提督はBarにいる。
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五月雨の現在(いま)
最古の第一艦隊メンバーに大淀と明石を加え、総勢9人の酒盛りとなった。本当は間宮にも声をかけたらしいのだが、店があるからと断られたらしい。
「でもさぁ、艦娘辞めてからの人生って、アタシ想像できないなぁ。」
ビールを切り上げて早々に日本酒に切り換えた伊勢が、切子に注がれた「黒牛」を啜る。確かに、いつまで続くとも解らないこの戦争にだって、何れは終わりが来る。そうなれば艦娘はどうなるのか?一部は国家防衛の為に軍属で留まるだろうが、全ての艦娘が軍人に、という訳にはいかないだろう。
「五月雨、お前はどんな生活を送っていたんだ?参考までに聞かせてくれ。」
ボトルキープしてあった達磨のボトルを飲み干した那智が、五月雨にそう尋ねた。今はウイスキーではなくライデンというジンをロックで飲んでいる。
「わ、私の人生ですか?皆さんの参考になるかどうか……。」
気恥ずかしそうに俯いてしまった五月雨に、俺も声をかけてやる。
「そうだな、俺も興味あるな。差し支え無ければ教えてくれよ。」
「そ、そうですか?じゃあ……。」
そう言って、五月雨だった彼女は五月雨でなくなってからの人生をポツポツも語りだした。
「まず、艦娘から普通の女の子になる為の手術を受けました。全身麻酔でしたから記憶は有りませんでしたけど、その後のリハビリに約半年かかりました。」
その辺の話は俺も聞いていた。艦娘は人間の体構造とさして変わりない身体だ。だが、艤装を意のままに操る為に腰椎の辺りに艤装をジョイントする為のアタッチメントが埋め込まれている。そして身体は妖精さんの謎技術により『ほぼ』不老になる。人間の体と変わらないので、放っておけばいずれは老いて衰えてしまう。それはつまり、艦娘としての戦闘能力の低下を意味する。それは不味い。正確には、何十分の一かに加齢を留めているらしく、栄養状態によっては身長が伸びたり髪や爪が伸びたり、体重の増減があったりはするらしい。まぁ、そういう生理現象も止めないお陰で、高速修復剤を使ってすぐに全快、なんて芸当も出来る訳だが。
「それって改装による容姿の変化とは違うんですか?提督。」
やはり技術屋、夕張が食い付いてきた。
「あぁ、改装による容姿の変化は妖精さんの匙加減らしい。」
「そうか、じゃあ私が改ニになれば育つ可能性が微レ存……?いやいや、でも私が日頃から栄養価に気を付けた食事をすれば……」
おいおい、何の心配をしてんだよ、何の。因にだが、その娘のサイズは生まれ持った資質やらが大きいと俺は思っている事は黙っておいてやろう。
「それで、その……リハビリって、そんなに辛いのかい?」
「辛いですよぉ。最初の内は立って歩く事もままならない位ですから。」
そりゃそうだ、と俺は口に出しはしなかったが思った。仮にも神経や脊髄等と繋がっている物を除去するのだ。一時的にでも脊髄を損傷したような状態になるのだろう。
「普通の人間の身体に近付いてますから、高速修復剤を使ってすぐに快復、なんて事は出来ませんからね。……当然、お酒も飲めません。」
「ゲッ、マジかよぉ~……。アタシお酒なしの生活なんて耐えられねぇよぉ~。」
そう言いながら『天狗舞』の一升瓶に頬擦りしている隼鷹。手術したくない理由が実にお前らしいよ。
「でも、それを乗り越えたんですよね?五月雨ちゃんは。」
そう言って五月雨に微笑む赤城。素面のようだが既に『魔王』の一升瓶が半分ほど減っている。懐かしさで盃が進んでいるらしい。
「はい。どうにかリハビリが終わって、人間社会に溶け込む為にって事で、私は転校生として地方の中学に編入されました。」
「だが、普段の生活なんかはどうしてたんだ?流石に独りで生活ってワケにゃあいかんだろ。」
俺が危惧していた疑問点を率直にぶつけた。艦娘としての数年間の生活があるとは言え、流石に(見た目が)中学生が独り暮らしってのは世間の目もあるし、何より人間社会での常識的な部分が欠けている恐れもある。
「あ、そこは大丈夫です。大本営が募集して選んだ保護者の方に養子に入る形で、戸籍と生活に必要な事を教えて貰える家族を得る形でしたので。」
成る程、あのジジィめ抜け目ない仕事をしてやがる。ただでさえ日本は少子化が問題視されてる。子供が欲しくても授からずに苦い思いをしている夫婦もいるだろう。そんな夫婦に手を差しのべ、人格などに問題なしとなれば引き取れる、といった所か。後は定期的な報告と抜き打ちでのチェックでも入れれば管理は容易になるし、艦娘が身寄りが無くてあぶれる恐れも減る。子供を待ち望んだ夫婦は可愛らしい娘を得られる。三者三様、メリットは大きい。
「……って事は、今は『五月雨』って名前じゃ無いんだねぇ。」
「はい!改めまして、『雨野 五月(あまの さつき)』と言います。」
そう言いながら彼女が取り出したのは免許証。見ると、普通車の他に中型二輪の免許も取得していた。いやはや、あんだけずっこけまくっていたおっちょこちょいの五月雨が、運転免許まで取得済みとは。恐れ入ったぜ。
「地元は田舎ですからねぇ、車とか無いと何も出来ないんですよ。」
そう言って苦笑いしながらグラスの中身を干した五月雨。少しはにかみながらお代わりを頼むその顔は、大人びてはいるが変わっていないように見えた。
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