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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百四十五話 華燭の宴 

帝国暦 489年 3月 15日  オーディン   ミュッケンベルガー邸    エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



はあ、疲れた……。ベッドに入り時刻を見ると三月十五日も終わろうとしている。今日はとんでもない一日だった。思わず溜息を吐いていると隣で横たわっていたユスティーナが話しかけてきた。

「大丈夫ですか、お疲れになったのでしょう」
いかんな、ベッドに入って溜息を吐くなど彼女に失礼だろう。嬉々としてとはいかなくてもごく普通にベッドに入らなければ。俺は笑みを浮かべながらユスティーナに答えた。

「大丈夫だよ、君こそ疲れただろう」
「私は大丈夫ですわ、でも貴方はここ最近ずっと遅くまで仕事をしていらっしゃいましたもの、疲れが溜まっているのではないかと思って……」
ユスティーナが俺を見ている。心配そうな顔だ、胸が痛む……。ここは嘘でもにっこりだ。

「大丈夫、心配はいらないよ」
「本当に明日は大丈夫ですの? お忙しいのでしたら取り止めても……」
「それには及ばない、明日は予定通りフロイデンの山荘に行こう。向こうは寒いからそれだけは注意しないと……」

ユスティーナはちょっとの間俺の顔を見ていたが納得したのだろう、“はい”と答えた。彼女だって新婚旅行には行きたいはずだ。まあ、遠くへはいけないからな、フロイデンの山荘で我慢してもらうしかない。

フロイデンの山岳地帯はオーディンの中心市街から見ると西方にある。地上車で約六時間の距離にあるのだが、この辺りに有る山荘の殆どが貴族の所有物だった。だったと過去形で言うのは昨年の内乱で貴族の大半が滅んだため所有者が居なくなったのだ。原作でアンネローゼがリップシュタット戦役後に住んでいたのがこのフロイデンに有る山荘だった。

今現在、この持ち主が居なくなった山荘は政府が管理しているのだが、これがまた問題になっている。管理費が馬鹿にならないのだ。放置すると言う手もあるがそれだと訳の分からん連中が悪用しかねない。オーディンの中心市街から六時間など地球教にとっては喉から手が出るほど欲しい物件だろう。

ということで政府は信頼できる人間に山荘を買わせようと躍起になっている。多少相場より安く売っても元々タダだし管理費が無くなる事を考えれば大儲けなのだ。一生懸命売り込みをかけている。担当しているのは財務省だが俺の所にもゲルラッハ子爵が直接売り込みに来た。買わないわけにはいかないよな。今回ユスティーナと新婚旅行に使うのがそれだ。

一週間フロイデンでユスティーナと過ごす。フロイデンはオーディンより二ヶ月は春が遅い。この時期は一月中旬の気候だから寒いだろう。殆どを山荘の中で過ごすことになるだろうが、まあゆっくりできると考えれば良い。天気の良い日は外に出てみようか、ユスティーナも喜ぶだろう。

この半月は本当に忙しかった。新婚旅行で明日から一週間居ないからな、やたらと決裁文書がこっちに回ってきた。俺が居ない間はメルカッツ副司令長官がいるんだから問題ないはずなんだが、どうもメルカッツ自身が俺が居るうちに決裁を取れと周囲に言ったらしい。デスクワークが嫌いな人って困るよ……。

だが本当に忙しかった理由は辺境星域の開発計画の作成だ。辺境から上がってきた要望書をもとに何から手を付けるかを決めたのだが、まあこいつが酷かった。決まるまでに半端じゃない時間がかかった。出来上がったのは三日前だ。

おかげで結婚式の事は全部ユスティーナに丸投げになった。つまりはジジイどもに任せたわけだ、多少不安も有ったがもうどうにでもなれ、そんな気持ちだった。

辺境星域の開発計画の策定、開発実施の管理は新領土占領統治研究室が行う事になっている。エルスハイマーとオスマイヤーが中心となり工部、財務、運輸、民生、自治から官僚が来て手伝うはずなのだが、官僚どもはどいつもこいつも金のかかる計画を嫌がるんだ。

政府は全面的に協力すると言う話は何だったのかと言いたくなる。リヒテンラーデ侯も当てにならん。エルスハイマーとオスマイヤーはリヒター達に抗議しましょうと言っていたが止めさせた。リヒター達も自分の仕事で手一杯で、こっちの事など頭にないんだろう。人を出したから終わり、後はそっちで上手くやってくれ、そんなところだ。

俺は宇宙港の拡張と発電所の建設を最優先でと言った。今辺境にある宇宙港はどれも皆規模が小さい。これから先開発が進めば物資の輸送、交易船の往来でパンクする。その前に拡張する、拡張すれば皆が政府は本気で辺境を開発しようとしていると認識するだろう。フェザーンの商人達の往来も増えるし、資本投下も増える。

発電所も同様だ、ライフラインを充実しておかないと開発なんて出来ない。逆に言えば、発電所を建設する、そう言っただけでその惑星に関心を持つ企業は現れるだろう。ついでに言えば宇宙港の拡張と発電所の建設、この二つでかなりの労働力を必要とするはずだ。

辺境に行けば仕事が有る、となれば当然人が集まる。人が集まればその人達が必要とする物資も集まる、そして金も動く。つまり経済が活性化するのだ、当然税収も増える。そう言って説得したのだが連中真っ青になって反対した。金がかかって仕方がないと言うんだな。貴族達が居なくなったんだからその分税収は増えているんだ。財政赤字も問題ないと財務省は言っている。それなのに……、官僚達は相変わらず辺境に対して偏見が有るらしい。

しかしだ、現実問題として辺境を開発しないとどうにもならない。フェザーンを占領し、同盟を保護国化する。最初はぐずつくかもしれんが十年も経てば安定するだろう。そうなったらいつまでも金食い虫の軍を肥大化させておくわけにはいかん。軍を縮小し国家を正常な形に戻さなければならない。つまり兵を除隊させ民間に戻すわけだが、当然彼らの受け皿が要る。それが辺境なんだ。

辺境を開発し経済を活性化させる。それによって仕事を作り出す。除隊した兵士から希望者を募って辺境への入植を勧めるのも一つの手だろう。彼らが安心して暮らせるだけの社会環境、経済環境を作らなければならないんだがその辺りが官僚達は理解できていない。戦争が終わるという事が理解できないのかもしれない。百五十年も戦争をしているのだ、止むを得ない部分は有るだろう……。

結婚式前に開発計画書の策定だけでも片付けたいのに全然進まない、そのうち辺境からはどうなっていますかと問い合わせが来る。クラインゲルト子爵は結婚式では良いお話が聞けますかとか露骨に圧力をかけてくる始末だ。うんざりだった。

結局やる気のない奴をあてにしても無駄だと思ったから官僚どもは皆帰した。宇宙港の拡張も発電所の建設も兵站統括部にやらせれば良い。大事なのは先ずはそれを実施する事だ。帝国が本気で辺境を開発しようとしていると皆が認識するだろう。

後はフェザーンを利用する事を考えよう、連中の資本を帝国に引き摺り込む形で開発を進めるんだ。ペイワードが同盟寄りの姿勢を示してもフェザーンの財界が帝国との対決を嫌がればそれだけでペイワードと同盟を困惑させることが出来るだろう。そこまで行けば官僚どもも協力するはずだ……。

そう思ったんだがな、事態は俺の知らないところで動き出した。俺はエーレンベルクに政府は当てにならんから兵站統括部を使うと報告した。あそこは軍務省の管轄だから一応断りを入れたわけだ。爺さんは眉を動かしたが何も言わなかった。問題なし、そう思っていたんだがそうじゃなかった。

三十分もしないうちにリヒター、ブラッケ、シルヴァーベルヒ、グルックが宇宙艦隊司令部の司令長官室に飛び込んできた。全員額に汗をかいている。いきなり“申し訳ありませんでした”とリヒターが言うと皆が頭を下げた。俺もびっくりしたが周囲もびっくりした。ヴァレリーはブラスターを抜いて身構えていたくらいだ。

連中、頭を上げるともう一度“申し訳ありませんでした”と謝った。そして俺に改めて協力させて欲しいと言ってきた。宇宙港の拡張は運輸省に、発電所の建設は工部省にやらせて欲しいとグルックとシルヴァーベルヒが泣きそうな顔で懇願するんだ。

話しを聞くとどうやらエーレンベルクがリヒテンラーデ侯に話しが違うと文句を言ったらしい。驚いたリヒテンラーデ侯はリヒター達を呼び出して叱りつけた。叱られたリヒター達は馬鹿な部下達を全員首にして俺の所に駆け付けたと言う訳だ。どうやらあの部下達はリヒター達にはちゃんと協力していますと報告していたらしい。舐められたもんだよな、俺もリヒター達も。

まあ協力してくれると言うのは有りがたい。しかし全部任せるとまた大きな顔をしかねないからな。半分を連中に任せあとの半分は兵站統括部に頼むことにした。リヒター達は不満そうだったが、俺が官僚達は信用できない、仕事振りに不備が有れば容赦なく仕事を取り上げると言うとシュンとなっていた。

まあそんなこんなで開発計画書の策定、と言っても取りあえずの物が出来た。先ずは向こう十年間で宇宙港の拡張と発電所の建設を行う。そして技術者も育成する。今のままでは絶対に技術者が足りないのは分かっているんだ。

宇宙港は管制官、整備士、レスキュー、発電所は電力生産要員、保安要員などだが、それらを育成しなければならない。そして配置だ、配置はベテランも含めた帝国全体の再編成になる。辺境に行きたがらない人間もいるだろうから待遇面で何らかの優遇をすることも考えなければ……。

惑星内の開発も同時進行させなければならない。インフラ整備、教育、医療、順次進めていく。こっちも人の育成が必要になる。医者、教育者、インフラの保守メンテナンス要員……。通常の道路、上下水道の整備……、やれやれだ。

五年たったら一度計画の見直しを行う。おそらくその時点で新たな宇宙港の必要性とか発電所の増設が必要とか要望が出てくるだろう。官僚達の言うとおり、開発を一度進めれば際限なく金が出ていくことになる。しかし、それでもやらなくてはならない。帝国内に見捨てられた土地なんて存在する事は許されないんだ。

戦争が無くなれば人口も増える、その増えた人間が安心して暮らせるようにする。少なくともその点でオーディンと辺境に格差が有るのはおかしい。税を取る以上、最低限の保証は政府が行うべきだろう。税を取る事だけに熱心になってどうする、政治不信が高まるだけだ。

辺境開発の計画が出来上がったからだろう。結婚式に出席したクラインゲルト子爵バルトバッフェル男爵、ミュンツァー男爵、リューデリッツ伯爵もニコニコだった。計画が出来上がっていなかったらと思うと寒気がする。あの結婚式で仏頂面したオッサンどもの顔なんぞ見たくもない。

酷い結婚式だった。皆喜んでいたが俺は少しも喜べない。二度とあんな思いをするのは御免だ。絶対にユスティーナとは別れないし、別れても再婚はしない。絶対にだ。ユスティーナは大事にしないと。

最初の出だしから納得がいかなかった。式自体は九時から、披露宴は十時半からという事だったが俺とユスティーナは準備が有るから七時には新無憂宮に来いと言われていた。

七時に新無憂宮に行くとさっそく控室に通されたのだが、そこで待っていたのはリヒテンラーデ侯だった。意地の悪そうな顔をして着替えをしろと言い出す。俺は軍服で式を挙げるから着替えは必要ないと言ったんだが爺様はニヤニヤ笑い出した。あの時はぞっとしたよ、今日は結婚式じゃなく俺の葬式かと思ったほどだ。

“軍服で構わんがの、マントとサッシュはこれにせよ”
そう言うと取り出したのはコバルトブルーのマントと白のサッシュだった。俺がそんなのは嫌だと言うと、さも嫌そうに俺のマントを人差し指で突いた。
“結婚式じゃ、黒のマントなぞ論外、そのくすんだサッシュもな。全宇宙に放送するのじゃから少しは見栄えを考えんと”

くすんだは無いだろう、くすんだは。渋いと言ってくれ。まあ確かに地味かもしれないが、これは俺のお気に入りなんだ。それを白のサッシュ? おまけに赤で縁取りしてある……。ラインハルトだってこんなの身に着けていなかった。溜息が出た。

俺が納得したと見たのだろう、爺様は今度は靴を差し出した。靴は問題ない、今履いている靴はちゃんと磨いてある。だが爺様の出した靴はただの靴じゃなかった。シークレットシューズだ、一見普通のシューズに見えるがヒールが五センチ近くある。俺が唖然としているとジジイは益々ニヤニヤ笑いを大きくした。お前、本当に貴族か? どう見ても時代劇に出てくる性悪ジジイ、代官とか廻船問屋の越前屋にしか見えん。

“新婦はハイヒールを履いてティアラを付ける。そうなると卿よりも背が高く見えてしまうでの、それでは少々バツが悪かろう。そこでの、これじゃ、のう、なかなかのものじゃろう”

そういうと爺さんは“ホレ”と言って靴を俺に押し付けた。……悪かったな、どうせ俺は背が低いよ。ユスティーナはハイヒールを歩き辛いと言って好んでいない。多分彼女は式でハイヒールを履くのを嫌がったはずだ。それを無理やり履かせたんだろう、俺にシークレットシューズを履かせて笑うためにだ。この糞爺、お前みたいなのが居るから世の中から争いが無くならないんだ。地獄に堕ちろ、サタンの弟子めが。

式が始まってからも酷かった。ユスティーナはヒールの所為で転びかけるし俺は彼女を支えようとしてもうちょっとでぎっくり腰になるところだった。付添いの女官が“優しい旦那様で良かったですね”なんて言っていたが、当たり前だろう。俺が支えたから、何ともなかったから美談で済むがあのままこけたり、ぎっくり腰になったりしていたら銀河の笑いものになるところだった。危ないところだったよ。

ミュッケンベルガーは花嫁の父を演じていたが、ガチガチになっていた。いつもの威厳のあるミュッケンベルガーなんてのは欠片もなかったな。養女でも娘は可愛いらしい。もしかするとガチガチになっていたのは神父が皇帝だったからか? まあ分からないでもないが頼むから俺を睨むのは止めてくれ。俺はユスティーナを誑かした覚えは無い。

それにしてもフリードリヒ四世にも困ったもんだ。よりによって神父なんだから。最初は分からなかったが、妙に神父が上機嫌だと思って良く見たら皇帝だった。何考えてんだか……、頭痛いよ。ジジイども、政務そっちのけで悪巧みに熱中したに違いない。少しは仕事をしろ! 俺を見習え!

まあそれはともかくフリードリヒ四世の神父はなかなかのものだった。“その健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?”なんておごそかに訊いて来る。

こういうのはやはり皇帝としての経験なんだろうな。俺なら恥ずかしくてとても言えないよ。指輪を嵌めてキスをするとフリードリヒ四世は満足そうに頷いて“ここに二人は目出度く夫婦となった。予、銀河帝国皇帝フリードリヒ四世はそれを認め、それを祝福するものである”と宣言した。

宣言が終わるとどういう訳かシュプレヒコールが起こった。
“ジーク・ライヒ!”
“ジーク・カイザー・フリードリヒ!”
……何でだ? 何でそうなる、俺の結婚式だろう……。頭が痛いよ……。皇帝は満足そうだし一番前で泣きながら声を出しているのはミュッケンベルガーだった。訳わからん……。

その後で賛美歌三百十二番を歌ったのだがこれがまた凄い。伴奏はメックリンガー、聖歌隊にはどういう訳かビッテンフェルトが居る。あの肺活量で朗々と賛美歌三百十二番を歌うんだ。奴は職業を間違ったな、オペラ歌手にでもなれば帝国一の歌い手になれただろう。しかし、メックリンガーの伴奏でビッテンフェルトが歌う? 原作じゃ有りえん話しだ。

式が終わった後は披露宴だったがこいつもまたとんでもない披露宴だった。主賓はなんとハインツ・ゲラーだ。平民であるゲラー夫妻が皇帝フリードリヒ四世、国務尚書リヒテンラーデ侯と同じテーブルに着いている……。

わざとだな、平民と皇帝が同じテーブルで歓談する。それを全銀河に流すことで帝国は変わったという事、フリードリヒ四世の気さくさをアピールするのだろう。なかなか上手い手だ。でもな、おかげでゲラー夫妻は緊張しまくりだった。可哀想に……。

司会は宮内尚書ベルンハイム男爵、乾杯の音頭はフリードリヒ四世だった。ベルンハイム男爵は緊張して何度もつっかえるし、リヒテンラーデ侯はその度に冷やかして皇帝は笑い出す始末だった。この有様を見たらどう見てもその辺のサラリーマンの集まりにしか見えないだろう。わざわざ放送する必要が有るのか何度も疑問に思ったよ。

余興も凄かった。艦隊司令官全員で歌を歌うとか最初は冗談だと思った。しかし冗談じゃなかった。またまたメックリンガーの伴奏で皆が歌を歌った、メルカッツ提督もだ。アイゼナッハもいたけど多分あれは口パクだろう。後で念のため本当に口パクだったかどうか隣にいたロイエンタールに聞かなければ……。

しかしね、歌がフェザーンのアイドルグループの歌ってなんだよ。しかも女子のアイドルグループ、ヘソ出して腰振って踊っている連中の歌だ。そんなのメルカッツやシュトックハウゼンに歌わせるなよ、爺さんども生真面目な顔をしていたが内心では頭を抱えていただろう……。黒真珠の間は爆笑だった……。

俺とユスティーナはずっと雛壇だったが、これがまた苦痛だった。ひっきりなしに祝いの言葉を言いに来る奴が居るんだ。彼らのおかげで碌に食事が摂れなかった。彼らは写真を撮って酒を注ごうとする。俺は酒が飲めないから全部ジンジャーエールで応対した。

ユスティーナは二口三口くらいはシャンパンを飲んだだろうがその後は彼女もジンジャーエールだった。というか俺が飲むなと言った。空きっ腹にシャンパンなんて碌なもんじゃない。酔っぱらった花嫁なんて洒落にならんからな。それで失敗したカップルは幾らでもいる。

披露宴が終わったのが二時、さあ帰ろうかと思っていたらリヒテンラーデ侯がまだ帰るなと言う。三時から観劇だと言うんだ。はあ? と思ったよ、何で披露宴の後に観劇するのって。でも爺さんは頑なだった。何でもこの観劇も結婚式の一部として放送されるらしい。辺境開発の費用捻出のために我慢しろとか言い出す。汚いよな、年寄りは。殺し文句を心得ているんだから。

題名は「シャンタウ」、聞いたことが無いし妙な名前だと思ったら新作だと言う。内容はイゼルローン要塞陥落後からシャンタウ星域の会戦までを壮大に演じた(俺の言葉じゃない、爺さんの言葉だ)劇らしい。帝国歌劇団がシャンタウ星域の会戦後から構想を練り一年かけて台本を作った。それをこの結婚式で初公演するのだと言う。

良いのかよ、それ。そう思ったね。あの戦いはフェザーンと同盟をコケにしまくった戦いだ。それを劇にして全宇宙に流す? 同盟とフェザーンで暴動が起きかねない、冗談で済む話じゃないんだが爺さんは平気だった。暴動が起きた方が劇の評価が上がるだろう、なんて言っている。

正気か? と思ったがどうやら皇帝が見たがっているらしい。結局休憩一時間、夕食の時間だがそれを入れて六時間を観劇で過ごした。終わったのは九時を過ぎていたな。ようやく帰れると思ったらインタビューとか言われてさらに一時間拘束された。終わった時はへとへとだった。

劇の内容については……、思い出したくない。


……あの六時間だけ死んでれば良かった……。


 
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