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提督はBarにいる。

作者:ごません
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十二年越しの約束

 それは、俺が鎮守府着任から15年を迎えた年の4月だったーー。その日はさしたる問題もなく、執務を終えてBarの開店準備をしていた。そこにバタバタと駆け込んで来た艦娘が一人。

「てっ、提督!大変大変!」

「あ?どうした白露。とりあえず落ち着け。」

 駆け込んで来たのは白露型の一番艦の白露。何かと一番に拘り、島風程ではないが落ち着きがない。寧ろ妹の村雨の方が姉のように見えるほどだ。

「あっ、あのねあのね!鎮守府の正門に提督の元カノが……!」

「はぁ!?」

 ここでぶっちゃけてしまうが、俺は提督として着任するまで女性とお付き合いという物をした事はない。女友達は多数いたが、恋人という関係になった人はいない。それなのに元カノの出現である。驚いても仕方はない筈だ。

「おいちょっと待て、何でお前がその女性を俺の元カノと判断したのか、最初から話せ。」

 俺の関係者を装ったスパイの可能性もある。そもそも鎮守府に一般人の立ち入りは原則禁止だ。

「えっとね、私と五月雨で正門の警備だったでしょ?そしたらね、そこにスーツ着た綺麗な長い髪のお姉さんが来てね、『提督さんはいらっしゃるかしら?』って聞かれたの。」

 フム。それだけだとまだ何とも言えん。

「その女性は所属とかは名乗ったのか?」

「ううん。けどね、『じゃあ、白露ちゃんは提督さんの都合がいいか聞いてきて貰えるかしら?』って。」

 おっと、ここで妙な話になってきたな。一般人でも艦娘の認知度は高くなってきているが、1人1人の判別がつく人間は少ない。少なくとも軍の内情に明るい人物のようだ。

「わかった、俺が行って応対する。白露は先に行って五月雨と一緒にその女性を引き留めておいてくれ。」

「うん!」

 そう言って駆け出していく白露を見送りながら、一度脱いだ制服に袖を通し直して軍帽を被って執務室を後にした。




 正門前に辿り着くと、白露からの報告があった通り、一人の女性が二人と親しげに話していた。年の頃は25~6、身長は金剛より少し高い位か。黒い髪を後ろで束ねてポニーテールにしているようだ。細身には見えるが華奢ではない、明らかに何かしらのスポーツ等をやって引き締まった身体だ。

「いやぁ、すみません。俺がこの鎮守府の提督ですけど?」

「えぇ、存じ上げてます。」

 女性は柔和な笑みを浮かべてこちらにお辞儀をしてきた。どこかで見覚えがあるような気もするが、やはり知らない顔だ。

「すいませんがねぇ、俺ぁ貴女の顔に見覚えがねぇんだよ。どちらさんです?」

 俺がそう言うと、女性はクスクスと笑い始めた。

「やっぱり、気付いてなかったんですね。」

「は?」

「お久し振りです、『提督』。『十二年前の約束』、果たしてもらいに来ました。」

 はて?十二年前……約束…?…………あ。

「あ、お前まさか……!」

 全てを言おうとした俺に、彼女はシッ、と唇に人差し指を当てて黙っていて下さい、とジェスチャーをする。確かにな、この場だと無用な混乱が起きかねない。

「まぁ、積もる話は中でしましょう。白露ちゃん、五月雨ちゃんもお仕事頑張ってね。」

「うん!お姉さんもバイバイ!」

 二人は満面の笑顔で女性に手を振っている。彼女も手を振り返しながら微笑んでいる。

「……どうだ?『過去の自分』にあった気分は。」

「複雑ですねぇ。昔のアルバムの中の自分が、抜け出してきたみたいでした。」

 その時の彼女の表情は、懐かしいとも切ないとも取れるような複雑な表情をしていた。




 建物内に戻ると、彼女は懐かしそうにキョロキョロと見回していた。

「変わりませんねぇここは。」

「そらそうだ、ここが爆撃でもされない限り、建て直すなんて事はねぇからよ。」

「もう、そんな不吉な事を言うものではないと思いますよ?」

 と、そこへ一人の艦娘が近寄ってきた。

「あ、お疲れ様です司令官!……あれ、こちらはお客様ですか?」

「よぅ吹雪、悪いんだがよ。今から言う奴等に店に来るように声かけてきてくんねぇか?」

「……?まぁ、別に構いませんけど。」

「お願いね、吹雪ちゃん。」

 女性にも頼まれて首を傾げながらも離れていく吹雪。

「お前なぁ、前とは違う容姿なんだから混乱招くだろが。」

「そういえばそうですね、すいません。」

 まぁいい、兎に角店に戻ろう。その間も懐かしそうにキョロキョロと辺りを見回したり、壁に触れたりして懐かしんでいるようだ。

「うわぁ……ここは随分と様変わりしましたね。」

「まぁな、お前さんが最初で最後に来た時には開店当初で何も無かったしな。艦娘達からの要望聞いて、改装しまくって今の形だからな。」

 そう言いながら俺は彼女に席を勧めた。

「しっかしまぁ……見違えたぜ。」

「まぁ、あの頃は見た目は幼い少女でしたからね。」

 あの頃の姿を知る俺から見ても、かなりの美人だ。スレンダーではあるのだが、ガリガリの痩せっぽちではなくいわゆるボンキュッボンのナイスバディ。その後も当たり障りのない会話を交わしていた所に、執務室の扉がノックされる。

「提督、緊急の呼び出しって何なんです?」

 怪訝な表情を浮かべて店に入ってきたのは赤城。続いて伊勢、那智、夕張、隼鷹。皆一様に呼び出しの意味が解らないと言った表情だ。

「いやなに、久し振りに鎮守府発足直後の第一艦隊が揃ったんでな。十数年ぶりの同窓会でもしようかと思ってな。」

 俺がニヤリと笑いながらそう言うと、真っ先に口を開いたのは伊勢。

「なになに、寝惚けてんの提督ぅ。だってあの頃の秘書艦の五月雨はーー……」

 そこでハッと気付いたように口が開いたまま黙り込む伊勢。だって、俺がニヤニヤ笑いながらチョイチョイと目の前のカウンター席に座っている女性を指差しているから。

「ま、まさか……」

「ほ、本当に……?」

「五月雨、なの…?」

 かつての第一艦隊の歴戦の勇士の顔がぐちゃぐちゃだ。座っていた彼女が立ち上がり、クルリと赤城達の方を向く。彼女の顔も涙でぐちゃぐちゃだ。

「皆さん……お久し振りです。元初期秘書艦『五月雨』、戻って来ました。」

 そう言って元五月雨である彼女は頭を下げた。そこに抱き付く赤城達。……そう、彼女こそ俺の初の艦娘。鎮守府黎明期を支え、加賀を沈めて半狂乱になった俺を鎮め、そして致命的な怪我によって戦列を離れた元艦娘だ。

「さ、涙はそれくらいにしろや。折角昔の仲間が訪ねてくれたんだ、嬉しい事じゃあねぇの。」

 俺も明るい空気を作ろうと声を張り上げているが、鼻の奥が痛い。こいつらが見ていなければ泣いていただろう。 
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