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絶狼〈ZERO 〉MAGIC BLOOD

作者:魔界岸
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始動

SIDE零

三日前に届いた番犬所からの指令。

ーとある街に邪悪な影あり 正体、名前、一切不明 その影の目的を突き止めよー

指定された街は至って普通だった。
その日は真夏日でスーツを着たサラリーマンが汗をダラダラと流し、幼稚園くらいのチビッ子たちが母親に手を繋がれて帰宅していく。

「おにいさんこんにちは!」

その中の男の子が元気よく挨拶をしてきたので、俺も中腰にして目線を合わせると微笑み、挨拶を返す。

「こんにちは!」

頭を撫でて、母親に会釈した後、俺はその場を立ち去る。
平和な日常だ……どこもおかしくないありふれた都会の街。
この街でいったい何が起ころうとしているのだろう……。

「懐かしいわぁ……ゼロにもあんなかわいい時代があったわねぇ」

今喋ったのは俺の相棒で魔道具のシルヴァ。
グローブに装着されているため、黙ってればアクセサリーにしか見えない。
ちなみにシルヴァは旧魔戒語で家族を意味するが、母親のいなかった俺の母親代わりってところか……。

「おいおい、シルヴァ 懐かしんでる場合かよ?」

それはそうと懐かしんでいる暇などない。

「ったく……番犬所め……解りづらい指令よこしやがって」

敵はホラーなのか、闇に堕ちた魔戒騎士や法師なのか、はたまたそれ以外の人外の何者か、そして目的は世界征服か古のホラーや何かしらの禁断の封印の解除か、オマケに名前も不明。

「この指令、ヒントが少なすぎるぜ……」

全てが謎だらけで、どこから手をつけて良いのやら……。
分かっているのは、この周辺の魔戒騎士や法師が次々に謎の死を遂げていると言うことだけ。
まるで雲を掴むような話に俺はイラつくが、愚痴を言っても仕方がない。

「あ~あ! 腹減ってきた…… 甘い物でも食べてぇな」

そんな俺の前に計ったかのようにドーナッツ屋さんが視界に飛び込んでくる。
ラッキーとばかりに駆け寄り、とりあえず今あるだけのドーナッツを全てくれと注文すると店員とオカマっぽい店長は目を丸くした。

「ぜ、全部!?」

持ち帰りは流石に不可能なので、その場で椅子に座り、テーブルに大量のドーナッツを並べ、食す。
この甘さが日頃の疲れを癒してくれる。
俺は魔獣ホラーと日夜、寝る間も惜しみつつ、命を磨り減らし戦う魔戒騎士だ。
だけどそれを甘い物を食べている時だけは忘れさせてくれる。
これぞ至福の時間……。

そんな時、影が俺を包む。
何事かと思い、顔を上げると二人の女性が俺の前に立っていた。
一人はポニーテール姿の女子高生とスーツを着たスラッとしたモデルのような体型の人。

「ちょっと、あなたどういうつもり?」

「ドーナッツ食べてるだけですけど?」

「そういう問題じゃない! マナーの問題よ! 明らかにこのドーナッツの量おかしいでしょ!?」

「いやいや、こっちは金払ってるのに何が問題なの?」

至福の時間を邪魔されただけじゃなく、悪ことは何一つしていないのに見知らぬ女性にマナー怒鳴られて、少しムカついた俺は席を立ち、スーツの女性を睨んだ。

「凛子さん、やめましょうよ……こんなことで怒るような晴人さんじゃないじゃないですか」

女子高生の子が仲裁に入るが、俺たちには全く声は届かない。
そして口喧嘩が徐々にヒートアップしていく。

「大体、服装が怪しいのよ」

「人を見た目で判断するのは良くないと思いま~す」

「じゃあ何か身分を証明出来るもの持ってる?」

「持ってないけど?」

「私は警察よ 話なら署で聞くから」

お互いに冷静を装いつつも、負けず嫌いな者同士で一歩も譲らない。
冷たい空気が俺達の間を流れ、時は過ぎていく。
その沈黙を破ったのは人々の悲鳴と身体が石のように罅割れた、灰色の鬼のような姿をしているホラーとは違う異形の存在。
槍を武器に持つ個体や、右腕が肥大した個体も存在し、人々を急襲する。

「グール!?」

「凛子さん、逃げてください ここは私が!」

女子高生が異形の者たちに向かっていく……。
化け物十数人とたった一人の女子高生が立ち向かう。
数でも力でも間違いなく勝ち目はない。
だがそれは女子高生が普通の人間だったらの話だ。

真由「変身!」

【シャバドゥビタッチヘンシ~ン!】

女子高生はスカートをひらりと一回転させ、足を開き指輪はめた手を真っ直ぐ天に伸ばす。
そしてその手をベルトにかざして大きく腕を優雅に広げた。
聖なる光が女子高生の身体を包んでいき、彼女は戦士に変身していく。

基本カラーはベージュと黒で、琥珀色の原石のような造形とそれを掴む三本の爪のようなパーツが特徴的で肩からは巨大な棘、四肢に施された羽のような装飾、尻尾や左腕の巨大な鉤爪を擁している。

さっきまでの大人しそうな女子高生からは想像できない程に戦い方は荒々しい。
次々に巨大な鉤爪と素早い動きを駆使し、異形の者たちを倒していく。
正直、俺には戦い慣れしているようには見えない……力任せに身体能力にモノを言わせ、後先何も考えずに突っ込んでいるだけ。
あんな無茶苦茶な戦い方では間違いなく今より強い敵が来たら、苦戦するだろう……。

「えっ? ちょっと!?」

手に違和感を感じ、ふと見ると、手錠をかけられていた……。
完全なる油断……。
まぁこんな手錠くらい簡単に外せるし、途中で逃げればいいか……。

「いいからこっち!」

無理やり拘束され、まるで奴隷のように引っ張られてその場を逃げ去る。
そんなに急いで逃げなくも、あの程度の連中ならあの女子高生の子でも楽勝だろう。
とは言っても、一般の人間からすれば太刀打ちできない力量があるのもまた事実で焦るのも無理はないか……。
敵も簡単には逃げさせてくれない……逃げる道中で歩行者専用のトンネルが見えてくると同時に怪物が俺たちの行く手を阻む。
怪物の姿はパッと見は普通の人間と区別はつかない眼鏡をかけ、ショートカットの髪型をした若いOL風の女性。
ただ違うとすれば、その異様で何の感情も込もっていない死人のような表情だろうか……。
そしてその怪物周りには俺たちの前に現れたグールと呼ばれる異形の化け物、数体が俺たちを襲うタイミングを今か今かと待ち構えている。

「殺れ」

女の怪物の一言でグールは一斉に俺たちを狙い、向かってくる。

「仕方ない……逃げて!」

女刑事は俺の手錠を解くと、背中を押す。
そして勇敢にも、怪物の方に向かっていく。

「ゼロ、あれはホラーじゃないから貴方は関わる必要はないわ」

俺は暫く、腕を組みつつ、女刑事の様子を見守る。
実際、シルヴァの言うとおり、目の前の怪物はホラーじゃない。
つまりあの怪物を倒すのは俺たち魔戒騎士の役目ではないのだ。

「あぁ……それは解ってっけど……」

女刑事はピストルと柔術でグール相手に善戦しているが、所詮はただの人間。
人外の化け物に叶うはずもなく、壁際に追い詰められ、首を絞められ身体は宙に舞う。
女刑事は苦しそうに両足をバタバタさせながらもがいている。
このままいけば、女刑事は十中八九命を落とすだろう……。

「解ってっけど、俺には見過ごす事はできねぇ!」

目の前で助けられる命があるのになかった事になんてできるはずがない。
そんな奴は魔戒騎士どころか人間失格だ。
俺の行動が甘いだとか、馬鹿だとか言いたい奴は好きに言ってくれて構わない。

ー殺されていい命なんて一つもないー

どんな人間でも、どんな状況であろうと命を助けられる可能性があるのならば救う……それが魔戒騎士だ。
俺の好敵手でもあり、親友の男がそう教えてくれた。
もしその男が俺と同じ状況に置かれていたら、きっと俺と同じ行動をとるだろう……黄金騎士ガロ・冴島鋼牙なら……。


SIDE凛子

何て言う馬鹿力だ……息もできない。
苦しい……このままでは……。
暗闇に遠退く意識の中、私の視界に光が戻る。
今までの苦しさから解放され、むせ返し、 咳が止まらない。
しかし一安心……きっと晴人君か仁藤君か真由ちゃんが助けに来てくれたんだ。
そう思ったが、助けてくれたのはその三人の誰でもなかった。
助けてくれたのは私が不審者扱いし、手錠をかけた黒ずくめの服を着た男。
男はグールの頭を片手で鷲掴にすると、壁に向かって放り投げる。
壁には衝撃でヒビが入り、グールは痙攣し横たわる。
涼しい顔でまるでグール嘲笑うかのように攻撃を間一髪でかわしながら、急所に強烈な蹴りや拳打を的確に与えていく。
私は僅か数十秒で魔法使いでもない男があっという間にグールの集団を壊滅させた状況に驚きを隠せず、唖然とその男を見つめる。

「あなた何者?……」

男は何も答えず、無言で女のファントムと睨み合っている……。
私と睨み合ってた時とは殺気がまるで違う……。
最近、ファントムの大量発生、とある不気味な謎多き殺人事件など私の頭を悩ませる事案が続出……イラついていて早まったと言うのもあるが、黒ずくめの服を着た不審な人物として署まで連行しようかと思っていた。
そして遂にファントムの女と黒ずくめの男は同時に動き出し、男はいつの間にか右手と左手に一本ずつ剣、つまり双剣を装備している。
刀を持っていれば、銃刀法違反と言う言葉が浮かぶだろうが、ファントムを目の前にしている状況ではそんな事まで頭が回らなかった。

ただ、この男何者なのだろう……。
敵なのか味方なのか、魔法使いなのかそうではないのか……そんな事ばかり頭に過っている。

正面から助走をつけ、勢いよく黒ずくめの男とファントムの女の足と足、お互いの蹴りがぶつかる。

一旦、お互いに後退し、間合いを取るが、それは僅かな時間。
女が巻き込むようにして放った拳を男はしゃがんでかわし、腹部に左手の剣の柄の部分を打ち込み、さらに右手の剣で腹をかっさばくかのように真一文字に切り裂く。
切り裂かれた女からは緑色の血液がこぼれているが、どうやら傷は浅く、致命傷には至っていないようだ。

「人間め!……バフォメット真の力で絶望するがいい!!」

痛みと下等生物と見下している人間に傷をつけられたと言う屈辱……女の怒りが最高潮に達した瞬間、女は業火に包まれると共に身体中に白い剛毛が出現し、半人半獣の山羊のファントム・バフォメットへと変身。

普通の人間であれば、その姿に恐怖しおののき、死への恐怖から絶望するだろう……。
まず魔法使いでなければ、ファントムには太刀打ちできない……。
だが、それは黒ずくめの男が何の力も持たない一般人ならの話。

「ようやく本性を現しやがったか」

男は双剣で空中に輪を描くと、その輪の中から直視できないほど眩しい光が発生し、男を呑み込んでいく。
そして光が男を呑み込んだかと思えば、私の目の前には銀色の鎧を纏い、双剣を構える白銀の狼であった。

「めんどくせーからとっとと終わらせるぜ山羊ちゃんよぉ!」

二本の剣……間違いなくあの男の声……つまりあの男もファントム!?……。
でもファントム同士が何故?……。
私の頭の中がこんがらがる……。
そんな状況を飲み込めない私を他所にバトルは続いているが……勝負は呆気ない程に終わりを迎える。
白銀の狼は双剣を繋ぎ合わせ、一本の武器にすると、全身のバネを使い、バフォメットへと一直線。
そのまま身体を空中で捻り、バフォメットの後方へと着地。
そのスピードにバフォメットは反応できず、背後を振り返った時が最後、緑色の鮮血を吹き出し、断末魔の悲鳴をあげ、爆発四散。

「強い……」

こうも簡単にファントムを倒してしまうなんて……。
私は白銀の狼の中から現れ、こちらに歩みを進める黒ずくめの男に警戒心を強め、拳銃を向ける。

「動くな!!」

男はすんなりと両手を上げるが、かなり不服そうな表情で私を見つめる。

「助けたのにお礼もなし?」

「あなたは ファントム?」

「はぁ? ファントム?……さっきの化け物か……一緒にしてほしくないねぇ」

「じゃあ何者なの!?」

一瞬、考える素振りを見せ、何かを悟ったように口を開く。

「俺は魔戒騎士だ カッコよく言えば、人知れず魔獣から人類の希望を守るヒーローってとこかな?」

魔戒騎士という聞き慣れない単語に私は首を捻る。
希望……私の知らないところで魔法使いとファントムのような関係で戦っている者たちがいると言うことなのだろうか……。
私は全てこの男を信用したわけではないが、かと言って危険を省みず、私を助けに戻った……。
悪いようには見えないが……。

この沈黙を一人の少女が破るのであった……。 
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