落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜
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本編 生裁戦士セイントカイダー
第15話 桜田舞帆の決断
ふと声が聞こえた方に目を向けてみれば、病室のドアがノックもなしに開かれていることに気づく。
そしてそこには、鋭い眼光で俺を射抜く、一人の初老の男性の姿があった。
スーツをピッチリと着込んだ、やり手の経営者って感じがする。
にしても、今のフレーズ、何か聞き覚えが――
「お父さん!?」
今までにないくらいの派手な驚き方で、舞帆が声を上げた。
舞帆のお父さんってことは……校長先生の桜田寛毅か。
忘れがちなんだよな、校長の顔や名前って。
しかも、よく考えたら話を切るときのフレーズが舞帆と一緒じゃないか。さすが親子だ。
――で、舞帆をセイントカイダーに仕立て上げようとしたってのも、このオッサンなわけだな。
別に威嚇してやろうとか思ってたわけじゃないが、達城から背景を聞いた以上、良くは思えない。
向こうも俺みたいな外野に首を突っ込まれたのがシャクなのか、キツイ視線を送っている。
「父さん――どうしてここへ」
「寛毅に舞帆か――そして、船越大路郎」
息子の問い掛けにも反応を示さず、真っ直ぐ俺を見据えて来る。頼むから平中には挨拶くらいしてやってくれ。
そんな俺の些細な願望を打ち砕くように、厳つい校長先生は俺の傍まで足を運ぶ。
遠目に見ていてもデカイとは思っていたが、近くに来るとその体躯がいかに凄まじいかがはっきりとわかる。桜田よりでかいんじゃないか?
校長はさらに俺を鋭い目つきで見下ろし、厳かに、容赦なく言い放つ。
「貴様か。娘の栄光を横取りした害虫は」
害虫て……予想以上の言われようだ。
すると、いきなり校長先生に害虫呼ばわりされ、対応に苦慮していた俺を庇うように舞帆が自分の実父の前に立ち塞がった。
「なんてこと言うのよ! 初めて会って早々言うことがそれ!? 船越君に謝って!」
「舞帆……なんということだ、私の愛娘がここまで篭絡されていたとは」
娘の怒気溢れる声を前にして、校長は心底嘆かわしい、というような顔をする。
校長にここまで嫌われる生徒って、そうはいないだろうなぁ。
余りの物言いに腹が立つが、悲しくもなる。
「いいか舞帆。私の話をよく聞いてくれ。お前は騙されているんだよ、この卑劣な男に」
「な、なによそれ! いい加減にして!」
「お前はこの男に何をされた? この男の縁者に誘拐されたあげく、襲われたそうではないか。その上、自分の撒いた種のために大怪我を負い、お前の気まで引こうとした」
あることないこと、言いたいように言ってやがるな。
……だが、俺に責任があるのは事実だ。悔しいが、何も言い返せそうにない。
そんな俺のやるせなさを知ってか知らずか、舞帆がさらに怒る。
「船越君を馬鹿にしないで! 船越君は私のために、実のお兄さんにまで抗って! あんなに血まみれになってまで……戦ってくれたのに……そんな言い方、ないよ」
竜頭蛇尾、というのだろうか。舞帆の訴えは次第に真っ赤な怒りから、暗い涙声に変わっていった。
「それこそが、この男の策謀なのだ。お前をそうやって惑わせて、我が桜田家へ取り入ろうとしている下劣な輩なのだよ。その証拠に、お前は本当なら器物損壊と傷害に問われるはずだったこの男を必死に庇い立てた上に、私の助力まで求めたではないか!」
「――なに?」
俺は目を丸くして舞帆を見る。彼女も俺の視線に気づいているのか、目を合わせようとしない。
校長の視線が舞帆から俺に移ると共に、その哀れみの目の色は激しい憤怒へ変わる。
「ついには舞帆を差し置いてセイントカイダーを騙り、娘の華々しいヒーローデビューを汚しおった……なんたる侮辱か!」
「達城に――校長の奥さんに聞いた。あんたが娘をどうしてもセイントカイダーにしようとしたって、ホントなのかよ」
向こうの怒りはたくさん聞いた。聞くだけ聞いた。
……今度は俺が聞きたい。
その一心で、俺はそこで初めて舞帆の父と言葉を交わした。
「朝香が舞帆を置いてセイントカイダーに選んだと言う男がどれほどのものかと思ってみれば、まさかよりにもよってあの害虫男だったとはな。貴様と朝香の動向はとっくに把握していたが、舞帆しか使えないというシステムの根本を無視してまで運用する程の者がいると聞いてしばらくは静観していた。だが、舞帆の代わりに戦うなどとほざいていながら結局はこのザマか」
「質問に答えたら、どうなんだ」
どうやら、俺達のことはお見通しだったらしい。
だが、肝心の質問の答えがまだ聞けていない。
校長のどこまでもこっちを軽視する物言いの数々に、さすがに言える身分ではないと分かっていても、声を荒げずにはいられなかった。
「学園のトップたる校長に対して暴言とは……舞帆の指導で更正したとも聞いていたが、とんだデタラメだったようだな。まぁ、いい」
そこで一旦言葉を切って咳ばらいすると、目の色が瞬時に変わった。
一切の反論を許さない、絶対的な威圧感。
目だけでなく、そういった雰囲気を全身から噴き出しているようだった。
思わず腰が引けてしまいそうにもなったが、ここで引いたら男が廃る。
冷や汗を流したまま、決して目を反らさず、俺は真っ向から校長と向き合った。
「朝香の言う通りだよ。舞帆は賢い。貴様も知っているだろうが、この娘は海外留学も経験し、既に教養の面では卒業しても問題ないレベルだ。お世辞の一切を抜いてな。寛矢も飛び級で宋響学園を卒業してヒーローになったが、舞帆ならそれ以上も簡単だったはずだ。この娘なら桜田家髄一の才女にもなれた――貴様にさえこだわらなければ!」
……俺に……?
俺がダメだったから、ほって置けなかったら、舞帆は飛び級をしなかった……?
宋響学園は、学力がその学年を修了できるレベルだと判断されれば、特例として飛び級ができる。
確かにAクラスの舞帆ならそれもできたはずだ。
――それを邪魔したのが、俺?
また俺のせいで、舞帆が損をしたってのか?
舞帆も、気まずそうに俺から目を逸らす。
俺の、せいで――
「舞帆は必ず優秀なヒーローとなる。そのプロデュースには、我が桜田家に仇なす不届き者の成敗が丁度いいだろう。朝香は舞帆では力不足だと危惧していたらしいが、そんなものは杞憂だ。そこから来る最悪の偶然が、貴様を呼び込んでしまった」
「父さん! 船越さんは、姉さんのために今まで――」
「今まで戦ってきた、というならもう用済みだ。桜田家の敵は桜田家で倒す。貴様のような害虫が出る幕ではない!」
今まで黙っていた桜田が繰り出す弁護も退け、ハッキリとそう言い放つ。
そして校長は一転して怒りを含まず、それでいて真剣な顔で舞帆に向き直る。
しかし、彼女の表情はどこか沈痛な雰囲気が漂っていた。
「舞帆。我らに仇なす敵から犯行予告が来ているんだ」
「えっ!?」
「なっ!?」
突然のカミングアウトに、俺を含む全員が騒然となる。
校長は俺達の前で、一通の手紙を開いた。
「『今夜、宋響学園の校舎を破壊する』――実に単刀直入な挑戦状、だな」
「今夜だなんて、ほぼ今じゃないか!」
「無茶です、父さん! 姉さんは実戦経験がありません!」
「そ、そうですよ! 舞帆さんが死んじゃいます!」
俺が声を上げると、桜田と平中が必死に校長の意向を制止する。
しかし、やはり耳を貸す気はないらしい。
赤の他人の平中と害虫同然の俺には全く目もくれず、舞帆と桜田だけを見詰めて、校長は声を上げる。
「これが最後の戦いだ。セイントカイダー、そしてラーベマンの力を以て、憎むべきラーカッサを討つ」
堅い父の意志に抗い切れなくなったのか、桜田はもうなにも言わなかった。
否定も、肯定もせず。
ただ、やるからには勝つしかない、という決意はあるらしく、戦う者としての引き締まった表情になっている。
そして……。
「舞帆……」
「船越君」
それまで受けた恩のあまりの重さと罪悪感から、しばらく見れなかった、舞帆の顔。
その表情からは、先程のような気まずさは消えうせていた。
未だにそこから抜け切れていない俺が惨めになるほどに。
「決めた。私、ラーカッサと戦う」
「姉さん……」
心配そうに眉をひそめる弟に振り返った彼女は「大丈夫よ」と優しく微笑むと、意志の強い瞳で俺に向き直る。
「私ね、ずっと決めてたの」
「決め……てた?」
「うん。あなたに助けられた日から、ずっと。あなたが助けてくれた分だけ、あなたの助けになろう、あなたを守ろうって」
舞帆は感慨深げに瞼を閉じると、俺の手を優しく取った。彼女の隣から、「この状況でなにやってんですかー!」という平中の怒鳴り声が聞こえてくる。
「痛くはない?」
「……え?」
「ほら、二年前言ってたじゃない? 力強過ぎんだろって」
「あ、ああ、そうだっけ?」
「ふふっ、忘れっぽいんだから」
さっきまでの状況が嘘のように、舞帆は楽しげに笑う。
まるで、出撃前に酒を飲む特攻隊じゃないか。
「……私、あの時は本当に、どうなることか分からなかった。理解が付いていかなかったのよ。あなたが助けに来てくれる前からも、後からも。そのくらい、ずっと怖かった」
「悪い。俺の兄貴のせい――俺達のせいで」
俺もあいつと同じだ。ひかりを守れなかった。
傷付けた。俺と血を分けた兄弟のしたことで、発端には俺も関係がある。
だから、あいつだけのせいだなんてムシのいいことなんか言えない。
「いいの。――私は襲われたことより、私のために血達磨になって死に物狂いで戦うあなたの方が怖かったのよ。もし私のせいであなたが死んだら、きっと生きていけなかった。命の罪悪感なんて、堪えられっこないもの。だからこそ、会ったばかりの私のために、命懸けで戦って、生き延びてくれたあなたには、一生ものの勇気を貰ったわ」
「俺は、身内として尻を拭おうとしただけだ。ロクなことはしちゃいないし、大して役にも立っちゃいない」
「ううん。あなたがいてくれたから、今の私がある。だから、私もあなたのなにかになりたかったの。ああやって、叱ったりしかできなかったけど」
「おかげさまで友達もできた。感謝してるよ」
舞帆は俺の言葉に満面の笑みを見せると、名残惜しげに、ゆっくりと手を離した。
なぜか、その顔はどうしようもなく悲しげなものになっている。
「――だから、これが最後の恩返し。あなたにあの危機を救われた分に応えるために続けてきた、恩返しの締めくくり。あなたが命懸けでセイントカイダーとして戦ってくれた分だけ、私が戦う。私の命を守ってくれたあなたな命を守るために、今度は私が命懸けで戦うね」
「舞帆、本当にやる気なのか」
「やる。あなたのためだから。大丈夫、きっとすぐに帰ってくる! だから、あなたも早く良くなってね。あと、今まで意地悪ばっかりしてごめんなさい。じゃあ、行ってくるから」
それだけ言うと舞帆は家族達と共に病室を後にして行く。
「さぁ、行くぞ舞帆、寛矢。我ら桜田家は、常にあらゆる分野において第一線で活躍してきた名門。故に、『何があっても』負けてはならんのだ」
「……はい」
桜田は病室を出る前に俺に一礼していったが、校長の方は振り向きもしなかった。
二人に続いて病室を去る舞帆。
その直前のことだった。
少しだけこっちを向き、何かを呟くように口を動かす舞帆。何を言ってるのか――涙を頬に伝わせる彼女の唇は、見間違いだろうがこう言ってるようにも見えた。
――帰ってきたら、ちゃんと伝えるから。
――好きです、って。
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