落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜
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番外編 文倉ひかりの恋路
前編 あるはずだった幸せ
日曜日の午後。私――文倉ひかりは今、宋響学園の校舎前にいる。
本当なら、通えるはずだった場所。あの人と……幸せに過ごせるはずだった、学び舎。
あんなことになってしまったばかりに、私はここに行くことが叶わなくなり、路郎君は――
「す、すまん! ちょいと遅れた!」
「……ううん、私もさっき来たばかりだから」
ふと聞こえた足音に反応して、俯いていた顔を上げた私の前に、当の大路郎君本人が現れる。
申し訳なさそうな顔で頭を掻きながら走って来る様は、見た目が変わっても中学時代のままのようだった。
制服に袖を通している彼の姿は、言動に反してとても凛々しい。
今日は、彼を「加室孤児院」に案内する約束の日である。私を育ててくれた場所を見てもらえれば、もっと私のことを知ってくれる。そう思ったから。
大路郎君は今日、定期テストの成績が悪かったせいで補習授業を受けていた。
だから日曜日なのに学校にいたんだけど、本人は「受験が近いからな。自習してたんだ、自習。決して舞帆に補習に行かされていたわけではない」と、バレバレの嘘でごまかそうとしていた。
嘘をつくのはいけないことだけど、彼のそれは、見破られるためにあるようなお粗末なクオリティ。だから、全く気にならない。
むしろ、微笑ましいとも思ってしまう。甘やかしすぎかな?
「そうね……じゃあ、罰ゲームしちゃおうかな」
「罰ゲーム……だと……!?」
「ええ。ほんのちょっとでも女の子を待たせたんだもの。それなりのペナルティを付けなきゃね」
ちょっといたずらっぽく笑う私に、大路郎君が渋い顔になる。
好きな人をいじめたくなるのは、やっぱりしょうがない、よね?
その罰ゲームというのは、加室孤児院まで「セイサイラー」で乗せて行ってもらう、というもの。
せっかくのサイドカーなんだから、大路郎君一人で乗り回すなんてもったいないって思ったからね。
彼は私のお願いにしぶしぶ応え、達城さんにペコペコしてセイサイラーの使用許可を取っていた。ちょっと無茶振り過ぎたかな?
でも、彼はちゃんと約束通りにセイサイラーで私を出迎えに来てくれた。白くて大きなバイクに跨がって、颯爽とやってくる彼の姿に、ついついうっとりしてしまう。
――舞帆さんも、花子も、鋭美も、彼のヒーローとしての活躍を見ている。私も、見てみたかったなぁ。大路郎君が、かっこよく戦うところ。
そんなわがままを思い浮かべているうちに、寂しげな顔になっていたらしい。大路郎君がバイクから降りて「どうした?」と心配そうに顔を覗き込んで来る。
一度は「実はちょっと寒いの。タンデムシートでギュッてしてもいい?」なんて甘えようかとも思ったけど、そんなのずるいし、大路郎君を騙したくない。
私は笑顔を取り繕って、「なんでもないよ。さ、行こ!」と元気に出発を促した。
丘の上にある宋響学園から坂道を下り、二十分ほど下町を走った先に、「加室孤児院」がある。私にとっての「帰る場所」であり、掛け替えのない世界。
少し古ぼけた小さな施設だけど、そこで暮らす子供達はいつも、優しい従業員さん達と一緒に笑顔ではしゃぎ回っている。
この日も例外ではなく、私が帰ってきたと悟るや否や、何人もの子供達が満面の笑みで私の乗るセイサイラーに集まって来る。
「おねーちゃん、おかえりー!」
「あそぼ、ねぇ、あそぼ!」
いきなり子供に囲まれて面を喰らっている大路郎君に苦笑を見せながら、私は子供達に諭すような口調で話し掛ける。
「ちょっとだけ待っててね。このお兄さんを、案内しなくちゃいけないから」
「ふーん。お兄ちゃんって、なんでおねーちゃんといっしょなの?」
「え? ま、まぁ、俺は彼女に誘われたからで――」
「おねーちゃんの、おむこさんなの?」
それを聞いた瞬間、私はムスッとした顔で、「おむこさん」発言をやらかした男の子にげんこつをお見舞いした。
ちゃんと手加減はしたから痛がってはいないけど、なんで怒られたのかはわかってないみたい。
「なんでおこられたの? ぼく」
「きっとお兄ちゃんのこと、まちがえたからだよ」
「そっかー! じゃあお兄ちゃんは、おねーちゃんのだんなさまなんだね!」
――も、もう! これじゃあキリがないじゃない!
「ひかり? 顔が赤いけど……大丈夫か?」
「じ、大路郎君は早くバイクを停めて! 従業員さんが駐車場まで案内してくれるからっ!」
自分でもわかってしまうくらいに頬を紅潮させたまま、私は遠くで手を振っている二十代くらいの従業員さんを指差す。
大路郎君は「お、おう。わかりましたー! 今行きまーす!」と、私の態度にたじろぎながら従業員さんの指示に従い、セイサイラーを移動させていった。
ひとまず、当の本人がこの場を去ってくれたことに一安心。
「もう……いきなり来たばかりの人に、あんなこと言っちゃダメよ!」
「ちがってたの?」
「ち、違うっていうか、その、今は違うけどいずれはそうなりたいっていうか……ああん、もう! とにかく、おねーちゃんとお兄ちゃんのこと、からかっちゃダメだからねっ!」
「からかってないよ! おーえんしてるんだよ!」
――純真無垢な子供達の瞳に、思わず言葉が詰まる。子供にやり込められるなんて……うう。
「――そういえば、瑳歩郎はどうしたの? 姿が見えないけど」
ふと、私は子供達の中に自分の息子がいないことに気づく。そんな私の疑問に、さっきのおませさんが答えてくれた。
「いんちょーせんせーと、えほんよんでるよ」
「……そっか。ありがとう」
私は男の子の頭をそっと撫でて、施設の中に向かう。大路郎君に孤児院を案内する気でいたけど、その前に瑳歩郎に「ただいま」と言ってあげたい。
――私だって、「お母さん」なんだから。
老朽化の影響がちらほら見受けられる建物の中だけど、まだまだ施設としての機能は十分。
私はひび割れた壁に手を添え、せめて子供達が独り立ちするまでは、彼らの居場所として存在していてほしい、と切に願う。
「……ある日、おじいさんと、おばあさんが……」
その時、奥にある院長室の入口から声が聞こえてきた。
私を育てて、守ってくれた院長先生がいる部屋。そのドアを慎重にノックして、私は反応を待つ。
「はい、どうぞ」
帰ってきたのは、聞き慣れた、暖かい声。聞いていて、安心する声。
私はゆっくりとドアを開き、その声の主と対面した。
「あら。お帰りなさい、ひかり。いつも元気で、なによりですねぇ」
「院長先生……ただいま」
柔らかい笑顔で私を出迎えてくれた、優しげなおばあさん。この人が、私を支えてくれた院長先生「加室由里女」。
この加室孤児院を創設した初代院長であり、今まで多くの孤児達を養育してきた人。
私と鋭美は、この人のおかげで生きることができた。そして私は……瑳歩郎を産んで、育てることができたのよ。
院長先生は椅子に座って、自分の膝の上に乗せた瑳歩郎に、「桃太郎」を読んで聞かせている。その向かいの椅子には……何故か大路郎君が座っていた。
「――おう、ひかり」
「大路郎君、どうしてここに?」
「あ、いや、駐車場にセイサイラーを停めた後に従業員さんに誘われてさ。是非院長に会ってほしいって言われたんだ」
「大路郎さんのことは、ひかりからよく聞いておりましたからねぇ。一度、お話をさせていただきたかったんですよ。鋭美のことについては、何とお礼を申し上げればいいのか……」
「いえ、俺は俺にできることをやっただけのことですから」
「あらまぁ、見かけによらず奥ゆかしいこと。ひかりも鋭美も、良い人を見つけたことですねぇ」
院長先生は朗らかな笑顔で大路郎君を見詰める。
瑳歩郎も、路郎君が来たことを喜んでいるらしく、桃太郎の絵本越しに大路郎君に注目して「パパー!」とはしゃいでいる。
「さぁさぁ、せっかく三人集まったのですから、近くの街にお出かけに行かれてはどうですか? 若い者同士で、心行くまで語り合うのがよろしいでしょう」
すると、院長先生は瑳歩郎を膝からゆっくり降ろすと、大路郎君の元に行くように背中を押し、外に出ることを提案した。
「えぇ!? そんないきなり……!」
「私としては、ひかりや大路郎さんの時間を大切にしてほしいところですからねぇ。ここで絵本を読んでいるより、外に出てお天道様の恵みを受けるほうが、気持ちが晴れやかになりますよ」
ニコニコと笑いながら、「さぁさぁ」と外出を薦める院長先生。先生のすることを優先して、さっきまで続いていた絵本の朗読を聞いていようとしていた私にとっては、かなりの急展開だ。
「おでかけ、おでかけ! パパ、ママ! いく!」
「瑳歩郎も乗り気みたいだし……ちょっと散歩にでも行ってみるか?」
「う、うん……」
大路郎君の足にしがみついて元気に笑う瑳歩郎を見ていると、この流れに逆らうことがいかに無粋なことかを思い知らされる。
結局、私達は孤児院の案内という予定を変更し、三人で街に繰り出すことになった。
――他の子供達の冷やかしに遭いながら孤児院を出る私の顔は、大路郎君いわく「噴火三秒前の火山のように赤かった」らしい……。
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