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外伝 ダンまち編 その2
そしてゲーム当日。
神様達はオラリオの神さまのみが通されるバベルの30階へと集まり、今か今かと戦争遊戯の開始を待っていた。
この時ばかりは神の地上でのアルカナム禁止の一部制限が解除され、遠視のモニターを操り戦争遊戯を観戦することが許される。
この力はオラリオの街全体へと行き渡り、その住民の全てが観賞する権利が与えられる。
本来はお祭り騒ぎに発展するような催しも、今回の規模ではいまいち盛り上がらない。
だが…
「なんや、ファーイたんとことゴブニュんとこも不参加かいな」
「ああ、ロキか」
「しゃーねぇだろ。心情的に見れば今回はあいつらの方に付きたいくらいだったからな」
二人の神も一緒になって作られた二つの宝具。それによって起こったいさかいでもあるのだ。
「と言う事は、ロキの所も?」
「ウチの団長が絶対に参加せーへんって言ってきかんねん。絶対に勝てない、とまで言うとってたわ。そこんとこ、どーなん?」
そうロキがヘファイストスとゴブミュへと問いかけた。
「実際は分らないわ。私達は彼らが戦っている所を見た事は無いもの…でも公式には彼ら、レベル3らしいわね」
普通に考えて勝ち目などないとヘファイストス。
「そうさな、だが…ウチのあのバカが久しぶりに【ステイタス】の更新をせがんできたから見てやったが…相当経験値を溜め込んでいたようだ。レベルアップするくらいにな」
「はー、それでレベルは幾つなん?まぁ、幾らなんでも頂点(レベル7)オッタルを打倒できるレベルじゃないわな」
と言うロキの軽口に口をへの字に曲げるゴブニュ。
「え、何?どうしたん?」
「パンドラ、あなたは心配では無いの?クランと言ってもあなたの子供と言って差し支えないのでしょう?」
そうヘファイストスが暢気に料理を突いているパンドラに問いかける。
「心配?なんで?」
「何でって…それは、これだけ戦力差は明確なのよ?連合軍の中枢にはフレイヤ・ファミリアのメンバーがほぼ全員居る訳だし、そこには当然『頂点』も居るのよ?」
「あー、そう言うこと。んー、でも。心配はしてないよ」
「どうして?」
「だって、アオくん達だからね」
答えになってない答えに若干ヘファイストスは呆れた。
神たちの雑談をよそに戦争遊戯は始まりを迎える。
大勢のオラリオの住民に見守られながらも草原に赴く五人の表情はそこまで険しい顔をしていない。
「いやぁ、まいったまいった。まさかここまでやっかみが酷いとは…」
「まぁ、あんなもの作ればそりゃそうなるだろ。歴代の賢者と呼ばれた者たちでも作れないほどのものだぞ?」
そう団長の言葉にアオが呆れながら返す。
「だが、後悔はしていない。楽しかったしな」
とはミィタだ。
「ああ、確かに楽しかったな」
そうフィアットも言う。
冒険者も無所属も神も人も関係なく笑いあい、切磋琢磨して作り上げた集団建造での最高傑作。
一人一人が自分の持てる技術を十分に出し切り、ぶつけ合った。
そこには確かに集団として一つの目標に向かう確固たる意思があったし、皆がファミリアの垣根を越えて笑い合える、一つの可能性を示唆もしていた。
「だから今回は」
「ああ、全力で」
「叩き潰すっ!」
ミィタ、月光、フィアットの目に剣呑な光が宿った。
「相手の勢力は三千を超える」
「たかだか三千っ」
「一人ノルマ600。丁度いいハンデだろうっ!」
団長の言葉にミィタ、フィアットと戦意高揚させていく。
「よろしい、ならば戦争だ。相手に目に物を見せてやろうっ!」
おーっ!と団長の言葉に鼓舞されて皆右腕を振り上げる。
「あ、そうだ。はいこれはアオが使って」
そう言って一振りの剣をミィタはアオに手渡した。鞘に収められたままアオはその剣を受け取る。
「これ、使うのか?」
「当然。そしてアレもね」
「あれか…まぁしょうがないか…」
アオもさもありなんと納得し作戦会議は終了。
さて…戦争遊戯が始まった。
敵は鋒矢の形に部隊を配置し前進してくる。
あれに飲み込まれればたった五人の部隊などただの蹂躙されて終わるだけだろう。だが…アオ達の準備も万全だった。
ガンッ
とまず月光が盾を地面に付きたてると呪文を詠唱し始めた。
相手はまずこちらの動きを見ようと動かない。まぁ余裕の現われで、今回参加した冒険者の大半はすでにだらけ切っている。
ファミリアの指針に従って参加しているだけの冒険者も多い。
そこにまず月光が先制する。
「ボミオスっ」
敵軍全体にかけられる敏捷低下のデバフ。
「な、なんだ?なんか急に体が重く…」
と戸惑う冒険者達をよそに月光の周りで呪文が木霊し。第二射。
この対軍戦の為に装備した『やまびこのぼうし』の効果だ。
続けざまにさらに月光はボミオスを行使し相手の敏捷を下げに下げる。
気がついた上級冒険者が解呪を試みるが、遅い。
月光の後ろで既に詠唱を終えていた団長が杖を振り上げた。
「イ・オ・ナ・ズ・ンっ!!」
極大の爆発魔法が炸裂。一部隊を木っ端微塵に吹き飛ばす。
さらに呪文が木霊する。
これだけ大規模な魔法の発動に二発目は無いと、後列にいた歴戦冒険者は奮い立ち一歩前進しようとして…
「わぁああああああっ!!!!???」
大爆音に飲み込まれた。
「投擲部隊、てぇーーーーっ!」
号令と共に後ろに控えていた弓をメインウェポンにする冒険者が各々射掛けてくるのが見える。
しかし、月光は慌てずに地面に付きたてた盾を構え、そして…
「ロー…アイアスっ!」
七枚の花弁が咲き誇り穿たれた弓矢から団長を護りきる。
「たすかった、月光」
「いいから続けろっ!」
「応っ!」
と団長は頷くと再びイオナズンの詠唱に入った。
「魔術師は何をやっているっ!!」
中隊長を任じられた冒険者が後方を振り返ると、そこには血しぶきが舞う光景が映る。
「なっ?」
唖然とする中、紅い線のみが戦場を駆け回っていた。
「はっはっは、おせえっ!」
スカラ、ピオリムは戦闘開始時にきっちりと掛け、潜在能力の限界まで強化された脚力で戦場を跳ね回るフィアット。
その手には紅い魔槍のみが握られている。
盾壁なんて地面を蹴ってひとっ飛びで飛び越えて守る盾を無くした魔術師は成すすべなく切り伏せられてしまう。気がついた時には紅い線だけを残し、次々に魔術師を屠る。猛犬のごとき暴れぶりだ。
「おー、派手にやる」
とミィタ。
「投影魔術じゃなく、こう言うのコストに合わないんだけど…」
ハァと嘆息するミィタが戦場の後方で黒塗りの洋弓に魔剣を番え引き絞っている。
「偽螺旋剣Ⅱ…なんてね」
ヒュンと風切り音が鳴き、捩れた矢が一条の光線の如く戦場を駆け、引き裂いた空気が捩れるように辺りを抉りながら冒険者を吹き飛ばし地面に着弾すると大爆音を立てて砂塵が舞う。
「おっとっと囲まれたっ」
フィアットは戦場の真ん中で敵の冒険者に囲まれて四面楚歌状態。
「ここまでだなっ!」
「観念しな、くそヤローが」
「そっちこそ、死にたく無ければさっさと降参しとけばよかったんだっ!」
フィアットが強化された脚力を生かし地面を蹴って大きく跳躍。
「逃げ場なんてねーぞっ!」
「それはそっちも同じ事だろーがっ!」
フィアットは大きく上体をそらすと手に持つ紅い槍を体全体で引き絞った。
「ゲイ…ボルグっ!(突き穿つ死翔の槍)」
直下に放たれた紅い槍は辺り一面をクレーターに変える威力で粉砕し、冒険者達を纏めて吹きと飛ばし、吹き飛ばされた冒険者は死屍累々の有様だった。
「次っ!」
突き刺さったはずの紅い槍はひとりでにフィアットの手に戻り再び彼は戦場を駆けて行った。
「まさか…まさかまさかっ!」
フレイヤはバベルの最上段でその美貌を盛大に歪めていた。
目の前のモニターに映る光景が信じられないのだ。
数々の大威力攻撃を伴って、冒険者の集団はものの五人に良い様に殲滅されていく。
「ま、まってっ!なんて輝きを放っているのっ!」
モニターの先には古城に相対する一人の少年。
その手には黄金に輝く騎士剣が構えられ、上段に構えられたその剣に辺り一面から金の粒子が収束しいった。
バベル30階。
「なっまさか…ほんまに大番狂わせなんかっ!?つか、なんやねん、あの魔剣はっ!」
月光の盾、フィアットの槍、ミィタの矢を見てロキが慌てるように叫んでいた。
「あれが魔剣?いいえ、違うわね。あれではまるで私達が天界で使う武器のよう」
とヘファイストスが言う。
「ミィタのバカは宝具と言っていたな」
そうゴブニュが言った。
「宝具ぅ!?」
「あのバカの話を聞くには英雄を英雄足らしめる絶対の象徴。宝具は人の思いからなる奇跡である。と言う設定らしい」
「設定であないな威力なんかいっ!」
ついツっこんでしまったロキ。
「酒の席で聞きだした話だ。あいつもベロベロに酔っ払っていたがな」
がははとゴブニュは笑っていた。
そんな会話を続ける中。モニタの先で少年が金の粒子を黄金に輝く剣に収束させ始める。
「ま、まさか…城ごとぶった斬るつもりじゃあらへんよな?」
と言うロキの言葉をヘファイストスとゴブニュは否定しない。
二神ともそうかも、と内心で思っているからだ。
一流の鍛冶師が打った傑作…それこそ有名なクロッゾの魔剣ですら一振りでは叶わぬその偉業。だが…
「フィンが…ウチの団長が有り金全てをスる覚悟で買いはたいた武器がある。問いただしてもはぐらかされるだけやった。あまりの大金や、その武器はなんやと聞いた事が有る」
ロキが独白する。
「1槍で1軍を壊滅できる魔槍や言うてたんやけど…確か…対軍宝具言うてたかな?」
でな、とロキ。
「もし、その槍の製作者が対軍以上の威力を持つ武器を持っていたら、それはどんな種類になるんやろうな?」
「そりゃあ…おめぇ…」
ゴブニュが息を呑み、最後にパンドラが答えた。
「対城宝具…」
モニターの先の金の粒子は最高潮に光り輝いている。
城をも砕く一撃を見せる宝具は今まさに放たれようとしていた。
アオは古城を前に鞘を地面に突き立てるとゆっくりとその黄金の剣を引き抜く。
スー…スチャっ…チャリ
抜き放たれた剣を上段に構えるとアオは魔力を収束し始め、それに呼応するように金の粒子が辺り一面からその黄金の剣に吸い込まれていく。
その光景は見るもの全ての心を掴むように美しい光景。
有るものはモニター越しに息を呑み、有るものは戦場だと言うのにも関わらずその動きを止めて見惚れていた。そんな神秘の光景はしかし…これから撃ち放たれる黄金の…
この光景をみていち早く動けた数人は古城を駆け出す。しかし反応の遅れた者たちは取り残され、そして…振りかざす黄金の輝き…
アオは輝きを増しその存在感で周囲を圧倒している黄金の剣を古城目掛けて振り下ろす。
「約束された……勝利の剣ーーーーーーーっ!
振り下ろした剣は閃光のような黄金の輝きをついに解き放った。
撃ち出された閃光は眼前のものを撃ち砕き、薙ぎ倒して古城へと着弾。
轟音と瓦礫を撒き散らし、閃光と粉塵が収まった後にはもはやそこには瓦礫の山があるばかり。
「城が…」
「嘘だろ…おい…」
城をも両断する宝具がまだ顕在であるそのアオの姿を見て、戦場に居た冒険者達の心は折れた。
散々爆発魔法にやられ、こちらの攻撃は一つと通らず、衝撃を撒き散らす矢を浴び、高速で動き回る獣のような槍使いに戦場を掻き回され…そして最後は拠点としていた古城をも吹き飛ばされた。
…勝てない。
「う、うわぁぁああああああっ!」
「バケモノだっ!」
「こんなの、勝てるはずねえっ」
戦闘開始と同時に浴びた爆発魔法で心に過ぎったその不安は、アオの一撃で制御の効かないほどに膨れ上がり、一人、また一人と戦場を逃げ惑う。
そしてそれは伝播し、戦場を放棄。冒険者達は蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「ぬぁあああああああっ!」
粉塵を切り裂き、怒号を持って振り下ろされた大剣。
「っ…」
アオの赤い瞳が迫り来る凶刃を見て取り、手に持ったエクスカリバーで受け止める。
ギィンと金属がぶつかり合う音と、鍔迫り合い。
普通の冒険者なら武器ごと破壊され一刀に両断されるだろう威力を伴った攻撃も、アオは全身を強化し耐える。
現われたのは2M(メドル)を越す巨漢の猪人。
頂点。
猛者オッタル。
【フレイヤ・ファミリア】の首領にして都市最強。そして世界で唯一のレベル7。
「やはり止めるか」
そう言うとオッタルは一度アオから距離を取る。
「その膂力やはり貴様は…」
「っふ」
レベルを偽っている、なんて続けようとしていたオッタルは会話など気にせぬと駆けて来たアオの攻撃に中断された。
アオにしてみれば会話をするメリットなど何もない。
ここにおいてはもはや相手は倒すべき敵。それだけである。
ギィンギィンと大剣と騎士剣がぶつかり合う。
辺りを見渡せば、フィアット、月光、団長、ミィタとそれぞれフレイヤファミリアの幹部と思われる実力者の冒険者との戦闘が開始されていた。
月光は眼前の猫人の青年と対峙している。
キィン、ガン、キィン、ガン
長槍を構えるのは女神の戦車の二つ名をもつレベル6冒険者、アレン・フローメル。
アレンは狂信にも似たフレイヤへの敬愛を持ち、眼前の敵…月光を切り伏せに掛かる。
「ああっ!守るだけしか脳がねぇのかっ!」
月光は盾を巧みに操って相手にしてみれば緩慢な動きで何とかその矛先を凌いでいた。
「確かに、俺の役目はパーティーの壁役。その役目に不満もないし、誇りにも思っている」
「んだよ、ただの臆病者かっ」
「盾を構えるものが一番勇敢でなくてはパーティーは守れない。お前はそんな事も分らんのか?」
月光の視線が蔑んだものに変わる。
「はっ、ただ盾を持って身を守ってるだけじゃねぇかっ!」
アレンの槍が激しさを増す。
偶に盾の防御をすり抜けた槍が月光の体を傷つけていった。
「その手に持った大剣はただの飾りか、ええっ!!」
「そんな訳ないだろう。この武器は一撃でお前の命を狩る」
「やれるものならやってみろよ、臆病者っ」
盛大に侮蔑の言葉を撒き散らしたその瞬間。
月光の大剣がシュイーンと音を立て発光し、空気が震えた。
月光が貰った補助魔法はスカラにピオリム、そして…攻撃力上昇魔法
敏捷を底上げし、今まで温存し続けてきたバイキルトの効果でその威力を増した剣技が今、閃いた。
月光の緩慢な動きに油断した所に限界速度での一撃にアレンは反応しきれずにその月光の放った横一文字の斬撃に一級品の槍も防具も両断し、アレンの体から鮮血が舞った。
「バカ…な…」
「余り他者を見下さない事だな」
ここに一つの勝負に決着がついた。
剣、槌、槍、斧。
四つの武器が完璧に連携を取れた布陣でフィアットを襲う。
「おおわっ!!」
フィアットはその敏捷を生かして精一杯回避につぎ込むのがやっとなほど、彼らの連携は練磨されていた。
フィアットの前に現われたのは四人の小人族の青年達。
フレイヤ・ファミリアに所属するレベル5の冒険者であるが、その四人の連携によりレベル6以上の実力を発揮する。
二つ名も個人に与えられたものではなく、その四人に与えられた「炎金の四戦士」
「その自慢の魔槍も、ボク達の連携には形無しだな」
「これだけ近づいていればあの投擲攻撃は出来ないだろうしね」
「もう君は袋のネズミさ」
「覚悟するんだね」
と言うブリンガルの言葉を聴いてフィアットは一度大きく距離を空けた。
「あー…こっちはあまり使いたくなかったんだけど…」
そう言ってフィアットは赤い槍の刃先を地面に下げるように構えた。
「このままじゃこっちが殺られるから…勘弁な?」
そう言ってフィアットは槍に魔力を込め始める。
「何を言っている」
「投擲武器なんて使わせる訳ないだろ」
「君はもう詰んでいるんだ」
「無駄な抵抗しないで殺されろ」
と言う言葉と共にブリンガルは再び四散して攻撃を加えようとフィアットへと迫る。
「ゲイ……ボルグっ!(刺し穿つ死棘の槍) 」
突き出した赤い槍は地面を抉るように撃ちだされ、そのでたらめな軌道にブリンガルの四人は若干呆れていた。だが…
「何処を狙って…!!!!」
「「「!!!!」」」
「なっ…ごほっ…」
鮮血が舞う。
でたらめに振るわれた赤い槍は…しかしその軌道を一変。ありえない軌道を描きブリンガルの四人の心臓を刺し貫いた。
連なるそれはまるでメザシのよう。
放てば必ず心臓を刺し貫く、因果逆転の槍。
彼らの運命はフィアットに宝具を使わせた瞬間に決まっていたのだ。
ヒュンとゲイ・ボルグを振り、ブリンガルを振り落とす。
「やっべ…やりすぎた…団長呼んでこないと…」
今ならまだ蘇生魔法も間に合うはず、とフィアットは戦場を駆けていった。
オラリオに住むすべての冒険者、職人、そして住民が、今やただ二人だけとなった戦いを見やっている。
この戦争遊戯の勝利条件は大将の撃破、または降参だ。
連合軍側の大将はもちろん都市最強、オッタル。
そしてクラン側は恐らくこのモニターの先の少年なのだろう、と誰もが確信していた。
つまり、この二人の決着がこの戦争遊戯の決着でも有る。
大剣と騎士剣が重なり、剣戟がぶつかり合う。
基本的に魔法の使用は多大な集中力を必要とする為に、このような乱打が続く戦闘では互いに呪文が短文詠唱だとしても魔法を唱える事は出来ない。と、なっている。
(強い…)
と、アオは内心で呟いた。
攻撃速度はこちらが上だが、その速度の差を技巧で埋め、また視覚からの攻撃も獣の直感で回避する。
(でも、そろそろこちらの勝利条件を満たさないと…)
アオの勝利条件は、オッタルをただ打倒する事ではない。
「むぅんっ」
振るわれる大剣。
「くぅ…」
それを凌ぎながらアオは次の手を考える。
「フレイヤ様の為に、貴様には倒れてもらうぞっ!」
「っ…!」
ここに来てさらに速度、威力共にギアを上げた下段から切り上げる一撃。
そのオッタルの気迫のこもったここ一番の一撃を、慌てて騎士剣で受け止めるが膂力の差でアオは剣を取り落としてしまった。
最後はあっけない幕引きだ、とオッタルは感じながらも返す刀で斬り付ける。だが…
(ここっ!)
写輪眼の効果はまだ悟られていない。
その動体視力を最大限に生かし、大剣が振り抜かれる前に一歩踏み出し体をねじ込ませる。
アオの方が体が小さい為にギリギリではあったが懐に潜り込む事に成功したようだ。
ブォンと振り下ろされる剣圧を肌で感じオッタルを見上げるアオ。
見上げられたオッタルは驚きはしたが、彼の優位は覆らない。
(小剣?)
いつの間にかアオの右手に持たれていたナイフは、奇妙に折れ曲がり、実用性からはかけ離れたデザインをしていたそれをオッタルは最大限に警戒する。
(魔剣の類だろうが、何をしても我が剣の前に倒れてもらうぞ)
どのような魔剣だろうが耐え切り、自身の大剣で勝利をもぎ取ると覇気を強めるオッタル。
(そのような小剣を突き刺した所で我が鎧、我が肉体は傷つかんっ)
ガンッ
と突きつけられた小剣。
それはオッタルの防具を突き破り、その肉へと到達していた。
(防具無効化?だが、その程度では俺は倒れんっ貰ったぞっ!)
「くっ…」
アオの苦悶の声。
オッタルはアオを蹴り飛ばし、大剣を振り上げて今度こそトドメと振り下ろす。しかし…
ブオンッ
振り下ろすはずの大剣はなぜかオッタルの真後ろに重力に引かれて落下し、オッタル自身は跳ねられたように地面へと転び土埃を上げた。
なんだ、何が起こった?と、オラリオで観戦していた神も人も思った事だろう。
確実に勝負は着いた、と誰もが見ていた先でオッタルが武器を取り落としたのだから。
地面に身を投げ出したオッタルをアオは攻撃を加える事は無いようで、その場で静かにたたずんでいる。
「ぐっ…むぅ…何が…体が…重い…呪詛の類の能力の魔剣であったか」
オッタルは懐から急いで解呪の秘薬を取り出し呷る。
明らかに見逃されている今の自分を羞恥するが、油断しているのならさせておく。その油断が敗北に変えるまでだ。
取り落とした大剣へを拾い直そうとその手で大剣の柄を握り、持ち上げようとして、その重量に失敗する。
「何っ!!解呪不可の呪詛だと…?」
その顔に初めて焦りが見えた。
呪詛の全てを解呪出来なくても、その大剣を持ち上げるだけの力くらい戻ってきても良いはずだった。しかし…
「…っ!!まさか…まさかまさかまさかまさかっ!!」
突如としてオッタルが狂ったように怒声を上げ始めた。
「我が身にあの方の恩恵を感じないだなんてっ!!!まさか、お前はっ!!そのナイフでっ!あの方との契約を断ち切ったと言うのかっ!!!」
オッタルのその言葉にドッっとオラリオ全体が揺れた。
バベルの中の神が集まるフロアに走った衝撃は計り知れない。
「バカなっ!」
「そんな物が有っていい訳が無いっ!」
多数の男神女神が抗議の声を上げる中、パンドラはあちゃーと頭に手を当てていた。
「チートだチートだと思ってたけど…彼らは本物のチート持ちかぁ…」
「パンドラっ!知っていたの?」
とヘファイストス。
「いや、知らないよ。でも、あの子達が普通じゃないって言うのは間近で見てきた私が一番知ってる」
とパンドラが言う。
「これはもう終わったな。恩恵の使えない下界の子供など、恩恵を与えたばかりの子供にすら遅れを取る」
ゴブニュも苦い顔をしながら言う。
「こりゃオラリオ全体が荒れるで」
ロキの興奮とも嘆息とも取れる声も、喧騒の中に消えていった。
アオが突き立てた小剣を破戒すべき全ての符…ルールブレイカーと言う。
対象に突き立てる事でその効果を発揮する。
その能力はあらゆる魔術効果の無効化、その一点のみである。
ただその一点のみで、攻撃力など皆無のこの宝具であるが、対冒険者には最高最悪の切り札足りえる、まさに冒険者殺しの宝具なのだ。
この効果で恩恵をリセットされた冒険者は、いかなレベル7の最高と歌われるオッタルでさえ自身の武器を取り落とすほどの弱体化を強いる。
いや弱体化、では無い。それが本来の彼の力の全てで有るだけなのだ。
ただの人間がどれほど力を込めようが、オッタルが持っていた剣は持ち上げる事も出来ないほどの逸品で、それを可能にしていたのが神から与えられる恩恵だ。
「おおおおおっ!」
ついに大剣を持ち上げる事を諦めたオッタルが、無手でアオに殴りかかる。
アオは避けもせず、その大きな拳で殴られ続けた。
「降参してください」
「出来ん、俺は負ける訳にはいかんのだっ!フレイヤ様の為にっ」
唯人の攻撃など、恩恵を得て、レベルを上げたアオには赤子に殴られているようなもの。
「…降参…してください」
「出来んっ」
だが信念だけでは覆らない、この世界の絶対的な恩恵の前にオッタルは成す術もない。
止まらないオッタルにアオは右手を突き出し、親指と擦り合わせた中指を弾きオッタルの眉間を打つ。
唯のデコピンは、しかしその巨体を何M(メドル)も吹き飛ばし沈黙させてしまった。
そして戦争遊戯終了の鐘がなる。
バベル最上階にて、美しい女神が驚愕の表情を浮かべていた。
「ふふ…そう、まさかこんな事に…ははは、あははははは…これだから…そう、これだから下界は面白い」
フレイヤは一人、心底おかしそうに笑っていた。
オラリオの神々とギルドはこのクランの勝利に大いに頭を悩ませる事になった。
この戦争遊戯に参加した【ファミリア】に対し最初に突きつけた要求は、ファミリアの解散及びオラリオからの永久追放。
だが、これは幾ら戦争遊戯の勝者の決定でであろうと呑む事は出来ない、とギルドが泣き付いた。
むしろまずこうやって無理な要求を言う事で他の要求を通しやすくする、常套手段でもある。
そして、ギルドにしてみても三千対五のこの対決の勝者がたった五人のクランである事実が強気に出れない理由でも有る。
つまりこの先何人の冒険者を彼らにぶつけようが勝てない、と言う事を彼らは思い知らしめたのだ。
要求の落としどころを探ろうにも先の要求がとても呑めるものではなかい。
冒険者とは、オラリオの戦力でもある。それをみすみす離反させるわけにも行かず頭を悩ませ続けているギルドと関係者の神達。
さて、落とし所はと言えば。
クラン結成の自由を認める。
改宗の自由を認め、神は無条件に脱退を認めなければならない。
今回の騒動の責任を取り【フレイヤ・ファミリア】は全ての団員の恩恵と経験値の放棄、とあいなった。
まず、フレイヤが団員の恩恵を撤回し、常人に戻った所でアオが一人一人ルールブレイカーを突き刺して契約を完全に解除する。
あのファミリアは基本フレイヤの言葉には絶対に逆らわない。いや、逆らえない。フレイヤさえ認めてしまったのならそのファミリアの解体はいとも容易かった。
このフレイヤ・ファミリアの失墜はオラリオを震撼させた。
恩恵を与えてもらってからの経験値による強化は、主神が倒れるなどして一時的に効果を逸していても、その魔術的効果は継続されており完全に消えているわけではない。
その為、他の神からまた恩恵を与えてもらえればそのレベルを引き継ぐ事が可能だ。
だが、ルールブレイカーは違う。魔術的な契約の一切の破戒。つまりは稼いだ経験値も全てリセットされる。
他の神の元で恩恵を貰おうが、またレベル1からやり直しなのだ。
団員の内少なくない数の人間が闇討ちに合い殺された、なんて言う話も聞いたが…それは個人の人格の問題だろう。
こうしてオラリオのトップに君臨する冒険者の集団としては史上初、ファミリアと言う垣根を越えたクランが頂くと言う事態に転換する事になる。
この事態に意義を申し立てる神は居ない。
何故なら彼我の戦力差が明らかであるからだ。
この戦争遊戯の後に発表された彼らクランの平均レベルは7を超える。
つまり頂点を超えていた、と言う事だ。
ギルドに対するペナルティは今後一切の彼らクランに対する強制依頼の発動権利の放棄、税金の免除とかなりの損失を被る事になった。
これはそもそも焚きつけたのがギルドであるからの処置である。
そんななんやかんやがようやく終わって一息ついた頃、そこそこ美味しいトラットリアである『豊饒の女主人』亭へと足を延ばしたのアオだったのだが…
「つぶれてる…?」
まさか…
フレイヤは美と豊穣の女神…つまり…
「あのおかみさん…まさかフレイヤ・ファミリアの関係者だったとは…」
ドワーフのわりに大きな体で冒険者を圧倒していたあの女主人を思い出す。
逆恨みされても面倒なのでオラリオからの永久追放も用件に入れておいたのだが…
「まさかこんな事になるとは…がく…結構好きだったのに…」
とぼとぼと踵を返すと夕食が食べれなかったショックから道を一本間違えて曲がってしまったようだ。
それからあれよあれよと言う間に見た事の有る貧民街へと足を踏み入れたようだ。
ここで女神パンドラと出会って数年。いろいろな事が有ったが、ここが始まり。
ここはいろいろなものが吹き貯まる。
ガラクタに汚物、そして人までも。
「帰ろうか」
センチメンタルになった気分を払拭するように路地を歩く。
てくてく…ぶみっ
「ぶみ?」
なんだろう、人を踏んだような感覚…懐かしいような…デジャビュのような…?
恐る恐る下を見ると、一級品のナイトドレスを着込んだ鈍色の髪の少女が倒れこんでいた。
目鼻立ちは整っているようだが、どのような経緯で此処にいるのか分らないが相当汚れている。
いや、むしろ汚れていても美しいと分るほどの美少女と言う事なのだろう。
「ふむ…見なかった事にしよう…」
アオは何も見なかった、と一歩足を進めて…ドスンとつんのめる。
「わ、わわ…」
いたた、と後ろを振り返るとどこにそんな握力があったのかと思えるほどに力でアオのくるぶしを掴む少女の姿があった。
「お…お腹…へった…」
ああ、これはダメだ…駄女神の事を思い出し、諦める。
懐に手をしのばせ、丸い丸薬を取り出し少女の口へとしのばせると、弱々しくカリッと噛み砕き飲み込んだようだ。
「んっ!?」
途端、活力が全身に漲ったのだろう。少女は状態を起こすと口を押さえ込む。
「まっずっ!!!」
「あっはっは」
「何ですか、このクソまずい食べ物はっ!私、いままでこんな不味いの食べた事ありませんっ!」
今まで死に掛けていたのが嘘のような回復ぶりだ。
「なんですか?今のは冒険者の秘薬かなんかですかっ!?」
秘薬のようなものを知りもしない死に掛けのような人間に使う冒険者が何人いるだろうか。
「そんな大それたものじゃないよ。兵糧丸と言う…即時吸収性とエネルギーの変換効率を上げた食べ物。効果は、ほら。もう悪態が吐けるくらい回復したろう?」
ダンジョン内で取れる薬草や食料を忍者だった時の知識を生かして精製した体力や魔力の瞬間回復薬のようなものだ。
「あ、そう言えば…」
はて?と少女は自分の体をまさぐった。
しかし、とアオも少女を見る。見えれば見るほどちぐはぐな娘だ。この容姿でこんな所に居れば男どものかっこうの的だろうに。
同じようにこんな所にいたあの駄女神は腐っても神だ。
神に手を上げる下界の人間は殆ど居ない為に無事だったのだろう。
しかし全身の汚れは確かにアオに会う前に汚した、と言うよりは現実味を帯びている。
…実際におうし。
「じゃぁね」
ま、関係ないか。とアオは踵を返す。
「ま、まってっ!!」
後ろから抱きしめられた。
ふよんとやわらかいナニかが背中にあたっているが…ふむ、体臭を鑑みればマイナスか…
「お願い…私を助けて下さい、冒険者様。何でもしますからっ…な、何なら体もっ…」
「魅力的なお誘いだが、残念。今はまだ必要ないな」
一歩足を踏み出すと、意地でも放すものかと抱きつく少女はズルズルと地面を擦りながらアオに重しをかけている。
知らんと歩を進めたアオだが、いつの間にか大通りに出ていたらしい。周囲の目が厳しいものに変わっている。
女を捨てた男と、捨てられまいと縋り付く女…に見えなくもない。
それでも無理やり歩を進め、ホームへと戻ったのだが…
「何?アオくん、女の子を引っ掛けて…はっまさか…いかがわしい事をしようとっ!?ママはそんな子にアオくんを育ては覚えは無いよっ!」
「育てられた覚えもないわいっ!」
狭い路地裏の雑貨屋へと戻って来た所で、店番をしていたパンドラに見つかってしまったのだ。
「なんか…憑かれた…」
「おー…それは大変だ」
と言うパンドラへアオはジト目を送る。まさか自分の事を忘れたわけではあるまいな?
「何かな?アオくん。何か言いたそうだねぇ」
訂正、忘れているようだ。
「あ、このファミリアの主神さまですか?私、シル・フローヴァと言います」
ペコリと優雅に挨拶をする少女、シルだったが…
「ぬぁっ!!」
パンドラは自身の鼻を自分の右手でちょんと摘み、口呼吸。
「とりあえず、お風呂っ!お風呂行こうっ!」
そう言うとパンドラはシルと名乗った少女を連れ、店の奥の通路を通り天道宮へと飛んでいく。
パンドラはまずその少女を入浴施設…屋内の露天風呂へと連れ込んだ。
「アオくーん、着替え用意しておいてっ!」
「何で俺がっ!」
「じゃぁこの子洗うの変わる?アオくんのエッチっ」
暖簾越しの会話。しかしどうやらアオの負けで、パンドラは少女と一緒に入浴するらしい。
パンドラはシルをひん剥くと洗い場へと移動。
シャワーの蛇口をひねりお湯を出すとゆっくりとシルへと掛けた。
ついでスポンジを手に取るとボディソープのボトルのポンプを押すと、海綿に適量のジェルが飛び出した。
「ひゃんっ」
「あはは、ひゃんだってー」
「で、ですが…このくすぐったいのなんです?それになんか良い匂いが…」
「これはスポンジっていうの。なんかダンジョンに生息するモンスターの体を乾燥させたものらいわ。匂いの元はこのボディソープ。綺麗になるし、お肌もつやつやな上に匂いもいいのよ」
それも元はモンスターの粘液らしいよ?とパンドラが言う。
「石鹸、みたいな物ですか?」
「ま、そんなものかな」
ザバっと一度掛け湯をして泡を落とすとパンドラは再び別のボトルのキャップをプッシュ。
それをシルの頭髪へと持って行き、泡立てる。
「シャンプーって言うのよ」
「シャンプー…」
ザパリと泡を流すと最後はリンス。
パンドラに洗われるままにされると、シルの髪のくすみが取れ、綺麗なアッシュブロンドへと輝きを取り戻す。
「はい、おいしま。湯船に浸かろうか」
案内されたそこは、源泉掛け流しの贅沢な檜のお風呂だ。
「何処からお湯が出ているんです?」
「えっと…ダンジョンにお湯を無限に生み出す水晶があったらしくて、それを持ってきたって言ってたよ」
そもそも無限に出続ける水晶をどうやって運び入れたのかと言う疑問は有るのだが、それもその湯船に浸かる気持ちよさにどうでもよくなっていく。
湯船を上がっても驚きは続く。
「なんですか?これ」
手にもてるくらいの棒…それこそ絵筆のようなものなのだが、その毛先はほんのり硬く、また横側についている。
この世界で一般的に使われている歯ブラシといえば木の枝を歯で細かく裂いたものだ。
「歯ブラシ、はい歯磨き粉」
そう言って渡されたのはチューブの入れ物。当然使い方は分らない。
パンドラは仕方ないなぁとチューブを押して歯ブラシの毛先につけると、自分もやって見せるように口に含む。
「しゃかしゃか…こう」
「なるほど…あむ」
「呑むものじゃないからね」
しゃかしゃかしゃか
お風呂を上がれば、パンドラがタオル地のバスタオルで体の水滴をふき取り、ドライヤーでその髪の毛を乾かした。
「な、何なんです?このマジックアイテムの数々は…」
そうシルが圧倒されるのも無理は無い。この世界の中心と言われるオラリオでさえ、幾ら魔石の加工で様々な道具が作られているとは言え、転生者にしてみれば中世に少し毛が生えた程度。不便で仕方が無かった。
「あはは、あの子達って変わってるから」
そうパンドラも苦笑い。
不便で我慢がならないならば、自力で何とかするしかない。
人間とは、サボる為に努力する生き物である。
故に、ミィタ達は作った。現代を思わせる数々の品を。全く持ってあきれ返る情熱ではあったのだが…
タオル地だって、フィアットは発展アビリティ『裁縫』の効果で残像が出来る位の速さで手縫い出来るが、そんな事ができる人間がオラリオに居るだろうか?
用意された下着も──なぜ新品の下着が用意されているか分らないが──とても肌触りの良い材質で、さらに所々伸縮性を備えていた。
「うわ…これ、着るの!?」
「ごめーん、それしかまともそうなのが無かった」
と暖簾の外からパンドラの抗議の声を聞きつけたアオが返した。
「まぁいいか。着るの私じゃないし…うぅ…でもきっとこれコスチュームプレイ用だよね?」
「コス…プレ…?」
なんと言ったか分らなかったシルがファインプレイ。
パンドラが介添えをして着たその服は黒いロングスカートのワンピースで、ワイシャツの襟の有る胸元には真っ赤の大きめのリボンが飾られている。
「シンプルなのに、可愛いですね」
「まぁ…本人が気に入っているのなら良いか…」
パンドラはこの服を作っていた時のあの子供達の話を聞いている為に心から同意は出来ない。
暖簾を潜り、談話室へ移動する。
「そう言えば、今って夜ですよね?」
いきなりの展開が続きすぎてあたりが真っ暗だったあの路地裏の事をすっかり忘れていたのだ。
「あー、ここ、一年中昼だからね」
「えええええっ!?」
「まぁ、全部あの子供達の発明。まったく、こんな物を作れば神たちのやっかみも有るのは当然…まぁ、もう無いんだけど」
そのやっかみはこの間力技でぶっ潰した所だ。
「静かに夜空を見たいなら、あの桟橋からもう一個へ行こうか。そっちは一年中星空の見える夜だから」
「はぁ…」
シルは驚くのに疲れたらしい。
星黎殿へと移動し談話室へと入ると、清涼な空気が漂い、暖炉にはクリスタルがほのかな暖かさを称えていた。
暖かかった天道宮とは違い、年中夜のこの星黎殿はほんのり涼しい。
天道宮もそうだが、この二つの宝具にはアオ達がダンジョンで採取した物の殆どが使われている極大の宝具なのだ。
建物の作りが豪奢なのはこの建造に携わった職人達の意地とプライド故だろう。
感じの良い調度品が並び、その豪奢なソファの前のテーブルにはいつ、誰が食べても良いようなお菓子類とティーサーバーが置いてある。
パンドラはシルをソファに座らせ、慣れた手つきでティーサーバーで紅茶を入れていると正面のドアが開き、何人かの男性が入ってきた。
「んあ、疲れた…まったく、これならダンジョンに潜っていたほうがいくらか楽だ…」
「ああ、確かにな」
「だが大方片付いただろう?」
「おい、後ろがつかえているんだ、さっさと入れ」
悪い悪いと謝って扉を潜る青年達。
しかし、彼らは眼前に現われた少女を見て眼を見開いて驚く。
「お…」
「……お」
「…お…」
異口同音に「お」しか言わない冒険者達にシルも「お?」と口ごもる。
「「「「お姉さまっ!」」」」
「は?」
「あちゃー…もう、君達。入ってきていきなりソレ?」
パンドラが呆れて言う。
「だが、実際どうしたんだ?」
と入ってきた四人の青年の一人…団長が問いかける。
「アオくんが拾ってきてね。あまりに汚れていたから一緒にお風呂に入って来たんだよ」
「くそっ…またフラグを立てるのはあいつなのかっ!」
「今度みんなで一発くらい殴ろう」
「ああ。四人で掛かれば誰かの一発くらい当たるだろう…」
ミィタ、フィアット、月光と嘆く。
「だが…」
「ああ…」
「今はまずアレを…確かめないとな」
「まて、はやまるなっ!」
何かを決意する三人と、止めようと動く一人。
「「「男の娘ですかっ?」」」
「えっ…ええっ!!?」
驚き戸惑うシルをよそ目に確かめようとジリジリとにじり寄る三人の冒険者。
バシッバシッバシッバシッ
「「「あだっ!!」」」
「何で俺まで?」
ハリセンが四度瞬いた。
後ろから現われたアオがハリセンでしばき倒したのだ。
「女の子になんて事を言いやがる…」
「「「だけどっ」」」
「何なの…この人たち…」
「ちょっと…と言うかかなり私達に近い精神構造をしている紳士だよ」
パンドラのキツイ言葉が場をしめた。
「それで、アオくん。どうするの、この子」
湯上りで汚れを落とし見違える位になった少女を見てパンドラが言う。
「どうって言われてもね…捨ててくる?」
「そんなっ!そんなのダメだよ、非人道的だよっ!」
「なんて事を言うんだ、かわいそうだろっ!」
「そーだそーだっ!」
ミィタとフィアットがパンドラに同調しアオを責める。
「いいか、その非人道的が普通にまかり通るのはこのクランだけだからな?」
冷静さを取り戻した団長がつっこんだ。
「いい、ペットはね拾ったら責任持たなきゃいけないんだよ?人間もおなじだよっ!」
「力説してるが、それはペットの扱いをしろと言う事か?」
パンドラの言葉にアオはそう答えてシルを見ると顔を真っ赤に染めていた。
「できれば…そう言うのは…でもでも、放り出されるのも…」
どうしようか、と考え。何ならうちのファミリアに、と言う提案も苦い顔をされ、じゃあ家事は何が出来るのと問いかければウェイトレスと答えた。
ウェイトレスは家事じゃない…
「ダメだこの娘…早く何とかしないと…」
ここでアオ達に見捨てられれば娼婦に身を落としそうだ…
「まぁ、パンドラも一人じゃつまらないだろうから店番と言う事で…」
「店番ですか?」
「売る気の無い店だから簡単だよ」
とは先輩の弁だ。
「本当です…」
辺りを見渡せばゼロの数がおかしい商品が立ち並んでいる。
その中には歯ブラシや歯磨き粉、シャンプーやリンスなんてものも飾ってあった。
「たかっ!!私、こんな高価なものをっ!?」
「あー、ちがうちがう。作るのが手間だって言うだけで高価なんかじゃないよ。ただ、あの子達が作りたくないって言うだけ」
自分の分だけで同じものを作り続けるのには飽きてしまっていたのだ。
「このポシュポシュする蓋?つきのボトルだけでも凄い発明なんじゃ…?」
「だよね?」
「これでお金をもうけようと思わないんですか?」
「それがさー、あの子達って超一級の冒険者じゃん?」
「そう言えば…」
この前の戦争遊戯で見たような、とシル。
「あの子達って実は凄い金持ちだったんだよっ!神様である私の生活なんてね、あのホームが出来るまでこのボロ屋の二階に寝泊りする位の貧乏生活だったのにだよっ?もっと私を敬って欲しいよ、まったく」
プクリとピンクのツインテールを揺らしながら起こるパンドラ。
「なんで気付かなかったんです?」
「それは…うちの子も一緒に此処で寝泊りしてたから…この位が今の私達の普通レベルの稼ぎだと思っていたのよ…」
ダンジョン探索にはどうしてもお金が掛かるからね。それ以上の見返りが有るから皆ダンジョンに潜るわけだけど、と続ける。
「装備がめまぐるしく変わっていっていたから、お金がかかるんだな、と…思ってたんだけど…」
実はそこそこのお金を溜め込んでいた、とパンドラは憤慨する。
ホームは大きくなったしこれから豪遊だーと思っていたパンドラに突きつけられたアオの一言がある。
「なんで、私が自由に出来るお金がこの店番で稼いだお金だけなのよっ!!」
働いた分だけ遊んでいい。と言う神を神とも思わぬ鬼の所業であった。
「しかも、売れないのよっ!分るっ!!人が来ない以前に売れる値段じゃないのっ!なのに此処で日がな一日ボケっと座らされてっ!…新手の拷問かと思ったわ。まぁ次第に考えるのを止めると楽に…ってそれじゃダメだしっ!」
自分自身に突っ込んでいる駄女神。
「まぁ、時給制だから売れようが売れまいが関係ないんだけど、売れないと売れないでモチベーションがねぇ」
「モチベ…?」
「ああ、やる気って意味」
「でもでも、商品は良いものなんですよね?」
「そりゃね。実際使ってみて分るでしょ?」
「それは、まぁ…」
「ただ、誰もそれを量産しようとしない。需要と供給で供給がストップしているから値段が釣りあがる…まぁ売る気が無いってのが一番の理由だとは思うけど」
「どうして作らないんです?儲かるだろうに」
「それは、うちがダンジョン攻略系のクランだから。商業系じゃないのよね…ダンジョンに潜るほうが優先で、手が開いた時間に作っているみたいなの」
「じゃぁ、どうして売れもしないものを売っているんです?」
「それね、私も聞いた。あの子達、自分で作るのが面倒だから、商品を見せていれば誰かが真似するだろう、って…」
ふむ。とそこでシルは考える。
彼らは技術を独占したいわけでは無いらしい。むしろ進んで広めても良いと考えている節がある。しかし、自分で伝播させるのも面倒、と。
「じゃぁ、最初だけ彼らに手伝ってもらって、後は彼らを必要としない機構を作っちゃうのは…どうでしょう?たとえば…工場とか」
と言う考えをクランメンバーが居る前で語って見せたパンドラとシルだが…
「無理」
ミィタのなんとも簡潔な答えだった。
「「えええええっ!?」」
「ど、どうして?」
「工場を動かすには大量のエネルギーが居る。現在、この世界のエネルギーの根幹はダンジョンから無限に取得できる魔石だが、工場ともなればそれこそ一日で大量の魔石を消費しなければならない。それに見合う分の生産量があるのかが問題」
世界中に輸出しなければいけない現状、しかも一日の採掘量が一定しない資源に依存した大量生産など出来ないとミィタ達の意見。
「代替エネルギーを作れば良いんじゃないか?」
とアオが言う。
「石油も発見してないのに火力発電か?」
「石油に代わるものは木や石炭だが…大気汚染や森林への影響を考えるとな…」
「もっとクリーンなエネルギーじゃないと」
「クリーンと言えば太陽光発電なんてどうだ?」
「コイルを廻しての発電じゃない分仕掛けがな…後場所も取るし…」
「と言うか、別にミラーパネルにこだわる必要は無いんじゃないか?ダンジョンで大き目の水晶は採取できるのだし…それを魔術的に用いれば…どうだ?ミィタ」
「出来る…な。俺の直感で出来る、と感じているよ」
「だがなぁ…」
「ああ…それでも、だ」
話が纏まりそうになって、否定的になるクランメンバー。
「社会構造の根底を覆すな」
「ああ…」
「それってマズイ事なんですか?」
とシル。
「うーん…簡単に想像できる範囲でいうと…」
団長が話しはじめる。
「まず、魔石に依存しないエネルギーの開発に成功すると言う事は、ダンジョンに潜らなくても生活を豊かに向上させる事ができると言う事。つまり冒険者の稼ぎが無くなる」
「ああ…」
「別に冒険者の稼ぎがなくなっても大勢は困らないかもしれない。しかし、そうなるとダンジョンから流出するモンスターを食い止める役割をになう人々が居なくなるな」
これはマズイ。
「と、難しく考えなくても分るデメリットは多いが…そもそもモンスターは自身が生まれた階層を出る事が稀だ。上層のみを自警団でも使って狩っていれば良い問題でも有る」
逆に考えれば、深層域の奥深くにもし階層を上がってこれるほどの強力で小躯のモンスターが居て上ってこれるとしたら…今頃このオラリオなど存在していない。
「しかし魔石を消費するとコストが掛かって値段を上げざるを得ない。これは消費の観点からは歓迎する事態では無いな」
「だが、エネルギーの独占している今の状態が健全であるかと言われれば…」
「うーむ…」
あーでもない、こうでもないと悩むクランメンバー。
「あの…あの人たち何を話しているのかさっぱり分らないんですけど?」
シルが隣に居たパンドラへとこぼした。
「大丈夫。私は理解する事を諦めた」
「はぁ…」
「ただ、この子達は本当に面白いって神様的には思うよ」
結局、エネルギー源を日照時間が一定しない問題も考え、魔石と太陽エネルギーのハイブリッドで建造する事に決まった。
これなら魔石を消費するし、その上でコストを削減できるだろうと。
次に問題になったのが土地の問題。
この城壁と言う市壁に囲まれた都市内に巨大な工場を作るスペースは無い。
あったとしても途轍もなく高い。
「別にオラリオの中に作らなくてもよくね」
「それだっ!」
普段、冒険者がオラリオから外へ出る事を厳重に管理しているギルドであるが、あの戦争遊戯の大敗でこのクランに対する抑止力は皆無に近い。余り制限するといつギルドに雷が落ちるかと戦々恐々なのだ。
まず巨大な電力供給炉を作り上げ、整地はアオが影分身で力技で均す。そして電力路を囲むように各種工場施設を併設し、労働力を確保する為に貧民街に赴き調達。職にあぶれていた浮浪者や孤児なんかを連れて労働力を確保すると、まず工場を稼動させ資金繰りを開始。
稼いだお金をさらに投資し、今度は開墾へと着手。
そこに以前天道宮の建造に当たった連中を引きこみ加速。
そしてダンジョンに潜る事を諦めた冒険者を雇い、整地を手伝わせ、川から水路を引き畑を作る。アオ達は一心に米が食いたいと、東から種籾を入手して水田を作り栽培を始める傍ら、連作に耐えるサイクルで大麦、クローバー、小麦、かぶと畑を廻す。
そうすると今度は作業する人足の家が足りなくなり、マンションの建造に着手。
ローマンコンクリートの製法などに着手しさらに人足を雇う。
そして人の流入がひと段落した時、その整備された地面ごと空中に持ち上げた。
そんな事をすればそれは…
「もはやこれは空中都市よね…」
パンドラの呆れ声。
大商業都市として空中に浮かぶ一大都市。
「別に浮かばせなくても良かったのだが…ギルドがうるさくてな」
と団長。
エネルギー炉建造に当たって相当ないちゃもんを付けられた挙句、ミィタは切れた。
切れた上で完全太陽光発電の巨大電力路をダンジョン内で取れる水晶やレアメタルで作り上げたのだ。
「「「「だが、後悔はしていない」」」」
「これだよ…」
アオもパンドラと一緒に呆れていた。
「でもよかったの?利権の一切を放棄して?」
完成と同時に彼らはその一切の権利を放棄、クランホームへと出戻ったのだ。
唯一つ、不文律の法律を決めて。
社会構造は大統領制を取り入れ、任期は6年の最長二期。その他議員による市政などの下地も教え、あとは好きにしろと言って下界に下りたのだ。
「神および、冒険者の上陸を禁ずるって、何がしたいの?」
とパンドラが問う。
「健全な進歩を」
とミィタが答える。
「健全?今のこの社会が不健全みたいに言ってくれるじゃないか」
「だからそう言ってるだろ?」
そうフィアットも言う。
「どう言う事?」
「神が降りてきて1000年。文明は発達の様相を見せていない。これは安易に人間が恩恵に頼っているからである、と言う説論だな」
「彼らは生活を便利にする事を覚えた。ならより良くしたい、楽したいと言うのが人間だ。その意欲が文明を発展させる」
「でも、その下地を作ったのはあなた達、恩恵を持った人たちじゃない」
「残念。それは違うよ」
とミィタ。逆にパンドラはどう言うこと?と問いかける。
しかし、その問いは誰も答えなかった。
「変な人たち…」
ボソリと呟いたシルの言葉はきっと的を得ていた。
それからオラリオの生活環境は一変する。
便利にしよう、楽したいと言う情熱から作られた製品が大量に出回るようになったのだ。
羊皮紙ではなく、紙の台頭。歯ブラシなどの生活用品。はたまた孫の手のようなアイディア商品まで。
それらを優先的にオラリオで小売するパンドラ達の店はそこそこ流行っていた。
ちょいちょいシルが何処からか人を拾ってくるので狭いながらもそれなりに従業員がいる。
従業員寮としてクランホームを提供しているし給金も出しているので問題はないらしい。
ミィタ達にしてみても、どう言う訳かシルが拾ってくるのが美女や美少女ばかりなので目の保養と否やは無いようだ。
チリンチリン
「いらっしゃいませニャ」
にゃっ!と語尾につけて喋っているのは猫人族のアーニャ・フローメルだ。
入店してきたのは歳若い金髪金眼の美少女で、腰に帯剣して居る所をみるに恐らく冒険者だろう。
「何をお探しですかニャ?」
「えっと…」
きょろきょろと辺りを見渡す少女。しかし此処は雑貨屋。彼女のお目当ての物は何だろうか。
「あの…剣を…」
「剣にゃ?そんにゃものあったかニャ?」
頬に人差し指を当てて、ハテナ?と考え込むアーニャ。
「アーニャ、こっちだ」
助け舟を出したのはエルフの少女、リュー・リオン。この娘もシルがいつの間にか拾ってきていた。
…自分が拾われた分際で、ふてーやろーだ。
まぁ、見目麗しい美女、美少女の雇用をあのバカどもが止めるわけも無く…まぁいい。
リューが案内したのは店の奥。多くなった雑貨に隠れるように押しやられた1スペースだ。
「剣にゃんて売ってたんだにゃ…」
「アーニャは店の掃除をちゃらんぽらんにしてるから気がつかないのだ」
リューに窘められてシュンとなるアーニャ。
案内されたそこには武器や防具が飾られていた。…その前方にコスプレと言うらしい衣装が陳列されていてさらに奥へと押しやられていた為に初期のこの店を覚えているパンドラやシルか、もしくは店内を組まなく掃除しているリューくらいしか分らない様な所にそれは有った。
大小さまざまな武器が立ち並び、数少ないが鎧も展示されている。
「どうしてこの店に武器を買いに来たんです?」
とリューが聞く。
「フィンが此処に行けっていったから?」
「そうですか」
「会話になってないにゃ…」
アーニャが呆れた声で突っ込みを入れた。
少女のその金色の瞳は無造作に陳列される武器防具の中で、青いドレスのような鎧に抱きかかえられるように立てかけられた騎士剣に目が止まる。
「これ…」
周りの武器、防具が超一級品よりもさらにゼロが二つほど多い、売る気の無い値段設定の中で一つだけ値段のついていない商品であった。
プラカードにはただ一言。『要面接』とだけ書いてある。
「「「面接…?」」」
書いてある意味が分らない、とリューが店の奥の階段へ消え中からピンク色の髪を両サイドでアップに纏めている女神を連れてきた。
「なになに?武器を買いたいって?」
「この武器…これってあの戦争遊戯の時の…?」
金髪の少女が問いかけた。
「いや、違うよ。これはカリバーンⅡ。君が言うあの剣とは似ているけれど違う剣だよ」
パンドラが言う。
「でも…」
「ああ、君が言いたいのも分る。この剣はあの剣と同じ伝説を持った剣のレプリカだから」
「レプリカ…?」
「模造品、と言う事だよ」
パンドラは驚く事に、此処に有るもの全てが模造品だと言う。
「これほどの神秘を抱える武器が…模造品…?」
リューも今また驚いていた。ここに陳列されているのは強力な魔剣であるとは気がついていたが、模造品と言われれば流石に驚く。
「ううん。この世界ではオリジナルになるんだよ。でも、彼らからしたらそれは模造品なんだ」
パンドラの言っている意味を理解した人物はここにはいないだろう。
「ふむ…要面接、か。この武器が欲しいんだね?」
コクリと、その剣に魅入られた少女は頷き返す。
「うーん、今なら全員居るしついて来て。あ、一応その武器と防具も持っていこうか」
「それなら私が」
「うん。任せるよ、リュー」
連れ立って店の奥へと繋がる通路を歩き階段を上ると、薄暗い通路が一変。いつの間にか陽光差す宮殿へと立っていた。
「ここ…は?」
「ようこそ。パンドラクランのホームへ」
「パンドラ…クラン…」
金の少女が呟く。
クラン。その言葉が冒険者の中に定義されてまだ日が浅い。だが日が浅い分その言葉は現在このパーティーに当てられた言葉でもある。
応接室に案内されると、そこには数名の冒険者と思われる青年達がくつろいでいた。
その顔ぶれを見て金の少女は驚愕に目を見開き緊張する。
目の前に居る青年たちは五人で三千人のオラリオの冒険者を返り討ちにし、また頂点オッタルをも退けた。あの戦争遊戯は見たものの心を鷲づかみ、その記憶に忘れられない衝撃を与えたものだったのだが…目の前の青年達のだらけきった様子からあの戦いの英雄と同一人物であると言われても気がつかないだろう。
「んー…神様、その娘は?」
一番最初に視線を向けたアオが問いかけた。
「またシルちゃんが拾ってきたのっ!」
「うっわ、美人さんっ」
「み・な・ぎ・っ・て・き・たっ!」
ギンっ!
リューさんの鋭い視線が男どもを一括。
「お、おおう…リューさんのツンドラのような視線…」
「我々の業界ではご褒美です」
団長が、ミィタが、フィアットがちゃらけた。
「ちがうよー。この武器が欲しいんだって」
と言って指を指したのはリューが持っている白いドレスのようなバトルドレスに付随する騎士剣。
「「「「合格っ!」」」」
「はやっ!!」
月光も含めた四人がビシッと親指を立て即答。
「と、言うのは流石に冗談で」
ごめんごめんと団長。
「実際容姿は合格なんだがなー」
「容姿…?」
金の少女がいぶかしむ。
「一つ目は女性である事。これは外せない」
団長が一つ指を上げた。
「二つ目は容姿。悪いけど不細工には譲れない」
フィアットが二つ指を上げる。
「そして三つ目。風を自在に操れる事」
三つ指を上げて言い終える月光。
「…風?」
と少女が問う。
「魔法でも、スキルでも何でもいい。風を自由に、自身に纏わせる事が出来れば…売ってやってもいい。ただし、鎧とセットだけどね」
ミィタが答えた。
「ちょっとー、君達売る気ないでしょう」
パンドラがふくれた。
「…風…どうして、そうこだわる…の?」
「俺達が夢想するこの武具の英雄はそう言う英雄だからだ」
大真面目に答えるクランメンバーに圧倒され、しかし胆力で金の少女は言葉を返した。
「一ヶ月」
「ん?」
「一ヶ月後、また来ます。その時までに必ず」
つかつかと踵を返す少女。その後姿を追ってリューが走り出し出口へと案内している。
「あちゃー、いっちゃった」
やれやれ、とパンドラ。
「まぁ、売る気がないんだもんね。あんな条件、酷いと思うよ?」
「売る気は有るさ。さっきも言ったように、あの条件に全て合うなら、ね」
とミィタは言うとカリバーンⅡを持ち上げると天道宮に有る巨大樹の根元に突き刺した。
一ヶ月後。少女は再び店を訪れた。
「剣を受け取りに来た」
と言う少女を天道宮に通し、あの日ミィタが突き刺したカリバーンⅡの元へとやってくる。
「条件は満たしたのかい?」
クラン全員が見守る中団長が問いかける。
少女はスッとカリバーンの柄に手を当てると短く詠唱を開始する。
「│目覚めよ《テンペスト》」
超短文の魔法詠唱。その一文でその金の少女の体を風が覆い、剣を引き抜いた後はその剣にまとわり付いた。
「「「「おおおおお」」」」
「これは流石に…神様をしても感動する光景ね」
「はい」
「ええ」
団長達を始めとし、パンドラもその隣に居たシルやリューもすごいと息を呑んだ。
「いやぁこれは認めなければならないな」
「うむ。彼女にこそこの剣と鎧は相応しい」
「鎧?」
えっと、思い返す金の少女をよそにミィタがシルとリューを呼ぶ。
「あ、シルちゃん、リューちゃん。あの鎧、彼女に着せてあげて」
「ああ、そうだ。髪型は黒の大きなリボンでポニーテールに。それ以外は認めないからっ!」
フィアットも言う。
「はーい」
「…わかりました」
シルもリューも変なスイッチは入ったこの人たちを止めることは不可能と学習している。
逆らわず、戸惑う金の少女を連れて下がり白金の鎧を着せて戻って来た。
「「「「グッドジョブっ!」」」」
「おー、似合ってるね。まさに君の為に作られたような鎧だ」
「実際、サイズを彼女に合わせて調整して有るからな」
「…どうやってあわせたの?」
「ふっ」
パンドラの質問にミィタが笑って見せた。
「…いったい何が…」
「さて、じゃあ君…えっと…」
「アイズ…アイズ・ヴァレンシュタイン」
「じゃあアイズたん。その武器がどれほどの物か、戦ってみたいだろう?」
と言う団長の問いかけに、少女は躊躇わず答える。
「はい」
「では、相手を用意しよう。いやぁ、こう言うカードは胸が躍るねえ」
「まったくだ。アオを説得するのに支払った犠牲は大きかったが…」
「ああ、だが俺達が見てみたい」
「それだけの理由なんだけどね」
と団長、ミィタ、フィアット、月光と口々に呟き…
ジャリっと地面を踏み鳴らす音と共に現われたのは金髪の少女だ。
「…私…っ!?」
白いバトルドレスを着ているアイズに対し、その少女は青いバトルドレスを着込んでいる。
そして手には何かを握っているように地面へと下げている。
「なっ!?アオくんっ!!」
パンドラが叫ぶ。彼女はこの距離でなら自身の眷属を間違えないとばかりに確信していた。
「いくよ」
アイズの姿をしたアオは地面を蹴ってグンと加速し、何も持っていないその両腕を振り上げた。
「くっ…」
アイズは咄嗟にカリバーンを横一文字にしてその振るわれる軌道を遮り、次いでギィンと金属がぶつかり合い火花が散る。
見えない何かを振るアオにアイズは振るわれる軌道にあわせて何とかカリバーンを振る。
しかし、アオの膂力に押され始め、一度大きく距離を取る。
「それは…剣?」
「さあ?斧かもしれないし、鎌かもしれないぞ。もしかしたら弓と言う事もあるかもしれないな」
「戯言を…」
「こらこらみんな、勝手にアテレコしない」
「「「さーせんっ」」」
気を取り直して戦いを見つめる。
「見えない剣…それに一撃が重い…」
同じ見た目の目の前の敵にアイズはそう分析するが、そんな考えを纏める暇も無く目の前のアオは地面を掛け一瞬で距離を縮めてくる。
「…はやいっ!」
おかしい、とアイズは直感で感じる。
これは肉体的なスペックの差ではなく…
それに思い至りアイズは超短文詠唱を開始。
「テンペストっ!」
瞬間、アイズの体を風が纏わり付き、彼女の体が強化されれた。
ギィンッ
今度は力負けしなかったのだが…それはそれで複雑だった。
「私の…魔法…」
アオの体の回りを覆う風。それは風による付与魔法…しかし、それはアイズが習得したばかりのそれと同種のもの…いや、もしかしたら同じ魔法なのかもしれない。
しかしそれは変だ。
基本的にこの世界の魔法は自己啓発による習得を元とする。つまりは念能力に近い。似たような魔法がつかえる人は確かに居るだろうが、こんなに都合よく現われるだろうか…
それに肉体的スペックが今のアイズと同等なのはどう言う事だろうか?
手加減されていると言うよりも、全力で動かしてあの動きしか出来ていないようなちぐはぐな印象。
だからきっとこれはそんな簡単な問題ではなく、もっと別の魔法の力が働いている…?
ギィンギィンとようやく対等に打ち合えるようになり、戦況は停滞し始めるそれを眺めながらミィタが言う。
「見えない剣も実は風の魔法の応用だ、なんて彼女は気付くかね?」
「そ、そうなの?」
「神様は知ってようね…」
「風を使って光を屈折させているんだよ」
とフィアットが解説。
「そ、そうなんだ…」
アオの上段からの振り下ろしを下段から振り上げて返し、横への切り払いを仰け反ってかわし、かわしざまに切り返す。
ギィン、ガィンと剣戟の音が響き続ける。
「と言うか。アオくんってもっと強いよね?彼女が何レベルかは知らないけれど、まさか彼女に後れを取るとは思えない」
「そりゃそうだ。アオは変身魔法で相手の姿形だけじゃなくスキルや魔法、ステイタスまでコピーしている状態だからね。当然能力のパラメーターは下がっている」
「ええっ!?」
その言葉に魔法の効果を知らなかったパンドラやシル、リューなどが驚きの声をあげだ。
「と言うか、そんな魔法も有るのですね…」
とリューが言う。
「武器の剣としての性能はほぼ互角。身体能力もスキルも同一のはずなのにやはりアオが上を行く、か」
そう月光が戦闘を見て感想を述べた。
「なるほど。今一度自己を見つめなおせ、と言う先輩からのアドバイスなのですね」
リューが感心した声を出すが…
「「「「え、違うけど?」」」」
「え?」
「はぁ…やっぱりそう言う理由?」
パンドラがミィタ達のハモった答えに嘆息する。
「どう言うことでしょうか、神パンドラ」
「最初に言ったよね…この子達はただ見たかっただけなんだよ…あの白い鎧を着たあの子と、青い鎧をきたうちのアオくんが戦っている所を…」
「「「「その通りでございます」」」」
だって、夢のカードの一つじゃん?とか意味の分からない事をのたまう彼らを理解するには今の人類ではまだ時間が足りなかったようだ。
「本当はさ、オルタの方が良かったんだけどなー」
「ああ、確かに。闇の自分と光の自分、みたいな?」
「だが、まぁ…そんなおどろおどろしいのにもし負けた、何ていったら闇堕ちしそうじゃん?」
だから自重しましたーとミィタ達が言う。
ギィンとついにアイズのカリバーンⅡが弾き飛ばされ勝敗が決した。
「負けた…」
「強かったよ。十分ね」
アオはそれだけ言うと引っ込んだ。いつまでもドレスを着込めるほどにこのアオは女装に耐性はまだ無かったようだ。
「さて、武器の性能は分った所で注意事項」
ミィタは飛ばされたカリバーンⅡを拾い上げ構えるように持つと、アイズの眼前に立つ。
「この宝具のランクはB+。不壊属性、回復効果を備え、最大の特徴は装備者と共に成長する」
はい、とアイズに手渡した。
「成長?」
「君が強くなればその分この剣の格も上がっていく、と言う事」
「格…?」
「真名の開放により放たれる宝具の威力が上がるって事。この剣は、あの戦争遊戯で相手の城を壊した攻撃と同種の攻撃が出来る」
「…魔剣?」
「宝具、と言ってほしいな。自身の魔力を使う分、使用で壊れる事は無いよ。まぁ、使用回数が魔力に依存しているから、一日に何度も使えるものでもないけど」
気をつけてね、とミィタ。
「ああ、最後に。その剣、不壊属性はつけたけれど、壊れないわけじゃない。制約と誓約によって強度を上げて有るだけ」
「えっと…」
そろそろ理解が怪しくなってくるアイズ。
「君が騎士道に悖る行動を起こした時、その剣は壊れるだろうね」
「…なんか、曖昧?」
「まぁ、深く考えずに。君の心を映す剣だと思ってくれればいい。君がこの剣で起こした行動に後悔を抱いた時、この剣は砕け散る」
「ミィタくん…なんでそんな効果をつけたのよ…」
パンドラが問いかける。
「だって、それはそう言う謂れの有る剣だからね」
しょうがないでしょう?とミィタが言ってのけた。
パンドラは「はぁ…この子達は…」みたいな事を呟いていたが、そう言う剣として作ったものなのだからもはや取替えは聞かなかった。
…
……
………
アイズが帰ってからのミィタ達の雑談。
「で、あの剣…壊れると思うか?」
と月光が問う。
「さて、どうだろうか…ただ…」
「ああ、類似性と言うか、伝説がまだ生まれていないと言うか…そんな感じの所がこの世界には有るからなぁ…」
「やっぱ壊れる、か」
「多分ね」
そうフィアットとミィタが言う。
「まぁ壊して尋ねて来たら…その時は…」
「だな」
「そう言うことだな…」
彼らの会話は確定された未来を語っているようであった。
…
……
………
ダンジョン深層域。
どれほどアオ達はこのダンジョンを攻略して来ただろか。
その場所はどこか城の内部のような作りで、赤い絨毯がしかれ王様に謁見するかのような上段には一脚の豪奢な椅子が臨む。
「この雰囲気は…」
ピクリとその空気感が変わったのを感じ、フィアットが呟く。
「ああ、何度も味わった。間違わん」
月光も油断無く盾を構えた。
「階層主…モンスターレックス」
フィアットも赤槍を構え…
「皆っ!気合を入れろっ!来るぞっ!!」
団長が鼓舞。しかし…
ピキリとダンジョンの壁を破って生れ落ちるモンスター。
その姿を見たアオが驚愕の表情を見せて固まった。
「そんな…まさか…君は……」
「アオ、何してやがる!」
「くっ…」
団長の叱咤にようやく我に返り武器を構えるが、いつもの調子に戻りきれてない。
「あのバカっ!」
…
……
………
「アオ…くん?」
ダンジョンの外。雑貨屋の店番をしていたパンドラは急に嫌な予感を感じいてもたってもいられない衝動を感じ戸惑う。
「神パンドラ?」
横にいたリューが怪訝そうな顔でパンドラをみやるとその顔は蒼白に染まっていた。
「……っ」
パンドラはその嫌な感覚に突き動かされるように走り出し、天道宮へと駆け上がりバタンバタンと幾つもの扉を邪魔とばかりに突き開けて掛ける。
バタン
目的地の最後のトビラを開けたパンドラはそこに這い蹲るようにして倒れている青年達を見てさらに表情を強張らせた。
「な、何があったの…?」
と言う問いかけに脱出魔法で今出てきたばかりの団長達四人は顔を歪ませる。
「初見の階層主と戦ってきたんだ…」
「アオくんはっ!!」
その言葉に四人は視線を下げた。
「アオが俺達だけ飛ばしたんだ…」
「いったい何があったと言うの…」
「分らない…あのモンスターを見た時、明らかにアオの様子がおかしかった。本調子を取り戻せないままに取り巻きのモンスターまで現れて…撤退を指示したんだ。俺達ならあの状況でもきっと戻ってこれる。だが、その状況でアオは残ると言い出した…もちろん、俺達も残ろうとしたさ…でも…」
飛ばされてしまった、と団長が言う。
「くそっ!!」
「団長、武装を新しくしてすぐにダンジョンにっ」
月光、フィアットが叫ぶが…
彼らの武装も消耗している。今すぐ行きたいと言っても現実不可能だった。
「クエストの発注は…」
パンドラの言葉。
「俺達が居た深層域に辿り付ける冒険者は居ない。俺達が戻るのが一番早いが…」
団長が一度言葉を切って続ける。
「恩恵はどうなっている?」
「っ……!!」
神様は自身が与えた恩恵を何となく感じる事ができる。与えた個数だったり、神によればだいたいの位置を感じ取れる神も居るという。
そこにきて、パンドラが与えたファルナは今の所アオ一人。つまり…
ミィタ達がパンドラを見返せば、その表情は蒼白に染まっていた。
それで皆悟ったようだ。
ミィタ達の体から活力が消え、沈黙が訪れる。
「そんな訳ない…そんな…アオくんが死んじゃったなんて…そんな」
ふらふらと天道宮を出て行くパンドラを誰も引きとめることすら出来なかった。
…
……
………
ああ、負けちゃったのか。
とそこに漂う誰かの意識はそう思考した。
だれか、誰でも良い。…彼を解放してくれる誰か。
次が有るなら、今度こそは…
そしてその何ものかの意識は次の流れに呑まれていった。
後書き
後半は明日にでも。
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