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提督はBarにいる。

作者:ごません
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ちょっとだけ、提督の昔話②


「う~ん、darlingと元帥閣下の出会いはわかりまシタ。けど、何でdarlingはテートクになったんデス?」

 金剛の話は尤もだ。実の所俺は整体師の仕事を気に入ってはいたし、生涯この仕事で喰っていく腹積もりだった。

「だぁから言ったろ?このジィさんに騙されたて拉致られたの。」

「人聞きの悪いことを言うでないわっ!アレはお前も納得の上での勝負じゃったろうが!」

 ぎゃあぎゃあと怒鳴り合う俺とジィさん。その隣で可笑しそうに笑う三笠教官。ちょうどその現場に居合わせた、言わば立会人だ。

「ンー?三笠お姉さまは知ってるデスか?」

「あぁ、知っているとも。私はその勝負、一部始終を見ていたからね。」

 そう言って三笠教官が金剛に語り出していた。

 あれは……そう、二人が出会って一月と経っていない頃だ。

ー昼休み・施術室ー

「ハイどーぞ。」

 元帥のノックに気のない返事。ぶっきらぼうな男だと受け止めてしまうかも知れんが、一度付き合い始めると誰にでも分け隔てなく接しているだけだと解ってくる。ましてやここでは向こうが『先生』であり、こちらは『患者』。客商売としては間違っているかも知れんが、この室内では彼の方が上手(うわて)だ。

「よぅ、忙しく……は無いようじゃな。」

「ま~た来たのかジィさん。よっぽど暇なんだな。」

「私も邪魔するぞ。」

「あらま、『教官』さんまでお揃いで。随分暇人だらけなんだなぁ海軍の本拠地っつっても。」

「馬鹿な事を言うでないわ。今の今まで仕事じゃったわ。それでな?まだ昼飯を食っておらん。何か作ってくれんか?」

「あ~!?食堂あるだろうがよ!そっちで食えよ!」

「別にエエじゃろ?どうせ食べた後にここで将棋指しに来るんじゃ。ここで食べた方が手間が少ないわい。」

「俺の買ってきてる材料費がタダじゃねぇんだがなぁ……」

 この男がここに就職する際に唯一付けた注文がコレらしい。『施術室の隣にキッチンを付ける』……仕事関連の注文ではないので妙だとは思ったが、疑問はすぐに解けた。この男は料理が上手い。それこそプロと遜色ない程に。私も何度か付き合いでこの男の料理を食べたが、同じレベルで作れるか?と聞かれると自信がない。私も元帥と結婚しているからな、妻として食事の用意をしてはいたが、ショックだったよ。

「仕方ねぇなぁ……。」

 男はのっそりと立ち上がると、キッチンの方に歩いていった。私は元帥と顔を見合わせて笑ってしまったよ。なんだかんだと文句はつくが、この男は面倒見がいいのだ。




 何を作っているのか気になって、キッチンの方を覗く。お湯を沸かしながら電子レンジでアジの開きを2匹温めている。

「観察していてもいいか?」

「いいっスよ?大した物じゃねぇし。」

 許可が下りたので近寄って観察する。お湯に顆粒の鰹だしを入れて溶かしている。結構濃い目の出汁を使うようだ。

「ホントは花鰹で出汁取った方が美味いんだけどね、今日は手抜き。」

 苦笑いしながら男がそう言った。出来た鰹だしをボウルに移し、冷蔵庫に入れて冷やす。冷製の料理を作るのか。確かに今日は汗ばむような陽気だから丁度よいかもしれんな。

 そう思っていたら今度は電子レンジで温めていたアジの開きを取り出して、骨を除きながら解している。

「俺の朝飯のおかずだったんスけどね、客が来て食いそびれちゃって。」 

 料理の腕も去ることながら、整体師としての腕前も中々だ。私も定期的に施術を受けているが、持病だった腰痛は大分マシになっている。アジをほぐし終わったら、今度は胡瓜と茄子を取り出した。胡瓜は縞模様になるように皮を剥き、薄くスライス。茄子も同じように半月にスライスして、両方を塩を軽くまぶして混ぜて置いておくようだ。

 今度は茗荷と青じそが出てきた。茗荷はみじん切り、青じそは千切りにされていく。

「もしかして蕎麦か素麺か?」

「残念ながら違うんだなぁ~。ま、見ててくださいよ。」

 男はニヤリと笑うと薬味を器に盛り、今度はミキサーを取り出した。

 ミキサーの中にほぐしたアジ、炒りごま、味噌、冷やしていた鰹だしをお玉で1杯入れるとミキサーにかけて細かくしていく。

 ペースト状になった所で別のボウルに移し、鰹だしを少しずつ加えて伸ばしていく。

「本場だと擂り鉢でやるらしいんスけどね。めんどくさいんで。」

 つまりこれはどこかの郷土料理、という事か。本当にこの男の料理のレパートリーは幅が広い。

 先程塩揉みしておいた胡瓜と茄子から水が出ている。男はこれを搾って味噌だれに加えて混ぜ、味見。

「う~ん、塩気が薄いかな?」

 そう言いながら塩を入れて調整している。冷蔵庫に入れて冷やしてから食べるらしいのだが、今日は時間が無いので更に氷を加えてタレ自体を冷やしていく。

「『教官』さん、炊飯器から飯盛ってもらっていいすか?そこにある丼に。」

「あぁ、わかった。」

 炊飯器を開けると中身は麦飯。普段から麦飯を食べているのだろうか?

「白飯ばかりじゃ飽きるんでね、たまには雑穀米やら麦飯やら炊くんですよ。」

 成る程な。私は丼に麦飯をよそい、施術室の方へ持っていく。

「はいお待ちどぉ、『冷や汁』だよ。飯にタレをかけて薬味載っけて、かき混ぜて食べるんだ。」

 薬味は先程刻んでいた茗荷と青じそ、それにおろししょうがと白炒りごまだ。好きなだけ乗せてかき混ぜてズルズルとかっこむように食べる。

 麦飯と焼いたアジの身の香ばしさ、アジと味噌の旨味と塩気、薬味の辛味が上手く調和している。掻き込むような食べ方ははしたないと思いつつ、あまりの美味しさにガツガツと食べてしまった。元帥など、3杯もおかわりして食べていたよ。

「全く……よく食うジィさんだぜ。」

 と、苦笑いしていたっけな。



「ぷぁ~っ、食った食った。」

 男は満足いった、とでも言うように腹を摩っている。

「いやぁ、実に旨かった。お前さん、主計科に転職するつもりはないかのぅ?」

「え、ヤだよ。俺はこの仕事が気に入ってんの。他の仕事なんてさらさらやる気はねぇよ。」

 そう言いながら男は茶を差し出してくれた。本当は提督になるように説得しに来たのだが、探りを入れてはみたものの男の意志は頑なだ。

「そうか……残念じゃのぅ。ならばどうじゃ、腹ごなしに1局。」

「また将棋か。好きだねぇジィさんも。」

 元帥は立場を隠してここには「将棋好きの好好爺」としてやって来ていた。

「そうじゃ、この勝負で勝った方が負けた方に何でも1つ言う事を聞かせる、というのはどうじゃ?拒否権はなし。」

「良いねぇ、その勝負乗った!」

 こうして、彼の運命を決める事になった将棋勝負が始まったワケだ。 
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