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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第3章:再会、繋がる絆
  第73話「“未練”を断ち切って」

 
前書き
ジュエルシードの展開する結界は、結界同士で干渉しません。
よって、結界によっては海鳴市全域を再現していたりもします。
 

 








       =out side=







「優輝...!?」

 優輝と奏が消えた。その事に椿は動揺を隠せない。

「吸収された...!?」

「ユーノ?どういうこと...?」

 以前闇の書事件に関わっていたユーノは、何が起きたのか理解していた。
 その事に椿も気づき、どういう事か聞く。

「...闇の書は、ああやって吸収...リインフォースに聞いた限りじゃ、転移魔法の一種らしいんだけど...。とにかく、吸収してその人物が深層意識で望んだ光景を夢として見させるんだ。そして、そのまま永遠の眠りに...って訳。」

「それって...!」

 結構やばい状況らしい事に、椿は驚く。

「...かつての事件の時、誰も吸収されていなかったけど...まさか、そこまで再現されているなんて...。」

〈誰も、という訳ではありませんよ。〉

 ユーノの言葉を、シュラインが否定する。

〈...マスターが一度吸収されました。だからこそ、再現されたのでしょう。〉

「...どの道、助ける事に変わりは...ないわっ!」

 飛んできた暴走体の魔力弾を飛び退いて避けつつ、椿はそう言った。

「方法はあるのかしら!?」

〈砲撃魔法のような強い魔法でダメージを与え、中で眠っている二人を目覚めさせれば可能です。また、自力で目を覚まして脱出する場合もあります。〉

「...つまり、優輝達次第って事ね...。」

 外からではほとんど何もできない事に、椿は歯噛みする。
 そうしている間にも、魔力弾と共に暴走体が襲い掛かる。

「っ..!」

     ギィイイン!

 振るわれたパイルスピアを、椿は短刀で受け流し、蹴りを放って距離を離す。
 同時に、ユーノもバインドを仕掛けて間合いを取る。

「(私とユーノ、どちらも前衛向きではない...!厳しいわね...。)」

 遠距離主体の椿に、防御魔法が堅いとはいえ、攻撃手段がごく僅かなユーノ。
 どちらも前衛をするには足りないものがあり、二人は逃げ回りながらの戦いを余儀なくされた。

「(優輝、奏...!信じてるわよ...!)」

 きっと目覚めてくるであろう優輝達を信じ、椿は絶対的不利な戦いへと身を投じた。





















       =優輝side=







「....ん....む、ぅ......。」

 微睡みから意識が覚醒していく。
 ....なんだ....?

「お兄ちゃん!起きて!」

「ん....ぇ....?」

 横から声が掛けられ、僕はその声の主に驚く。

「....お兄ちゃん?どうしたの?」

「緋雪....?」

 そう、緋雪だ。...あの日、あの時、死んだはずの緋雪だ。

「なんで....。」

「なんでって...お兄ちゃんが私より起きるのが遅いから、起こしに来たんだよ?」

 違う。そういう事じゃない。
 おかしい。明らかにおかしい。どういう事なんだ?

「(....夢....?)」

 そう、夢。夢だ。
 確かに、緋雪が生きていたらどんなに嬉しいか。...でも、それはありえない事なんだ。

「(でも、一体なんで夢なんか...。)」

 ついさっきまでの記憶が曖昧だ。
 確か....。

「ほら、早くリビングに来て!お母さんもお父さんも、椿さんや葵さんも待ってるよ!」

「あ、ああ....。」

 思い出そうとして、緋雪に遮られる。
 そのまま連れられるようにリビングへと下りて行った。





「(これは....。)」

 時間が早く過ぎていくように、あっさりと朝食を食べ終わる。
 まるでまだ微睡みの中にいるような...そんな、安心感のある感覚だ。

「ほら、早く翠屋に行こう!」

「あ、待てよ緋雪!翠屋って、なんで...。」

 緋雪に手を引っ張られ、思わずそう聞いてしまう。
 ここは夢。だから聞いたって無駄なはずなのに。

「...?なんでって...今日は“天使さん”の退院祝いでしょ?」

「え.....?」

 ...だけど、その言葉だけは無視できなかった。
 緋雪の奏に対する呼び方は、“奏ちゃん”だ。決してさん付けでも苗字呼びでもない。
 それだけなら、ただ偽りの世界なだけだと思うが...。

「(“退院”...?まさか....!?)」

 ありえない。おかしい。そんな思考が入り乱れる。
 いや、夢だからおかしいものだと言えるけど、それでもそう考えてしまった。

「お兄ちゃん...やっぱりまだ寝ぼけてる?ここの所、ずっと戦い漬けだったから...。」

「......。」

 緋雪の言葉に、僕は答えない。
 夢とはいえ、何か無視できない感じがしたため、どうもさっきから引っかかるのだ。

「.....お兄ちゃん、今は、ゆっくりと休んでいいんだからね...?」

「え...あ、ああ....。」

 沈黙が本当に疲れてると勘違いしたのか、緋雪が労わってくれる。
 ....ああ、確かに、ここの所戦闘続きで、碌にゆっくりと休めていないな...。

 ......ここの所...?

「(そうだ!確か...!)」

「じゃあ、早く翠屋行こう!」

 さっきまでの事を思い出しかけて、また緋雪に遮られた。
 ...まるで、もう少しこの状況に身を委ねるべきだと言わんばかりに。

「(一体...何が....。)」

 思考が纏まらないまま、僕は緋雪に連れられて翠屋へと向かった。









「(.....なんなんだ...これ....?)」

 翠屋に着き、退院祝いとやらで賑わっている翠屋店内を見て、そう思わざるを得なかった。

「おい王牙!つまみ食いしようとするな!」

「げっ、見つかったか!」

 お祝い用の料理をつまみ食いしようとした王牙を注意する織崎。
 そして、それを見て微笑ましく笑う周囲の皆。
 ...ありえそうで、今は決してありえない光景だ。
 だが、それはまだいい。しかし、それ以上にありえない光景が他にもあった。

「賑やかですね、クラウス。」

「ああ、平和でいい事だ。オリヴィエ。」

 ...隅の方の席で、男性と女性がそんな会話をしていた。
 その二人は、導王時代の僕の友人、オリヴィエとクラウスだった。

「っ.....!」

 そう、“導王時代”の友人だ。つまり、この時代に存在する訳がない。
 なのに、そんな二人が今は当たり前のようにそこにいる。

「オリヴィエ...クラウス...。」

「おお、ムート、ようやく来たんだね。」

「皆さん、もう準備万端のようですよ。」

 僕がつい名前を呟くと、二人はそう声をかけてくる。
 ...頭が混乱する。夢とはいえ、あり得ないその光景にどうしても思考が纏まらない。

「桃子さん、これはこっちに?」

「ええ。あ、これも頼むわね。」

 ...しかも、それだけじゃない。

「店一つ貸し切りでお祝いか...凄いな。」

「そんなパーティに私たちも呼ばれるなんて...聖司のおかげね。」

「あはは...僕が皆と知り合いってだけだから、そんな大した事じゃないよ。」

 ...一人の少女と、仲睦まじい家族の談笑。
 .....司さんと、聖司...そしてその両親だ。

「えっと...あの...ここまでしてくれて、ありがとうございます...。」

「いいよいいよ!やっと退院できたんだもんね!皆でお祝いするよ!」

 そして、主役であろう一人の少女となのはがそんな会話をしていた。
 少女は茶髪で、どこか...いや、相当奏と似ていた。

「(....本当に、どういう事なんだ...。)」

 似ているのは当然だった。...その少女の名前は、“天使奏”。
 僕が前世で知り合った、病院にいた少女だったからだ。

「(緋雪が言った“天使さん”は、“奏ちゃん”の事だった...。ありえない。夢だとしても、ここまでの光景はありえない...!)」

 第一に、同一人物が前世と今世で分かれて二人存在している時点でおかしい。
 ...だけど、おかしいと感じると同時に、確かに僕は嬉しさを感じていた。









「........。」

 “奏ちゃん”の退院祝いのパーティは進んでいく。
 それを、僕は隅の方で眺めながら享受していた。

「...お兄ちゃん、あんまり楽しそうじゃないね?」

 隅の方にいるとはいえ、僕は影が薄い訳じゃない。
 緋雪がそんな僕に気づき、声をかけてくる。

「...そうでもないさ。」

「嘘。お兄ちゃん、どこか戸惑ってるでしょ。」

「...さすがに、緋雪は誤魔化せない...か。」

 ありえない。だけど嬉しく思うこの光景。
 それに僕はずっと戸惑っている。

「....ごめん、ちょっと席を外すよ。」

「...うん。落ち着いたら戻ってきてね。」

「分かった。」

 そういって、僕は翠屋から一端外に出る。




「...いるはずのない人物。あるはずのない光景...か。」

 本当にありえない光景だ。
 椿や葵、緋雪だけじゃない。あの場にいた全員が楽しんでいた。
 それは、とても幸せそうで―――

「....嗚呼...そういう事....か。」

 ようやく、合点がいった。
 どうして、ここまでありえないと思う反面、嬉しく思っていたのか。
 どうして、ここまでありえない光景が広がっていたのか。
 それらの謎が全て解けた。



「....僕は、心の底でこういう光景を望んでいたんだな....。」

 それは、あまりにも偽善的で、あまりにも強欲な事だった。
 誰も彼もが幸せになる光景なんて、ほぼありえない。
 それを、僕は心の底では願っていたんだ。

「........そりゃあ、嬉しく思うよ...な.....。」

 その事実に気づき、僕は静かに涙で頬を濡らした...。















   ―――...助けられなかった命があった。



「....聖司...。」

 店内で、両親と楽しく談笑する聖司を見る。
 聖司が死んでしまった後、聖司の両親は警察に捕まった。
 だけど、もし借金などで狂う事がなければ、あんな光景もあったかもしれない。

「...僕が、助けれていれば...。」

 気づくのが遅かった。...仕方がないとはいえ、それは言い訳にしか思えなかった。
 あの日、あの時、僕を庇って死んでしまった聖司。

 ...目の前で死んでしまった事に、僕は無力を感じた。





   ―――...助けようにも、助けれなかった命があった。



「....リヒト、シャル...。」

 ふと、僕の持つデバイス二機に声をかける。
 今、夢の中のこの場にも存在するとは思えないけど、声を掛けた。
 ...だが、返事はない。

「...緋雪...。」

 この夢の中で、明るく笑顔を振りまき、パーティを楽しむ緋雪の名を呟く。
 そして、あの時、過去に行った時に自ら手を掛けた緋雪を思い出す。
 ...あの行動に至るまでは、とても最善とは言えなかった。
 もっと、もっと良い最善とも言える手は残っていたはずだった。

 ...だけど、時間があまりにも足りなさ過ぎた...。

「...後悔はしても、立ち止まる訳にはいかない...か。」

 でも、それでも、後悔はする。...それだけで、僕の心を蝕む。





   ―――...手を伸ばしても、届かなかった者がいた。



「司さん...。」

 桃子さんの手伝いをしながら、自らもパーティを楽しむ司さんを見る。
 彼女は、多分...いや、ほぼ確実に聖司が転生した姿だ。
 ...そして、またもや助けられなかった。

「っ.....。」

 全てを拒絶し、自ら殻に篭ってしまった彼女。
 今、この時、本物の彼女がどうなっているかは分からない。
 だからこそ、あの時、助けられなかったのが悔やまれる。

「一度ならず、二度までも...か。」

 前世と今世と言う大きな違いがあるが、それでも同じ相手をまた助けられなかった。
 前世と違い、魔法や霊術で余程強くなったのに...だ。

「助けると、そう誓ったのに....!」

 何が助けるだ...何が導きの王だ...!
 大切な人を二度..いや、三度も失って....!!

「くそ!」

 近くにあった木をつい殴ってしまう。
 ...夢の中だからか、周囲に人影はない。
 当然だ。この夢は、僕が知る人達の幸せを望んだ世界。知らない人は再現されない。

「....こんな事をしている場合じゃない...。」

 泣いてもいい。後悔してもいい。だけど、立ち止まらない。
 腐っている暇があったら、少しでも強くなれ...!頭を働かせろ...!
 緋雪を喪って、緋雪に励まされて、そう誓っただろう...!

「そうだ...。こんな事をしている場合じゃないんだ...!」

 この夢を見る直前の記憶。それはまだ朧気だ。
 だけど、こんな事をしている場合じゃないのは確かだ。
 だから、今すぐにでも思い出して―――

「お兄ちゃん?」

「っ.....!?」

 ...また、緋雪に声を掛けられ、思考を遮られた。

「...本当に大丈夫?どこか具合が悪かったりしない?」

「あ、ああ....。」

 ...なぜだ?なぜ、さっきから肝心な所ばかり緋雪に遮られる?
 まるで僕が記憶を思い出すのを阻止するような...。

「(....僕の深層意識が、夢から醒めるのを拒絶している....?)」

 確信がないとはいえ、この夢は僕が心の底で望んだ夢だ。
 ...だから、そこから出るのを、僕は拒絶している。

「っ......。」

「お、お兄ちゃん!?」

 その考えに行きついた瞬間、少しふらついてしまう。
 緋雪に心配されるが、それどころじゃなかった。

「ごめん。」

「えっ?あ、お兄ちゃん!?」

 “こうしている場合ではない”、と焦る気持ち。
 “すっとここで幸せでいたい”、という気持ち。
 二つの気持ちがせめぎ合い、思考がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
 どうすればいいか分からなくなり、僕は緋雪の制止を無視してそこから走り出した。











「..........。」

 どれほど走ったのだろうか。数分か、数十分か、数時間か。
 どの道を走ってきたのかわからないほどに、僕は無我夢中で走っていた。

「....ここ、は.....。」

 目の前に広がるのは、海鳴市を見渡すような景色と、大量の墓。
 そこは、八束神社の近くにある、墓地だった。

「......。」

 ここの墓地には大して思い入れがある訳ではない。
 あるとすれば、それは形だけでの両親と緋雪の墓...と言った所だろう。

「確か....。」

 少し、墓地の中を移動する。
 そして、一つの墓の前で立ち止まり、刻まれた名前を確認する。

「....“志導緋雪”....。」

 ...そう、緋雪の墓だ。
 この夢では、緋雪は生きている。だから、あるのか確認したかったのだ。
 ...けど、それ以外にも理由は存在している。

「認めていない...そういう訳じゃなかったんだな....。」

 もう一つ、確認したかった事があった。
 それは、“緋雪の死を本当に認めているのか”という事だ。

「.........。」

 そっと刻まれた緋雪の名前の所を撫ぜる。
 夢から未だに出られていないのは、“出たくない”と思っているからだと思ったが...。

「そうでもない、か...。」

 大事な人が生きている幸せな夢。
 その夢から醒めたくないのは誰だってそうだ。つまり....。

「....結局は、自分の意志次第...という事か?」

「....そうだね。」

 後ろを振り返らずに、僕はそういう。
 返ってきた声の主は...もちろん緋雪だ。

「この夢は僕の深層意識が望んで作り出したもの。...僕が考える中で、最も幸せだと思える...そんな世界。だけど、所詮は仮初めの夢だ。」

「........。」

 今、目の前にいる緋雪は、所謂夢から醒めないための抑止力なのだろう。
 だから、ずっと僕が直前の記憶を思い出そうとすると遮ってきた。

「....あぁ...そう思えば、直前の記憶なんて簡単に思い出せるじゃないか。」

 夢を見る直前の記憶をあっけない程すんなりと思い出す。
 闇の書を再現した暴走体と戦い、その過程で奏と共に吸収されたという事を。

「....ねぇ、お兄ちゃん。」

「...なんだ?」

 緋雪は僕の前まで歩いていき、自身の墓の上に座りながら聞いてくる。
 墓の上に座るのは罰当たりかと思うが、自分の墓な上に夢なので別にいいだろう。

「...お兄ちゃんは、今幸せ?...夢の中じゃなくて、現実でね。」

「それは.....。」

 ...あまり、考えていなかった。
 両親と再会して、嬉しいと思った事はあったが、幸せと思った事は...どうなのだろう。

「....その様子だと、幸せと思った事はなさそうだね。」

「....ああ。緋雪が死んで、司さんを助けれなかった。...後悔するような悲しい出来事を経て、幸せに思うのなら、とんだ薄情者だ。」

 緋雪が死んでから...いや、あの時、聖司を助けれなかった時から、僕は心から幸せだと思った事はないのだろう。
 一時の幸せや、嬉しさを味わったとしても、それが後悔を打ち消す訳ではない。

「...お兄ちゃんならそういうと思ったよ。」

「...緋雪はどうなんだよ。僕に殺されて、本当に良かったと思っているのか?」

 僕の弱い部分が曝け出されそうになって、思わず問い返す。
 ...夢の中の緋雪に聞いた所で、無意味なのにな。

「....さぁ、ね。状況的に、あれが正解だったのかはわからない。...だけど、私はあの選択が最もマシだったと思う。」

「“良かった”とは言わないんだな。」

「お兄ちゃんが悲しんだんだもん。口が裂けてもそんな事言えないよ。」

 そういいながら、緋雪は苦笑いする。

「.......。」

「.........。」

 そして、少しの沈黙が流れる。
 ...緋雪は僕が作り出した夢の住人。だから、それが緋雪本人の言葉とは思えない。
 だからこそ、あまり感情的に話す気にはなれなかった。

「....お兄ちゃん、私を所詮夢の住人だと思ってるでしょ。」

「っ.....。」

 ...まさか、緋雪自身に問われるとは思わず、つい体が反応する。

「やっぱり....。」

「....だって、その通りだろ...?」

 緋雪は死んだんだ。なら、目の前の緋雪は偽物じゃなくてなんになる?

「...うん。当然、本物じゃないよ。だって、私は死んだのだから。」

「.......。」

 ああ。知っているさ。今、この場でどれだけこの緋雪が本物であればいいか、そう思える程、わかってはいるさ...!

「でも、夢の住人でもない。私の口からでる言葉は、お兄ちゃんが想像しているだけのものじゃない。」

「っ.....!」

 思わず、手が出る。
 怒りを滲ませ、緋雪の肩を強く掴んでしまう。

「嘘をつくな!!本物でも、夢の住人でもないのであれば、なんだっていうんだ!!」

「....お兄ちゃん...。」

 ...涙が、溢れる。
 感情が爆発し、抑えきれなくなったのだろう。
 ...そんな僕を、緋雪はただ優しく抱き留めた。

「........!」

「...辛かったよね...。ごめんね、お兄ちゃん....。」

「なに、を....。」

 優しく、子供をあやすような声色で、緋雪は言う。

「...私が、“立ち止まらないで”って言ったから、お兄ちゃんは....。」

「っ......。」

 ...その言葉で、ようやく自覚した。
 僕は、ずっと罪悪感に苛まれていたんだ。
 緋雪を殺して、後悔して、悲しんで、でも、立ち止まる事は許されなくて。
 ただただ罪悪感が募って....そうして、今の僕がいる。
 でも....。

「それ、は....緋雪が悪い訳じゃ....。」

「ううん。私が言った事だもん。私が責任を負わないと。」

 それは、緋雪が悪い訳じゃない。ただ、僕が勝手にそうなっただけだ。
 だから、緋雪は謝らなくても...。

「お兄ちゃんは悪くない。お兄ちゃんは、本当に私を助けるために頑張ったよ。」

「...でも、僕は...。」

 緋雪を助けられなかった。...それだけで罪悪感は積もる。
 ...目を逸らしていただけだったんだ。両親に許されても、僕自身が許していなかった。

「...罪悪感は、拭えないんだね。うん、その気持ちは私にもわかるよ。」

「....緋雪?なにを...。」

 墓から降り、緋雪は僕の胸にすり寄るように抱き着いてくる。

「なら、受け取って。....私の、志導緋雪が最期に抱いたお兄ちゃんへの想いを。」

「っ....!?」

 ぎゅっ、と抱き締められた瞬間、胸の辺りから暖かいものが広がっていく。

「これ、は.....。」

「.......。」

 流れ込んでくる緋雪の想い、感情...。
 そのほとんどが、僕に対する感謝だった。

「お兄ちゃんは、ずっと“失敗した”と思ってた...。だけど、それでも私は嬉しかったんだ...。感謝、してるんだよ...。」

「緋雪....。」

 流れ込む想いが、僕の罪悪感を解かしていく。
 “嬉しかった”。そう心から想う緋雪の感情が、僕にとっても嬉しかった...。

「....あぁ、そういう...事なんだな....。」

「.........。」

 気が付けば、僕は緋雪を抱き締め返していた。
 本物じゃないからと、軽く見ていたけど、彼女はそんな存在じゃなかった。

「...“残留思念”。...文字通り、君は緋雪の想いそのものなんだね...。」

「....うん。お兄ちゃんに託されたシャルに、私の思念が残ってたんだよ。」

 想いを託されたと思っていたが...事実、本当に想いが宿っていたとはな。

「....ありがとう。僕もこれで、救われたよ....。」

「...うん...。」

 理解はできても、納得はできない。...僕の罪悪感は、そういうものだったのだろう。
 ...だから、緋雪の純粋な感謝のおかげで、僕は罪悪感を払拭できた。

「....ねぇ、お兄ちゃん。」

「...なんだ?」

 抱き締めていた体を一度離し、僕の目を見据えて緋雪は聞いてくる。

「...ずっと、夢の中にいる気はない?」

「.......。」

 それは、ずっと幸せなままでいようという事だろうか?
 確かに、この夢は緋雪も生きているし、とても幸せを感じる。
 だけど...。

「それはお断りだ。...それじゃあ、ただ逃げているだけだ。」

 夢の世界に逃げる訳にはいかない。

「...お兄ちゃんなら、そういうと思ったよ。」

「っ...!緋雪、体が...!?」

 僕の回答に満足そうに笑った緋雪の体が、透け始める。

「私は残留思念。お兄ちゃんに想いを伝え、お兄ちゃんはそれを受け取った。....だから、私はここで消えるの。」

「っ....そう、か....。」

 所詮は、そこに残った思念だ。いずれは消えゆく定めなのだろう。
 ...さっきまでなら、罪悪感を覚えた所だけど、もう大丈夫だ。

「...うん。大丈夫そうだね。...これで安心できるよ。きっと、本人もそう思ってるよ。」

「ああ。...ありがとう、緋雪。」

 改めて緋雪に感謝する。
 ...まったく、自分の心に関する事は、緋雪に助けられてばっかりだな...。

「....お兄ちゃん、現実に戻ったのなら、本気を出しなよ。」

「本気?...僕は別に手を抜いたりは...。」

 そこまで言って、少し思い当たる。
 今までは、緋雪に対して罪悪感を抱き、“無茶をしない”と自分を戒めてきた。
 その罪悪感が払拭された今、なんとなく、力をセーブしていた気がするのだ。

「...わかった。導王として、志導優輝として、本気を出してくる。」

「...うん!」

 互いに拳を突きだし、軽くぶつけ合って笑みを浮かべる。
 その瞬間、緋雪は足元から消えていった。



   ―――...頑張ってね。私は、いつでもお兄ちゃんを見守っているよ...。



「.....ああ。見ていてくれ。緋雪。」

 最後に心に響くように紡がれた緋雪の言葉を噛みしめ、決意を新たにした。
 そして、目の前に広がる夢の世界を見据える。

「....リヒト、シャル。」

〈...ご命令を、マスター。〉

〈いつでも私たちは行けます。〉

 首に掛けられている白いクリスタルと赤い十字架...リヒトとシャルに改めて声をかける。
 ...今度は、返事が返ってくる。

「...一応、聞いておくけど、さっきの時はなぜ沈黙を?」

〈マスターの心が不安定だったからです。この状態で無理矢理脱出した所で、後の戦闘に支障を来すと思いましたので。〉

〈...また、お嬢様の思念が残っているのは分かっていました。なので、マイスターが立ち直るまで、私たちは様子を見ていたのです。〉

「...つくづくよくできた相棒たちだよ...。」

 マスターのために、敢えて様子を見るなんてな...。
 ...さて。

「この夢とも、お別れの時だ。リヒト、シャル。」

〈〈Jawohl(ヤヴォール).〉〉

 リヒトはカンプフォルムとなり、グローブの形態となって僕の手に装着され、シャルは杖の形態で僕の手に収まる。
 デバイスの二重使用。これによって、体への負担も大きく減らせる。

「だけど、まずは...。」

〈“Lævateinn(レーヴァテイン)”〉

 そのまま、炎の大剣を展開する。
 そして、その大剣を大きく振りかぶり、一閃する。



     パ、キィイイイイイン!!!





「...“彼女”を、起こしに行かないとね。」

 夢の世界に罅が入り、全てが決壊する。
 それに見向きもせず、僕は歩みを進めた。





















 
 

 
後書き
Kampf form(カンプフォルム)…グローブ型の形態。武器もなく、籠手ですらないため、実質素手。ただし、防護服には変わりない。手の防御力が高いため、導王流の真骨頂を見せれる形態でもある。

優輝のステータスが更新されました。
これによって、優輝の心のしがらみが取れ、無意識にかけていたリミッターが外れます。
まぁ、まずはその前に奏を助けに行くんですけど。 
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