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真田十勇士

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巻ノ六十九 前田慶次その十

「全くあ奴は」
「相変わらずだと」
「仕方のない奴だ」
 苦いが親しみを思い出す顔での言葉だった。
「ああして傾いてばかりで」
「ご自身のことを大不便者と言われ」
「欲もなくじゃな」
「傾いておられました」
「大名にもじゃな」
「興味がおありでないと」
「そうであろう」 
 わかっているといった返事だった。
「そうした奴じゃ」
「確か禄は」
「親族じゃ」
 義理であるがというのだ。
「出しておるが」
「それもですか」
「万石出すといってもな」
「断られたのですな」
「そうじゃ、大名なぞ堅苦しいだけとな」
「やはりそう言われましたか」
「それでじゃ」
 前田にもこう言ってというのだ。
「八千石と言ってもな」
「それもですか」
「出奔したと笑ってな」
「ですが前田殿は」
「認めておらぬ」 
 慶次のそれをというのだ。
「あ奴が勝手に言っておるだけじゃ」
「やはりそうですか」
「それで三千石でな」
「ようやくですか」
「納得しおった、それでその三千石で傾いておるわ」
 都においてというのだ。
「困った奴じゃ」
「そうですか、ですが」
「うむ、ああした奴がいてもじゃ」
 ここでさらに親しみを出して言った前田だった。
「よい」
「左様ですか」
「ああして何処までも傾く者がいてもな」
「いいですな」
「傾きたくば傾け」
 前田は言った。
「あ奴に言った言葉じゃ」
「何処までもですか」
「あ奴は傾く道を選んだからな」
「それだけに」
「そう言ってやった」
 他ならぬ慶次本人にというのだ。
「そしてあ奴も笑って応えた」
「そうでしたか」
「あ奴らしいな」
「はい、確かに」
「それも道じゃ」
 こう言うのだった。
「だからよいとした」
「左様ですか」
「うむ、そして話は変わるが」
「と、いいますと」
「御主の義父のことじゃが」
 大谷のことを言うのだった。
「残念じゃな」
「はい、実に」
「まだ若いというのに」
 一転してだ、前田は苦い顔になって述べた。
「しかもあれだけの者が」
「業病になられるとは」
「刑部と治部でじゃ」
 この二人でというのだ。 
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