再び山奥にある謎の施設に舞い戻ったグレイとイザル。2人はライフ団のオコトとナオミがいた広い空間を目指して歩く。
2人はやがて先ほどの広い空間へとたどり着いた。先ほどと同じく、そこにはライフ団のオコトとナオミが、地下へ通じる階段を塞ぐように立っていた。
オコトの前には、先ほど出した2体のポケモンが浮いている。ネンドールとポリゴン2である。
ネンドール、どぐうポケモン。地面タイプかつエスパータイプ。高さ1.5m。
土偶のような形をした化け物で、8個ある目と口が顔を1周するように配置されているおぞましい外見である。
古代の泥人形が怪光線を浴びて生命を宿したと噂されるポケモンである。
ポリゴン2、バーチャルポケモン。ノーマルタイプ。高さ0.6m。
体は青色と赤色で、アヒル人形のような形をしている。
人工的に作られたポケモンである。
「何をしに戻ってきたのかしら?」
ライフ団のナオミが、グレイとイザルに問いかけた。
イザルが答えて言う。
「……アンタら、プテラが暴れた事件に何か関係があるんだろ? しかもアンタらライフ団は、ずいぶんとトラベル地方で暴れている組織みたいだな。ここでおとなしく捕まってもらうぜ」
「あらあら、治安組織のおっさんも無しに、どうやって私たちを捕まえるって言うのかしら? ポケモンで力づくでやるのかしら?」
そう言いながら、ナオミもモンスターボール2つ取り出してアーマルドとユレイドルを繰り出した。
「……おいおい、アーマルドとユレイドルだと!? ……アンタ、もう隠す気ないだろ、どっちも古代ポケモンじゃないか! どう考えてもアンタら、プテラのことを知っているだろ!?」
「あらあら、何の話かしら」
イザルの言う通りアーマルドとユレイドルは、どちらも古代の化石から復元されるポケモンである。
「さて、力づくで私たちを止められるかしら?」
イザルも自分のポケモンを出し、ナオミに対抗する。
こうして、イザルとライフ団のナオミの戦いが始まった。
一方、グレイとライフ団のオコトは、すぐに戦いを始めることなく、隣で始まったイザルとナオミの戦いから離れつつ会話していた。
「グレイ君と言いましたね。あっちのナオミと戦っている彼については聞きましたが、君は何をしにここに戻って来たんですか?」
「まあ……付き添いだな。あの隣で戦ってるイザルって奴が、悪が許せないって言うからな。それに、オレもライフ団には個人的に迷惑かけられたからな。八つ当たりでもしようかと思ってな」
「ほう? ライフ団に迷惑をかけられた? 何をされたんです?」
「幸運の家って知ってるか? あそこのラッキーを強奪しようとするお前たちと戦ったんだよ! 命を研究してるとか言ってた気がするが、ずいぶんと野蛮な組織だなライフ団は」
グレイの言葉を聞いて、オコトは少し驚いたような顔をした。
「ほう……まさかラッキー強奪事件を阻止した人物が目の前に現れるとはね、噂をすれば影……なんとも興味深いですね。しかし、ライフ団が野蛮だという認識は変えていただきたいですね」
オコトはグレイに説明するような口調で話しはじめる。
「グレイ君、一口にライフ団と言っても、その考え方や行動は派閥によってまるで違うのですよ。単に自分が死にたくないという自分本位な考えで永遠の命を求める野蛮で低俗な派閥もあれば、命をデータ化することで永遠に存在を保存する研究をしているちょっと頭が変わった方々が集う派閥もあります」
オコトの説明に対し、グレイが質問する。
「へえ。それで、他の所の悪口を散々に言ってるお前は何なんだよ?」
「我々リザレクションは、死者の蘇生を主な研究テーマとして活動しています。化石からの古代ポケモンの復元もこの一環ですね。それから主流の研究ではないですが、無機物からの生命の創生……分かりやすく言えば、人工的に命を作りだす研究ですね。これもやってます」
オコトは、自分のポケモンであるポリゴン2を指差しながら言葉を続ける。
「このポリゴン2は、元々は人工的に作られたポケモンです。しかし生物か無生物かと問われれば無生物でしょう。もちろん、賛否分かれる所ではありますがね。しかし我々が作りたい命は、ポリゴンのような無生物ではありません。我々は、誰もが生物と認める命を作りたい。究極的には人間を人工的に作りたいのです」
楽しそうに説明するオコト。説明を聞いてグレイがドン引きしている事も気づかずに、オコトはグレイに問いかける。
「どうですかグレイ君? 命を作り出す研究。これは主流の研究ではないですが、リザレクションは崇高な研究をやっているでしょう? リザレクションに興味が湧きませんか? もし君がライフ団に入りたいと言うなら、入れてあげてもいいですよ? もちろん、所属派閥はリザレクションとしてね」
引きつった表情をしながらグレイが口を開く。
「おいおい……永遠の命も、命のデータ化も、死者の蘇生も、命を作りだすのも……全部ヤバイだろ! お前らも含めてどれも頭のネジがぶっ飛んでるとしか思えないけどな!」
グレイの返答を聞いた瞬間、オコトは露骨に失望したといった表情を浮かべた。
オコトが諦めと失望が混ざった声でグレイに話しかける。
「そうですか。この崇高なリザレクションを、よりにもよって低俗なフェニックスと同一視しますか……。頭が悪すぎて崇高か低俗かの区別すらできないのですね。ラッキー強奪を阻止した子供ということで期待していたのですが……もう君に興味はありませんよ。ポリゴン、“チャージビーム”」
「なあ!?」
突如としてグレイに向けて発射された“チャージビーム”による電気の束。グレイはとっさに自分の前にハピナスを出現させて電気の束を防いだ。
「すまん姐さん! 突然出して盾に使ったりして!」
グレイの謝罪に対して、ハピナスは優しい笑顔を返した。
先ほど戦いを始めたイザルとライフ団のナオミは、戦いながら場所を移動しており、既にグレイの近くにはいなかった。
オコトのポリゴン2が“チャージビーム”を放ったことで、グレイも完全に戦う流れである。グレイはハピナスの他にもビビヨンとレパルダスを出した。
本当はグレイはギャラドスも出して戦わせたかった。しかし
屋内の天井が低い場所で、空中を飛行して移動し、さらに高さが6.5mもあるギャラドスを戦わせることはできないとグレイは判断した。
グレイのビビヨン(高さ1.2m)とレパルダス(高さ1.1m)とハピナス(高さ1.5m)。
オコトのネンドール(高さ1.5m)とポリゴン2(高さ0.6m)が対峙する。
グレイは敵のポケモン2体を観察する。
(オレの勘だが、2体とも物理的な攻撃よりも特殊攻撃が得意そうだな。なんか浮いてるし、超能力的な感じだろ。種族の常識にとらわれない姐さんみたいな規格外の可能性も0じゃないが、そんな奴そうそういないだろ……KKを戦わせられないのは厳しいが、特殊攻撃に強い姐さんがいれば何とかなるだろ)
相手を観察するグレイに対し、オコトがさっそく自分のポケモンに攻撃指示を出す。
「ネンドール、“げんしのちから”。ポリゴン、“チャージビーム”。どちらも狙いはビビヨンです」
グレイも素早く指示する。
「姐さん、受け止めながら進んで殴れ! レパは後に続け! ビビはここで“むしのさざめき”!」
ビビヨンに向かって飛ばされる2つの技。
原始の力を解放して岩を浮かせて飛ばす、岩タイプの特殊攻撃技“げんしのちから”。
電気をためて自分をパワーアップさせながら、同時に電気の束を相手に発射して攻撃できる、電気タイプの特殊攻撃技“チャージビーム”。
これら2つの攻撃を、ビビヨンに代わってハピナスが受け止めた。
ポリゴン2の“チャージビーム”を受けようとも気にせず前に進むハピナスであったが、ネンドールの“げんしのちから”を受けた時にはダメージでよろめいた。
(まじか! あの姐さんが特殊攻撃でよろめくとは……あのネンドールどんだけ強いんだよ!)
「姐さん! あのネンドールから先に殴れ!」
グレイはネンドールへの警戒度を一気に高め、先に処理することに決めた。
さらに“チャージビーム”を飛ばそうとするポリゴン2を、ハピナスの後ろに隠れていたレパルダスが“ねこだまし”で怯ませて止める。
「ネンドール、“コスモパワー”です」
ネンドールは、自身の防御力と特殊防御力を上昇させる技“コスモパワー”を発動した。
直後、ネンドールはハピナスの“メガトンパンチ”で殴り飛ばされたが、防御が強くなったネンドールはダメージをあまり受けなかった。
ライフ団のオコトが口を開く。
「もう面倒くさいですね。戦場を新しくしましょうか。ネンドール、“だいちのちから”」
“だいちのちから”は、相手の足元から大地の力を放出して攻撃する、地面タイプの特殊攻撃技である。
ネンドールの“だいちのちから”によって、建物の床から土が勢いよく噴出され、床のタイルを突き破る。
土が噴き出した部分の床は穴になり、穴の下には地下フロアが広がっている。
グレイとビビヨンがいる場所の足元の床からも土が勢いよく噴出した。さらに、グレイの足元からも地面が噴き出し始める。
「このクソ野郎がっ!!」
叫びながら何とか噴き出す土を避け、素早く立ち上がったグレイ。
グレイの周囲に限らず、あちこちの床から土が噴出している。
グレイの足元から何やらミシミシと音がする。何事かと思って周囲を見渡すグレイは、自身が立っている床の周りに無数の亀裂が入っていることに気がつく。
突如、グレイの立っている床が自由落下を始めた。
「は?」
無数の穴が開き、グレイを支えることができなくなった床が落ち始めたのである。
間抜けな声と共に、グレイは地上階から地下1階へと落下した。
体が痛むのを我慢し、グレイは素早く回りを確認する。
“だいちのちから”により、グレイとオコトが戦っていた地上階の戦場のほとんどの床が消えていた。
浮くことも飛ぶこともできないハピナスとレパルダスも地下階に落とされていた。オコトもいつの間にか地下へ降りている。
浮けるネンドールとポリゴン2、飛べるビビヨンが後から降りてくる。
「さあネンドール、“だいちのちから”を続けなさい」
オコトの指示で、ネンドールは再び“だいちのちから”を放つ。
床だけでなく、壁や天井からも土が勢いよく噴き出す。土が噴き出した壁や天井はボロボロになって崩れ、降ってくる。
「おいおい! お前、地下を守ってたんじゃなかったかよ!」
グレイは思わずオコトに向かって叫んだ。
「もういいんですよ。この施設は用済みです」
オコトが答えた。
グレイにとって、オコトの行動原理は謎であった。
先ほどまでは地下を守っていたはずなのに、今は自ら地下を破壊している。用済みと言うからには目的は達成されたのかも知れないが、それにしては自分が逃げるような素振りもない。
そんな事を考えているグレイは、再び足元の異変に気がついた。またもやグレイが立っている床に無数の亀裂が入っている。
「おい、まさか……」
グレイに未来予知の力はない。しかしグレイにはこれから起こることがハッキリと分かった。
グレイは床ごと地下1階から地下2階へと落下した。
2度にわたって落とされたグレイは、体の痛みにイライラしながら足元の
瓦礫を蹴り飛ばした。
(人を何度も落としやがってあのクソ野郎!! ビビの“むしのさざめき”で鼓膜ぶち破って、レパの爪で目ん玉えぐり出してやるぞクソ野郎!!)
グレイはその光景を想像する。
目と耳を手で押さえながら痛みでのたうち回り苦しむオコトを想像できたグレイは、ひとまず怒りを収めることに成功した。
地上階、地下1階、地下2階、の3フロアがぶち抜かれたことで、グレイの目の前には天井が高い戦場が広がっていた。
いつの間にか地下2階に降りて来たオコトが、新たなモンスターボール取り出しながら口を開く。
「さて、これだけ広くなれば使えますかね。ゴルーグ!」
ライフ団のオコトは、新たにゴルーグ(高さ2.8m)を繰り出した。
ゴルーグ、ゴーレムポケモン。地面タイプかつゴーストタイプ。
2本の脚で立ち、2本の腕がある。ロボットのような外見である。
古の時代に人工的に作られたポケモンだと噂されている。
ゴルーグを繰り出したオコトに対し、グレイも強気に言葉を返す。
「狭い場所では出せなかったポケモンがいるのは、こっちも同じなんだよ!」
言いながらグレイはモンスターボールを取り出して、ギャラドス(高さ6.5m)を出した。
「KK! あいつと遊んでこい!」
ネンドールを指でさしながらグレイはそう言い放った。
ギャラドスはすぐさまネンドールに向かって飛び出した。
「ポリゴン、あのギャラドスに“チャージビーム”」
「姐さん、受け止めろ!」
ポリゴン2からギャラドスに向かって“チャージビーム”による電気の束が発射される。しかしハピナスがそれを受け止め、“メガトンパンチ”による拳の一撃でポリゴン2を殴り飛ばした。
その間にギャラドスはネンドールのもとに到達し、ネンドールに向かって“たきのぼり”で水をまといながら突撃する。ネンドールも対抗して“げんしのちから”で岩を飛ばして抵抗する。
「ゴルーグ、“てっぺき”を使った
後、ネンドールに加勢。攻撃は“シャドーパンチ”を軸に攻撃です」
オコトの指示により、ゴルーグは自身の防御力を大幅に上昇させる技“てっぺき”を発動した。
“てっぺき”で防御力が大幅に上昇した状態になったゴルーグは、“シャドーパンチ”でギャラドスを殴りつつ、技の合間にはごつい脚で蹴りを放ってギャラドスを攻撃する。
ゴルーグは、特性てつのこぶし、というパンチ技の威力が上がる特性をもっており、凄まじい威力で“シャドーパンチ”が放たれる。
対してグレイも指示する。
「ビビ、狙撃でKKを援護。レパは姐さんを盾にしてあのアヒルみたいなやつと戦え!」
ビビヨンはその場で“むしのさざめき”を飛ばして、ギャラドスと戦っているネンドールとゴルーグを遠距離から攻撃し始める。
また、レパルダスはハピナスと共にポリゴン2と戦い始める。
現在、大きく分けて3つの場所でポケモンが戦っている。
1つ目は、グレイの隣。
ここにはビビヨンがいる。
ビビヨンは“むしのさざめき”で敵のネンドールと敵のゴルーグを遠距離攻撃している。
2つ目は、グレイから見て左側。
ここにはレパルダス、ハピナス、敵のポリゴン2がいる。
ポリゴン2は“チャージビーム”でレパルダスとハピナスを攻撃しようとするが、攻撃は全てハピナスに命中している。
ハピナスは、ポリゴン2の“チャージビーム”を全て受け止めながら、肉弾戦による攻撃を駆使しつつ“メガトンパンチ”でポリゴン2を攻撃している。
レパルダスは、ハピナスを盾にしつつポリゴン2の隙をうかがい、隙をついて“みだれひっかき”で攻撃している。
総括的に見れば、特殊攻撃を主に使いながら戦うポリゴン2は、特殊攻撃に強いハピナスとは相性が悪く、体力の削り合いで先に倒れるのはポリゴン2であると言える。
3つ目は、グレイから見て右側。
ここにはギャラドス、敵のネンドール、敵のゴルーグがいる。
ギャラドスは、“たきのぼり”や肉弾戦を駆使して主にネンドールと戦いながら、手が空いた時にゴルーグにも攻撃している。
ネンドールは、“げんしのちから”を使ってギャラドスと正面からぶつかり合っている。また、ビビヨンから“むしのさざめき”で狙撃されている。
ゴルーグは、ギャラドスがネンドールとぶつかり合っている隙に“シャドーパンチ”や蹴りでギャラドスに攻撃している。ビビヨンからは“むしのさざめき”で狙撃されている。
総括的に見れば、ビビヨンの援護狙撃も含めて、グレイ側とオコト側の戦力は互角であると言える。
大きな戦場が2つあって、1つは有利な戦況、もう1つは互角である。状況を見たグレイは、自分が有利な状況であることが分かった。
(相手のネンドールは確かに強い……だが、残念ながら異常に強いポケモンを連れてるのはお前だけじゃないんだな、これが。このまま放っておけば、そのうちポリゴンとか言うアヒル野郎が倒れるだろうから、そしたら姐さんとレパを加勢させて終わりだ)
自分に余裕ができたことで、グレイはイザルの戦いが心配になってくる。
(確かイザルは、でかいポケモンの扱いが得意とか言ってた気がするが、……この狭い場所で十分に戦えるのか? くそっ、地下に落とされたせいで、イザルとあの女の戦いがどうなってるか全く分からんな……)
今からでもイザルに加勢するべきか悩むグレイだが、その余裕ある状況はオコトの新たな作戦により覆されることになる。
「ゴルーグはギャラドスを止めて。ネンドールはこちらに」
オコトの指示で、ネンドールはギャラドスから離れてオコトの隣に帰っていく。それを追うギャラドスをゴルーグが邪魔する。
とりあえず強い相手を殴れればそれで満足なギャラドスは、標的をゴルーグに移した。
「ゴルーグ、“じゅうりょく”を使いなさい」
オコトが新たな技“じゅうりょく”をゴルーグに指示した。
突如、ゴルーグの周囲の重力が異常に強くなった。強い重力に押しつぶされてギャラドスは飛行することができなくなり、瓦礫の散乱する床でヘビのように這いつくばることになった。
先ほどギャラドスとゴルーグから離れたネンドールは、強い重力の影響を受けることなく浮き続けている。
「さあネンドール、“だいちのちから”で攻撃。ゴルーグは“じしん”です」
ゴルーグは、這いつくばるギャラドスを自身のゴツい脚でグシャリと踏みつけ、地面を伝う衝撃波を発生させて攻撃する地面タイプの攻撃技“じしん”でギャラドスを攻撃する。
さらにネンドールが“だいちのちから”でギャラドスの下側から激しく土を噴出させて攻撃する。
どちらも地面タイプの技で、普通なら飛行タイプのギャラドスには効かない技である。しかし、地に這いつくばる今のギャラドスに飛行タイプの特徴などどこにも無かった。
ギャラドスは“たきのぼり”で水をまとって、自身を踏みつけるゴルーグに突撃する。しかし、ゴルーグ(330.0kg)による踏みつけの押さえの力は、強い重力に影響もあり、なかなか引き剥がすことができない。
さらに、オコトが新たな指示を出す。
「ポリゴン、“ワンダールーム”です」
オコトの指示により、ポリゴン2が“ワンダールーム”を発動した。ポリゴン2の周囲に摩訶不思議な空間が作り出された。
「さあポリゴン、“チャージビーム”です」
オコトの指示により、ポリゴン2が“チャージビーム”で電気の束を飛ばした。先ほどまでと同じく、ハピナスが盾となって技を受ける。
しかし、先ほどと違い、ハピナスは電気の束を受けた途端にダメージでよろめいた。ハピナスは踏ん張ることができず、後ろに押し出され、“チャージビーム”による電気の束がハピナスの後ろにいたレパルダスにまで及んだ。
グレイは知らないことであるが、“ワンダールーム”で作り出された不思議空間の中にいるポケモンは、防御力と特殊防御力が入れ替わった状態になる。ハピナスは普段は特殊攻撃に強いポケモンであるが、“ワンダールーム”の不思議空間の中にいる間は物理攻撃に強いポケモンとなり、特殊攻撃に強いという特徴は消し去られるのである。
「姐さん! その変な場所の外で戦え!」
“ワンダールーム”の効果は知らないが、突然ハピナスが大きなダメージを受けたのは作り出された不思議空間が原因だと断定したグレイは、不思議空間の外に行くよう指示した。
しかし、ポリゴン2は不思議空間に真ん中に居座って“チャージビーム”で攻撃してくる。
「姐さん! 力づくでアヒル野郎を引きずり出せ! 全力の“メガトンパンチ”!!」
ハピナスは“メガトンパンチ”を発動し、自身の拳にゆっくりと凄まじい力を込める。ポリゴン2から“チャージビーム”による電気の束が放たれてハピナスにダメージを与えるが、ハピナスは動かない。
次の瞬間、拳にためた力を一気に解法し、ハピナスは拳を突き出したままの姿勢で弾丸のような勢いで飛び出してポリゴン2に迫り、殴り飛ばした。
吹っ飛ばされたポリゴン2は、その勢いで不思議空間の外に放り出され、瓦礫の山に突っ込んだ。瓦礫の山が音を立てて崩れる。
「無駄ですよ。ポリゴン、“ワンダールーム”」
しかし、不思議空間から引きずり出されたポリゴン2は、再び“ワンダールーム”で自分を中心として2個目の不思議空間を作り出した。
例えポリゴン2を不思議空間から追い出しても、また新たな不思議空間を作られるだけである。グレイの作戦は失敗に終わった。
「レパ! 姐さんを盾にするのはもう止めだ! レパも姐さんも、ばらけて別々に攻撃しろ!」
グレイの指示により、レパルダスとハピナスは2手の分かれて別々の方向からポリゴン2に迫ろうとする。
しかしオコトが新たな技を指示する。
「ポリゴン、“でんじほう”で壁を作るのです」
ポリゴン2は、大砲のような電気を発射するという、非常に威力が高い電気タイプの特殊攻撃技“でんじほう”を発動した。
“でんじほう”により放たれた電気の塊は、不安定な軌道と遅い速度でハピナスに迫った。
電気の塊に向かって、ハピナスが“メガトンパンチ”による凄まじい拳の一撃を放った。しかし、拳の一撃は電気の塊を弱めただけで消し去ることはできず、電気の塊がハピナスに着弾して大爆発を引き起こす。
その隙にレパルダスがポリゴン2に攻撃するが、すぐさま“チャージビーム”の電気の束でレパルダスは押し出され、“でんじほう”の電気の塊で壁を作られる。
ポリゴン2は次々に“でんじほう”で不安定な軌道で遅く進む電気の塊を撃ち出し、レパルダスとハピナスの接近を防ぐ。さらに時折“チャージビーム”の電気の束で遠距離攻撃してくる。
グレイは自分が不利な状況になるのを感じつつ、周りの状況を見渡す。
まず、グレイから見て左側の戦場。
レパルダス、ハピナス、敵のポリゴン2が戦っている場所である。
先ほどは、特殊攻撃に強いハピナスが有利に戦っていた。
しかし現在は、ポリゴン2の“ワンダールーム”の不思議空間によって、ハピナスの特殊攻撃への強さは消し去られた。
ポリゴン2は不思議空間の真ん中に居座り、“でんじほう”で電気の塊を自身の周囲に発生させて防御しながら、“チャージビーム”の電気の束で攻撃することで、有利に戦っている。
レパルダスとハピナスは、ポリゴン2の“でんじほう”を一撃で打ち消す程の強力な技をもっていないため、不安定な軌道でどの方向に進み出すか分からない“でんじほう”を迂回して進まざるを得ない。
グレイ側が不利な状況である。
次に、グレイから見て右側の戦場。
ギャラドスと、敵のゴルーグが戦っている。また、遠距離からビビヨンと敵のネンドールの攻撃が飛来している。
先ほどは、遠距離からの援護も含めて、互角な戦いが繰り広げられていた。
しかし現在は、ゴルーグの“じゅうりょく”による強い重力の影響により、ギャラドスは飛ぶことができずに地を這いながら戦っているため、本来の力を発揮できていない。
こちらもグレイ側が不利な状況である。
また、ライフ団のオコトの隣。
ここではネンドールが“だいちのちから”で土を噴出させて、ギャラドスを攻撃している。ネンドールによる“だいちのちから”は非常に強力で、ギャラドスのダメージ源は主にネンドールの攻撃である。
最後に、グレイの隣。
ここではビビヨンが“むしのさざめき”で音波を飛ばしてゴルーグを攻撃している。
しかしビビヨンの攻撃は、敵のネンドール程の強い威力で放たれている訳ではない。
(何個かの戦場に分かれて、どの戦場でもオレが不利……なんか見覚えある光景だよな……)
グレイは、約1ヶ月前のライフ団のアークとの戦いを思い出していた。
(あの時も何とかなったし、今回も頑張れば何とかなるだろ。もし何とかならなくても逃げればいいしな。あの時とは違ってオレは守る側じゃないし……あ、いや、イザルがいたな。逃げるのはナシだな)
グレイは、お互い自己責任でやろうと事前にイザルと約束したものの、それはイザルが戦っている時に自分だけが先に逃げることを想定した約束ではない。その約束は、イザルが逃げざるを得なくなった時に、迷うことなく逃げてもらうための約束である。
もちろんイザルが逃げたその時は、グレイも全力で逃げるつもりである。ライフ団をどうしても捕まえたいという意識はグレイには無い。
(イザルが勝ってるなら、多少不利でもこのまま戦って時間稼ぎだけすればいい……もしイザルが負けてるなら、勝つために戦況を変える必要があるんだが……イザルの方がどうなってるか分からんから困るな……)
グレイは少し考えて、
「KK! “あまごい”!」
イザルが負けていることを想定して、勝つために戦況を動かすことに決め、新たな指示を出した。
心行くまで強者と殴り合うことができるこの遊び場を満喫して機嫌の良いギャラドスは、グレイの指示に従って“あまごい”を発動させた。
あちこちに穴が開いている地上階の壁から、不自然に大量の雲が施設内に進入し、屋内にも関わらずグレイとオコトが戦う場所にバケツをひっくり返したような大雨が降り始めた。
ギャラドスの“たきのぼり”は、周囲の水を吸収してより強力な技となり、自身を踏みつけて押さえるゴルーグを転倒させるに至った。
ギャラドスは地を這いながらもゴルーグの体に自身の牙を食い込ませ、凄まじい怪力によってゴルーグを投げ飛ばし、再び“たきのぼり”で水をまとって突撃する。
「屋内に雨を降らせましたか! 随分と無茶をしますねえ。ポケモンの技というのはある種、魔法のようなもので、物理法則よりも優先される自然の
理などと言っていたポケモン研究者がいましたが、言いえて妙ですねえ!」
オコトは楽しそうに興味深そうに言葉を発した後、再びネンドールとゴルーグに向かって指示を始める。
グレイは次なる作戦を指示する。
「ビビ、狙撃はもう止めだ、麻痺をまき散らしに行ってくれ! 姐さんは“タマゴうみ”で自分を回復、その後でレパとビビの盾となって一直線にアヒル野郎に突撃! レパは隙を見て攻撃!」
オコトは、“あまごい”で強くなったギャラドスの対策のためにネンドールとゴルーグに意識を割いているため、ポリゴン2への指示を出していない。グレイにとってはチャンスであった。
ハピナスは“タマゴうみ”で自身の体力を回復し、後ろにビビヨンとレパルダスを隠してポリゴン2に向き直った。
「よし姐さん、スマンが行ってくれ!」
グレイの号令を合図に、ハピナスは後ろにビビヨンとレパルダスを隠したままポリゴン2へ一直線に迫る。放たれる“チャージビーム”による電気の束は“メガトンパンチ”の拳の一撃で砕き、進路上に漂っている“でんじほう”の電気の塊はハピナスがその体で受け止める。
電気の塊がハピナスに当たり、轟音を伴いながら電気が弾け飛んでハピナスにダメージを与えるが、怯むことなくハピナスは進み続ける。
「よし今だ!」
ハピナスがポリゴン2に十分に近づいたタイミングで、グレイは合図を送った。
ハピナスの後ろから、ビビヨンとレパルダスが素早く飛び出す。レパルダスは“みだれひっかき”による連続で繰り出される強力な引っ掻き攻撃でポリゴン2にダメージを与える。ビビヨンは、レパルダスと敵のポリゴン2がもつれ合う場に、“しびれごな”による麻痺効果のある粉をまき散らした。
ビビヨンのまき散らした粉がレパルダスと敵のポリゴン2に降り注いだ。
これにより、ポリゴン2は麻痺して動きが鈍くなった。一方レパルダスは特性じゅうなん、により麻痺状態にならない。
動きが鈍くなった敵のポリゴン2に対し、ビビヨン、ハピナス、レパルダスの3体が一斉に攻撃する。
ふとグレイは、ハピナスもポリゴン2と同様に動きが鈍くなっていることに気がついた。
(姐さん、麻痺してるのか……? 相手の電気技をくらった影響か、ビビの“しびれごな”に巻き込まれたか、まあどっちでも関係ないがな……)
「姐さん、こっちに戻ってこい! アヒル野郎の相手はビビとレパに任せろ!」
グレイの帰還命令により、ハピナスは戦場を離れてグレイの元に帰っていく。
グレイは、自分の隣に戻ってきたハピナスを1回モンスターボールに戻し、再びモンスターボールから出した。
特性しぜんかいふく、というモンスターボールに戻ることで状態異常が治るという不思議な特性をもつハピナスは、この一連の動作によって麻痺を回復した。
ポケモンを入れ替える訳でもなく単にモンスターボールに戻して再び出すという行為は、通常のポケモンバトルではルール違反である。しかし、ポケモンバトルではないこの戦いにはルールなど無いのである。
「さあ姐さん、引き続き頼むぜ」
グレイの指示で、ハピナスは再びポリゴン2を殴るべく戦場に戻っていった。先ほどの無理な突撃によりハピナスの体力は減っているが、ポリゴン2の方が先に倒れるとグレイは判断した。
現在、敵のポリゴン2に対してグレイ側は、ビビヨン、レパルダス、ハピナスの3体がかりで攻撃している状況である。
(とりあえず、ポリゴンとか言うアヒル野郎は何とかなりそうだな)
そう思ったグレイは、全く放置していたギャラドスの方に意識を向けることにした。
ギャラドスの方へ視線を向けたグレイは、驚きの光景を目の当たりにすることになった。
ギャラドスは、無抵抗にネンドールとゴルーグの攻撃を受けていた。
ゴルーグがギャラドスを蹴り上げ、“シャドーパンチ”で殴るが、ギャラドスは抵抗しない。
先ほどは遠距離攻撃をしていたネンドールは、今はギャラドスに接近した場所に立ち、“げんしのちから”で岩をギャラドスに飛ばして攻撃している。それに対してもギャラドスは動かず、抵抗しない。
ちなみに、ネンドールは強い重力の影響により浮くことができないため、床に立ちながら攻撃している。
「おいKK! やられたらやり返せよ! なんで攻撃しねえんだ!?」
ギャラドスが無抵抗に殴られているというという異常な光景を見たグレイは、驚きながらそう叫んだ。
グレイの言葉にも反応しないギャラドスに代わり、オコトがその疑問に答える。
「無駄ですよ。ネンドールの“ふういん”によって、君のギャラドスの動きを封じました。ギャラドスはしばらく動けませんよ……普通はそう簡単に成功する技ではありませんが、トレーナーの指示なく暴れるだけのギャラドスが相手ですのでね」
“ふういん”は、相手の動きを一定時間封じる技である。
“ふういん”で無抵抗となったギャラドスは、ネンドールとゴルーグによるリンチによって速いペースで体力を失っていく。
「ビビ! アヒル野郎の相手は止めて狙撃!」
例えポリゴン2を倒しても、ギャラドスが倒されてしまっては一気に不利になる。そう判断したグレイは、相手の意識をギャラドスから外させるためにビビヨンに攻撃命令を出した。
ビビヨンが“むしのさざめき”による音波の衝撃波で、遠くのネンドールとゴルーグを攻撃する。
しかしネンドールとゴルーグは、ビビヨンの攻撃に対して反応しない。ビビヨンの攻撃でダメージを受けながらも、構わずギャラドスに攻撃を続ける。
「くそっ! ビビ、近づいて麻痺させろ」
ビビヨンは“しびれごな”を命中させるために、ネンドールとゴルーグに向かって飛ぶ。
しかしグレイは失念していた。ゴルーグの周りには強い重力がはたらいている事を。ビビヨンは突如、強い重力に押しつぶされて飛ぶことができなくなった。
「ネンドール、ビビヨンに“げんしのちから”です」
「やべぇ! ビビ、頑張って防げ!」
地面を這っていて動きが遅いビビヨンに向かって、ネンドールが“げんしのちから”で岩を飛ばして攻撃する。
ビビヨンも“むしのさざめき”による音波で、相手の“げんしのちから”で飛んでくる岩に対抗する。しかし、ネンドールの“げんしのちから”は凄まじい威力であり、“むしのさざめき”を打ち破ってビビヨンにダメージを与える。
「姐さん、ビビの援護頼む! レパは守りを捨ててアヒル野郎にとにかく攻撃!」
グレイの指示により、ハピナスはポリゴン2と戦うことを止めて、急いでビビヨンの方へ向かう。レパルダスは“みだれひっかき”により、ひっかき攻撃を連続で繰り出してポリゴン2に攻撃する。
レパルダスが守りを捨てて攻撃することで、レパルダスとポリゴン2は共に速いペースでダメージを受けていく。
ハピナスが、ビビヨンと敵のネンドールの間に割って入った時、ビビヨンは既に大きなダメージを受けていた。岩タイプの攻撃は、虫タイプにも飛行タイプにも効果が抜群であるため、ビビヨンは岩タイプが二重に苦手なのである。
「姐さんはネンドールを止めろ!」
「ゴルーグ“じしん”です」
ネンドールに向かうハピナス。そこに、ゴルーグが“じしん”を発動した。
ゴルーグの周りには強い重力が発生しており、飛んだり浮いたりできる者は存在しない。敵のゴルーグが放った“じしん”による地面を伝わる衝撃波は、敵のネンドールも巻き込みながら、ビビヨン、ハピナス、ギャラドスにダメージを与える。
衝撃波によって床が激しく損傷し、床にたまっている水が激しく飛び散り、床はますます瓦礫まみれになる。
次の瞬間、“ふういん”の効果が解けたギャラドスが“たきのぼり”を発動して水をまとい、床の水たまりや周囲の雨粒を吸収しながら凄まじい勢いでゴルーグに突撃した。
あまりの威力にゴルーグは怯んで“じしん”を中断させられ、体勢を崩して転倒した。
「ビビ! 今!」
転倒したゴルーグに向かって、ビビヨンが“しびれごな”で麻痺効果のある粉をあまり広がらないように
撒いてゴルーグを麻痺させた。
さらに、ギャラドスが転倒したゴルーグにのしかかりながら“こおりのキバ”による冷気をまとった牙で攻撃する。
「ゴルーグ、とにかく“じしん”です! ネンドールは“だいちのちから”!」
「とにかく攻撃!」
ゴルーグは転倒した体勢のまま無理やり“じしん”を発動する。再びネンドールも巻き込んでビビヨン、ハピナス、ギャラドスにダメージを与える。
対してグレイは、防御よりも攻撃を指示した。あちこちの地面から土が噴き出しながら、さらに衝撃波も飛び交うという混沌とした状況では回避をしても意味が無いとグレイは考えたのである。
ビビヨンは“むしのさざめき”、ハピナスは“メガトンパンチ”でネンドールをそれぞれ攻撃する。ギャラドスはゴルーグに襲いかかる。
「KK、“にらみつける”!」
「無駄です。ゴルーグ、“てっぺき”」
ギャラドスが“にらみつける”で、ゴルーグを睨みつけることで不思議な念を送ってゴルーグの防御力を下がった状態にした。しかし直後にゴルーグは“てっぺき”で体を硬くして自身の防御力を大幅に上昇した状態に戻した。
ゴルーグの防御力を下げてもすぐに打ち消される。さらにギャラドスは、直接的な破壊力をもたない“にらみつける”を何度も使ってくれる訳ではない。相手の防御力を下げて戦うというグレイ方法は失敗に終わった。
少しの間、混沌とした激しい攻撃の撃ち合いが続いた。
しかし、ハピナスは元々ポリゴン2に無理に突撃した時にダメージがたまっており、ビビヨンはそもそも打たれ弱いポケモンである。
ついにビビヨンとハピナスは戦闘不能となって倒れた。
グレイは一瞬、レパルダスと敵のポリゴン2の戦いに目をやった。
すると、ちょうどポリゴン2を倒し終わったレパルダスが、ギャラドスに加勢に向かうのが見えた。
現在、場に残っているポケモンは、ギャラドス、レパルダス、敵のネンドール、敵のゴルーグ、の合計4体である。
ギャラドスは、先ほどネンドールとゴルーグの2体を食い止めていた影響で、大きく体力が減っている。
レパルダスは、ポリゴン2を捨て身で攻撃した影響で、体力が減っている。
敵のゴルーグは、“てっぺき”で防御力が大幅に上昇しているとはいえ、ビビヨンの狙撃やギャラドスの激しい攻撃に晒されて、大きく体力が減っている。
敵のネンドールは、ビビヨンの狙撃やギャラドスの攻撃を受けているものの、元々の地力の高さと、“コスモパワー”による防御力と特殊防御力の上昇によって、場にいる4体の中では最も体力が残っている。
状況を確認しながら、グレイは素早く思考する。
(まずはゴルーグを一刻も早く倒して、2対1の有利な場面を作るべきだ。ゴルーグを殺す!)
「ゴルーグを狙え! KK“たきのぼり”! レパ“おいうち”!」
そう指示したグレイ。
しかしグレイは、オコトが不敵な笑みを浮かべながらネンドールに何か指示しているのを見て、自身の勘が直観的に何かがヤバいと告げているのを感じた。
「レパ! ネンドールに攻撃!」
何となく焦りながら、グレイはそう指示した。自分が何に焦っているのかは分からなかった。
グレイの焦った声を聞いたレパルダスは、“おいうち”の標的をゴルーグからネンドールに向けた。
直後、レパルダスの“おいうち”による攻撃が、ネンドールから放たれた不気味な魔法陣を打ち消して、ネンドールにダメージを与えるのが見えた。
オコトが驚いた声を上げる。
「君! なぜぼくが“ふういん”を命じていると分かったのですか?」
オコトの言葉に、逆にグレイが驚く。
(マジかよあいつ! “ふういん”なんて指示してたのかよ!)
グレイは、オコトが“ふういん”を指示していることなど知らなかった。直観的に何となく指示して、その結果“ふういん”を止められたのである。論理的な思考回路しか持たないオコトには理解できない現象である。
ゴルーグを集中狙いしていては、動きを封じる技“ふういん”をネンドールに使われてしまう。グレイは、ゴルーグとネンドールに対して、1体ずつ分散させて戦わせざるを得なくなった。
ギャラドスとゴルーグ。レパルダスとネンドールが戦うことになった。
「ネンドール“げんしのちから”」
「レパ、頑張って避けろ!」
グレイには、敵のネンドールの強さが分かっており、自分のレパルダスがまともに戦って勝てる相手ではないことも分かっていた。あくまでもレパルダスは、ネンドールの“ふういん”封じの役目であり、ネンドールと1対1の戦いで勝つ必要はないとグレイは判断していた。
ついに、ギャラドスの猛攻に耐えられなくなったゴルーグが、戦闘不能となって倒れた。それと同時に、ゴルーグの周りの強い重力は消えた。ギャラドスは再び空中へ舞い上がり、ネンドールも浮き始める。
これによりグレイ側は、大きなダメージを負っているとは言え、ギャラドスとレパルダスの2体のポケモンが残り、対してオコト側はネンドール1体となった。
「KK、存分に遊んでこい! レパは隙をついて攻撃、なるべく相手の攻撃は避けろ!」
「ネンドール、“げんしのちから”です。その後、左に移動してレパルダスに攻撃」
戦闘狂のギャラドスも、相手の隙を見つけるのが上手なレパルダスも、両者ともグレイが細かく指示しなくても戦える者たちである。そのためグレイは
各々の判断に任せる。
対してオコトは、指示する対象が1体しかいないので、ネンドールに対して細かく指示を出すようになった。
先ほどまで地を這っていたギャラドスは、今までの
鬱憤を晴らすかのように勢いよくネンドールに飛びかかる。
ネンドールが“げんしのちから”によって岩を浮かせるが、浮かせた岩が飛ばされるよりも早くギャラドスがネンドールに頭突きを食らわせて吹っ飛ばす。
さらにギャラドスは、浮いているネンドールに“こおりのキバ”による冷気の牙でネンドールに噛みつき、そのままネンドールを床の瓦礫に向かって引き倒した。
ネンドールが瓦礫に叩きつけられた次の瞬間には、今度は天井に向かって激しく投げ飛ばされていた。
ネンドールは、崩れかけた地下2階の天井をぶち破り、地下1階部分の壁に激しく衝突した。
オコトの指示により、ネンドールは“だいちのちから”で壁から土を噴出させてギャラドスの目をくらませる。その隙にギャラドスから離れてから“げんしのちから”で浮かせた岩を飛ばしてギャラドスを攻撃する。
岩をぶつけられたギャラドスは、ダメージを倍返しにする勢いで“たきのぼり”で水をまとって激しく突撃してネンドールを壁にめり込ませ、噛みつきながら頭を大きく振ってネンドールを投げ飛ばし、長い胴体の遠心力を利用した尻尾の一撃を叩きつける。
オコトの指示により、ネンドールも攻撃技の合間に頭突きを放ったり、体から独立して動く2つの手で攻撃したりと、肉弾戦を織り交ぜて戦い始める。
ネンドールの隙をついて攻撃しようと準備していたレパルダスだが、もはやこの激しい戦いに、ダメージを受けない事を重視する守りの姿勢のレパルダスが介入する余地は無かった。
しかし、ギャラドスの体力は減っており、さらにオコトの指示によってネンドールは激しい肉弾戦に何とか耐えている。このままレパルダスが何もせずにギャラドスと敵ネンドールが1対1で殴り合えば、先に倒れるのはギャラドスである。
レパルダスにダメージを受けさせず、なおかつレパルダスを使って戦況を変えたい。
そんな2つの要求を一気に解決する外道な手段を、グレイは思いついた。
自分の思いついた手段を実行するか一瞬迷うが、グレイは迷いを振り切って実行を決意した。
「レパ、“すなかけ”!」
そう指示しながら、グレイは対象を指差した。グレイが指差した対象はオコトであった。
ポケモンに指示して人間を攻撃させる事は犯罪行為であるが、もはやグレイには構っている余裕はない。それに、グレイには2つの言い訳がある。
1つ目は、そもそも先に人間を攻撃してきたのはオコトであること。
2つ目は、“すなかけ”は攻撃技ではないので命に関わる事態にはならず、最悪の場合でも失明に留まることである。
レパルダスは、オコトに向かって“すなかけ”によって大量の砂を発射する。
オコトはレパルダスに背中を向けることで、自身の目を何とか守る。しかし、砂の強い勢いに押されてオコトは倒れ込んでしまう。
ギャラドスが無理やり屋内に降らせた雨のせいで、瓦礫まみれの床には水がたまっており、レパルダスから発射される砂は泥になってオコトに襲いかかる。オコトは素早く起き上がって横に転がることで発射される砂をやり過ごすが、すぐに狙いをつけたレパルダスから新たに砂が発射させる。
もはやオコトは、ネンドールに指示を出せる状態ではなかった。
オコトの指示が無くなったことにより、ギャラドスとネンドールの殴り合いの戦いは、ギャラドスが有利に展開を進めていくことになった。
ギャラドスが有利になり、このままいけば勝てるとグレイは思っていた。
しかしここで、グレイにとって思わぬ誤算が発生することになった。
ネンドールが攻撃のために“げんしのちから”で浮かせた岩を飛ばした。
その時、突如としてネンドールの体が不思議な光に包まれた。
不思議な光が収まった次の瞬間、ネンドールは今までよりも速い動きでギャラドスに攻撃し始めた。さらに、その攻撃も先ほどに比べて明らかに威力が高くなっている。
グレイは知らない事であるが、“げんしのちから”を使うと、攻撃力、防御力、特殊攻撃、特殊防御、素早さ、の5種類の能力が全部一斉に上昇することが、ごく稀にある。
超パワーアップを遂げたネンドールは、劣勢の状況をひっくり返し、ギャラドスにダメージを与えていく。
「KK! 頼む、“にらみつける”を使ってくれ! レパも全力で攻撃!」
ネンドールと激しく殴り合いながら、ギャラドスは“にらみつける”でネンドールを睨みつけて不思議な念を送り、ネンドールの防御力を下がった状態にした。
さらにそこへ、守りを捨てたレパルダスが全力で攻撃を開始する。
激しい殴り合いの末、ついにギャラドスは力尽き、戦闘不能となって倒れた。
「負けたよ」
そう言い、オコトは観念した様子で両手を上げた。
ギャラドスが倒れた直後、レパルダスの攻撃によってネンドールも倒れたのである。
今、この場に残っているポケモンはレパルダスだけである。しかし弱ったレパルダスでさえ、身体能力において人間が勝つことはできない。
オコトが両手をダルそうに上げながら言葉を続ける。
「さあ、煮るなり焼くなり、好きにすると良い。もっとも、ぼくに攻撃する時に“すなかけ”を命じた君が、ぼくを煮たり焼いたりする覚悟があるとは思えませんけどね」
グレイが、オコトを本気で殺したりはできない事は戦いの中でバレている。もし覚悟があれば、オコトを攻撃する時にレパルダスに“すなかけ”ではなく攻撃技を指示して、さっさとオコトを処理して戦いを終われば良かったのである。
自分が殺される訳ないと余裕の態度でいるオコトにムカついたグレイだが、今は先にやることがあった。
「オレは今からイザルと女の戦いに加勢する。レパルダス1体だけでもやれる事はあるハズだ。戦えるポケモンがいない無能なお前はここで大人しくしてればいい」
そう言い残し、グレイは戦闘不能となって倒れている自身のポケモンをモンスターボールに回収し、辛うじて残った崩れかけの階段を上って地上階に移動し、イザルを探すことにした。
イザルとナオミを探すために、施設の壁や天井が激しく損傷するなどの戦いの痕跡が残る方向へとグレイは歩いていた。
施設の端の方では、壁や天井はほとんどが崩れ、屋外と言っても差し支えがない状況が広がっていた。
「動かないで!!」
突如として聞こえた声に、グレイは思わず立ち止まった。
声のした方向から、イザル、ライフ団のナオミ、さらに手が鎌の形をしている二足歩行のポケモンが姿を現した。
「……すまんグレイサン……負けちまった」
イザルが悲痛な顔で小さくその言葉をもらした。
現在、手が鎌の形をしているポケモンが、イザルの首筋に鎌を当てている状態である。イザルの言葉を聞かなくても、イザルが負けたのだと言うことがグレイには理解できた。
ライフ団のナオミが口を開く。
「この状況、分かるでしょ? あなたが下手な動きをすれば、私のカブトプスがこの子の頭と体を分離するわよ?」
グレイは、この場にはいないオコトとは戦いを通じて何となく通じ合い、外法な組織のライフ団とは言えオコトが本気で人を殺すような人間ではないことが何となく分かっていた。
しかし、目の前にいるライフ団のナオミがどんな人間なのか、グレイには分からない。下手な動きをすれば本気でイザルが殺される可能性も十分あり、グレイは慎重にならざるを得なくなる。
「分かった……下手な動きはしない。お前の要求は何だ?」
グレイは慎重に、相手を刺激しないように言葉をかける。
「まずは、あなたのレパルダスをボールに戻しなさい。話はそれからよ」
グレイは一瞬躊躇する。グレイは、密かにレパルダスに相手を攻撃させてイザルを奪還する事を考えていた。レパルダスをモンスターボールに戻せば、いよいよ解決の手段は相手の要求を100%呑むこと以外に無くなってしまう。
「早く」
ナオミの冷徹な声に合わせて、カブトプスの鎌の手がイザルの首に強く押し当てられる。イザルの表情が歪む。
「分かった! 分かったからやめろ!」
観念したグレイは、レパルダスをモンスターボールに戻した。
ナオミが口を開く。
「オコトはどこかしら?」
「ここにいますよ」
あっちだ……とグレイが、指差す前に、オコト本人が姿を現しながらそう言った。
「あら、生きててよかったわ。その子が1人で歩いてきたから殺されたのかと思ったわ。もしくは、私を見捨てて1人で逃げ出したか」
「ナオミを置いて1人で逃げたりはしませんよ。セキイシ様の退避状況を確認していたんですよ」
ここにきてグレイは、オコトを人質にとっておけばよかったと後悔するが、それはもう遅いことであった。
「セキイシ様の姿はなく、研究データや器具も全て破棄破壊されていました。おそらくセキイシ様は無事に退避したかと」
「そう、なら後は私たちが逃げるだけね」
2人で話しているオコトとナオミに向かって、グレイが口を開く。
「お前たちの要求は何だ? ……どうすればイザルを解放してくれるんだ?」
グレイの質問に対し、ナオミが答える。
「あなたに対する要求は何も無いわよ。この子は、治安組織に追われた時に保険として人質にしているだけよ」
「そうすると、イザルはお前たちのアジトまで連れていかれることになるのか?」
「そうね、よく考えるとそういう事になるわね。でも、そしたら私たちのアジトがバレちゃうわね……結局はこの子を殺すことになるのかしら?」
殺す。その言葉に焦るグレイ。イザルも顔色を少し蒼くしている。
しかし、そこで口を開いたのはライフ団のオコトであった。
「殺してはダメですよ、馬鹿ですねナオミは! グレイ君、イザル君、安心して下さい。ここで抵抗しなければ、イザル君の命は絶対に助けますから」
なぜオコトが味方をしてくれるのか分からず、驚くグレイとイザル。
それはナオミも同じであったらしくオコトに抗議の言葉を送る。
「ちょっと! なんでオコトがそっちの肩をもつのよ!? 戦って友情でも芽生えちゃったのかしら?」
「そんな訳ないですよ……ナオミ、よく考えて下さいよ。結局最後に殺されることが分かっているなら、人質がここで抵抗してもしなくても利得が変わらないことになります。それでは人質が成り立たないんですよ。ここでは、人質が抵抗しないという選択をした方が人質の利得が高くなる状況設定をしなければ」
「オコトの言うことはいつも難しくて分からないわよ! じゃあどうすれば良いのよ!?」
「簡単ですよ。メモリーの連中に頼んで記憶を操作してもらえば良いのです。これなら殺さなくて済みますし、この事件に関することを忘れても今後の生活に支障はないでしょう?」
「私……メモリーの連中、苦手なのよね……フェニックスみたいな野蛮さは無いけど、倫理観が無いっていうか……」
「倫理観が足りないのは、ぼくたちリザレクションも同じですよ」
言い終わったオコトは、グレイの方を向き、グレイに言葉を発する。
「ぼくたちはこれから引き上げますが、君が追ってこなければイザル君の命は保証しますよ。まあ……イザル君が実際に解放されるまで何日かかるか分かりませんが、死ぬよりは良いでしょう? しかしその前に……グレイ君、レパルダスをぼくたちに渡してもらいましょうか」
「なっ!?」
グレイは、自分の考えが見抜かれた事に驚いた。
グレイは、ライフ団の2人がイザルを連れて逃げた後、こっそり後を追い、レパルダスで隙をついてイザルを奪還する事を考えていた。
「君のレパルダスの“ねこだまし”による奇襲は、僕たちの逃亡にとって脅威です。さあグレイ君、早くレパルダスを渡してください。レパルダスを渡さないのであれば、イザル君の命はここまでのモノとなりますよ?」
「ぐっ……」
「何も、君のポケモンを全て渡せと言っている訳ではありませんよ。レパルダスさえ貰えればいいんですよ? 渡すのが嫌なら、レパルダスの入ったボールを崖の下の川に落としても良しとしましょう。後で君が回収できない状況になれば何でもいいですよ」
「くっそ……」
何も解決策は無い。グレイは観念することにした。
「ちょっと待った~!!」
突如、少し間抜けで大きな声が、対峙するグレイと、オコトとナオミの横から聞こえた。
何事かとナオミが横を向いた瞬間、イザルを人質にとっているカブトプスの前に子猫のようなポケモンが1体現れて、カブトプスに攻撃した。
突然の攻撃に怯んだカブトプスに向かって、子猫のようなポケモンは新たな技を放ち、カブトプスを眠らせた。
それと同時、声の主である男性が、素早くカブトプスの懐に潜りこんでイザルを奪還した。
「何!?」
突然の状況の変化に驚くナオミに対し、子猫のようなポケモンはナオミとオコトに向かって技を放ち、2人を眠らせた。
「やあ2人とも~危ないところだったね!」
「おっさん!?」
グレイとイザルの窮地を救ったのは、この施設まで一緒に来て、今は仲間を呼びに行っていた頼りない治安組織のトレーナーのコオルであった。
コオルの後から、複数の治安組織のトレーナーがやってくる。
「どうだったかな~!? 僕のエネコの、“ねこだまし”からの“うたう”の手際! そして僕の身のこなし! 戦闘は苦手だけど、奇襲攻撃の初撃と人質の奪還では評価の高い僕だよ! 見直したかい?」
「ああ、本当に。すげえなおっさん!!」
「……コオルさん、助けてくれて……本当にありがとうございました」
手のひらを返したようにコオルを褒めたり感謝したりするグレイとイザルであった。