ロザリオとバンパイア〜Another story〜
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第57話 水とバンパイア
それは、あの騒動(くるむ大暴走事件)の翌日の出来事である。
「ほ…本当にいいの? つくね…?」
「う…… うん……」
その場所は校舎の外の墓場。
つくねとモカの2人は、互いに表情を赤く染めながら、見つめ合っていた。そう、まるで、恋人同士の様に、目を逸らせる事無く、互いを見つめ合っていた。
「あ……ああ、嬉しい。とても嬉しい。 つくね…」
「モカさん…」
軈て、2人の距離が近付いていく。もう間は殆ど無い。ほんの一寸の距離で、ゼロになる程の距離。
「初めてだね…」
モカは、更に表情を赤く染めていた。
~あぁ……、ここから恋の物語が綴られてゆくのだろう……~
それは、人間と妖怪の恋の物語。
たとえ、身に流れる血は違えど、何も関係ない――。一切、関係ない。人間も妖も――、信頼しあい、……そして、愛し合う事は出来るんだ。この2人の様に。
と、なれば つくねにとっては、ハッピーエンドも良い所なのだが、現実は少し違うし、そうそう甘くは無い。モカは凄く美人だから、こう言うシチュエーションだけでも最高だと言えるが、つくねにとっては少々試練の場でもあったりする。
「つくねから血を吸わせてくれるなんて♪♪」
モカの赤面し、うっとりとさせていた表情が変わって、今度は、とびっきりの笑顔になった。
ぴょんっ、とつくねに抱きついて、そのままいつも通りに……。
“かぷっ ちゅうううぅぅぅ”
と、つくねの首筋にかぷりと一噛み。
「ぎゃああああああああああ」
それは、つくねから了承した事ではある。……が、それでもやはり 痛い物は痛いらしい。モカの八重歯は、人間のそれより更に鋭いから、やっぱり。……そして、更に言えば、噛むのが目的ではなく、その後の血が本命。血を抜かれてしまう為、貧血気味になってしまうと言う二重苦である。
つくねは、ふらふらになりつつ、何とか立っていようと墓にもたれかかっていて、モカは両手で頬を触って、顔を赤くさせながら悶えていた。
「あぁ……、つくねの血……、やっぱり おいしい……っ♪ 最高っ……!」
バンパイアにとって人間の血は大好物。更につくねの血は 別格の様で、モカの頬が艶々と輝いていた。だが、その反面 つくねの顔はシワシワになっいた。
「(………おかげで貧血気味… でも モカさんわかってくれないんだよなぁ………)」
つくねの首筋からは、まだ血が吹き出ていた。ただでさえ貧血な上に、このままじゃ、出血多量で死んでしまうのでは? と思える量だけど、所謂ギャグっぽい出血なので、大丈夫そうだ。
「(で、でも! 正直、カイトに負けたくないんだよぉ……、 今のところ… 人間が、カイトに勝ててるのって、血だけだから……)」
貧血気味でふらふらしているつくね。それでもしっかりと意識しているのは、その事。……全ての行動原力は、カイトへの対抗心だった。
カイトは、つくねにとって大切な友達だというのは間違いない。だけど、それでもモカとはつくねはもっと仲良くなりたい。好きになって、お互いに好き同士に、……最後には、………になりたい、と思っている。
そして、その中では、カイトはライバル! それもかなり強大なライバルだと思っている。つくねの勝手な思い込み、って言えるがそれでもそう思ってしまうのは無理ない。
でも、カイト本人がどう思ってるのかが不明だ。
「(でも…やっぱり仲良くなりたいってだけじゃダメなのかな……? もっと、もっと……先に行くには………)」
つくねは、色々と考えながら、そして授業が始まる為、まだ若干悶えているモカと一緒に教室へ向かった。
~陽海学園~
「おーすっ! おはよう……、って、つくね!??」
朝の挨拶を、とカイトは、思っていたんだけれど、それが一気に吹き飛んだ。
つくねの顔を見てみると、まるで生気を抜かれてミイラみたいになっていたから。
そして、反対にモカは肌が艶々していた。
その笑顔も綺麗だ。輝いている、と言える程に。
「(おいおい! 大丈夫か?? って、絶対大丈夫じゃないだろ?? 鏡見た方が良いぞ、今の姿)」
カイトは、慌ててつくねの傍によった。
「(ん… だっ だいじょうぶ だいじょうぶ……、ぜーんぜん……)」
つくねは、精一杯の虚勢を張っていた。そして、フラフラの手を上げた。
つくねとモカの状態。それらを見て、大体の状況を察したカイト。
「(はぁ……、あのなぁ、つくね。そこまでになるまで血をあげるなよな。 献血趣味の奴でもそこまでやらないぞ? ……やれやれ)」
つくねの姿を見て、カイトは ため息を吐いていたが、さすがにここまでになってたら、身体が心配だ。何せ、つくねは人間なのだから。
「(あのな、つくね。オレもモカに血狙われて?るし。 今度から半分ずつ、モカにあげて負担を軽くしようか? オレは、人間よりは血、多分多少吸われても まぁ、大丈夫だと思うし)」
カイトがそう提案したその時だ。
はっきり言って、死人の様な目をしていたつくねが、突然目を覚ました!?
「ええええええええええ!!! それ、ほんと!!!! ほんと、それ!!!」
更に、突然立ち上がり、叫んだのだ。
モカに血を~の部分でかなり驚愕したらしい。突然立ち上がって、大丈夫なのだろうか。……と言うより。
「(ばっ、ばか!!)」
つくねの突然の大声、立ち上がった事で、クラス中が一気につくねに注目したのだ。
正直、この妖のクラスで注目される事に慣れてないと思われるつくねにとっては、きついだろう。……元々、注目されるのが、得意だとは思えない。
案の定、つくねが我に返りオロオロしだしていた。
そんなつくねにフォローをしてくれたのか……。
「はーい。 青野くんの言う通りですよ~? 今日から部活をやってもらいまーす。嘘じゃありませんよー」
丁度HRの終盤だった事もあり、タイミングよかった? 様で、猫目先生がそう言っていた。
「あっ!! あははは……、そうですか! あ、あの確認したかっただけなんです。 すみません。邪魔してっ……」
何とか誤魔化せたつくねは、先生に、そして クラスの皆に向けて、謝罪をしていた。
「はーい! 後~、確認する時はなるべく大きな声出さないで欲しいなー! 先生、突然だと、驚いちゃうから?」
「はい……、注意します………」
やっぱり、と言うか 当然 注意されてしまったつくねは、もう一度謝罪をすると、今度こそ席に座った。
「(はぁ、ほんと 何やってんの? つくね。……朝っぱらから活発だな。モカに血をあげたり、注目されたり……)
カイトがつくねを見て、そう呟くと。慌ててつくねは、カイトの方を見て言う。今度は小声で。
「(あ、カッ カイト!? 良いよ! そんなの! だって、オレからモカさんにあげたんだし! これ、自業自得なんだし! そ、それに、オレ、モカさん喜んでくれてるだけで嬉しいし!!)」
つくねのそれは、小言は小言なのだが、反応が非常に大きいから、また注意されてしまいそうだ。
「(あー、わかったわかった。だから ちょっと落ち着け。オレがモカに狙われてるって言っても、簡単に言ったら、『気になるから、味見させて~』 つまりはそ程度だ。別に、オレのを吸われたとしても基本的にはバンパイアが好むのは人間の血。だから、オレは人間と違うからつくねの方が良いって絶対)」
「(ほっ…)」
カイトの言葉を聞いて、つくねはあからさまに安心していた。どう見ても嫉妬している、と言うのは、カイトにも分かっていた。モカの事が好きなつくねにとっては、現時点で唯一勝っている部分だ、と勝手に思っている様だから。
「(はぁ、やれやれ… やっぱ嫉妬するに100円!掛けて正解だったな。……ま、賭け相手はいないけど)」
とりあえず、その後は秘密談義も終わり、
HRの部活動の説明を聞いていた。
「いいですかーー 部活は全員参加でーす! 皆さんいろんな部を見学して自分が入る部を決めてください!私が顧問の新聞部とかも見学にきてねーー ←《宣伝》」
猫目先生の、自分が担当している部の宣伝をしつつ、陽海学園の部活動体験入部が始まった。
「んー、部活……か。 正直、しんどいのはカンベンなんだよな……」
カイトは、憂鬱気味だった。
なぜなら、《部活》の二文字を聞いただけで、以前の、地獄を思い出しそうだったからだ。
「ほーら! 2人とも!! いろんな部があるよ! 早くいこ!!」
モカが手を掴んで、駆け出した。
「う うん!!」
「わっ っとと!! も、モカ。ちょっとまって!!」
つくねは、まだまだモカに手を握られる事に慣れなくて、相変わらず緊張気味だった。
そして、 カイトは 昔?を思い出していた為、油断していた様だ。感傷に浸る間もなく、モカに連れ出されてしまった。
そして、暫く廊下を進んでいき、其々の部室が並ぶエリアについた。
『ごちゃごちゃごちゃ……』
『ざわざわざわ……』
それは、ありえないほどの人だかりだった。
人間の学校ではなく、妖怪の学校だったから、ちょっぴり簡易に考えていたのだが、覆された気分だった。
「(ナニこれ……? 満員電車かよ… こりゃ見に行くだけで骨がおれそう……)」
カイトはあまりの人の多さに、正直な所、げんなりしていた。行くとなると、人込みの中を泳がないといけないから。
「わぁ、すごいねー! これ全部部活の勧誘かな? 沢山」
つくねは逆に興奮しながら話した。中学では、これ程の数の生徒はいなかったのだろう。
「でもまあ…、何事にも程々が一番だけどな………」
やや、テンションが低めのカイト。
そんな対照的な2人。そして、モカは変わらない。変わらず、笑顔だ。
「あはは! にぎやかで良いじゃん! それで、2人は何部に入るっ??」
モカの言葉を訊いて、少々考えた後に。
「強制で、絶対に入らないといけないんだったら、 しんどくない部!! 特に熱血系な運動部は、オレは絶対に却下! それ以外だったらどこでもいい!」
「「あははは…」」
カイトの言葉を訊いて、2人は苦笑していた。
実は、モカとつくねは、昔人間界でいた中学の部でかなりしんどい思いをしていたことをカイトから聞いていたのだ。そして、頑なに主張する理由もわからなくは無かった。強大な力を持っているカイトが、それ程までに言うのだから、想像を絶する程、大変だったのだろう、と連想できるから。
そして、話を変えようと、つくねは、ある方向を指さして言った。
そこは、《水泳部》と書かれている。
「あ! 水泳部なんてどうかな??」
「っ!?」
つくねの発言を聞きモカは顔を強張らせる。
「オレ… 実は小学校まで親にスイミングスクールに通わされててさ。健康のために……っとか言われてね? (水泳ならモカさんにいいとこ見せれるかも…)」
つくねは、あはは、と笑いながらそう言っていた。
それに対しモカは、先ほどまで笑顔だったというのに、がらりと変わっていた。
「いや…あの…わたしは………」
少し慌てている様だった。
「あー、 あのつくね?? 1つ良いか?」
話を聞いていたカイトは、つくねに話しかる。重要な事実をつくねは知らないから。人間であるから仕方がないとは言えるが、それでも、知らないのなら今知れば良い。
「?」
「あのな…つくね、部活の話だ。モカは、いや バンパイアh「きゃーーー!!」ッッ!!」
それは突然の悲鳴? をカイトが驚いて、振り向いた先には、……いた。
「カイトくん!! どの部にはいるのーーー!!! ワタシもそこはいるーーーーっっ!」
「きゃあ!!今日もかっこいい!!!」
「グフフフフフウウゥ!!!」
またまた多数の女子生徒(顔なじみの…)だった。
でも人数は、当初に比べたら大分減ってる様だ。
どうやら、精鋭隊? 超粘着質なコアなファン? そう言った類だろう。逃げられる事が判ってるというのに、こうまでついてくるのはある意味凄い。容姿はモカにも負けてない姿だというのに……、その笑い方のせいで、台無しにしてしまってる《彼女》も此処に当然ながら来てた。
4~5人の女子生徒。
「げげっ!! な、なんでっ!?」
いや振り向く前から異様な殺気とも取れる気配が感じたのは間違いない。だからこそ、振り向いた後、すぐに体勢を整えられていた。
「じゃ じゃあ つくね! モカ! 先にいっててくれよ!! また後で!!」
そう言い駆け出した。
「へっ? あれ? カイトっ!!」
「!!!」
当然ながら、カイトの様にある意味覚悟をしていなかったモカとつくねは、突然の出来事に驚いていて、反応が遅れてしまっていた。
「ああ! 後なモカ!!」
走って逃げる前にモカの側に来て。
「つくねは、バンパイアを知らないんだ! だから、無理、無茶をするじゃないぞ!」
「……え?」
詳しく話をする前に、……それはやってきた。
“ドドドドドドドドッ!!!”
カイトは、それが来たと同時に、走っていってしまった。
つくねとモカは女子生徒たちが走り去る過程で生まれた突風に煽られていた。
一体どんだけの速度が出ているのだろうか?
「ちょ、ちょっとーーー!! 前に、諦めたんじゃなかったのかーーー!?」
カイトは、必死に全力で走りながら叫ぶ。
そんなカイトに応える様に。
「簡単に……」
「諦めて……」
「なるもんですかーー」
「グフフフ…」
「ええええ!! こ、こわいっ!!!」
もうただただ走るだけ。……走る走る!
そして……
校舎に悲鳴が木霊していた。
残された2人は、呆然としていただけだった。
そして、とりあえずカイトは今回も何とか逃げ切る事に成功していた。
襲撃? に回避する事が出来たカイトは、そのまま見つからない様に、近くの教室に身を隠す事にした。息を潜めて隠れるのが大切だという事はよく判る。学園だと言うのに、猛獣の住むジャングルに放り出された気分だった。
「ああー……、それにしても疲れた。ほんと、疲れた……。 ……今回は、力を使う暇なかった、な。 ……それにしても、あの子達、ひょっとしたら、正体はかなり高位の妖じゃないのか? これだけの時間追いかけまわす体力といい…、それに、追いかけてくるスピードといい…………、じょーきを逸してるよ、まったく……」
腰を下ろし天井を見つめながら呟く。
カイトは、男には、強気でも、女(じょせい)にはかなり弱いみたいだ。
これが弱点にならない事を…祈るばかりである。
そして、しばらく隠れていたその時だ。
「あらーー? 貴方は」
隠れていた教室の奥から誰かが出てきた。
「っっ!!」
カイトは、誰もいないと思っていたから、驚いていた。……が、直ぐに落ち着いた。見知った相手であり、害のある相手じゃなかったから。
「あなた、御剣君ねー!? ひょっとして 新聞部を実に来てくれたのかなー??」
担任の猫目先生だったから。
「あー、成る程。……ここは、新聞部の部室だったんですね。すみません。ちょっとした緊急事態だったので。すぐ出て行きますよ。』
カイトは、そう言いうと立ち上がった。誰もいない場所だったから、部室とは思わなかった。準備室の類であれば、この場にとどまるのは、迷惑が掛かってしまうだろう。
「あらあら さっきの騒ぎは、君だったのね? ふふふ 人気がある見たいね~。 以前もそうだったし!」
「……人気がある事は、まぁ、光栄とも思えなくも無いんですが、……ちょっとだけで良いんで、彼女達には加減をしてもらいたいです」
カイトは、頭を掻きながら苦笑をした。そんなカイトを見て、にこやかに笑うのは猫目先生。
「あははは、それはムリなんじゃないかな?? 女の子だもん。観念して捕まってあげたら~? 彼女たち、すっごく喜ぶと思うわよー?」
「それは、全力で拒否します…」
「取って食いやしないと思うんだけどー」
「『思う』程度じゃ、覚悟決めれないです。ここ、妖怪の学園ですし、何が起きたっておかしくないですし」
カイトはその後も、色々と暫く先生と話していた。
すると、少しばかり騒がしかったのだが、だんだんと、外が静かになってきた。
もう、周囲には誰もいなさそうだ。
「……ん。大分落ち着いてきた様だ。 じゃあ先生、迷惑かけました。俺行きますね?』
「うん。またねー! あー後、カイト君!! まだ決まってないのなら、新聞部なんてどうかな? 人数少ないから困ってるし 大歓迎だよ??」
そのまま、カイトは勧誘された。暫く考えてみる。新聞部も、色々と大変そうなイメージがあるが……それでも以前の運動部よりはまだまだ全然マシだろう。間違いなく。
「ん。 連れを待たせているんで、相談してきますよ。OKが出たら増えるかもしれませんから、ちょっとだけ、待っててもらえます?」
猫目先生に、そう伝えると、ニコリと笑った。
「おっけー!! 期待して待ってるよ~!」
そのまま、カイトは部室を後にしたのだった。
「さて…と あいつら…どこにいるかな? ……まずはプールか…」
つくねが、『水泳部はどうか?』という会話を思い出して、この学園プールへ向かった。場所は1つしかないから、目指すには丁度良いだろう。
プールを目指して、校舎を歩いていた時だ。
“ダダダダダダダッ!”
廊下を走る足音が聞こえてきた。
別に珍しい事ではないが、カイトにとっては少々厄介だ。
「む……? 殺気!?」
つい先ほどまで、追いかけっこをさせられていたから、当然神経が敏感になってしまった様だ。そして、振り返ったと同時に、それは来た。
「カーーイトッ!!」
「わーーーー!」
全く遠慮のないタックル。……相手はくるむである。
勢いよくダイビングヘッドを仕掛けてきたから、おかげで廊下に倒れそうになってしまった。……が、何とか堪えた。
「やっふふーーー! こんなとこで会えるなんて! やっぱり、運命の人だね!! 好き!!(告白)」
押し倒すまではいかなかったが、正面に回って、また抱き着いた。そのくるむの象徴とも言える豊満な胸を押し付けながら、精一杯の告白を。
しかし……、それが正確にカイトに伝わる事は無かった。
「………………(む、むぐっ、い、息ッ 息ッ!)』
その弾力、想像を絶する程のやわらかさのおかげで、完全に空気の通り道をふさいでしまってて、窒息しかけてしまったから。
そして、数分後。
「いや… マジで、マジで死ぬかと思った…。今回は……」
くるむの盛大なハグを、抱擁を受けてしまってて、ちょっとまだ、酸素が体に行ききってないのか、フラフラしていた。空気さえ確保出来ていれば、赤面してしまって、違う意味でそれどころじゃなかったと思えるが。
くるむも当然、先ほどまでの陽気さは息をひそめている。くるむにとって、胸はある意味では自慢の武器だ。……それを今回如何なく、発揮してしまったから。
「ご…ごっめんね… カイトに合えたのが嬉しくってつい…」
自慢の胸で、大好きな人を殺しかねなかったから。
胸の中で死にたい――と、よく言うが、実際に窒息死させられてしまうのは、たまったものじゃないだろう。
まぁ、ギャグっぽかったから、大事ない、問題ない。……その上、今のくるむを見たら、何も言えない。
「(ストレートすぎだって!! こ、こんなにはっきり言われたら、怒れないな……。まぁ、元々怒るつもりは無いけど)」
カイトは、顔色が青から赤になってしまっていた。ここまで純粋な好意を向けられてしまえば、それも仕方がない事だ。
でも―――……今 気持ちに応える事は、……出来ないが。
今は、そう、今は考える事ではない。
カイトは、くるむにつくね達の事を聞くことにした。
「はははは…… もう大丈夫だよ。ちょっとまだ息苦しいけど… ああ そうだ、くるむ つくね達を見なかった?」
「ん? つくね?? んー、見てないけど、なんか、さっき男子達が離してたんだけど、モカが、水泳部に入るとか何とか、って言ってたよ! だから、水泳部、じゃないかなぁ?」
近付きながら、どさくさに紛れて、カイトにキスをしようとするが。
「えええ!! マジで? ほんとに水泳部に!??」
急に、カイトが大きな声を出した為、思わず下がり失敗してしまった。
「(あぅ……、後ちょっとだったのに…)うん。間違いなくそう話してたよ。でも おかしいでしょ? 確かバンパイアって水が苦手だったハズだし、モカが知らないとは思えないし」
くるむは、露骨に残念そうな表情をしていた。
カイトは、くるむの話を聞いて、顔を顰めた。
「やっぱり… そんな展開か。モカには少しだが、無理するなって言ったつもりなんだがな。 ……くるむ。つくねは、その事を知らないんだ。だから 水泳部にいったんだろ。 それで、つくねが行くから、モカもムリして、水泳部に行ったんだと思う」
「ええ! そーなの?? んー、でも、これってかなり有名な話だよ? バンパイアの事 圧倒的な力の持つ種族だけど 結構弱点多い妖だって話。じゃないと、あの強さ、ほんとに反則じゃん」
くるむは、つくね知らない~、の部分が腑に落ちなかったのかくるむは不思議そうに聞いた。そう、妖の間柄では確かに有名な話だ。全ての妖の中で最も強いとも呼ばれているから、尚更。
「ああ。……まあ、あれだ。結構つくねは疎いんだ。人間界に溶け込んで生活してて、長いって言ってたし。……仕方ないさ、そればかりは。でも、そうでもなかったら、モカにとって毒でしかない所に、つくねがわざわざ連れて行く訳ないだろ?」
カイトの説明で、とりあえず納得したくるむ。……つくねの事も好きな彼女にとっては、素直に頷けなかったが、とりあえず、納得は出来た様だ。カイトは、くるむの反応に安堵した。なぜなら、まさかつくねは、人間だから知らないんだよ? と、カミングアウトする訳にはいかなかったから。
「ふーーん… まあ、いっか…。モカはどーでも良いんだけど、 とりあえず 様子を見に行こう!(もう1人の旦那さんに会いに♪)」
くるむはニコニコと笑顔を見せながら、カイトの腕を組んだ。
「はいはい…。行くか。……それに、正直水泳部は…、 何だか嫌な感じもするし… 、ちょっと早めに行こう。面倒な事に巻き込まれてなかったら良いんだが」
そう言い、2人は、足早に、学園プールへ向かった。
~学園プール~
水に入れないモカはプールサイドでつくねを眺めていた。
そう 水泳部員に囲まれ いちゃいちゃ ベタベタしているところを見ていた。一番見たくないシーンを間近で見てしまったモカ。
「(ムカムカムカ……、も、もうっ限界!!)」
暫くはモカも我慢してたが、やっぱりムリだった。あからさまだったし、何よりつくねの態度が一番嫌だったから。
「いい加減にしてっ つくねは結局 女の人と仲良くしたくて 水泳部に入りたかったの!? わたしもう見てらんない! もう行くから!!」
プールサイドのパラソルつきテーブルに両手で一撃。
“グシャアアア!”
と一撃で粉砕。流石、封印されているとはいえ、力の大妖である。
「わああ モッ モカさん! 誤解だよっ誤解!! 待ってっ!」
くるむが、叫んでも叫んでも、水泳部の女子部員達に、抱きつかれた状態じゃ説得力がない。そのまま、見る事なく、つーんっとしながらモカは離れていく。
「まって! モカさん! わかってよ。オレ… モカさんと一緒に泳ぎたかったんだ! オレは――――」
プールサイドまで、つくねが近付いて、必死に叫ぶが、モカは変わらなかった。
「何よ! わかってくれてないのはつくねのほうだよ!」
「え…?」
モカの叫びにつくねは驚いてしまった。
「わたし… 本当は…(ぅぅ……、カイトが、言ってた意味……漸く、判った。でも、でも……)」
カイトが別れる前に、言っていた言葉。つくねが知らない、と言う意味。もう少し早くに理解していれば、違った対応が出来たかもしれない。でも、つくねが、水着姿の女の子とイチャイチャしている所を、見てしまったから、もうそうはいかなかったのだ。
その時。
“パッシャッ!”
突然、水飛沫がモカに襲い掛かった。……傍から見れば、それは ただ、水を掛けられた、だけなのだが……。
「きゃあ!!」
モカにとっては、ただではすまない。
水をかけたのは、先ほどまで つくねと一緒に泳いでいた 水泳部部長である一之瀬珠魚。悪意を持って、モカに水をかけたのだ。……全てを知っていて。
「……別に、見学は自由だけど ケンカは目障りね。 それに子供じみてるわね。 わかってくれるとかくれないとか… くだらない! 男と女に必要なのは奪うか奪われるかでしょ? それに、泳ぐ気がないのならさっさと出て行ったら?」
そう吐き捨てたのだが、モカは聞いてなかった。何故なら、水が、彼女の身体にかかったから。
「きゃああ! み、水がっっ!!」
顔にも水がかかり、視界が一気に悪くなる。慌てて、モカは水泳部から逃げる様に走っていった。
「モカさん!!?」
「まって!! つくね! ちょっと待ってて!!」
それでも、つくねに一声かけているのは……モカなりのやさしさだったのかもしれない。
しっかりと、つくねに言ってなかったから、こうなってしまったのだから。
「あら? うわさは本当だったのね……!」
逃げ出すモカを珠魚は悪意のある顔で微笑みながら見ていた。
慌てて逃げだしたモカは、プールの入り口で膝をついていた。
「はぁ… はぁ…」
彼女の身体周囲がまるで放電しているかの様に、バチッ バチチッ と稲光が瞬いていた。
『この馬鹿がっ… なぜプールになど近付いた!』
「ま… またロザリオ…が…」
そんな時に、モカの苦しみを、共有しているであろうもう一人のモカが、ロザリオを介して、話しかけた。
『水を浴びればそうなって当然だ! 水と妖気が反発しあって電気が走ったように体が痺れるだろ!? 水は私達バンパイアの弱点なんだぞ!!』
そう、バンパイアは《水》の持つ《清めの力》に非常に弱い。水を浴びれば体に電流が走ったかの様に痺れる上に、妖気が全く出せなくなってしまうのだ。自身を守る妖気も出せなくなってしまう為、最悪の場合死にいたる事も在る。
『お前の体はもう1つの人格である私の体でもあるんだぞ!! 無茶な行動は慎め! もうつくねなんかに振り回されるな!!』
今のモカが傷つけば……、最悪、死んでしまえば、当然裏の人格のモカも同じ運命だ。封印されているとはいえ、肉体は1つなのだから。だからこそ、叱咤したのだが……。
「や…やだ…」
モカは、主人格であるモカは、苦しみながらも、それを拒否した。
『何…?』
「もう嫌だよ… こんな体… どうしてわたしは皆と一緒じゃないの 変だよ… わたしもつくねと泳ぎたいよ……」
それは、人間界にいたころの辛い記憶。
他人と、自分は違う。全く違う、と言う劣等感。モカは、かつてのつらい記憶を思い出して、涙を流していた。自分の事を判ってくれた初めての男の子、つくねと一緒にいられない、同じことを出来ない、と言う悲しみもあった。
『………』
彼女の悲しみをより知っているからこそ……、それ以上、裏のモカも何も言わなかった。
一方そのころ、プール内は修羅場と化していた。
水泳部員達は、妖の本性を現して、次々と体験入部してきた男子生徒を襲っていたのだ。
「し……、新入部員を餌扱いする危険な部活があるってきいたけどまさか本当に!!」
「わーーーにげろーーー!」
「こ、こいつらの正体は、人魚!!」
逃げ惑う男子たち。だが、水の中ではどうしようもない。完全に囲まれてしまっているのだから。
「皆の精気も吸わせてね~!」
「逆らっても無駄だよ? わたし達水の中じゃ無敵だから!」
「だーいじょうぶ! 命までは盗らないから ♪」
その上、人魚達は、逃げられない様に、プールに巨大な渦を作った。凄まじい水流に足を取られ、完全に逃げる事が出来なくなってしまったのだ。
「(なんてことだっ! 人魚ってこんなに怖いものなの?? 襲われる!! 殺されちゃうーー!!)」
そして、水の中でもつくねの反応は健在である。
左右に動きオロオロしていた。今の間に逃げればよかったのだが、完全に足がすくんでしまった様だ。
カイトがこの場にいればまず最初に笑っていただろう。……それどころじゃない気がするけど。
その時。
「ふふ… あわてなくても大丈夫…」
水中から、珠魚が出てきてつくねの背中に抱きついたのだ。
「ひっ!」
恐怖していた最中だったから、つくねは、軽く悲鳴を上げた。
「あなたは特別よ 月音くん! 実はね… 私、入学式の頃からあなたに目をつけていたのよ……、 だからね。 それからはずっとあなたに夢中なの…だってホラ…」
まるで口裂け女の様に――、珠魚の口がどんどん裂けて言った。
それは、優雅なイメージのある人魚からはかけ離れた姿。……完全に化け物の顔になった。
大きく口を開けたまま――、つくねに襲い掛かる。
「月音くんって人間みたいなおいしそうな匂いがするから、ずっとあなたを食べたくてぇ!!」
「うああああああああ!!」
つくねが叫び声をあげたその時。
「つくねーーーーーーー!」
声が聞えた。地獄の様な場所で聞こえてくる声は、まるで天使の様に感じられた。そう、その声の主は。
「モカさーーーん!!!」
「つくねっ! これはいったい!!」
モカだった。完全に自分に纏わりついる様に付着していた水を払って、急いで戻ってきたのだ。……騒がしく、何より異様な空気を感じ取れたから、と言う理由もあるだろう。
そして、モカに気付いた珠魚はつくねを抱きかかえたまま振り向き、モカをにらみつけた。
「何よっ! また来たの? 邪魔しないでッ 泳げもしないクズ妖怪のくせに!」
「!!(泳げない……?)」
その言葉を訊いて、につくねは驚いていた。全く、知らなかったから。
「図星でしょ!? 何せ、有名な話だものね? 水がダメなあなたは何も出来ないのよね!? ザマないわ!! せいぜいそこで見てな・・・」
珠魚が、その言葉を最後まで言う前に。モカは行動をしていた。
「(バカにしないで! わたしだって!!)」
あろう事か、モカはプールに飛び込んでいたのだ。
「「えええーーー!!」」
“バッシャーーーーーンッ!! バチバチバチバチッ!!!”
モカが飛び込んだその場所に、盛大な水柱と一緒に、雷が落ちてきたかの様な轟音と、放電が巻き起こった。
「きゃあ!!いったい何が!!」
「モカさーーーーん!」
そして、丁度その時に、プールにカイトとくるむも到着した。
間違いなく、遅かった、と言うほかないだろう。
「あ、あのバカ!! 無理するな、って言ったのに!」
「ちょっと!! 何でモカが水に…飛び込んでんの!?」
2人が来た事に、いち早く気付く事が出来たつくねは、そちら側を見る。カイトもそれに気づいて直ぐにつくねに言った。
「つくね!! 早くモカを助けろ! 急げ!!」
「カイト!! くるむさん!? これは、いったい!」
つくねは聞こうとしたが、悠長に話している暇は無い。位置的に、つくねが一番近い。カイトが行こうにも、その間には無数の生徒たちと、人魚がいるから、どうしても遅れてしまうから。
だから、急いでつくねに伝えた。
「細かい話は後だ、つくね! バンパイアは水には入れない! 入ったらいけないんだ! 急がないとモカが死ぬぞ!」
その話を聞いた瞬間、つくねは、今までのモカとの話を思い出した。
―――― 一緒に泳ごう… 泳ぐのは楽しいよ…。
それが、モカにとって、毒になるとも知らずに、何度も、何度も。
それらが頭を過ったと同時に、つくねはモカのいる方へと全力で泳いだ。
「(オレ…モカさんになんて事を…)」
だが、簡単にはいかせてくれない。
なぜなら、水の中は、人魚の支配領域だからだ。
「ちょーっとまった! あなたは私の獲物なんですからね!! みんな! 行かせちゃだめよ!」
珠魚の号令で他の部員がつくねに詰め寄ってきた。
「どいてくれーー!!」
しかし、つくねは止まらずモカの方へ向かった。無数の人魚達の中に、単身で挑むのは、つくねにとっては無謀も良い所だ。
「つ、つくね!!」
くるむが、翅をもつくるむが、つくねを助けようと駆け出したが。
「くるむ! 動くな!!」
カイトがくるむを引き止めた。
「なんでよ! このままじゃつくねが… っ!!」
振り向いた瞬間……、くるむの身体に電流が走った。いや、戦慄が走る……と言った方が正しいだろう。
カイトの姿が、身にまとう雰囲気が、全てが違ったから。
いつも、冷静で……、それでいてとても優しい彼の姿じゃない。
その瞳は、いつもの黒い瞳では無く、今は朱く染まっている。そう、くるむも間近で見た事がある、バンパイアの様に。その表情には怒りもあった。
「……あまり、女の子には、使いたくない……が、そうも言ってられない。モカとつくねの方が大切だ」
カイトは、鋭い眼光で、睨み付けながら、右手を上げた。
「来れ神風。荒れ狂う殺戮の宴。叫べ天よ……!」
カイト周囲に、まるで竜巻の様な突風が起こる。丁度目の中にいた為、くるむに被害が及ぶことは無かった。……あのまま、飛び上がってしまっていたら、間違いなく、吹き飛ばされてしまっただろう。
その竜巻は、カイトの手の中に、ぎゅ……っと圧縮され。
「荒れよ暴風の嵐」
手の中から解放された竜巻は、一瞬の内に、つくねの周囲へと移動した。そして、取り囲むように接近していた人魚達を暴風の渦に巻き込み、完全に動きを封じてしまったのだ。丁度、彼女達が、得物を逃がさない様に、渦を発生させていた様に、今度はカイトがそれをした。
渦の発生の源は、カイトだから、いかに水を統べる妖であったとしても、別の力が働いてしまっているから、簡単には動く事は出来ない。
「きゃああ!!!」
「何!!これ!!」
「み、水の中で、私たちが、身動きが取れないなんて……、そんなっ……!」
勢いはとどまる事はなく、そのままプールの中の大量の水は、2つに割れた。まるで、それはモーゼの十戒の様に。
「今だ! 行けっ! つくね!!」
道は、カイトが作った。完全につくねの行く手を遮る者は誰もいない。
「う、うん!(モカさん・・・ ゴメン)」
そして つくねは、モカのいる方へと駆け出した。水が割れたから、丁度走る事が出来た。……モカが、倒れている方へと駆け出したのだった。
「な、何なの?? これは!!」
比較的、つくねの傍にいた為、免れる事ができ、1人取り残された部長の珠魚はプールの惨状に唖然としていた。
真っ二つに分かれた水もそうだが、何よりも、人魚達が水に束縛されているという、通常なら考えられない光景に唖然としてしまった様だ。
そして、また――驚く事になる。
“ドッゴオオオオオオン!!”
先ほどの暴風が強大な妖気が出ると共に消えたのだ。
「「「「こっ!今度は何!!」」」」
またまた起こった予想外の出来事・妖気に珠魚と他の部員達が思わず叫んでしまった。
水が割れ、暴風が突如現れ――、あまつさえは強大な妖気。混乱してしまったとしても仕方がない。
唯一、状況を理解している者がいるとすれば……、この場ではくるむやカイトくらいだ。
「ふう……もういいだろ。これ以上は、目を覚ましたモカの邪魔になる」
暴風が消えたのは、カイトが術を使うのを止めたからだ。モカが目を覚ました今、あの程度の水では彼女を縛る事は出来ないだろう。外へ出てしまえば終わりだ。そうなれば、あの風はただ、邪魔になるだけだった。
「すっ すごい……」
くるむはモカの強大な妖気。そして、何よりもカイトの力に驚き立ち尽くしていた。
「えーっと……、 カイトはもう助けてあげないの? モカたちを……?」
くるむうは、いつもとは違うカイト……、言わば戦闘態勢のカイトの姿を見たから、いつもの様に話しかけれなかったみたいだった。
そんなくるむだったが、カイト本人はあっけらかんとしていた。
「ん。もう、モカが開放されたからな。大丈夫だ。(そもそも 手を出したら怒られそうだ)それに……」
「ん? それに?」
「ん……、とな。オレは女の子には、手は極力手は上げたくないだ。それが、ああ言う輩でも……な。 ……情けないかと思われるけど、こればっかりは……仕様がない」
カイトは、頭を掻き、苦笑しながらそういっていた。
それを聞いたくるむは、決して情けないなどとは思ってない。ただただ、改めて――思うだけだった。
「………(うん……、やっぱり カイト……、ステキだよ………っ)」
そして、くるむは、いつもの様に、カイトに抱きつきにいったのだった。
今はちょっと空気読んで欲しかった。何故なら――モカが盛大に覚醒しているのだから。
陽気なシーンが一部ではあったが、水泳部の畜生たちにはそんな仄々感は無かった。ただただ、驚いて竦んでいた。
「うっ…… うそっ これが噂に聞いていたモカの正体?この威圧感・・・ まさか これほどの・・・ これがバンパイア!!」
モカが、完全に覚醒した。まだ、水に浸かっているがそれもまるで問題ない、と言わんばかりに佇んでいた。
「……よくも、……よくも好き放題やってくれたな……、貴様ら」
強大な妖気を纏ったモカが珠魚を睨んだ。睨んだだけで、威圧される。圧倒的な強者が持つオーラだったが、それでも珠魚は完全に折れる事はなかった。
「くっ……何よ! どこまで邪魔すれば気がすむの!? 月音くんは私が目ェつけたんだからね! 絶対あなたなんかには渡さないんだから!!」
そう言うと、竦みあがっていた部員達に号令をかけた。
「さっきの妙な風? も無くなったことだし! あんたには消えてもらうわ!!!」
動けるようになった部員達は一斉にモカの方へ向かった。
モカを威嚇するように、モカの周囲で泳ぎ始める。
「あなたがどれだけ強いか知らないけど、水という領域では人魚が上! 命乞いするなら今のうちよ!!」
珠魚は、腕のヒレを出して構えた。
「……フン。 食う事しか頭に無い低級妖の分際で 笑わせるな」
そのモカの言葉が癇に障ったのだろう。ただ、周囲を取り囲むだけだった人魚たちが。
「何をーー!」
「この女ーー!!」
「死ねー!」
一斉にモカに襲い掛かった。
だが、それも読んでいたモカは、一気に跳躍して回避。水に半身が浸かっていたとはいえ、そこはバンパイアの脚力。問題なく宙高くに回避した。
だが、如何に覚醒をしたとしても、弱点である水によるダメージは、大きいのか、いつものキレはなかった。
「ふん! 動きが鈍いわ!! 口では強がっても ずいぶんと弱ってんのね!! 空中ではいい的よ!!」
水から一斉に、飛び上がりはじめた。
「死ねーーーーー!!」
「モ、モカサーーーーーん!!」
あまりの数につくねは思わず声を上げた。多勢に無勢とはこの事だ、と言える程の量だったから。だが、そんなつくねを諫めるのはカイト。
「少し落ち着けつくね。ケガはしてないか?」
「っ!!? だ、大丈夫! でも カイト!! でも! あんなに人魚が!!」
水の中でも取り囲まれていた人魚。水から逃げれば終わりだと思っていたのに、まさかのジャンプにつくねは慌てていた……が、カイトは実に冷静だった。軽く笑って、つくねに言う。
「ああ、つくね。ほら、考えてみろ。 確かに、水棲生物。水の妖である人魚は水の中では最大限の力を発揮するな。当然だ。……だが、今、あいつらがいる場所は何処だ?」
カイトが、つくねにそういうと殆ど同時だった。
空中で、器用に回転して、珠魚たちの攻撃を躱すモカ。
「!!!?」
「こうも簡単に釣れるとは、やはり魚だ。 ……身の程を知れ」
躱した後は、モカの右フックが珠魚の側頭部を捕らえた。そして他の部員は、いつものモカの盛大な蹴り。回転蹴りが炸裂し、全て吹き飛ばした。
「「「きゃああーー!!」」」
全ての人魚たちは、
“バッシャアアアアン!”と水柱をあげながら、プールへ落ちていったのだった。
「……な? 空中は人魚の領域じゃない。……ま、バンパイアの領域ってわけじゃないが、モカなら楽勝だろ」
「そそ! 当然よねー♪」
くるむもニコニコと笑いながら同意していた。空を飛んでいて、それでもモカにつかまってしまった事があるから、尚更思った様だ。……カイトの背中に抱き着きながら。
「……そろそろ離れても大丈夫じゃない? くるむ」
くるむは、ずーっとカイトの腕に抱き着いていたのだ。
「やふふー♪ もうちょっと! もーちょっとだけっ! カイト分の補充だよっ♪(カイトの戦闘形態 格好良い姿見たのわたしだけー♪)」
「……くるむさん??」
つくねが苦笑しながら見ていた。
そんな苦笑いをしているつくねを見たくるむは。
「ああっ!! つくね! わたしあなたの事も大好きだからね!!」
そう言いながら、カイトの腕を離して、今度はつくねの方へと飛びついて行ったのだった。
「……やれやれ、一難去ったな」
カイトは、とりあえず終わったから、肩の力を抜いて、ただただ苦笑をするのだった。
だが、安心してはいられない。
「モカ…… 大丈夫か?」
カイトは、モカの方へ行った。その手には、プールサイドに置いてあったバスタオルが握られている。
「水滴のたった1つでも、ついてるだけでも結構やばいんだろ? ほら、これで拭いておいた方が良い」
「……ああ すまない」
モカは無表情のまま受け取りつくねの方へ向かった。
「(まぁ……、今はちょっと、フォローできないな。心も、身体も傷ついてるのは間違いないから)」
前回とは違い、カイトは、そのままモカを見送った。
「あ……あの…… モカさん……。お、オレ……」
モカは、つくねの側にくると、右手を振り上げ。
“パンッ!”
そのまま振り下ろし、つくねの頬を叩いた。
「っ……!!」
「ちょっと! つくねに何を・・・」
くるむは、叩かれたのを見て、直ぐにつくねに駆け寄る。
「……つくね。あっちのモカが泣いていたぞ」
その言葉に、そして表情を見て、くるむはそれ以上は何も言わず、つくねの表情は、また変わった。
そして、モカは目を瞑り、話をつづけた。
「《泳げない》という、他人と違う劣等感で自分を責めてな。 ……あいつは今までそうやって人間の社会で傷ついて生きてきたんだ」
そして、目を開きつくねを見た。睨む様に。
「自分の事しか考えられぬような男に私の側にいる資格は無い! 失せろ…… 月音」
モカの言葉を訊いて、つくねはただただ、後悔をしていた。悔いても悔いても……もう、してしまった事実は変わらないから、ただただ自分自身を責めていた。
そんな、つくねを見たくるむは、必死に慰めていたのだった。
傷心のつくねを助けて、あわよくば――と考えなくも無かったが、それでもつくねの落ち込み具合を見てしまえば、早々強気ではいけないから、ただ下心なく、つくねの介抱をしたのだった。
「タオル、すまなかったな。カイト」
つくねから離れたモカは、ロザリオを手に持ち、カイトに改めて礼を言った
「……厳しいな、モカ」
確かに、モカは苦しんでしまったのは間違いない。心も身体も。でも、つくねの事情を、モカが知らない、と言う訳ではない。完全に、とは言えないが、忠告をカイトはしたはずだから。……それでも、配慮に欠けていたと言わざるを得ないだろう。
「無知は罪とまではいかないが、気付ける場面はあっただろう。そこはつくねの落ち度だ」
「……そうだな。ちょっと不謹慎だった。オレ自身にもある。互いに反省はするよ。……さて、モカも、そろそろ休んだ方が良い。結構なダメージだろう?
「ふん……、この程度 大した事は無い」
水はバンパイアの弱点だ。強大な妖力でごまかせるかもしれないが、戦闘を終えた今、ダメージを思い出したとしても、不思議ではない。
「(強がりに見えるが……、まぁ、素直にモカがきくとは思えないけど)」
カイトがモカの表情を見て、色々と考えていたその時だ。
「……なんだ!?」
ギロリと睨まれた。 心読める、と言うのだろうか。
「ははは…… いや なんでも無いさ。んっと、そうだモカちょっといいか?」
カイトは、何かを思いついた様に、モカに近づく。
「む? なんだ?」
何かあるのか? と思ったモカ。だけど、カイトの行動は、モカの頭上に右手をを伸ばすものだった。そう、まるで『よくできました』と頭を撫でるかの様に。
そんな事、プライドが決して許せないモカは。
“ヒュッ!!”
カイトの右手の返答に、前蹴りを放った。カウンター気味に。
でも、それも読んでいたカイトは、前蹴りを左手で受け止める。
「はぁ、モカ。オレ、一応真面目。大真面目なんだ。ちょっとだけだから我慢してくれないか?」
「ちっ……、一体何なんだ?」
モカはカイトが真剣な顔をしていた為か素直に我慢した様だ。それでも、身体に触ろうものなら、もう一度攻撃するつもりな様だが……。
勿論、それもカイトは理解できた為、直接触れる様な事はしなかった。
「ん……、 モカ、そのままで……」
そして、カイトは目を瞑り、モカの丁度頭の部分に手のひらを向けた。
すると、次に鮮やかな青い光のようなものが、モカに降りそそいだ。
「………ん。これは……?」
突然の事にモカは驚いた。……が、それでも警戒はしなかった。敵意の様なものは一切感じない。……優しい光だと感じたから。
モカの身体全体をゆっくりと覆った光は、ゆっくりと消失していき……、そしてカイトは目を開いた。その目は朱い。 ……真紅の色だった。
「(カイトの目が……、変わった。それに、何だ……? 心地よい……。ん、 体が……)」
光が消えると同時に、身体に纏わりついていた不快感。痛みなどが一緒に消えていく。……体が楽になっていくのを実感していた。
「……よし、これで暫く休めばすぐに良くなるだろう。気休めかもしれないが、無いよりは良い」
そう言うと、カイトは右手を元に戻した。その瞳もいつもの色に戻っていた。
「カイト。何をしたんだ? 今のは、何だ?」
体が快復したのはわかったが、何をされたのかが判らなかった。見た事がないから。
「ああ、今のモカは、当然大丈夫だろう。……でも、モカも心配してると思うけど、もう1人の方のモカも大丈夫、とは言えないかもしれないだろう? だから、念には念を、ってな」
「……そう、か」
カイトの言葉を聞いて、モカは表情を和らげた。
力の種を明かした訳ではなく、疑問も残るが、自分の手の内をあっさりと話す訳がない、と言う事はモカも判る。だから、これ以上は聞かなかった。……自分を、自分達を思いやってくれている事。それだけは理解できたから。
そんなモカの表情を見て、カイトは軽く笑う。
「ははは。まぁ、おせっかいかもしれないがな。表のモカだってバンパイアだしな。……んー、それにしても、弱ってたモカもまぁ、また魅力的だったな。守ってあげたい、って思わせてくれる」
そういうと軽くウインクしたその時だ。
“ゴスッ!”
と、良い音がした、かと思ったら、それは自分の顔面を殴る音。……顔面パンチが返答だった。
ちょうど、カイトは、片目瞑ってたため、距離感が掴めてなかった+油断していた事もあって、直撃。
「ぶっ!! いた……たた……、くそ、ちょっと ゆだんしたぁ……」
鼻頭を殴られてしまった為、目に涙が溜まってしまう。
「ふん! わ、私を守ってあげたい……などと、身の程を知れ!」
そういうとモカは後ろを向いた。
「……だが、 ありがとな。カイト」
後ろを向いている為、モカの表情は見えないが、どんな顔をしているかは想像がついた。
「……はは。良いさ。言っただろう? オレ達は友達なんだから。困ってたら当然だ。……勿論、つくねだってそうだ。……モカ。つくねは大丈夫だ。辛い思いなんて、させやしないよ」
そう言っても、モカは振り返る事は無かった。
「……ふん」
カイトの言葉を、ただ鼻で笑って、ロザリオを身につけた。
「すまない。……後は頼む」
「ああ 頼まれた。……おやすみ、モカ」
光に包まれ、銀髪の髪が、淡い桃色に変わり――そして、モカは、意識を失った。
「さて、と。連れて帰るか。つくねは、まだ駄目みたいだな。 やれやれ』
つくねのほうを見ると まだ立ち直れてなかった。
モカの事を好いているから、仕方ない。
「くるむ」
「なにー?」
仕方ないから、カイトはつくね達の側まで行く。このままずっとここに居続ける訳にはいかないから。
「オレはとりあえず、モカを送っていくから、つくねを頼む。今はまだ、無理だろう。とりあえず 教室へ頼む。付き添ってあげてくれ」
「うん。わかったよ!! (つくね、わたしが慰めてあげるからね。……やっふふー♪)」
「(下心がありそうだけど……、ま、いいな)宜しくな」
とりあえず、第一にモカを優先。
そのまま、保健室へと連れいていったのだった。
その日の授業。
保健室に連れて行ったモカはそのまま早退し、つくねはまだ立ち直れていなかった。午後の授業は全く身に入ってない様子だったから。
「(フォローは入れたんだけど、こればっかりは、日薬だな)」
そして、あの事件から三日後。
日を重ねる事で、つくねは立ち直りつつあるが、それでも肝心のモカが登校してないから、完全に、とは程遠かった。
そして、つくねと共に教室へ向かっている途中。
「あら カイトくんにつくねくん! ちょうどよかった!」
猫目先生に話しかけられた。
そう、部活勧誘されてたのにそのままにしてたのだ。
「もー カイトくんってば 友達と相談するって行ってたのにそれっきりで!!」
「ああっ ごめんなさい! ちょっといろいろあって、忘れてしまってて」
カイトは、謝りながら、ちらっとつくねのほうを見る。
「で? もう入る部活は決まった? あなた達とモカさんだけがまだ決まってないのよー だからね! 新聞部なんてどうかな? 誰も入らなくて 潰れそうなのよー! ねっ! ねっ! 助けると思ってっ!」
両の手をあわせ頼むように、勧誘、ではなく懇願をしていた。
「ん、と。 オレは良いですけど、つくねは?」
つくねに聞いてみると、ゆっくりと顔をあげた。
「えっ! ……その (静かで落ち着いてそうな部活だな。 モカさんがいなけりゃ何部でも……)でも……オレ……(カイトにも、迷惑ばっかりかけて……、もう、立ち直らないといけないのに……)」
つくねは目を瞑り、俯いたその時だ。
「良いですよ! わたしその部に入ります♪」
声が聞こえてきた。少々懐かしい声。
「え? あ……っ!」
「おっ!」
振り返ってみると。
「おっはよー! つくね! カイト!」
「「モカ!」さん!!」
そう、モカが遅れながら、登校してきたのだ。
その姿を見て、つくねは涙を流していた。
「うぅぅ、モカさぁん!! 二度と戻ってこないかと思ったよーー!!」
「おいおい。 泣くな泣くな。男が簡単に涙を見せるなって。それに、二度とって まだ三日じゃんか。でも 良かったよモカ。体の方は大丈夫か?」
「うん! でも回復のためにずっと寝ててね~ ねぼーしちゃったよ・・・」
てへへ~っと頭を掻きながら苦笑いしていた。
「(うん、やっぱりモカさんは笑顔でなくっちゃ!)」
「ん? あれ? 一応モカに、術をかけておいたんだけど……、効かなかったのかな? う~ん、水の影響にはやっぱりきつかったか……
つくねはモカに見惚れ、カイトは、渋い顔をしていた。
そして、モカは直ぐに否定する。
「んーん! そんなこと無いよ! 水の影響は初日からすっかり無くなっちゃったしね! もう1人のわたしもお礼を言ってたよ! どうも、ありがとねーカイト!!」
モカは笑顔で言っていた。無理をしている様子もなく、どうやら、本当に大丈夫そうだ。
「そっか・・・ なら安心だな。どういたしまして。もう一人のモカにも言ったが、当然だよ。オレ達は、友達だから。だろ? つくね、モカ」
「う、うんっ!」
「そうだよねっ! 私たち、友達だもんっ」
話しているその時だ。
「じゃあ!3人とも新聞部!決定ねーー!!」
猫目先生が乱入。忘れていた訳ではありません。
決定《ようこそ!新聞部へ!!》を掲げていた。
「「「わああぁ!!」」」
あまりの勢いだったから、少々驚いていたが、直ぐに笑顔になる。
「はぁーーい! わたしもその部に入部しまーす!!」
そして、いつの間にか、くるむも来ていた。
「くるむちゃん!!」
「ははは。いつの間に、来てたんだ? くるむ」
「だってー カイトにつくねも入るんでしょ! だったら わたしもって思うじゃない♪ 2人とも大好きだもーーんっ!!」
そう言いながら カイトとつくねに抱きつく。……と言うより、頭から飛びついた
「ぐええ!」
「おぅっ!?」
悶絶しそうになるほどの衝撃である。
「ちょっとー、くるむちゃーーん! わたしもいるんだからね!!」
モカがそこに入ってきた。
「べー! っだ!! モカに負けないんだからね!!」
またまた火花を散らす2人。
今回はモカもくるむに負けてない程の嫉妬オーラを出していた。
「(やっぱり前途多難だな。こりゃ、 うん、つくねが言った通り)」
2人に囲まれながらそんな風に考えていた。
それでも、心地よい。
今日までのつくねの暗い表情が嘘の様に吹き飛び――、笑顔であふれていたのだった。
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