テキはトモダチ
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16. 命令 〜電〜
遠征任務が終わり、今日も私は確保した資材の搬入を球磨さんに任せて先に任務から開放された。
「疲れたのです……」
任務で身体が疲れた時は甘いものが食べたくなる。私は任務から開放されたその足で、間宮さんの元に向かった。
「……」
私と手を繋いで一緒に間宮さんに来てくれる集積地さんは、もういない。
間宮さんに到着したら、メニューを見て何を頼むのか考える。今日は特に疲れたし、暑いところにずっといたから身体が火照っている。冷やしおしるこでも食べようか。それともクリームあんみつにしようか……
――白玉って美味しいなー……
やっぱりあんこはやめよう。私は生クリームとアプリコットジャムが乗ったシフォンケーキを注文することにした。なんとなくだけど、クリームあんみつと冷やしおしるこに乗っている白玉団子は、今は見たくなかった。
「いただきます」
フォークでシフォンケーキを適当な大きさに切り、その上に生クリームとジャムを乗せて、口に運ぶ。アプリコットジャムと生クリームってこんなに合うんだ……シフォンケーキもしっとりして、とても優しくて美味しい。
「美味しいのです〜……」
……だけど今の私は、そのうれしさを集積地さんとわかちあうことは出来ない。
いまいち美味しさを堪能出来なかったまま、シフォンケーキを食べ終わった。
「ごちそうさまなのです」
お店を出たあと、一人で鎮守府の敷地内をぶらぶらと歩いた。集積地さんと手をつないでないから両手を自由に動かせる。元気よく振れば、その分足取りが軽くなるんじゃないか……そう思って元気よく振ってみたが、私の足は重いままだった。
「……手が手持ち無沙汰なのです」
そのまま演習場に向かう。赤城さんと天龍さんは今日は演習はしてないらしい。ひょっとしたら午前中のうちに済ませているのかも……二人がいたら、話し相手になってもらおうと思っていたのにな……演習場の埠頭に腰掛けながら、私はそんなことを考えていた。
―― はじめてこの夕日を見た時……
オレンジ色に染まった海を見た時、故郷の海を思い出した
少し日が傾いてきた。大海原に続いている演習場が、少しだけオレンジ色に染まっている。西日が強くて水面がキラキラと輝いていた。
「……集積地さんは今頃、何やってるのです?」
なんだか心にぽっかりと穴が開いたような気分だ。この前まで隣にいて、私と手を繋いでくれていた集積地さん。握った手の温かさで、私の胸を温めてくれていた集積地さん。確かにあの人は深海棲艦だったけれど、私の大切な友達であることに代わりはない。
あの人は自分の家に帰ったんだ。私の家に遊びに来た友達は、いつか自分の家に帰る。集積地さんは、自分の家で今も元気に暮らしている。子鬼さんや戦艦棲姫さん……たくさんの仲間に囲まれて、今も元気に過ごしているはずなんだ。
それは分かってる。分かってるけど……
自分の手を握ってくれる人がいない。それがこんなにさみしいことだとは思わなかった。集積地さんが私の手を握ってくれない。それが、こんなにも心細くて寒いだなんて考えたこともなかった。
夕焼けのオレンジ色が強くなってきた。心持ち気温が下がった気がする。……手が冷たい。手を合わせて温めたけど、それでも私の手は冷たい。そして『じゃあ資材貯蔵庫で温かいお茶を……』と反射的に考え、すぐにそれは無理だと思い出してがっくりきてしまう。集積地さんと過ごした日々が、私の中ではまだ日常なんだ。私の意識は、まだ集積地さんと一緒の日々を引きずっている。
このままではいけない。資材貯蔵庫にそのままにしてある集積地さんの居住スペースも、司令官さんにお願いして片付けてもらおうか……そうすれば踏ん切りがつくかもしれない。
夕日の逆光の中、水上を走る艦娘の姿が見えた。その姿を見て反射的に、集積地さんなのではないか……と淡い期待を抱いてしまう自分が情けない。あの人の家は、この海域から遠く離れたところだ。しかも集積地さんたちから見れば、ここは敵陣。一人でやってくるはずなどない……。それでも期待してしまい、そして集積地さんではないことにがっかりしてしまう自分がいる。
だから私は、今見えている夕日の逆光の中でこちらに向かってくる艦娘を『また集積地さんではない人で、きっと私はがっかりするんだろう』と思いながら眺め、その人の姿を目で追い駆けた。
「……?」
その人影は、私の姿を見てなのか何なのか……ドックではなく演習場になるこちらに向かってまっすぐ直進してきていた。
「……ここの人じゃないのです?」
この演習場はそのまま海とつながっているから確かにここから鎮守府に入ることはできるが……この鎮守府の艦娘であればそんなことはしない。帰ってきた時は必ずドックに入り帰還する。
人影が近づいてきた。逆光になってよく見えないが……その人は腰には剣を携え、背中には大きな円錐状の槍のようなものを背負っていた。槍からは砲塔が二本伸び、それが連装砲の類であることが見て取れる。
その人は、埠頭に座る私の前まで来て止まった。槍状の連装砲の口径はかなり大きい……この人は、戦艦の艦娘なんだ。身体を動かす度に、ガシャガシャという金属が擦れる音が聞こえる。白地に真っ赤な十字が描かれた前掛けをしているけれど、どうもこの人は西洋の鎧に身を包んでいるようだ。
「……この鎮守府の者か?」
集積地さんがやっていたゲームで見たことがあるような気のする兜をつけたその人は、自分の兜を外しながら私にそう問いかけてきた。
「は、はいなのです……」
「ドックの位置を失念したのでこちらから失礼する」
その人が兜を脱いだ。キレイな金髪をとても丁寧に編みこんだ髪型をしていて、とてもキレイで端正な顔つきをしていた。夕日の中でも分かるほどにキレイなブルーの瞳はとても鋭く、同じ色の瞳の集積地さんとは正反対の印象をこちらに突き刺してくる眼差しだった。
「私はネルソン級戦艦二番艦ロドニーだ。中将閣下からの命令書をこちらの司令官に持ってきた」
「……ロドニーさん?」
「司令官に拝謁を賜りたい。あの、覇気のない目をした食えないお方だ」
「は、はいなのです」
彼女は……ロドニーさんはそういい、鎧のガシャガシャという音を響かせながら演習場から上陸した。彼女の主機は、同じ艦娘のものとは思えないほど小さく、鎧のすね当てと靴の部分にピッタリとマッチしていた。
私は何がなんだかよくわからず、とりあえず司令官さんの元にロドニーさんを案内することにした。その道中に思い出した。彼女は確か以前にもここを訪れていたはずだ。そして、赤城さんを挑発したとかいう人だ。
「貴公、名は?」
「は、はいなのです。駆逐艦の電です。よろしくお願いします」
「貴公がイナズマか。よろしく」
「はいなのです」
執務室へと続く廊下を二人で歩く。ロドニーさんが一歩一歩歩くたび、鎧のガシャガシャという足音が廊下に鳴り響いている。……見慣れた廊下が、なんたか別の場所のように見えてきた。先入観があるためか、この鎮守府の建物全体がロドニーさんを威嚇しているように見えてくる。
「……」
「うう……」
そしてロドニーさん自身も、その威嚇に対して決して黙ってはいない。口にこそ出してはいないが……その鋭い眼差しのせいか、この廊下からの威嚇に対して静かに、だが全力で応戦しているように見えた。
「……一つ、質問してよろしいか」
「は、はいなのです」
「以前に、この鎮守府では集積地棲姫を保護していると聞いたが」
「はいなのです。でも先日帰ったのです」
「そのようだ……いささか残念だな」
確か以前にロドニーさんと中将さんが来た時には、集積地さんに関することの追求だったはず。ならば正直に答えてしまっても問題はないだろう……そう思いロドニーさんの顔を見上げた時だった。
「……まだおいでのようなら、ぜひとも一対一で斬り結びたかった」
「?」
「集積地棲姫は深海棲艦の中でもとりわけ重要な地位にあると聞く……そのような者であれば、さぞや良き敵となったであろう」
私の背中に、嫌な冷たさが走った瞬間だった。その悪寒に気を取られていると、ロドニーさんの足が止まった。
「貴公のようにな。アカギ」
真っ直ぐに前を見据えているロドニーさんはそう言い、口角を上げた。ロドニーさんの視線の先……私たちの真正面、執務室入り口のドアの前に、赤城さんが立っている。
「あなたは……!」
「またお会い出来て光栄だ」
ロドニーさんを見る赤城さんの視線が鋭く、険しい。赤城さんの右手に力が入っているのは見ているだけで分かる。心持ち寒くなってきた。廊下の空気が深海棲艦との開戦前に似た匂いを帯び始めている……
「あ、あの……」
「……失礼した。イナズマ、司令官に拝謁を」
「は、はいなのです」
「うちの提督に何かご用ですか?」
「中将閣下からこの鎮守府に下された命令の詳細と、その証書をお持ちした」
「……」
「故に、司令官への拝謁を賜りたい」
私を蚊帳の外にして、二人は視線を外すことなく会話をしている。なんだかとても寒い。冷たい空気が私の肌に直接突き刺さってくるようにピリピリと痛い。
「……わかりました。では私も同席します」
「構わん。こちらのイナズマはもちろん、貴公にも関係ある話だ」
「……電もなのです?」
「ああ。……イナズマ、拝謁を」
「は、はいなのです!」
いやだ……この空気の中にいたくない……一刻も早くこのピリピリと冷たい空気の中から逃げ出したくて、急いで執務室のドアをノックした。その間私はロドニーさんのそばから離れ、私の代わりに赤城さんがロドニーさんのそばについていた。
「とんとん。司令官さん、電なのです」
「はいよー。どしたー?」
まさか司令官さんの気の抜けた声に安心を感じる日が来るとは思わなかった……
「お客さんなのです」
「ほいほい? どなた?」
「永田町鎮守府のロドニーさんなのです」
「はいよー。入ってもらって」
「電と、赤城さんもいるのですが……」
「ついでに入っちゃって」
司令官さんは、意外なほどすんなりとロドニーさんの入室を受け入れた。もうちょっと動揺すると思ったんだけど……まぁいいか。ドアノブに手をかけ、ノブを回す。
――フ……フフ……こ、こわ、怖いか?
私のすぐそばに殺気をぶつけ合う開戦寸前の艦娘ふたりがいるためか……それとも他に理由があるのか、再生された天龍さんのスゴミは少々震えていた。
鎧のガシャガシャという音を響かせながら執務室に入室するロドニーさんと、そのそばにぴったりくっついている赤城さんの二人。司令官さんは……
「お久しぶり。お元気?」
「貴公は私の突然の来訪にも驚かんのか」
「キモだけは据わってるのよ」
「相変わらず食えない男だ……そういうことにしておこう」
やっぱり意外なほど冷静にロドニーさんと会話をしていた。確かにこの冷たくてピリピリと痛い空気の中で、それだけの軽口を叩けるの司令官さんは、キモが据わってると言えなくもない。
「……で、ご用事はなあに?」
「ユウダチの真似はやめていただきたい。貴公たちに中将閣下より作戦命令が下った」
「俺達、今出撃ボイコット中なの知ってる?」
「承知だ。ゆえに作戦命令が下ったのだろう。貴公は中将閣下によほど嫌われているらしい」
「まぁ怖い。それでも出撃はせんと言ったら?」
「貴公たちにこの命令を拒否する権利はない。そのための私だ」
「どういうこと?」
「本日より作戦完了まで、私がこの鎮守府に合流する」
……んん? ロドニーさんがこの鎮守府のメンバーの一人になるのです?
「バカな! 必要ありません!!」
ロドニーさんの横に立っていた赤城さんが、険しい顔で司令官さんにそう言い放っていた。それを受け止める司令官さんの顔はいつものように覇気がなく、目が死んでいる。
「言ったはずだ。貴公たちには私を拒否する権利はない」
「合流と言うと聞こえはいいですが、要は督戦隊ではないですか!!」
「考え過ぎだ。私は貴公たちの助力を中将閣下に命ぜられただけだ」
「信じられません!」
「確かに貴公とは一戦を交えてみたいがな。だが戦場で仲間の背中に砲を向ける愚行を喜んで下命される私ではないぞ」
赤城さんとロドニーさんの間の空気が、今までにも増して冷たくなってきた。二人の間に漂う空気は、もはや戦闘中のそれに等しい。赤城さんとロドニーさんの二人は今、意識内で戦いを繰り広げているようだ。
「……ちなみにさ。この命令を拒否したら、お前さんはうちに何かするつもりなの?」
「何もしない。ただ報告をあげるだけだ」
「……」
「その結果、貴公たちが中将閣下からどのような処分を下されようが、私は感知しない」
「……」
「敵の最重要人物を保護し、敵陣に送り届けたという貴公たちの行いは反逆罪にもつながる。そう考えている中将閣下がどのような判断を下すか……私より聡明な貴公であれば、分かるはずだ」
「そういう子供じみた意趣返しはやめなさいよ……意外とやることが子供じみてセコいね」
「貴公は反逆罪で逮捕の後に銃殺刑。艦娘たちは良くて解体処分……運が悪ければ鎮守府ごと抹殺といったところか……」
そう言い、ロドニーさんは司令官さんに対してニヤリと笑っていた。司令官さんの目は相変わらず死んだ魚のように濁っていた。一方で赤城さんはロドニーさんの隣で悔しそうに歯ぎしりをしている。
会話の内容が難しくていまいちよく分からないが、要は私達は何か出撃命令が下されたようだ。しかもロドニーさんという監視つきで。現在ボイコット中の私達に対し、中将さんが業を煮やしたらしい。
もしこの命令を無視すれば、司令官さんは反逆罪で逮捕……私達は良くて解体処分……どうしよう。いやだ……私は戦いたくない。出撃したくない。友達たちと殺し合いなんかしたくない……でも、戦いたくなくても出撃しないと、私たちだけじゃなくて司令官さんも危ない……。
「……ところで命令書は? 詳細を知りたい」
いつもの柔らかい口調で……だけどいつもよりもなんだか冷酷な声色で、司令官さんがロドニーさんに命令書を催促していた。
「……これだ」
ロドニーさんは純白の下地に真っ赤な十字が入った前掛けの裏側から一通の封筒をピッと取り出し、それを司令官に渡す。受け取った司令官はペーパーナイフで封を切り、中から一枚の書類を取り出してそれを読みだした。
「ふーん……」
「なんでも貴公たちが一度失敗した任務だそうだ。次こそは是が非でも成功させろ……と中将閣下はおおせだ」
私は見逃さなかった。書類を読む司令官の左の眉毛が一瞬だけピクッと動き、目に力が宿った。その目に宿った力は、強い意思には変わりないが……勇気や希望といったポジティブで前向きなものではなく、怒りと憎しみのようなものだった。
「……ロドニー」
「?」
「あのクソ、クソの中でも別格のクソだ」
「……」
「麗しのノムラ・クソ・マンゾウ中将閣下に、この鎮守府を代表してクソ・オブ・クソの称号を俺からプレゼントしてやる。これから公私にわたってミドルネームにクソってつけて呼んでやるから覚悟しろって報告あげといてよ」
「貴公の立場上、それはまずいのではないか?」
「こんなことを命令されるうちの子たちの気持ちを考えれば、それすらまだ穏やかだ」
いつになく、司令官が怒りを顕にしていた。物腰はいつもと同じで柔らかいし声も穏やかだけれども……言葉の一つ一つから、普段は感じられない憤りや憎しみといった感情が感じられた。
普段から司令官さんは、攻撃的な言葉は使わない。激しい言葉遣いをしたこともなければ、強い言葉を使ったこともない。私は司令官さんの初期艦だから、大淀さんと同じくこの鎮守府の中で司令官さんと過ごした時間は一番長い。その私すら聞いたことのない言葉を司令官さんは口走った。それだけ憤っているのか……。
「し、司令官さん」
「ん?」
どうしよう……司令官さんを怖いと思ったのははじめてだ……。
「何を命令されたのです? 深海棲艦さんたちへの攻撃なのです?」
「ん……」
普段ならどんなことでもしれっと口に出す司令官さんが、珍しく言い淀んでいる。そんなに言いづらい作戦内容なんだろうか……。
「司令官が言わぬのなら私が説明してやろう。今回の作戦内容は、敵勢力圏内にある資材集積地の一つへの強襲と、そこを実効支配する敵勢力を排除することだ」
「え……」
「その集積地点を実効支配する陸上型深海棲艦は、つい最近まで行方不明だったものの再び姿を見せ、その地点に資材を集めているらしい。戦艦棲姫をはじめとした護衛艦隊もついているそうだ。それらの殲滅が最優先となる」
喉が痛くなってきた……足が震えてくる……あの人の名前を口にしないでくださいと、私の胸が悲鳴を上げた。
「あなた……まさか……ッ!!」
喉が痛すぎて声を出せない私の代わりに、赤城さんがロドニーさんに言い寄っていた。ロドニーさんの肩に手を置き、強引に自分の方に顔を向けさせ、彼女の顔を睨みつけていた。
それに対してロドニーさんは、言いづらそうにするわけでもなく……かと言って私達を挑発するでもなく……ただ淡々と、一番聞きたくなかった名前を口にした。
「作戦海域の資材集積地点にいる最終目標は、集積地棲姫」
「……ッ」
「集積地……さん……?」
「そして、それが操るPT子鬼群だ」
――ありがとうイナズマ! 元気でなー!! イナズマー!!!
集積地さん……電は、集積地さんと手を繋ぎたいのです。
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