提督はBarにいる。
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6月第3日曜日・13
熊野と鈴谷が去った後、俺は再び席を立った。さっきのハヤシライスで胃袋の動きが活発化し始めたのか、もう少し腹に溜まるものを食べたくなったのだ。
「おぉ!提督ではないか!」
「利根か。お前も料理作ったのか?」
「いや、吾輩ではなく筑摩なのじゃ。ぱすたを4種類も作ったぞ!」
いや、その言い方だとお前が作ったように聞こえるんだがそれは。
「あら提督さん、いつもお仕事お疲れ様です」
「筑摩か。現場に出てるのはお前らなんだから、寧ろ労わないといけないのは俺の方だと思うんだがな」
筑摩はあまりパーティに参加せず、パスタを取りに来た奴等に取り分けているようだ。
「ナポリタンにクリームペンネ、ペペロンチーノに和風スパゲッティか。すげぇな、こんだけの量を一人で仕上げたのか?」
1種類を大量に作るだけでも大変だろうに、それを4種類も。余程手際が良くないと出来ない芸当だ。
「いえ、普段から利根姉さんのお食事は私が作ってるので慣れっこなんです」
「成る程な、利根は何となく好みが五月蝿そうだ」
好みというより、幼く感じるからか好き嫌いが多そうなイメージなのだが……本人には黙っておこう。
「む!?今のは聞き捨てならんぞ提督よ!それでは吾輩が好き嫌いが多い子供のようではないか!」
「え、違うのか?」
「なんじゃと!?」
顔を真っ赤にしている利根を見ていると、直情的な暁やビス子を見ているようだ。
「提督さん、姉さんをからかうのはその位にしておいてあげて下さい」
「すまんな、つい面白くてからかってしまった。筑摩、悪いがパスタ4種類、少しずつ盛り付けて貰えるか?」
「はい♪少々お待ちくださいね」
明るく答えた筑摩は、テキパキとパスタを盛り付けていく。
「まったく……昔から思っておったが提督よ、お主は性格が性悪過ぎると思うぞ!」
「そうか?人の上に立つにゃこの位の方が丁度いいと思うがな」
言い方は悪いかも知れないが、馬鹿正直過ぎる奴は指揮官には向かないと俺は思う。嘘も方便だし、時には人対人の駆け引きが要求される。性悪くらいで丁度いいのさ。
「そうですね、私もちょっとダーティな位の方が司令は素敵だと思いますよ?」
「夕雲か。相変わらず神出鬼没だな」
利根と会話していていきなり背後から声をかけられた。そちらを向くと大きなトレイを抱えた夕雲と清霜が笑顔で立っていた。
「私達もピザを作ったので、是非召し上がって下さい♪」
「一口サイズで食べやすいし、とっても美味しいよ!」
見ると、確かに綺麗に一口サイズのピザが陳列されている。ウィンナーにポテトベーコン、シーフードピザと具材のバリエーションも多彩だ。
「どれどれ……とってもdeliciousデス!」
「うわわ、金剛さん!?」
清霜の後ろから腕が伸びてきて、トレイの上のピザをつまみ上げて金剛がかぶりついていた。左手にはビールのグラスを持っていて、ピザを飲み込んだ後に喉を鳴らしてビールを流し込んでいる。
「おぉ、楽しんでおるようじゃな金剛!」
「Hey、利根さんも飲んでマスか~?」
金剛も普段の明るい調子を取り戻してきたのか、顔が少し赤い。元々飲めないクチではないので、勢いをつける意味でも少しピッチを上げて飲んだのだろう。
「吾輩も飲んでおるぞ!筑摩のぱすたにはワインが合うのじゃ!」
「しれぇ殿ぉ~、じぶんものんでいるでありますよぉ~!」
「うおっ!?酒臭っ!」
ぐでんぐでんに酔っ払った様子のあきつ丸が抱き付いて着た。口から漂ってくる酒の香気はワインの物だ。酒の趣味が変わったとは聞いていたが、こんなに酒癖が悪いのか。
「あ~あ~、今度はこっち来て絡んでるんかキミぃ」
「龍驤!」
呆れ顔でやって来た龍驤は、俺に絡み付いていたあきつ丸を引き剥がしてくれた。
「何するでありますかぁ!しれぇ殿への感謝はこんな物ではないでありますよぉ~!」
「その行動で提督が迷惑しとんねん!えぇ加減にせいっ!」
「ぐえっ!」
流石は元祖一航戦、といった所か。暴れるあきつ丸の延髄に手刀を入れて、一撃で気絶させてしまった。
「大丈夫か?ソレ」
「あ~かまへんかまへん。いつもの事や。とりあえずコレ部屋に返して来るから、ほな!」
そういうとあの小さい体のどこにそんな馬力があるのか、あきつ丸を肩に担いだ龍驤は食堂を出ていった。
「さぁ、パスタを取り分けましたよ。夕雲ちゃん達も食べていって?」
「あ、ありがとう~!いっただっきまーす!」
筑摩から皿を受け取った清霜ががっついている。俺達もそれぞれ筑摩からパスタを受け取る。
「でもビックリしました、龍驤さんてあんなにお強いんですね……」
「そりゃあの赤城と加賀の先輩に当たる存在だからな。強くない訳がねぇだろ」
そう答えながら筑摩のパスタを啜る。こんなカオスな状況でも美味いんだから、その腕前は推して知るべしってな。
「まぁ、空母の連中が怖がるのはホーショーさんとリュージョー位だからネー」
ムグムグとパスタを租借しながら、金剛が俺の言葉を繋ぐ。ウチの正規空母の一・二・五航戦はケッコンカッコカリを交わしている程の錬度の持ち主ではあるが、そんな彼女らでも頭が上がらない先輩が2人。それが鳳翔と龍驤の元祖一航戦の2人だ。この2人に技術を叩き込まれた連中だからこそ、厳しい訓練を思い出して見るだけで震え上がってしまうのだ。
「……龍驤さん、行きました?」
そう、今俺の背後に隠れていた赤城のように。
「お前らのそのトラウマ意識もどうにかならんのか?全く……」
「む、無理ですよぉこればっかりは…」
そう言って縮こまる赤城の手には、上手そうに焼けたローストチキンの脚が載った皿が収まっている。
「お、それは空母の連中で作ったのか?」
「え?えぇまぁ。鳳翔さんは軽空母の方に回ったので味は保証できませんが」
「まさか。調理の班長は加賀だろ?それなら味の心配はしてねぇよ」
そう言って赤城の皿からチキンを取り返し、かぶりつく。……うん、程よい塩加減とスパイスの辛味が鶏の旨味を引き出している。流石は加賀だ。
「喜んで貰えたなら何よりだわ」
「お前もいたのかよ、加賀」
作った張本人も隠れていた。お前らどんだけ龍驤が怖いんだよ。その手にはローストビーフがあり、口は忙しなく動いている。
「やはり鳳翔さんです、このローストビーフは絶品……流石に気分が高揚します」
「そんなに美味いのか?一切れくれ」
俺がフォークを伸ばすと、加賀は身を捩って皿を隠す。
「これは譲れません。どうしてもというなら、一切れ一発(意味深)でお譲りします」
「あ、加賀さん抜け駆けずるい!」
「そうですよ、提督の一発(意味深)は貴重なんだから!」
「そうだよ、みんなで分け合わないと!」
「でもそれだと一人当たりの分量が……」
「夕雲姉さん、一発(意味深)って?」
「清霜さんは知らなくていいの、そのまま純真なままでいてね?」ニッコリ
純真無垢な駆逐艦も近くにいるんだから自重しろよ、この嫁艦共は……。そんな空母達のやり取りを見て、流石の金剛も苦笑いしている。
「あ~、いいよいいよ。自分で取ってくる」
やいのやいの猥談を繰り広げている嫁艦空母共を尻目に、自分でローストビーフを取りに行く事にした。生々し過ぎる話を聞いていたくなかった、ってのもあるんだがな。
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