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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜

作者:波羅月
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第40話『暗雲』

 
前書き
二日目から始めれば、良い感じに後に続くと判断。
しかもよくよく考えると、滞在期間の三日間って意外に長い(←これ大事) 

 

「思い返すと、さっきの人の名前聞いてないじゃん」

「それを言うなら、ボク達の名前だって言ってないよ?」

「あ、そういえば。てか、腕時計直ったのも言えば良かった!」

「もう遅いね」


異世界版ファミレスで昼食を済ませた2人は予定通り、1日中王都を楽しむという計画を実行していた。
そしてその途中、ファミレスで出会った男性の話題を掘り返し、色々と後悔が出てくるという有り様である。


「まぁ、いいか」

「うん」


彼の存在が気になるが追及はしない。どうせ少し世間話を交わした程度の薄い関係だ。
そう思うと、ユヅキとの関係はどうなるのだろうか。話だっていくらもしたし、それ以上の・・・あぁ思い出したくない。


「じゃあ気を取り直して・・・これからどうする?」


危ない記憶を封じ、表情を切り換えてユヅキに訊く。
意外や意外、王都に残るのはいいが…やることが思い付かないのだ。


「ハルトが探険したいって言うなら付き合うけど…」

「んん…それもアリだな・・・あ、そういやあそこの城って観光とかできたりする?」


晴登が指差しながら示したのは、王都の中心にて頂点に佇む城だ。気にも留めていなかったが、あの巨大な存在感が今は気になる。
ファンタジー世界の王道であるお城を探険できるとなれば、それはそれは楽しいことに・・・


「いや、無理だよ」

「ですよね~…」


ユヅキの指摘に流れるように反応。
王都の中の唯一の城…それは即ち、“王城”に他ならない。晴登の身分は平民、というかよそ者。そんな立場で王城に入ろうなど、不届き千万、身の程を知れというものだ。
よって、このユヅキの答えは予想済みである。


「じゃあさ、少し近くまで行ってみない? それくらいなら大丈夫でしょ?」

「何とも言えないけど…それくらいなら」

「よし、決まりだな」


晴登は口元を緩め、ユヅキに手招き。今から王城の近くに向かうことにする。
ユヅキは渋々だかそれに応じてくれた。






明るかった空が、少しばかり暗くなり始める。そろそろ夕方、といったところだろうか。
王城に行こうと歩き始めてから10分。目指していた建造物は、近付けば近付くほどその巨大な存在感をアピールしてくる。

しかし、問題にも気づいた。


「何かやけに人が多くない?」


上手く言えないが・・・王城の手前、20人ばかりの人だかりが出来ていた。その人たちの姿は、大通りで見る人たちと何ら変わりはない。
つまり・・・


「直談判とか、そんなやつ…!?」


稚拙な想像が晴登の頭に浮かぶ。
あの人たちが大通りの・・・言い方は悪いが、一般人であるというのは変わらない事実。
そしてそんな身分の人たちが、しかも大勢で王城に行くなんてそうそう起こることではない。


「だから、何かを訴えに王城へ…?」

「そんな大事じゃないと思うよ」


1人で仮説を建てる晴登に、まずはユヅキが一蹴。
彼女は晴登を見るとニコリと微笑み、


「早とちりするのは良くないと思うよ。ちょっと待ってて、ボクが訊いてくる」

「あ、ちょ…」


ユヅキはそう言い残し、人だかりに向かって駆ける。
晴登は少し物申そうとするも、もうユヅキの姿は人だかりの中だった。そして誰かと何やら会話を始めたのを、遠目で理解した。



数分後、状況を聞き終えたのか彼女は戻ってくる。


「何て言われ・・・」



「──参ったね」


ユヅキは晴登の言葉を遮り、淡々と言った。
その表情には焦りが生まれており、ただならぬ事態を予測した晴登はもう一度彼女に内容を問う。


「何が、あったの?」

「なんでも、王都の北方に魔獣の群れを確認したみたい。そこであの人たちが、その駆除を依頼しようとここに」

「え~っと…つまり?」


言葉を反芻してもいまいち要領を得ない晴登は、ユヅキに説明を促す。
すると彼女は少し戸惑うも、すぐに言葉を続けた。


「ハルトの言った通り、大事だよ。何せ現れた魔獣が、“人喰いのウォルエナ”だからね」

「ウォル、エナ?・・・って、何?」


ユヅキが首を振って語るのを見ながら、晴登は疑問をぶつける。
それを聞いた彼女は少し驚くと、


「それも知らないんだね。“人喰いのウォルエナ”っていうのは名前の通り、人をも喰らう肉食の魔獣だよ」

「魔獣って何だ? ただの獣とは何が違うの?」

「体内に魔力を宿す、それが魔獣。下級のやつでも魔法を使えるね」

「おっかねぇな…」


その懇切丁寧な説明に対し、体はブルブルと震え上がる。本当におっかない話だ。
それが王都の北方に居るというのは、何か意味が有るのか。イベントの予感…?


「いやでも、さすがに人喰いとは戦いたくないな…」

「そりゃそうでしょ」


ポツリと口に出した言葉を、ユヅキは当たり前だと言わんばかりに肯定。事実、当たり前だ。
頭に浮かんだイベント予想図が砕ける。いかに心擽られる展開でも、死ぬ可能性のあることはしたくない。


「仕方ないか…」


せっかくのイベントかと思ったが、今回はそれを見逃す。もったいないという思いが頭を過るが、命あってこそのイベントだ。割り切らなくてはならない。


「…例えば、その魔獣に会ったらどうしたらいい?」

「ボク達は魔法を使えるから対抗はできるけど、如何せん、奴らの恐さは"数"なんだ」

「群れで行動してるって言ったな。どれくらいの数?」

「100頭は下らないそうだよ」

「マジでおっかねぇ…」


諦めるとは決めたが、何となく気になるので情報収集。しかし、集まる情報は冷や汗が止まらなくなるような内容ばかりだった。


「けど、そんな奴らを兵士やら騎士やらで何とかなるの? それに無視するって選択肢も有るだろうし…」

「無視は無理だと思うね。北方ってことは行商人の出入りも多い。だから、そんな所に人喰いの魔獣が現れたとなると大問題な訳だよ。騎士だったら討伐もできないことはないし、それに頼るのは妥当かな」

「お、おう…」


饒舌なユヅキの意見に、晴登も納得せざるを得ない。
だがそれ以上にあることが気になった。


「ユヅキの家の方角は?」

「安心していいよ。正反対の南だから」


晴登の心配が読めたのか、ユヅキは安心させるように言った。東西南北を把握できていなかったから一瞬焦ったが、杞憂だったようだ。


「じゃあとりあえず心配事はないな。あんまり関わりたくもないから・・・今日はもう帰る?」

「ボク達がどうこうできる訳でもないしね。騎士に任せるのが一番だよ。・・・帰ろうか」


こうして2人は南に向かって歩き出した。






「なんか残念だなぁ…」

「何を期待してたの…?」


頭の後ろで手を組んで、文句のようにブツブツと呟く晴登。
その様子をユヅキは怪訝そうに見る。


「いや、そのウォルエナとかいうのと戦えること。“人喰い”って要素さえ無ければ、俺たちも討伐に参加できたのかなって」

「何でそんなこと考えるの? 危ないじゃん」

「男子ってそういうもんだよ」


晴登は頷きながら語る。
ユヅキはいまいちピンと来ないようで、首をかしげていた。


「ちなみに、騎士ってどんな人がいるの?」

「唐突だね。・・・ボクも詳しくは知らないし、興味もないかな。でも有名っていうと、やっぱり団長だね」


既に王都を出て、ユヅキの家への帰り道。
晴登は沈黙を避けようと何か話題を振ろうとして、騎士の話題を出した。
騎士、という存在は中々に心をくすぐる。それだけで異世界感というのがあるからだろう。


「団長?」

「そう。王国騎士団団長アランヒルデ。別名"サイキョウでサイキョウの騎士"」

「何で"サイキョウ"って2回言ったの?」


そういう訳で有名な騎士を訊いた訳だが、ユヅキによるとそれは騎士団の団長だという。
別名に色々と言いたいことがあるが、その説明はユヅキが直後にしてくれた。


「1つ目は"最も強い"の“最強”で、2つ目は"最も恐い"の“最恐”。これには少し危ない話があってね、『慈悲は要らない。悪には必ず裁きを与える』ってな具合で、団長さんは悪人をドンドンと裁いて行っちゃったの。それで皆が恐がるようになった、ということだよ」

「団長さん可哀想だな…」


晴登は目を瞑り、姿も知らない団長さんを労う。悪いことをしている訳でもないのに恐がられるとは、なんと不憫なことだろう。
だがしかし、その最強である団長さんが魔獣討伐に参加したら、きっと良い結果で終わるに違いない。だって最強と言われるくらいなのだから。

晴登がアランヒルデがどんな人物なのか想像していると、突然ユヅキは一言、


「ハルトって明後日ぐらいに帰るんだよね」

「ん? あぁ…」


ユヅキの問いに肯定で返す。
すると彼女は空を見上げ、寂しそうな表情を見せた。


「どうして帰るの? そもそもここに来た理由は?」

「うわ、今訊くかそれ」


晴登はユヅキの疑問に頭を悩ます。
今まで訊かれてなかったから、その回答は何も用意していないのだ。
大体、現実世界の話から始めなければ、晴登がここに居る理由は理解不能。かと言って、そんな所から話し始めると、恐らく夜が明けるのは確実だ。


「な、何でだろうね…」

「むぅ、誤魔化さないで」

「でも説明した所で理解できないと思うよ?」

「それでもいいから」


ユヅキの怒濤の押しに、晴登は言葉を詰まらせる。

…別に話してダメという訳ではないだろう。


「しょうがないか。実はね──」






「この世界に存在しないって、そういうことなんだね」


夕食の食卓。
帰宅時からずっと話していた晴登の過去話にようやく区切りがつく。
突飛な話ばかりだったはずだが、相槌を打ちながら話を聞き入るユヅキは、予想外の理解力を見せた。


「意外とすんなり受け入れるんだね」

「ハルトが言うことならボクは信じるよ? あ、冗談は除いて」

「それは嬉しいけど、でもそこまで信頼されるようなことしたか、俺?」


ユヅキが向ける無償の信頼に、晴登は心当たりがない。死地を潜り抜けるとかならまだしも、まだ会って2日目だ。
…まぁ確かにハプニングやら何やらあって、互いの距離はただの2日のそれではないと思うが、それでもこの信頼は早熟過ぎる。

もしや、なにか裏がある…?


「ハルト、そんなに見つめられると照れるんだけど…」

「え!? あぁ、ごめん!」

「ううん。見たいっていうなら別に…」

「ちょ、こっちまで照れるからそれ以上言わないで!」


恥ずかしがるユヅキの言葉を聞き、自分が無意識に彼女の顔を窺っていたことに気づく。でもって、その後の彼女の反応に制止をかけた。
これじゃ、どっちが恥ずかしいかわかりゃしない。


「さて。今日もお風呂に入るよね、ハルト? だからさ、その・・・一緒に入る?」

「唐突だな!  昨日も言ったけど、遠慮しておくよ。まだそういう関係じゃないしさ」


頬を紅く染めながら希望を紡ぐユヅキを、さらに紅くなる晴登は否定で返す。
彼女は不服そうな顔をしたが、晴登の意思を汲めたのか何も言及はしてこなかった。


「じゃあまた別の機会だね。・・・って、明日しかないか」

「明日でも早いことに変わりはないけど。…でも、そう思うと寂しくなるな」


場面と感情が一転、ブルーな雰囲気になる。2人は自然と無言になり、自分の未来を考えた。
3日の期間が経て別れを迎えた時、どんな顔をしてれば良いだろうか。例え現実世界の話をしたところで、彼女には干渉できない。それが何よりも寂しかった。


「お風呂、入ってくるね」

「うん」


晴登はそんな雰囲気から抜け出したく、立ち上がる。
そして風呂場に真っ直ぐ向かった。

明日、全てが決まる。2人の思い出も、互いを割り切るキッカケも。
異世界だろうとユヅキは1人の人間だ。つまらない別れなどできるはずがない。


「せめて、泣くよりは笑顔が良いよな」


風呂場の脱衣所で衣服を脱ぎながら、晴登は独り呟く。

彼女に未練を残す訳にはいかない。各々がそれぞれの世界で生きていく為に。だから最後は、泣き顔なんて見せられない。

笑顔、笑顔で・・・






晴登はそのことを入浴中もずっと考えていた。
風呂から上がってからも、それは途切れない。
ユヅキが入浴を終えて、就寝の準備を終えても、思考は曖昧なままだ。

そんな中、ユヅキは声をかけてきた。


「ハルト、何を悩んでるの? もしかして、ハルトの世界の話?」

「うん。帰ってからユヅキと会えなくなるのか…って。そう思うと、すごく寂しいかな…」

「ふふっ。それじゃあさ・・・」

「うわっ!?」


ユヅキの含み笑いを聞いた後、晴登は急に身体を引っ張られる。
為す術なく倒れ込むのは、フカフカな布団の上だ。


「な、何…?」

「よいしょっ!」

「え、ユヅキ!?」


小さくない衝撃に顔を歪めていると、横に更なる衝撃が伝わる。
見ると、息がかかるのではというほど近い距離に、ユヅキも横になっていた。
もちろん、晴登は驚いて距離を空けようとする。が、


「ダメ」

「うっ…」


腕を掴まれ、思うように離れられない。
するとユヅキはじっと晴登の目を見て、口を開いた。


「一緒に寝よう? そしたら、寂しくないよ」

「……」


ユヅキの言葉が心に温もりをもたらす。

さっきみたいに断ることもできただろう。なのにこの時だけは、身体は素直にユヅキに従った。

晴登と同じように、ユヅキも別れのことを考えたはずだ。それなのにどうして、わざわざ未練を残すようなことをするのか。

晴登は彼女がいる方と逆の方向を向く。何だか顔を見る気になれない。


「やっぱり男の子だね。大きい背中」


ふと、晴登は背中に温かさを感じた。布団ではなく、隣の存在に。
囁くようなユヅキの声が身体に染み渡る。

自然と口元が綻ぶ。自分にそんな背中はないのだと、自嘲気味に。

今日はもう、考えるのは止そう。今は、この温かさを感じていればいい。
そして、いざって時は守ってあげよう。
それが、今背中に感じる信頼に応えられる最大限の恩返しだから。

晴登は目を閉じ、温かさに縋るように眠りについた。








「おいっ…どこだよ、ユヅキ!?」


息を荒げながら駆ける晴登。
綺麗で美しかった王都の街並みには所々ヒビが刻まれ、あちこちに紅い斑点が見える。そして、その模様の中心には人間や魔獣の屍があった。
それを見ても、もはや嘔吐感は催されなくなったが、代わりに焦燥感が掻き立てられてしまう。


「…ガウッ!!」

「…またか! はぁっ!!」


唐突に横の路地裏から飛び出してくる狼の様な魔獣。晴登はそれを、風を使って吹き飛ばす。風を真っ向から受けた魔獣は背中から地面に激突し、そこからピクリとも動かなかった。

これで何体目だろう。
その獣の末路を見届けることもせずに、整わない呼吸のまま、晴登は再び走り出す。
魔力と体力は……もう尽きようとしていた。


「ちっ…痛ぇ…」


左腕を右手で抑える。抑えた所からは未だに少しずつ血が流れ出ており、ズキズキと常に痛みを感じるため、自然と足取りがふらつく。
しかも、左脚を引きずるような走りも体力を削る1つの原因だ。見ると、ふくらはぎの辺りに紅く歯形が残っている。

この2つの箇所は、どちらも魔獣によって負わされた負傷であった。
まだ完全な魔術師ではない晴登には、怪我をしない戦い方も怪我を治すこともできない。
今は、それがひどく情けないと思う。


「どこなんだよ、ユヅキ!」


それでも、晴登は銀髪の少女の行方を捜す。
一緒に過ごして2日しか経ってないが、信頼し合う程の仲にはなったつもりだ。
だからこそ、『逃げる』なんて見殺しにするような行為はしたくない。見捨てられない。自分だけ逃げるなんてダメなのだ。
この惨状の中で、ユヅキが生き残ってる可能性は高くはないけど・・・見つけなくてはいけないのだ。


「どこ…だよ…」


なのに本心とは裏腹に、諦めたように叫びが嘆きへと変わっていった。

自分を保て。力は残っている。

まだ彼女は・・・生きている。

そんな励ましで、いつ倒れてもおかしくない晴登は意識を保っていた。止まりそうになる足にも鞭打ち、必死で走りを継続する。

ユヅキさえ救えば、こんな地獄からはとっとと逃げてやるのだ。

だから、早く────



「残念だよ」



突如として背後から聞こえた声。晴登は反射的に振り返る。


その晴登の身体を、鋭い氷の柱が勢いよく穿った。

 
 

 
後書き
感動回かと思いきや、ラストでそれを裏切っていくスタイル。誰にもストーリーの予想はさせませんよ?
もっとも、ようやくストーリーの終わりを組めてきた訳ですけども(今頃)

次回じゃまだ全然クライマックスでは無いですが、それなりに盛り上がっていくでしょう。
お楽しみに! では! 
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