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安らぎ

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第一章

                          安らぎ
 二人は共にだ。冥界を治める神ハーデスに仕えている。
 ハーデスは深い地の下にある己の宮殿の玉座からいつも二人にこう言っていた。
「そなた達には常に感謝している」
「勿体ないお言葉」
「有り難き幸せ」
 二人共全く同じ顔をしている。端整で何処か女性的な、ニンフめいていながらそれでいて毅然としたものがある。高い鼻に彫のある顔、そして豊かな長い髪を持っている。
 しかしその髪の色と瞳の色はそれぞれだった。一人は金色、もう一人が銀色だった。二人はそれぞれの色の瞳でハーデスを見ていた。
 ハーデスがその重厚な、しかも逞しい声でだ。二人の名を呼んだ。
「ヒュプノス」
「はい」
 黄金の髪と瞳の男が応えた。
「タナトス」
「はい」
 白銀の髪と瞳の男が応えた。
「そなた達は今からも仕事に向かうのだな」
「人界では夜の時間になりました」
 ヒュプノスが答える。
「ですから今より人の中を周りです」
「そして眠らせるのだな」
「そうします」
 こうだ。ヒュプノスは物静かにハーデスに答える。
「いつも通り」
「そうか。そしてだな」
 ハーデスは今度はタナトスを見た。そして彼にも問うた。
「そなたも今からだな」
「ポントの王が死にます」
 彼は少し荒々しい感じでハーデスに答えた。
「ですから今から」
「あの王の魂をミーノスの前に連れて行くか」
「そうしますので。そして今夜死ぬ者達も王と共にです」 
 どうするのか。タナトスはハーデスに答えた。
「連れて行きます」
「わかった。ではそれぞれ頼む」
「はい」
 タナトスもハーデスに対して答える。こうしてだった。
 二人で夜の世界に赴く。そのうえでだ。
 それぞれの仕事を行った。彼等は眠りと死をもたらしていた。
 その彼等に対してだ。人間たちはこう言っていた。
「寝るのはいいな」
「そうだな」
 まずはだ。ヒュプノスのことが話される。
「一日の終わりを迎えられる」
「安らかに」
「全てはヒュプノス神のお陰だ」
「眠り程いいものはない」
 人間達はこう言ってだ。ヒュプノスには感謝していた。しかしだ。
 もう一人のタナトスについてだ。忌々しげにこう言うのだった。
「死にたくないよ」
「俺もだよ」
「ずっと生きていたいな」
「全くだ」
 誰もが死を恐れていた。それは。
 だからだ。彼等はタナトスに対しては露骨に嫌悪感を見せていた。
「何で死なんかがあるんだ」
「昔は誰も死なないで済んだというのに」
「それが何故だ」
「タナトス神は俺達を殺すのだ」
 こう言ってだ。タナトスを嫌っていた。しかしだ。
 彼は人々に死をもたらし続けていた。次から次にだ。死すべき者達の最後にそれをもたらしていた。そうしたことを続けていっていた。
 その彼に対してだ。ある日だ。
 ハーデスは己の玉座からだ。こう問うたのだった。
「苦しくはないか」
「何がでしょうか」
「そなたの司るもののことだ」
 死、それについて問うたのである。ハーデスは地下深くにある己の宮殿、アポロンの太陽ではなく地下の様々な宝玉により多彩に照らされているその宮殿の中で問うたのである。
「死は誰もが嫌う」
「確かにそうですね」
「眠りとは違うのだ」
 ハーデスは彼の隣にいるヒュプノスも見た。ここでも二人は共にいる。
「眠りは安らぎをもたらすがだ」
「死は、だというのですね」
「終わりをもたらす。そしてその終わりはだ」
「荒々しい」
「そうだ。死は荒々しいものだ」
 そういうものだとだ。ハーデスは黄金と宝玉の玉座から述べた。 
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