提督はBarにいる。
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提督の採用テスト・問2
早霜の酒の知識、そして舌のセンスの良さは判った。お次はその技術を見せてもらおうか。
「ここはBarだからな。ただ酒をロックや水割りなんかで出すだけじゃ商売にならない。ウィスキーベースのカクテルでも作ってみせて貰おうかな。」
ウィスキーベースのカクテル、と簡単に言ってもベースのウィスキーの種類の味の違いで違う味わいのカクテルになる。そのチョイスを確りとできるのか?そしてカクテル作りに必要な技術が備わっているか?チェックするとしたらその辺りか。
「ベースのウィスキーはどれを?」
「任せる。好きな物を使って……そうさな、10種類ほど作って貰おうか。」
早霜はまた顎に手を当て、少し眉をひそめて悩んでいるような熟考モードに入った。
「解りました、では。」
そう言って早霜は早速支度に取り掛かった。俺はキッチンから席側に回り、椅子に座って早霜の手際を観察する。チョイスしたのはアイリッシュ・ウィスキーか。最古のウィスキーとも呼ばれる物だな。イギリス・アイルランドの有名なウィスキーと言えばスコッチが有名だろうが、アイリッシュは製法が全くの別物だ。
原料は大麦を主体に小麦やライ麦、糖化させる為に大麦麦芽。スコッチは主原料の違う2種類のウィスキーをブレンドして作るブレンデッド・ウィスキーがあるが、アイリッシュは初めから複数の原料をミックスし、糖化・発酵・蒸留を行うのが大きな特徴。その為、別名「シングル・ブレンデッド・ウィスキー」等とも呼ばれたりする。複数の原料による複雑な旨味が特徴だ。
早霜はそれを氷の入ったコリンズ・グラスに60ml。そこにソーダ水を適量。俺は濃い目が好きだからな、少し少な目にしてもらった。仕上げにレモンピールを絞ってグラス内に垂らし、絞ったレモンをとぷん、と沈めて軽くステア。
「どうぞ。『アイリッシュ・クーラー』です。」
ゴクリ、と喉を鳴らして一口。炭酸のシュワシュワ感がアイリッシュの味を引き立てつつ、レモンの爽やかさが纏める。ステアもあくまで優しく、且つ混ざっていないという事はない。絶妙だ。
「よし、次。」
褒める、という事はしない。あくまでテストだからな、厳しくいくぞ。しかし美味かったのが顔に出ていたんだろう、早霜は嬉しそうに微笑んで『はい♪』と小さく応じた。
お、次もアイリッシュを使うのか。ボールアイスを入れたオールド・ファッションド・グラスに、アイリッシュとドライベルモットを30mlずつ。香り付けにアブサンとアロマチック・ビターズを2dashずつ入れ、軽くステア。
「お待たせしました、『アイリッシュ・ブラックソーン』です。」
ベルモットは白ワインをベースにニガヨモギを主とした薬草やハーブで香りを付けたフレーバードワインだ。さらにアブサンとビターズで爽やかな苦味と多種類のハーブの香りをプラス。
「早霜。」
「何でしょう?」
「この一杯に合わせるとしたら、どんなツマミ出す?」
ウチみたいなBarならよくある事だ。『この酒に合うツマミを』。客の無茶ぶりとも言えるこの状況で、早霜は果たして何を選ぶのか。
「そうですね、ハーブの香りを引き立てる白身魚……ヒラメや鯛のお刺身やマリネ、少しボリュームをお望みでしたらフィッシュ&チップス等も如何でしょう。」
「お、いいなそれ。冷蔵庫の中に作り置きのマリネがあるからそれを出してくれ。」
「かしこまりました。」
早霜はタッパーに入ったマリネを、手早く皿に盛り付ける。うむ、中々いい手付き。普段から姉の夕雲などの料理の手伝いをしてるんだろうな。
手前味噌ながら美味いなコレ。いつも作る時には味見するが、そん時ゃ傍らに酒がないからなぁ。酒と合うように作ってるから合うこと合うこと。自作のマリネを自画自賛しながらつつき、次の一杯を待つ。さて、お次は~?……お、今度はシェイカーの準備してるな。氷を入れて……そこにスコッチか。
「このカクテルは、クセが強くない方が美味しく仕上がるので。」
何この娘、読心術でも心得てんの?たしかにスコッチは他のウィスキーに比べてクセが少ない。ウィスキーの独特な部分を際立たせたくない時にはうってつけだ。そこにドライ・シェリーか。量はどちらも20mlずつ。更にレモンジュースを10mlに、グレナデン・シロップを10mlか。このグレナデンシロップ、地域によって素材が違う。日本やフランスではザクロを使った物が主流だが、英語圏では複数のベリーを使って作ったどちらも赤が色鮮やかなシロップだ。
それら全てが入った後、シェイカーの蓋を閉じて脇を締め、リズムよくシェイカーを振るう。その姿も中々様になっていて、本人のミステリアスな雰囲気も相俟ってか、格好良くさえ見えてくる。しばらくシェイカーを振っていた早霜の手が止まる。カクテルグラスを取り出し、シェイカーの中身を注ぐ。ぐれないシロップの赤とスコッチの琥珀色が混じりあって紅が鮮やかな一杯に仕上がっている。
「『アーティスツ・スペシャル』です。提督もあまり召し上がった事が無いのでは、と思い作ってみました。」
確かに、初めて見る一杯だ。未知の味に出会うってのは、恐くもあるがそれ以上に期待に胸が膨らむ。
「んじゃ早速……」
グラスを傾け、口の中に含む。瞬間、感じたのは鼻に抜ける若草のような爽やかな香り。
ドライシェリーの香りはその爽やかさゆえ、時として若草の香りに例えられる。しかし通常のワインよりもアルコール度数が高く、人によっては飲み辛く感じる。ゆっくりと、舌の上で転がして味を確かめる。……成る程、グレナデンシロップの甘味とレモンジュースの酸味で甘酸っぱさを演出し、キツいはずのシェリーを飲みやすくしてるのか。そしてその3つの土台のように、スコッチの旨味が全体を纏めあげる。ウィスキーベースのはずなのに、決して自分が目立とうとせず、縁の下の力持ちのように全体を支えてバランスを保つ。こういう一杯もあるのか。
「如何でしょう?」
「いや、美味いよ。勉強になった。」
俺が率直な感想を述べると、早霜は照れ臭そうに頬を赤く染めていた。
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