提督はBarにいる。
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
6月第3日曜日・15
ズッシリと腹に溜まる物も、口直しになりそうな軽食も食べたが、何だか口の中がサッパリとしない。こりゃ本格的に口直しになりそうな物が必要だな、と思った俺は何か良いものが無いかと探し歩いた。するとそこへ
「あら、提督じゃない。ちょっとこっちで飲んでいけば?」
声をかけられた方を見ると、ビス子をはじめとするドイツ艦組と早霜が、ちょっとしたバーカウンターのような物を出していた。
「いらっしゃいませ、司令。こちらはフルーツパンチバーとなっています……」
早霜はいつもの店に立つ時のバーテン服を着ており、少し楽しそうに微笑んでいる。……成る程、カウンターの上を見ると様々なフルーツが小さくカットされており、それらが種類毎にボウルに入れられている。
「ようするに、好みのフルーツを入れて酒やら炭酸水やらジュースを注いで楽しむ訳だな?」
「流石は私の夫ね、見ただけでこのバーの趣旨を理解するなんて」
おい、なんでお前がドヤ顔なんだよビス子。
「どうかな提督、爽やかな口当たりだからリフレッシュ出来ると思うよ?」
「とっても美味しい♪ですって!」
レーベとローちゃんにまで強く勧められたら飲まない訳にもいかんだろう。早霜からフルートグラスを受け取り、好みのフルーツを適量入れてシャンパンを注いで貰う。仕上げにマドラーで底に沈んだフルーツを軽く潰してやり、ステアして出来上がりだ。
「んじゃ、頂くぜ」
ゴクリと一口。その瞬間、シャンパンの弾けるような爽快感にフルーツの甘味と酸味がやって来る。シャンパンは甘口とはいえ白ワイン、その酸味が苦手な奴もいるだろうがこの飲み方ならばフルーツの味がプラスされるのでとても飲みやすい。ホームパーティ等でも喜ばれそうだな、こりゃ。
「初めて飲んだが、美味いなこれは」
「当たり前でしょ、この私がフルーツの下拵えしたんだから!」
そう言って胸を張るビス子。フルーツの下拵えだけでそんなに味の変化はないと思うが……まぁ、そういう事にしておいてやろう。
「あら提督、こちらにいらしたんですね」
「パーティの最初に座っていた席に居なかったから、探したわよ?」
声の方を向くと、イタリアとローマが立っていた。手には料理を盛った皿とフォークを持っている。という事は、俺に持ってきてくれたのか?
「その手の中の料理は俺にか?」
「えぇ。カポナータを作ったので、是非食べてもらおうと思って……」
「カポナータか、フレンチのラタトゥイユは食った事あるが、こいつは初めてだな……」
イタリアから皿とフォークを受け取り、口に運ぶ。まず感じたのは強い酸味。トマトと……ビネガーだろうか?しかしツンと来るような嫌な物ではなく火を通したお陰で角が取れたまろやかな酸味だ。そこに野菜の甘味と旨味が絡み合って絶妙な味だ。
「うん、初めて食ったがこれも美味いな」
フレンチのラタトゥイユは材料こそ似てはいるが、ここにバジルやオレガノのハーブ類を加えて、ビネガーではなくワインで煮込むのがラタトゥイユだったはずだ。見た目は似ているが全く違った味わいの一品だ。
「美味しかった?なら良かったわね」
「もう、ローマったら。提督に食べて頂きたいと一番頑張っていたのはこの娘なんですよ?」
「ね、姉さん!恥ずかしいから言わないでって……!」
トマトの様に真っ赤になって突っ掛かるローマを、のらりくらりとかわすイタリア。このやり取りが普段の『素』なんだろうな。
「司令、少しよろしいでしょうか……?」
ローマとイタリアの姉妹喧嘩(?)を微笑ましく眺めていると、再び早霜に声をかけられた。
「何だ?改まって」
「司令、こちらをどうぞ……」
早霜に差し出されたのはラッピングされた1本のボトルだった。見た目はワインやリキュールのボトルに近いが、見たことのないラベリングがされている。
「私からの個人的な父の日の贈り物です……」
早霜はそれだけ言うと、俯いてしまった。長い黒髪の隙間から覗く耳が真っ赤に染まっている。
「ありがとよ。早速利いてもいいか?」
「あ、あぁはい。ただ今グラスを出します…!」
少し慌て気味に差し出されたカクテルグラスを受け取る。コルクではなく金属製のキャップを回して開けてやると、そこから漂って来た香気は予想外の物だった。
「……何だこりゃ?日本酒なのかコレ!」
そう、口の開いた瓶の口から漂って来たのは米から作られた甘味を感じさせる香り…間違いなく日本酒の香りだったのだ。
「司令は…秋田の阿櫻酒造、という酒蔵を知っていますか?」
「あぁ、名前位はな」
確か、秋田の横手市にある日本酒の酒蔵なのだが様々なチャレンジをしてユニークな酒造りをしている蔵だと聴いた事がある。
「この『AZAKURA MOTOZAKE』はその阿櫻酒造がカクテルのベースリキュールとして開発した日本酒なんです」
そんな酒があったのか、と正直驚いた。日本酒をベースとして作るカクテルはあるが、カクテルにする前提で作られた日本酒とは恐れ入った。そんなのは見た事も聴いた事もない。
「どうでしょう、私は先に味見して味を解っておりますからカクテルに仕立てて味わって貰う、というのは?」
「あぁ、是非頼む」
カクテル用の日本酒の実力を味わうならカクテルにして味わうべき。至極当然の事だ。俺は先程開けた瓶を早霜に返し、その手並みを拝見する事にした。
「では、始めます」
早霜はそう言うと、MOTOZAKEを80mlにカシスシロップを15ml加え、ミキシンググラスに注いだ。そこに炭酸水を80ml注いでいき、炭酸の泡を逃がさぬように軽くステアした。それをシャンパングラスに移したら完成らしい。
「どうぞ、『JAPANロワイヤル』です」
「成る程な、日本酒のキールロ・ワイヤルだからJAPANロワイヤルか……」
まずは香りを味わう。カシスのフルーティな香りに混じって、ふわりと甘い吟醸酒にも似た香りが漂ってくる。カクテルでは嗅いだ事のない香りだ。続いて小量を口に含み、舌の上で転がす。……これは掘り出し物だ、と直感した。炭酸とカシスの風味でキール・ロワイヤルの表情は見せつつも、しっかりと日本酒の味もする。全くもって新しい味わいのカクテルだ。しかも風味にクセの少ない日本酒だ、色んなベースリキュールの代用になる。これ1本あればウチの店のメニューの幅が大きく拡がりそうな程だ。
「どうですか……?お気に、召しましたか?」
「早霜、この酒を定期的に注文してくれ。ウチの店に置くぞ」
即決だ。それほどこの酒に惚れ込んでしまった。これは俺にとっては最高の贈り物かもしれん。早霜も余程嬉しかったのか、見つからないように小さくガッツポーズをしているのを見つけてしまい、頬を赤らめた早霜に睨まれた。
「さぁさぁ、宴たけなわではございますが!そろそろデザートの時間なので席に着いてくださいよ!」
青葉のアナウンスが入ったのはそんな時だ。そういえばパーティだというのにケーキやデザートの類いが並んでいなかった。食い逃す訳にはいかんと海外組と早霜に席に戻ると告げ、俺は歩を進めた。
ページ上へ戻る