SAO-銀ノ月-
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第百二十二話
祭り囃子がどこかから聞こえてくる神社にて、俺とキリトは巨大な蛇に遭遇する。神社の内部だというのに自在に動き回るソレに対して、二人のクナイと投げナイフが炸裂した。
「蛇は……熱感知だっけか?」
「匂いもじゃないか?」
「じゃあいいか」
熱感知だったなら、と用意していた炎を発生させるアタッチメントを再びポケットにしまい込み、キリトとともに一目散に大蛇から逃げていく。しかしクナイと投げナイフでしっかりヘイトを取った大蛇は、もちろんこちらを追いかけて来ているようで。
「よし……っと!」
「ショウキ、ここら辺りで大丈夫だ」
襖を蹴破って境内に出ると、キリトの合図で立ち止まった地点で大蛇を待ち構える。俺たちが背にしていた広間には、クロービスが遺したスリーピング・ナイツの『記録室』がある。そんなところで戦うわけにはいかないし、スリーピング・ナイツのメンバーは今まさに、仲間の遺したものに触れている。
「キリトは……会ったのか? 幽霊」
「……ああ。昔、助けられなかった子に」
あまりにも早い勢いで逃げてしまったのか、大蛇がこちらに襲いかかってくるまで数瞬の時があった。その間にあの『幽霊』のことを聞いてみると、顔を伏せたキリトから予想通りの回答が返ってきた。わざわざ誰と会ったかなどとは聞かないが、きっとあのデスゲームで後悔する別れ方をした者だろう。
「ショウキは、アレが何なのか……聞いてたりするか?」
「ああ。クロービスから、聞いたよ」
狐面のNPCの少年が言うには、あの幽霊はアルバムのようなものだと。もちろん本物の幽霊などではなく、こちらの記憶を読み取って出現する、ただのデータで出来た構成体に過ぎない――のだろう、これはあくまで俺の予想だが。
「アルバム、か……それでも。それでも……会えてよかった」
キリトの感情がこもった独白とともに、話は終わりだとばかりに大蛇が境内に襲来する。どうやら俺とテッチがいた地下通路は、この大蛇の住まいだったらしく、地下へと大蛇の胴は続いていた。全貌を見せればさらに巨大なものなのだろうが、今は身体の半分以上が未だに地下に埋まっている。
「いくぞ!」
「ああ!」
それでも俺たちとは比べ物にならない身体の巨大さだったが、ならばこそ、これ以上に全貌を現す前に叩く。キリトの号令のもとに彼は二刀流を構え、俺はまずこちらに首を向けている大蛇に接近する。
「セイッ!」
神社から首を出しているような大蛇の第一打は、こちらへの氷結ブレス。触れたもの全てを氷像にしかねない冷気を持つブレスに、鞘から飛び出した抜刀術の一撃が立ちはだかった。その鋭い刃はこちらとブレスの間に真空を作り出し、氷結ブレスをも斬り払ってみせた。
「キリト!」
しかして大蛇はまさかブレスが斬り払われているなどと気づかずに、そのままこちらに氷結ブレスを放ち続ける。確かにその行動も正解ではあるが、代償に大蛇には巨大な隙を生じさせ、そこを見逃すキリトではない。
「分かってる!」
キリトの十八番である《ヴォーパル・ストライク》が大蛇に炸裂し、目に見えてノックバックするとともに氷結ブレスが止まる。抜刀術に解き放った日本刀《銀ノ月》を再び鞘にしまいながら、苦しむ大蛇に向けて疾風魔法を付与したクナイを発して、吸い込まれるようにその瞳の光を奪った。
「ぉぉぉおお!」
そしてクナイによって光を奪われた方にキリトが回り込み、《スキルコネクト》も駆使した防御を考えぬソードスキルの乱打を放つ。8連撃ソードスキル《ハウリング・オクターブ》を両手の剣でそれぞれ繋いでみせ、大蛇が苦悶の苦しみをあげていく。
「そこだ!」
苦悶の叫びのために口を開けた大蛇に対し、業火を付与するアタッチメントが装着された日本刀《銀ノ月》の刃が、引き金を引くことで蛇の体内に発射される。身体の内側から炎を伴った刃が突き刺さる感触はいかほどのものか、想像もしたくないが――どうやら暴れまわる大蛇を見る限りは、筆舌にしがたい感覚ではあるらしい。
「……やりすぎだろ」
「後は任せた!」
もはや大蛇ほどのサイズともなれば、こうして暴れ回るだけでも随分に厄介だ。それを指してキリトから文句が飛んでくるが、それはそれ、のたうち回る大蛇から逃げながらそう叫ぶ。ついでに業火を付与するアタッチメントを柄から排出し、ポケットにしまいながら、後のことはキリトに託す。
「――あそこか!」
事実、キリトは既に神社の屋根の上に登っている時点で、もはや大蛇は詰みの状況に陥っていた。キリトが屋根から飛び下りた地点は、先程に発射した日本刀《銀ノ月》の刀身が体内から貫通し、堅固な鱗の鎧が唯一無効になっている場所だ。
「はぁっ!」
そこに針を通すような重単発雷撃ソードスキル《ライトニング・フォール》が炸裂し、体内から貫通した穴から雷撃が全身に伝わっていく。炎の後は雷を浴びることになった大蛇は、キリトの一撃とともに崩れ落ちるとともに、トドメの抜刀術の一撃にHPゲージは完全に0となった。
「一丁上がり……の筈だけどな」
血を払って日本刀《銀ノ月》を鞘にしまい、キリトが隣に着地して。完全に戦闘終了といった案配だったが、明らかな違和感がそこにはあった。
「……構えとけ、ショウキ」
倒したはずの大蛇がポリゴン片となって分解されない。そうなればまだこの世界からは死んでいない、ということであり、まだ戦いが終わっていないことの証左だった。そのことは身を持って学んでいた俺たちは、やがて鳴り響いた地響きに気を引き締める。
どこかから鳴り響く祭り囃子とともに、地響きはさらに大きくなっていく。そして大蛇の死骸が神社の内部――というより地下に戻っていくと、代わりに神社を半透明の和装の何者かが埋め尽くした。それらは誰も彼もが楽器を奏でており、この神社に来た時から奏でられていた祭り囃子は、この幽霊たちが奏でていたのだと納得した。
「なるほど。《幽霊囃子》、か……」
このクエストの名前である《幽霊囃子》。その由来を様々と見せつけられるとともに、俺たちが今までいた神社が徐々に崩落していく。とはいえ崩落したのは本殿だけで、スリーピング・ナイツのメンバーがいるであろう、例の『記録室』がある広間の無事を確認すると、神社の代わりに現れたソレを仰ぎ見た。
「《ヤマタノオロチ》……!」
八つの大蛇に一つの胴体。ただし胴体は未だに地下に埋まっており、一つの大蛇の首は、俺とキリトにやられてグッタリしていたものの。伝説や伝承にさほど詳しくない自分でも、隣のキリトが言わんとしていることは理解できた。つまりアレは、この和風VRMMOを掲げるこの《アスカ・エンパイア》でも、伝説上の生き物なのだと。
「キリト、楽器は」
ただし今回ばかりは、こちらに対抗策がある。俺たちがそれぞれ探し出していた楽器――アレは、境内で見つけていた文献によると、巨大な化け物を鎮めるための道具なのだ。一度バラバラに強制転移され、合流するためにはあの楽器の入手が必要のため、持っていないわけがないのだが――
「……ユウキが持ってる。そっちのは?」
「……テッチが」
……しかして俺たちは二人組で楽器を取得しており、どうやらどちらもパートナーに渡してきてしまっているらしい。そして俺たちがそんな寸劇をしている間に、大蛇の首が緑色のブレスを死んだ首に吐いていた。
「あ」
その色には見覚えがあり、予想通りにヒールブレスだったらしく。せっかく倒した氷結ブレスの大蛇も、ヒールブレスの効果で再び回復していくと、恨み骨髄といった様子でこちらを睨みつけてきた。流石にHPゲージ全開とは言わないが、5割ほど回復している様子だった。
「……どうする?」
「…………」
蛇にらみ、という言葉があるが、まさしくその通りで。恐らくはALOでいう邪神クラスであるあのヤマタノオロチに対して、流石に二人ではどうしようもないと、キリトと顔を見合わせていると。
「もちろん! やっちゃおうよ!」
破壊された神社の方向から、そんな聞き慣れた明るい言葉が聞こえてきた。その声の主が誰かを考えるまでもなく、彼女らがこちらと合流する。
「お待たせしました」
「ズルいじゃねぇか。お前たちだけであんなんと戦うなんてよ!」
「そうそう!」
あの『記録室』から出て来たスリーピング・ナイツのメンバーが、それぞれの武器を構えてこちらに合流する。待ち構えるかのようにこちらを睥睨するヤマタノオロチを見て、とりわけ好戦的な二名ことユウキとジュンが不満を漏らす――その瞳に、まだ涙が混じっていることには触れないようにしながら。
「しかし……《八岐大蛇》って言えば、百人単位で倒すレイドボスですよ」
「でも幼生体みたいじゃん! 楽勝楽勝!」
それはともかくとして、まだこちらに近づいて来ないヤマタノオロチに対して、タルケンが少し引き気味に呟いた。確かに巨大な大蛇ではあるが、どうやらアレはまだ幼生体とのことらしい。
「あの楽器は?」
とはいえ幼生体であろうとも、タルケンが言ったヤマタノオロチの百人単位前提という解説に納得する威圧感はあり、その攻略の鍵となるであろう楽器のことを聞いてみると、同時にスリーピング・ナイツのメンバーが一斉に顔を逸らした。そんな息のあったプレイに嫌な予感を覚えていると、メンバーを代表としてリーダーであるユウキがおずおずと話しかけてきた。
「いや……その……楽器抜きで倒したいなー、なんて」
「ちょっと言うと思ってたよ……」
「言い訳を聞こう」
キリトの苦虫を噛み潰したような声に全面的に同意しながら、とりあえずはユウキの事情を聞くことにする。というかこうしてユウキから無茶ぶりをされるのは、凄く近いうちに既視感がある。具体的に言うと、スリーピング・ナイツだけでフロアボスを倒したい、などと言われた時のような。
「だって悔しいんだもん! なんか全部クロービスの思い通りって感じで!」
「だから、クロービスが用意した攻略法以外で、あのヤマタノオロチを倒してやろうって?」
「うん」
このクエストの製作者である、かつての仲間ことクロービスの思い通りにクエストが進行している、という状況が悔しいらしく。そんなユウキの言い分――いや、スリーピング・ナイツたちの言い分は理解した。コクコクとユウキ同様に頷いているメンバーと、諦めたように苦笑いするメンバーと。ついでに世界ごと揺らすような、ヤマタノオロチの叫び声と。
「……ダメ、かな?」
「……ナイスな展開じゃないか、だろ? ショウキ」
「先に言うなよ」
こちらを上目づかいで見てくる、自分では気づいていない涙目のユウキの頼みを断ることが出来るわけもなく。むしろキリトとともにスリーピング・ナイツたち以上にやる気を起こし、簡単に陣形を組んでヤマタノオロチに立ち向かう。
「ありがと! よーし、行くよ!」
ユウキの号令は、むしろヤマタノオロチの方に響いたかのように。地下から解き放たれた八つの大蛇が、それぞれ首を伸ばしてこちらに襲いかかってきた。先にキリトと倒せたのは、大蛇が僅か一体しかいなかったからであり、次はそう簡単にはいくまい。
「それぞれ特殊能力があるから気をつけろよ!」
「まずは超回復の大蛇ね!」
そしてヤマタノオロチにはそれぞれの大蛇に特殊効果があるらしく、キリトと俺で倒した大蛇の頭は氷結ブレスを放ってきた。そしてその氷結ブレスの大蛇を回復させた、ヒールブレスの大蛇は最も後方に待機している。体当たりしてきた大蛇の一撃を避けながら、まずはそのヒールブレスの大蛇を倒さんと散開する。
「そこ!」
ヒールブレスを持つ大蛇に近寄らせまいと、残る蛇の頭は散開した俺たちにそれぞれ肉薄する。その大蛇たちは、シウネーの魔法によって一瞬だけ凍結するものの、すぐさま状態異常を回復してみせた。
「ええーい!」
だがしかし、その一瞬さえあれば充分だった。その大蛇の近くにいたメンバーによる、氷結ブレスを放つ大蛇への一斉攻撃――先程、キリトと俺にやられていたのもあって、HPが回復してきれていなかったもあり、氷結ブレスの大蛇は再びその身体を大地に沈めていた。
「こっちこっち!」
そして倒れ伏した氷結ブレスの大蛇を回復しようと、ゆっくりと氷結ブレスの大蛇が近づいてくる。もちろん、それを倒してやるのが狙いだが、そう上手くはいかなかった。他の大蛇たちが行動を再開し――たとともに、ソニックブームが大蛇たちを襲った。
「後は!」
ソニックブームの発信源はテッチ。攻撃自体には大蛇たちに通じるダメージはなんらなかったが、その特性はダメージではなくヘイト集中。ヒールブレス持ちの大蛇以外のヘイトがテッチに集中したにもかかわらず、テッチは逃げることなく大盾を構える。
「テッチ!」
大蛇の攻撃に巻き込まれない位置にシウネーが待機しており、テッチが大蛇の攻撃を防ぎつつシウネーが回復し、その隙に他のメンバーがヒールブレスの大蛇を倒す。打ち合わせもしていないだろうに、なんとも息のあったスリーピング・ナイツたちの連携に舌を巻くが、相手は幼生体とはいえレイドボス。その六連撃を受けてしまえば、流石に回復があろうともただではすまい。
「ッ……!」
テッチが持っていた大盾がスキルによってさらに巨大化し、大蛇が放った火炎弾を跳ね返し、別の大蛇に器用に当ててみせた。しかして次に放たれた、身体を硬質化した大蛇の体当たりには圧されてしまい、さらに雷撃ブレスが他の大蛇から放たれる――
「その雷撃、こっちだ!」
――しかしてその雷撃ブレスは、テッチを襲うことはなかった。雷撃ブレスは自動的にこちらを、日本刀《銀ノ月》を狙って誘導する。
「ショウキさん……!?」
「二体、こっちで受ける!」
日本刀《銀ノ月》に雷の属性を付与するアタッチメントを装着すると、雷を帯びるだけではなく、日本刀《銀ノ月》自体が避雷針としての特性を得る。よって雷撃ブレスはこちらに引き寄せられると、誘導した雷撃ブレスが日本刀《銀ノ月》に直撃し、さらに刀身に雷の力を吸収していく。
「っ……お前が、食らえ!」
レイドボスの雷の力を吸収したことにより、もはや持っているのも難しいほどの雷の力を得た日本刀《銀ノ月》を、今まさにテッチを襲おうとしていた大蛇に突き刺した。大蛇が放つ雷撃ブレスは大蛇自身にも堪えるようで、攻撃をストップするとともに感電する。
「離れて!」
大蛇感電に巻き込まれないように、その声に反射的に従うように。日本刀《銀ノ月》を抜いてバックステップすると、テッチのシールドに跳ね返された他の大蛇が、その感電した大蛇に直撃し巻き添えを食らう。
「もう一度!」
しかも、それだけではない。感電する二体の大蛇に対して、大質量の水がぶちまけられた。シウネーの水魔法だと気づいた時には、テッチから新たな指示が届いていた。その指示を瞬時に理解し、再び日本刀《銀ノ月》に《稲妻》を付与するアタッチメントを挿入すると、再び大蛇から雷撃ブレスが放たれた。
先と同じく避雷針となった日本刀《銀ノ月》は、雷撃ブレスの力をそのまま刀身に吸収していき、引き金を引くことでその刀身を発射する。全身ずぶ濡れの大蛇二匹へと放たれる、雷の力を得た銀色の刀身。それらが行き着く先はもはや決定事項であり、大蛇たちの悲痛な叫びが空間に響き渡った。
「蛇の丸焼き、一丁……いや、二丁上がりか」
チラッと残りのメンバーがいる方向を見てみれば、そちらはそちらで数の暴力でヒールブレスを放つ大蛇を制圧していた。これで残るは四本の首となり、回復も不可能となった。
「……うわっ!?」
しかしてこのまま楽勝――という訳にはいかずに。神社から響き渡る《幽霊囃子》が大きくなっていき、それに比例して大蛇たちも力を増していた。遂に耐えられなくなったテッチが吹き飛ばされ、助けに行く暇もなくこちらにも一匹迫る。
「《縮地》……シウネーさん!」
「あ……ありがとうございます!」
そこを高速移動術《縮地》で退避しながらも、ヒールと支援役に残っていたシウネーのもとに駆けつける。彼女もまた大蛇に襲いかかられるところであり、手を引いて大蛇の体当たりをともに避ける。
「おいおい浮気はリズに言いつけんぜ!」
「言ってろ……いや黙っててくれ頼む」
「ああもうそんなことより……堅い!」
そんな寸劇とともにテッチを除く他のメンバーと合流し、シウネーから手を離すと彼女は後方に下がっていく。しかして追いすがって来ていた大蛇に放ったタルケンの一撃では、どうやらウロコを硬質化している大蛇には通じないようだったが、シウネーの氷魔法で何とか怯ませることに成功する。
「んのぉ!」
そして新たな大蛇が俺たちに迫る。その大蛇はどうやら雷撃ブレスを放っていた大蛇のようで、雷を自らが纏うことで大幅に突進力を増しており、一体だけ明らかに威力や速度が異なっていた――恐らく、テッチを吹き飛ばしたのも、この大蛇の首だろう。タンク職でなくては当たっただけで粉々になるだろうソレに対して、ノリの打撃武器による側面からの一撃によって、なんとか大蛇はその方向を俺たちから変えた。……いや、大蛇が方向転換した場所には、既に1人のプレイヤーが立っていた。ただ方向転換をした訳ではなく、そちらに誘導していたのだ。
「だらしなく大口開けてよぉ……なら、たらふく食ってな!」
そこにいたのは、身の丈ほどの大剣を構えたほどのジュン。そのままジュンは大蛇の標的となり、捕食狙いの体当たりをギリギリの位置で避けながら、そっと自らの愛刀を横向きに構えた。ただ置いてあるだけに過ぎなかったが、大口を開けて体当たりを繰り出していた大蛇の頬に当たる部分に炸裂した。
「おららららららぁ!」
「はーい、ちょっと動かないの!」
頬を少し切り裂いた大剣をそのままにジュンは走り出し、頬から胴体を真一文字に切り裂いて進んでいく。自らの身体が二つに裂けていく感覚に襲われる大蛇は、当然そこから逃げだそうとするものの、そこはノリが打撃によるスタンと方向転換で動かさせない。
「いいよいいよジュン! そのまま!」
キリトやユウキとともに、他の大蛇の首からジュンに放たれたブレス攻撃を防ぎながら、そのままトンネルを掘るが如く大蛇を真っ二つに切り裂くジュンを応援していると。遂に大蛇は耐える限界点を越え、五体目の首もあっけなく沈黙した。回復による復活を考慮してポリゴン片になって消滅しないのだろうが、既にヒールブレスを司る大蛇はいないため、ただ無意味に大地に倒れ伏すだけだ。
「丸焼きの次は蛇の開きってな! ざまあみろって……ん? あぁ!?」
一体の大蛇を仕留めてみせたジュンだったが、その代償は大きかったらしく。無理やりに大蛇を真っ二つにした大剣もまた、同様に耐久力の限界だったらしく、ジュンの手の中でポリゴン片となって消滅していく。
「後でまた作ってあげるから! 早く下がって!」
「くっそ……いいところなのによ!」
レイドボス相手に予備の武器で戦うのも力不足ということもあり、タルケンがカバーしながらジュンとともに後退していく。残るメンバーも大蛇のヘイトを必死に稼ぎ、なんとかジュンから注意を逸らすことに成功した。
「堅くなる奴はあたしがぶん殴ってやるわ!」
長期戦ではHPやスタミナ、人数からこちらが不利だと判断した短期決戦を挑んでおり、その甲斐あって残る大蛇は三体。その中でもウロコを硬質化させて刃を通さない大蛇に対しては、唯一の打撃が持ちのノリが名乗りをあげた。そして残り二体は、巨大な火炎弾を放つタイプと――
「……わあ!?」
――今の今まで見せていなかったが、大蛇の目が光るとともに台風のような疾風が吹き荒れた。何とか踏ん張って堪えるものの、装備の関係で最も軽いユウキはたまらず吹き飛ばされてしまう。
「……ちょっと! ユウキが吹き飛ばされてあたしが吹き飛ばされないと、あたしの方が重いみたいじゃん!」
「…………」
ノリの発した抗議からキリトとともに目を逸らしながらも、吹き飛んでいったユウキを助けに行きたいところだが、まだ俺たちにも継続的に疾風が舞っている。あまりにも強い疾風故に、他の大蛇も追撃が出来ないのは不幸中の幸いだったが――今なお風に吹かれているユウキには、そうもいかない。
「ユウキ! 避けろ!」
「そ……そんなこと言われても!」
上空で身動きの取れないユウキに対して、大蛇の一体が放った火炎弾が迫る。疾風によって炎が煽られて火炎弾は勢いを増し、今や当たれば一瞬にして灰になるかのような火力を持っていた。
「でも……えいや!」
避けられない。そこでユウキが取った行動は、火炎弾をソードスキルを込めた斬撃で切り裂くことだった。スペルブラスト――散々キリトや俺はやっておきながら、全くその可能性について思い立っていなかった。
「見たか! ボクだってこれぐらわああああ!」
「おっと!」
火炎弾を切り裂いたとともに突風が止み、上空に巻き上げられていたユウキが落下していくが、そこは合流したテッチがキャッチした。そして火炎弾を放つ大蛇は、ユウキたちに向かっていく。
「ショウキ! こっちにも来るぞ!」
ならば、残る二体の大蛇はこちらに来る。向こうは向こうで何とかするだろうと、キリトにノリと大蛇たちを迎え撃つ。先の突風で受けたダメージをシウネーの魔法が回復してくれた後、ウロコが硬質化した大蛇の攻撃を後ろに避ける。
「あんたの相手はあたしだって言ってんでしょうが!」
しかして背後に避けただけの男二人と違って、ノリは無理やり体当たりしてきた大蛇の上に乗ってみせた。そしてその手に持った棍で力任せに大蛇を叩くと、硬質化したウロコにヒビを与えてみせる。
「もういっちょ!」
「ショウキ!」
「分かってる!」
更なる追撃をしようとしていたノリの上空から、突風を起こす大蛇がノリを捕食せんと迫っていた。ただしノリに対して一直線で向かって来る故に軌道は分かりやすく、男の疾風を纏ったクナイとキリトの斬撃が大蛇の目を潰す。
そして上空から迫っていた大蛇は視界を失い、ノリを振り落とさんと暴れる硬質化の大蛇に落下する。まるでダイヤモンドのような硬さを誇る硬質化の大蛇も、自らと同じ大蛇の質量の体当たりには堪えたようで、しばし痛みに堪えかねてかスタンを発生する。
「これで……最後! で、バトンタッチ!」
その隙にノリの棍の一撃が硬質化したウロコを砕き、柔らかい弱点部位を晒し、その場所に高速移動術《縮地》で接近する。そこで力尽きて倒れ込んだノリと手を叩いて位置を入れ替えると、日本刀《銀ノ月》の柄についたスイッチを押す。すると刀身が細かな振動と独特な音を響かせていき、まるでチェーンソーを連想させていく。
「はぁっ!」
実際に、チェーンソーと原理は同じだ。刀身を高速に超震動させて切れ味を増す、日本刀《銀ノ月》の震動剣の機構。久々に使うが問題ないようで、大蛇の弱点部位に刀身を突き刺しドリルのようにほじくり返していく。わざわざウロコを硬質化させて守っているだけあって、他の大蛇よりさらに弱いのか、超震動の音と大蛇の悲鳴が《幽霊囃子》をかき消すほどに響き渡り、俺はさらに日本刀《銀ノ月》を深々と突き刺していく――と、硬質化の大蛇は大地に沈んでいた。
「ふぅ……」
そして息を呑む俺に対して、こちらを熱感知したらしい突風を起こす大蛇が、仇を取らんとばかりにこちらを捕食しようと迫った。しかしてその大蛇が仇を討つことは決してなく、むしろ自らの不幸を呪うべきであった。事実、ゆったりと日本刀《銀ノ月》を鞘にしまい込む俺の目の前で、その大蛇は力尽きて倒れ伏してしまったのだから。
「……ご愁傷様」
ついつい、そうして呟いてしまう。突風を起こす大蛇の上に乗っていた、二刀流のプレイヤー――キリトと対峙してしまったのが不幸だった。お互いに健闘を称えてガッツポーズを一つ、続いて急ぎ増援に向かおうと、最後の一匹の大蛇と交戦しているだろうユウキの方を向く。
「向こうは向こうでやってんねー」
そんなのんきな声が隣にいたノリから伝わり、俺たちは火炎弾を放つ大蛇と交戦するユウキたちの姿を見た。合流したテッチが大蛇の突進を大盾で弾き飛ばすと、大蛇は火炎弾を吐こうと口を開ける。
「ええい!」
そのタイミングを狙ったタルケンの投げ槍が、大蛇の真下からソードスキルを伴って放たれた。口の内部で火炎弾を生成していた大蛇だったが、タルケンの投げ槍は強制的に大蛇の口を閉じさせ、結果として火炎弾は大蛇の口内で爆散する。プレイヤーを焼き尽くすほどの火力が口内で爆発した威力はいかほどのものか、たまらず後退した大蛇に対して、閃光のように切り込んでいく1人の少女。
「オーライ……っと!」
そして素手となっていたジュンがジャンプ台となり、走っていた少女――ユウキは天空に駆ける。大蛇の目と鼻の先に現れたユウキは、すぐさま自らの腕とその延長線上にある愛刀を引き絞った。
――そして今から起こらんとしていることを、物陰から見つめる狐面の少年がいて――
「やああぁぁぁぁぁっ!」
――放たれる、もはや説明不要の九連撃ソードスキル。彼女のみが放つことの出来る閃光そのものの斬撃に、最後の大蛇の首も屈服してポリゴン片と化していた。しかもそれだけではなく、全ての首を失ったからか、《ヤマタノオロチ》全てがこの世界から消滅していく。
「え」
――しかしそれは、ラストアタックを見事決めてみせたユウキにとって、少し計算外な事態だったらしく。どうやら倒した大蛇に着地して、そのまま大蛇の顔から胴体を滑り台の要領で降りてくる予定だったが、肝心の大蛇の首はポリゴン片となって消えてしまった。
「ひゃぁぁぁぁぁぁ!?」
そうなるとまたもやユウキは空中に投げ出されて、先程も聞いたような気がする悲鳴が世界に響き渡った。翼のないこの世界では重力に逆らうことは出来ず、そのまま大地に向かって自由落下していく。
「あ、タルケン。もうちょっと後ろ」
「はい」
「よっと!」
それを向こうにいたスリーピング・ナイツのメンバーが無事にキャッチし、ユウキは何とか事なきを得たようだ。それとともに俺たちを囲んでいた《幽霊囃子》も消えていき、《ヤマタノオロチ》の分も併せて、ポリゴン片がまるで芸術作品が如く美しく天に舞う。
「……なあ」
かつては『死』の象徴でしかなかった、仮想空間のポリゴン片に対しても、まるで花びらのように舞う美しい様に言葉を失ってしまう。そんな景色にどこかおかしくなって苦笑すると、その《幽霊囃子》に混じっていた『彼女』に声をかけた。
「見ての通り、こっちは楽しくやってる。だから……だから、さ」
『彼女』はデスゲームでの最中と同じように、ヒマワリのような笑みを見せてこちらを眺めていた。もちろんアレは本物の『彼女』ではなく、俺の記憶の中にあるアルバムのようなものにすぎない――が、そうだとしても。
「だから……助けてくれて、ありがとう……アリシャ」
何を言ったものか迷ったけれど。結局、勝手に口から出て来たのは感謝の言葉だった。あのデスゲームで彼女に命を救われていなければ、俺は確実にこの世にはいない。そう、祈りを込めて感謝すると、次の瞬間にはもう『彼女』の姿はどこにもなく。
「……ありがとうな……」
「ショウキさん?」
天に昇っていくポリゴン片を見上げていると、後方で支援してくれていたシウネーが不審げに話しかけてきていた。確かに端から見れば、いきなり空に向かって感謝するという、危ない奴そのもので。誤魔化すような苦笑いを浮かべると、シウネーもどこか察したような表情を作る。
「ありがとうございます。先程は助けていただいて」
「いや」
「よっしゃ! 見たかクロービス!」
「みんなお疲れ様ー!」
先の戦いで大蛇から手を引っ張って助けたことを感謝されるも、別に気にするな――といったことを言おうとするも、向こう側から響く声に中断され、シウネーと揃って苦笑いを浮かべた。
「タルケンが作ったナマクラは折れたけどなー!」
「ジュンの使い方が荒いんだよ!」
「そっちも大丈夫?」
そんなジュンとタルケンの言い争いを背後に、心配そうなユウキがこちらに駆け寄ってきた。とはいえ俺にキリト、ノリにシウネーも特に直撃を受けたわけではなく、大丈夫大丈夫と態度が示していた。
「手強かったし、危ないところもあったけど、お疲れ様! あとは二人に、見てもらいたいものがあるんだ!」
「俺たちに?」
ヤマタノオロチを倒しただけではクエストは終わらない、とばかりにユウキはキリトと俺に語りかけてきた。そのどこか自信ありげな表情のユウキに先導され、たどり着いた場所は――
「ここは……」
「……うん。クロービスが遺してくれた、ボクたちスリーピング・ナイツの思い出の場所」
――どこまでも広がっていく大草原の中に浮かぶ、スリーピング・ナイツの冒険の記録。ヤマタノオロチとの戦闘前に見つけていた、クロービスの『記録室』だ。
「ここまで連れてきて貰ったお礼に、なんだか二人にも見て欲しくてさ。スリーピング・ナイツの冒険をね!」
「……ああ」
「なあ、この人は……」
ここまで連れてきて貰った、なんて俺たちが何をしたわけではない――とは言いたかったが、わざわざ訂正するのも野暮な話だ。草原にどこまでも浮かぶ思い出に、どこから見ようかと空を仰ぐと、キリトが近くにあった写真を指差した――いや、正確には、その写真に写っていたある人物のことを。
「あ……その人はね、ボクのお姉ちゃん。ランって名前だったよ」
どっかアスナに似てるよね――というユウキの言葉の通りに、ユウキというよりはどこかアスナに似たプレイヤー。そもそもアバターなので現実の姿とは違うだろうが、雰囲気が酷似しているというべきか。
「ちょっと心配性でさ。さっきも……会いに来てさ」
しかしこの写真に載っていて、今はスリーピング・ナイツにいないということ。そしてこの《幽霊囃子》クエストで会ったということは――
「でも、ちょうど聞いて欲しかったんだ。ボクたちが今、ショウキたちとどれだけ楽しく遊んでるか。だから……だから、心配しなくても、いいって」
そう訥々と語るユウキの表情は、こちらから覗くことは出来なかった。俺やキリト――いや、ここにいる誰にも表情を見せないように、そっぽを向いていて。
「だから、お姉ちゃんに言ったことが嘘にならないように……これからも、楽しく遊んでいこう?」
そしてこちらを振り返ったユウキは、いつも通りの底抜けに明るい笑顔を見せてくれていた。しかしユウキがこちらに伸ばしてきた手は、その表情とは裏腹に震えていて、目の端には隠しきれない涙が浮かんでいた。
彼女がどんな思いでこの《幽霊囃子》クエストをクリアしたのかは、俺たちには未来永劫分からないだろう。かつての仲間であるクロービスが作ったこの世界で、二度と会えないと思っていた姉に再び別れを告げて。
「……決まってるだろ。これからもよろしく、ユウキ」
今の俺が彼女に対して出来ることは、ただその手をゆっくりと握り返すことだけだった。それだけでも彼女の手はゆっくりと震えが収まっていき、その後に強く強く握り返してきた。こちらが顔をしかめているにもかかわらず、ぶんぶんと握った腕をひとしきり振った後、満足げに笑っていた。
「――うん!」
……こうして、俺たちは《幽霊囃子》クエストをクリアした。つまりここからは後から聞いた話だが、どうやらあのクエストには、ある暗号が隠されていたらしく。不幸にも、俺たちにそれは発見出来なかったものの、その暗号を解読するとある文字列が浮かび上がるとのことで。
それはこのクエストの開発者であるクロービスが、誰かに託したメッセージのようだった。
――『僕はここにいる』、と。
後書き
これにてクローバーズ・リグレット編は終了となります。拙作ではショウキを通してのユウキ、ないしスリーピング・ナイツ側の視点が主でしたので、クロービスもスリーピング・ナイツのことをどう思っているか、というのはあまり書けていません。
是非とも、クローバーズ・リグレットの原作を手にとっていただければ幸いです。
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