安らぎ
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第三章
「私もまたなのだ」
「死が安らぎだというのか」
「そのことはわからないというのだな」
「死は破壊でないのか」
ヒュプノスは夜空を舞いながらタナトスに問い返した。漆黒のその中を共に舞う彼に対して。
「そうではないのか」
「御前もそう思っていたのだな」
「だが違うか」
「では見てくれ」
タナトスは穏やかな顔でだ。ヒュプノスに告げてきた。
「これからな」
「御前が死をもたらす時をか」
「そうなればわかる」
こう兄弟に話すのだった。
「その時にな」
「ではすぐだな」
ヒュプノスはこうタナトスに返した。
「それがわかるのは」
「そうだな。人は多い」
そしてだ。その人はというのだ。
「必ず死ぬのだからな」
「今からわかるか」
「ああ、確かあの家だな」
闇夜の空からだ。タナトスは町を見下ろした。その中の一軒をだ。
その家を見てだ。彼は言うのだった。
「あの家に一人の老人がいるがだ」
「その老人がか」
「そうだ、死ぬ」
そうなるというのだ。その老人がだ。
「長い間病に臥せっていたがな」
「そして御前がそこに向かいか」
「死をもたらす。それを見てくれ」
「わかった。では見よう」
確かな声でだ。ヒュプノスはタナトスに答えた。
「それをな」
「そうしてくれ。それではな」
こう話してだ。そうしてだった。
タナトスはヒュプノスを連れてその家に入った。家の中では家族がベッドを囲んでいた。質素なそのベッドの中には痩せた老人が横たわっている。その老人は。
苦しい顔をしている。これ以上はないまでに。その老人を見ながらだ。タナトスは言うのだった。
「苦しんでいるな」
「かなりな」
「この老人は長い間こうして苦しんでいる」
「病によってか」
「そして今からだ」
どうするかというのだ。タナトスは。
「私がこの老人に死をもたらす」
「ではそれを見よう」
「よし、それではな」
ヒュプノスはタナトスのその言葉に頷いた。そうしてだ。彼が今からすることを見守ることにした。タナトスは老人の傍にそっと近寄る。人には彼の姿は見えない。
彼は老人の枕元に立ちその右手を出して老人の顔の上に置いた。そうすると。
これまで苦しみ息をはあはあと出していた老人がだ。急に静かになった。
そしてそのうえでだ。安らかな顔になった。その老人を見てだ。
ヒュプノスは己の前にいるタナトスにだ。こう言ったのだった。
「死んだか」
「私がそれをもたらした」
「そしてだな」
「この老人の顔を見てくれ」
ヒュプノスにもだ。傍に来る様に促しての言葉だった。
ヒュプノスもその言葉を受けた。そうして兄弟の隣に来て老人の顔を見ると。
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