真田十勇士
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巻ノ七十 破滅のはじまりその十一
「まだその方がな」
「よいですか」
「うむ」
こう言うのだった。
「子供が死ぬ方がな」
「男の方なら」
「これは内密の話じゃ」
「はい、わかっておりまする」
「ご子息が生まれられるとな」
「まずいのですな」
「そうした状況じゃ」
それ故にというのだ。
「わしはそう願っておる」
「困ったことですな」
「うむ、まさかここで太閤様にお子が出来るとは」
「父上もですか」
「思いもしなかった」
昌幸の智謀を以てしてもというのだ。
「まことにな」
「しかしですな」
「こればかりはまさかと思っていてもな」
「わからぬことですか」
「人が生まれることはな」
「人ではわからぬ」
「そういうものじゃ」
まさにというのだった。
「難しいことじゃ」
「確かに、人であるなら」
「そこまではわからぬ、天の配剤じゃからな」
「どうしても」
「わしでも読めぬ、しかしまことにじゃ」
また言う昌幸だった。
「今の太閤様にな」
「ご高齢であられる」
「お子が出来たものじゃ」
「それが、ですな」
「不思議ではある」
こう言うのだった。
「出来たにしてもな」
「まさか、ですな」
「還暦近くでお子か、実はな」
「実はとは」
「この噂は全くの根拠のないものじゃ」
こう前置きしてだ、昌幸は幸村に話した。
「茶々殿のお子が太閤様のお子ではない」
「その話は」
「聞いたことがあるか」
「何か口さがない者達が言っておるとです」
「御主も聞いておるか」
「捨丸様の時に」
「あったな」
「はい、それがですか」
この怪しい噂がというのだ。
「再びですか」
「出るやもな」
「しかし茶々殿のお傍には」
「うむ、太閤様以外の男はじゃ」
「行くことが出来ませぬ筈です」
「その通りじゃ、ましてや二人きりになるなぞな」
そうした疑われる様な状況になることはというのだ。
「有り得ぬことじゃ」
「左様ですな」
「捨丸様の時は治部殿だの大野修理殿だの言われたが」
「治部殿が」
「あると思うか」
「そんなことは有り得ませぬ」
絶対にとだ、幸村は父に対して言い切った。
「治部殿の様な生真面目で清廉な方がです」
「主の側室とな」
「その様なことは有り得ませぬ」
幸村は父に強く語った。
「それがしも治部殿がどういった方が知っていますが」
「わしもじゃ、何があろうともじゃ」
「治部殿はそうしたことはされませぬ」
「天と地がひっくり返ってもな」
「とても」
「それは大野殿とて同じじゃ」
もう一人噂のある彼もというのだ。
「あの御仁もじゃ」
「茶々殿が近江におられた頃からのですな」
「茶々殿の乳母のご子息でな」
「その頃からのお付き合いですな」
「そうであった、しかし」
「大野殿もまた」
「その様なことをされる方ではない」
彼についてもだ、昌幸は言い切った。
「とてもな」
「左様ですな」
「そうじゃ」
「それがし実は大野殿ともです」
「お会いしたことがあるな」
「大坂において、大柄で恰幅のよい偉状夫で」
大野の外見からだ、幸村は話した。
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