艦隊これくしょん【幻の特務艦】
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第三十四話 マリアナ諸島
ざあっと心地よい波頭が白い砂浜に打ち寄せてくる。熱を含んだ風がヤシの大きな葉を揺らして通り過ぎ、海鳥が元気よく鳴きながらす~っと海上をすべるようにして飛んでいく。もう秋に差し掛かろうというのにここ南太平洋上ではまだまだ暑い日々が続いていた。
「待て~~~!!!!」
暁が顔を上気させながら砂浜を走っていく。その前には雷と響の姿がある。
「待ちなさいッたら!!よくもレディーの顔に海水かけたわね!!!」
暁の剣幕に雷も逃げながら叫ぶ。
「だって海遊びのお約束じゃないの!もう、そんなに怒らないでよ!」
「三人とも待つのです!!!喧嘩はよくないのです!!!
暁の後ろから電が一生懸命追っかけている。
「は、はわわわわっ!!」
電がばったりころんだ。慌てて起き上がったが、その前に慌てて駆けつけてきた暁たちが電の服をはたいたり払ったりしている。
その光景を鳳翔はほほえましく見つめていた。
「どうやら、元気を取り戻してきたようじゃな。」
サクサクと砂を踏む音がして利根が鳳翔の隣に立った。鳳翔が利根に顔を向けて、
「ご心配をおかけしました。利根さんの叱咤がなかったら、私はあのままでしたから。」
ん、と利根は鼻音を立てたが、何も言わなかった。照れ臭いときの彼女の癖だ。
「お主が綾波のことを考えていることは全員が知っていることじゃ。むろん吾輩たちも片時も忘れたことはない。だがな、だからと言って秘書官としての仕事や艦娘としての戦いぶりがおろそかになってしまっては、綾波も悲しむぞ。」
「はい。」
鳳翔はうなずいた。今でも心に受けた傷は深いし、耐え難い発作的な痛みに襲われることはある。当時はもっとひどかった。それを押し殺して陣頭に立った鳳翔は的確な指揮ぶりでマリアナ諸島の島の一つ、サイパン島を攻略、直ちに周辺の島々も制圧し、ヤマト本土から海兵隊と基地航空隊を呼び寄せ、基地化させたのだった。ようやくひと段落し、周辺海域の制海権と制空権を確保することができた呉鎮守府の艦娘たちはつかの間の休息を味わっている。
「話は変わるが。」
利根が口を開いた。
「横須賀鎮守府の艦娘たちは全員改装を受けることに決まったそうじゃな。」
「うらやましいですか?」
微笑を含んだ鳳翔の視線に、む~と利根が口を引き結ぶ。
「吾輩たちも航空巡洋艦なのじゃが、噂の改二とやらになってみたい気はしておる。先日筑摩にその話をしたらの、奴は何と言ったと思う?」
「なんて言ったのですか?」
利根は咳払いをして、
「『利根姉さん、私たちは今のままで充分改修を受けています。これ以上改装を受けたりしたら呉鎮守府の資材は底をつきますし、他の皆様に申し訳ありません。』と言いおった。」
あまりにも筑摩そっくりの声音なので、鳳翔がくすくす笑った。
「お上手ですね、利根さん。」
「む。吾輩と筑摩は双子のような物じゃからな。似ていて当然じゃろう。」
鳳翔は笑いをひっこめた。
「すみません、笑ったりして。でも真面目な話、筑摩さんのおっしゃることももっともですが、そろそろここにきて敵も戦力を増強してきています。ここまで順調に来れてきていますが、どうも私には順調すぎる様な気がします・・・・。」
「む~~・・・。」
利根もうなずきながらそう感じていた。確かにマリアナ諸島攻略は激戦だったが、それでも南西諸島攻略作戦の時と比較するとあっさり攻略できたという気持ちがぬぐえなかったからだ。
「私たちもそれなりに対抗しなくてはこの先持ちません。」
「そうじゃな・・・・。」
利根が腕を組んだとき、二人を呼ぶ声がした。
「あの~~・・・・。」
遠慮がちに声をかけてきたのはリットリオだった。そばにローマがいる。二人とも水着の格好だった。
「どうしましたか?」
鳳翔が優しく問いかける。
「あの、やっぱり海はまだ泳げないんですか?」
「お主たちそんなに泳ぎたいか?先日伊勢がクラゲに接触して足がパンパンに腫れ上がったのを見たじゃろう?」
「あれは伊勢さんが油断してたからそうなったのよ。私たちなら大丈夫だわ。地中海じゃ冬だって海水浴や日光浴をするのよ。」
「ええっ!?」
とんでもないローマの発言に二人は驚いた。ローマの方はそれほど仰天発言をした意識はないらしく、逆に二人をいぶかしげに見つめている。
「ましてこんな暑い日に水浴びできないなんてショックだわ。あまり沖に出ないし、気を付けるから、ちょっとくらい駄目?」
ローマの態度もマリアナ諸島にきて以来、ずいぶんと和らいでいた。当初は公国の威信を意識しすぎていたのか、硬い表情だったが、呉鎮守府艦隊の飾らない率直な空気に触れるにつけ、徐々に態度をやわらげていったのだ。このことに一番ほっとしていたのは、鳳翔、そして姉のリットリオだった。
「仕方ないですね。でも、そこの正面のビーチだけにしてください。それとくれぐれも気を付けてくださいね。クラゲは本当に怖いんですから。」
「やったぁ!!」
リットリオが手を叩いて喜んだ。
「姉様、はしたないです。ええ、わかっています。ありがとう。無茶はしませんから。」
そういうと二人は波打ち際まで歩いていって注意深く海に入っていった。
「ま、あの様子なら大丈夫じゃろう。さっき吾輩も波打ち際を歩いてみたが、クラゲの奴が浮いている様子はなかったからな。」
ふと、鳳翔は時計を見た。
「もうこんな時間に。利根さん、暁さんたちを含めてちょっと見ていてもらっていいですか?私は司令部に戻って提督と打ち合わせをしてきます。」
「うむ。」
鳳翔は砂浜を後にして司令部に向かった。ヤシの木々に混じって様々な建物が建設されており、妖精たちが忙しそうに飛び回っている。
呉鎮守府の提督は臨時的にマリアナ諸島泊地司令官という職を拝命し、現地に飛んできていたのだ。彼の麾下の艦娘たちも全員ここに終結し、呉鎮守府は文字通りがら空きになり、ヤマトの通常艦艇やイージス戦艦、そして基地航空隊が守備するだけの状態となっている。本土からひっきりなしに輸送航空機が飛来して、物資を集積させ、長大な飛行場が完成し、泊地には呉鎮守府ほどではないにしろ、発着所やドッグ、メディカル施設などが急ピッチで完成しつつある。既に工廠は呉鎮守府と同等のものが完成していた。妖精たちの突貫工事の成果と言ってよかった。
執務室にて、団扇を使いながらの提督のモノローグ――。
暑い。(汗)
艦娘たちがクーラーなしで頑張っているのに俺一人がエアコンをつけるわけにはいかない。そう思って扇風機だけで頑張ってきたが、やっぱり暑い。やっぱりやせ我慢しないでつけるか、いや!駄目だ!そんなことをしたら根性なしの提督だと思われちまう。
マリアナ諸島の制圧はうまくいった。まぁ、鳳翔の指揮ぶりがあってのことだからな。奴は未だ深い傷を心に負っているが、それはともかく指揮ぶりはそんな心の動揺を見せないほどとても鮮やかだった。だが、今後も俺がフォローしながら注意深く見守っていかないとな。
その鳳翔がさっきやってきた。今後のことを色々話したんだが、気になるのは敵の動きだ。熊野、鈴谷、不知火、雪風、天津風、照月が哨戒艦隊として出ているが、今のところ異変を知らせる連絡はない。天城、葛城、雲龍の3空母姉妹は、新型機の訓練をするんで少し沖合に出してやっている。先日襲来した一大機動艦隊も日向、伊勢、リットリオ、ローマ、ビスマルク、プリンツ・オイゲン、翔鶴、瑞鶴の奴らがけちらしてくれたから、言うことはない。重傷者も出なかったし・・・あ、違った。伊勢の奴が間抜けにも帰投時にクラゲを踏んづけちまったもんだから、俺は奴をメディカル施設に送り込まなくちゃならなくなった。油断大敵だぞ。
言うことはそれくらいの物なんだが、どうも敵の動きが怪しすぎる。ここ数日嫌な予感がするんだ。順調すぎて怖いっていうのが本音だがな。鳳翔もそれは感じていたようで、警戒を厳にしておきます、と索敵網の再構築をしに基地航空隊に向かっていった。まぁ、うちの艦娘たちだけじゃ網は張れないから、零式水上偵察機部隊の索敵網が重要になってくるわけだが。
そういえば、横須賀鎮守府が全艦隊を改装予定だという話を聞いた。となるとこちらもそれ相応のことをしなくちゃならない。横須賀鎮守府の奴らだけフライングはさせんぞ(断言)。
工廠設備も完成したところだし、手始めに改二計画が上層部から届いたあの二人・・・じゃなかった、三人、あ、違うか、四人、ん、あれ?!あ、まぁ、あれだな、うん、奴らを改装させるか。鳳翔にそう言ったら、驚いた眼をしていたが、やがて嬉しそうにうなずいて出ていった。まぁ、どんな艦娘でも改装は憧れの的だからな。
ともかく、皆には『慢心、駄目!絶対!』を徹底させないとな。赤城が聞いたら怒るだろうが。
* * * * *
提督の執務室を出てきた鳳翔が廊下を歩いていくと、曲がり角から第五航空戦隊の二人に出会った。
「翔鶴さん、瑞鶴さん、今お暇ですか?」
「え?ランチのお誘いですか?」
「翔鶴姉、まだ11時よ。お昼には時間があるわ。」
「あ、やだ・・・・ごめんなさい。」
ぽっと赤くなった翔鶴に、いえ、いいんですと鳳翔はにこやかにいい、次いで二人に工廠に出向くように伝えた。
「工廠ですか?でも、艦載機の整備は終わっていますし・・・・。」
「今度はあなたたち自身の整備ですよ。」
鳳翔の顔を見ていた瑞鶴があっと声を上げた。
「もしかして・・・・改装!?」
「はい。お二人には呉鎮守府の艦娘改装計画の第一陣としてすぐに工廠に向かってもらいます。」
「でも、いいのかしら瑞鶴。私たちが最初だなんて・・・・。」
「大丈夫ですよ。」
鳳翔が言った。
「あなた方だけではありません。呉鎮守府の全艦娘が逐次改装指示を受けることになりますから。」
翔鶴はほっと胸をなでおろした。
「やったぁ!!これで一航戦に引けを取らない姿になれるわね!!」
「瑞鶴、慢心は駄目よ。いくら改装しても鍛錬を怠らなくては一航戦の先輩方には追いつけないし、それにもともと鳳翔さん、そして赤城さんや加賀さんは精鋭中の精鋭です。私たちはまだまだ先輩方の良いところを学んで活かす段階にとどまっているのだから。」
「はい。」
瑞鶴は赤城や加賀たちの横須賀での戦いぶりをつてを頼りにつぶさに聞くようにしていた。彼女たちの奮闘については嫉妬を覚えることが多かったが、それでもまだまだ自分はかなわないのだと心の底で思うことはあった。だからこそ、改装を受け、伸びしろを作ることでより一層の練度を積んでいきたい。そう思っていた。
翔鶴は鳳翔に向き直った。
「すぐに工廠に向かいます。どのくらい時間はかかるのでしょうか?」
「どうでしょうか?今回が初めての試みですから、工廠の妖精さんたち次第ではないかと思います。私もこれから対象となる方たちに声をかけますから、これで。」
一礼して去っていく鳳翔の背中を二人は見送っていた。鳳翔の姿を見ると二人は期せずしてあのこと――背水の陣で輸送物資を護衛して横須賀に向かった時の事――を思いだしてしまう。
「鳳翔さん・・・強いね。翔鶴姉。」
瑞鶴がしみじみと言った。
「私なんか翔鶴姉が死んでしまうって思っただけで取り乱してしまったのに・・・・鳳翔さんは全然そんなそぶりを見せないね。」
「そうね・・・・。」
綾波のことは二人も一度だって忘れたことはない。他の海域で戦っていたとはいえ、駆けつけることができていたらと悔やまれてしまう。ましてや鳳翔の場合、自分を庇って目の前で死んでいったのだ。その心の傷は第五航空戦隊の二人の比ではないだろう。
「だからこそ、私たちもお手本にすべき人なのだわ。でもね、瑞鶴。鳳翔さんの背中をただ見つめるだけでは駄目よ。」
翔鶴が鳳翔の背中を見つめながら言う。シャンと伸ばした背は、間もなく廊下の曲がり角をまがって、見えなくなった。
「どういうこと?」
「私たちは先輩後輩であろうと同じ艦娘です。遠くから見守るだけではなく、時には手を差し伸べて支えていかなくてはいけない時があるわ。鳳翔さんだって人間です。時には泣きたくなる時があるし、逆に私たちの支えを煩わしいと思うときもあるでしょう。でも、あれこれ考えているだけで手を差し伸べようとしないのは、よくないと私は思うの。」
姉の言葉に瑞鶴は強くうなずいていた。
「そうね・・・そうだよね・・・・。どうしよう、翔鶴姉、改装終わったら鳳翔さんのところに行く?」
「ええ、たまには鳳翔さんをお誘いしてランチをしましょう。そうだ、間宮でお弁当作ってもらって、提督にお願いしてちょっと砂浜でピクニックでもしましょうか。」
「いいわね!よし、そうと決まればさっさと改装を終わらせましょう!」
「ええ、行くわよ、瑞鶴。」
「はい!」
1時間後、マリアナ諸島海上――。
「ふ~~~!!」
鈴谷が大きく伸びをした。吹き渡る風は暑さをまだ含んでいたが、それでも紺碧の海の美しさはヤマト近海では見たことのないほどの物であった。エメラルドグリーンの遠浅の海が島々の周辺に広がり、きらきらと光る白い大きな雲が洋上に浮かんでいる様はまさしく絶景だった。
「やっぱ南太平洋は海がきれいだね~!!」
風に髪をなびかせながら鈴谷が手をかざす。その隣で天津風が「いい風ね。」と心地よさそうに目を細めながらつぶやいている。
「本当ですわね!せっかくですから、水着も持ってくればよかったですわ。」
「有ですね!うん!!」
「やだなぁ、先輩たち、照月ちゃんも、今はパトロール中ですよぉ。」
と、雪風。
「わかってるよ。帰ってオフになったら近くの島にでも行ってみようかな。ならいいでしょ?」
「それはそうですが、深海棲艦との鉢合わせだけは御免こうむりたいですね。」
鈴谷は仏頂面で不知火を見た。
「あんた一番考えたくないことをよく口に出すね。」
「用心は必要ですから。」
「まぁ、そうだけどさ・・・・。」
鈴谷は肩をすくめたが、そこで熊野を振り返って
「よ~し、哨戒地点の折り返しまで来たよ。ここまで何もないし、ぐるっと一周できたから、泊地に戻ろうか。熊野。」
「ええ、そうですわね!」
「あ、ちょっと待ってください。」
天津風が急に足を止めた。
「どうしたの?」
しきりに吹き流しに手を当てていた天津風が顔色を変えた。
「電探に反応有!」
「反応!?」
鈴谷も慌てて自分の艤装をチェックする。
「ま、マジ・・・!?」
「どうしましたの?」
「これ、まずいよ・・!!」
鈴谷が無線を取り出した。
「どこから出てきたか知らないけれど、深海棲艦の艦載機が泊地に急速に向かってる!!」
一同の顔色が変わった。続いて電探をチェックしていた熊野も
「南東からですわ。敵の編隊は少なくとも三波。まずいですわね。泊地からはそう遠くはありませんわ。」
「わ、私すぐに戻ります!あぁもう!!どうしてこんな時に!!」
照月が悔しそうに叫んだ。
「私も行きます。」
「私も!」
「私もよ!」
「待ちなよ。そんなに慌てなくてもみんなで戻ればいいじゃん。」
鈴谷がたしなめた。なおも口を開こうとする駆逐艦娘たちに向かって鈴谷は言葉をつづけた。
「まぁ、確かにあんたたちの方が速力は早いけれどさ、まずは落ち着いていこうよ。途中で待ち伏せにでもあったらどうしようもないっしょ?」
「・・・・・・・。」
「隊列を整えて、全速航行で泊地に戻る。戻りながら熊野は緊急無電を泊地に送って。他のみんなは深海棲艦に警戒しながら行くよ。」
あら、と熊野は意外な面持ちだった。鈴谷は飄々としたちょっと面倒くさがりな性格の持ち主でこういう場合にはあまり自分から指揮を買って出ないのに。
「熊野~。どうしたの?行くよ!」
「あ、はい!まいりますわ!」
鈴谷たちを追って走り出しながら熊野は自分の相方を頼もしく思っていた。
* * * * *
泊地全体に警報が鳴り響き、滑走路から次々と基地航空隊が飛び立っていく。鳳翔はその空のもと、全速力で発着所に取って返し、あわただしく出撃していった。
「風向き、よし!航空部隊、発艦!!!」
艦載機隊を空に放ちながら鳳翔はぐるっと空を見まわした。電探妖精たちがキャッチしたところでは敵は南東、次いで南西、そして南南東から接近してくるらしい。ということは北太平洋に展開する深海棲艦たちではなく、また別の深海棲艦たちが攻撃を仕掛けてきたということになるのだろうか。
「それにしても・・・・。」
鳳翔は唇をかんだ。また間の悪いときにやってきてくれたものだ。今瑞鶴、翔鶴、ビスマルク、筑摩、利根、足柄、妙高は改装を受けるべく工廠に入ってしまい出撃もできない。迎撃部隊として日向、プリンツ・オイゲン、リットリオ、ローマ、由良、長良、それに第六駆逐隊の面々が飛び出していったが、それでも数が足りない。せめて哨戒艦隊が戻ってきてくれたら――。
鳳翔はそれを祈るばかりだった。
「さぁ、リットリオ姉様!」
巨大な発着施設中でローマが姉を見た。既に足元には海水がみち、巨大な扉が音を立てて上下に開き始めたところだった。
「私たちの力、ヤマトの艦娘たちに見せてやりましょう。」
「そんなに力まなくてもいいと思うけれど・・・・。」
リットリオは当惑気味だ。
「いいえ、そんなことはないです。公国の威信だとかそういうのではないんです。私たちの・・・私の前世のこと、お忘れですか!?」
リットリオは「?」の表情をした。
「ヴェネト姉様やリットリオ姉様は・・・それに比べて私は・・・・航空機に・・・・。」
「あ。」
思い出した。妹は地中海で独国爆撃機隊の餌食になり座乗していた提督や艦長を乗せたまま轟沈同様の派手な沈み方をしていったのだ。航空機に対して彼女がトラウマを持ち続けていたとしても不思議ではない。
「だからここで戦って勝って、私はトラウマを乗り越えるんです。」
リットリオはうなずいていた。トラウマをなくすとなれば姉としてできることをやってあげたい。
重い震動と共に扉が動きを止めた。
「わかったわ。行くわよ、ローマ。」
「はい!」
二人は白波を蹴立てて、南太平洋の海に飛び出していった。
* * * * *
「来た!!」
鳳翔がきっと空をにらんだ。紺碧の洋上に無数の黒いしみが広がり、それが一気に速力を増して目の前に殺到してきた。
「艦載機隊、横一列で展開し、迎撃!!」
鳳翔は指示を出し、次いで基地航空隊の雷電部隊に第二陣として九六艦戦の後ろに控え、敵を迎撃するように指示した。
「撃て!!」
軽快な音とともに九六艦戦の機銃が火を噴く。7,7ミリを多少アレンジし、12ミリに強化したせいか、次々と敵の深海棲艦艦載機は散っていく。だが、敵の数は多く、殺到してきた深海棲艦艦載機の中には九六艦戦の敷いた防御陣形をすり抜けるものが現れてきた。
「雷電隊!!」
鳳翔が叫ぶ。鳳翔は九六艦戦のほかに、新鋭機として雷電を扱うようになっていた。速力、旋回性能、火力等、九六艦戦の比ではない新鋭機を鳳翔とその妖精たちは短期間で使いこなせるようになっていた。だが、それでも愛機である九六艦戦を手放すのが惜しいという妖精たちは、未だにその機体を使っていたのである。それを鳳翔が説得して、近々全妖精が雷電に機種転換することとなっていた。
その矢先のこの襲来だった。
第二陣として控えていた雷電隊は突破した深海棲艦艦載機めがけて上下から突っ込んだ。たちまち大乱戦が展開される。必死の雷電隊の働きで泊地上空に敵機は到達していない。いないが、突破されるのは時間の問題だろうと思っていた。敵はこの方向からやってくるのではない。時間差をつけて、異なる方向から迫ってきているのだ。
「早く・・・・皆、戻ってきて・・・・!!」
鳳翔はそれを念じながら必死に防空戦闘指揮を執った。
1時間後――。
「ようやく戻ってこれた!!」
降ってわいたように現れた深海棲艦たちの追撃を振り切り、ようやく泊地の正面海域にたどり着き、鈴谷が安堵の声を上げた時、突然雪風が悲鳴のような叫び声を上げた。
「あそこ!!」
指さす先に、ゴマ粒の様な黒い点々が泊地のある島上空を疾風のように動き回り、何かもっと小さいものを落としていくのが見えた。
重い爆撃音が続けざまに起こり、泊地に黒煙が上がり始めた。
「長10センチ砲ちゃん!!出番だよ!!」
照月が叫び、砲を構え飛び出していく。それに気が付いた深海棲艦艦載機が向かってくるが、たちまち開始された弾幕斉射は敵機を寄せ付けなかった。照月は泊地ギリギリまで接近して可能な限り上空の敵機を攻撃し続ける。
「流石は防空駆逐艦だね~・・・。」
鈴谷は感嘆の声を上げたが、感心してもいられないというように頭を振った。
「とにかくあたしたちも対空射撃やろうよ。照月にはとてもかなわないけれどさ。」
「ええ、やれることをやりましょう。」
熊野もうなずく。
「先輩方。」
天津風が声を上げた。
「私たちは二人で東側を固めます。照月が正面で頑張ってますから、そっちは大丈夫だと思います。別れた方がいいわ。」
「よし、雪風と天津風、頼んだよ。」
「はい!絶対、大丈夫!」
「あたしと熊野は西側を守る。何かあったらすぐに駆けつけるから、我慢しないで呼ぶんだよ。」
「はい!」
天津風は点頭し、雪風と共に東側に向かった。
「鈴谷!!」
見守る間もなかった。二人は殺到してきた深海棲艦艦載機隊の攻撃をとっさに交わした。
「対空砲撃!!」
二人は並んで砲を構える。
「仰角最大!!全対空機銃は全方向に向けて弾幕形成ですわ!!!」
「よし、いっくよ~~~!!!」
最上型重巡、そして航空巡洋艦である二人は連携を保ちつつ次々と敵機を攻撃、これを落とし始めた。
島の西側では第六駆逐隊が長良、由良、とともに敵機を防いでいた。
「うう~~~!!さっすがにきついわね~~!!!これで一体何波来たの?」
暁が煤まみれの顔を袖口で拭った。発射火薬と爆炎が絶えず降り注ぐので、全員が煤まみれのような格好になってしまっている。
「あ、暁ちゃん!!」
「な、なによ?」
「鼻の下!おひげが生えたみたいなのです!!」
「あ、本当だ~~!!」
と、雷。
「な、ちょっと!?何言ってんのよ!!レディーに向かって失礼でしょ?!」
「喧嘩してる場合じゃないよ!ホラ、また敵機が来る!」
長良が注意を向けた。
* * * * *
大音響と共に爆炎が海上に立ち上った。
「きゃあ!?もう、なによぉ~~!!」
照月が悲鳴を上げて濛々とする黒煙から飛び出してきた。
「大丈夫ですか!?」
鳳翔が駆け寄る。
「うう・・・だいぶやられちゃった・・・ごめんなさい。」
照月の防空射撃の一瞬の隙を捕えられたのだ。誘導弾のように飛んできた爆弾が照月の至近距離で大爆発し、彼女の誇る高射装置と長10センチ砲が大ダメージを受けて大破していた。
「怪我は?!」
「は、はいっ!体は大丈夫です。でも・・・長10センチ砲ちゃんが・・・・。」
照月がうなだれる。
「ここはいいですから、あなたはすぐにドッグに行って修理してください。」
「そんな!まだやれます!!」
「いいえ、ドッグに行ってください。そこで緊急修理を!!その後速やかに戦列復帰してください。でないと防空戦闘が継続できない!!」
「わ、わかりました・・・!!鳳翔さん、無事で!!」
照月は大きくうなずくと、すぐにターンしてドッグに急行していった。鳳翔はそれを見送る余裕もなかった。不意に殺気を感じて振り返る。果たしてすぐそばに敵機が迫ってきていた。
「しまった・・・!!」
回避しようとするが、間に合わない。
「くっ・・・!!」
至近距離で敵機が爆発した。とっさに腕でかばった鳳翔が爆風を受けて大きく後退する。九六艦戦が体当たり覚悟で阻止しなかったら、鳳翔は轟沈していただろう。
「・・・・・・っ!!」
湧き上がってきた恐怖と忌まわしい記憶を振るい落とすように頭を振ると、鳳翔は今の状況を再確認した。
現在敵機は南西、南東、南南東の3方向から接近してきている。西側は長良、由良と第六駆逐隊が、東側には天津風と雪風が、南側には鳳翔、そして照月が、そしてその西には熊野、鈴谷たちが布陣している。日向、ローマ、リットリオ、プリンツ・オイゲンの4人は艦隊を組んで南方に進出し、遠距離での三式弾をもって敵機を正面から食い止めている。
だが、今しがた照月は敵機の爆撃を食らって、艤装が駄目になってしまった。防空駆逐艦がやられてしまった今、防空網に大きな穴が開きつつある。
「艦隊を編成して敵を追い返したいところだけれど・・・・でも、それではまったく意味をなさないわ。それにしてもこの執拗な襲撃・・・・。まるで私たちを泊地もろとも葬り去ろうというような・・・。」
突っ込んできた敵機を鮮やかにかわし、九六艦戦に撃破させながら鳳翔は思う。
「マリアナ諸島自体を囮にして私たちをおびき寄せたとでもいうの?」
先日の攻略作戦のことを考えた鳳翔の気持ちは暗くなる。
「でも・・・!!だからと言ってここで負けるわけにはいきません!!」
綾波のためにも、と自分の胸に言い聞かせながら鳳翔は敵機をにらみ据えたその時だ。
「・・・・・・あれは!?」
ゴマ粒の様な深海棲艦艦載機の後ろから、大きなシミが3つほどこちらに飛来してくるのが見えた。
「うそ・・・・。あの距離であの大きさって・・・・どういうこと!?」
鈴谷が呆然とつぶやく。巨大な三角形を思わせるその体が悠然とこちらに迫ってきた。体の前面にはやはり深海棲艦艦載機同様巨大な口が空き、鋭い歯が並んでいる。体の色は二体は全面的に黒だったが、一体だけやや後方を飛行しているのは白色だ。深海棲艦艦載機と違って、全体的になめらかで武装一つ見えない。
「敵は深海棲艦艦載機のほかに、新型機を投入してきたってこと!?」
「あのサイズ・・・・超重量級ですわ。鈴谷、あれをみると、私アレを思い出しますの。」
「アレ?」
「B-17・・・大型爆撃機ですわ。」
そう言った直後、3体の下部がハッチのように開いた。
「まっずい!!熊野、逃げるよ!!!」
鈴谷が熊野の手を引いて全速力で走り始めた瞬間、甲高い笛の音を立てて次々と黒い巨大なものが投下されていく。
「爆弾!?」
熊野の叫びは、轟音にかき消された。
海上に、あるいは陸上に激突した瞬間、すさまじい衝撃波と炎をあたり一面にまき散らしていくからだ。
3体は、いったいどこにそんな量をしまい込んだのだろうというほどの爆弾を雨のように降り注ぎながら進路を変えず、泊地めがけて進んでいく。基地航空隊や鳳翔の九六艦戦が八のように群がり、片っ端から弾丸を打ち込んでいくが、3体は微動だにしていない。まるで演習飛行のように悠々と飛んでいく。
この様相を南正面に展開する主力艦隊の面々も呆然と見ていた。
「煙も吹かないってどういうこと!?あれじゃいくら攻撃しても駄目だわ!!主砲で狙い撃ちしましょう!!」
息巻くビスマルクに無理です姉様、とプリンツ・オイゲンが袖を引っ張った。
「どうしてよ?」
「仰角最大にしたって、今のこの距離からじゃ当てられません。もう少し遠かったらよかったけれど・・・・。」
主砲の最大仰角は大和型でさえ、60度が最大である。これは戦艦同士の砲撃戦を想定して設計されているためだが、逆を言えば、それほど距離の離れていない敵航空機に対し、戦艦以下の主砲では迎撃不可であることを意味している。
「そんな・・・じゃ、このまま指加えてみてろっていうの?」
「そう言ったってどうしようもないわよ。」
と、ローマ。
「私たち戦艦じゃ、やれることに限りがあるんだし。」
「あんた諦めるの?前世で自分が独国爆撃機に沈められたからって、ふてくされてるんじゃないわよ!」
ビスマルクが怒った。
「なっ!?私がふてくされてる?!冗談じゃないわ。そっちこそ、おかしいんじゃない?だったら教えなさいよ。戦艦の主砲弾であのバカでかい図体の敵機を撃墜する方法を。」
ローマが憤懣やるかたない様子で上空を指さした。
「それを今考えてるんじゃない!!」
「二人ともやめろ。」
「ローマ、ビスマルクさん、やめてください。」
日向とリットリオが間に入った。それを見たビスマルクが顔を赤くした。どうやら焦りと怒りとで頭に血が上ってしまったことを自覚したようだ。
「ローマごめんね。あなたの傷をえぐるようなこと言っちゃって、本当にごめん。」
「・・・・あなたにもトラウマあるでしょ。私だって忘れられないトラウマの一つや二つはあるわ。いつか克服しなくちゃとは思ってるけれど、こんな時にその話は持ち出さないで。」
ローマはそっぽを向いたままそう言ったが、ビスマルクはそれを気にしなかった。むしろローマをそのような態度に仕向けたのは自分のせいだったと反省していた。
「とにかくだ。」
日向が話を元に戻す。
「今は何とかしてあの化け物を叩き落とす方法を考えなくてはならない。何かいい方法はあるか?」
「それは・・・・。」
5人は沈黙した。航空隊の機銃で寄ってたかって攻撃しても撃墜できないとすれば、いったいどうすればいいのだろう。
「あ~もう!!じれったい!!」
地団太を踏んだビスマルクは叫んだ。
「誰か何とかならないの!?」
その時だった。泊地にほど近い洋上で一つ・・・いや、二つの点が光り、まっすぐ虚空に向けて登っていったのは。
「翔鶴姉!!やるよ!!風上、攻撃隊、発艦はじめ!!」
凛とした声が響き渡った。
「あれは・・・・!!」
ビスマルクが目を見張った。
「瑞鶴、目標、敵の超大型爆撃機よ。全航空隊、発艦はじめ!!」
改装を終えた第五航空戦隊の二人がようやく洋上に出撃してきたのだ。
翔鶴と瑞鶴が洋上に出ていた。真っ先に目に着いたのは装甲化された飛行甲板である。今までのは木製であり、被弾してすぐに破壊されてしまうようなものだったが、漆黒に白のラインが塗られた装甲甲板は陽光を浴びて光っている。二人の服は改装前とそれほど変わらなかったが、手に持った弓は大型になっていた。
弓は大型になるほど、引き絞る力が要求される。扱いは難しそうだが、ひとたびその強力な弓から放たれた艦載機の威力はこれまでの比ではなさそうだ。
「烈風隊!!紫電改隊!!全機迎撃!!飛び立って!!」
翔鶴が矢をつがえ、キリキリと引き絞る。それを見ていた日向が驚愕したように目を見開いた。
「バカな・・?!」
「何が『バカ』なんですか?」
プリンツ・オイゲンが不思議そうに聞く。だが、日向は呆然と二人の方角を見て固まったように動きもしなかった。
「二本・・・同時だと?!」
第一航空戦隊の双璧でさえ、二本同時に矢を放つことはしない。何故ならそのようなことは元々並の射手では不可能だし、仮に高位の弓道者が行ったとしてもとても正確に目標に飛ばせるものではないからだ。
バシュッ!!と、すさまじい速度で放たれた矢は無数の艦載機と化してまっすぐに敵機に飛んでいく。
「速度が・・・・全然違うわ!!」
ビスマルクがつぶやく。今までの第五航空戦隊の二人が放つ艦載機の速度ではない。初速が段違いだ。まるで戦艦の主砲から放たれた砲弾のようである。
「新生した私たちを甘く見ないで!!翔鶴姉に負けていられないわ!!」
瑞鶴も、二本同時に矢をつがえ、翔鶴に続いて放った。その時だ。
まるで音速を越えたかのように一瞬大気が震え上がった。翔鶴の烈風隊、紫電改隊がその速度のまま敵に殺到する。敵はかわすこともできなかった。かわすつもりだったのかもしれない。だが、速度が違いすぎた。瞬く間に艦載機隊が爆撃機のわきをすり抜けた瞬間、閃光が走った。
一閃!!剣で斬り捨てられたかのように真っ二つになった敵がバランスを失って海上に落下していく。それを追尾する烈風隊、紫電改隊が一斉に機銃を噴く。次々と貫かれ、穴だらけになった機体は瞬く間に燃え上がった。きりもみ上に落ちていった機体は海上に落下する寸前で大爆発して四散していった。
残る2体は一瞬何が起こったのかわからなかったに違いない。だが、それらも瞬く間に瑞鶴の放った艦載機隊に同じようにしてやられていく。
全てが一瞬の事だった。
誰もが唖然として見つめる中、一人鳳翔だけは微笑を含んでこの光景を、そしてついで第五航空戦隊の二人を見守っていた。
「流石は改二・・・・これまでのお二人とは段違いに強いです。でも、それはお二人の絶え間ない練度の成果が実ったにすぎない。そうですよね、提督。」
満足そうに吐き出された言葉は風に乗って泊地に舞い上がっていった。
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