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銀河HP伝説

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時期を待て!!

「AIL48、フェザーンに到来。メイン・ステージは既に彼女たちの支配下にあり。」

その報が市内に達した時、自治領主(プロデューサー)アドリアン・ルビンスキーは自治領主府(プロダクション)におらず、事務所にも姿がなく、私邸の一つにいた。
ルビンスキーは、「ラグナロック作戦」の名の下にラインハルトのプロモートしたAIL48の恐るべき魅力、破壊力、人気度、それと組織力によって、フェザーンのファン基盤を侵略され、自身のプロモートしたWGE48の敗北に直面しているはずだが、ソファーに腰を落ち着けて悠然とアイドル年鑑をめくるその姿は敗者のそれではなかった。彼と向かい合ってソファーに座っている男が口を開いた。補佐官(ディレクター)のルパート・ケッセルリンクである。
「聞きましたか?自治領主(プロデューサー)閣下。」
「聞いた。」
「WGE48の解散の瞬間が、指の届くところまで来たようですな。」
万人がとっくに想像できたことだろう、とルパート・ケッセルリンクは思う。実のところ、WGE48の最近発売のプレミアム・コンサートチケット入りのシングル「地球イン・ザ・セクシービーム」は10万枚を下回る売上であったため、遠からずこの事態が到来することを予測していた彼でさえ、まさかこの年のうちにフェザーンの地上にAIL48の姿を見ようとまでは想像していなかった。
「いずれ、ボルテックがAIL48の人気度を背景に乗り込んでくるでしょう。あなたの地位を奪い、奴には嬉しすぎる『銀河で最も売れる人気アイドルのプロデューサー』という看板を掲げるためにね。」
ルパート・ケッセルリンクは、ルビンスキーの広げるアイドル年鑑越しに、温かみを欠く笑いを向けた。
「WGE48の時代は終わった。売上げたシングルわずか70万枚。銀河始まって以来最も最低のアイドルというわけだ。」
「WGE48の時代が終わったという事を、君が保証してくれるわけかね?」
「その点に関する限り、私はボルテックと同意見でね。不人気のアイドルがいつまでもメイン・ステージを占領していては、ファン層からブ~イングや空き缶がブン投げられて困る。速やかにご退場願いたいものですな。」
決定的な一撃にも、ルビンスキーは動じなかった。彼はアイドル年鑑を閉じ、サイドテーブルの端に置くと、たくましい顎を掌でさすりつつうそぶいた。
「まだCDショップにはWGE48のCDは残っている。俄かファンが湧き出して、あっという間にミリオンセラーが来ないとも限るまい。それに我がWGE48のセンターが出した今年のカレンダーの発売日はこれからだ。セクシーな水着の取りおろしもある。」
「あんたがあのポンコツアイドルグループをどう美化しようと俺の知ったことじゃない。」
今まで散々取引先からなじられてきたルパート・ケッセルリンクの声と言葉が粗野なものに一変した。「出来が悪い。」「なんだこのクオリティの低さは。」「修正しなければ使い物にならん。」などという言葉を彼は日常のあいさつ代わりに浴びせられてきたのである。
彼は声をたてずに笑うと、服のポケットに手を突っ込み、殊更ゆっくりと何かを引きずり出した。ルパート・ケッセルリンクの手には真新しいWIL48の写真集(しかもセンターのサイン入り袋とじ付きの)が握られ、ルビンスキーに向けてこれ見よがしに突き出されるのを、自治領主(プロデューサー)は下目遣いに見守った。
「まったく、知ったことじゃないんだ。西暦の化石アイドルに興味を持つほど酔狂じゃないんでね。宇宙歴の奴らも古い。これからは次世代のアイドルが銀河を制すんだ。」
「なるほどな、機会が到来したとたんにローエングラム公に自分を売り込んだのか。」
ルビンスキーはむしろ感心したように論評して見せた。今まで自分がどれほど総大主教猊下(スポンサー)から散々こき下ろされてきたか。芸能界の厳しさとやらを、プロデューサーの辛さとやらを、まだ一介のディレクターにすぎない息子に少しくらいは教えてやりたい気もする。
「すこしあざとすぎはしないかね。」
「ボルテックの低能はいずれ俺がプロデューサーの座から蹴落とす。だが、俺がWIL48のプロデューサーになるには、いずれにしてもあんたが邪魔なんだ。あんたと来たら古臭いアイドルを奉ることしか能がない男だからな。あんたを蹴落とせば他のアイドルたちが安心することにもなる。WIL48のファン基盤の強化に絶大な貢献ができるってわけだ。」
野心に燃えるディレクターは自信満々に言い放った。ルパート・ケッセルリンクとしては、自身が着込んでいる洋服から「WGE48というポンコツアイドルグループのディレクター」という古ぼけた汚れを綺麗に取り去って、真っ新な白いシャツの状態で、ローエングラム公(プロモーター兼スポンサー)と契約を交わす必要があったのだ。
「しかしな、ディレクター。」
「黙れ!!俺はもうWGE48のケチなディレクターなんかじゃない!!!」
青年の眼が血走ったが、ルビンスキーは平然と脚を組みなおし、表情を消した眼でこれまでコンビを組んできた相手の眼を見つめた。
「私はお前たちディレクターを統括するプロデューサーだ。ディレクターと呼んで何の差しさわりがある?」
「プロデューサーだと!?プロデューサーというのはな・・・!!」
わなないている手に握られている同人誌がカサカサと震え、クシャッという音とともに表紙のアイドルの顔にしわを刻んだ。今までに耐えに耐えてきた数々の艱難辛苦――取引先からの罵詈雑言、締切間際のルビンスキー(プロデューサー)からの数々の駄目出し、当のアイドルからの『え、なにあのおかっぱ超キモくない?』などという下種モノを見る様な白い目――が、彼からなけなしの自制心を奪ったようだった。
「プロデューサーというのはな・・・!!ディレクターを下っ端同然にこき使うのではなく、共に企画をし、共にアイドルをトップに押し上げていこうという気概と意識を持った同志なんだァ!!」
ルパートが立ち上がった瞬間、ルビンスキーの上着から閃光がほとばしった・・・ように見えた。その正体を認識したルパート・ケッセルリンクは信じられないという表情を浮かべて凍り付いている。

光り輝く契約書が反旗を翻したディレクターの目の前に突きつけられていた。



――フェザーンの自治領主(プロデューサー)アドリアン・ルビンスキーを、正式に我がWIL48のプロデューサーとして以下の契約を結ぶ――。

     WIL48プロモーター兼スポンサー ラインハルト・フォン・ローエングラム


「そ、そんな・・・そんな・・・・・バカな・・・・。」
ルパート・ケッセルリンクは急に糸の切れた操り人形のように、くたくたと分厚い絨毯の上に膝をついた。もう彼には、それ以下に書かれている輝かしい各条項を読み取る気力はない。
「私を少し甘く見たようだな、ルパート。」
ソファーから立ち上がって、哀れなディレクターを見下ろしたルビンスキーの声は、無感動だが、わずかに抑えきれない喜びが見え隠れしていた。
「お前が私を出し抜いてWIL48のプロデューサーになろうとしていたのは、わかっていたのだ。今夜この家に来た目的もな。だから先手を打ってローエングラム公と契約を結び、この契約書を用意しておいたのだ。・・・どうだルパート。」
ルビンスキーが息子の耳元に顔を近づける。
「今後も我がディレクターの一員として働くチャンスをお前にやろうか?」
「この腐れ外道!!」
ルパートは罵ったが、それだけのことに膨大な努力を傾けねばならなかった。ルビンスキーは哀れな息子に憐憫さのこもった眼差しを向けながら言った。
「お前は私に悪いところが似すぎたな。もう少し覇気と欲が少なかったら、いずれWIL48のプロデューサーの地位を私から譲られんこともなかったろう。お前は何でも知っていたが、ただ、時期を待つ、という事だけを知らなかったな・・・・。」

 
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