艦隊これくしょん【幻の特務艦】
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第三十六話 原因はこの際問題ではありません。要はどうやってケリをつけるかです。
葵の執務室に入ったたいていの人は驚く。正面左、そして右の壁は一面の書棚になっていた。これはいたって普通である。問題はその書棚の後ろの壁も埋め込み式の書棚になっていることである。まるでちょっとした図書館だ。
いったい何をそんなに蔵書しているのかという問いに、葵はこうかえしたものだ。
「私の専攻は戦術・戦略論よ。でも、そんな本を読んでいると絶対二番煎じになるじゃない。必要なのは戦場に登場する人員や兵器についての基礎知識、そして独創性。その独創性を養うために、ありとあらゆるジャンルをそろえておくのよ。私は。」
その言葉通り、ありとあらゆるジャンルが葵の部屋に置いてある。それこそ漫画家から古典文学、天文学から地質学、自然科学など様々だ。このような姿勢は前世大日本帝国海軍の参謀だった秋山真之に倣ったものなのかもしれない。もっとも、秋山の方は本を乱読するだけで必要な個所を読むと後は捨ててしまうのだったが。
正面は一面のガラス張りの窓であり、外はバルコニーになっていて、一面の港湾施設、そして海を遠望できている。ここは完全な西向きであり、黄昏などには美しい夕日が海に向かって沈んでいく様を眺めることができる。大きな執務机がその窓に向かっておいてあり、ポータブルPC,研究書籍、報告レポートなどが無造作に散らばっている。その後ろには大きなソファが置いてある。仕事をして疲れたらすぐに、でんとソファにねっころがれるようにという葵の言葉に、呉鎮守府の提督などは露骨にあきれ顔をしたものだ。
そのソファの左、書棚に近いところに椅子を引き寄せて、葵は書棚に向かって話している。正確には書棚の一か所がぽっかりとあいてそこに埋め込まれているディスプレイに向かって話しているのだ。
「そう・・・・挺身隊と、大湊鎮守府、そして連合艦隊の主力部隊の奮戦で、レーダー搭載深海棲艦はすべて撃破されたの。・・・そうよ、決定打を撃ったのは、あの問題児の尾張。まぁ、実際に仕留めたのは川内だけれどさ、皆を引っ張って、チャンスを作ったのはあの子なのよね。信じらんないわよね。まぁ、これもあの子のおかげだと思ってるけど。誰って?そう、紀伊よ。あの子のおかげで尾張も少なからぬ影響を受けたと思うの。そうじゃなかったらきっと今頃もひねくれていたままよ。」
葵は手近のカップから湯気の立つお茶を一口飲んで、のどを潤して続けた。
「とはいえ、この間ね、また深海棲艦艦隊が沖ノ島泊地に来た時のことなんだけれどさ――。」
2日前、沖ノ島泊地近海にて――。
「蹂躙してやりなさいッ!!!!」
尾張が右腕を振りぬく。一斉に放たれた主砲弾が、横一列に展開する敵戦艦を貫き、次々と爆沈させる。慌てふためく敵艦隊を、彼女を先頭に近江、川内、吹雪、夕立、村雨、高雄、麻耶の臨時編成第3戦隊が、猛速度で白波蹴立てて追っていくのを、観戦用として派遣されていたイージス戦艦艦上から葵は双眼鏡を構えながら見ていた。
「――いい意味で枷が取れたのね。どこか他の艦娘や姉に対して思うところがあったのだろうけれど、自分は自分だっていうことにようやく気が付いたんだと思うわ。ま、元気がいいのは結構だけれど、あまり変な方向に行かないでほしいってところね。」
葵は手元の冊子を取り上げて、パラパラ気のなさそうにめくりながら、
「アンタの方はどうなの?マリアナ諸島の方。へぇ?やっぱり暑いんだ。いいんじゃない?日頃部屋でダラダラしてばっかなんだからこういう時には海で泳ぐなりなんなりして体を鍛えなさいよ。え?クラゲ?何言ってるの。そんなもんよけて泳げばいいじゃない。無理?ははっ、まぁそうか、そうよね。」
葵が楽しそうに笑う。呉鎮守府の提督で、現在マリアナ諸島泊地司令官と話しているときの葵は、とても楽しそうだ。
「ま、そういうわけでさ、いよいよこっちも正念場に近づいてきたってわけ。第一機動艦隊はほぼ壊滅状態だし、道を遮る存在はなくなったわけだし。ホント、いよいよって感じよね。」
ほうっと何とも言えない長い吐息が吐き出された。
「ここまで長かったよね。お互いよく生きていたじゃない。まぁ、私たちって陸上勤務が多いから、こんなこというと艦娘たちに怒られるだろうけれど。戦場で身をすり減らしているのはあの子たちだものね。・・・・うん、ありがと。色々心配してくれてさ。まぁ、そんな程度じゃ私の貸しは返せてないけれど。この前の新鋭艦娘の派遣だって貸しなんだからね。今度会った時はランチ奢りなさいよ。そうね、軍令部食堂のAランチで勘弁してあげるから。え?何言ってんの?は!?体重!?三段式甲板!?バッカじゃないの!!そんなの大丈夫に決まってるでしょ、失礼な!!!」
叩き付けるように通信を切った葵は、怒りの吐息を吐き出すと、デスクに戻ってきた。
レーダー搭載深海棲艦を撃破し、東進への障害を取り除いたヤマトは、いよいよミッドウェー本島攻略作戦に乗り出すこととなった。葵が自室で話しているこの時には、すでに正式なオーダーは決定され、編成も完了。艦娘たちには明日から1日間の休息が与えられている。その間は葵が一手に事務を引き受けていた。その傍ら彼女は零式水上偵察機を八方に飛ばし、深海棲艦艦隊の根拠地を探ることに腐心していた。
彼らはいったいどこから来るのだろう?まさか深海からぽっとあぶくのように湧き出てくるわけでもあるまい。ヤマトは深海棲艦に襲われた数年前からずっと彼らの所在や正体を探ってきたが、どこから来ているのか皆目見当もつかなかった。
最近の海戦を艦娘たちにゆだねられるようになって、また、ミッドウェー本島攻略作戦の作戦概要も整ったこともあって、比較的暇になっていた葵はもう一度深海棲艦について調べ始めていた。彼女の机の上に散らかっている資料はそのたぐいのものである。葵は新聞記事の切り抜きから、軍令部で第一級機密事項に抵触するDVD-Rまでも入手し、資料をかき集めていた。
「・・・・・・・。」
手近の資料を取り上げて、パラパラとめくり始める。それはもっとも古い記録、すなわち最初にヤマトが深海棲艦と接触した時の記録であった。場所は沖ノ島海域。具体的な緯度・経度などは塗りつぶされているが(おそらく軍資料部の中に厳重に保管されている大本があるのだろうと葵は思った。)その時の邂逅の様子は詳細に記録されていた。
ヤマトの訓練中のイージス艦が2隻、単縦陣形で東進するところを、不意に右2時方向から染みのような艦影が現れ、10時方向に横切ろうとしていたのを発見した、とある。
その後双方ともに砲火を交え、深海棲艦のうち一隻を撃沈したものの、イージス艦の1隻は大破撃沈、一隻は集中砲撃をかいくぐって、横須賀に逃げ延びたとある。遼艦を救う暇もなかったそうだ。それほどすさまじい攻撃だったのだろう。
「・・・・・・?」
何の気なしにページをめくっていた葵の手が止まった。そして、もう一度気になった個所に戻ってみる。
「これ、ちょっと待って・・・・!」
我ガ方前部主砲門指向シ、発砲ス。の文字が飛び込んできた。それ以前の記録では発砲という文字も攻撃という文字も一切出てこない。つまり、深海棲艦側からの発砲記録は、ないということになる。
「最初に攻撃したのは、こっち側だってこと・・・・!?」
葵の胸はざわめいた。沖ノ島海域といっても、ヤマトの領海はそこから12カイリ程度にとどまる。
仮に、沖ノ島海域とあるところが実は公海だったとすれば、どうなるか。
公海法上、明白な攻撃を受けた等の緊急避難的措置を除き、戦闘は禁じられている。こちら側が攻撃を仕掛けたのであれば明白な違法行為だ。
それを隠すために、戦闘が行われた海域を伏せてあるのだとしたら――。
そこまで考えて葵は首を振った。
「バカよね。深海棲艦なんて未知の存在だもの。どっかの国の艦じゃないもの。そんな存在伊公海法を適用すること自体間違ってるわ。でも・・・・。」
でも、と割り切れない思いでいるのは、向こうが何もしていない状態でこちらが一方的に戦端を開いたのであれば、相手がそれに対しての報復措置を行った、というだけのことになる。
沖ノ島攻略作戦において、沖ノ島棲姫が言った言葉、葵も報告を受けていた。かの深海棲艦は自分たちが被害者のような言動を放ったという。
『ソレハ、報復トシテ当然ノ事――。』
『何故貴様ラハ我々ヲセメル?』
その時は深海棲艦側の独りよがりだと思っていたが、もしそれが事実だとするならば――。
だが、と葵は思う。起点がどちらが原因だったかは、もうどうでもいいと思うほど、深海棲艦側からの攻撃によって数限りない船舶が撃沈され、あるいは先の横須賀鎮守府への空爆の様に、陸上都市への空爆などにより、何千、何万人もの死者を出しているのだ。
どちらかが相手を撃滅しない限り、この戦いに終止符を打つことはできないだろう。原因はこの際問題ではなく、どうすればこの際限ない戦いに終止符を打つかを考えなくてはならない。
「もう、どちらも歩み寄ろうとする時期は過ぎた・・・・。」
ギリッと葵の奥歯が音を立てた。それによって、知った事実もろとも、わき上がってきた深海棲艦への憐憫の情をすりつぶそうというかのように。
葵は、書類を片付けると、さっと机の上の埃をはらい、隠し金庫に厳重に収めると、蓋をして、鍵をかけた。
重々しい音がした。
同時刻、横須賀鎮守府埠頭沖――。
ミッドウェー本島攻略作戦部隊は、最後の大演習を行っていた。実弾こそ用いなかったが、それでも実戦さながらのギンと張り詰めた大気の中を、攻・守それぞれの部隊が死力を尽くして戦っている。
「やらせません!赤城さん、加賀さん、飛龍さん、蒼龍さんを守るように輪形陣を展開!!弾幕射撃!!絶対に艦載機を寄せ付けないで!!」
秋月に深雪、長月、黒潮、陽炎の4人を加えた護衛駆逐艦5人、そしてそれを統括する川内は通常よりもはるかに高密度の弾幕形成を行うことに成功していた。これを突破すべく紀伊型空母戦艦の4人の艦載機が全力を挙げてこれを急襲しにかかってきていた。
「いくら模擬演習とはいっても・・・・。」
紀伊が艦載機隊を指揮しながら近江を見た。
「流石は第一航空戦隊、第二航空戦隊の4人ね。相手の艦載機隊と防空射撃には隙がないわ。」
「はい。さすがは第一航空艦隊の中核を担う諸先輩方、侮れません。これに翔鶴さんや瑞鶴さんが加われば、本当に無敵ですわね。」
近江が感嘆さを禁じ得ない表情でうなずく。
「フン。」
その横で尾張が鼻を鳴らした。
「いくら精鋭だと言っても護衛駆逐艦と艦載機に防御を任せているようではだめよ。せめて自分たちも機銃で防いでみろっていうのよ。」
「それは無茶じゃないの~。弓を持ちながら機銃構えるのって相当つらいよ?私たちじゃないんだから。」
と、舞風が横から口を出す。彼女は攻撃側の紀伊たちの護衛駆逐艦を務めていた。
「無茶とかなんとか言っている間に、一発飛行甲板に命中して大爆発よ。見てなさい。」
尾張が旗を掲げるように、まっすぐ上に左腕を上げた。とたんに彼女の艦載機隊の彗星艦爆隊が急上昇を開始する。それを追って赤城、加賀の零戦部隊も迎撃上昇するが、零戦以上のエンジンを搭載している彗星にはかなわない。
「敵機直上・・・急降下。」
尾張の左腕が風を切って降ろされた。不気味に抑圧されたつぶやきにも似た指令が艦載機隊を降下させる。70度近い急降下に、秋月たちの対空射撃もあまり功を成さない。
「長月さん!黒潮さん!あなた方が目標から最も遠いです!仰角を合わせやすい!!なんとか踏ん張って敵機を撃墜してください!!」
『おう!!』
『あたって~な!』
二人がそれぞれの位置から高角砲、機銃による猛烈な対空射撃を始めるが、彗星部隊は屈しない。
「加賀さん!!」
飛沫の飛びしきる中を赤城が叫んだ。
「了解。赤城さん、あの程度の艦爆隊、動じるまでもないわ。」
「蒼龍!回避するよ!」
「OK!任せといて!」
4人はそれぞれフィギュアスケートをするかのように悠然と、しかし驚くべき速さと敏捷さをもって動き始めた。次々と彗星部隊が投下する模擬50番を4人は華麗にかわしていく。
「流石!!」
紀伊が思わず叫んでいた。その隣ですっかり苦り切った顔の尾張が、
「なんて呑気なの?敵をほめる暇があったら、弾の一発くらい命中させてみなさいよ。」
「あ、ごめん・・・・。」
尾張は短い吐息を吐き捨てると、
「いい。私が指揮する。見てなさい。」
尾張は前面に進出して左手を振りぬいた。
「全機、高度500まで急降下!!鼻っ先があいつらの顔に当たるまで近づいて攻撃よ!!」
尾張が叫んだ。対する赤城が、
「来ました!敵機近接投下に切り替えてきました!川内さん!深雪さん!!」
「よし!!任せておいて!深雪ッ!」
「おうよ!」
川内と深雪はバックステップを踏むように後ろ向きに下がると、そのまま滑るようにして赤城たちの後方にぴたりとつき、その背面姿勢のまま次々とやってくる敵機を撃ち落とし始めた。
「やるぅ!」
「流石ですわ!」
讃岐も近江も感嘆さを隠し切れない。
「ああもう!!どうして紀伊型空母戦艦はこうあまっちょろいのばっかりなんだか!?今は演習よ!!」
尾張が怒りを隠し切れない様子で叫ぶ。
「わかってる。尾張、こうなったら前面に進出して砲撃戦!」
紀伊の提案に珍しく尾張が賛同した。
「いいわ。艦載機による遠距離攻撃と近接戦闘の砲撃戦、その両方ができるのが私たち紀伊型なのだから。」
「比叡さん、榛名さん、お願いします!!」
それまで後方に控えていた戦艦艦娘が一斉にうなずき、前面に進出する。紀伊も尾張も、そして近江も讃岐もそれに続いた。
複縦陣による正規空母4人斜め正面をかすめるようにして左から右に抜ける間に、全力を挙げて砲撃を行う作戦だ。
ところが、それを阻むように正規空母4人の前面に押し出してきた部隊がいる。
「Hey!!キー!!艦隊砲撃戦なら、私たちが相手ネ!!」
金剛を先頭に、霧島、大和、武蔵、陸奥、長門といった戦艦部隊が押し出してきた。こちらは6人、相手も6人、戦艦対戦艦の砲撃戦である。
「敵は凹陣形で正規空母正面に展開。こちらはまずは左から右に進路を取り、左舷砲戦で応対します!!各艦隊、私に続いて!!」
紀伊が叫んだ。戦艦部隊、紀伊型、そして重巡戦隊を指揮する愛宕、高雄以下の艦娘たちが一斉に応える。
「ふうん・・・。単縦陣形での航行砲撃戦闘か。やるじゃない。」
陸奥が楽しそうにつぶやく。こちらは空母を守るように展開しているが、向こうは動き続けている。そのためこちら側の砲の照準は合わせにくいが、向こうからすれば止まっている標的を撃つのと変わりない。主力戦艦部隊に対して真正面から砲撃戦を挑めば勝敗は明らかだ。やや劣勢な高速戦艦ばかりの紀伊側として取るべき理想的な戦術と言っていいだろう。
「どうする?こちらも単縦陣形に切り替えて、奴らに同航戦を挑もうか?」
と、武蔵。
「いいえ。私たちが動けば、向こうはその間隙をついて私たちの右翼から突入部隊を投入してくるわ。そうなったら空母を守り切れない。」
「なら、我々はこのまま動かず、砲撃に徹して空母を守り抜く作戦と行くか。」
長門が腕組みをしながら言う。
「よし、決まりだな。大和、お前が全艦隊の砲撃戦闘の指揮をとれ。大和型の火力、思う存分に相手に知らしめてやろう。」
「えっ!?ここにきて、ですか?そんなこと今更・・・・。」
「何が『今更。』だ。」
武蔵が口をはさんだ。
「お前は私と違って、日頃前面に出ようとしないな。こういう時くらい大和型の底力をしめしてくれ。」
「武蔵、それは――。」
「違う、違うぞ。」
武蔵は大和の言わんとするところを察したのか、急いでおっかぶせるように、
「私もさんざん言われてようやくわかったさ。大和型超弩級戦艦など万能でも何でもないと。だが、大和型の特性そのものまで否定する気にはならんな。それは私たちの持つべき最後の矜持だ。それまで手放してしまったら、私たちは本当に『ホテル大和。』『武蔵御殿』などと一生言われるんだぞ。それでもいいのか?」
「わかったわ。大和型の矜持、私だって捨てたくはないもの。ずっと持っていたい。」
大和は前面に数歩進み出ると、全艦隊の前に佇んだ。
「全艦隊、主砲、構え!!」
凛としたその声は目の前をかすめていく紀伊たちにも届いた。
「紀伊姉様!」
近江の注意喚起に紀伊は素早く反応した。
「向こうも砲撃準備に着手したわ。こっちは・・・・よし、有効射程距離に入ったわね。先手必勝よ!全艦隊砲撃開始!!」
紀伊が左手を振りぬいた。
「テ~~~~~~~~ッ!!!」
各艦娘の主砲が火を噴き上げ、おびただしい砲弾が送り込まれた。
「砲撃、来るわ。」
大和が注意を促すが、まだ発砲の指令を出さない。
「大和!」
「まだよ。私が一門だけ、試射するわ。」
大和がそう言いざま、副砲一門だけ試射を行った。それは最前列の紀伊のほぼ正面に落ちて水柱を登らせた。
「よし――。」
その直後、ものすごい砲撃が来た。大和以下滅多打ちにあったように火と煙の真っただ中に放り込まれ、グルグルとかき回されたような惨状に陥った。
「大丈夫ですか!?」
「まだ、やれるぞ!!たいしたことはない。」
長門が気丈にそう言った。どの艦娘も大なり小なり被弾しているが、艤装を完全にやられた者はいない。
「今の試射から、諸元を伝達します。目標、距離1万5000!!方位270度仰角修正+2!!」
各艦隊は速やかに砲の修正を行った。
「準備いいぞ!!」
武蔵の声に、大和はすうっと息を吸い込み、きっと艦隊をにらんだ。
「敵艦捕捉・・・・。」
「まずい!!」
紀伊が叫び、全艦隊に全速航行で離脱するように指令した。だが――。
「全主砲、薙ぎ払え!!!」
海上を圧する指令が響き渡ったかと思うと、海を震わせるものすごい砲声と火煙が立ち上った。
「急速回避!!!!」
紀伊が叫んだ直後、紀伊艦隊はまるで業火の坩堝に叩き込まれたかのような凄まじい直撃弾を食らっていた。
御休息処、間宮――。
演習や出撃等が終わると、多くの艦娘たちでにぎわう横須賀鎮守府随一の憩いの場である。中に入ると、いくつものテーブル席、そして奥の畳敷きの座敷席という作りとしてはどこにでもある甘味処という感じがするが、そこで出されるスイーツや食事はわざわざ地方の各鎮守府や軍関係施設から見学や試食にやってくるほど段違いに素晴らしい味だった。
今日も多くの艦娘たちでにぎわっていたが、その中の奥、畳敷きの一つに、演習終了後久しぶり、いや、初めて紀伊型空母戦艦4人が間宮にお茶を飲みに来ているのが見えた。その光景に(正確には尾張がその中に加わっていることだ。)周りの艦娘の中には目を丸くする者もいたが、大方は気に留めていなかった。尾張は変わった。事に挺身隊を指揮して見事レーダー搭載深海棲艦を撃破したその功績、そしてそれに一切奢らなかった態度に、始めはずっと冷たかった周囲も今は少しずつ彼女のことを見直し始めていたからだ。尾張自身も、もう誰彼かまわず相手を突き刺すような言動をすることをほぼやめてしまっていた。時折出るとしても今までのような見境なしの言動ではなく、彼女なりの考えられた末の言葉だった。
「流石は赤城さんや長門さんの部隊ね。私たちでは歯が立たなかったわ。」
紀伊が感慨深そうに感想を漏らした。
「でも、私たちも善戦したわよね。今日の演習では紀伊型空母戦艦の艦載機運用能力を発揮できたわ。けれど、まだまだ敵に迎撃される余地はあったことも事実ね。もっと厳しい角度から攻めなくては。」
「はい。それに砲撃戦闘では主力戦艦に後れを取りました。私たちの武器は金剛さんたちと同じ高速です。それを活かして相手に諸元をわからせる機会を与えず、敵を翻弄し敵の陣形を見出しめることも課題の一つだと思いますわ。」
「それと、各艦隊の特性をもっともっと活かさなくっちゃ、ですね。今日は結局水雷戦隊お得意の雷撃戦の機会はあまりなかったわけだし。それを作れるように私たちが道を切り開かなくちゃいけないんだって思いました。」
「フン。」
尾張は鼻を鳴らしたっきり、黙ってお茶を飲んでいた。何も言わなかったところを見ると、紀伊や近江、そして讃岐の感想に反対でもなかったらしい。
「これで、やるべきことはやったわけね。」
紀伊はほっと息を吐いた。後は海戦当日まで各員は休息を与えられている。各々練習などをすることになるだろうが、公の予定としては海戦当日の召集までは何もない。
不意に、全身が身震いした。緊張感、というのだろうか。今までは演習等やることがあって気が紛れたのだが、すべて終わった今、自分とミッドウェー本島を遮るものは何もない。何もなければないほど、敵、そして攻略しなくてはならないミッドウェー本島の大きさ、重圧がひしひしと自分に伝わってくる。それを感じて今身震いしている。紀伊はそんな状態になっていた。
だが、ついにここまでやってきたのだ。ミッドウェー本島を攻略すれば、ノース・ステイトへの道がぐっと近くなる。その重要な岐路にまでやってきたのだ。
気が付くと、姉妹たちが皆こちらを見ている。紀伊はごまかすように軽く首を振ってお茶を飲んだ。最後の言葉など今ここで発するべきではない。それはもっともっと後になってからでいい。勇み足になってしまうからだ。
「そういえば、今日は扶桑さん、山城さんがいなかったですわね。」
ふと、近江がお茶を飲む手を止めて言った。
「大鳳さんもいなかったです。麻耶さんも鳥海さんも、阿賀野さん、酒匂さん、朝霜さん、朝雲さん、山雲さん、高波さんも。」
讃岐も言う。
「フン、知らなかったのね。もう少し情報を収集しなくちゃ駄目よ。彼女たちは出撃中。演習に出られるはずもないわ。」
尾張が二人をじろと見ながら言う。
「出撃中?」
二姉妹が一斉に尾張を見つめた。
「例の第一機動艦隊にとどめを刺しに行ったのよ。あれは私たちとミッドウェー本島を遮る最大の障害だから。」
「たった一個艦隊で、ですか?ちょっと無謀すぎません!?」
愕然とする讃岐に、紀伊は補足説明をした。
「先日私たちが出撃した際に、艦載機の大部分を失っているし、ル級フラッグシップも撃破しているわ。戦力は大幅に弱体化しているの。レーダー搭載深海棲艦も撃破して、迎撃能力も大幅に落ちているわ。今回はそれを試すという意味合いがあるの。」
「でも、ちょっと危なそうな・・・・。」
「例のレーダー搭載深海棲艦の破壊作戦を除けば、ここのところ扶桑さんも山城さんも出撃していなかったし。大鳳さんも同じよ。士気の高揚という意味合いで選抜されたのよ。それに大丈夫。今回は基地航空隊が出撃して掩護に当たっているし。」
紀伊は二人を安心させるように言ったが、ちょっと引っかかるものを覚えていないわけではなかった。作戦の大方針として、できる限り大兵力をもってのぞみ、自部隊に損害が出ないように進めていくということではなかったか。いくら第一機動艦隊が弱体化しているだろうとはいえ、また、基地航空隊が付いていくとはいえ、それを一個艦隊で沈めに行くというのは過信・慢心の表れではないだろうか。
だが――。
第一機動艦隊にとどめを刺すべく出撃した扶桑たちはそうは思っていなかった。彼女たちの士気は旺盛で、横須賀鎮守府を演習当日の0900に出航した。偵察機妖精からの報告では、第一機動艦隊は戦力のほとんどを失い、わずかに空母3隻とその護衛艦隊のみの存在になっていた。これには、先の紀伊たちの奮闘と、レーダー搭載深海棲艦を撃破すべく飛び立った航空隊の攻撃などが影響している。放置しておいても、害はないとみなしてもよかった。
しかし、第一機動艦隊は後方のミッドウェー本島に帰還して体勢を立て直そうという動きを見せていると偵察機から連絡が入ったため、軍令部の意図が変わった。これを捕捉し、撃滅してミッドウェー本島攻略作戦の足掛かりにしようというのがヤマト軍令部の狙いだった。
「残った空母すべてを撃沈するのが今回の目的よ。」
扶桑たちに訓令を与えた葵は会議室でそう言った。
「敵の位置は既に割れているわ。沖ノ島から東に100キロ、既に基地航空隊が発進、敵の足を止めているとの報告が入っているわ。高速空母と言えども速力は落ちているはずよ。扶桑。」
「はい。」
「あなたが全艦隊の指揮を執りなさい。速やかに出撃し、敵機動部隊空母をすべて葬り去り、私たちのミッドウェー本島攻略作戦の足掛かりとすること。」
「わかりました。かならず。」
扶桑はそう葵の前で明言した。皆も声こそ出さなかったが、思いは同じだった。特に山城、そして大鳳はこれまで実戦に投入されてきた機会が少ないだけに、手負いとはいえあの横須賀鎮守府を悩ませてきた敵の精鋭部隊と一戦交えることができ、しかもそれを撃滅する任務を与えられたことを喜んでいた。
その扶桑艦隊が第一機動艦隊と接触したのは1600。既に日が傾きかけ、茜色の空が広がりつつある頃だった。
敵は空母三隻、それを輪形陣で重巡戦隊以下が護衛し、後方を戦艦4隻が護衛する形をとりながら東進している。だが、かつてヤマトを窮地に陥れた精鋭部隊の面影はない。どの深海棲艦も扶桑たちを見ると飛び上るようにして金属質の叫び声のような物を上げ、速力を上げにかかった。それを上空から基地航空隊が追撃する。早くも護衛の戦艦が一隻、大爆発を起こして四散し、沈んでいくのが見えた。
「まさに斜陽ですね。でも、それは私たちではありません。」
扶桑の言葉に全艦娘が力強くうなずいた。
「第一機動艦隊を沈め、私たちの道を切り開きます。重巡、水雷戦隊は、単縦陣形で二手に分かれて突撃!!左翼の指揮は、麻耶さん!右翼は阿賀野さん!お願いします!」
扶桑の号令一下、水雷戦隊、そして麻耶、鳥海の重巡戦隊が行動を開始した。足の速い重巡戦隊以下を接触させ、敵の足を弱らせたのちに、扶桑、山城の主砲でとどめを刺すというのが今回の作戦である。その間大鳳、そして基地航空隊は残存する深海棲艦側からの艦載機隊の攻撃を防ぎ、かつ余力を敵の戦艦に集中する方針を立てていた。
「いっくぜ~~!!重巡戦隊の力、見せてやる!!」
麻耶が叫び、鳥海を伴って、全速航行を開始。深海棲艦艦隊を右に見続けながら砲撃を開始した。その後ろには高波、朝霜が続く。敵艦隊の右からは阿賀野、酒匂、朝雲、山雲が進出し、これも同行戦を展開しようと速力を上げていた。つまり左右からの挟撃体制が構築されつつある。
「はい!右舷、砲雷撃戦用意!!」
鳥海、麻耶の部隊が敵艦隊の左翼から、阿賀野、酒匂の部隊が敵の右翼からの砲雷撃戦を敢行し、そして正面からは扶桑、山城、大鳳が挑みかかる。扶桑、山城の的確かつ容赦のない主砲弾が敵戦艦を2隻を撃沈し、輪形陣の中心にいた空母一隻に命中して轟沈させた。
「姉様、やっと、やっと・・・・!!」
山城が思わず声を震わせる。前世と言い、そして佐世保鎮守府近海の戦闘等においても、これほどまでに戦艦の火力を運用できた戦いを二人は経験しなかった。できなかった。
「ええ、扶桑型の火力、やっとここで示すことができた。それだけでも来たかいがあったわ。」
扶桑がしみじみとした声で応じる。二人にとって前世も、そして現世も苦難の連続だったが、訓練は欠かしたことはない。それら苦しみ、そして鍛錬の成果がまさにこの戦いという一点において華々しく昇華したと言ってもいいだろう。
鳥海や阿賀野たちも高揚した表情だった。沈みゆく黄昏の光がそうさせたのかもしれないが、皆華々しく戦っている。誰もが自分の役割を誇りに思っているのだ。
「さぁ、山城。最後まで気を引き締めて、残る深海棲艦を沈めるわよ。」
「はい!!」
扶桑型戦艦姉妹は、敵の砲撃をものともせず、鮮やかに同航戦闘に持ち込み、徹底的に砲撃を相手に叩き込んだ。
抵抗空しく、空母三隻及び敵の全艦隊が海に沈むまで、30分を要しなかった。強敵と言われ、ヤマトを苦しめた第一機動艦隊のあっけないほどの最後だった。
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