落ちこぼれの成り上がり 〜劣等生の俺は、学園最強のスーパーヒーロー〜
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本編 生裁戦士セイントカイダー
第13話 更生の始まり
疲労困憊から来る睡魔によって封じられていた意識が蘇った時、俺は知らない病室のベッドにいた。
「気が付いた!?」
「いって……力強過ぎんだろ!」
「あ、ごめん!」
目を覚ませば、俺の手を握り潰さんという力で取っていた彼女が傍にいた。どうやら俺をほっぽってはいなかったらしい。
「よかった、気が付いて! ホントに、よかった……!」
ホッと胸を撫で下ろし、感極まった様子で、女は俺が寝ていたベッドの隣にある椅子に腰掛ける。
すぐ近くに掛けられていたカレンダーに目を向けると、俺が約二ヶ月は寝込んでいたことがわかる。
道理であれだけのことがあったのに、被害者のこいつがここまで落ち着いていられるわけだ。
「全身傷だらけで出血も酷かったし……ホントにどうなることかと思ったわよ。でも、無事でよかった!」
「お前の方こそな」
女はそこで一旦言葉を切ると、申し訳なさそうに俯きながら、俺を上目遣いで見詰めた。
「えっと……あなたも、私と同じ学校だったんだね」
「財布の中身でも見たのか」
「うん……その、あなたの学生証が落ちてて、それで」
スッと目の前に出された、俺の顔写真がある学生証。そこに写された俺の髪は、今の俺自身への皮肉のように、純粋な黒一色だった。
受験用にと撮った証明写真が、こんなに皮肉に見えるのは、せいぜい俺ぐらいのものだろう。
「この写真、髪が黒いよね。それに、目が凛としてて、なんだか……」
「死んだ魚みたいな目付きで髪が赤い今とは大違いだな」
嘲るようにわざと声のトーンを上げると、「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……」と困った顔をする。
さすがにそれ以上虐める気にはならず、「まぁ、どうでもいいけどな」と話題を切った。
会話を重ねるに連れて調子が良くなってきたのか、女は身を乗り出して、さっきとは違う態度を見せた。
「ねぇ、私、あなたの昔の写真見てから、いろいろ考えたの。あなたはやっぱり、元に戻った方がいい! きっと今より、楽しく過ごせると思うの。一つのクラスの風紀委員を務める者として、あなたのことは見過ごせないから」
やっぱり風紀委員だったか。まさしく見た目通りだな。
ていうか見たことない顔なんだし、俺とは違うクラスだろうが。
露骨にめんどくさそうな顔をする俺に、いたずらっ子を叱る母親のような顔で、女が迫ってくる。
「そのために私にできることなら、なんでもする! 私、宋響学園をより立派にしたいから!」
「ご大層な志をお持ちのようで……それなら……」
俺はここまで、この女に感じてきたものを思い返した。
性格も顔も、まるで違う。
それでも、自身に何があっても俺を案じてくれたあの姿は、ひかりの優しさを思い起こすには充分過ぎた。
決して、ひかりの代わりなんかじゃない。
彼女を忘れないために、今目の前にいる彼女も忘れないために、俺は提案する。
かつて円満に果たせなかった、彼女との約束を。
「……名前で呼び合え。そしたら言うこと聞いてやるよ」
「え?」
「いや、だから名前だよ」
俺の発言が余程意外だったのか、女は俺の案に応えようともせず、鳩が弾道ミサイルを食らったような顔をしている。
「名前で、呼び合うの? 私と?」
「ああ。お前、名前は?」
「そういえば、自己紹介もまだだったわよね。私は桜田舞帆。あなたは――船越大路郎君よね?」
「そうだ。俺はお前を舞帆って呼ぶ。だから、お前も大路郎って呼んでいい」
女――舞帆は、少し困った顔をすると、頬を赤らめた。
「ごめん……私、男の人を名前で呼ぶのは、家族か、家族になる人じゃないとダメだって言われてて」
つまり、他所の男を名前で呼んでいいのは旦那だけってことか。
コテコテに厳格な家庭なんだな。
「じゃあ、俺が勝手に舞帆って呼ぶ。お前は好きなように呼べよ」
「うん……船越君」
あの約束を再現しきれなかったのは歯痒いところもあったが、不思議とそれほどもやもやとはしなかった。
舞帆にひかりの面影を重ね、彼女を守りたいと願ったから、何が得るものがあったのかもしれない。
もしかしたら……もしかしたらだが、舞帆を守れたことで何かの恩赦を得られるとしたなら……俺はもう一度、誰かを好きになっても、いいのかもしれない。
それから、更正の第一歩として髪の染め直しに臨んだわけだが。
「くそったれ……」
「やっちゃったわね……なんだか中途半端」
マジメになった証として自分で染め直そうとしたところ、しくじって半端な髪になってしまったようだ。
まるで赤い髪に墨汁をぶちまけたような頭になってしまっている。
端々に赤みがかかり、さながらメッシュのような有様だ。
俺は退院して家に帰って以来、その頭で学校に通わなければならなくなった。
それでも、グレた俺や女に溺れた弌郎のせいで老け込んだ母さんに、これ以上迷惑は掛けられないため、授業にも(今までよりは)マジメに取り組み、髪を染める前までは成績が回復した。
さらに舞帆主導の(更正のためと称した)雑用オンパレードが功を奏したのか、俺を不良だと恐れて近付かなかった他の同級生達とも、次第に打ち解けていくことができた(その過程で成績が逆戻りしたが)。
そうして一年の夏から二年の秋に掛けて、丸一年近くに渡る更正プロジェクトをこなした頃。
俺は、達城朝香と出会った。
△
ある晩、人徳稼ぎのために野球部が練習した後のグラウンド整備を手伝っていた時だった。
体育館の陰から見えた、学校関係者とは思えないほどの、グラマラスな肢体を強調した格好の女性の姿が目に留まった。
そして彼女は唯一自分の姿を見付けている俺を手招きする。
野球部の友人に後片付けを一旦任せると、俺は妖艶な女を訝しんだ上で、敢えて彼女のいる体育館裏へ足を運んだ。
「……で、誰だよあんた。そんな健全なる男子高校生にはいささか刺激が強すぎるような超悩殺セクシーダイナマイトバディを恥ずかしげもなくオープンかましちゃってくれてる辺り、教職員には見えないけどな」
「第一声からなかなか骨太に口説いてくれるじゃない。ちょっとクラッと来たわよ」
溢れんばかりの爆乳を寄せ上げ、挑発的に笑う。
「さて、あなたを呼び出した理由だけど――そんなに身構える必要はないわ。別にあなたに何か頑張ってもらおうって話じゃないんだから」
「頑張る……? 何の話だよ」
「そうね、ここで説明するだけじゃ物足りないでしょうし、ついていらっしゃい」
謎の女は地面の茂みに手を伸ばすと、そこでカチッと小さな音を立てた。
明らかに、自然物の出す音ではない。
その時、俺は初めて見た。
「セイントカイダー」の力を格納する地下基地への入口を。
無骨な機会仕掛けの部屋に、ボロボロの証明。
少なくとも、いい大人が一人で暮らすには余りにもヘンピな場所だ。
達城朝香と名乗るその女は、俺をある一室に案内し、そこのライトを付ける。
「これは……」
眼前に映るのは、部屋中に散らかった謎の部品の数々。
白と黄色を彩った、何かの機会のようなパーツがそこら一帯に転がっていた。
「私が開発に着手した、宋響学園の専属スーパーヒーロー『セイントカイダー』の設計パーツよ」
俺は達城の発した言葉に、疑問を感じた。
普通、専属ヒーローってのは企業のイメージアップに使われる場合がほとんどだ。
学校に専属ヒーローが付くなんて、聞いたことがない。
「宋響学園は私立校よ。教育を商売にしている企業の一つと捉えれば、問題ないでしょう? 『ヒーロー』というコンテンツの幅を広げる、試験的なプロジェクトと言っていいわ。……この学園自体、桜田家の私物のようなものだし」
そんな感想が既に顔に出ていたのか、達城は俺の胸中をあっさり看破した。
「そうそう……さっき達城朝香と名乗りはしたけど、つい去年までは桜田っていう性だったのよ」
「桜田? ――って、まさか舞帆の……?」
「ふふ、いつも娘がお世話になってるわね」
この女に呼び出されてから、驚きの連鎖だ。
彼女のプロポーションは母譲りだというわけだ。
「さて、今宵あなたを呼び出したのは、ひとえに事情を知っていて欲しいからなの」
「事情?」
首を傾げる俺に背を向けて、達城は新聞紙くらいの大きさの紙を広げた。
何かの設計図らしいが、残念ながら俺のオツムではカンプンチンプンです。
「私がいた桜田家は、過去多くのヒーローを輩出してきた宋響学園と密接な関わりがあってね。その筋でも名門だったの」
セクレマンやら舞帆のお母さんやら、ついていけない要素だらけの今夜だったが、舞帆の家庭に関しては本人からある程度聞き及んでいたため、ちょっとは理解できた。
確か、お父さんがここの校長を何年も続けてて、弟はここを飛び級卒業してヒーローデビューしたんだったな。
「そんな中で、私の夫――だった桜田家の現当主の桜田寛毅は、この宋響学園自体に、我が家出身のヒーローを誕生させて、桜田家の威信を確固たるものにしようとしたの」
「……それが、セイントカイダーか」
よく考えてみれば、舞帆の奴は生徒会役員だったよな。
「生徒会(せいとかい)」だから、セイントカイダーってか。
女が変身するのに随分と厳つい名前が付いてるのは、きっと「なめられないように」っていう男心が出てるからなんだろうなあ。
「ええ。変身者に選ばれたのは、当然ながら桜田の血を引き、唯一家族の中でヒーロー関係に携わっていなかった舞帆。生徒会に所属している優等生でもあるんだから、必然よね。まだ企画段階だから、本人はまだ何も知らされてはいないけど」
確かに舞帆の家柄の良さはお父さんや弟の活躍振りからそこそこ察しているつもりだったが、ここまでとは正直予想外だ。
ふと、俺はそこで達城の口調に異変を感じた。
誇らしい話なのに、カッコイイ話なのに――どこか、現状に向けた怒気を感じる。
「でも、問題が一つあるの」
「問題?」
「桜田家の成功を嫉んでいるのか……僅か二人程度でありながら、宋響学園を狙う者達がいるのよ」
その警鐘を鳴らす一言に、俺の表情も険しくなる。
「初めて襲われた時は、たまたまヒーローになって力を磨いていた息子がなんとかしてくれたけど、今後もそれで上手くいくとは限らない。息子以上の力を蓄えて、いつまた襲って来るか……」
「それと舞帆がヒーローになるのとどう関係あるんだ?」
俺の問いに、達城は背中越しに答える。
「舞帆はまだヒーローになるには早すぎるの。教養はあっても、力が余りにも足りない。それを十分なものにするために、今から鍛えたのでは余りにも遅いのよ。それまでにまた、彼らがやってくる可能性が高いから。無防備なヒーローを、学園を……舞帆を狙って」
「校長先生は――あんたの旦那さんは、そこんとこわかってんのか?」
「そこだけはわかってるはずよ。その上で、企画を決行するつもりでいる。『桜田家と宋響に仇なす者は、桜田家で倒す』ってね。それがどれほど危険で不可能に近いか、あの人はわかってないのよ、その一番大事なところを……!」
先程から薄々伝わって来ていた達城の怒りが、いよいよ明確に形を現わしてきた。
娘が背負うリスクを承知の上で、家のメンツのために危険な立場へ置こうとしている、夫だった男への怒り。
「……だから、私はあの人と別れたの。セイントカイダーの部品と設計図を持って、ね」
怒りを少しでも吐き出すことで、少しは気が鎮まったのか、達城は一息つくと椅子に座ってこちらに向き直る。
その表情は、先程まで元夫への怒りを現わしていたそれとはうって変わり、どこか諦めたような、脱力感を思わせる印象になっていた。
「だけど、それももう限界。ここをあの人が突き止めてしまうのは時間の問題だわ。そうしたら、結局あの人の思惑通り、舞帆は危険な時期の中でヒーローになる道を迫られてしまう」
「そんなことって……!」
「だから、もし舞帆が危険な戦いに巻き込まれても、支えてくれる誰かがいてあげれば、きっとあの娘も少しは救われる。だから、あなたを呼んだの」
ヒーロー業界の名門が見せた、不快な暗部。
それを見せ付けられた俺の心は、ぶつけようのない怒り一色で、濁流のようにうごめいていた。
「もしあなたさえ良ければ、あの娘の戦いを、事情を汲んで、支えてあげて欲しいの。私じゃあもう、あの娘を守れないから」
達城は机に散乱していた資料の山から、数札の一万円札を差し出した。手付金のつもりか。
「これは話を聞いてくれたお礼。事情を知ってくれる人が一人いるだけでも、きっとあの娘は幸せ――」
「ざッけんなァッ!」
その瞬間、俺は地上まで響き渡るほどの勢いで、ダムに溜まった全ての水を解放するように叫んだ。
気が付くと、達城の手にあった万札も叩き落としている。
思わぬ罵声に目を見開く彼女に、俺はお礼代わりに思うままの感情を言葉にぶつけた。
「幸せ? あいつが幸せに? なれるわけないだろ! 俺なんかが一人ついたくらいで、あいつが幸せになんてなれるか!」
俺が感情のカケラを言葉にするだけで、部屋がビリビリと振動する。
しかし、そんなことに構っているゆとりもない。
「あんたの願う娘の幸せってのは! 娘の戦いがたった独りにならないことなのか!? 違うだろ、もっと見苦しいくらい欲張ってみたらどうなんだ! そんな俺の髪の色くらい中途半端なもんじゃないだろ、あんたの願いは!」
感情に肉体の操縦を任せた俺は、達城の両肩をガシリと掴み、手に力を込める。理性の名残か、その力は彼女に痛みを与えるほどには至らなかった。
「戦って欲しくないんだろ!? 自分が腹痛めて産んだ娘に、危険な戦いをして欲しくない、だからあんたは舞帆をセイントカイダーにしたくなかったんだろうが!」
「私だって!」
すると、それまで防戦一方だった達城が突如反撃に出た。
その目尻に、痛々しく涙を浮かべて。
「私だって、舞帆には戦ってほしくなんかない! だけど、あの娘の代わりにセイントカイダーになれる人間は……いないのよ」
だが、徐々に声に覇気が失われていき、やがて絶望を思わせる声色になっていく。
「なれる人間がいないって……なんだよそれ」
その姿に怒気を削がれた俺は、俯く達城の顔を覗き込み、表情を伺う。
「……セイントカイダーの部品も設計図も、初めから舞帆の身体に合わせて造られたの。だから、彼女以外は絶対に使いこなせない。どの道、あの娘が纏うしかないのよ」
「絶対に使いこなせない、か」
そこで俺は一つの考えを、今ここで纏める。
「なあ、もし舞帆以外の奴がセイントカイダーに変身しようとしたら……どうなるんだ?」
「どうなるって――全身を鎧に締め付けられて、大の大人でも失神する激痛が走るわよ」
「きっついな、それ」
ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる俺に、達城は険しい顔になる。
「あなた……まさか、舞帆のセイントカイダーになる役を肩代わりするつもり!? 私の話を聞いてなかったの!?」
「聞いてたさ。その上で、そう言ってる。リスクは今あんたが言った通りなんだろうな。だが、やらないわけにはいかない」
まるで信じられないようなものを見る目で、達城は猛烈に反対する。
「なんであなたがそんなこと……無理よ、不可能だわ! 敵は息子より強くなってくるかも知れないのに、激痛のリスクまで背負って戦うことなんて!」
「あんたが願う娘の幸せってのは、こういう展開のことを言うんだろ。もし事情を知って支えてくれる人になって欲しいってのが、あんたの本当の願いだとしたら――今世紀最大の人選ミスだな。俺がそんな事情聞いといて、黙ってるわけないんだから」
ひかりのことでやさぐれて、弌郎とも争って、どうしていいかわからなくなっていた俺を、尻を叩いてでも助けてくれた舞帆。
あいつが危険な綱を渡ろうってんなら、俺が安全な道に作り替えてやる。
それが、助けてくれた筋ってもんだろうが。
品性のカケラもないイレギュラーの登場に、達城はただ言葉を失うのみだった。
△
それから、俺はヒーローライセンスを取得するための猛勉強に取り組み、二年の終わりにFランクのライセンスを取得した。
セイントカイダーの変身システム――すなわちセイサイラーは、舞帆がBかAランクのライセンスを取得する予定があって建造されていた。
つまり、Fランクのヒーローが、Bランクが使う(ことを想定した)変身システムを秘密裏に運用するという、奇妙な状況が出来上がったのである。
桜田家に秘密基地を知られないようこっそりと、達城もセイサイラーを正月までに完成させた。
こうして二年の三月に入って、ようやくこの俺、船越大路郎が変身するセイントカイダーが日の目を見たのだった。
当然、リスクは相当なものであり、当初は変身する度に入退院を繰り返す始末であったが、回数を重ねるに連れて俺の肉体がセイントカイダーの鎧に馴染むようになっていった。
もともと不良時代に身体を鍛えすぎたせいで、筋肉量の重さで背が伸び悩んだために、俺は舞帆と同じくらいの身長しかなかった。
そのため、激痛を伴うには間違いないものの、五月に入る頃には随分とマシになっていた。
加えて、今までの喧嘩とは違う真っ当な戦い方を学ぶため、ボクシングジムの専属ヒーローであるBランクヒーローから格闘技を学び、宋響学園を狙う敵を迎え撃つ日に備えて俺は鍛え続けた。
さらに、俺達の現状を桜田家に悟らせないために、ヒーローに関する話題を取り上げる雑誌の取材を受けないようにするべく、ヒーローランクを上げないように派手な活躍は控えていった。
桜田家のメンツをなにより重んじる校長の性格を考えれば、セイントカイダーが舞帆じゃない誰かが変身していると知っても、それが誰なのかを特定できるまでは事を荒立てられないかららしい。
そのため、宋響学園の受験案内のパンフレットや、入学案内に同封された学園紹介のDVDくらいにしか「セイントカイダー」は姿を見せず、正体が露見する可能性を極限まで回避した。全ては、舞帆を守るためだ。
……そう、俺は舞帆に代わって、その痛みを背負ってセイントカイダーになると決めたんだ。
弌郎によってひかりと共に泥沼へ引きずり込まれた俺を、そこから救い出してくれた彼女に、報いるために。
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