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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百二十話 内乱終結後(その4)

帝国暦 488年  6月 5日  オーディン  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン


ドアを開け部屋に入った。中にいる十人程の人間が俺を見る。驚く人間もいれば笑顔で俺を見ている人間もいる。驚いている人間は俺の事を知っているのだろう、見覚えがある。笑顔を見せている人間は俺を単純に新しい客だと思ったに違いない。此処一、二年で雇ったのだろう。今日の俺は私服姿だ、軍の高官には見えない。

「エーリッヒ、エーリッヒじゃないか」
「久しぶりだね、小父さん」
嬉しそうにハインツ・ゲラーが近寄ってきた。両手を広げ、俺を抱き寄せる。俺は黙って彼に抱き寄せられるままになった。

誰かが知らせたのだろう、エリザベートが奥から出てきた。嬉しそうな表情をしている。
「エーリッヒ!」
俺の名を呼ぶとハインツと同じように両手を広げ俺を抱き寄せた。俺をこうして抱き寄せてくれる人間はもう何人も居ない。

「どうしたんだ、今日は休みなのか? 忙しいんだろう?」
「今日は休みなんだ」
「そうか……。だが良いのか、こんなところに一人で」
「一人じゃない、外には護衛が付いてる。一人で歩く自由なんて無いよ」
「そうか……」
ハインツとエリザベートが微かに表情を曇らせた。偉くなるのも考え物だ。

ゲラー夫妻が俺を応接室へ誘った。事務所の女性職員がお茶を持ってきた。俺にはココアだ、エリザベートが頼んだのかもしれない。
「随分と久しぶりだな、エーリッヒ」
「本当よ、寂しかったわ」
「御免、迷惑をかけたくなかったんだ」
「分かっているよ、エーリッヒ」

俺の言葉にハインツは頷いた。俺は士官学校を卒業して以来、時折此処に来ていた。しかし或る時を境に此処に来る事を避けた。帝国暦486年4月、皇帝不予。あの件で俺は帝都オーディンを制圧した。あれ以来俺と貴族達の間では反目が生じた。あれから二年間、俺はこの法律事務所を訪ねていないしゲラー夫妻と連絡も取っていない。

「大丈夫だった? 貴族達から嫌がらせとか受けなかった?」
「大丈夫だ、全く無かったわけじゃないが大した事は無かったよ。腕の良い弁護士を敵に回すのは得策じゃないからな。それに一年前にはお前が宇宙艦隊副司令長官になった」
微かに微笑みながらハインツが言う。エリザベートも微笑んでいる。どうやら本当に大した事は無かったらしい。一安心だ。

「仕事は大丈夫なの、貴族達が没落したけど」
「大丈夫だよ、エーリッヒ。私達は元々平民を相手にしてきたんだ。門閥貴族でも相手にするのは開明的な人々だけだった。今回の内乱でも殆ど影響は受けていない」

そうでもないだろう。貴族は今後税を払う事になるのだ。これまでのように気前良く金を払ってはくれない。
「心配は要らないわ、エーリッヒ。これからは平民達の権利が大きくなるんでしょう」
「ああ、そうだね」
「これからのほうが私達は忙しくなると思っているの」

エリザベートは穏やかな表情をしている。嘘ではないようだ。安心していいのだろう。ハインツが俺に話しかけてきた。
「エーリッヒ、内務省は縮小されるそうだね」
「それだけじゃないよ。色々と新しい省が創られる事になる」

内務省は縮小される。元々あんな馬鹿でかい権限を持った省が有る事がおかしかった。内務省が持っていた権限は財務、司法、軍事を除いた行政全てと言って良い。他には科学、学芸、宮内、典礼等が有るだけだ。いかに内務省が巨大であったかが分かる。おそらくルドルフは権限を集中する事で効率化を図ったのだろうが、今では弊害の方が多い。

内務省の権限は縮小される。そして新しく保安、自治、運輸、工部、民生の五つの省が生まれる。警察行政は保安省に管轄させる。但し社会秩序維持局は廃止だ、そして帝国広域捜査局を新しく作る。帝国版FBIだ。恒星間にまたがった犯罪を担当し、テロ・スパイなど帝国の安全保障に係る公安事件を担当する。所属は司法省だ。

地方行財政、災害対策は自治省。恒星間の輸送、通信、民間用宇宙船の生産、輸送基地の建設は運輸省だ。そして都市・鉱工業プラントの建設、惑星開発、資源開発、開発基地の建設は工部省になる。民生省は社会福祉、社会保障、労働問題を管轄する。

原作では運輸、自治省の管轄領域は工部省に含まれていた。効率化を図ったのだろう。いずれは縮小するとラインハルトは考えていたが、官僚は自分の縄張りを簡単に手放したりはしない。ラインハルト死後の原作では大騒ぎになっただろう。

まして運輸、自治の管轄領域は利権を生みそうだ。今からバラバラにしておいたほうが良い。そうじゃないと内務省が工部省に変わっただけなんて事になりかねない。それでは意味がない。それに運輸、自治は宇宙統一後の事も考えてもらう必要も有る。

内務省に残るのは各行政機関の機構・定員・運営や各行政機関に対する監察、恩給、国勢調査だけだ。普段なら大騒動になるところだが、今回はラインハルトの簒奪に加担したというペナルティがある。文句は言わせない。そして多くの貴族がいなくなった今典礼省も不要だ。その権限は宮内省に統合された。

「お前はずっとこれを考えていたのかい。あの時からずっと」
ハインツが俺に問いかけてきた。表情には辛そうな色が有る。多分俺の両親の事を考えているのだろう。エリザベートも同じような表情をしている。

どう答えればいいのだろう。確かにあの時ラインハルトに協力して門閥貴族を倒す事を考えた。だが自分が主導して門閥貴族達を倒す事を考えたわけではなかった……。
「そうなれば良いと思った。でも自分で出来る事だとは思っていなかった。誰かが先頭に立ってやってくれるだろう、それを手伝おう、そう思っていたんだ。こんな事は予定外だったよ」
「そうか……」

しばらくの間沈黙が続いた。お互い視線を合わせず俺はココアをゲラー夫妻は黙ってコーヒーを飲んでいる。

「ミュッケンベルガー元帥のお嬢さんと婚約したそうだな」
「うん、結婚はまだ先だけどね」
「そうか、軍を辞めて弁護士に戻るのは無理だな」
「何時かは弁護士に成りたいと思っているよ」

俺の言葉にハインツは力なく微笑んだ。その表情に胸が痛んだ。よく見れば髪に白いものがかなり混じっている。確か五十歳を超えていた筈だ。俺は嘘を言ったつもりは無い、弁護士に成るのは俺の夢だ。実現できるかどうかは分からない、しかし夢を捨てるつもりはない。

「これから父さんと母さんの墓に行こうと思うんだ」
俺がそう言うと、ゲラー夫妻は顔を見合わせた。
「そうか、じゃあ一緒に行こう」
「父さんも母さんも喜んでくれると思うよ」
俺がそう言うと二人は嬉しそうに笑った。


帝国暦 488年  6月 14日  オーディン  カール・グスタフ・ケンプ


「すまんな、またしばらく留守にする。息子達を頼む」
「はい」
俺の言葉に妻は短く答えた。さぞかし不満だろう、内乱が起きてから約半年の間家を留守にした。オーディンに戻って二週間、明日から国内の治安維持のため三ヶ月は家を留守にする事になる。

それでも俺はましなほうだ。作戦行動に入るまでに二週間の猶予をもらえた。同僚の中には一週間で作戦行動に入っている人間もいる。俺には不満は無い。今回の内乱鎮圧の功で上級大将に昇進した。息子達は俺の新しい軍服に夢中だ、格好良いと言って俺の軍服姿に喜んでいる。

当初政府内部では今回の武勲は内乱である事、そして反逆者が陛下の女婿である事から勲章のみで済ませようという意見があった。だが皇帝フリードリヒ四世陛下が“予に遠慮は要らぬ、信賞必罰は軍の拠って立つところ、昇進させよ”と仰られた事で俺は上級大将になる事が出来た。俺は運が良い。信頼できる上官と主君に出会う事が出来た。

「父さんはな、これから遠くの宇宙まで悪い奴を退治しに行く。二人とも男の子だ、母さんを守って良い子でいるんだぞ」
「父さん、僕も軍人になって悪い奴を退治する」
「僕も」

息子達が口々に軍人になると言い出した。
「残念だがお前達が大きくなる頃には悪い奴はいなくなっているかもしれん。父さんがやっつけてしまうからな」

俺の言葉に息子達は不満そうに声を上げた。
「これから良い時代になる、焦る必要は無い。自分が何になりたいかゆっくり考えればいいさ」
「ほら、父さんに行ってらっしゃいを言わないの?」

妻に促がされて長男のグスタフ・イザークと次男のカール・フランツが口々に言葉を出した。
「父さん、行ってらっしゃい、早く帰ってきてね」
「父さん、行ってらっしゃい、お土産買ってきてね」
「馬鹿だな、父さんはお仕事に行くんだぞ、お土産買う暇なんて無いんだぞ」

お土産か、思わず笑いが出た。宇宙でお土産、何を買ってくればいいのだろう。兄に叱られ泣き出しそうにしている次男の頭を撫でた。
「お土産はまた今度だ。しかし、そうだな、帰ってきたら久しぶりにお祖母さんの家に行くか」

喜ぶ息子達を見ながら妻が心配そうに問いかけてきた。
「貴方、宜しいんですの、そんな約束をなさって。破ったりしたら責められますよ」
「大丈夫だ、作戦を終了させたら休暇ぐらいはもらえるだろう、昇進は無理だがな」
「そんな事より、どうかご無事で帰っていらしてください。私はそれだけが願いなんですから」

俺は妻に接吻し二人の息子を両腕に抱き上げた。
「安心しろ、今回は戦争じゃない、治安維持が主目的だ。俺が戦死する事などありえんよ。第一、俺が今まで戦場に出て帰ってこなかった事が有るか?」


帝国暦 488年  6月 15日  オーディン  宇宙艦隊司令部 アントン・フェルナー


宇宙艦隊司令部に呼ばれた。呼ばれたのは俺とアンスバッハ准将。呼んだのは当然だがエーリッヒだ。司令部に行くと直ぐ司令長官室に案内され応接室に通された。アンスバッハ准将は司令長官室に入るのは初めてだ。司令長官室の広さと喧騒にびっくりしている。相変わらず美人ぞろいの部屋だ。

応接室に入るとエーリッヒが中で待っていた。エーリッヒは我々を見ると
「こちらへ、適当に座ってください」
と言ってソファーを指差した。

エーリッヒはどういうわけか沈黙している。いささか居心地が悪かった。
「エーリッヒ、いや司令長官と呼ぶべきだな」
「いやエーリッヒで良いよ。これから話す事は非公式の話だからね」

非公式の話? その言葉に俺とアンスバッハ准将は顔を見合わせた。彼の表情には不審、不安が浮かんでいる。意を決したようにアンスバッハ准将がエーリッヒに問いかけた。
「非公式の話とはどういうことです、司令長官?」
「言った通りです。これからある提案をしますが、これは非公式の話です。納得がいかないなら断わっていただいて結構です」

「その事で我々が不利益を被る事は?」
「ありませんよ、アンスバッハ准将。今の時点で席を立っていただいても問題はありません。どうします?」

エーリッヒの問いかけにまた顔を見合わせた。エーリッヒは不服なら席を立てと言っている。しかし俺達は席を立たなかった。エーリッヒはこちらを見ると一つ頷いて話し始めた。

「お二人には軍を離れてもらいます」
軍を離れる?
「知っているかと思いますが、今度新しく帝国広域捜査局が出来ました。所管は司法省、そちらに移って貰います」
「……」

司法省に新しく帝国広域捜査局が出来たのは知っている。何故保安省の管轄ではないのかと不思議に思ったが……。それにしてもエーリッヒは俺と准将に警察官になれと言っているのか?

「帝国広域捜査局は恒星間にまたがる犯罪を担当する組織です。しかし捜査局にはもう一つの顔がある」
「もう一つの顔?」

俺の言葉にエーリッヒは頷いた。
「そう、テロ・スパイなど帝国の安全保障に係る公安事件を担当する組織という顔です」
「……つまり俺と准将にそれをやれと」
「その通りだよ、アントン」

俺はアンスバッハ准将を見た。准将はまだ訝しげな表情を顔に残している。
「元帥、帝国広域捜査局は司法省の管轄です。何故元帥が捜査局の人事に絡んでいるのです?」
確かにその通りだ。どうにも妙な話だ、腑に落ちない。

「確かに帝国広域捜査局は司法省の管轄にあります。しかしテロ・スパイなど帝国の安全保障に係る公安事件に関しては軍の管轄になります。責任者は私です」
「!」

思わずエーリッヒの顔を見た。どういうことだ? 一体。
「閣下、それは司法尚書も了承済みのことなのでしょうか」
「ええ、今回新しく司法尚書になったルーゲ伯爵はこちらの要望を受け入れてくれました。但し期限があります、五年間です」
「五年間ですか、つまり何らかの捜査対象があるのですな」

アンスバッハ准将の問いかけにエーリッヒは頷いた。
「しかしエーリッヒ、良く司法尚書が受け入れたな。そんな事を」
「まあ、あの人は私の父の知人でね。その縁で頼んだら承諾してくれた」

嘘だ、誰だって自分の縄張りに余所者が踏み込んでくる事は歓迎しない。司法省と軍の間の取引じゃない。おそらくは政府での合意事項、少なくとも政府首班であるリヒテンラーデ侯の了承が有った筈だ。

「どうします、受けますかこの話?」
エーリッヒの問いにアンスバッハ准将が反問した。
「一つ教えてください。閣下は憲兵隊を信じてはいないのですか? 彼らは良くやっていると小官は思うのですが」

「ええ良くやっています。その事は疑問の余地は有りません。しかしその事が今問題になっています」
「……問題とは」

「有名になりすぎたことです。彼らの動きには皆が注目している。彼らが動けば相手が警戒して動きを止めてしまう」
「……」

「今回捜査対象となるのは非常に危険で厄介な組織です。私としては相手を出来るだけ油断させたい。だから憲兵隊は使いたくないんです」
「閣下、その組織とは?」

「私が答える前にそちらの回答を教えてください。私の話を受けますか?」
俺はアンスバッハ准将と顔を見合わせた。准将が頷く、俺も頷いた。
「受けます、司法省に行きましょう」

アンスバッハ准将の答えにエーリッヒは頷いた。そして俺達を見ながら捜査対象となる組織の名を口に出した。
「調べて欲しいのは、地球教です」
「地球教?」

思わず問い返した俺にエーリッヒは薄っすらと笑みを浮かべた。
「彼らはただの教団じゃない。私の考えが正しければ、彼らはこの宇宙最大の危険分子だ」
冗談だと思った。何かの間違いだと。しかしエーリッヒの目は少しも笑っていなかった。地球教? 一体どういうことだ? 連中に何の秘密が有る?


 
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