提督はBarにいる。
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鎮守府の昼下がり
夏の大規模作戦も終わり、鎮守府にも多少ゆったりとした時間が流れているこの時期の空気感が、私は嫌いではない。無論、毎日の必要最低限の任務はこなしている。……が、備蓄されていた大量の資材を放出した直後では、積極的な攻勢に出る事も出来ない為、艦娘達の間には半ば遅れてきた夏休みのような雰囲気が漂っている。
私もそんな空気の多分に漏れず、齷齪とした出撃の雰囲気からは解放されてゆったりと過ごしている。そんな時、私は竿を垂らす。とは言っても特定の魚を狙う訳ではなく、多種多様な魚を狙う五目釣り。勿論ボウズの日も珍しくない。ただ、そんな時も無駄な時間を過ごした、という気にはならない。そんな日もあるさ、とその時間を楽しむ事が出来ている。これも、艦から人の姿にならなければ楽しめなかった事だ。
ふと、鎮守府にサイレンが鳴り響いた。気付くと昼だったらしい。今日は久し振りに良く釣れていて、ついつい夢中になっていたらしい。そろそろ引き上げようか、と考え始めたそんな時、
「よぅ。釣れてるかぁ?」
不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、Tシャツ短パンにサンダル。右手には釣り道具一式、左手には氷の入ったバケツを持った男が立っていた。
「……なんだ、君か。こんな時間にここにいるなんて珍しいな、提督。」
「はは、まぁな。隣……良いか?」
そう。この一見するとだらしないように見えるこの男は、この鎮守府の指揮官である提督。そして私はこの男の部下。伊勢型戦艦の二番艦・日向だ。
「珍しいな、この時間はもう大淀達と執務を代わっている時間だろう?」
「ん~、そうなんだが……。今日は一日休んで下さい、と執務室から追い出された。」
我が鎮守府は中々特殊な業務形態を取っている。ウチの提督は夜間はBarのマスターとして、日夜激務をこなしている艦娘を労おうと奮闘している。その為、店は早朝まで開けているので午前中の執務は大淀と日替わりで任務に就く秘書艦娘が協力してこなし、昼過ぎに起きてくる提督に執務を引き継いで、午後からの執務に臨んでいる。そして定時に執務が終われば提督はマスターとなり、執務室は『Bar admiral』へと姿を変える。だが、ここ最近は大規模作戦の為に提督は昼夜なく働き詰めだった。疲労も溜まっているだろう事を見越して、大淀が執務を提督から取り上げたらしい。
「…なら、また寝れば良かったじゃないか。二度寝なんて中々出来ない贅沢だぞ?」
「普段の体内時計は崩せなくてな。寝付けなかったの。」
提督はブスッとしたまま、折り畳みの椅子に腰かける。糸を垂らすと同時に、バケツの中から缶ビールを取り出してプシュッと開ける。ジリジリと焼けるような陽射しの下でキンキンに冷えたビールは喉に心地好いだろう。
「飲むか?お前も。」
飲みたそうな顔をしていたのだろうか?まぁ、断る理由も無いから貰っておこう。
バケツの中身を覗くと、缶ビールにワンカップ大関。更に丸のままのトマトと瓶詰めになった串刺しのキュウリが山盛りの氷によって冷やされている。遠慮なくワンカップを氷から取り出すと、プルタブをプシュッと開けて一口。氷によって冷やされた日本酒が、喉を通り過ぎて行く感覚が心地好い。
「ふぅ……、美味いな。」
「だよなぁ。明るい内から酒飲めるなんて、かなりの贅沢だよな。」
提督はそう答えながら、串刺しのキュウリにかぶりついた。ポリポリと良い音がしている。
「食うか?ウチのバァちゃん特製の辛子漬けだ。」
頂こう、と私も一本貰いかじる。キュウリの瑞々しさと辛子のツーンと来る辛味が酒を要求してくる。更にワンカップを煽る。
「まぁ、悪くないな。こんな昼下がりも。」
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