰めると、小刀を素早く振った。
俺はギリギリで避けたものの、さっきの痛みもあって、その場にバランスを崩して倒れてしまった。
い、痛ぇ!まともに小刀を刺されたことは、今まで一度もなかったからな。
奴の攻撃は急所は外していたが、痛みが俺の動きを制限しやがって、まともに動かん。
「もう終わりネ、あんた」
気がつくとセイントは、俺のすぐ側まで来ていた。いつでも刺せるよう、小刀を構えて…。
「逆転する術はないヨ。みたでしょ、私の素早い動きヲ。とっとと諦めるんだネ。ま、あんたに何か策があるならば試してみたら?」
「諦めるか…。是非ともそうしたいんだがな…」
俺は痛みに苦しみながら言った。
「でもそんなことしたら、俺の親友と、すぐそばに寝ているヤツに怒られるんでな。だから…、俺も少しだけ本気をだしちゃうぜ」
そう言うと俺は立ち上がり、セイントの顔を間近で見ると思わずこみ上げてくる笑いに堪えきれず、少し笑った。

「!? な、何がおこっているノ!」
セイントの顔は恐怖でひきつってるようで、驚いてもいた。
その間も見逃さず俺は、何度も斬った。
「こたえろヨ、アンタ!さっきから姿を消したりして!」
「別に消したりなんかしてないさ。ただ、ちょっと本気をだしてるだけだよ?」
俺は特別なことをしていなかった。いや、していたか。
セイントの素早い攻撃と防御、あれをジーマのままで戦うのは少しマズイと思った。だからハンターに変身した。奴に見られないよう、隠れて。
ハンターに変身すると具体的には、反射神経UPに身体の筋力大幅UPなど、俺のスペックが非常に上がる。
奴には消えてるように見えるのも、脚の筋力を大幅にあげて高速移動しているだけなのだ。
ハンターに変身していると言っても、奴を傷つけ過ぎないよう若干手加減はしているがな。
「い、いい加減にするヨ!姿を現わすネ!」
セイントの顔にはもはや恐怖しか残っていなかった。
このままハンターのままで戦ってもよいのだが、もし何かの拍子でハンターの姿を見られたら、いろいろな特徴と照らし合わされ、すぐわかることだろう。
さっき名前も言っちゃったしな。尋問中にジーマはハンターとか言われたらマジにヤバい。
大丈夫さ、奴は十分に傷つけてある。ジーマの状態でも戦えるさ。

俺は、物陰に隠れて変身をといた。すると今まで我慢できていた横腹の刺し傷の痛みが、一気に俺を襲った。
「ぐッ!ったく…、二回目でも慣れるようなものじゃないな…」
俺はふとセイントの方を見た。やっぱり、奴の方がボロボロだ。
「油断したな…セイント。ハァ…ハァ、その、なんだっけ?逆転する術はないとか言っちゃってたけど、案外簡単に逆転しちまったな」
「す、姿を現したナ?化け物メ!」
セイントは全身血まみれだった。まだ動けそうな雰囲気ではあるが…。
そんなことは問題ではない。1番の問題は、俺が少しやり過ぎちまったってとこだ。……まあいっか!皆が倒れて、仕方なかったって言えば。皆が倒れたのは事実だし。
俺はセイントの方に近づくと、手錠を取り出した。
「これからもう少し戦うと思ってたけど、お前がそんな様子じゃあ戦うことは出来んだろ?大人しくしな。暴れても無駄だぜ」
「私は…プロ。奴隷売買の…」
「すまんが、閉店してもらうぜ」
「ふざっけるなぁ!」
セイントは思い切り叫んだ。その気迫におされて俺は少し退がった。
「こんなことで…、こんなことで、私は負けないヨ!!」
「全身血だらけのお前がか?フン!笑わせるぜ」
セイントは俺の方に向かってくるなり、小刀を横に振った。
俺は咄嗟にそれを避けようとしたが間に合わず、防ぐことしかできなかった。
クソ!ハンターの感覚のままではダメだ!
戦闘中に変身し、それを解除するとこうなる。ジーマとしての自分と、ハンターとしての自分の差が、戦闘を大きく変える…自分でもイヤな程に。
しかし防いだときにわかった。奴は確実に弱っている。
俺は間合いを一気に詰めるとそのままスライディングし、足を斬った。
セイントは悲鳴をあげると同時に、立ち上がろうとする俺の首をつかむなり壁にぶち当てた。
俺は相手の顔面を蹴ると、首を絞めつけたままの手をトマホークで斬り、なんとか自由になった。
周りは異常なほど静かで、お互いの荒い呼吸の音しか聞こえない。
セイントは俺の方に小刀を投げてきた。
俺はそれをなんとか弾いて、ふと前を見るとすぐそこにセイントがいた。
「しまっ…」
「遅いヨ!」
セイントは思いきり俺の顔面を殴った。
強烈な痛みとともに俺の脳は激しく揺れた。
「…ッ!?」
俺はふらつきながら倒れた。
そして、トマホークをその場に落としてしまった。
しかし、とてつもないダメージを負った俺を待たずして、次の攻撃は襲ってくる。セイントはもう一度殴ろうと俺に近づくと、右手で殴ろうとした。俺はその攻撃を危機一髪避けると、相手に背を向けて逃げだした。
「逃がすかヨ、このインポ野郎!」
セイントは俺を追うと、あっという間に俺を捕まえた。
「死ねえェエ!」
セイントは俺の胸ぐらを掴むと、思いきり殴りかかろうとした。

…周囲にバキッと骨の砕けるような音がした。
殴ったのはセイント…………ではなく…俺だった。
「な、な、な!なにィ!!?」
セイントは悲鳴に近いような叫び声をあげた。
「うるせぇよ…!班員が起きちゃうだろ?」
俺はそういうと、もう一度殴った。
「なっ、なんで…!?あんたは脳震とうを起こして、そんなまともに動けないはずヨ!?」
「もうおさまったんだよ、脳の揺れはよ」
俺は冷たく言い放った。
しかし、脳震とうがおさまるには早すぎる時間である。何故おさまったのかは、きっと向こうにあるトマホークが関係しているのであろう。
ライトストーンはダークフォースを吸収する。ダークフォースの塊の俺からしたら邪魔な存在なのだ。
だから向こうにおいてきた。咄嗟に思いついたにしては簡単すぎる答え、こんなこと思いつかなかった俺は、きっと大バカだろう。考えすぎるゆえ見逃していたのかな。脳震とうで考えられなくなった俺の頭は、俺より賢かったってことか。さっき考える奴は馬鹿とか自分に言い聞かせてたのになぁ〜!
しかしこれでいい。これで、奴をやっとぶん殴れそうだ!
「まっ、待つヨ!大人しくするから!もうこれ以上は勘弁してほしいヨ!」
セイントは恐れしかない目を隠さず言った。
「本当に?」
「本当だヨ!本当だヨ!許してくださぁ〜い!」
「そうだな…。これ以上やりすぎるのもちょっとな…」
俺はやっと本来の目的を思い出した。
俺って忘れん坊なのかな?この短時間で何回思い出して、忘れてを繰り返したんだろう?
俺はセイントを拘束するために、手錠を取り出そうとポーチを探った。
「今ヨ!」
セイントは俺の不意をついて、小刀で攻撃しようとした。
俺はその攻撃を、相手の手首を握ることでいとも簡単に防いだ。
「諦めの悪い…。覚悟は?」
「は、はい…」
俺は返事を聞くなり、もう一度本気で殴った。

「…今から尋問が始まるそうだ。長くなると拷問に移行しちまうから、俺としては奴が賢いことを願うぜ」
「しかしたまげたぜジーマ。まさかお前がたった1人で拘束しちまうなんて…。いったいなにがあったんだ?」
ノーガは目を開いて言った。あのジーマが…といった感じだ。
「言ったろ?俺はジョセフを超えるって」
「このスピードでこれからも成長していくと考えたら…、冗談に聞こえなくたってきたぞ」
ノーガは青ざめた顔で言った。
しかし不思議な感じだ、武器を持たない方が強いなんてな。いや、武器に使われている素材の問題なのだが。
ライトストーンとは厄介なものだ。清すぎるゆえに邪悪な人間の居場所を奪っていく。
今度からライトストーンが使われてないトマホークを、こっそり使お。

「そういやもう一つの班は、帰りが遅いなぁ。何かあったのか?」
「A班のことか?そうだな…そろそろ幹部を連れて帰ってきてもいい頃なのだが」
俺達が作戦本部に帰ってきて1時間半が経つ。苦戦しているのか?それとも…。
「俺達が早すぎただけじゃね?」
ノーガがあっけらかんな感じで言った。「そうだな…。そうだといいんだが…」
俺の顔の影は一層濃くなり、ざわざわとした胸騒ぎが、俺を焦らせていた。



作戦の内容は、大まかだが聞いている。
A班もB班も少しばかり無茶な戦術の気がするが、グリズリーの連中は思っている以上に賢い。無茶をしなければ勝てない。例え大人数だったとしても。
奴らにはきっちり対価を払って貰わなければならん。オレが復活するまで待ってろ、グリズリー。



ノーガは時計を見たあと、こちらを向いて言った。
「ジーマ…」
「ああ、きっとA班に何かあったに違いない。一緒に現場を行こう。いくらなんでも遅すぎる」
「見にいくだけだし、他の奴らは連れて行かなくていいよな?」
ノーガの表情がいつになく真剣だ。彼にもわかるのだろう、ことの異常さが。
「そうだな、俺達2人で行こう」
俺はそう言うとノーガを連れて、A班の目的地だった場所に向かった。

俺達はA班の目的地の豪邸についた。明かりはすでに消えており、正面のドアは壊されている。やはりA班は、ここにいたということか…。問題は内部だが、そこらじゅうにたちこめる強烈な匂いから、だいたい様子を察することができた。
「ノーガ…、どうやら遅かったみたいだぜ」
玄関を右に曲がってすぐの場所にA班の班員の死体があった。死体はすでに冷たく、死亡から時間がたったと推測できる。
さらに進むと、この豪邸のお手伝いらしき者の死体も、ペットの死体もあった。しかしこれらは既に腐敗しており、血の匂いの他に腐敗臭もした。
「この豪邸の主人は随分と変わった趣味をしてるんだなぁ。快楽殺人だぜきっと」
ノーガが酷い顔で言った。
俺は顔の表情を一つも変えずに言った。
「グリズリーの幹部ってだけでだいたい察しはついてたろ。頭のおかしいことなんざよ」
「お前はすごいぜ。よくこの状況でまともにいられるな」
人の死体を見ても平然といられる俺に、ノーガは驚いていた。
「正確には、まともじゃないのは状況じゃなくて俺の方なのさ」
俺は自分で言って自分で納得した。
俺は他人の死に心が揺るがない特殊な精神の持ち主だ。自分でも知らぬ間にこんな感じになってしまった。
きっと2年前の出来事が直接の原因だろう…。俺が初めて人を殺した日…。俺は思い出したくないのに今でも夢に出てくる。
人間とは複雑だな…。思い出したくないような出来事でも、忘れてはいけないと本当の自分が忘れるのを止めてしまう。
邪魔だな…、俺。
「ジーマ、お前今、思い出したくないこと思い出してるだろ」
「え!?なんで!」
俺はズバリとあてられ、マジにビビった。
「顔に書いてあるんだよ、お前の場合。そういえば俺はお前の過去についてあまり知らない。なあ、なんでお前は自分の事についていつも話してくれないんだ?時間なら沢山あったし、俺達はお互いを十分信頼しあっている筈だ」
ノーガが心配そうにこちらを見ながら言った。
「い、言えないんだよ。言ったら、きっと失ってはいけないものを失くしてしまうかもしれないから…」
俺はそれだけ言うと俯いた。
「……いや、俺に言っても何も失わんさ。お前はいつも見てるだろ?俺のバカっぷりをよ。そりゃ、それが本当につまらないもののようであれば、俺はここまで聞かん。でも、お前はときどき今と同じような顔をして、普段見せないような悲しい顔をするんだ。俺はお前を心配している。だから…、俺はお前の過去を知りたい。知ってお互いを理解し合いしたい。理解してお前を助けたい。頼むよ、ジーマ」
ノーガは優しい笑顔を見せながら言った。
そこまで俺のことを考えていてくれたのか?俺はこいつになら…と思った。
「…わかったよ、今から話す。でも、これだけは約束してくれ。これからも絶対に俺をひとりにしないと」
「当たり前だ。…この豪邸を探索しながら話そう」
俺はノーガと豪邸を探索しながら、俺の過去について話し始めた。

俺はホーラワ族という先住民達に白人の捨て子として拾われた。
昔、イギリカにアメリス人が移住してきたことで、イギリカは文明の進歩を遂げるとともに、先住民の居場所は徐々に奪われていった。その原因としては独立戦争による土地不足だった。
イギリカ政府は土地不足のため土地を譲ってほしいと先住民達と交渉し、先住民が承諾し、土地から立ち退くことで土地不足を解消した…。
ここまでは子供が大人に教えられる偽りの出来事、真実は違う。
本当は白人が集落から追い出したんだ。家を焼いたり、虐殺するなどして、土地の確保のために沢山の先住民達が殺された。そしてホーラワ族も…!
先住民達は昔から白人に差別されていた。でも先住民達は何もしてないし、白人の捨て子で孤独だった俺に温かい居場所をくれた。白人だからと虐めたりせずに、皆俺を愛してくれたんだ!
白人の襲撃から命からがら生き残った俺は、その土地に移り住んでくる白人達を、愛する人々を殺した奴らを許せなかった!
だから…、俺はそいつらを殺してしまった。復讐することに縋ることでしか自分が孤独であることを忘れることはできなかった…。
そして復讐をし終えて、自分が孤独であることに気づいた。そのときぐらいかな?人の死に感情が揺らぐことがなくなったのは。
酷い奴だろ?

「これがありのままの自分さ。どうだ?見る目変わったろ」
俺はこんなこと話した自分が嫌になった。ノーガになら…って思ったんだがな…。
「いや、やっぱり変わらなかったぜ」
ノーガがけろっとした顔で言った。予想外の返答に俺は驚くことしかできなかった。
「え?」
「だって今のでお前がさっきみたいな表情をする理由がわかっただけだぜ?そんなんでお前を見る目が変わるかよ。そりゃあ、お前が人を殺していたのは驚いたけど、理由を聞くとなんとなく理解できなくもなかった。それにお前の話を聞いて、俺はお前にグッと近づけた気がするから俺は気にしねぇ」
「い、いてくれるのか?いつも通り、側に」
俺は目を思い切り開いて聞いた。
「ああ。お前はもう孤独じゃない。ちゃんと過去を受け入れ、話し合える友がいる。もう1人で悩まなくてもいいぜ」
そう言うとノーガは満面の笑みを俺に見せた。
「ノーガ…!ありがとう」
俺は感激で胸がいっぱいになった。
「お、お前に感謝されると、なんだか照れくさいぜ…。お前の口からありがとうって言葉を初めて聞いた気がするからな」
ノーガが顔を赤くして言った。
「いつだって感謝してるさ、お前にな」

それからも俺達は探索を続けたが、あるのは死体のみで他に目をひく物はなかった。
「どの死体の顔も知らない顔だ。A班とB班は、年齢やキャリアで分かれるから、きっと俺達よりもベテランの兵士だろう」
俺は難しい顔をしながら言った。
「ああ…」
「俺はベテランの兵士達は金の事だけしか考えてないってジョセフが怒っていたのを見たことがあるぜ。この人達もそうだったのかな?」
俺はノーガに質問したが、彼は汗でぐっちょりしながらどこか遠いところを見ていて、とても質問に答えられそうな感じじゃなかった。
「ノーガ!?」
「あ?ああ。ジーマか…。クソっ!俺はこの場所に適応できてねぇ!俺はお前の足手まといかもしれねぇ」
「オイ、お前何言って…いや、すまん。俺が話している間は大丈夫だったんだから少し我慢できないか?」
俺は、成績的には普通なのにプライドが高い彼の口から、自分は足手まといという言葉がでてくるとは思わなかったから「お前らしくない」と言おうとしたが、面倒くさくなりそうなのでやめた。
ノーガは、周りに死体が転がっているというこの状況にまだ慣れてないらしい。まあ慣れる方が凄いのだが。
「俺がお前の代わりに死体を調べたりするから、お前は死体見なくていいぞ。これだけ死んでりゃ目にもつくだろうがよ」
俺はそれだけ言うと、A班の班員の死体に目を移した。
「!?」
「どうした…?ジーマ…」
「これは…毒殺?」
俺は死体のほぼ全てが、傷がないことに気づいた。おそらく毒殺。
「ノーガ…、どうやら2人目の幹部は、相当手強いぜ」
俺の表情には不安が滲み出ていたかもしれない。ノーガは俺の表情を見ると更におどおどしだした。
本当に大丈夫なのか?俺達。

俺達はその後も現場を探索したが、特に何も見つからなかったので、結局30分くらいで本部に帰ることにした。
ウォーリー奪還作戦の本部は、複数のテントを張っただけの場所だが、きちんと目的を達成できるよう少し工夫されている。
ヴェイン班長がいるという尋問用のテントに俺達が近づいた瞬間、バキッと耳に残るような、人を殴る音がしたのでノーガが震え上がった。
「失礼します」
俺達はテントの中に入った。まず目についたのが、ボコボコの顔をしたセイントだった。
ヴェイン班長はすでに、自分自身が息切れするほど殴ったり蹴ったりしていた。
「ハァ、ハァ、ジーマとノーガか…。何のようだ?」
「え?あ、そのー…俺達、A班の帰りがあまりに遅いからA班の様子を見に行ったんです。そしたら…」
ノーガは続きを言いかけると突然、口を手でおさえたので、吐き気のするほどのショックだったんだなと俺は思った。
「A班の行方不明者は3名、それ以外は全員死亡してました」
俺は辛そうなノーガの代わりに言った。
すると隊長が目を思いきり開いた。
「本当…なのか?」
「はい、受け入れがたいですが…」
ヴェイン班長は顔を真っ赤にすると、セイントの顔面を思いきり蹴った。
「グゥア!」
「吐けよ早く!お前は奴隷商人だったよな!?自分のためなら、大切な人の人生を売りさばく大悪党だよな!?だったら最低は最低らしく自分のためにグリズリーの居場所を吐いたらどうなんだ!」
ヴェイン班長は何度もセイントを殴った。
俺はさすがにマズいと思い、ヴェイン班長の腕を掴んだ。
「止めるな!俺はこいつに、死んでいった先輩方のためにもグリズリーの居場所を吐かせなければならん!」
「殴られっぱなしの状態では何も言えるわけないでしょう!少し落ち着いてください!」
俺はそう叫ぶと、そのままヴェイン班長をテントの隅に投げ飛ばした。
「…ッ!ジーマ…!」
「先輩方を殺したのは、こいつじゃない!八つ当たりは、よしてください!」
俺は、頭に血がのぼったヴェイン班長に向かって叫んだ。
ヴェイン班長はしばらく俺を睨みつけたが、やがて自分が取り乱していたことに気づいたのか俺に謝りだした。
「すまん、俺としたことが…。でもお前も、焦る気持ちは同じの筈だ!A班全滅という被害をだしたんだ。一刻も早くウォーリーを奪還し、ハンター討伐に命を捧げて貰わねばならん。どこまで役にたつのか知らんが」
ヴェイン班長はさっきより息切れした状態で言った。
「ノーガ…、しばらくここは、お前に任せる。それとジーマ、少し外に出よう」
ヴェイン班長は俺の手を引っ張ると、ノーガに向かって言った。
外に出ると冷たい空気が俺を、突き刺すようにふいた。
「その…何か…」
「俺はな、ジーマ」
ヴェイン班長は俺の言葉を遮るように言った。
「実力はどうであれ、ウォーリーという女の命が、この作戦で失われた命と釣り合うとは思わない。いくらでも代えはいる。ハンター討伐作戦だってジョセフという強力なリーダーがいるんだからな」
「確かにそうかもしれません、ヴェイン班長」
俺はヴェイン班長の意見を聞いて、頷いた。
「でもだからこそ、失われた命を無駄にしないために、彼女を奪還しようとは思えませんか?俺はどうしてもそんなことを考えてしまう。この作戦に参加したってことは、例え金のためであっても、それなりに死ぬ覚悟は出来ていたはずです。隊長はその覚悟から目をそらすんですか?」
俺は言ったあとで、上から目線っぽいことに気づき、少し後悔した。しかしヴェイン班長は、さっきの言葉に感心したようである。
「俺は…隊員の覚悟から目をそらそうとしていたのか?」
「い、言いきれはしないけど…多分」
俺はさっきと比べて、小さな声で言った。
「だめだな俺…。後輩に説教されるようじゃあ」
「説教だなんて!そんな…」
「ありがとな、ジーマ。俺を叱ってくれて」
「いやだから、そのー…」
俺は追い込まれてはいないのに追い込まれた気持ちになった。
「逃げ出してェ〜!」
俺は頭の中で思いきりそう叫んだ。
すると突然、テントから人が飛び出してくる音がして振り向くと、そこにはノーガがいた。
「どうしたんだ、ノーガ!」
ヴェイン班長が、ノーガに向かって叫んだ。
「せ、セイントが、セイントがグリズリーの居場所を吐くそうです!」
ノーガは飛び跳ねながら言った。するとヴェイン班長は思いきり驚くような顔をして言った。
「なに!行くぞ、ジーマ」
ヴェイン班長は俺の腕を握ると、全速力で尋問用テントに向かった。

「さあ吐け!グリズリーの居場所を…」
ヴェイン班長がしっかりセイントの目を見て言った。
「そういやお前、どうやってセイントに吐かせる気にさせたんだ?」
俺はノーガにどうしても気になったので聞いてみた。
「ああ、俺はまず普通に尋ねてみたんだ」
「しかしそれだけじゃあ、吐かないだろう?」
「まあ…」
ノーガが俯きながら言った。
「それでな、それだけじゃあ吐かなかったから、条件付きで吐いてもらおうと思ったんだよ」
「条件付き?それってどんな…」
「その条件てのは…」
俺は何かイヤな予感がした。いや、その内容はきちんと想像できてないが、俯いたり声を小さくしたり…怪しすぎる!
「そのー…。怒るなよ?」
「怒らねぇから早く言えや!」
「わかった。言うぞ?俺、あいつの尋問が終わったら、あいつ逃すから」
「ハアアアア!?」
俺の血は一気に頭にのぼり、顔を真っ赤にして俺は叫んだ。
「バッカじゃねえの!?オイオイ!いけねぇだろ、そんなこと独断で決めちゃあよ!」
「グリズリーの居場所の方が今は重要だ!それに怒るなって言ったよな?!」
「そりゃそうだけどさぁー…」
確かに今はグリズリーの居場所を知ることが最優先だ。だが凶悪な犯罪者を逃すってのはどうなんだよ!兵士としてどうなんだよ!
「オイお前ら静かにしないか!聞こえないだろ」
ヴェイン班長が怒鳴った。
「す、すんません!」
ノーガが背筋をピンとしながら言った。こいつビビりすぎじゃね!?いや、しょうがないか…。だってこいつ、逃す気なんだからな、セイントを。
「で、どこなんだ居場所は?」
ヴェイン班長がさっきとは少し落ち着いた声でセイントに質問した。
「グリズリーの旦那の…居場所は…」
そこにいる3人がセイントの言葉に耳を傾けた。
「居場所は…!」
次の瞬間、突然テントの灯りが消えて、セイントが悲鳴をあげた。
「ッ!!?ギャアァア!」
「!?誰だ!」
俺は素早くトマホークを構えた。まあ、投げ捨てるためだけど。
「ダメじゃない、グリズリーさまの居場所を教えちゃあ」
女!?灯りが消されて、薄暗くてよく見えないが、確かに女の声が聞こえた。
「マアラ!なんで…」
セイントが力の抜けた声で言った。な、何が起こってるんだ?
「あなた、あたしを愛してるって言ったわよねぇ。でもね…、あたしグリズリーさまのことが好きだし、安い誘惑に負けるようじゃあねぇ」
「ま、まだ言ってない!だからワタシを見捨てないでヨ!」
「もう遅いわ〜。だってあなたに打ったのは毒で、あたしが調合した自信作だもの。あと少しで死ねるから安心して」
するとセイントが目を大きく開けて、口から泡を吹き出した。
「セイント!」
俺は毒で苦しむセイントをみて何かを思い出した。さっきあいつは毒と言った。まさか…。
「セイント、こいつは?」
俺は冷静を装って質問した。セイントは息絶え絶えで返答するのにも苦しそうであった。
「彼女は…、グリズリーの幹部の一人、マアラだヨ…。さっきワタシが使っていた催眠ガスや、旦那がナイフに塗る毒を作っているのは彼女ネ…」
ノーガが灯した蝋燭によって、その姿が見えるようになった。妖気に満ちた顔に、男を誘惑するような身体。しかしその容姿は、今の状況もあってか俺達の目には不気味にしか映らなかった。
「グリズリーの幹部…?まさかお前がA班を全滅させたのか!?」
ヴェイン班長は拳を強く握りしめながら質問した。
「さあね〜。だってA班てのが何のことかわからないもーん。でも、さっき私は20人近く毒殺させたわ。もしかしてそいつらだったりする?」
こいつだ!A班の班員を殺したのは!
「お前…」
ヴェイン班長は怒りに満ちた顔で剣を抜いた。
「ヴェイン班長!殺してはダメですよ!」
ノーガはヴェイン班長に向かって言った。しかし、その言葉は彼の耳には届いてなかった。
ヴェイン班長は雄叫びをあげながら、マアラに突撃した。
ヴェイン班長はまず、大振りの水平斬りでマアラを攻撃した。マアラはそれをひらりと避けると、隙だらけのヴェイン班長に毒のような液体が入った注射器を刺そうとした。
「ヴェイン班長、危ない!」
俺は素早くヴェイン班長に近づき、彼を突き飛ばした。そしてマアラの攻撃を手首を掴むことで防ぎ、そのまま流れるように、肘で彼女の鼻を殴った。するとマアラは舌打ちしながら少し俺と距離をとった。
「ヴェイン班長!無事ですか!?」
「ああ。…俺も学習しないな。2度も我を忘れるとは。あと足もやっちまった」
ヴェイン班長は情けなさそうに言った。
「本当に情けないよ、あんたは…」
俺は1人でそう呟いた。
「おい女、セイントにうった毒の解毒薬はあるのか?」
俺はマアラに質問した。
「女って…、まあいいわ。あるわよ一応」
そう言うとマアラは、胸元からそれらしき薬を取り出した。
「セイントは重要な情報源なんだ。そいつを渡せ」
「偉そうな態度ね。そんなんであげるとでも?」
彼女は薬を胸元にしまった。
「偉そうな態度?こっちの台詞さ」
俺は彼女に向かってトマホークを投げた。彼女は咄嗟にそれを避けたが、意識をそれに集中しすぎて一気に間合いを詰めた俺に気づかなかった。これはさっき、セイントが俺に使った戦法だ。
「ッ!しまっ…」
彼女は一瞬、恐怖で顔を引きつらせた。
俺は彼女の腕を掴むと、そのままテントの外に放り投げた。
「グッ、ああ!」
マアラが苦しそうな悲鳴をあげた。
「周りを見な。お前に逃げ道はない」
俺は少し笑いながら言った。周りを見渡すと、そこには俺とヴェイン班長以外の班員23人が、銃を構えて合図を待っていた。
「よくやったぜノーガ!あんな短時間で全員を集めてくれるとは」
俺はノーガに向かって大声で言った。ノーガは、俺達2人が戦っていた短時間でテントから抜け出し、皆に銃を構えて尋問用テントを囲むように指示してくれていたのだ。ああ見えてノーガは、結構リーダーシップのあるヤツだ。
「俺が信頼されてる証拠さ。さてマアラちゃん、おとなしく解毒薬をそいつに渡しなさい。でないと撃つよ?俺は女を殺したくない。だから俺に君を撃たせないでおくれ」
ノーガはニヤつきながら静かに言った。
「彼女出来たことないくせに、なんで紳士ぶってんだ?あいつ」
俺は1人でそう呟いた。

「さあ、薬を渡せ。そうしたら10秒間だけ時間をやる。その間は俺達は何にもしない。その隙に逃げろ」
俺は落ち着いた口調で言った。
「10秒間だけ?ちょっと少なすぎないかしら」
「お前に他の選択肢があるようには思えないんだが」
俺はニヤっとしながら言った。マアラは周りを見た後、俺を睨みつけた。
「確かにね〜。はい、どうぞ」
マアラは胸元から解毒薬を取り出すと、俺に渡した。
「言っておくけど、その解毒薬が必ず効くとは限らないわよ。私の毒はオリジナルで、そっちの解毒薬は市販だから。市販ってのは当然、既に毒として一般に知られているものでしか解毒薬として販売してないの。でも私の毒はその解毒薬が効く毒を、ある手段で強めただけだから、多分効くと思うわ。その解毒薬が優秀ならね」
マアラは不気味に笑った。
「10秒間だけだ。早く逃げな」
俺はそう言うと10秒を数え始めた。
マアラは素早く近くに停めていた馬にまたがり、兵士が壁になっていても構わずそのまま真っ直ぐに走らせた。
俺は薬をヴェイン班長に向かって投げた。
「おい、ジーマ!敵を逃すとはどういうことだ!」
ヴェイン班長が俺に怒鳴った。
「ノーガが仲間に知らせて、テントを囲むまでの時間は1分くらいでした。だから当然兵士達が銃に弾をこめる時間はなく、せいぜい弾なしの銃を相手に向けて威嚇することぐらいしか出来ませんでした。つまり俺達に与えられた課題は、空砲であることを気付かせず威嚇し、薬を手に入れるということだったのです」
俺は近くの馬に乗りながら説明した。
「よし、10秒経ったな。皆、馬に乗れ!奴を追うぞ」
ノーが指示すると、他の兵士も一斉に馬に乗った。
ノーガは先頭に立つと、ヴェイン班長に代わってGOのサインをだした。
すると兵士達のまたがる馬は一斉に駆け出した。

時刻は既に午前4時であった。周りは薄暗かったが、俺達の目には100メートル先にいるマアラの姿がはっきり見えていた。
「なあノーガ、あの解毒薬効くかなあ」
俺はノーガになんとなく聞いてみた。
「さあな。だけど、わからないこそマアラを追ってるんじゃないのか?もし解毒薬が効かずセイントが死んだら、3人目の幹部を捕まえて吐かせるより、マアラを捕まえて吐かせる方が早いし楽だろ?」
ノーガは適当そうに答えたが、俺は納得した。
マアラは俺達の方を振り向かず、そのまま全速力で走らせた。俺達もまけじと馬を走らせる。
「見ろ、ジーマ!あいつ、森に入っていくぜ!?」
ノーガは俺に、森を指差しながら言った。
あの森は馬を走らせるのには非常にテクニックのいる場所で、俺は一度もあそこで馬を転かさず走りきったことはない。
しかし見た感じ明らかにマアラの乗馬の腕は、馬に乗ったことがある程度の素人である。
足場の悪い森に向かっている、果たしてこのことが吉と出るか、それとも凶と出るかはこのときの俺には全く分からなかった。

マアラと俺達は既に、馬を森のど真ん中まで走らせていた。
ノーガの馬は既に疲れており、彼はいつの間にか1番後ろにいた。
「クソ!あいつ、良い馬もって行きやがった!足場が悪くてもスイスイ進んでいくぜ」
「馬ってそんなに違いがあるのか?」
俺が尋ねるとノーガは何故かキレ気味に答えた。
「あったんめぇだろ!!馬だって生き物なんだからさ!特にコイツは一日中食っては寝てを繰り返していた、グウタラ号なんだからよ!」
「グウタラ号!?」
「それに比べてあいつの馬は、走ることを生き甲斐とする、春風号だぜ!」
「なんでガチの日本語なんだよ!」
俺とノーガが、そんなやりとりをしてるうちに石か何かにつまずいたのか、グウタラ号はこけてしまった。グウタラ号がこけたと同時にノーガの脚は、グウタラ号の下敷きになってしまった。
「ギャああああ!グウタラ号ーー!!」
ノーガは思いっきり悲鳴をあげた。
そんな彼に構わず皆走り続けるから、彼はぽつんと置いて行かれた。
俺は乗っている馬がグウタラ号だったらと想像するとマジでゾクッとした。
俺は前を向くと、春風?号との距離が徐々に縮まってきていることに気づいた。例えどんなに馬が良くても、素人が乗りゃあ遅くもなる。
あと少し!俺達は速度をさらに上げて、マアラに追いつこうとした。
「速いわね…!これじゃあ追いつかれるわ。速度をあげなさい!」
マアラは馬に向かって言った。
「馬に言葉が通じると思うのか?」
俺は嫌味ったらしく言った。
「そうね…、なら私はここで降りるわ」
そう言うとマアラは春風号から飛び降り、道として全く整備されてない方向に向かって走った。その走りは女のものとは思えないほど凄まじいスピードであった。
「クソっ!あいつ、森の奥に!追うのは馬じゃ厳しそうだな…」
班員の1人が悔しそうに言った。
「任せろ…」
俺は馬から飛び降りると、足場の悪いところもヒョイヒョイと飛び越え、彼女を追った。
「は、速え!お前ホントにジーマかよ!?」
後ろから声が聞こえても構わず俺は走り続けた。

気がつけば既に陽は昇っており、昨日から一睡もしていない俺の疲れはピークに達していた。
だが彼女に逃げられる訳にはいかん。解毒薬が効くということが彼女にも保証出来ないから。
一刻も早く取り戻さねばならんのだ、ウォーリーとかいう女を。
マアラはその後しばらく俺から逃げ続けたが、若干拓けた場所にたどり着くと足を止めた。
「邪魔者は消えたわね。実は貴方と一対一の勝負をしてみたかったのよ」
マアラは楽しそうに言うと、毒の入った注射器を取り出した。
「女にしては素早かったな。しかし毒が入っているとはいえ、注射器で俺に勝てるとは思わないことだ」
俺は拳を構えながら言った。
「あら、貴方トマホークを投げたまま置いていってしまったわよねぇ。貴方こそ勝てないんじゃないかしら」
「この俺を見くびるなよ…!俺は拳の方が強いんだぜ」
「ウフフフ」
マアラは少し笑うと、俺から距離をとった。それに対して俺はジリジリと間合いを詰めた。これは攻めているようでそうではない。この戦術は自分から攻撃しようとしているのではなく、相手の動きを待っているのだ。ジリジリと攻撃の構えをとりながら前進することで相手にプレッシャーを与え、相手がプレッシャーに押しつぶされて攻撃してくるのを待つ。そして攻撃してきたところを上手く受け流して隙をつくり、その隙に攻撃をするという戦術である。
しかし相手も微動だにしなかった。もしかして奴も俺の動きを待っているのか?そうであればプレッシャーの我慢対決ということか…。
俺は奴に確実に勝たねばならん。この身でどこまでやれるか分からない以上、慎重に攻めなければ勝てん!
一瞬一瞬が緊張の連続、果たして先に動くのは…
「じ、ジーマ!忘れ物!」
えッ!どこからか聞き覚えのある声が聞こえた。まさか…。
俺は声の聞こえた方向を向いた。
「おーい、ジーマ!こっちこっち」
の、の、ノーガ!!ノーガはたった1人で手を振りながらジャンプしている。なんであいつが…。
マアラは舌打ちすると構えをといた。どうやら本当に一対一で勝負したいらしい。
俺はノーガの方に向かって走った。
「いやー。グウタラ号から脚を抜いて、ずっと走ってたらB班の班員が森の奥に入っていくのが見えてよ〜。で、合流して適当に探していたら、お前が見つかったってわけ」
「そ、そうかい。他の班員は?」
「はぐれちまった」
「……お前だけか」
「そうそう、お前1番忘れちゃいけないもの忘れているぜ」
そういうとノーガはトマホークを取り出して俺に渡した。
「お前トマホーク忘れるとかどうかしてるぜ?いつも腰につけてるお前のホルダーにトマホークが入ってないんだからすぐわかったぜ。というわけで俺の貸してやる」
ノーガはそう言うとニカっと笑った。
い、いらねぇー!ライトストーンを使用しているトマホークはガチでいらねぇ!
なんとか受け取らないようにしないと。
「あ、ありがとう。でも今回はいいや」
俺はトマホークをノーガに返した。
「な、なんで?」
ノーガが不思議そうに言った。
「ほ、ほら、俺達の目的って、目標をなるべく傷つけず捕まえることだったよな。俺はセイントを捕まえるときうっかり傷だらけにしてしまったから、その反省を活かして敢えて置いてきたんだよ」
「本当かなぁ?」
ノーガが疑いの目でこちらを見る。
「それに、俺は奴をグーでボコボコにしたい」
「いや、今さっき言ったことと違うくね!?」
ノーガが俺に突っ込んできたので、俺は笑ってごまかした。
「でも本当さ。今のはな」
こう思ってしまったのは何故だか俺にもわからない。もしかして俺は名前も知らないような死んでいった先輩方のために敵討ちでもしようとしているのか?そうだとしたら俺は少なくとも人の死に何も感じない冷たい男ではなくなったということになる。…さあ、どうかな。俺にはわからない。

「すまない、待たせたな」
俺は小走りでマアラに近づきながら言った。
「そんなことより早く始めましょう?私さっきから戦いたくてウズウズしてるのよ」
マアラは身体を小刻みに震わせながら言った。
「戦いは遊びじゃない。本気でいかないと死ぬぜ」
俺は拳を構えると、またさっきのようにジリジリと間合いを詰めていった。
両者の額には汗が浮かんでいる。いつもとは違う、妙に冷たい汗。
…肩に力が入り過ぎだ。少しリラックスしないとな。
俺がリラックスするために構えをといた瞬間、マアラは俺に向かって飛び出してきた。ッ!しまった!
彼女は手に持った注射器を俺に突き刺そうとしたので、俺は間一髪避けた。しかしそれで終わりではなく、彼女は次々に攻撃を繰りだしてくるので俺は今、攻撃を受け流し、バランスを崩すどころではないことに気づいた。
ならば選択肢は一つ…。俺は防御を忘れて必死に彼女に近づいた。そして横腹を右手で殴ると、また距離をとって構えなおした。
「女だろうと御構い無しね」
マアラは額にあぶら汗を浮かべながら言った。どうやらかなりのダメージだったらしい。
「お前は人を何人も殺した。奪ったんだ、命を。なら逆に奪われても文句は言えねえし、奪われる覚悟があるということだ」
俺はただひたすらに復讐のために村を襲った白人を殺しまくった日のことを思い出した。俺はその時、奪われたから奪い返すということしか頭になかった。でも今は奪う立場だ。だからそれなりに失う覚悟はある。
覚悟でさっき俺がヴェイン班長に指摘した内容が脳裏をよぎった。
「俺は他人に、覚悟から目をそらすなと指摘した者として、お前の覚悟から目をそらす訳にはいかない!例え女であってもだ!」
俺は強い口調で言った。するとマアラは少し笑いだした。
「熱いオトコ…。嫌いじゃないわよ」
マアラはしばらく不気味に笑い続けた。



…これは夢?オレは夢を見ているのか?
「隊〜長!」
隣から声が聞こえる。この明るく弾んだ声…、まさか!?
「ウォーリー…?」
「隊長、今日の私何か変わってませんか?」
「変わてるって…。お前がオレに告った時からお前は変わったよ」
オレがそう言うとウォーリーは頰を赤くした。
ウォーリーがオレに告白してから、以前まで冷静さと賢さの塊だった彼女が、なんかその…言い表しにくい女の子に変わってしまった。
……これはグリズリーに彼女が連れ去られる前の記憶だ!何なんだオレは急にこんなこと思い出して…。
「隊長!どこが変わってるかって聞いてるんです!」
「ごめんごめん…。でもオレが見た限りどこも変わったように見えないんだが」
「隊長って本当に女心の分からない人っすね…」
「ごめん…」
オレは急に悪いような気がして謝った。
「バンダナですよ!いつも私バンダナしてるのに今日はしてないんですよ!」
バンダナ!?こいつバンダナしてたか?でもまあ下手に何か言ってもまた怒るかもしれないしなぁ。適当にあわせとくか。
「あ、ああ、バンダナね!いやぁいつも見てる筈なのに!」
「…あのバンダナは私の大切な人から貰った物なんです。両親が、最近私がずっと帰ってこないから寂しいって言ったんで、バンダナを私の代わりにって」
ウォーリーが照れくさそうに言った。
「へ〜。その大切な人って?」
オレがそう言うと、ウォーリーがオレに向かって指をさした。
「お、オレ!?」
「はい、あのバンダナは隊長と私がまだ兵士になる前にくれた物です。思い出せませんか?」
オレはしばらく思い出そうと頑張ったが何も思い出せなかった。
「いや、思い出せん。そもそもお前とオレが知り合ったのは、割と最近じゃないか」
「そうですか…。まあ、そんなことは置いといて今度一緒に行きたいところがあるのですが、よかったらいきません?」
「それはいいが、その行きたい場所とはどこだ?」
「それは…」
ウォーリーが言いかけると突然耳鳴りがして、この世界から離れていくような感覚に襲われた。夢から覚めるのか!?
「待て!俺にはまだ彼女と話したいことが」

「ウォーリー!ってあれ?」
朝目が覚めると、オレは身体中汗でびっしょりになっていることに気づいた。
「オレと行きたい場所…!そこってどこだ!」
オレはウォーリーが言いかけた行きたい場所のことについて必死に思い出そうとしたが、結局無理だった。
「クソ!オレは忘れっぽすぎる」
朝から嫌になるようなことばかりだが、悲観することばかりではない。
目が覚めたら、オレの脚が思い通り動くようになっていた。
「やったぞ…。脚が動く!これで作戦に参加できる!」
オレは飛び跳ねながら喜んだ。こんなに脚が動くことに幸せを感じたことはない!何より嬉しいのは、作戦に参加できることだ。
早速作戦本部に向かおう!オレは待てない。
オレはすぐ制服に着替えると、部屋の扉を開けた。すると食事を持って部屋に入ろうとするエリーとぶつかりそうになった。
「に、兄さん!?」
エリーは制服を着て出て行こうとするオレに余程驚いたのか、食事を全部こぼしてしまった。
「あ!すまん…。大丈夫か?熱いものは…」
「大丈夫かってききたいのは私だよ、兄さん!」
エリーはオレに向かって怒った。エリーは今まで一度もオレに怒ったことがなかったので、オレは何か悪いことしてるんじゃないかとつい思ってしまった。
しかしオレはどんな悪事でも、ウォーリーを助けるためならやると決めたのだ!妹だろうと邪魔させるわけにはいかん。
オレはそこらへんを飛び回って見せた。
「大丈夫だよエリー!ほら、脚だってこんなに動くし、昨日ダンベルで鍛えたからって、エリー?」
オレが必死に身体の機能が回復したことを証明しようとしているうちに、エリーは静かに泣いていた。
「兄さんは他人のことばっか考えて…。少しは自分のことも心配してよ!お医者さんは兄さんは驚くべき回復力だって言ってたけど、まだまだ身体に毒が残っていることぐらい私にもわかるよ」
エリーは必死に訴えた。オレの心はさらに締めつけられた。
「ねえ、兄さんがそんなに無理しようとしてまで助けたい人って誰なの?それは必ずしも兄さんがやらなきゃいけないことなの?」
「…オレにとって大切な人なんだ。いや、この際はっきり言おう」
オレは深呼吸をするとエリーに向かって言った。
「オレは彼女が好きだ。オレは今まで人を好きになったことがないからわからないけど、助けたいと思うんだ。一緒にいたいって思うんだ」
オレは誰かに自分の愛を示すことがどんなに勇気が要るかを理解した。ウォーリーもこんな気持ちだったんだろうか?
「だから、行かせておくれ。必ず帰ってくるから」
オレはそう言うと、玄関から飛び出した。
「あ!兄さん!」
オレはエリーを振り返りもせず、作戦本部に真っ直ぐ向かった。



マアラは女だ。だから俺が何発も殴るのは兵士以前に、男としてどうなんだってなる。だからなるべく殴る回数を少なくしたい。
「3発だ。これから3発でお前をノックアウトさせてみせる」
俺は拳を構えたまま言った。
「3発?」
「ああ、その代わりメチャクチャ痛いぜ?」
俺はそう言い終える前にまた真っ直ぐ彼女に向かって突進すると、そのまま顔を殴った。
「ッ!全く酷い人。3発だろうと女を殴る男は最低よ」
「じゃあカッコつけるために女に暴力をふるわず、大人しく殺されろってか?笑わせるな。男は女を殴らなければ根性なしと言われ、殴れば人でなしと言われる。世の中ってのは女にえらく優しいんだな!」
「そうは言ってないわ。でもあんた達兵士は大人しく死んでればいいのよ!」
マアラは注射器の針を俺に刺そうと何度も突いてきた。俺はそれを避けて次の攻撃に繋げようとしたのだが、マアラの攻撃の方が出が早く、結局避けてしまった。そしてまた攻撃しようとすると攻撃してくる。彼女は攻撃の隙を攻撃で埋めてると言っていい。
マアラが攻撃し続ける限り攻撃のターンはずっとマアラのままなので、どうにかしてこの悪い流れを断ち切らなければいけない。
このままマアラが疲れるのを待ってもいいが、ジーマの身体でどこまで避けれるかわからない。ならばいっそ、さっきと同じように防御を捨てた一撃を喰らわせるのも悪くなかろう。
…いや待てよ、それでは針を刺されて毒を注入される危険がある。さっきは運が良かっただけと言う可能性も…。
もし俺が毒に侵されても、彼女が解毒薬を渡すわけがない。いや、もしかしてセイントに渡したのが最後のやつかも。そうなればおしまいだ。俺は確実に死ぬ。俺はこのまま守ればいいのか?それとも攻めればいいのか?
どうすればいい、俺は。今この状況で何が正解なんだ?彼女に勝つには。
俺は一旦彼女と距離をとると、落ち着いて深呼吸した。
「フフ…。私におされて攻撃の間合いから離れるとは、さっきまで覚悟について熱くなってた男とは思えないわね」
マアラが憎ったらしく言った。
俺はその言葉を聞いて、笑うことしか出来なかった。
「覚悟か…。カッコつけるには良い言葉だ」
俺はそう言うとまた笑った。その瞬間、俺のなかの全てが決まってしまった。命懸けの戦いなのに、一瞬で決断してしまうとは我ながらおかしいと思った。しかしそれ以外に回答が思いつかないのであれば、進むべき道は一つ…。大丈夫さ。どちらが正解でも不正解でも、俺はきっと不正解を正解に変えることができる。
「決めたぜ。俺は男としてカッコのつく方を選ぶ」
俺はそう言うと、また思い切り彼女に向かって何の考えも無しに突っ込んだ。
そして俺が攻撃しようとしたその時、彼女は咄嗟に反応し、俺の肩に注射器を突き刺した。
「うお!?」
「貰った!」
マアラの顔は突然明るくなった。しかし彼女がどんなに勝利を確信しても、俺は決して諦めなかった。
「負けるかぁああああ!」
俺は拳に熱い魂を懸けた。自分の選択は間違ってないと、ノーガとマアラに証明するためである。力強く歯をくいしばって目を大きく開いた。
俺は拳をそのまま振り切り、見事彼女のこめかみ付近に重い一撃を浴びせることが出来た。バキッという音とともに彼女はそのまま6メートルぐらい吹っ飛び、ぐったりとしてしまった。
「ジーマ!毒は大丈夫か!?」
ノーガが走ってこちらに向かってくる。
「あ、ああ。どうやらあいつ、毒を注入する前に俺に殴られてたらしいな。彼女の注射器を見てみてくれ」
ノーガは急いで彼女の注射器を確認しに行くと、やはり毒は俺に注入されてないことが確認出来た。
「じ、ジーマ!お前凄いよ!本気で俺なんかよりスゲェよ!」
「たまたまさ。さて、さっさと拘束して作戦本部に持って帰るか」
俺が拘束するために彼女に近づいたそのとき、突然彼女は立ち上がり俺達を凄い目つきで睨みつけた。
「アンタ達…。本気で許さないから!」
「お、俺も!?」
ノーガは驚きながら言った。俺は気の毒だなと思った。
「私今、きっと酷い顔をしてる!私はグリズリー様から見放されるんだわ!」
マアラは涙を流しながら言った。どうやらこっちの方が気の毒だった。
「どれもこれもアンタのせいよ、ジーマとかいう奴!私はアンタを生かして帰さないから」
「フー…。そういや、俺はあと1発殴れるんだった。次ので大人しくなってもらうぜ」
そう言うと俺は拳を握りしめた。するとマアラはビクッと震えた。
「じ、じ、じ、ジーマ!?ダメだ、そんなこと!」
ノーガは慌てて言った。そして俺の腕に掴まるとはなさなかった。
「なっ、ノーガ!何をしてるんだ!」
俺はノーガを引き剥がそうと必死になって頑張ったが、彼は死にものぐるいではなさなかった。
「彼女はグリズリーに恋をしている!恋をしている女性をこれ以上殴るなんて最低だ!そりゃ2発目までのパンチは仕方なかったと俺も目をつぶろう。しかしお前が今から3発目を殴ることなど決してあってはならない!」
「そいつは敵だ!庇うんじゃない!」
「恋に敵味方などあるものか!」
「今は恋の話をしてるんじゃない!」
俺とノーガがしばらく揉み合いを続けていると、やがてマアラは力ない声で言った。
「もうやめて2人とも…」
「やめるだって!?このクソノーガ……って、え?」
俺はあまりに突然で、状況をしばらく理解出来なかった。
「私の負けだわ。特にノーガ…あなたの恋する女性を庇う気持ち、本当に感動したわ」
マアラはおっとりとした口調で言った。
「じ、じゃあ、何も抵抗しないで俺達についてきてくれるか?」
ノーガは緊張しながら言った。するとマアラは黙って頷いた。
「良かった〜!」
ノーガは凄く感激したようであったが、俺には彼女が何故急に大人しくなったのかわかる。
彼女はただ、俺の一撃を喰らいたくなかっただけなのだ。彼女と目を合わせた瞬間わかった。
…殺し屋やってるとこういう人の本性がわかるようになるから、この状況みたいに俺だけ場の空気を読めない奴になりかねないので困る。

他の班員は、俺とマアラの決着がついてからしばらくして俺達3人を見つけてくれた。俺達はマアラを拘束した後、彼女を連れて作戦本部に戻った。
マアラを牢屋に入れると、俺とノーガはそのことを伝えるために尋問用テントに向かった。
「ジーマとノーガ、只今戻りました…って、え?」
俺がテントに入って直後に驚いたのは、何故かジョセフが制服を着てヴェイン班長と話していたからだ。
「よう、2人とも」
ジョセフは何事もなかったかのようにこちらを向いてニッコリ笑った。
「じ、ジョセフ!?大丈夫なのか、もうベッドから起きて!」
ノーガは心配そうな顔で言った。
「平気さ。エリーは信じてくれなくて必死に止めようとしていたがな」
ジョセフは俺達から視線を逸らしながら言った。まあ視線を逸らす理由もわからなくはないが、俺は来たからにはジョセフを心配しない。あいつもそれを望んでいるはずだ。
そうだセイントは!?セイントの姿が無い!セイントは生きているのか?セイントは毒を注入されて間もなく泡を吹き出したからマアラの作った毒が身体中にまわるのに確か時間はかからないんだ。解毒薬は効いたのか!?
「セイントは無事なのか、ジョセフ?」
「無事さ。そんなことより、セイントがやっとグリズリーの居場所を吐いた。2人とも、直ぐ作戦が開始できるよう準備しろと皆に伝えてくれ。それとノーガ、後衛を増やすから、メモに書いてある奴に準備するよう伝えてくれ。これからはヴェインさんに代わってオレが作戦の指揮をとる」
ジョセフはいつもよりはっきりした口調で言った。ノーガはメモを受け取るとポケットにしまった。
そうか…セイントに解毒薬は効いたのか。何より情報を聞きだせてよかった。



医者は治るまで3日と言っていたが、まさかオレがこんなに早く毒から解放されるとは。きっとオレの信念の賜物だろう。
ジーマとノーガが皆に、オレが言ったことを伝えに行くと、オレは別の場所に移されたセイントのところに行った。そして彼に質問した。
「グリズリーの弱点とか無いか?よければ教えてくれ」
「…弱点は特に無いヨ。だが奴はとんでもなく腕利きの殺し屋を雇っているヨ。自分の邪魔となる存在を消すためにネ。グリズリーより強いから注意したほうがいいネ」
「その殺し屋って…もしかしてハンターか!?」
「いやそうではないヨ。ハンターは奴の命を狙う側だヨ。ついてないよネ、よりにもよってハンターに狙われるなんて。現にあいつの部下はハンターに殺されているからネ」
そういえばそうだった。グリズリーをハンターが殺そうとしているところをオレが目撃し、ハンターは何故か逃げ出したんだ。…いったい何故?
まあそんなことは今どうでもいい。役立つ情報かどうかと訊かれてもどうかわからないが、とにかく些細な情報でも知れてよかった。しかしグリズリーが雇ってる殺し屋が奴以上の実力と言うとかなり厄介だな。
あ、そうだ。あいつらの幹部について情報を手に入れなきゃ。
「なあ、お前ら組織の幹部って一体何人いるんだ?」
「全員で6人だけど、そのうち3人はグリズリーから離れない奴らネ。私とマアラ、そしてその殺し屋が主にグリズリーから離れて活動する幹部ネ。さっきヴェインとかいう私にキツい拷問をしてきた奴は、この作戦開始以前はグリズリーの居場所はわからないけど、離れて活動する3人の幹部の居場所ならわかっているという状況だったって言ってたけど、他の3人の幹部の居場所がわからなかったのは当然だったて訳ネ」
オレは惜しみもなく組織の情報をベラベラと吐きだすセイントの姿にある意味感心した。
…セイントが何から何まで話してくれなかったら今頃マアラを拷問中か、3人目の幹部のもとに向かっていたであろう。
オレはセイントに感謝しなくてはな…。オレは女を拷問なんかしたくないし、1番ホッとしたのは実力者である3人目の幹部を捕まえに行かなくてよくなったことだ。きっと3人目の奴と戦っていたら、オレ達兵士側の犠牲者はバカにならなかったであろう。
「ヴェインさんが殴ったり蹴ったりしていたときは、お前グリズリーの居場所を吐かなかったそうじゃないか。何か理由はあるのか?」
オレはなんとなくきいてみた。
「失恋だヨ…。ノーガって奴が訊いてきたときは嘘を言おうって思ってたけど、もうどうでもよくなったヨ」
「…そうか」
どのタイミングで失恋したか分からないが、とにかくドンマイ。
「ジョセフ!皆出撃準備できたってさ」
ジーマがオレに向かって言った。
「ああ、わかった。今いくよ」
そう言うと皆が待つ待機場所に向かった。



俺は馬に乗ると、隣にいる、ノーガのグウタラ号をチラッと見た。
「ジーマ、俺のグウタラ号って可愛いか?」
「なんだよいきなり」
俺は突然の質問に戸惑った。
「まあ、戦場に向かう兵士の馬なのに、グウタラしてるって中々可愛いとは思うけどな俺は」
「お前、この馬乗っちまったらそんなこと言えねぇぞ?そもそも兵士の馬なんだから他の馬と差があっちゃダメだろ」
ノーガはため息をつきながら言った。
「平等じゃないんだよ、この世界は!王家や地位の高い家に生まれた奴らは、楽で幸せな人生を送れるが、俺みたいな貧乏出身はこんな人生しか送れないんだ!不平等というのを身にしみて感じるくらいな!そもそもここはキリスト教の信者が多い国だ!なんで平等であるとか言っておいて平等じゃないんですか神様!」
「なんで馬の話から社会の話になって、最後は神様の話になってんだよ…」
俺はボソッと呟いた。
「なあどう思うよジーマ!俺の考えはおかしくないよな?」
「ハア!?俺に聞くかね?」
突然話をふってきたので、また俺は戸惑った。仕方なく俺は答えた。
「俺はキリスト教信者だって胸を張って言える立場じゃねえんだ。過去のこともあってな。でも人は皆平等って言うのは信じる。今は不平等に感じるかもしれねぇけど、過去は周りの誰よりも幸せだったり、未来は不幸だったり、長い人生というもので見てみると、人は今が不平等じゃないと平等ではないんだろうな」
俺がそう言うと、ノーガは納得したように頷いた。
「…そうだといいなぁ。今がこんな感じなら未来はきっと大富豪だぜ!」
そんな会話をしているうちに、馬に乗ったジョセフが先頭に立って作戦の説明をしようとしていた。
「作戦を説明する。グリズリーの居場所をセイントが教えてくれた。場所はサン・ジェリーから少し離れた灰色の建物だそうだ。中々広い建物らしいから前衛を少なくし、後衛の列に4人ほど増やそうと思う。新たに後衛を担当するようになった者には事前に伝えておいた。後衛は横一列に並んでノーガの合図があり次第一斉に発砲しろ。前衛はとにかく突っ込んで、出来るだけ多く敵を倒すようにすること。危なくなっても後衛がきっと助けてくれるから心配するな。これで終わりだ。準備はいいか?」
ジョセフは周りを見渡すと準備万端であることを確認した。
「出撃!!」
ジョセフがそう叫ぶと皆目的地に向かって馬を全力で走らせた。



オレ達はセイントの言っていた、サン・ジェリーから少し離れた、灰色の建物に辿り着いた。
朝10時くらいなのに、ほとんどの窓がカーテンを閉めてあり、建物に近づいただけで気分が悪くなるほどの臭いがした。たったそれだけでも容易に、この建物から放たれる異様なオーラを感じとることができるのが、恐ろしいところだ。
オレは建物のドアに鍵がかかっていることを確認すると、持参したピストルでドア鍵を撃った。
「行くぞぉおー!!」
オレが叫ぶと皆も思いきり叫んだ。それと同時にオレを含む前衛が一斉に突撃しだした。
建物に入ってくる、とてつもなく大きな足音にグリズリーの下っ端が気づいた頃には、班員全員が建物に入っていた。
後衛が列を作っているうちに前衛は、慌てて武器を構えようとする下っ端に襲いかかっていた。
辺り一面に血が飛び散り、下っ端の悲鳴は、その場を揺らすように響いた。
オレは大人数で一気に攻めてくる雑魚を、剣で流れるように全員斬り伏せた。
後衛はノーガの合図で一斉に発砲し、一気にグリズリーの下っ端を撃ち殺した。
オレは少し手強そうな奴に飛びかかると、剣を互いにぶつけ合った。そいつを倒すためにその場の戦いに集中し過ぎたから、当然後ろの注意は甘くなる。そして、その隙にグリズリーの下っ端は、オレを背後からナイフで切りつけようとしていた。
「しまっ…」
オレがそれに気づき、顔を蒼くした瞬間、突然トマホークが横から飛んできて、下っ端の頭を割った。
オレは今相手している奴を、隠し持っていたナイフで刺し殺すと、トマホークが飛んできた方向を向いた。そこにはジーマが拳でひたすら殴り続けている姿があった。ジーマはアッパーで相手を行動不能にすると、オレに向かって叫んだ。
「ジョセフ!ここは俺達に任せて、お前はウォーリーを助けに行け!」
「ジーマ…」
オレはジーマが行けと言っても、急に皆のことが不安になったので、皆の顔を見渡した。
班員の全員が無傷ではない。皆は死ぬかもしれないという戦いに勇気を持ってのぞんでいるのだ。ならばオレも班員にこの場を任せるという勇気を持つべきだ!全ては彼女を助けるために。
「すまない、皆!ここは任せたぞ!」
オレはそう言うと、ウォーリーを探すために、血まみれの戦場をあとにした。

オレは彼女を見つけるために部屋を、一部屋ずつ探しまわった。
「ウォーリー!?ウォーリー!」
オレは何度も彼女に呼びかけた。しかし返事がないから、ひょっとして彼女は、もう死んでるんじゃないかという思いが、脳裏をよぎった。するとオレはさっきよりも声を大きくして彼女に呼びかけるようになった。
そうしているうちに、一階の最後の部屋に着いた。オレはドアを開けると、また彼女に呼びかけた。
「ウォーリー!」
「隊ちょ…う…?」
…!今かすかに女の声がした!どこかで聞き覚えのある声。まさか!
「…ウォーリー!?」
オレは感動のあまり涙を流してしまった。オレは彼女の姿を思い浮かべながら、声がした方に走って向かった。すると突然ひどい臭いがした。鼻をつくような刺激臭や何かが腐ったときの臭い、そして何と言っても生臭い臭いが、そこらじゅうにしていた。
オレは、裸の状態で拘束されて身動きのとれない女を見つけた。女の右目はえぐり取られており、髪はグリズリーに引っ張られたのか、ところどころ薄くなっていた。身体中のいたるところに切り傷があり、腹からは内臓が覗いていた。女の股間からは血が出ており、グリズリーからよほど無惨なことをされたのであろう。
その女を自由にするため、手錠を外そうとしたそのときだった。
「隊長…」
突然女がオレに向かって言った。
「え…?そんな、まさか」
オレは思わず後ろに退がってしまった。
目を何度も擦って確認したが、彼女とは似ても似つかない。そんなわけないとオレは自分に言い聞かせたが、それでもオレの額からは冷たい汗が流れていた。
「助けに来てくれたんですね…、隊長」
女が力ない声で言う。
この声はやっぱり…。確かに彼女とは別人くらい似ていない。それでもこの女は…。
オレの目から涙が、一層増して流れ出した。
「お前は、ウォーリーなのか?」
オレが静かに質問すると、彼女は黙って頷いた。

いつの間にか天候は荒れていて、雨が外を濡らした。
オレはショックで頭の中が真っ白になった。本当はこんなにボロボロにならなくてよかったのに…オレが油断したから、ウォーリーはここまで傷つけられた。そして取り返しのつかないことまでに発展してしまった。
「ウォーリー…遅くなってすまん」
オレは彼女の目を見て話せなかった。彼女は無理に笑ってみせようとした。
「怪我がひどい。とりあえず応急手当しないと」
オレはポーチから消毒と包帯を取り出した。すると彼女が涙を流しながら言った。
「もう、いいです」
「なんだよ、消毒が怖いのか?そんなこと言ってられる状況かよ。それにらしくないじゃないか、お前が怖がるなんて」
「そうじゃないんです」
彼女が疲れきった顔でこちらを見た。彼女の目からは輝きが失われていた。
「私わかるんです。私がもうすぐ死んでしまうってこと」
「え?」
今彼女はなんて言った?死ぬ?ウォーリーが死ぬのか!?
「お、おい、冗談なんて言うなよ。どうせまたオレをからかってるんだろ?なあ」
「隊長…!私」
彼女のえぐり取られてない方の目から涙が溢れ、身体は小刻みに震えていた。
「嘘だ…死ぬな!お前のために何人も死んだ!お前はその犠牲を無駄にするのか!?」
オレがそう言うと、ウォーリーは首を横に振った。
「なら…」
「ごめんなさい…。私のために死んでくれた皆さん」
彼女は本当に悔しそうだった。表現しきれないような想いが、彼女の心を揺らしているのだろう。
オレはそんな彼女の唇に軽くキスをした。すると彼女は突然だったからか、すごく戸惑っていた。
「それがこの前の返事だ。待たせちまったな」
「嘘…!私の唇は汚いのに、綺麗な頃の私は拒んだのに…」
「違う!」
オレは咄嗟に叫んだ。彼女は少し希望を取り戻した表情でオレを見た。
「オレはいつの間にかお前が好きになってた。でもそれを認めることが出来なかった!オレは恋愛について何も知らなくて、もしかしたらこの関係が壊れてしまうんじゃないかと恐れていたから。でもお前が愛してくれていることを知って、オレは好きでいていいんだって気づいた!お前が汚れているとか関係ない。オレが好きなのは綺麗なお前じゃない。お前自身だよ、ウォーリー」
オレは心に収まっていた自分の感情を全て吐き出した。すると彼女は自然な笑顔をオレに見せてくれた。
「私、こんなに幸せになれたのは初めてかもしれません」
「これからも幸せにするさ、きっと。だからウォーリー、君のためじゃなくていいから、オレのために生きてくれ」
「それが出来たら私…」
「…そうか」
「ごめんなさい」
ウォーリーの呼吸が荒い。そろそろなのか?
「隊長…」
ウォーリーはオレの名前を言うと、もう一度オレの唇にキスをした。すると彼女から温かい光が、オレを伝わってきて光りだした。
「これは、ライトフォース!?お前の…」
ウォーリーから放たれるライトフォースは、オレ達2人を静かに包み込んだ。やがて、ライトフォースはオレの身体の中に入っていき、彼女の光は徐々に消えていった。ウォーリーの身体は枝のように細くなっていき、彼女はとても苦しそうだったが、彼女は心の底から笑っていた。
「ずっとそばにいます…。隊長」
「ウォーリー…!」
彼女の涙が床に落ちると、ウォーリーは間もなく息を引き取った。



「クソッ!どんなに倒してもキリがない。こういう暴力集団てのは普通、こんなにいるもんなのかね」
ノーガはウンザリとした口調で言った。奴らがとんでもない数でくるから、俺達班員の戦える人数は、少なくなっていた。幸い死人はでてないそうだが、それもいつまで続くか…。
「なあノーガ、1度重傷者を外に運んで、応急手当しないか?」
「はあ!?何いってんだよ、ここで逃げたら男じゃねえ!」
ノーガは汗を流しながら言った。既に後衛の列は崩れ、前衛の側にいて援護するという感じになっていた。
「このままじゃ、重傷者がマズいだろ?俺が1人で時間を稼いでやるから、まだ戦える奴も一旦重傷者を連れて退け!」
「ダメだ!それじゃあお前が死んでしまう。今日と昨日の活躍で忘れていたが、お前の兵士の成績はビリだったじゃないか。そんな奴にこの場を任せるわけにはいかない」
「ビリだからだよ、ノーガ。俺には奴らの気をひきつける秘策があるんだ。どうせこんな奴死んでも、何か変わるわけでもなかろう」
俺は真剣な眼差しで、ノーガを見た。
「…わかった。でも1つだけ納得できない」
ノーガもまた、引き締まった表情で言った。
「お前が死なねえってなら納得してやる。お前が死んで悲しむ奴がいるってことを忘れるな」
「…わかった、死なないよ。だから重傷者を連れて建物から出ろ」
俺がそう言うと、ノーガは、まだ動ける班員に重傷者を運ばせて外に出た。
「フフフ。どんな策があろうとこの数を一気に相手するのは不可能だ。死なない約束じゃなかったのか?」
グリズリーの下っ端が憎たらしく言った。
「言ってな。俺にはとんでもねぇ策があるんだぜ。時間稼ぎとか言っちゃったけど、本当はお前らを皆殺しにするつもりだったんだ」
俺はそう言うと、リュックサックから鉈を取りだした。
「ハンターに化けるって策だ。アホでも考えつく、とんでもねぇ秘策だろ?」



ウォーリーが死んだ。ただ1つ、オレにライトフォースを託して。
生きててほしかった。もっと一緒にいたかった。でもそれは叶わなかった。
この溢れ出る涙が、大切な人をうしなった涙だと知ると、同時にオレは、ウォーリーを助けられなかった負け犬だということも知った。
畜生…!畜生!畜生!畜生!
「畜…生!」
オレは床を殴りながら、1人で呟いた。
「あれ?死んじまったのか。またヤろうと思ってきたのに」
突然背後から声がしたのでオレは振り向くと、そこにはロープを持ったグリズリーがいた。
「グリズリー…!」
「お前は…この前戦った、隊長だったかな?」
「そうだ。お前がウォーリーを殺したのか?」
オレは怒った。怒りがこみ上げ過ぎて、表情や言動から相手に上手く表現できないほどに。いや、これはもう怒りではないのかもしれない。
これは殺気だ。怒りを通りこした先にある感情。オレはきっと、こいつを殺す。そう思った。
グリズリーは背後に手を組みながら、必死に何かを動かしながら言った。
「ウォーリーだっけか?美人だったなぁ。多分、俺がヤった中で最高に。だけど1つ気に入らないことがあってな。あいつ、俺がどんなに責めてもカワイイ声出さずに、隊長ってばっかり叫んでた。お前をだよ、隊長」
グリズリーはキツい目つきでオレを睨んだ。
「だから虐めてやったよ。無惨なほどに」
「…そうか」
オレは静かに言った。
「彼女は最後、本当に幸せそうだった。そしてオレにライトフォースを託してくれた。ありったけの正義を、オレに」
「それがどうしたんだ?」
グリズリーは気の抜けた声で言った。
「悪を裁くのは悪でも、被害者でもない。正義だ。だからオレは、彼女をうしなった被害者としてではなく正義として、彼女から貰った正義をもってお前を裁くよ、グリズリー」
オレは剣を抜いた。すると荒れていた天候が、またさらに荒れはじめ、雷が落ちた。オレが剣を構えると、グリズリーも剣を抜いた。
すごい…。こんなに剣を握った感じが違うなんて思わなかった。剣に使われているライトストーンが、溢れ出るライトフォースを力に変えてくれている。一緒に戦ってくれるのか、ウォーリー。
「くだらん。俺を裁くだと?この前あっけなく俺にやられたお前がか?笑わせるな」
「お前を笑わせることなんか一言も言ってないさ」
俺は一気に間合いを詰めると、彼の喉元に向かって思い切り突いた。グリズリーはそれを咄嗟に受け流すと、オレと少し距離をおいた。
「なんなんだ、そのスピードとパワー!これが正義なのか?」
グリズリーはひどく怯えた表情で言った。
「グリズリー!お前がこれから味わうのは、紛れもない生き地獄だ!お前が人々に与えてきた絶望だ!」
「正義が絶望によって悪を裁くか!?」
「今まで散々、人を傷つけておいて何をいうか!」
オレはひたすらグリズリーに攻撃した。彼はそれを全て防ぐのだが、彼の顔は恐怖で引きつっていた。
オレが攻撃をやめると、彼は一心不乱に剣を振り回したが、オレはそれを受け流してバランスを崩すと右肩を斬った。切断までには至らなかったが、大ダメージを与えることができた。
「ッ!グゥア!」
グリズリーは素早い振りでオレを攻撃してきた。オレはその攻撃を受け流すことができなかったので、咄嗟に避けた。それでも腹にかすり傷ができた。
「こんな奴に俺は、負けん!本気で殺してやる!」
グリズリーはそう言うと、さっきよりも攻撃のスピードを上げた。しかしオレはそれを簡単に受け流し、また相手のバランスを崩した。その隙に足をひっかけると、相手をこかした。
「これで終わりだ…グリズリー」
「い、命だけは!」
「ダメだ…死ね」
「なんてな!死ぬのはお前さ」
彼はすぐ近くにあったロープを引っ張った。するとあっと言う間に、オレの左足首は縛られ、オレは床に叩きつけられた。グリズリーは不気味な笑顔でこちらを見ている。
なるほど、さっきは背後に手を組んでいたんじゃなくて、縄のトラップを作っていたのか。そしてそのトラップをオレに気づかれないように仕掛けたってわけだ。中々策士じゃないか。しかしバカはすぐ天才だと勘違いする。死ぬのはどちらかな、グリズリー?

グリズリーは、縄をとこうとするオレをおかまいなしに、引きずりまわした。
オレは引きずりまわされながらも必死に、ポーチにしまっている短刀を取りだすと、足の縄を切った。そして、その短刀をグリズリーに向かって投げると、縄でこかされた拍子に手から離した剣を拾った。
グリズリーは縄を手離すと、右斜め前に進むと左斜め前に進むというステップでこちらに近づいてきた。そのまま彼はオレにナイフを刺そうと振りまわして来たが、動きが単調だ。隙を見て斬ってやる!
オレは一歩退がると、グリズリーの攻撃に余裕を持って反応し、上半身をまわすことで攻撃を躱した。
「今だ!隙あり!」
オレはグリズリーが態勢を崩した隙に、剣を思い切り縦に振りきった。すると確かに肉を裂いた感触が、剣から伝わってきた。
やったか!?オレが確認しようと振り返ろうとしたそのときだった。
「ッ!?」
突然腹部に激痛が走った。この感覚は!ナイフだ!今でも覚えている。これと同じナイフでこれと同じ場所に刺されたことを!しかし、この前と違うのはそのダメージの大きさだ。オレが腹部を治療して間もない場所に刺してきたので、痛みも出血量も尋常じゃなかった。
「うああああ!!!」
オレはあっと言う間に顔を蒼くして悲鳴をあげた。そんなオレを見て、グリズリーは本当に嬉しそうだった。
グリズリーは少し距離をとると、そのまま笑いだした。
「う〜ん。イイ悲鳴だ!ナイスだよジョセフ!…でも、こんなものじゃなかったなぁ、あのウォーリーとかいう女の悲鳴は」
「クソッ!お前って奴は!」
オレはすぐ立ち上がると、グリズリーの方に向かって飛び出そうとした。しかし、今度は全身が重くなる感覚に襲われた。
「こ、これもまさか…!」
オレはこれも覚えている。これは…昨日までオレの身体を麻痺させてた毒だ!
「絶望の2段重ねだ!どうだ?緊急事態なのにもかかわらず、身体が動かないという絶望の味は?」
グリズリーが憎たらしく言った。
「ぐ、グリズリー!お前だけは、オレの手で必ず裁くと…」
オレはもう一度立ち上がろうとすると、今度はもっと全身の力が抜けて、地面にそのまま倒れてしまった。
ウォーリー、オレはもう…ダメかもしれない。ご…めんな。



「おいジーマ!助けに来たぞって…」
俺が下っ端を全滅させて休憩している途中に、ノーガが俺を助けに戻った。
「おお、ノーガか。遅えよ」
「これ全員お前がやったのか?」
ノーガは辺りに倒れてる死体を見て、驚愕した様子で言った。
俺は持ってきたパンをかじりながら質問に答えた。
「お前らが出て行ったあとは、敵が急に弱くなってよぉ。俺1人でも余裕だったぜ」
「だとしてもスゲェよ!おい皆、ジーマが下っ端を全滅させたってよ!」
ノーガが興奮した様子で皆に言うと、ぞろぞろと様子を確かめに入ってきた。
「どうせ何か姑息な方法で勝ったに違いないさ。なにせジーマだからな」
班員の1人が馬鹿にした口調で言った。
「な、なにを…」
「いいさ、ノーガ。俺は誰かに認められる為にやったんじゃない。お前らに楽をさせる為にやったのさ。たとえ姑息な手段を使っていたんだと言われても、大して気にならんさ」
そうは言っても俺は頭の中で、「多分姑息じゃないよな?」って考えていた。
しばらくして、ドシーンという大きな音が、建物に響いた。ジョセフか!?奴の身に何かあったのだろうか…。
「ノーガ、ジョセフのことが心配だ。一緒に奴の様子を見に行こう」
「あ、ああ。よし!行こう」
俺とノーガは、音のした方向に、急いで向かった。



グリズリーは本棚を倒すと、その本棚の後ろから毒のような物を取りだしてナイフに塗った。
…奴はジリジリと距離を詰めてくる。脚の力が抜けて、オレはもう立てない。
せっかくウォーリーに力を貰ったのに…。すまないと謝れば、彼女は許してくれるだろうか?ハハ…無理だろうな。
彼女はきっとオレを憎むだろう。でもすまない…!オレはもう、戦えない!
グリズリーはオレの近くで足を止めると、額にナイフを向けた。
「何か遺言はないか?」
グリズリーは静かな口調で言った。
「お前にも、今から死にゆく者の遺言を、聞いてやれるだけの慈悲があるのか?」
「いや、ただ絶望に打ちひしがれた者の最期の言葉ってどんなのかなって」
グリズリーは嬉しそうに言った。
「…個人によって違うだろうが、オレは今、死んでからのことしか考えてないよ。遺す言葉なんて…」
オレはぼーっとしながら言った。しかしその直後、突然ウォーリーの笑顔を思い出した。
「そうだな…。遺言ではないが、自分の今の気持ちなら話せるぞ」
「それは?」
グリズリーはニヤニヤいている。急にオレの目から涙が溢れてきた。
「ただひたすらに、悔しい…!何よりも彼女の笑顔を守りきれなかったことが!きっとこれかも笑えるはずだった未来を救えなかったことが!本当に…本当に悔しいんだ」
「そうか…。死ね」
グリズリーはナイフを振り上げた。
ああ、オレは死ぬんだ…。思えば悔いしか残らない人生だったな。オレは自分の人生を、与えられた一瞬のうちで思い返してみた。

ウォーリーがオレに告白している。ウォーリーの両親は、彼女を溺愛しているから、きっと自分達で決めた男と結婚させるんだろうな。でも、オレはそれでも嬉しかった。
人生最初で最後の恋、悪くなかったぞ。
オレはそのあと、ゆっくり目を閉じた。ありがとう、ジーマ、ノーガ、エリー。ウォーリー。
すると今度は、彼女が泣いているときの顔が浮かんだ。う、ウォーリー…。せっかくの美人が台無しだぞ。泣いてていいのか、お前は。泣いてて、いいのか…?

「いい訳ないだろ!」
オレはそう叫ぶと、剣を握ってグリズリーの腹に突き刺した。
「ッ!な、な、なにぃ!!」
グリズリーはひどく驚いていた。彼は後ずさりすると、その場で腰をぬかした。
「諦めていたよ。お前を倒すことを。でもやめた!オレはもう諦めない!今度こそお前を裁いてやるぞ、グリズリー!」
オレはグリズリーに向かって、大声で言った。グリズリーは顔を真っ青にして言った。
「ば、馬鹿な!あの毒は、体内に入ると身体が麻痺して動けなくなるはず!」
「変えたのさ、彼女がくれたライトフォースが、オレ自身を」
「これがライトフォースだと言うのか!?」
グリズリーが驚愕した様子で言った。
「さらばだグリズリー!あの世で皆に謝罪しろ!」
「く、クソ野郎がァー!!」
グリズリーの全身に汗がふきだし、彼の表情は恐怖に怯えていた。
彼はナイフでオレを突き刺そうと、真っ直ぐ突進してきたが、オレはその攻撃を横に躱して、グリズリーの両手を切り落とした。
「うわアアアアア!!」
「お前をこの世界から追放してやるぞ!グリズリー!」
オレは彼の顔面を殴って正面を向かせると、剣をしっかり握って、何度も何度も斬り刻んだ。
「ヤァーーー!!」
オレは思いきり叫んだ。ありったけの怒りを込めて。斬り刻んでいくうちに、やがてグリズリーは人の形ではなくなった。それでも斬り続けた。例え骨ごと粉微塵になったとしても構わず続けた。
2分後、彼は血と混ざり、液体のようになった。オレはふとウォーリーの方を見た。彼女の亡骸にも、グリズリーの血が飛び散っている。オレは飛び散った血を拭くために彼女に近づいた。
血を拭いたら、遺体を作戦本部に持ち帰るために彼女を抱き抱えた。すると、抱き抱えるまで気づかなかったが、彼女は少し笑っていた。最期は幸せだったのか?彼女に質問したくても彼女はもういない。するとさっきまで、戦いに集中しすぎて忘れていた悲しみが、急にオレを包み込んだ。
オレはその場にしゃがみ込み、堪えきれないほどの溢れる涙を流した。
「ウォーリー…!ウォーリー…」
オレは何度も彼女の名前を叫んだ。しかし、自分の声だけがその場に響き、あっという間にオレを虚しい静寂が包むのであった。



俺達がドアを開けると、とてつもない臭いが俺の鼻を突いた。ノーガは吐きそうなのを必死に堪えている。
奥にジョセフがいた。何か様子が変だ。
「ジョセフ!ウォーリーは?」
俺はジョセフに向かって大声で言ったが、無反応なのでもう一度言った。
「ジョセフ!ウォーリーは無事か?」
すると今度は反応した。ジョセフは、何やら抱き抱えてこちらに向かって来る。俺とノーガは顔を合わせて、首をかしげた。
ジョセフが抱き抱えていたのは、女性の遺体だった。何故だ?ウォーリーはどうしたんだ?
「あの、ジョセフ?ウォーリーは…」
「ウォーリーは死んだよ。こいつがウォーリーだ…」
ジョセフは暗い声で、そう言った。ノーガは非常に驚いていた。
「嘘だろ…!?なあジョセフ!」
ノーガはジョセフの肩を掴んだ。するとジョセフは肩を沈めた。
死んだのか…ウォーリーは。俺は他人が死んでも何も感じない奴だから、ウォーリーが死んでも別に悲しくはないのだが、ジョセフの表情は実に悲しそうだった。
「作戦は失敗した。本部に戻ろう」
ジョセフは出口に向かって、ゆっくり歩き出した。

本部に戻るとジョセフは皆を集めた。そして、その前でウォーリーを抱き抱えたまま、いつもとは違う静かな声で言った。
「この作戦の犠牲者は25人だ。ウォーリーが死に、作戦は失敗に終わった。でも彼女はオレにライトフォースを託してくれた。オレは死んでいった班員と彼女の分まで、しっかり仕事しなくてはならない。力ある者として。しかし、死んだ者の遺志を引き継ぎ、これまで以上に作戦に真剣になる必要があるのは皆も一緒だ」
ジョセフはひとりひとりの目を見て言った。そして視線をウォーリーの遺体に移すと、彼女の顔を見ながら言った。
「彼女のために、多くの兵士が勇敢に戦って死んだ。でも戦っていたのたは俺達だけじゃなくて、彼女だって必死に戦っていたんだ。だから…例えその勝敗が敗北だったとしても責めてあげるな。安らかに眠らせてやっておくれ…」
ジョセフは決して、皆の前では涙を流さなかった。しかし、皆気づいていた。あいつが1番辛いってことぐらい。

その日は王に仕える兵士達が最も絶望した日となった。歴史に残る、後味の悪すぎる結末。俺達はその後味をじっくりと味わいながら、2週間を過ごした。
2週間も経つと次第に兵士達の顔にも、笑顔が戻るようになる。今日は久しぶりに仲間と談笑したものだ。
しかし、依然ジョセフは心から笑っていない。俺達はジョセフのことが心配だった。
「そういえば今月の成績発表って、今日だったよな?」
仲間の1人が突然思い出したように言う。
「別に見なくてもいいさ。どうせ成績は上がってないんだし」
ノーガはつまらなさそうに言った。
「だけどお前とジーマは、ウォーリー奪還作戦に参加したんだろ?成績が上がってないわけないじゃないか?」
「確かに…。ジーマ、一緒に観に行こうぜ」
ノーガは俺の手を引っ張ると、成績が貼り出されている場所に向かった。
「ハー…。自分の悪い成績をわざわざ見るために歩かされるとは…」
俺は溜め息混じりに言った。
「そうヘコむなよ!1つや2つ上がってるかもしれないじゃねぇか?」
「どうかな」
俺は成績発表の紙を見た。するととんでもないことを発見し、驚愕した。
…び、ビリじゃないだと!?お、俺がビリじゃないなんて奇跡だ!
「お、おいノーガ!お前はどうだよ」
「俺はあまり変わってないかな。お前の方こそ何位なんだよ」
「それが見つからないんだよ。下の方を探してもなぁ」
俺は何度も繰り返し下の方を探したが、自分の名前が見つからなかった。
「下じゃないってことは…」
俺達は上の方を探した。あったぞ!俺は自分の名前を見つけると、順位を確認した。
「な、何位だった?」
ノーガが緊張した様子で言った。
「4位…!4位だ!一桁だァー!!」
俺は物凄く興奮した。ノーガは驚いているというより、俺の成長ぶりに恐怖しているような顔をした。
「す、凄いなー。めちゃくちゃ活躍したもんなーお前」
ノーガが感情のこもってない声で言った。
やったぞ!これでやっと、落ちこぼれ兵士は卒業だ。どんどん仕事が入ってきて、どんどん儲かるぞ!もう本業で貯めた貯金で食っていかなくてもいいんだ!いや、もしかしたらこっちが本業になるかも…。俺が殺し屋をやってるのは、グリズリーのように快楽を求めるためではない。全ては金儲けのためだ。しかし、殺し屋として活動するのはリスクが大きい。つまり殺し屋として働く必要がなければ、働かないほうがいい。アメリス王の暗殺依頼のときの貯金がまだあるし、俺には恋人がいるんだ。殺し屋は、しばらく休業になるかもしれん。いや、休業にすべきなのだろう、幸せをもっと追求したいのであれば。
「しかし、4位なのであれば、報酬も凄いだろう。仕事だって増える。お前はその金で何をしようってんだ?」
「まずは美味いものを、とびきり食べようかな。今週はずっと堅いパンだったし。そのあと、自分の気になっている小説を一気読みするんだ。で、最後にいつかエリーに渡す結婚指輪を購入するよ」
「順序間違ってね!?」
ノーガが突然ツッコミを入れてきたので、俺は驚いた。
「何か間違ってるのか?」
「…あのな!普通は最初に結婚指輪を買って、余ったお金で自分のやりたいことをするものじゃないのか!?余ったお金で買った結婚指輪なんて、エリーちゃんは欲しくねえよ」
「そうかなぁ…」
俺は首を傾げた。するとノーガの方向からジョセフが歩いてきているのが見えた。
「ジョセフ…」
俺は1人で呟いた。ジョセフはこちらを向いて、無理矢理作った笑顔を見せると、そのまま去った。
「あいつ本当に元気なくなったよなぁ」
ノーガが心配そうな声で言った。
「ウォーリーって奴は、ジョセフにとって、何か特別な存在だったのだろうか?なあ、ジーマ。お前、ジョセフやエリーちゃんから何か聞いてないか?」
「確かジョセフは彼女のことを、良きパートナーだと言っていた。よほど大切にしていたのかもな」
俺は物凄く気の毒な気持ちになった。そして自分の中で、ある決断をした。
「決めた。報酬金は、ジョセフを慰めて立ち直らせるために使う。例え俺達がウォーリーの代わりになれなくても、あいつの中で俺達が大切な何かになれるならそれでいい!」
「結婚指輪はいいのか?」
ノーガが面白そうな顔で言った。
「そうだなぁ…。ジョセフを立ち直らせたあとに、余ったお金で買うか」
「だから順序間違ってるって!!」



オレは今手元にあるウォーリーの遺品を、彼女の両親に渡すために彼女の実家に向かった。
ドアの前で落ち着いて深呼吸すると、ゆっくりドアをノックした。出てきたのは、彼女の父親のエレバーさんであった。以前、エレバーさんと会ったことがあるが、そのときと比べて今はげっそりと痩せていた。オレは申し訳なくて目を合わせることが出来なかった。
「隊長さんでしたか。今回はどのような件で?」
「その…遺品を渡したくて…」
オレは俯きながら、ボソボソと言った。
エレバーさんは、絵が部屋中飾ってある部屋にオレを招いた。
「凄い…」
オレは思わず呟いた。きっと有名な画家によって描かれたのであろう。影の表現がとてもリアルで躍動感があり、色づかいが素晴らしく鮮やかだ。一体誰の作品だろう。
オレが作品に見惚れていると、エレバーさんは自分の妻を連れて、部屋に入ってきた。ウォーリーの母親は敵意を持った眼差しでこちらを睨みつけた。
「紹介します。妻のフーレイです」
「初めまして。ハンター討伐隊隊長のジョセフです」
フーレイさんはまたオレを睨みつけると、エレバーさんに向かって言った。
「この人ですわね。ウォーリーを助けられずノコノコと帰ってきたという愚か者は」
フーレイさんは小刻みに震えながら言った。
「ウォーリーさんを救えなかったこと、本当に後悔しています。我々に出来る限りのことは全てやったのですが」
「では何故あの子を助けてあげられなかったんですか!?聞いた話によるとウォーリーは見るも無惨な姿だったそうですね。あの子がどれだけ苦しんだかあなたにわかるんですか!」
「わかりません。だから気がすむまでオレを殴ってください。あなたは知っているんでしょう?ウォーリーさんがどれだけ辛い思いをしたか。それならあなたが彼女が傷ついたぶんだけ殴ればいい。オレは何発だって受けてみせる」
オレがそう言うと、フーレイさんはオレに近づき、オレの頬を思いきり殴った。1発2発…とオレがボロボロになるまで殴り続けた。
「もうやめないか!」
黙ってその光景を見ていたエレバーさんが、フーレイさんの腕を掴んだ。
「はなしてください!まだ終わってないのです!」
「隊長さんは出来る限りのことはやったと言っていた。だから彼だって真剣にウォーリーを助けたかったのだ!私達に彼を裁く権利はどこにもない。だから…もうやめるんだ」
エレバーさんは拳を固く握り締めた。するとフーレイさんは突然ウォーリーのことを思い出したのか、涙を流しながら部屋を出ていった。
「すみません。うちの妻が」
エレバーさんが頭を下げた。頭を下げるべきなのはオレなのに…。
オレはこの落ち着いた雰囲気で遺品を渡すのがよいと考えた。オレはポケットから遺品を取りだすと、エレバーさんに渡した。
「これは?」
「彼女のハンター討伐隊バッチです。これぐらいしか今は準備できなくて…」
オレがそう言うと、エレバーさんは首を振った。そして、部屋中に飾られた絵を眺めながら言った。
「これらの絵は私とウォーリーが描いたものです。私は画家で、ウォーリーは才能のある子供でした。私としては彼女に画家になって欲しかったのですが、ジョセフ隊長に影響を受けたらしく、急に兵士を志すようになったんです」
「オレに影響を…?」
オレはこの前、夢で見たことと関係しているような気がした。なんとなく気になったので質問してみた。
「そのきっかけというのは?」
オレが質問するとエレバーさんは奥の部屋に入り、何か細長い布を持ってきた。
「あなたでしょう?このバンダナをあげたのは」
よく見るとどこか見覚えのあるバンダナだった。しかし、オレはこのバンダナについてよく覚えていない。なんだか懐かしい気持ちがしなくもないが…。
「よく教えてくれませんか?このバンダナのこと」
「いいでしょう」
エレバーさんは静かにそう言うと、ゆっくりと話し始めた。

あれはいつだったか忘れましたが、ウォーリーがまだ小さかった頃、あるとき悪いいじめっ子に暴力をふるわれたそうです。しかし、弱いものいじめを楽しむ彼の前に、バンダナを頭に巻いた少年が現れたのでした。そうあなたです。あなたはなんとかいじめっ子を撃退すると、泣きじゃくっている彼女に、勇気のバンダナと名付けられたバンダナを巻いてあげたそうです。それ以降彼女は、あなたを勇気溢れる尊敬すべき人だといきいきと語るようになり、あなたを何年後かに見つけたときは泣いて帰ってきましたよ。彼女はあなたが兵士になったことを知ると、彼女もまた兵士を志すようになりました。あなたはそれだけ憧れの人物だったってことです。

思い出した。あのバンダナのこと!恥ずかしいが誇らしい記憶だ。でも、この出来事がなければ彼女は死ななくて済んでいたかもしれない…。
オレはその後もエレバーさんと話すと、しばらくして自宅に帰った。そして着替えもせず、そのままベッドに倒れると、2時間ほど眠った。
オレはそのとき夢を見た。楽しくて心が晴れるような美しい夢だった。オレは起きてから何度も、それが現実だったらどれだけよかったかと思った。
オレの中で現実は絶望の連続で、醜い自分を鏡で見ているように感じるのだ。
教えてくれウォーリー。君のいない現実で、希望を見つける方法を…!



「グリズリーの最後の幹部のことについて知ってるか?」
ノーガが険しい顔で言った。
「ジョセフから聞いたよ。殺し屋だそうだな。…どうやら俺達の戦いは、まだ終わってないらしい」
「ああ。報酬が渡されるのはそいつを倒した後らしいからな。気を入れ直すのが遅すぎたな」
「時間は関係ないさ。今はそいつを倒して金を得る。それだけだ」
「…あまり金に執着しすぎるなよ」
俺の言葉を聞いて、ノーガは冷めた口調で言った。
「金にとらわれすぎると、本来の目的を見失っちまう。その事を忘れるなよ」
「わかってるさ」
俺はノーガが、何時ものようにふざけていないのに驚いたが、それだけジョセフを心配してるってことにすぐ気づいた。しかしノーガ、俺はお前の方が金にとらわれないか心配だよ。
「作戦の詳細は今夜説明されるらしい。お互い、それまではトレーニングして時間を潰していよう」
「ああ」
俺は返事をすると、ノーガと別れた。でも俺はトレーニングする気はなくて、貧民街にいるおやじのところに遊びに行こうとしていた。「おやじと楽しく話してるうちに時間がくるだろう」と、俺はどこまでも呑気な考え方であった。



オレは最近、隊に顔をだし、その日の作戦の内容を説明することだけしか、兵士としての仕事をしていなかった。
…なんとなく、その気になれないのだ。今まで一度もこんなことはなかった。国王につかえる兵士としての使命を果たすことこそが自分の役割だと思っていた。
しかし、ウォーリーが死んでから、オレは自分を見失った。いや、きっと自分を見失ったのは、彼女に恋をしてからだろう。それに早く気付けていれば、もっと彼女を大切に出来たかもしれない。
何故気付けなかったんだ!自分のことじゃないか…。
「ウォーリー、お前には今のオレがどう映って見える?」
オレはウォーリーに質問した。しかし、彼女はそこにいない…。返事を待っても、返ってこない…!

彼女は常にペンと手帳を持ち歩いていた。制服の胸ポケットに手帳を入れ、いつでもメモ出来るようにしていたらしい。しかし、オレは彼女がメモをとっているところなんて見たことないし、兵士として働いていく中でメモをとらなきゃいけない機会なんて、そうないだろう。オレはずっと不思議に思っていた。

彼女の遺品の1つを、実はオレが持っている。それは彼女の制服だ。
オレが彼女を発見したとき、彼女は裸の状態であったが、その近くに彼女の制服が投げ捨てられていたのだ。
…彼女の両親に渡すべきだろうか?オレは自分の部屋にある彼女の制服を眺めながら、ふと思った。
出来れば渡したくない。制服以外の遺品は、全部渡すつもりだが、この制服が近くにあると、オレは少しだけ彼女を感じることが出来る。おそらくそれは、オレが制服姿のウォーリーを、1番近くで見ていたからだろう。
「オレはダメだな…。本当は君の両親に渡すべきなのに。何故だかこの制服を見ていると、君を思い出すんだ。どんなことも、たった数分前のことのように」
オレはウォーリーの制服に触れながら独り言を言った。すると胸ポケットに妙な膨らみを感じた。これは…まさか!
オレは急いで胸ポケットに手を突っ込むと、中に入っていたものを取り出した。
「手帳だ…彼女の」
オレは震えた声でそう言うと、ウォーリーの手帳をゆっくりとめくり始めた。
彼女は案の定メモなんてとってなかったが、代わりにこんな文章が書かれてあった。

私の命は、もうすぐ終わります。でも、そのまえに隊長に伝えたいことが、いくつかあります。
まずは、ごめんなさい。あなたのことだから、例え何があっても私を助けに来てくれるでしょう。でも、きっと私は助からないから、無駄足を運ばせたことをここで謝罪しておきます。
2つ目は、ありがとう。あなたが私を助けてくれたあの日から、私はあなたが好きだった。何年経っても、例えあなたが私のことを忘れてしまっても、私はあなたが好き。今まで好きでいさせてくれてありがとうございました。

オレがウォーリーを助けに行ったとき、彼女は拘束されていて、いつこの文章を書いたのかは知らないが、この字は間違いなくウォーリーだ。
…力が抜けていく感じだった。彼女の想いが、オレの心を激しく揺らした。正面は涙で見えなくなり、手はブルブルと震えた。
「感謝するのはオレの方さ…!お前はオレに恋を教えてくれた。…こんなにも人を好きになったことはないよ、ウォーリー…!」
オレは掠れた声で必死に叫んだ。いつだってオレはお前に助けられて、お前と一緒に正義の為に戦っていたじゃないか!
「なんで、お前みたいな奴が死ぬんだよ…!おかしいだろ!」
オレはウォーリーとオレを引き裂いた運命を呪いながら言った。
文章にはまだ続きがあるそうだ。オレは震える手でもう1ページめくった。
オレはそのページの文章を読むと、思いきり目を開いて驚いた。
その文章は、オレがこの前夢で見たウォーリーとの約束のことについて書かれていた。
「これは…!?」
オレはすぐ、クローゼットの中にある私服に着替えると、手帳をポケットにしまった。そして、家から飛び出すと、手帳に書かれていた”約束の場所”に全力疾走で向かった。

隊長は忘れん坊だから、きっと私との約束を忘れてしまってるんでしょうね。そんな隊長のために、私が隊長と行きたかった場所の行き方をここに書いておきます。

まずは、トラミッコ広場に向かう。広場に着いたら噴水の正面から、向かって右側に曲がる。まっすぐ行くと森があるが、構わずそのまま進み続ける!
昼間だというのに、森の中はとても暗かった。でもオレは引き返さないで、彼女を信じてまっすぐ進んだ。
走り続けている途中、木の根に足が引っかかって、こけてしまった。
膝からは血が出てきて、身体中泥まみれになった。しかし、オレはすぐに立ち上がるともう一度走り出した。
何かを追い求め過ぎると、人は何かを失う。オレは彼女に何を求めたのだろうか。でも、今だけは何を失っても構わない。オレはオレの中にライトフォースとしていつまでも存在し続けるウォーリーと、一緒に辿り着きたいんだ!二人の”約束の場所”へ…。



ジョセフは人が思ってるより弱い。
だって奴は普段から皆に完璧を要求されるから、結果奴が傷つき、みるみる弱くなっていく。
でもさ、俺はそれでも信じてみたいよ。俺がジョセフに近づいたとき、溢れるばかりのライトフォースを感じた。自分のダークフォースが吸い込まれていくような感じだったから間違いない。おそらく、あのライトフォースはウォーリーの物だろう。人から人へフォースが乗り移るなんて聞いたこともないが。
俺は彼女がジョセフに渡したライトフォースが、奴自身を変えてくれると信じてる。奴をもっと強い男へと。



「ハァ、ハァ」
オレが走り続けていると正面から突然、光が見えた。オレにはそれが、この暗い森をオレとして、射し込む光をオレの希望に例えていると感じた。
「ハァ、ァァァァアアア!!!」
オレはその光めがけて余っている自分の体力を全部使ってダッシュした。
オレが森を抜けると突然暖かい光が、オレを包み込んだ。
「これは、日光…?」
オレは日光が眩しすぎて、一瞬目を瞑ってしまった。するとオレの心臓の鼓動が、さっきよりずっと速くなっていることに気づいた。この希望を受け入れることを、自分自身が拒んでいるのか…?オレは心臓に手をあてると、小さな声で語りかけた。
「ジョセフ…これはお前が今、1番拒んではいけない物だ。この希望には、愛があり、勇気がある。拒んではいけない、自分を好きになりたいのなら」
オレはそう言うと、ゆっくり目を開けた。この景色が例え何であっても、オレはそれを受け入れるさ。

「これは…!」

そこには辺り一面に花が隙間なく咲いていた。ここは花畑か?この花畑の壮大さは、おそらく誰もが虜になるに違いない。自分は花に興味がないのだが、この美しい景色だけはずっと見ていられるような気がした。
「綺麗だ…!ウォーリーはこれを?」
オレはしゃがむと、そこに咲いていた赤い花を抜き取った。いい匂いだ。
オレは立ち上がるともう一度辺りを見回した。オレは言葉に出来ないほど感動した。
しかし、オレは次の瞬間から前があまり見えなくなった。
「どうしたことだ!?」
オレはパニックになりながらも必死に考えを巡らせた。
「そうか…泣いているのだな、オレは」
こんな美しい景色の筈なのに、もっと眺めていたい筈なのに、何故だろう。オレの心は、もう希望で満たされてしまって、これ以上受け付けないそうだ。
これが彼女のお気に入りの場所。オレと一緒に行きたかった場所!
「ウォーリー…!ありがとう…!」
オレはそう言うと、声をあげて泣きだした。構わないさ、この花畑にはオレとウォーリーしかいないのだから。

オレはウォーリー奪還作戦で死んでしまった先輩方の墓に訪れた。
「こんにちは、先輩」
オレはそう言うと、さっきの花畑で摘んだ花を墓に1輪ずつそなえていった。
「すみません。オレはこの間から希望を失い、何もできてませんでした」
オレは1番お世話になった先輩に向かって言った。
「既に樽が溢れるほどの涙を流しました。本当にこの一週間は辛かった。だからオレの涙は枯渇寸前です。ウォーリーのために流す涙も、先輩のことをおもって流す涙も、もうありません。悲しみで流す涙は枯れてしまいました。だから、これからは嬉しくて流す涙しか流しません。きっとウォーリーもそれを望んでいる筈だ」
オレは立ち上がると先輩方に敬礼をして、その場を後にした。
嫌いだったさ、先輩方は。何があっても金のことしか考えてなくて。でもな、彼女のために皆が命を捨ててくれたんだ。感謝しないとな。

…まだオレ達の戦いは終わってなかった。
グリズリーの最後の幹部がまだいるのだ。終わらせてやる、こんな戦い。
今ある希望を忘れず必死に立ち向かえば、例えグリズリー以上の実力者が来ても上手くやれるよ、オレなら。



「ハンターさん、私名前を作りました」
貧民街のおやじがウキウキとした口調でいった。名前を作るって…。おかしな響きだな。
「そういえば、この前そんな約束したっけな」
「その名前なんですが…」
「うん」
「ハリソンっていうのは如何でしょう?」
無難だなぁ。俺は勝手に、もっと貧民街を脱けだすぞ!っていう希望に満ちた名前かと思っていた。
「ハンターさん、首を傾げていらっしゃるのは何故ですか?私的には良いと思ったのですが…」
「ん?ああ、首が傾いているのは、もとからじゃないか。俺も良いと思うぜ。ただ無難過ぎやしないか?」
「いいえ、いいんです。このハリソンという名前は、私が尊敬する人の名前なので」
おやじが照れくさそうに言った。
「そういうことね。その人はどんなことをした人なんだ?」
「ハリソンはかつて、500人もの兵士を1人で相手し、全滅させた最強の兵士として知られています。今は魔団帝をやっているらしいです」
「魔団帝?」
突然訳のわからないワードが出てきたので、俺は困惑した。何なんだその魔団帝ってのは。
「まさか魔団帝をご存知じゃないんですか!?」
「ああ、すまない。初めて聞いたよ、そんな言葉」
「魔団帝ってのは国王に次ぐ、国のトップ3の1人ですよ!?主に戦争時などの戦略のアドバイスを王にするっていうあの!」
「知らなかった…。そんなお偉いさんだったとは」
俺はそう言うと、ふと時計を見た。
「…もうこんな時間か」
俺はそう呟くと、立ちあがって荷物を持った。
「じゃあな、ハリソン」
俺はハリソンに向かって手を振りながら、その場を後にした。

俺はその後、グリズリーの最後の幹部を抹殺するための作戦に参加した。そこにはジョセフの姿もあった。俺とノーガは、ジョセフが立ち直ったことに歓喜したが、ノーガは大金の使い道がなくなっちまったと言っていた。だけどノーガの顔は笑っていた。
俺達は幾つかの班に分かれて最後の幹部をさがした。しかし、いつまで経ってもそれらしき人物は見つからず、結局夜があけて1日目は終了した。

「たくっ…!見つかるわけねえよ」
ノーガは非常に腹が立っていた。ぶつぶつ文句を言いながら、ゆっくりとのぼる朝日を眺めていた。
「どうしたんだよノーガ」
俺が少し呆れた口調で言うと、ノーガは鋭い目つきでこちらを睨んだ。
「どうしたもこうしたも、夜中にさがして見つかるわけないじゃないか!」
「そんなことはないぜ。殺し屋は暗くてよく見えない夜中に行動するって言うし、それに夜中は人通りが少ないから、怪しい奴を見つけやすいんだ」
「だ、だけどさ〜!」
ノーガはまだ何か言いたげだったが、俺はこれ以上ネガティヴな発言をさせないために、話を変えた。
「ノーガ、ジョセフを慰める必要がなくなった訳だが、この作戦が成功したとして、その金をどう使う?」
「あ、ああ。そうだなぁ…俺とお前とジョセフとエリーちゃんで、どこか飯を食いに行こう。美味そうな店を探しとくよ」
「いいな、それ。ジョセフとエリーには俺から誘っとくよ」
俺はノーガに笑顔を見せて言った。

最後の幹部については知らない事だらけだ。俺は牢屋にいるセイントのところに向かい、最後の幹部について知っている情報を全て聞き出そうと考えた。
俺はセイントの牢屋の前に座ると、早速彼に質問した。
「なあセイント、グリズリーの最後の幹部について知ってること全部教えてくれ」
俺は落ち着きながらゆっくりとした口調で言った。
「私は彼の名前を知らないヨ。それどころか顔も見たことがないヨ」
「ッ!?まさかそれだけじゃないよな!?」
「まさかネ。知ってることのほとんどはジョセフに伝えたヨ。でも、ついさっき思い出したことがあるヨ」
「それはなんだ?」
「彼のターゲットだヨ。グリズリーに依頼されたらしいネ」
「誰なんだ?そのターゲットとは」
俺がきくとセイントは少し視線を逸らしながら言った。
「何かの作戦の隊長さんネ。名前はジョセフだったかナ?」
「なんだって!?」
俺はその場で飛び跳ねながら驚いた。
まさかジョセフが!一刻も早く、このことをジョセフに伝えないと!
「ありがとうセイント!」
俺はそう言うと、ジョセフの家に向かって走りだした。



自由時間とは暇なものだな。ハンター討伐作戦と最後の幹部の抹殺作戦の時間が重なっているし、オレの仕事は仲間が気をつかって済ませてくれていたから、オレは何もすることがなかった。
こういう暇な時間を、以前までのオレは望んでいたんだがな…。今は働いていないと気が済まない。でもやるべき仕事もないから、しょうがなく今は家にいる。
トレーニングでもするか?でも今はそんな気分じゃないしなぁ。武器の手入れは?しかし、それはさっき済ましたしなぁ。…寝るか。身体も休めなくてはな。
オレはベッドで横になると、静かに眠りについた。



きっと最後の幹部はジョセフをさがしている!俺は一度もやったことないが、同業者だからわかる。例え依頼人が死んでいても、構わず依頼を成功させると殺し屋として信頼される。信頼されると依頼が増える。だからジョセフは狙われてるんだ!
ジョセフの家はトラミッコ広場から少し離れたところにある。俺はジョセフの家に向かうために、街中を全力疾走で駆け抜けた。

俺は多分、初めて人の死に恐怖している。あいつを殺させる訳にはいかない!ジョセフは、俺の大切な仲間なんだ!集落を襲われ、かつての仲間達が死んでしまったあの日から、俺がこんな気持ちになることはなかった。でも、今はそうじゃない。あいつが、俺を殺すための作戦の隊長であったとしても関係ない!
俺はジョセフに、今を生きてほしい!兵士だからって国のためでなくてもいい。俺やノーガ、エリーや兵士仲間など、お前を愛してくれる奴のために生きてくれ、ジョセフ!

俺が全力疾走で街中を走っていると、フードを顔の半分くらいまで深くかぶった男の肩にぶつかってしまい、俺と男はその場にこけてしまった。
「いってぇ…!」
俺はすぐ立ち上がると、男に向かって手を差し伸べた。
「すみません。急いでたもので」
「いえ、急いでたのなら仕方がない」
俺は男の手を引っ張った。男は俺の制服をジロジロ見ながら言った。
「その制服、ここらの兵士のものだ。…君はジョセフという男を知っているかね?」
「…ジョセフに何か用ですか?」
「ちょっとした届け物だよ。だが、住所がわからなくて困ってるんだ」
「それなら丁度いい!俺もジョセフの家に向かう途中だったんです。宜しければ案内しますよ」
俺は笑顔で言った。すると男の顔が少し明るくなった。
「ありがたい…!是非宜しく頼むよ」
「ジョセフの家はこっちです」
俺は男としばらく歩いた。男の口調は少し大人びた感じだが、声の調子はそこまで渋くない。
フードを深くかぶり、一見とても怪しいが、ぶつかってもすぐ許してくれたので悪い人間ではなさそうだ。
「こっちです」
俺は大きな建物と建物に挟まれた、薄暗く狭い道に向かって指を指した。
「なんでこんな暗くて、通りにくそうな道を進むんだ?」
「ジョセフの家までの近道なんですよ」
俺はそう言うと、その道をまっすぐ進んでいった。男もやや不安そうな表情を浮かべながらついてくる。
しばらく進むと、少し広い空間があった。俺はそこで足を止めた。
「ジョセフの奴、今殺し屋に命を狙われてるんです。その殺し屋の依頼主とやらは既に死んでいるそうですが、殺し屋というのは自分の信頼を得る為に殺す必要のない人間まで殺してしまいます」
「随分と詳しいのだな、殺し屋のことについて」
男は「へぇー」といった感じで頷いた。悪い人ではない。その筈なんだ!でも…
「とぼけないでいただきたいな」
俺は冷たくそう言い放った。男の表情が変わった。
「なんだと?」
「俺はアンタの手を引っ張ったときに、異常なまでの殺意を感じとった。そして、グリズリーの幹部、セイントは、グリズリーの最後の幹部はジョセフの命を狙ってるって言っていた。アンタはジョセフを探していて、さらには異常なまでの殺意も感じる」
俺は男を思いきり睨みつけながら言った。
「見つけたぞ、殺し屋!お前にジョセフを殺させはしない…!」

「……鋭いな。まさかこんなことでバレるとは」
男が溜め息を吐きながら言った。
「そうだよ、私が最後の幹部の、殺し屋だよ。君の大事な友達を殺すためにやってきたんだ。それで、君はそれを阻止したいと…?」
男はフードを脱ぎながら、面倒くさそうに言った。俺は黙って頷くと、少し後ろに退がった。
「そうか…。ならば死んでもらうよ…。私は仕事を邪魔されるのが嫌いでな」
男はそう言うと剣を抜いた。そして、獲物を狙う獅子のように、鋭い眼光をこちらに向けた。俺はその眼光を向けられて、少しブルッと震えた。

マズいなぁ…。俺、実は今マジで強がっている。そう、ただの強がりなのだ!自信ではない!
……俺だってめちゃくちゃ焦ってんだよ?だって、さっきセイントからジョセフが狙われているのを知って、急いでジョセフにその事をしらせに行こうと思って街中をダッシュしていたら、突然ジョセフのことを狙ってる殺し屋にバッタリ会っちゃうんだもん。驚きの連続で、イヤな汗が止まらない!
まあ、バッタリ会ったまではよかった。問題はそれから、ハンターになってチャチャっと終わらせるために男を人気のない場所に連れ込んだのに、俺はハンターになるための鉈を忘れちまった!
勝てるかなぁ?聞くところによるとこいつは、グリズリー以上の実力者らしいからな。グリズリーの実力がどれほどか知らないが、俺にはこいつのヤバさが分かる。
こいつの殺意は、間違いなく今まで俺が戦ってきたなかで1番強い。まあ、殺意が直接実力に関係するとは限らないが、その殺意から感じ取れる溢れ出るほどの自信が、こいつの実力を物語っている。

「ふっふふ…」
俺は1人で小さな声で笑うと、相手の方を見た。
おいおいジーマ、お得意のビッグマウスはどうしたよ?俺は自分に向かって言った。
俺がもしハンターの状態だったなら、こんな奴なんの問題もなく倒せるだろう。しかし、今の俺にはそんな力がない。もしかしたら勝てないかも…。そんなときは、ハンターとしての俺に勇気付けてもらうのだ。紛れもなく最強の殺し屋に。
………よし、行けるッ!この武器ならば!
俺は急いでリュックからトマホークを取り出した。…違う!これはライトストーンが使われてるやつだ。
俺はもう一度、暫くリュックの中を探すともう1つのトマホークがでてきた。そう、このトマホークは俺が貯金を使って鍛冶屋に作らせた特注品、オーダーメイドトマホークだ!
まあ、何が変わったかって言うと、ただ、ライトストーンの使われた兵士用のトマホークを模して、ライトストーンを一切使わず100%鉄で作ったってだけだけども、それでもライトストーンに邪魔されて使えなかったジーマとしての俺の戦闘能力がフルに使える!
これで堂々とトマホークで戦える。この前、拳で戦ってて、「あいつ、なんで兵士用の武器使わんの?」って囁かれてたからなぁ…。

「随分と何か考えごとしているが、そろそろいいか?」
殺し屋の男が呆れた口調で言った。
「待っててくれたのか?」
俺はあっけらかんな口調で言った。
「…待たんでいいのかと訊いている」
「え?あ、ああ。待たなくてもいい。もう腹はくくったからな」
俺は殺し屋の男と少し離れたところでトマホークを構えた。
「よろしい。では!」
男は剣を構えた。妖気に満ちた殺気が一層強くなった気がした。男と俺は、暫くの間睨み合った。俺はプレッシャーをかけるために前に一歩進んだが、男は微動だにしなかった。そしてまた睨み合う。

……?そろそろ間合いを詰め始めてもいい頃なんだが。もしかして俺の攻撃待ちか?なるほど、カウンターを狙っているのであれば、俺が攻撃しない限り奴はずっとあのままだ。この間に作戦でも練っていよう。
奴の剣は一般の剣と比べて、少し長いなぁ。超接近しないと、トマホークでは攻撃出来ないから、やっぱり相手の懐に入らなければなるまい。そうすれば奴の剣の長所を思いきり潰せる訳だし。しかし、問題はどうやって懐に入るかにある。…何も考えずにバカみたいに突っ込むか?それとも、慎重に間合いに入るか。それとも…

「参る!!」
次の瞬間、俺の目の前には奴がいた。
「え?」
俺には男の素早さに驚く時間は与えられなかった。俺は咄嗟に防御の構えをとって、男の攻撃を防いだ。
「クゥッ!」
クソッ、なんてスピードだよ!目にも留まらぬ速さで間合いに入ってきやがった。だけどな!
俺は捨て身の突進で一気にトマホークの間合いまで詰めたあと、自分が可能な限界の速さでトマホークを振った。男はその攻撃を右側に回避しようとしたが、完璧には避けきれず、右肩を少し斬った。
「…ッ!」
男は苦しそうな表情を浮かべた。俺はそれを見てニヤッと笑った。
そうだ!伊達に史上最強やってないんだぜ、俺は!ジーマの本来の強さがあるからこそ、ハンターの強さがあるんだ。
俺はその後も一方的に攻撃を繰り返した。間合いにさえ入れば長剣なんて恐くない!攻め続けるぜ、大胆かつ慎重に。
俺の一方的な攻撃に苛だったのか、男は力任せの攻撃をしてきた。俺はそれをヒョイっと避けると、男は剣に連れられて、前によろめいた。俺はその瞬間を見逃さず、一気に相手の背後に回り込んだ。
「もらっ…たあああああ!!」
男の首筋目掛けて俺はトマホークを力強く、でも素速く振った。

ガキン!!

俺は次の瞬間、一気に青ざめた。
「ふ、防いだ…!?そんなバカな!」
あいつは剣に振られたんだぞ!?咄嗟に首筋を防ぐことなんて出来ないはずだ!
いや、もしかして演技だったのか?俺を油断させるための。
男は俺の腹目掛けて思いきり後ろ蹴りした。俺はそれを真正面から受けて、痛みでよろけてしまった。男は長剣を振り上げると、俺の瞳を一瞬覗いた。長剣を振り下ろすと、俺はそれに合わせて横に転がり込むことで避けた。
「ハァ、ハァ」
お、男がいない!どこだ?どこに行ったんだ!?
俺は立ち上がると、周囲を見回した。バカな!いくら少し広いといっても、ここは路地裏だぞ!一瞬のうちに消える場所なんて…。まさか…!

「上だよ、少年」
「なっ…」
俺は咄嗟に避けようとしたが、既に男は着地し、俺の脚を斬っていた。かなり深く斬られたそうで、俺の脚に激痛が走った。
「あ、ああああ!!?」
俺は驚きと痛みで、思いきり叫び声をあげた。男はそんな俺を待たずして、次々と四方八方から攻撃してきた。俺はそれを必死に避けようとするのだが、完全には避けきれず、全身を斬られていった。
「あ、ああ…」
俺の声から力が失せた瞬間、俺はその場に倒れた。
男は歩いて俺の方まで寄ってくると、俺に長剣の先端を向けた。
「全く、君には驚かされっぱなしだよ。今まで、あれだけの攻撃を…まあ、完璧ではなかったが、避けた人はいないよ。まだ子供なのに間違いなく、私が戦ってきたなかで最強だ」
「…そりゃどうも。俺の方もそうさ」
俺は血まみれの状態で言った。
「あんた名前は?」
「名前?私の名前なんかきいてどうする?」
「ハァ…ハア、あんたを追うのさ!」
俺がそう言うと、男は笑い出した。
「ハハ…。まだ生きる希望を失っていないか…若さよのぅ。いいだろう、名前をきかせてやる」
男は少し笑みを浮かべながら言った。
「私の名前は…」

「キャー!人殺しィィィイ!」
突然、向こう側から悲鳴が聞こえた。そこには、40代半ばらしき女性がいた。
「ハッ!運のいい」
男は俺に向かって言うと、剣をおさめた。
「すまないが、私はここで退散させてもらう。人を殺すところを見られるのは苦手でな…」
「な、名前…」
「それもすまん。私が名乗るのは、依頼人かターゲットだけって決めてるんだ」
男はそう言うとどこかへ向かって歩きだした。
「さて、兵士の制服も覚えたことだし、同じ制服着てる奴らに、ジョセフとやらの居場所を訊いてまわるか」
男が呑気そうに言った。俺は言葉で言い表せないほど悔しくて拳を強く握りしめた。
「お、おい!大丈夫かい!?」
中年の女性が俺の方に駆け寄ってきた。
「はい…なんとか」
「深い切り傷だ。急いで止血しないと」
「あのぉ、気持ちは嬉しいけど、時間がぁ…」
俺は一刻も早く奴を追わなければならない。何があっても。
「今はあんたの治療が先だよ。ホラ!脚を見せなさい!」
ダメだ!治療なんかしてたらあっという間に奴はジョセフのところまで行ってしまう。
「すんません!勘弁してください!」
俺はそう言うと、痛みも忘れて走りだした。



オレは目を覚ますと、思いきりあくびをした。
あれ?しっかり寝ちまったなぁ。まあ、暇な時間を潰すにはよかった。
オレは窓際にある時計をみた。
「午後4時か…」
そろそろエリーが晩飯の買い出しから帰ってくる頃だろう。それまで部屋を掃除して待っていよう。

オレが掃除している途中、突然ドアがノックされた。
「エリーか?」
俺がドアの鍵をあけると、やはりエリーが晩飯の食材を持って立っていた。
「おかエリー」
「ちょっと!そんなしょうもないこと言ってないで手伝ってよ!これ重いんだからね」
エリーはそう言うと、食材を全部オレに押しつけてきた。
「お、おい。もうちょっとリアクションしてくれよ〜!自信作なんだぜ?」
「早く台所まで運んでよ。これからお仕事あるんでしょ?だから早めに作らないとね」
そうだったな。早めに飯食って準備しないと。
オレは食材を台所に置くと、もう一度自分の部屋に戻った。
ああ…暇な時間って、案外長いようで短いな。本当にあっという間だったぜ。
オレは晩飯ができるまで本を読むことにした。
いつ買ったけなぁ〜この本。あまり読む時間がなかったから、どこまで読んだか覚えてねぇや。オレはしばらく、その本を読み続けたが、内容をほとんど覚えてなかったため、あまり思うことはなかった。
「兄さ〜ん。ご飯できたよ〜」
向こうでエリーの声がする。飯の時間か。
「わかった。すぐ行く」
オレは本を机に置いて、ドアを開けようとした。

バキバキ!ガラガラ!

突然背後から、壁の崩れる音がした。
「!?」
オレが振り向くと、そこにはフードを深く被った男がいた。
「ッ!誰なんだアンタ!」
「私の名前はアストレ。殺し屋だ」
男はフードを脱ぎながら言った。
「は、ハンター?」
オレは咄嗟に質問した。
「いや、違う。私は私だ。すまんが、ある人からお前を殺すように依頼されてな。御命頂く!」
アストレと名乗る男は剣を抜いた。ヤバい完全にオレの命を狙っている!
け、剣は!?確か窓際に…。オレは窓際付近を見渡し、剣を見つけたが、全く喜べなかった。

クソッ!瓦礫の下敷きになっていて取り出せない!素手で勝てる訳がない。一体どうすれば…!
オレはなす術なく殺される自分をイメージしながら、必死に策を練ろうとするのであった。

「ちょっと!何の音!?」
エリーが急いでこちらに向かってくる足音がする。
「エリー!来るな!」
オレは大事で叫んだ。ドア越しに「えっ?」と聞こえた。
「オレは今、晩飯前の運動で忙しいんだ。悪いが邪魔しないでくれ」
「でも、壁の崩れるような音がしたよ!?」
「激しい運動なんだ。壊しちまった壁は明日直してもらうよう頼むから、今は来るな!」
オレは明らかに無理のある言い訳をしたが、エリーはその後ぶつぶつ文句を言いながら台所に戻った。
「さて、どうするかな?」
オレは正面に立っているアストレという男の方を向いた。アストレは長剣を構えながら、じっとオレの動きを待っている。さすがに素手では戦えないぞ?
下手に動くとマズイよな。だから剣を瓦礫から引っ張り出すっていうことは出来ない。壁が崩れた場所から逃げるか?いや、出来ない。あそこにはアストレが、オレを逃さないよう立っている。なるほど、あいつが動かないのは出口を塞ぐためか!
オレは背後に手をまわしてドアノブを握った。
脱出出来るか!?そうだ、奴が一瞬でもオレから目を離したら、その隙にドアを開けて逃げよう!そうすれば………って無理だよな。そんなことしたらエリーまで戦いに巻き込んでしまうかもしれない。それだけは避けたい!
……!どうすればいい?このピンチから脱け出すにはどうすれば…。



俺はジョセフの家に向かって、脚をひきずりながら歩いている。
「グッ!ジョセフの家がこんな遠くに感じるなんて!」
俺は1人で呟いた。脚を深く斬られ、1歩歩くだけでも辛かった。
俺はその様にして暫く歩き続けたが、突然脚からブチッというような音がした。その音が聞こえたと同時に、俺はその場に倒れてしまった。
……脚が限界か!しかし、今は諦められるときではない。殺し屋がジョセフを見つける前にジョセフに伝えないと。
俺は地を這いながら、必死に前に進んだ。
「あと少しなんだ、ジョセフの家まで!」
俺は自分の背中を押すように言った。



ダメだ…!何も策が思いつかない。オレは完全に包囲されている!今までに無いほどのピンチだ。奴はこちらの動きを観察しながら、じっとオレが攻撃するのを待っている。
…………?
いや待てよ?もしかしたら…、

一見絶望しかない状況である。
でも、これが。この時間が、オレを油断させるためのものだとしたら?
確かに人は時間が経つたび危機感が薄れ、油断してしまう。アストレはそれを狙っているのではないか?
ならば、オレがやるべきことは1つ…。

オレは相手に向かって拳を構えた。まともに拳で戦っても勝てない。でも、オレはこの戦いに勝つ気でいるさ。勝ってみせるよ。
オレはアストレと睨み合った。壊れかけた時計の針がチクタクと時を刻み続けること20分。
20分!?オレは時間とアストレ、どちらと戦ってるんだ?さすがに腕がつりそうになったので一瞬構えをといた。

「隙あり!」
「…!!?」
突然アストレがオレとの間合いを一気に詰めてきた。やはりオレの推測はただしかったんだ!
「待たせてくれたな、アストレ!」
オレは相手の攻撃を受け流して、アストレが守っていた壁の穴に向かって走りだした。
「グッ!しまった!」
アストレが顔を青ざめさせながら言った。
これを待っていた!奴はオレがこの狭い空間から脱け出させないように壁の穴を守っていた。でも、奴が攻撃するためにオレとの間合いを詰めてくるのであれば、穴は当然ガラ空きになる。その瞬間に脱け出すって作戦さ。
「考えが甘かったな、マヌケ!」
…とは言ったものの。依然ピンチであることには変わらない。だって逃げられる範囲が広がっただけだから。というか奴の間合いの詰め方、凄まじく速かった。オレが奴から逃げ切れないなんてこと、サルにだって分かるさ。
せめて兵士用の武器さえあれば勝敗はわからんが、無防備な今のオレに出来るのは、せいぜい時間稼ぎ程度。戦況は大して変わらない。変わったところと言えば、さっきよりも自由な動きが可能になったってところか…。
一応時間稼ぎはするが、その行為に一体何の意味がある?オレは深く考えてみる。
……そうだ!もうすぐオレの家に2人の兵士が作戦の迎えにくる!この前までウォーリーが迎えに来てくれていたアレだ。今日から、ウォーリーの代わりに2人の兵士がオレを迎えに来てくれることになったのだ。
きっとそいつらは兵士用の武器を持っているはず…。そいつに賭ける!とりあえず今は時間を稼ぐんだ!

オレは部屋から脱け出すと攻撃を受け流しやすい構えをとった。
アストレもオレに続いて部屋から出ると、俺に向かって、もう一度構えた。
しかし、今度はさっきのように静寂な時間は作らず、一気に間合いを詰めてきた。
さすがに同じ手は使わんか…クソッ!
オレは間合いから離れようと、少し後ろに退がったが、オレの移動に合わせて、アストレも同時に前に踏みこんだ。
ここで、さっきまで必要性があまりなかった、アストレの長剣が役に立った。奴の剣は中途半端に後ろに退がったオレを遠間から斬っていこうとする。
オレは攻撃を避けようと右側に踏みこんだ。しかし、アストレはそれをよんでいたのか、それとも咄嗟に反応したのか分からないが、剣の軌道を変えて、オレが避けた先でも攻撃が当たるようにした。
オレは攻撃に反応できず、横腹に深い切り傷を負った。そして、痛みでオレの気が一瞬それた瞬間を奴は見逃さなかった。アストレは次にオレの右肩を狙った。オレはその攻撃をギリギリのところで避けたが完璧ではなく、右肩の肉が縦に少し削がれた。
クソッ!なんて奴だ、コイツは!このままじゃ、あまり長い時間なんて稼げない。頼むから早くきてくれ!



「……ジョ…セフ!」
俺は地を這うようにして、何とかジョセフの家の近くまで辿り着けた。
待ってろよジョセフ。俺が…。
しばらく進み続けると、俺は目を疑うような光景を目の当たりにした。
「あいつはさっきの!?俺がもたもたしてる隙にジョセフと戦っていたのか!」
しかし、俺が1番驚いたのはそこじゃない。なんとジョセフは奴と素手で戦っていた。いや、正確には攻撃から逃げていた。
何故武器を使わないんだ?あのままじゃもって3分、いや2分。何か武器を使えない理由があるのか?
……ッ!今はそんなことどうでもいい!
早くジョセフを助けないと。でも、どうやって…。
俺はもう一度、脚の傷を見た。今の俺じゃあ、ジョセフを助けるどころか、足手まといになるだけだ。でも、何としても助けたいんだ!
考えろ!何かないか!
俺は頭をフル回転させて、助ける方法を考えた。
……そうだ、これなら…!



「…ッ!」
俺はアストレの攻撃を後ろに退がることで避けたが、バランスを崩して倒れてしまった。
「フゥッ…」
アストレは短く息を吐いて、オレが倒れている隙に間合いを一気に詰めてきた。

分かっていたさ、こうなることは。ライトストーンの無いオレの実力はこんなもんさ。それに加え、相手はめちゃくちゃ強い殺し屋、何もおかしくないじゃないか。
……ただ、こんな状況にオレが希望を求めたのがバカだった。おかげで今は、

死ぬのが恐い。

でも、これも運命。エリーがこの戦いに巻き込まれなかっただけでもよかった。
さようなら、ヴェインさん、ノーガ、エリー、ジーマ…。

「バカヤロー!!」
「え?」
オレとアストレは誰かの声がする方を向いた。しかし、そこには誰もいなかった。
幻聴か?オレはもうそこまで…いや、それにしてははっきり聞こえたし、何よりアストレも声の主を探している。
「ここだぜ!ジョセフ!」
この声は…ジーマ!
オレが下を向くと、そこには血だらけで蛇のように地を這っているジーマがいた。
「ジーマ!?何故ここに?」
「…そんなことどうだっていい!お、お前のことだから、多分今から死ぬって状況でも、運命だからしょうがないって決めつけるに違いない!」
ジーマは痛みに耐えながら、必死そうに俺に伝えてきた。
そうさ、運命なのさ…。だから受け入れるしかないんだ。もう、放っておいてくれ…!
「バカなこと考えてんじゃねぇ!」
「え?」
「俺とお前、2人が一緒なら、どんな状況でも希望はあり続けるとは思わないか!?そうであってほしいと思わないか!?だから探すんだよ、希望を!」
「何を言って……」
オレが言いきる前にジーマは、リュックに手を突っ込むと、兵士用のトマホークを取りだし、オレに向かって投げた。
「2人いればなんとかなるさ。なあ、こんなところで終わる俺達じゃねえだろう!?」
……ッ!衝撃が走った。
「…そうだな。こんなところで終わる訳にはいかんよな、ジーマ」
オレはトマホークをキャッチすると、立ちあがってアストレに向かって構えた。
「アストレ!」
オレはただ呆然と立ち尽くしているアストレに向かって叫んだ。
「オレ1人じゃ、きっとお前に勝てなかった。…仲間というのは、いいものだな」
オレの言葉を聞いて、アストレは笑った。
「フフ…まるで自分が既に勝ったみたいな言い方するじゃないか」
「ああ、そうだよ…!」



次の瞬間、ジョセフは男の背後に立っていた。
「な、なにぃ!?」
「オラァ!」
ジョセフは男の首筋目掛けて、トマホークを振り下ろした。殺し屋の男はその攻撃を防ごうと、必死に首を守った。
…ダメだ!さっきの俺と一緒の状況に立たされている!俺の敗因ともなった場面。どうするんだ、ジョセフ。
ジョセフの攻撃は俺の方からは、完全に防がれたように見えた。
「危ない、ジョセフ!」
俺の額からはイヤな汗が流れた。しかし、ジョセフ達の方はそんな状況でもなかったらしい。
「グェ…」
殺し屋の男の背中から血が噴き出た。その血はジョセフを真っ赤に染めていく。



アストレは荒い呼吸をしながら、剣をがむしゃらに振ってきた。オレはその攻撃をスルッと受け流すと、今度は脇腹を斬った。
「グッ…!急に強くなったぞ!一体、何が起こったと言うのだ!?」
「そうだな、知る由もないよな。オレがこの十数日、どんな相手と戦って、どんなことが起きたか」
オレはグリズリーとの戦いを思い出しながら言った。オレはあの戦いで、沢山のものを失った。自信、誇り、先輩方、ウォーリー。でも、オレはその分強くなれた。あいつがいてくれたから…。
ありがとう、ウォーリー。お前から貰った力、今ここで役に立っているぞ!
オレは何度も攻撃を繰り返した。アストレが悲鳴をあげながら、必死にオレの攻撃を止めさせようとする。
「無駄さ。今のオレは、オレ以外止められねぇ!」
「う、嘘だぁぁあ!!」
アストレが悲痛な叫び声をあげた。しかし、オレはそんなこと気にせず斬り続けた。



つ、強え…!この前までのジョセフとは訳が違う。俺って、いつか本当に殺されるかも…?
しかし、ジョセフはあるとき急に攻撃を止めて、男をその場に倒した。
あれ?俺はてっきりそのまま殺しちゃうかと思った。
「……?」
「『何故止めた?』って顔してるな」
ジョセフは男を見下しながら言った。
「…言ったろ?今のオレは、オレ以外止められねぇって。だから止めたんだよ。…って、それじゃあ、あまり理由になってないよな」
ジョセフはチラっと俺の方を向きながら言った。
「あいつの傷、きっとお前がつけたんだろ?でもさ、お前はあいつを殺してない。お前は何故か知らないけど、あいつに情けをかけたんだ。という訳で、オレも出来る限り情けをかけたつもりだ。お前にとってはどうだか知らないがな」
そう言うとジョセフは、俺の方にスタスタと歩いてきた。
「手錠あるか?」
「え、あるけど…」
「出しな。確か生きている状態でもよかったよな?どうせ、あいつは何人もの人間を殺したバカ野郎だ。ほぼ確実に死刑だろう。でも、少しでも他人に情けをかけられるほどの奴を、オレは殺したいとは思わないよ」
ジョセフが少し小さな声で言った。
…もし、俺が殺し屋の男みたいに、ジョセフに負けたら、俺も奴みたいに情けをかけられるだろうか?……バカだな!そんなことある訳ねぇじゃん!ハハ………。



ジーマから手錠を受け取ると、オレはそれを、アストレにかけた。
「よし、仕事完了!お疲れジーマ!」
「お疲れどころじゃないよぉ…。死ぬ寸前だったんだからな」
ジーマがグッタリしながら言った。
「ハハ!そうだな」
ようやく、オレとジーマが話しているところに、オレを迎えに2人の兵士が来た。
2人の兵士は、捕まえたアストレを見て、非常に驚いていた。
「お前ら遅えよ!一体どれだけオレ達が苦労したか…」
「す、すみません、隊長!約束より、20分ほど早くしたのですが…」
「え!?…ああ、次からは気をつけるんだぞ。…罰として、このグリズリーの最後の幹部を牢獄に連れて行け!あと連れて行く途中に隊員にあったら、幹部を捕まえたから、今日は休みって伝えるんだ!いいな!?」
「は、ハイ!」
2人の兵士は返事をすると、アストレを連れて、牢獄に向かった。
ふとジーマの方を向くと、ジーマはジトッとした目でこちらを見ていた。
「あ、あ、あの、そのぉ。ありがとな」



ライトフォースとダークフォースについて

この世界における魔法の1つ(正確には2つ)
ライトフォースとダークフォースの2種類があり、その特別な力を利用するためには、そのフォースのそれぞれのストーンが必要である。
ダークストーンは非常に希少で、実物を見たことがある人間があまりにも少な過ぎることから、言い伝えとされている。
ライトストーンはダークストーンの言い伝えからヒントを得て開発され、兵士用の武器に使用されたりする(ライトストーンは兵士以外の人間が所持することは禁止されている)。ライトストーンが開発出来たのだから、一応ダークストーンを開発することも不可能ではないらしいが、色々な事情があって開発出来ないそうだ。
フォースは正義に生きるか悪に生きるかで変わり、どんなことをしたかでフォースの強さも変わる。
ライトストーンやダークストーンは、それぞれのフォースの強さで持ち主の筋力を高めることができるが、それぞれのフォースの持ち主が、逆のストーンを利用すると、筋力を低下させることになる。
一応ダークストーンは言い伝えとされていても、ダークフォースの存在は世間にも知られている。しかし、ダークフォースは現時点では全く役に立たないため負のエネルギーとされている。



人物紹介
ジーマ・ドロー

本名 ハンター(姓は不明)
年齢 16歳
身長 163㎝
出身地 不明

ジーマは今で言う、サイコパスである。
しかしサイコパスと言っても、それは彼が、人が死ぬことや人を殺すことに何も感じないというだけであって、サイコパスというところを除けば、面倒見がよく、優しい青年である。
恋人のエリーを死ぬほど愛しており、その愛の異常さは、彼女にキモがられるほどである。
実は、ライトストーンを持ってない状態ならば、ジョセフと同じくらいの運動能力がある。だが、兵士として働く自分は、本当に落ちこぼれなので、それを利用して自分の正体をカモフラージュ出来ないか、考え中である。



人物紹介
ハンター

別名:ジーマ・ドロー
身長:185㎝
出身地:不明

史上最強の殺し屋、ハンター。その正体とは、国で落ちこぼれ兵士として働いている、ジーマ・ドローである。
容姿は、骨に皮を貼り付けたという感じで、右腕が太く、左腕が細いという、非常にアンバランスである。
首は基本、左右どちらかの方に曲がっている。
髪はなく、普段ノーガを禿げてないのにハゲといじっている彼も、ハンターになると急に髪が無くなるため、変身するたび反省しているらしい(変身を解除すると髪はある)。
脚はすらーっと長く、彼の不気味さや、まとっている妖気を一層強めている。
一見、骸骨のような彼もしっかり感情表現ができ、たまにお茶目なところも見ることができる。
彼の運動能力と反射神経は、常人の約20倍と言われている。
彼は、ダークストーンにダークフォースを供給することでハンターに変身しているが、ダークストーンは、使用するだれもが、ハンターのように変身するという訳ではなく、変身するのはダークフォースが、ずば抜けて強い場合のみである。
彼の姿がアンバランスなのは、彼自信がサイコパスで、殺人を悪と考えてないことが原因と考えられている。しかし、サイコパス自体が非常に邪悪であるため、ダークフォースの強さは本当に尋常じゃない。
最近は、ボランティアのような感じで依頼を引き受けているため赤字で、貯金でなんとかやっていけてる状態である。



人物紹介
ジョセフ・コーマック

年齢 18歳
身長 184㎝

ハンター討伐隊の隊長。正義感が強く、仲間おもいである。
同期の中では成績がトップであり、非常に優れた知能と身体能力をほこるが、パニックになりやすい性格である。
成績がトップであることの重圧がすごいらしく、周りからは常に完璧を要求され、ジョセフはそれにこたえるため、日々努力をしている。
よくジーマやノーガと3人でいることが多い。彼らの中では兄貴的な存在である。
女心というものを全く理解しておらず、そのことをエリーによく怒られるらしい。



人物紹介
エリー・コーマック

年齢 16歳
身長 159㎝

ジョセフの妹で、ジーマの恋人。
何度か知らない男に求婚されるなど、外見は非常に美しい。
非常に活発で、表裏のない素直な性格であることから友人が多い。
そんな彼女が、ジーマと付き合うことになったと皆に伝えた時には、彼女を知るほとんどの友人が泣いたという(ノーガもその1人)。しかし、密かにまだ狙っている人間もいるという(ノーガもその1人)。
ジーマとの出会いは、彼がまだライトフォースの仕組みについて理解しておらず、1番ライトフォースが発揮出来ていたジョセフにアドバイスを求めていたときだった。一向に良くなる気配のないジーマの動きに、ジョセフは半分諦めていたが、彼女だけはジーマから離れず、いつまでも側にいてあげた。ジョセフはその熱意に感動し、次第にジーマを鍛えるあげることに情熱を注ぐようになった。ダークフォースの塊で、優しさの欠片もないただのサイコパスだったジーマが、ある事件をきっかけに失ってしまった優しさを少しずつ取り戻してきたのも大体この頃である。
彼が彼女の優しさに気づいたとき、彼は彼女に想いを伝えたという。
 
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