落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜
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番外編 栄響学園生徒会執行部
後編 埋まらない溝
冷ややかな辻木副会長の一言を聞いた舞帆が、眉を吊り上げる。
「なんてこと言うのよ! 辻木君、彼に謝って!」
「舞帆先輩、僕は一度でいいから言いたかった。なぜあなたのような人が、こんなゴロツキ一匹のためにそこまで入れ込むんですか! こんな学園の規律を乱しかねないゴミ同然の狼藉者に、そこまでの価値があるとは到底思えません!」
「ゴ、ゴロツキですって!?」
おお、舞帆の顔が、怒りの色に染まろうとしている。
俺なんかのことでそこまで怒られたら、正直いたたまれないんだけど。
「えー……とだな。会長がまだ来てないうちから聞くのは無粋だとは思うんだが、俺を呼んだ用件ってのは何なんだ?」
これ以上俺のことで舞帆に苦労を掛けたくはない。
そんなわけで、俺は彼女をかばうような格好で副会長の前に立つ。
「貴様が船越大路郎か……ふん、姿を見るのは初めてだが、ずいぶんと間抜けな顔をしているのだな。僕の名は辻木隼人。宋響学園生徒会執行部にて、副会長を務める者だ!」
「いや、それはさっき聞いたから」
一応の先輩に敬語を使わない上に、清々しいほどに質問をスルーしてくる彼の名乗りに対し、俺はあっけらかんとした態度で返した。
「なにィ!? ふ、ふん! それにしても貴様、学園一の不良だという割りには妙に小柄だな。そんな背丈では大した力もあるまい。それで周囲を恫喝している気になっていたとは、見事なお笑い種だ! 『誠意』も『力』もない貴様のような人間がこの学園にいるのだと思うと、虫ずが走る!」
副会長は威風堂々とした物腰――でいる気なのか、俺より若干背が高いのをいいことに侮蔑の表情でこちらを見下している。
「いいんだよ別に。このちっこい体には、若さ溢れるパワーがギュギュッと詰まってんだからさ」
正確には、筋肉のみが成長し過ぎてるせいで全身の骨格が圧迫されて、結果として身長が伸び悩んでるだけなんだけどね。
「笑わせるな! ならばそのパワーというのを見せてみろ!」
言うが早いか、副会長は自分のデスクに駆け寄り、その陰に隠れていた竹刀を持ち出してきた。
この場で俺の力を試そう、という意図なのだろうか。
なるほど、確かに俺が不良な上に腕っ節まで貧弱だったら、まさにゴミ同然だろう。
「つ、辻木君! なに考えてるのよ、やめなさい!」
「いいって、舞帆は気にしなくて」
「で、でもっ!」
うろたえる彼女を腕で制して、俺は素手のまま副会長と相対する。
向こうは本気で俺を排除したいらしい。
不良を嫌って規律を重んじる性分である上に、自分が想いを寄せている舞帆に構われてるんだから、当然か。
まあ、別に俺と彼女はそんな間柄じゃないんだから誤解も甚だしいんだけど。
――それでも、気持ちだけは本物なんだ。
なら、俺もそのくらいの心構えってものを用意しとかないと、彼に失礼だ。
「あれまぁ〜、辻木君も船越君も初対面早々にやる気満々なわけ?」
「まぁな」
目を合わせずに会計さんの問いに答え、俺は副会長に視線を戻す。
「掛かって来るなら、いつでもどうぞ」
人差し指で副会長を指し、それを自分の顔に向けてちょいちょいと振る。
挑発は――いや、ゴングはそれで十分だった。
「力試し」の始まりのものとしても、その終わりのものとしても。
「調子に乗るなァァァァァッ!」
般若の形相で、一気に「面」の要領で竹刀を振り下ろして来る。
避ける必要はない。
かといって、脳天に食らってやるわけでもない。
「――むぅッ!」
俺の短い唸り声と共に条件反射で突き上げられた、右手の拳。
久々にパンチなんて打ったせいか、自分の迎撃を含めた全ての動作が、一瞬のことのように見えた。
喧嘩なんて弌郎の件以来……つまり一年振りだからブランクがあるんだろう。
自分のアッパーが、垂直に振られた竹刀をブチ折る瞬間も見逃すなんてな。
……俺の動体視力も、落ちぶれたもんだ。
まぁ、見えなかったのは他の連中も同じだったみたいだし、今は別にいいか。
「たは〜、なんだい今のは!? おったまげたよ!」
「や、やっぱり船越君ってすごい……!」
見物客二名の反応を一瞥し、俺は副会長の方へ向き直る。
「そんな……そ、そんなバカな!」
自分の手に握られた、無惨に裂けた竹刀を目にしてワナワナと震えている。
俺は僅かにに痛めた自分の右拳をさすりながら、彼に声を掛けた。
「俺のことが気に食わないなら、それでいい。悪いのは、お前に認められなかった俺だ」
「……!」
俺の言葉にハッとして上げられた彼の顔は、現実を無理矢理突き付けられたせいで、ひどく歪んでいた。
認めたくないのに、認めざるを得ない状況にあることへのもどかしさが、表情を通して放出されているような錯覚を覚える。
まるで、昔の俺を見ているようだった。
ひかりを――ひかりの幸せを奪われ、自分の存在価値を見失いかけていた、あの頃の俺を。
「来年でもいい。卒業式が終わるギリギリでもいい。いつか、この学園を出ていく日が来る前に、俺はお前に認めてもらいたい」
それは俺個人の願いであるし、舞帆に願われたことでもあった。
俺は変わりたい。そして、有り得たはずの暮らしを取り戻したい。
だから、不良から完全に足を洗うために――彼にも認められたい。
その気持ちに、嘘はない。あるはずがない。
「……ふ、ふん。なら、せいぜい『誠意』を見せるんだな」
「ああ。お前も見ていてくれ。そして、手伝ってほしい。俺がもう、道を間違えてしまわないように」
「――いいだろう」
ゆっくりとへし折られた竹刀をデスクの上に置き、副会長は真っ直ぐな瞳で俺を見据える。
どうやら、こいつに認めてもらうための「スタートライン」には立てたみたいだな。
「さて、そろそろ俺を呼んだ用件を教えてもらいたいんだが」
「ああ。実は――ん?」
やっとこ再開した俺の質問に副会長が答えようとした瞬間、なにかを見つけた彼の表情がピタリと止まってしまった。
いや、「凍り付いた」という方が表現としては正しいだろう。
「んっ、んっんっんー! んっんっん、んっん、んっんーッ!」
カチンコチンに顔が固まってる副会長の視線の先には、口を塞がれたまま呻いている結衣の姿があった。
どういうわけか、口を塞がれているだけのはずなのに、よだれが垂れ流しになっている。
しかも、なんだか温泉にでも浸かっているかのような、気持ちよさげな表情を浮かべていた。
「あ、あれは誰が付けたんだ〜い?」
「俺だ。あんまりセクハラ発言が絶えなかったんで、口を封じさせて貰っていたんだ」
会計さんの質問に俺が答えると、彼はどういうわけか、ものすごくギョッとした顔になってしまった。
あれ? なんか俺、変なこと言ったか?
「ふ、船越君〜? あれが何なのか知ってて彼女に付けたの?」
「口を塞ぐのに使った、あのボールみたいなやつのことか? そういえば、見たことない道具だったな。舞帆、知ってるか?」
「ううん、私も。田町君は知ってるの?」
舞帆は、俺と同じように首を傾げながら会計さんに問い詰める。
そんな反応を示す俺達二人を前に、彼はため息混じりにこう答えた。
「あのねぇ〜、アレは男と女がイケない遊びをするのに使うものなんだよ!」
「な……」
その簡潔過ぎる説明を聞き、今度は俺達二人の表情が凍り付く。そして、驚きを隠さず絶叫を上げた。
「今、あの娘は……ええと、こう言ってるみたいだね。『放置プレイ、いいっ、すごくイイ! 船越先輩、もっとあたしをいじめてぇぇ〜ん!』だってさ〜」
「なんで言ってることがわかるの!?」
「つーか『放置プレイ』ってなんだよ。そして何であいつの机にそんなモンが……」
口々に質問兼ツッコミをぶつける俺達。その応対に会計さんが困り果てていることに俺が気づいた瞬間――
「き、貴様、船越大路郎! 『誠意』を見せるなどとほざいておきながら、舞帆先輩だけでは飽き足らず、地坂にまで手を出すとは!」
「いや、違うんだ副会長。これはだな――」
「問答無用! 貴様の望み通り、この僕の手で間違った道を修正してくれるーッ!」
炎を吐くように叫び、烈火のごとく怒り狂う副会長が今度は木刀を振り上げてきた。
ちょっと待て、いくらなんでも木刀は痛いって。
「そんな修正のされ方は嫌なので……逃げる!」
「待てェーッ! 船越大路郎、覚悟ォーッ!」
「ちょっと、船越君!? 辻木君も、待ってよー!」
「あれまぁ、みんな大変だな〜、ハハハ。面白いからいいけどね〜」
「んっんっんー! んっんー!(もっとあたしをいじめてー! せんぱーい!)」
俺は用件を聞くことも諦めざるを得なくなり、生徒会室からダッシュで逃亡する。
そんな俺を追う副会長を撒いた頃には、すっかり夕暮れになっていた。
結局、本来ならちゃんと会うべきだった……かもしれない、生徒会長の笠野昭作には会わず仕舞いだったとさ。
ちなみに、後から会計さんに聞いた話によると、生徒会が俺を呼んだ用件ってのは「結衣が俺に告白する機会を欲しがっていたから、本人を生徒会室に呼ぶことにした」ということだったらしい。
はじめは「女の子から好かれてるんじゃないか」ってめちゃくちゃ喜びそうになってたけど、すぐ舞帆に「きっと『告白』といっても、『自分がイケない遊び道具を所持してることを誰かに相談したかった』ってことぐらいでしょうけどね」とジト目で釘を刺されてしまった。
……だよなぁ。
だとしたら別に、俺じゃなくてもいいわけだ。その場合、逆になんで俺なのかが気になるところだけど、まぁどうでもいいか。
やっぱり不良崩れの俺が、女の子にモテるわけないんだなぁ。……ハァ。
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