魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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IFエンド 「シュテル・スタークス」
ふと空を見上げるとあの日と同じように満月が優しく夜を照らしている。
今日は2月14日。私――シュテル・スタークスにとって特別な日。日付を聞けばお気づきの方も居るでしょうが、一般的にはバレンタインデーとして知られていて女性が男性にチョコを渡す日です。
その際に告白が伴うことが多かったらしいですが、最近ではお世話になっている人に対してチョコを渡すことも多くなっているようです。年月と共に考えや価値観が変化しているのでしょうね。それ故にジェネレーションギャップというものが発生するのかもしれません。
話を戻しますが、先ほども言った通り今日は私にとって特別な日です。私が女性だからというのも理由ではありますが、最大の理由は少しだけですが心の奥に秘めた気持ちを出すことが出来るからです。
「…………寒いですね」
冬であることを考えれば当然のことですが、今感じる寒さには別のものが混じっています。それはきっと不安なのでしょう。
何故不安を抱いているかというと、仕事中に盛大に失敗して怒られその謝罪をしなければならない……というわけではありません。研究を進めるための試行錯誤はあれど、パーツの発注ミスやプログラミングのミスといったことは働き始めてから一度たりともしたことはないですから。えっへん!
そもそも……仮にそういうことになったとしても、それは私に非があるわけですから当然の行動です。申し訳なさは感じるでしょうし、不安も覚えなくはないですが……今ある不安と比べれば微々たるものです。
ならば何に対して不安を抱いているのか、と疑問を持つでしょう。それは……私がこれから取る行動の先にです。
正直に言ってしまいますと……私はとある男性が好きです。
いえ、好きでは私の胸の内にある気持ちを現すには足りません。大好き……これは何だか子供っぽいですね。すでに私も大人扱いされる身ですし、年齢的にも子供として見られることはありません。ここは愛しているという言葉が的確でしょう。
「……自分で考えておいて何ですが……恥ずかしいですね」
顔がとても熱く感じます。体が温まることは状況的に良いことではありますが、精神的には負担に思えてなりません。
今なら世の中のカップルを心から尊敬します。男性からにしろ、女性からにしろ……どちらからか告白したわけなのですから。
これまでに様々な問題にぶつかって頭を悩ませたこともありますし、魔導師として犯罪者と相対したこともありますが……この気持ちが私にとって最大の難敵かもしれません。いったいどうすればこれに打ち勝つことができるのでしょうか。やはり今年もただ日頃の感謝の気持ちとしてチョコを渡すだけで告白はしないでおいた方が……
「…………いえ、それは出来ません」
何のために今日こうしてチョコを用意したと思っているのですかシュテル・スタークス。もう迷わないと、逃げないと決めたはず。だからこそ、彼を……ショウをここに呼び出したのではありませんか。
私が今立っているのは、かつて日付が変わったばかりの時間帯に呼び出したことがある公園。私が初めて自分の本当の気持ちを表に出した場所。あのときはまだ今ほど彼への想いはありませんでしたが、それでもあの頃は私は彼のことを想っていたのでしょう。
「ですが……」
私は自分の気持ちを言葉にすることが出来なかった。ショウと共に暮らし、同じ場所で仕事をして隣に居ることが多かったというのに……。
最初出会った頃は私と似てあまり話さない子だと思っていました。
けどレーネの計らいで共に過ごすようになってから、ショウにも大切な人が居るのだと分かり……その人に危険が迫れば自分の身がどうなろうと突き進む強さを感じた。友のため、家族のために行動を起こせるのは素晴らしいものです。
しかし、同時に私は怖かった。
この人は血反吐を吐くことになったとしても、心は擦り切れそうになったとしても前だけを見据えて進んでしまう。人のためならば自分のことを度外視して行動してしまう。
それは心が強いからこそ出来ることではあります。ですが、もしも命を落とすようなことになってしまった場合……残された者はどうなるのです。誰もが傷を負った状態で上を向いて歩いていけるわけではありません。
「……もしもあのとき……シグナムがショウを手に掛けていたとしたら私はどうしていたのでしょう」
私の呟きに返事をする者はいない。ただ月が優しく照らしているだけ。
……言葉にするだけ無駄ですね。すでに過去の出来事であり、そもそも私の気持ちが私以外に分かるわけありません。故に……きっとあの日、もしもシグナムの行動が違っていたなら私は全力を持って彼女を滅していたでしょう。
そう思うのは、あの日以上に私が怒りで我を忘れそうになった日がないからです。まあ感情の波が大きい方ではないので滅多に怒りという感情は湧かないわけですが。知人には湧かせているとは思いますが、それはスキンシップの一環なので今は考えないでおくことにしましょう。
「……やれやれ、何故こうなってしまったのでしょう」
もしもショウがレーネと繋がりがなかったのなら。もしも私がスタークス家に生まれていなかったのなら。もしも私が技術者ではなく魔導師としての道を選んでいたのなら……今日という日はなかったのでしょうか。
……いえ、きっと私はどんな道を選んだとしてもショウと出会い……そして、彼に惹かれたのでしょうね。
ショウに対する私の想いの強さ。それは私の想いではないのではないかと思えるほど強い感情です。例えるならば激しく燃える炎でしょう。何故こんなにも彼に惹かれてしまうのかは分かりません……直感的に運命の相手だと感じているのでしょうか。
そういうことなら非科学的ですが……一応納得は出来ます。というより、そうでなければ説明が付きません。自分で言うのもなんですが、私は自制心に関して人よりも優れていると自負しています。にも関わらず、ショウのことになるとそれが外れそうになってしまうのですから。
いや、この言い方は正しくはありませんね。これまでの過去を振り返ると、別に言う必要がないことを言ってしまったり、ちょっかいを出すような真似を何度もしてしまっているのですから。
このことを冷静に分析すれば、私は好きな子に意地悪したくなるタイプということに……これは少し違うかもしれませんね。ショウだけでなく、ショウの周りの人間にもしていましたから。しかし、嫉妬からやっていたのだとすればまた話が変わって……
「……考えるのはやめましょう」
今いくら考えてもこの答えは出そうにありません。というか、今はそんなことよりもやることがあるのです。そう遠くない未来にショウがここに来るのですから。
ショウがここに来たら告白……ほ、本当に告白するのですか。確かにするつもりで呼び出しはしましたが、毎年のようにバレンタインにチョコは渡しているわけで。告白をしなければ今年もこれまでと同じように終わるだけです。そうすればまた1年彼の隣に居られる……
「…………何を弱気になっているのですか」
告白すると決めて呼び出したのにそれを決行しないどころか、あまつさえまた1年隣に居られる? そんな甘えは許されない。いえ存在していません。何故ならば今日何もしなければ、私の大切な親友が……ディアーチェがショウに想いを告げると言ったのですから。
ディアーチェ・K・クローディア。自分の世界に閉じこもっていた私に外の世界の素晴らしさを教えてくれ、導いてくれるように接してくれた私にとっての王。そして、かけがえのない友……故に今日の結果がどう転ぶにしてもあの日の出来事は忘れることはできないでしょう。
『シュテル……貴様はいつまで自分に嘘を吐くつもりなのだ?』
『何のことです?』
『惚けるな。貴様、ショウのことが好きなのであろう?』
普段と変わらない口調で放たれた問いでしたが、ディアーチェの目には確信の光があった。心の隅の隅に追いやっていた感情でさえ見透かしているようで私は……
『……まさかディアーチェからそのような言葉が出るとは驚きです』
『そのような御託は良い。我の質問に答えよ』
『今日はずいぶんと強引ですね。まあ構いませんが……今の質問の答えですが、答えはイエスですよ。付き合いも長くなっていますし、同じ仕事をしているパートナーですから』
と、思わずいつものようにはぐらかすような返事をした。私は知っていたから。ディアーチェがショウのことを想っていることを。
私にとってディアーチェは恩人であり、誰よりも幸せになってほしいと思う相手。なら自分の中にあるショウへの想いは邪魔になる。
故に私が自分の気持ちを表に出さなければ、このまま未来永劫に隠し続ければいいだけなのだと。これでディアーチェは幸せになれる。きっと恥じらいながら近いうちにショウへ想いを伝える話をするだろう、と思った。けれど……
『シュテルよ……我は惚けるなと申したはずだが?』
向けられた目には憤怒の光が宿っていた。どんなに記憶を辿っても、ディアーチェからこれほど鋭い視線を向けられたことはない。ディアーチェが怖いと思ったのはこの日が初めてだ。
『そちらこそ何を言っているのです……惚けてなんかいませんよ』
『ならば何故目を背ける? 本心で言ったことならばその必要はないはずであろう。……まあ良い、貴様がそのつもりならばそれで構わん。……シュテル』
『……何です?』
『我は、ショウへ想いを告げる』
ずっと待ち望んでいた言葉。なのに……私の心に響いたのは何かが割れるような音だ。喜びなんてない悲しくて切ない痛み……それでも
『そう……ですか。良いと思いますよ。私の目から見てもお似合いだと思いますし、何よりディアーチェは昔からショウのことが気になっていましたからね。手伝えることがあれば何でも手伝います……』
それ以上言うことは出来なかった。
何故なら……私の左頬に鋭い痛みが走ったからだ。一瞬何が起きたのか分からなかったが、視界に映っていたディアーチェの右手を見て状況を理解する。私は彼女に思いっきり頬を叩かれたのだと。
『……何を……するのですか?』
『決まっておろう、貴様との決別だ』
『決別……?』
『そうだ。今日限り貴様は我が友ではない』
ディアーチェの言葉が理解できない。いや、理解したくなかった。だって彼女は私にとって大切な友達なのだから。
『何を……言っているのですか? 冗談にしては性質が悪すぎますよ?』
『冗談ではない』
『なっ……何故? 何故なのですか! どうして急にそのような話に……!?』
『何故? どうして? ……だと。……ふざけるのも大概にしろ、このうつけ!』
鋭利な視線が私を射抜く。自分が弱者なのだと理解させられそうな絶対王者の雰囲気に私は身動きを取ることができない。
『貴様は、我を己が想いもひとりでは伝えることができない情けない女だと思っておるのか!』
『そ、そのようなことは……』
『それだけではない! いや、我が怒っておるのはむしろこちらの方だ。シュテル、貴様は我に本心を隠すだけでなく……己が想いを偽り、我の恋を応援すると言ったのだ』
『…………』
『貴様は負けず嫌いだが肝心な部分は我を立てようとする。それを嫌だと思ったことはないが、今回に関しては別だ。我に遠慮し自分の気持ちも伝えぬなぞ、我にとって侮辱でしかない。我が友であるならば全力で向かってこんか。それが出来ぬのならば、貴様は我が友ではない!』
ディアーチェが王で私は彼女の右腕。
明確に言葉にしたことはないが、私達の間には主従関係にも似たものがあった。故に友ではありますが友ではない。対等の存在として立つことはできないという想いが私にはあった。
ですが今のは完全に私を対等の存在として認めている言葉。私にとって常に上の存在だったディアーチェが隣に立っていると認めた言葉と言える。
『最後にもう一度だけ問う……シュテル、貴様はショウのことをどう思っておるのだ?』
『私は……私は彼が…………ショウが好きです。……ずっと……ずっと前から好きでした』
いつからショウのことを想うようになっていたのだろう。私がレーネの元で働き始めた頃だろうか、それともホームステイをしていた頃だろうか。
最初はただレーネの甥や同じ道を目指す同年代の少年といったくらいにしか思っていなかった。でも気が付けば、ショウに目を向けることが多くなっていた。彼と仕事のことでもいいから話したいと思うようになっていた。彼のすぐ傍に居たいと思うようになっていた。だから……
『たとえディアーチェだろうと……彼の隣に私以外が立っているのは堪えられません』
『ふん、最初からそう言っておれば良いのだ。……シュテルよ、自分の気持ちを素直に口にしたのだ。我が本格的に動くまでに行動するのだぞ』
『ディアーチェ、それはどういう意味ですか? それでは……』
『勘違いするでない。別に貴様に塩を送るつもりはないぞ。我は貴様と違って大学に通っておる身。学生は遊べると思う部分もあるかもしれんが、意外とやらなければならぬことも多いのだ。故に我は次の春までは余裕がない』
今が1月の半ばであることを考えると、春が来るまで残り2か月半といったところ。猶予はありそうに思えるが、ディアーチェは春が来れば告白する。当日は非常に恥ずかしがりそうな気はするが、一度決めたからには確実に行動に移すだろう。
そう考えると私はディアーチェが行動を起こす前に覚悟を決めて己が気持ちを伝えなければならない。ショウが初恋の相手であり、また自分から告白しなければならないとなると2か月半という猶予は長いようで短く思える。
それに普段同じ職場に居ることが多いだけに私の言動に変化があれば怪しまれる。それがきっかけで亀裂が生まれてしまうかもしれないと思うと非常に不安だ。
「まあ……その不安を乗り越えて今日という日を迎えたわけですが」
冷静に振り返ってみてもショウから怪しまれた様子はない。今日まで私は自分の気持ちを悟られることなく、またこれまでの自分を演じきれた。ショウを呼び出しもすでに終えている。ならば……残るは自分の気持ちを伝えるだけです。
「……それが最大の難関ですけど」
落ち着きなさい、落ち着くのですシュテル。あなたは常に冷静沈着で自分を制御出来る女のはず。これまで冗談とはいえ何度か好きに近い言葉は口にしてきたではありませんか。ただ今回もそうすれば良いだけです。別に緊張する必要はありません。
そんな風に自分に語りかけるが、これまでのように言ってしまうと本気なのだと思われないかもしれない。また今回の告白が理由で今後の関係が壊れてしまうかと思うと、一向に緊張が解ける様子はない。むしろ刻一刻とより強くなっている。
「ですが……私は逃げません」
私の王に……大切な友達に勇気をもらったのですから。
そう思った直後、不意に頬にこれまでとは別の冷たさを感じた。視線を空へ上げると白い結晶が次々と降ってきている。手の平で受け止めると、それはすぐに溶けてなくなり水へと変わった。
……まるでこれからの私みたいですね。
覚悟は決めたもののショウが私のことを異性として見てくれているのか。好意を持っていてくれるかは正直分からない。一緒に仕事をしてきたので嫌われてはいないとは思うが、友人へ向ける行為と異性へ向ける行為は別物だろう。
私もこの雪達のように玉砕して別のものに変わってしまうのでしょうか……まあそれはそれで仕方がないことなのかもしれません。形あるものはいつかは崩れると言いますし、何かを得るためには何かを失うのが世の常。ならば……
「私の人生において最初の最終決戦……全力で臨むまで」
「シュテル……お前はこんな夜中に何と戦う気でいるんだ?」
思いがけないタイミングで心に描いた相手の声が背後から聞こえたことで私は体を震わせる。
こちらが周囲に気を張ってなかったこともありますが、もう少し気配を出して近づいてほしいものです。昔ならばまだしも今では私以上に卓越している部分もあるのですから。
と冷静な自分は思っていますが、焦りに満ちた私が居るのも現実。急な展開に付いていけるほど今の私には余裕がありません。
「べ、別に何でもありません。ただ今後の意気込みを口にしていただけで!?」
「いやいや、どう考えても何かあるだろ」
どこか呆れた顔を浮かべたショウはこちらに近づいてくると、すっと右手を伸ばしてきた。それは私の前髪を優しく上げるとそっとおでこに触れる。
私の知る限り彼は末端の冷え性だった気がしますが、今は心地の良い温度ですね。ポケットにカイロでも入れているのでしょうか? はたまた私の体温が低くなっているだけなのか……って、そんな場合ではありません!?
「な、何をするのですか!?」
「何って……お前が馬鹿みたいに慌てるから熱でもあるのかと。触った感じ熱はなさそうだが」
と、当然です。慌てているのは体調が悪いからなのではなく……あなたが傍にいるから。まったく、人の気も知らずにおでこに触れないでほしいものです。
そもそもの話になりますが、あなたは私が自分から触れるのは問題なくても人から触れられるのが苦手な方だと知っているでしょう。特に今のように不意打ちでされるのが最も良くありません。想い人という追加要素もあって非常に効果抜群なのですから。
「あのなシュテル、お前とも長い付き合いになるからある程度のことは目を見れば分かる。けどな、だからって全部理解できるわけじゃないんだ。言いたいことがあるならちゃんと口で言え」
あなたの言っていることは至極最もではありますが、言いたくても言えないことは意外とあるものなのですよ。
大体……全部理解していたのだとしたら、私はあなたを滅殺してます。私の想いに気づきながら気づかないフリをしているということなのですから。まあ気づいていないでしょうからルシフェリオンの出番はありませんけど。
「なら言わせてもらいますが……いいですかショウ、いくら近しい相手だからといって気軽に女性に触れるものではありません。親しき中にも礼儀ありという言葉があるでしょう」
「シュテル……お前の言うことは最もだとは思うが、俺としてはお前にだけは言われたくないんだが」
「それはそれ、これはこれです」
女性から男性に触れたりする場合、基本的に男性側にデメリットは皆無。むしろメリットが多いと言えるはずです。
しかし、逆の場合はそうとは限りません。好きな相手からなら良いですが……いえ、それはそれでドキッとしてしまうのである意味良くありませんね。
「はぁ……どこかおかしいと思ったが、お前は今日もお前みたいだな」
「何を当たり前のことを言っているのですか。私が私以外になれるわけがないでしょう……まさか、あなたは私になのはを重ねているのですか」
「ありえないことを言うな。お前となのはじゃキャラが違い過ぎる。出会った頃ならまだしも、今重ねて見たり間違うことなんてあるわけないだろ。というか、なのはとは少し前まで同じ部隊に居たんだぞ」
確かにそうですね。なのはやフェイト、そしてはやて……加えてその守護騎士達とキャッキャウフフしていましたものね。さぞあんなことやこんなことがあったんでしょう。
フェイトに関しては昔からショウに対して矢印が伸びていましたし、はやてもなんだかんだで好意を持っている感じでした。なのはも同じ部隊になって一緒に居る時間が増えたからなのか、戦場を共に翔けたことで絆が深まったのか、ここ最近は妙に色気づいていました。
あなたが魅力的なのは認めますがもう少し相手を絞ったらどうなんですか。私はあなたをそんな男に育てた覚えはありませんよ。
「だから言葉にしろって言ってるだろ。機嫌が良くないのは目を見れば分かるが、何でそこまで機嫌が良くないのかは……いや、やめておこう。寒空の下でこんな話ばかりしてても体を冷やすだけだ。シュテル、今日は何の用で呼び出したんだ?」
私達らしい楽しい会話をしているというのに本題に入るとはいけずな人です。確かに寒さは感じますが、私は緊張のせいでぽかぽかしているというのに。まあ一応心配してくれている気もしますので今回はあちらに華を持たせてあげることにしましょう。
「やれやれ……毎年のように今日は顔を合わせているはずなのに分からないのですか?」
「毎年? ……あぁ、チョコか。普段はあれなのにお前ってそういうとこ律儀というか真面目だよな」
普段はあれ……私の振る舞いも悪いのは認めますがこの人に言われるのは何だか癪です。そっちだって普段からそんな言い回ししかしないのですから。過度な緊張から解放されたので感謝しないでもないですけど。
「そういう言い方をされると渡す気がなくなるのですが?」
「それならそれで俺は一向に構わないが?」
……そうですよね、あなたはそういう人ですよね。
これまでならば本当に必要ないんですか、などとあっさりと返答できていただろう。しかし、今年に関しては今まで胸の内に秘め続けていた想いを伝えるために作ったチョコ。渡さなければ今日という日にショウを呼び出した意味がない。
「まったく……今までに何度も言われてきたとは思いますが、あなたのそういう発言は意外と人を傷つけているのですよ。無論、私だって例外ではありません……し、市販のものではないのですよ」
おお落ち着きなさい、落ち着くのです。別にまだ告白をしたわけではありません。
ある意味告白に取られてもおかしくない発言をしていますが、これまでにその手の言葉は口にしてきました。まだ告白と取れることはないはずです。それはそれで面倒というか緊張する時間が延びるので嫌なのですが……まあ悪いのはこれまでの私でしょう。
「だ……誰のために作ったと思っているのですか」
や、やばいです。これは非常に不味いですよ。
このまま告白みたいな流れになっているだけに私の緊張がピークに達しようとしています。想い人にここ告白することがこれほどまでに大変なことだとは……予想はしていましたが、これは予想を遥かに超えています。
「シュテル?」
「――っ!?」
私の様子がおかしくなったことを心配したショウが近づいたことで、私は思わず後ろに下がってしまう。ただ運悪く、寒さによって地面が凍っていたらしく足を取られてしまった私はバランスを崩して転倒。チョコは守りきることが出来ましたが、衝撃で付けていたコンタクトが落ちてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「は、はい……すみません」
差し出された手を取った瞬間……彼に触れるのと同時に私の中でこれまでの思い出がフラッシュバックする。
嬉しかったことに楽しかったこと、怒りを覚えたことや悲しく思ったこと……どれも私の想いを作り上げたかけがえのないピース。告白すればこれが粉々に壊れてしまうかもしれない。
だけど、告白しなくても遠くない未来に私以外の人間がショウに気持ちを伝える。昔と違って彼は人と深く繋がることに怯えたりしていない。ならば誰かの手を取るだろう。もしそうなった時、今ここで想いを伝えなければ私は偽りの笑みと賛辞を送って後悔と妬みをいつまでも抱き続けるかもしれない。
そう思った私は……気が付けばショウの手を握り締めて立ち上がると、その勢いのまま彼の胸へと飛び込んで両手を背中に回して抱き締めた。
「お、おい……シュテル? もう……子供じゃないんだから悪ふざけならさっさとやめろ」
「悪ふざけではありません」
私はきっぱりと言い切り、さらにショウに密着する。
ディアーチェやレヴィ達には負けてしまいますが、別に私は貧乳というわけではありません。私やなのはの周りに居る人物が成長が良すぎるだけで、私達だってそれなりにあるのです。その証拠にショウだって困惑しながらも顔を赤らめていますし。
「わ、私は……あなたのことが好きです」
言い終わるのと同時に一気に体中が熱くなる。それとほぼ同時に私に何を言われたのか理解したショウの体が震えた。私は胸の内に芽生え始めた恐怖を搔き消すように彼にしがみつくとそのまま想いの丈を伝える。
「初めて顔を合わせたから今まで色々なことがありました。最初はテストマスターとデバイスマイスターとして一緒に仕事をして……レーネの発案で一緒に暮らして。はやてを助けるためにあなたが必死になる姿を見て……傷つきながらも懸命に前へと進むあなたを姿を見ていると私の感情が停滞することはありませんでした」
もしもショウに会うことがなかったなら私はそれなりに楽しい時間を過ごしていたでしょうが、きっと今ほど交流関係は広くはなかったでしょうし、感情の起伏も乏しかったでしょう。
「事件が終わりを迎えて……ショウ達が学生生活を送るようになってからはふとしたことで感情が揺らぐようになっていました」
気が付いた時にはショウのことを目で追うようになっていた。ショウが他の異性と話していると嫉妬している自分が居た。それが溜まりに溜まって抑えきれなくなったから私は……あの日、ショウを深夜に呼び出してチョコを渡したんだろう。
「あなたがデバイスマイスターの資格を取って一緒に働くようになってからは毎日楽しかったです。意見を出し合ってより良いものを作っていく。そんな日がずっと続けばいいと願いました……けれど、あなたは魔導師としての道も捨てなかった。正直に言えば、あなたが六課に出向すると聞いたときは悲しかったんですよ」
すぐに話すことができなくなるから。……いえ、それもあるでしょうが最大の理由は別にあります。
「もしもあなたが怪我をしたらと思うと……怖くて怖くて仕方がありませんでした。最終決戦に臨む時も本当は止めたい気持ちがありました。一緒に戦場に赴きたいと思いました。ですが……あなたはそんなことで止める人ではありませんし、ブランクのある私が戦場に赴いても場合によっては邪魔になるだけ」
だからこそ……ショウからファラ達の強化パーツを用意してほしいと頼まれた時、私は持ちゆる技術を全て使ってあれを作った。結果的に言えば、その甲斐もあって彼は最後まで戦い抜くことが出来ました。
「けれど……あなたが決戦後に入院した時は自分の判断を後悔しました。たとえブランクがあったとしても、戦場に出ていればあなたの負担を減らすことはできたんじゃないか、と。……まあ、今から言っても仕方がない事なんですけどね」
でも……そんな風に思うのと同時に、他の誰よりもショウにいなくなってほしくない。そう思いました。多分あの日が私が私の想いから目を背けることが出来なくなった日なのでしょう。だからディアーチェに気づかれてしまって喝を入れられてしまった。
とはいえ、それは感謝すべきことなのですがね。……思いっきり叩かれたことに関しては今にして思うと思うところがないわけじゃないですが。
自分の気持ちを吐き出すことで冷静さを取り戻した私は、ショウから静かに離れる。
すると視界の中に白い何かが映った。コンタクトレンズが外れてしまっているのでぼやけているが、状況からして考えるものはひとつしかない。
天から舞い散る雪が増えていく様は、私にはこの最終決戦の幕引きを伝えているように思えた。
「あれこれと言ってしまいましたが、私が伝えたいことはただひとつ。私があなたのことを想っているということです……私の想い、受け取ってくれますか?」
両手でしっかりとチョコを持ってショウへと差し出す。はにかみながら出すことが出来たのは、全てを吐き出したことですっきりしているからなのかもしれません。たとえ受け取ってくれなかったとしても私は立ち直ることが出来るでしょう……少しの間は泣いてしまったりするかもしれませんが。私だって女の子なんですから。
「冗談じゃ……ないんだよな?」
「はい」
「俺なんかで良いのか?」
「あなたが良いんです」
交わる視線。
私の瞳に映る漆黒の瞳には、戸惑いや緊張といった色が見える。でもそれは当然のことだ。もしも立場が逆だったなら私だって似たような感情を抱くことだろう。
永遠にも等しいわずかな静寂の後――私の手からチョコが消えた。ショウの手の中に移ったからだ。それはつまり私の想いを彼が受け入れたことを意味する。
「……今日のお前はやっぱり変だ」
「そうですね。雪が降っているのに体も心もポカポカしてます……それだけ私の中にあるあなたへの想いが激しく燃えているのでしょうね」
「バカ、あんまり燃やすな……燃え尽きられでもしたらこっちが困る」
「バカと言った方がバカなのですよ。そんなことを言うなら……あなたが静めてください」
そう言って私は目を瞑る。
すると……そっと頬に手を添えられ、次の瞬間にはショウの唇が私の唇に重なっていた。寒空の下に居たせいか、それは冷たい口づけ。けれど、とても心地良く感じられ……私の想いという名の炎はさらに激しさを増す。きっとこれからもそれは増して行くのだろう。
何故なら……これからは公私ともに私はショウのパートナーなのだから。
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