提督はBarにいる。
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肉の日メニュー争奪戦・1
肉の日。毎月29日にやって来るその日は、鎮守府内で行われる『聖戦』の日である。いつもならば朝方まで飲食店を開けている提督の代わりに午前の業務を受け持つ大淀とその日の秘書艦は、前日の内に別の部屋に翌日の書類を運び込む。肉の日には1日中執務室が使えないからだ。肉の日の主役とも言える提督兼『Bar Admiral』の店主は、前日の営業中から仕込みに入る事すらある。毎月の事ではあるが、翌日のメニューは何なのか?と尋ねても不敵に笑って
『明日の楽しみにしておきな』
と言葉を紡ぐのみ。そんな様子と漂ってくる香りから、明日の肉の日には何が食えるのか?と鎮守府内の艦娘達は想像を膨らませる。提督の料理の腕は信頼している……疑いようもなく、徹頭徹尾美味い。だが、それでも何が出てくるのかは気になる物だ。厳重に隠そうとされている物を暴いてみたくなるのと同じように。
さて、翌日の肉の日当日である。総員起こしで起きるや否や、ほとんどの艦娘が期待と食べられるのか?という不安でソワソワと浮き足だった朝を迎える。そんな様子を怪訝な顔で眺めるのは、着任したばかりで肉の日の存在を知らない者達だ。
「アイオワ、貴女何をそんなにソワソワしているの?」
不思議そうな顔をして昔馴染みの戦艦娘に尋ねているのは、アメリカが開発に成功した空母型艦娘『サラトガ』である。元々この鎮守府に来る予定ではなかった彼女だが、とある事情から提督が保護し、そのままこの鎮守府所属となっている。
『ま、元々の進路を潰したのも俺の責任みてぇな所があるからな。罪滅ぼしにゃならんかも知れんが……』
等とぼやいているのを鎮守府のパパラッチこと青葉が目撃している。
「あぁ、今日はMEAT DAYなのよ!」
楽しみで仕方無い、と顔を綻ばせているのはアイオワ。こちらも中々複雑な事情でこの鎮守府にやって来ていた。
「お肉の日?何かの祭日?それとも……」
「あぁ、違うのよ。今日は29日でしょ?日本だと、肉……つまりMEATと読めるからその名前が付いたらしいわ。そして今日はAdmiralがスペシャルメニューを用意してくれているの!」
あぁ、あの提督か……とサラトガも思い当たる。見た目は怖いが情に厚く、その顔に似合わずその辺のコック並みに料理が上手い。そんな変わった提督が作るスペシャルメニュー……しかも肉の日という位だ、肉がメインになるのだろう。先程朝ごはんを食べたばかりだというのに、想像したらお腹が空いてきた……ような気がする。
「ねぇ、そのスペシャルメニューっていつから食べられるの?」
「うーん、その時に作っているメニューで変わるのよね……でも大体、お昼過ぎには食べられるようになっているとは思うわ」
「なら、今日のランチはそれにしない?」
「良いわね!その為にも午前のお仕事頑張らなくちゃ!」
気合いを入れ直すアイオワを見て、自分も頑張ろうと気持ちを切り替えるサラトガ。しかし彼女は知らない。そのスペシャルメニューが3人に1人しか食べられない狭き門である事を。
戦は情報戦が要。古今東西の戦の数々がそれを証明している。例えそれが、『限定料理の奪い合い』だったとしてもだ。
時刻は午前11時。気の早い者ならば今日のランチは何にしようか?と思案を始める頃だ。手軽に済ませるなら鎮守府備え付けの食堂や購買、少しお洒落にいくなら『間宮』、お袋の味を求めるならば『鳳翔』……と、鎮守府内だけでも他の鎮守府に比べて選択肢が広い。しかして今日は肉の日。殆どの艦娘の狙いは提督のスペシャルメニューである。
「もー!よりによって何で今日が私の遠征の順番なの!?」
午後からの出撃の準備をしながら、誰に言うでもなく恨み言を叫ぶ吹雪。
「まぁまぁ、厳正なる籤引きの結果なんだから、諦めなさい?」
そう言って近くで宥めているのは制服のデザインは似ていないが、同じく吹雪型の叢雲。しかしその顔には間違いなくニヤニヤという笑いが貼りついていた。
「あーあー、そうでしょうともっ!叢雲は今日非番だもんね!?」
提督のスペシャルメニューは先着順優先の完全早い者勝ち。100人前しかないのだから当然とも言えるが、出来る前から店の前に並ぶ、というのは禁止されていない。仕事のある者は当然鎮守府内の見回りをしている連中にしょっぴかれたりするが、非番の奴は咎められないのだ。貴重な休日をスペシャルメニューの為に並んで立ちんぼになろうとも、だ。……しかし、それだけの事をする価値があると叢雲は確信していた。
「……御愁傷様」
短くそう吹雪に告げたのは同じく吹雪の妹である初雪。普段はやる気の感じられない彼女ではあったが、肉の日のメニューと聞けばやる気を出すのだ……それも、悪い方向に。
『良いのかなぁ』
そんな不安げな表情を浮かべているのは白雪。1週間前、吹雪・白雪・初雪・磯波・深雪・叢雲・浦波の7人で遠征の日割りを決める籤引きが行われた。肉の日の遠征を回避できるのは3人。確率3/7という半数以下の確率を引き当てたのが叢雲・初雪・白雪の3人だったのだ。なお、深雪と浦波は前日から油槽船団の護衛任務に就いており、鎮守府にその姿はない。
白雪に突き刺さりそうな鋭い視線を送るのは叢雲と初雪。その顔には、
『余計な事を言ったらぶっ飛ばすわよ?』
とありありと書いてある……そう、叢雲と初雪は手を組んで籤に細工をしたのだ。それを目撃された白雪に口止め料として当たり籤を1つ譲った上で、だ。
『ごめんね、吹雪ちゃん……』
どうしても姉に食べさせてあげたいのなら、譲られた当たり籤を吹雪に譲れば良かったのだが、白雪はそれをしなかった。罪悪感は多少あるものの、提督のスペシャルメニューの魅力に押し負かされた形だ。まぁ、その辺もこの鎮守府所属の艦娘らしいと言えばらしいのだが。
「さて、と。そろそろ並びに行きましょうか?他の非番の連中が並んでないとも限らないしね」
「……うん」
「そうだね」
叢雲の号令に応じて立ち上がる初雪と白雪。恨めしそうな吹雪の視線を受けつつ、部屋を後にする。
「くっそ~!帰ったら提督のお店で自棄食いしてやる~!」
そんな吹雪の叫びは虚しく消えるのだった。遠征や出撃、演習といった午後からの任務がある者は、当然しっかりと食事を摂って英気を養わなくてはならない。肉の日のスペシャルメニューを食べたいのだが、提督の仕込みが終わるまで店は開かない。昼飯時が過ぎれば当然、午後の任務が始まる。昼飯時に店が開けば運よくありつける可能性もあるが、手間暇掛けて作るスペシャルメニューが昼前に出来上がった事は、肉の日イベントが始まってから数える程しか無かった。なので午後からの任務がある者は泣く泣く別の場所で食事をする事になる。帰ってきたら残っている事を信じて……まぁ、それはかなり分の悪い賭けとなってしまうのだが。
艦娘達が期待に胸を膨らませる提督のスペシャルメニュー、出来上がりの時は刻一刻と迫っていた。
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