ハイスクールD×D ~赤と紅と緋~
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第1章
旧校舎のディアボロス
第10話 友達、救います!
「さて、どう転ぶか」
昨夜、アーシアと友達になった俺たちは、今後のことを話し合った。
『まず、アーシアには不自由な思いをさせることになるが、非常時以外はこの家から一歩も外に出るな。堕天使たちは、いまも血眼になってアーシアを探しているはずだ』
『それに見つからないようにするためだな』
『ああ。本当は自由にしてやりたいんだが・・・・・・すまないな、アーシア』
『いえ、こうして皆さんとお友達になれただけでも幸せですから』
『全てが終わったら、思いっきり遊ぼうな、アーシア!』
『はい!』
全てが終わったら、遊ぶ約束をしたあと、次はイッセーのことになった。
『さて、次にイッセー、おまえだが。おまえは部長に言われて、明日、学校を休むんだったな?』
『ああ』
『なら、そのまま休め。ケガが治ったことを部長に知られれば、アーシアのことに感づかれるかもしれないからな。でだ。おまえはひとまず、この家でアーシアと一緒にいろ。そして、何かあったら、すぐに俺に知らせろ。そして、逃げろ』
『わかった』
そして、早朝に俺は一足先に登校した。部長に話したいことがあったからだ。
内容は堕天使たちの目的に対する俺の推察だ。もちろん、アーシアを匿っていることは秘密にした。
やはり、部長も堕天使たちのことは探っていたようだ。
部長も堕天使たちの行動は独断専行であると睨んでいるらしい。もう少し情報が得られれば、打って出るみたいだ。
なら、それまでの間、アーシアを守らないとな。
そんなこんながあり、現在は昼休み。俺は松田と元浜の二人と昼飯を食べていた。
いつもなら、ここにイッセーを加えた四人でいることが多い。千秋も合流した五人でいることもある。
「しかし、イッセーの奴が風邪で休みとはな」
「確かに」
イッセーは風邪で休みということになっている。神父にやられた傷が原因とは言えないからな。
「まさか! 実は仮病で、町で女の子とイチャイチャしているんじゃ!?」
「なにぃッ!?」
「・・・・・・やれやれ。なんでそうなるんだよ?」
と言いつつも、アーシアと一緒にいるので、あながち間違いではなかったりする。町ではなく、俺の家でだがな。
「クソッ! おかしすぎる!」
「・・・・・・何がだよ?」
「最近、あいつの周りには美女美少女が多いじゃないか!」
「部長や副部長に搭城のことか?」
「千秋ちゃんや千春さんもだ!」
二人は前からだろ。
「幼い頃からの幼馴染みである二人はともかく!」
「なんであいつが美女美少女揃いのオカルト研究部に入部できたんだよ! いままで、何人の入部希望者が入部できなかったと思ってるんだ!」
しょうがねぇだろ。実際は部長の眷属の集まりなんだからな。
「俺たちと同じモテない同盟の一員だったのに、なぜ、二大お姉さまのリアス・グレモリー先輩と姫島朱乃先輩に学園のマスコットの搭城小猫さんという学園のアイドルがいるオカルト研究部にいるッ!?」
「なぜ、こうも差ができた!? 納得できん!」
・・・・・・俺に言われてもな。
「ただの部員じゃねぇか? 何をそんなにギャーギャーと・・・・・・」
「「あいつの周りに美女美少女がいることが問題なんだよ!」」
「・・・・・・ようは羨ましいだけだろ?」
「「うるせぇぇぇっ!」」
・・・・・・うるさいのはおまえらのほうだ。
これ以上、相手をするのも面倒になってきたので、俺はさっさと昼飯を平らげるのだった。
―○●○―
「きゅ、98・・・・・・! きゅ、99・・・・・・! ひゃ、ひゃぁっ・・・・・・くぅぅ・・・・・・! だはぁぁ!」
俺は腕立て百回を終え、疲れからその場で突っ伏してしまう。
なぜ、こんなことをやっているのかというと、鍛えてほしいと頼んだ明日夏から言い渡された筋トレメニューを実行しているからだ。
明日夏曰く「まずは基本的な体作りからだ。これをやるやらないで、だいぶ違うからな」らしい。
とはいえ、こんな本格的なものは初めてなので、悪魔になった身でも、こなすと同時にこのありさまだ。
「イッセーさん、これをどうぞ」
アーシアがタオルとスポーツドリンクと明日夏お手製のレモンのはちみつ漬けを差し出してくれる。
「ありがとう、アーシア」
受け取ったタオルで汗を拭き、スポーツドリンクを呷ってから、レモンをひとつ口にする。
明日夏がこのような体作りを言い渡したのは、もうひとつ理由がある。
それは、昨夜のアーシアを守るための話し合いをしていた最中だった。
『そうだ、おまえを鍛えるうえで確認したいことがある』
『なんだよ?』
『おまえの神器についてだ。その能力次第で、戦い方が変わってくるからな』
それから、俺の神器にどういう力があるのかを調べることになった。
その結果、わかったことは、俺の神器は『龍の手』って呼ばれるもので、その力は所有者の力を倍にするっていうものだった。
それが判明したとき、明日夏は怪訝そうにしていた。どうやら、堕天使たちが危険視するほど強力なものではなく、ありふれたものらしい。
つまり、俺はカン違いで殺されたことになる──って、なんだよそりゃ!?
とりあえず、神器の力を活かすため、基礎能力を上げる意味でも、この筋トレメニューを行っていた。基礎能力が高ければ、倍になったときの爆発力が大きいからな。
にしても、力を倍にするだけって、アーシアのと比べると、ショボいよなぁ。
おまけに、それを危険なものとカン違いされて殺されたんだもんなぁ。
まぁ、嘆いていても仕方ねぇ!
アーシアを守るために、そして、ハーレム王になるためにも強くならないとな!
「おっしゃ! 休憩はこのくらいにして、再開するか!」
「頑張ってください! イッセーさん!」
「ああ!」
こんなかわいい子から応援もされれば、気合いも入るってんだ!
「あなたみたいな下級悪魔が、いくら頑張ったところで、所詮下級は下級。無駄な努力よ」
そんな俺を嘲笑うかのような第三者の声が耳に入った。
―○●○―
「イッセー兄、どんな感じかな」
「そうだな・・・・・・なんやかんやでこなしてるんじゃないか?」
下校中の俺と千秋は、俺の組んだメニューに取り組んでいるであろうイッセーのことを話していた。
一応、いま現在のイッセーの身体能力を考慮して組んだメニューなのだから、こなそうと思えばこなせるはずだ。
ただ、釘をさしてはおいたが、無茶してオーバーワークに取り組んでなきゃいいんだが。
「一応、どんな調子か聞いてみるか」
俺はケータイを取り出し、イッセーへ電話をかける。一回めのコール音の途中ですぐに繋がった。
「イッセーか? 調子はどう──」
「明日夏ッ! だて──」
ブツッ。ツーツー。
「──っ!?」
繋がったと思った瞬間、イッセーの切羽詰まった声が聞こえ、いきなり切れてしまった!
俺はもう一度かけるが繋がらなかった。
だて? まさか!
「急ぐぞ、千秋! イッセーが危ねぇ!」
俺のただならぬ気配を感じ取ったのか、千秋は険しい表情を浮かべて頷く。
俺たちは大急ぎでイッセーとアーシアのもとまで走るのだった!
―○●○―
ケータイに明日夏からの電話がかかってきて、急いで堕天使が来たことを伝えようとしたけど、その堕天使が投げつけてきた小さな光の槍でケータイを壊されてしまった!
「あの坊やを呼ぼうとしても無駄よ」
「夕麻ちゃん・・・・・・!」
堕天使──天野夕麻ちゃんは言う。
そう、現れた堕天使は、俺の彼女だった天野夕麻ちゃんだった。もっとも、彼女だったのは演技みたいだけどな。
「悪魔に成り下がって無様に生きているっていうのは本当だったのね」
夕麻ちゃんは興味なさげにそう言うと、アーシアのほうを見る。
「まったく、あの坊やのおかげでとんだ時間をくわされたわ。なかなかアーシアが見つからないから、もしかしたらと思って来てみれば・・・・・・ビンゴだったってわけね。アーシア。逃げても無駄なのよ」
「いやです! 人を殺めるところに戻れません! レイナーレさま!」
レイナーレ──アーシアが夕麻ちゃんのことをそう呼んだ。それが夕麻ちゃんの本当の名前か。
「アーシアを渡すか!」
俺はアーシアを守るように前に出る!
「汚ならしい下級悪魔の分際で、気軽に話しかけないでくれるかしら?」
レイナーレは心底、俺を見下したふうに言う。
俺の脳内で夕麻ちゃんとの記憶が呼び覚まされる!
くそッ! あいつは堕天使だ! 俺の知っている夕麻ちゃんはいないんだ!?
夕麻ちゃんの姿がちらつく中、俺は自分にそう言い聞かせる!
「神器ッ!」
俺は神器を出す!
「・・・・・・・・・・・・ぷっ! あはははははッ!」
レイナーレが俺の神器を見た瞬間、盛大に笑い始めた!
「何かと思ったら、ただの『龍の手』! 力を倍にするだけの神器の中でもありふれたものじゃない! 下級悪魔にはお似合いねぇ!」
うるせぇ! 知ってるよ、もう!
「あなたの持つ神器が危険、そう上から連絡があったから、あんなつまらないマネまでしたのに──好きです! 付き合ってください! ──な~んてね♪ あのとき、あなたの鼻の下の伸ばしようったら! アッハハッハハハハハ!」
「うるせぇ! 黙れ!」
レイナーレの言葉にカッとなり、神器を装着した左腕を彼女に向ける!
「そんなものでは、この私に敵いはしないわ! 大人しくアーシアを渡しなさい?」
「いやだ!」
「邪魔をするなら、今度こそ完全に消滅させるわよ?」
「友達くれぇ、守れなくてどうすんだ!」
たぶん、敵わない。明日夏からも、「堕天使と戦うな」、「非常時は逃げろ」って言ってた。でも、こいつが大人しく逃がしてくれるとも思えないし、逃げきれるとも思えない!
さっきの電話で不審に思った明日夏が急いでこっちに向かってきてるはずだ!
なら、明日夏が来るまで、時間を稼ぐくらい!
「動け! 神器!」
『Boost!!』
篭手から音声が発せられた瞬間、俺の体に力が流れ込んでくる!
これが、俺の力が倍になった証だ!
よし、あとは明日夏が来るまで──。
ズブッ!
「──えっ?」
俺の腹から鈍い音が鳴った。
見ると、俺の腹を光の槍が貫いていた。
「ごふっ・・・・・・」
槍が消え、腹に空いた穴から血が吹き出ると同時に、俺は崩れ落ちてしまう。
「きゃあああああっ!? イッセーさん!? イッセーさんっ!?」
「わかった? 一の力が二になったところで、大した違いはないわ」
く・・・・・・くっそぉ・・・・・・。
痛みに苦しんでいたとき、アーシアが腹の傷に癒しの光を当ててきた。
「・・・・・・大丈夫ですか?」
「・・・・・・あ、ああ」
すげぇ・・・・・・! 傷の痛みだけじゃなく、光の痛みも消えていく・・・・・・!
「ウッフフフフフ。アーシア、大人しく私と共に戻りなさい。あなたの『聖母の微笑』は、そいつの神器とは比較にならないほど希少なの」
この言い分、やっぱり明日夏の言う通り、こいつらはアーシアじゃなく、アーシアの力目当てで!
「戻ってくるなら、その悪魔の命だけは取らないでおくわよ?」
「ふざけんな! 誰がおまえなんかに──」
「フゥッ!」
「──っ! アーシア、危ないッ!?」
レイナーレがさっきよりも大きな光の槍を投げつけてきたのを目にした俺は、慌ててアーシアを突き飛ばす!
カッ! ドォォォォォン!
「うわあああああっ!?」
俺の足元に刺さった槍が光り輝き、その光の波動によって、俺は後方に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう!
クソッ!? いままでの槍とは全然比べものにならねぇ!
「いまのはわざと外したの。命中すれば、体はバラバラよ。アーシアの治癒が間に合うかしら?」
レイナーレはアーシアに諭すように言う。
「・・・・・・アーシア、ダメだ・・・・・・! そいつの言葉に耳を貸す──」
ズンッ!
「ぐあああああっ!?」
俺の右腕に光の槍が突き刺された!
「イッセーさん!?」
「あなたもいい加減黙っててくれないかしら? あんまりうるさいと、本当に殺すわよ?」
「わかりました! 私は戻ります! だからもう、イッセーさんを傷つけないでください!?」
「・・・・・・・・・・・・アーシア・・・・・・!? ・・・・・・行くな・・・・・・アーシア・・・・・・!」
ズブッ!
「ごふっ!?」
「イッセーさんっ!?」
また、腹に光の槍が突き刺さされた!
「もう、やめてください!? イッセーさんも、もう喋ってはダメです!?」
アーシアが涙を流しながら悲痛の叫びをあげている顔が見えたけど、途端に視界がぼやけてきた。
ヤバい。目が霞む。意識が・・・・・・。
そんな中、アーシアが俺に駆け寄り、癒しの光を当ててくれた。
「イッセーさん、守ってくれようとしてくれたのに、勝手なことをしてしまって、すみません。明日夏さんと千秋さんにも、ゴメンなさい、と伝えてください」
・・・・・・ダメだ。行くな、アーシア・・・・・・。
「さよなら・・・・・・イッセーさん」
アーシアのその別れの言葉を最後に、俺は意識を失うのだった。
―○●○―
「・・・・・・・・・・・・ッセ・・・・・・ッセー・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・イッ・・・・・・イッセ・・・・・・兄・・・・・・」
なんだ? 誰かに呼ばれてるような?
ていうか、俺、寝ちゃってたのか?
そう思いながら、再び意識を沈めようとしたら──。
「イッセーッ!」
「イッセー兄ッ!」
「──ッ!?」
一際大きな声で呼ばれて、ようやく意識が覚醒する。
そして、すぐにアーシアが堕天使に連れていかれたことを思い出す!
「アーシアッ!?」
すぐにアーシアを助けに行かないと! そう思った俺は慌てて起き上がる!
「落ち着きなさい、イッセー」
慌てる俺にかけられる低い声音。
「部長!?」
声がするほうを見れば、部長がいた。
「なんで部長が──って、ここって、部室?」
周りを見渡してみると、間違いなく、オカルト研究部の部室で、俺は部室のソファーに横になっていたようだ。
「なんで俺、部室にいるんだ?」
「気を失っていたおまえを部長がここに運んだんだ」
「明日夏!?」
俺の近くには、かなり険しい表情をした明日夏と涙を浮かべながら安堵したような様子の千秋がいた。
また、千秋に心配かけちまったみたいだな。
「そうだ、明日夏! アーシアがっ!」
「ああ、知ってる」
「なら、すぐに助けに行かないと!」
「待ちなさい。まずは、色々と説明してもらいたいのだけど?」
部長の声音がさらに低くなる。
明日夏はあまり時間をかけないようにと、アーシアと俺たちのことを部長へ簡潔に説明する。
どうやら、明日夏が駆けつけたときには、気を失った俺しかいなく、そこへ堕天使の気配を察知した部長たちが現れたそうだ。
「そう。あのとき、一人残ったときはもしやと思ったけど・・・・・・ずいぶんと勝手なことをしたものね、明日夏? それに、千秋も。そして、イッセーも」
「うっ・・・・・・」
「「・・・・・・・・・・・・」」
明日夏たちはともかく、部長の眷属の俺まで勝手なことをしたものだからか、見るからに部長が不機嫌だ。
「部長──」
「ダメよ。あのシスターの救出は認められないわ」
アーシアの救出を願いでる前に、部長に俺の願いを却下される。
「アーシアは友達なんです!」
「でも、彼女は元々神側の人間。私たちとは根底から相容れない。堕天使のもとへ降っていたとしても、私たちが敵同士であることに変わりはないわ」
「アーシアは敵じゃないです!」
「だとしても、堕天使側の者よ」
「あいつらは、アーシアのことを──」
「ええ。そのことは、明日夏から聞いたわ。でも、それはあくまであなたたちの推論にすぎないわ。これが彼らの独断専行だという確証がないわ」
「でも──」
パァン!
部室内に乾いた音が鳴り響く。
なおも食い下がる俺の頬を、部長に平手打ちにされたのだ。
「何度言えばわかるの? ダメなものはダメよ。彼女のことは忘れなさい。あなたはグレモリー家の眷属なのよ」
「・・・・・・じゃあ、俺をその眷属から外してください。そうすりゃ、俺一人で・・・・・・!」
「できるはずないでしょう?」
「俺って、チェスの『兵士』なんでしょう? 『兵士』の駒くらい、一個消えたって──」
「お黙りなさいッ!」
「っ!?」
部室に部長の怒声が響く。
「なら、部長。俺と千秋がアーシアを助けに行きます。眷属じゃない俺たちなら──」
「ダメよ。明日夏と千秋も、これ以上勝手なことをすることは許さないわ。知っているでしょう? ここは私の管理する町。そこで問題を起こすのなら、私たちはあなたたち二人を拘束しなきゃいけなくなる。私はそんなことしたくないわ」
俺たちと部長は睨み合う。
クソッ! こうしている間にも、アーシアが!
そこへ、朱乃さんが部長に近寄り、何かを耳打ちする。
「急用ができたわ。私と朱乃は少し外出します」
「部長!? 話はまだ終わっ──」
「イッセー。あなたは『兵士』を一番弱い駒だって思っているわけね?」
「──っ、『プロモーション』のことですか?」
「もう、プロモーションのことは知っているのね。そう、『兵士』には『王』以外の駒に昇格できるわ。ただ、いまのあなたでは、『女王』への昇格は、負荷がかかりすぎるため無理ね。でも、それ以外の駒なら可能よ。それから、あなたの神器だけど」
「『龍の手』っていう、力を倍にする神器です。明日夏から教えてもらいましたし・・・・・・夕麻・・・・・・堕天使も言ってました」
部長は俺に歩み寄ると、先程とは違って、優しく微笑みながら、頬を手で撫でて言う。
「想いなさい。神器は、持ち主の想う力で動くの。その思いが強ければ強いほど、必ずそれに応えてくれるはずよ」
想いの・・・・・・力?
「最後に、プロモーションを使ったとしても、駒ひとつで勝てるほど、堕天使は甘くないわ」
それだけ言うと、部長は朱乃さんを連れて、どこかへと転移していった。
「・・・・・・そのくらい、わかってますよ」
俺はその場で踵を返すと、木場が呼び止めてくる。
「行くのかい?」
「ああ。止めたって無駄だからな」
「待って、イッセー兄!?」
千秋が血相を変えて俺を呼び止める。
「悪いな、千秋。これ以上、おまえや明日夏に迷惑をかけられねぇからな」
そして、そのまま一人でアーシアのもとへ向かおうとしている俺に、木場はなおも語りかけてくる。
「殺されるよ?」
「・・・・・・たとえ死んでも、アーシアだけは逃がす!」
「いい覚悟──と言いたいけど、やっぱり無謀だ」
「うるせぇ、イケメン! だったら、どうすりゃいいんだよ!? こっちとら、時間がねえんだよ!」
「イッセー兄っ!」
千秋がいまにも泣き出しそうな顔で、俺の制服の裾を掴む。
「はなしてくれ、千秋!」
「いやッ!」
なんとか千秋の手をはなさせようとするけど、千秋は頑なにはなしてくれない。
「二人とも、少し落ち着け」
なぜか、部長に物申していたときと違って、明日夏は妙に落ち着き払っていた。
「二人とも、さっきの部長の言葉を思い出してみろ」
部長の言葉? 言われた通り思い出してみるけど、それがなんだってんだ?
「気づかねぇか? 部長は『プロモーションしても』って言ってただろ? これ、遠回しにプロモーションの許可を出したってことだろ?」
「「ッ!」」
言われてハッとする!
つまり、部長はアーシアを助けに行くのを許可してくれたということか!
「そして、『駒ひとつで勝てるほど、堕天使は甘くない』とも言った。これは、おまえに同行してフォローをしろっていう意味の指示──そうなんだろ、二人とも?」
明日夏は流し目で木場と小猫ちゃんのほうを見る。
「正解。結構冷静だね、キミ」
そう言いながら、木場は腰に剣を差していた。
見ると、小猫ちゃんもいつでも出れるといった様子だった。
「ダチの危機だからこそ、冷静にならねぇといけないからな」
そう言う明日夏も、戦闘時に着ていたコートを着込んでいた。背中には、あの刀も背負っている。
「なら、俺と千秋が行っても問題ないよな?」
「うん。大丈夫だと思うよ。ダメだったら、キミたちを止めるように言われてただろうからね」
「なら、遠慮なく。それと、イッセー」
「な、なんだよ?」
なんか、明日夏がジト目で睨んでくる。
「今更迷惑をかけないようになんて水くさいこと言うんじゃねぇよ。ましてや、俺たちもアーシアの友達なんだからな」
そうだったな。友達を助けたい気持ちは明日夏たちも同じか。
「それから──」
明日夏は顎で千秋を指す。
「・・・・・・イッセー兄」
見ると、千秋はスゴく怒った様子で、泣きそうな顔をしていた。
「・・・・・・イッセー兄、あんなこと、二度と言わないで・・・・・・!」
「えっ?」
「『たとえ死んでも』なんて・・・・・・!」
「あっ」
千秋が怒ってるのはそれか。
だよな。千秋にとっちゃ、そのセリフは許せないよな。
俺は千秋の頭を撫でながら言う。
「ごめん、千秋。俺は絶対に死なないよ。生きて、アーシアを助ける!」
「うん!」
ようやく、千秋が笑顔を浮かべてくれた。
「話はまとまったかい?」
「ああ!」
話はまとまった! 待ってろよ、アーシア! いま行くからな!
―○●○―
俺、イッセー、木場、塔城はアーシアが捕らわれているであろう町外れの教会の前にいた。
千秋には陽動を買って出てもらい、教会の裏方面から向かってきてもらっている。それにあいつは、屋内よりも、屋外向きだからな。
「・・・・・・なんつう殺気だよ」
イッセーが言うように、教会から濃密な殺気がヒシヒシと感じる。
「神父も相当集まってるようだね」
「マジか。来てくれて助かったぜ」
「やれやれ。水くさいこと言うなよ」
「だって、仲間じゃないか。・・・・・・それに個人的に神父や堕天使は好きじゃないからね。憎いと言ってもいい・・・・・・」
「木場?」
神父や堕天使の名を口した木場の表情は、とてもドス黒いものを感じた。まるで、その胸に強い憎しみを抱いているようだった。
過去に何かあったのか? それもたぶん、悪魔になる前に。
「あれ? 小猫ちゃん?」
そんな中、塔城が教会の入口の前に立つ。
「・・・・・・向こうも私たちに気づいてるでしょうから」
ま、だろうな。教会の周りに誰もいないってことは、俺たちが来ることを見越して、中の守りに集中させているってことだろうからな。
なら、コソコソしててもしょうがねぇか。
俺たちも教会の入口の前に立つと、塔城は教会の扉を蹴破る。
入口を潜り、中を見渡すと、酷い有様が目に入った。とくに目につくのは、聖人と思われる彫刻の頭部が、明らかに意図的に壊されていたことだった。
「・・・・・・ひっでぇもんだなぁ」
「・・・・・・はぐれの中には、こういう冒涜行為に酔いしれる奴もいるからな」
以前に会ったことあるはぐれ神父の中に、似たようなことをやっていた奴がいたことを思い出す。
パチパチパチ。
突如、教会内に鳴り響く乾いた拍手音。柱の影から人影が現れる。
「やあぁやあぁやあぁ! 再会だねぇ! 感動的ですねぇ!」
「フリード!」
「・・・・・・出たか」
現れたのは、先日、イッセーを襲った少年神父。イッセーから聞いた名前は、フリード・セルゼン。
「俺としては二度会う悪魔なんていないって思ってたんスよぉ。ほら俺、メチャクチャ強いんでぇ──一度会ったら即これよ──でしたからねぇ」
フリードは手刀で首を斬るような動作をする。
「・・・・・・だからさぁ、ムカつくわけよ・・・・・・俺に恥かかせたてめぇらクソ悪魔とクソ人間のクズ共がよぉ!」
憎悪を剥き出しにした表情で、フリードは取り出した銃を舐める。
・・・・・・教会の連中もよく、こんな奴を一時期とはいえ、教会に置いていたな。
「アーシアはどこだ!」
「あぁ〜、悪魔に魅入られたクソシスターなら、この祭壇から通じてる地下の祭儀場におりますですぅ」
地下か。たぶん、そこには天野夕麻と多数の神父もいるのだろう。
「まぁ、行けたらですけどねぇ」
「「ッ!」」
「神器ッ!」
その言葉と同時に、イッセーは神器を出し、俺たちは構える。
そんな中、塔城は自慢の怪力で教会にあった自身の何倍もあるであろう長椅子を持ち上げていた。
「・・・・・・潰れて」
塔城はそのまま、長椅子をフリード目掛けて投げつける。
「ヒャッホォ!」
フリードはそれを剣で縦に真っ二つに斬り裂いてしまう。
「しゃらくせぇんだよ。このチビ」
「・・・・・・チビ」
どうやら、気にしていたのか、怒った塔城が長椅子を投げまくる。
「ヒャッハァ!」
「「「ッ!」」」
フリードも投げつけられる長椅子を避けながら、正確に銃で撃ってくる!
「ッ!」
「フッ!」
塔城の投げる長椅子に紛れていた木場がフリードに斬りかかる。
「しゃらくせぇ! 邪魔くせぇ! とにかく、うぜぇ!」
木場は自慢の俊足を駆使して、多方向からフリードに斬りかかるが、フリードもフリードで、木場の動きに対応してやがった。
「やるね」
「あんたも最高。本気でぶっ殺したくなりますなぁ」
二人がつばぜり合いに入った瞬間、俺は雷刃を手に駆け出す!
「ッ!」
「ハァッ!」
木場とつばぜり合いをしているフリードを背後から斬りかかる!
「「ッ!?」」
だが、フリードはありえない身のこなしで俺の斬撃を避けやがった!
そのまま、銃口を俺に向けてくる!
「ッ!」
俺は撃たれた銃弾をコートの袖で防ぐ!
フリードは俺を撃ったあとに、木場にも銃弾を撃ち込む。
「ハッ!」
だが、木場もフリードに負けない身のこなしで宙返りをして銃弾を避ける。
俺たちが銃弾に対処をしている間に、フリードは俺たちから距離を取る。
俺は距離を取ったフリードにナイフを投げつけるが、投げた瞬間にナイフは撃ち落とされてしまう。
そして、その銃口をこちらに向けられる!
俺はすぐさま、木場の前に出て、顔の前で腕を交差させる!
放たれた銃弾は全て俺に命中するが、戦闘服の防弾機能でダメージはなしだ。
「チッ。そのコート、防弾かよ! メンドくせぇな!」
「・・・・・・そっちこそ、二人を相手にしてよく言うぜ。デタラメな身のこなしや反応速度を持ちやがって」
ナイフを即座に撃ち落とした反応速度。おそらく、バーストファングを警戒してだろう。あの感じじゃ、バーストファングを使うのは控えたほうがいいな。
やっぱりこいつ、厄介だな。たった一人でここに配置されただけはある。
(木場)
(なんだい?)
(どうにかして、不意をついて、あいつにスキを作ってやれないか?)
(一応、切り札はあるよ。たぶん、それでスキは作れるはずだよ)
(なら、頼む。そのスキをついて、奴の動きを封じる。そこをイッセーに決めさせる)
イッセーは俺たちの戦いに呆然としていて、ついてこれていない状態だったが、それでも、虎視眈々とフリードのスキをうかがっている。
それに、フリードは俺たちに集中している。スキを作られた状態での突然のイッセーの不意打ちには、対応が少し遅れるはずだ。
俺は雷刃を鞘に収め、代わりにナイフを二本取り出す。
「頼むぞ!」
「了解!」
木場が駆け出すと同時に、フリードに気づかれないように、イッセーにアイコンタクトを送って、「俺たちがスキを作るから、おまえが決めろ」と伝える。
伝わってくれたのか、イッセーは頷いてくれた。
「僕も少しだけ本気を出させてもらうよ!」
そう言った木場の剣が、闇に覆われる。
その闇で覆われた剣で木場は斬りかかる。
「ウェヘヘヘェ! ヘヤァッ!」
木場の剣の変化をコケ脅しと判断したのか、フリードは特に気にすることなく、木場に斬りかかる。
二人の剣が再びつばぜり合いになった瞬間、変化が起こった。
「ッ!? なんだよ、こりゃっ!?」
木場の剣を覆っていた闇が、フリードの光の剣を侵食し、光を消失させていく!
「『光喰剣』、光を喰らう闇の剣さ」
「て、てめぇも神器持ちかぁッ!?」
あの剣、魔剣だったのか。光を使う天使に堕天使、悪魔祓いには有効な能力だな。
「Attack!」
雷刃の機能で身体能力を強化し、駆け出す!
「クソッタレがぁ!」
フリードは木場の魔剣の力で使い物にならなくなった剣を捨て、拳銃の銃口をこちらに向けてくる。
「ッ!」
放たれた銃弾を身を屈めてかわし、ナイフの一本をその場に突き刺し、そのまま反動をつけてフリードを飛び越える!
「っ!?」
フリードを飛び越えた俺がナイフを力いっぱいに引っ張ると、フリードは突然、苦しそうに首に手を当てる。
いま使っている二本のナイフは、柄にワイヤーが付けられており、ナイフ同士はワイヤーで繋がっている。そのワイヤーでフリードは首を絞められているのだ。
「いまだ、イッセー!」
「動けぇぇッ!」
『Boost!!』
神器の能力で力が倍になったイッセーは、フリード目掛けて駆け出す。
「ッ!」
ガキンッ!
「ッ!?」
フリードは床に刺さったナイフを銃弾で弾いて、首に巻きついているワイヤーを緩めやがった!
「しゃらくせぇ!」
フリードは銃口をイッセーに向ける。
「プロモーションッ!」
その瞬間、イッセーはプロモーションで自身の駒を昇格させる。
「『戦車』の特性は、ありえない防御力と──」
フリードの撃った銃弾は、イッセーに命中しても、弾かれるだけだった。
「──マジですか」
その光景に、真顔で驚愕するフリード。
「バカげた攻撃力ッ!」
「痛ぁぁいっ!?」
フリードの顔面にイッセーの拳が食い込む!
「あっ!? あぁぁぁぁぁっ──ぐぎゃっ!?」
そのままフリードは床で一回バウンドして、後方に吹っ飛ばされ、長椅子のひとつに叩きつけられた。
「はぁ、はぁ、はぁ、アーシアにひでぇことしやがって! 少しスッキリした!」
粉砕された長椅子を破片を払いながら、フリードはヨロヨロと立ち上がる。その顔には憤怒の表情を浮かべていた。
「ざっけんな・・・・・・! ふざけんなよ、このクソがぁぁッ!」
新たに二本の剣を取り出して、フリードは飛びかかってくる。
「痛ぁぁぁいっ!?」
そこへ、塔城の投げた長椅子が直撃する。
トドメをさそうと、俺と木場は斬りかかるが、結構ダメージを与えているにも関わらず、奴はその身体能力を駆使して、俺たちから距離を取る。
「俺的に、悪魔に殺されんのだけは勘弁なのよねぇ! なわけで──はい、チャラバ!」
「「「「ッ!?」」」」
フリードが何かを床に叩きつけた瞬間、眩い閃光が襲い、視界が潰される!
閃光が晴れると、フリードはもう、そこにはいなかった。
「逃げやがった!?」
「・・・・・・引き際もしっかりしてるな」
「とにかく、先を急ごう」
「そうだな。あんまりモタモタしてられねぇ!」
「ああ!」
塔城が祭壇を破壊すると、そこに地下へと通じる階段が現れた。
俺たちは急いで階段を駆け下りる。
すると、開け放たれた扉が見えてくる。
明らかに誘ってやがるな? いやな予感がする!
俺たちは躊躇なく、扉を潜る。
「いらっしゃい、悪魔の皆さんに坊や。遅かったわね」
天野夕麻が、奥の階段の上に立てられた十字架のそばで佇んでいた。階段の前には、大勢の神父が群がっている。そして、十字架には眠っているアーシアが磔にされていた!
「アーシアァァッ!」
「・・・・・・イッセー・・・・・・さん・・・・・・?」
イッセーの叫びが聞こえたのか、アーシアは薄らと目を開く。
「アーシア! いま行く──」
イッセーがアーシアのもとまで駆け出そうとした瞬間、天野夕麻が光の槍を投げつけてきた!
「イッセー!」
「兵藤くん!」
慌てて、俺と木場がイッセーの腕を引いて、槍は当たらずすんだが、床に刺さった槍が強烈な光を発し、その波動で俺たちは後方に吹き飛んでしまう!
「「「ぐっ・・・・・・」」」
その際に、俺たちは背中を打ち付けてしまう。
「感動の対面だけど、残念ね。もう、儀式は終わるところなの」
「あああぁぁぁぁぁっ!?」
十字架が不気味に輝きだし、アーシアは苦しみに叫ぶ!
「アーシアっ!?」
「ああっあああぁぁぁぁぁっあっあっあああああぁぁぁぁぁあああああああ──っ!?」
アーシアの胸から、淡い緑色に光るものが飛び出し、アーシアは糸が切れた人形のように力なく崩れ落ちる。
「『聖母の微笑』、ついに私の手に!」
その言葉が指し示す事実は・・・・・・アーシアの死。
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