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仮面ライダーAP

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第三章 エリュシオンの織姫
  第7話 覚悟と銃声

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市風田改造被験者保護施設。

 あれからも収容者の自殺が相次いだ同施設内において、今も命を繋いでいる被験者は僅か数名となっていた。
 その一人である番場遥花は、この状況に立たされてなおも、気丈に振舞っている。昨日に父から励ましの電話を貰っていた彼女は、生きる希望を捨てずにいた。

「もう、ダメね……私達。なんで……なんでまだ、生きてるんだろう」
「大丈夫よ! あんな戦車一台くらい、お父さん達がきっと何とかしてくれるから……だから諦めないでっ!」
「あなた……元気でいいわね。でも、もう無理に気張ることもないんじゃない? どうせ私達、助かりっこないのよ?」
「そ、そんなのわからないよ! わからないまま、私は諦めたくない!」

 死を目前にしてなおも屈しない少女。生き地獄に等しいこの施設の中で、彼女の生気に溢れた眼差しは一際輝いていた。

 ――実のところは、遥花自身も深い不安や恐怖に飲まれかけている。それでも、父の言葉を信じて戦うことを、諦め切れずにいたのだ。

「……っ!?」
「きゃあっ! 何、一体!?」

 だが、シェードの暴威はさらに彼女に試練を課す。全てを穿つような轟音が、亀裂だらけの施設を激しく揺らした。
 地震と誤解しかねないほどの揺れに、さしもの少女も悲鳴を漏らす。

 焦燥を露わに、音の行方を辿り窓から身を乗り出す彼女の眼には――けたたましく林の中から噴き上がる爆炎と土埃、そして根元から吹き飛ばされた無数の木が映されている。

 しかも。爆発により舞い飛ぶ木の群れは、こちらに向かい降り注いでいた。

「みんな伏せてぇっ!」

 状況を理解した遥花が、叫ぶよりも速く。木々が崩壊寸前の施設にのし掛かり、あらゆる箇所の亀裂が限界を迎え始めた。
 死を受け入れる態度であり続けても、やはり本心では恐れていたのか。眼前に突如舞い込んできた脅威に、生き残った被験者達は阿鼻叫喚の渦に飲まれる。

 崩れ落ちた天井に押し潰され、一人、また一人と命を絶たれ――とうとう生き残りは、遥花を含めて片手の指に収まる人数となってしまった。

「く、うぅっ……!」

 僅かに生き延びた被験者達も、もはや死期が近いと確信し、逃げ出すどころか床にへたり込んでしまっている。
 立ち上がって走り出さなければ、確実に死ぬ状況だというのに。誰もその場から、動こうとしない。

 そんな同胞達の、生気が絶え果てた瞳を一瞥し。遥花は唇を噛み締め、自分の部屋へと一目散に駆け出した。
 崩落して穴だらけになっている床を飛び越し、いつも自分が寝ているベッドの下に手を差し込む。

 そこから引き出された手には――金色の複眼を持つ、仮面ライダーGと瓜二つのマスクが握られていた。

(……右腕の「力」だけなら、まだしも。この「力」にまで、頼るのは絶対に嫌だった。この異形が、お母さんから貰った体から……遠のいて行くのを感じてしまうから)

 左手に抱えたマスクと正面から向き合い、彼女は自分が目を背けてきた「異形の証」と対峙する。

 亡き母から貰った体が、悪の手で異形に変えられたこと。
 その事実を右腕以上に強く思い知らせる、この仮面は――遥花にとって何よりも直視し難い「もう一人の自分」だった。

(でも……これ以上、何も悪くない人達が死んでいくなんて……絶対に許せない! 許してお父さん、みんなのためにっ!)

 だが、それ以上に。
 自分と同じ境遇に思い悩む人々が、絶望のまま死んでいくことの方が。そんな彼らに、何一つできないことの方が。
 彼女にとっての、耐え難い生き地獄なのだ。

 少女は勇ましく目元を釣り上げ、表情を引き締める。やがてその覚悟の赴くまま、マスクを被るのだった。
 ――禁忌の力。その境地のさらに向こう側へ、「変身」するために。

 刹那。

 マスクを中心に閃く紅い光が、少女の肢体を包み込み――全身にぴっちりと密着した黒の外骨格へと変貌していく。
 豊満な胸により内側から押し上げられている「G」の形を描いたプロテクターや、複眼を囲う同じ形状の意匠は、仮面ライダーGと酷似した外見となっていた。

 ただ、全ての外見がGと一致しているわけではない。

 歳不相応に発育した双丘を含む、彼女の女性らしいプロポーションを露わにしたボディスーツ。頭部を含む体の大部分を、その外骨格や仮面で覆い隠している一方で、ただ一つ露出している口元が、人間としての「番場遥花」を証明しているようだった。
 黒のスーツとは対照的な、口元から窺える雪のように白い肌と薄い桜色の唇が、一際「人間」らしい美貌を強調している。

 そんな「改造人間」と「人間」の狭間を彷徨う少女は――仮面の戦士としての「もう一つの名」を、シェードから与えられていた。

「みんな、待ってて! もう誰も……誰も死なせないからっ!」

 だが、当の少女はその名を知らない。彼女はあくまで、ただの番場遥花として。この戦場に立ち上がるのだった。

 「変身」を終えた遥花は素早く病室を飛び出すと、生き残った被験者のそばへと駆け付ける。
 そして、彼らの頭上に迫る瓦礫を、ハサミのような形状に変形した右腕――「パワーアーム」で、粉々に打ち砕くのだった。

「……! あ、ぁあ……!」
「みんな、遅れてごめん。仮面ライダーのようにはいかないけど……それでも、みんなは私が守るからっ!」

 ――番場遥花はこのマスクを付けることによって「ライダーマンG」となり、手術した腕が電動しアタッチメントを操ることができるのである。

 ◆

 ――2016年12月12日。
 東京都稲城市山中。

 木々をなぎ倒し、矢継ぎ早に主砲を放つタイガーサイクロン号。その猛攻を、並走するアメノカガミノフネは絶妙にかわし続けていた。
 その真紅の車体は絶えず重戦車の巨体に、体当たりを繰り返している。九五式小型乗用車でタイガー戦車を相手にカーチェイスを仕掛けるなど、本来なら自殺行為以外の何物でもない。

 ……が、その車体に詰められた圧倒的質量は、タイガーサイクロン号の超弩級の体格にも屈しないほどのパワーを秘めている。
 南雲サダトが異世界で獲得した「大和級の艤装」の質量は、この世界の地球上に存在するあらゆる物質に勝る超重量を誇っているのだ。

 主砲の破壊力に対して、「7.7mm機銃」の威力はあまりに頼りない。しかし、アメノカガミノフネによる体当たりは、確実にタイガーサイクロン号を仰け反らせていた。
 機銃による車体へのダメージは軽微であるが、砲撃を掻い潜りながらしきりに繰り返してきた体当たりの成果は、ひしゃげた装甲に大きく顕れていた。

『ク……フフ。まさか、そんな小さな車にそれほどのパワーがあったとはな。機銃だけなら何とでもなっただろうが……』
「死にたくなければ戦車を捨てろ!」
『生憎だが、年寄りに死を迫っても脅しにはならんよ。お前に殺されるのは構わんが――それは不要なガラクタを処分してからだ』
「ガラクタだとッ……! それを創り出したヤブ医者風情が、よく云うッ!」

 サダトの怒声に怯む気配もなく、羽柴はさらにタイガーサイクロン号を加速させていく。まるで、彼を振り切ろうとするかのように。

 急加速で僅かに間合いを離した瞬間。
 後を追うべくアクセルを踏み込もうとしたサダト目掛けて、砲身が後方へ旋回していく。

「……!」
『悪いが、先に行く。俺が憎いなら、口先よりもその御立派な機銃で語ることだな』

 咄嗟にハンドルを切り、軌道を逸らしたサダトの側を、砲弾が轟音を上げて横切った。その風圧で、白マフラーが激しく揺らめく。

 タイガーサイクロン号はその砲撃による反動さえ利用し、さらに加速していく。
 一方、回避行動により僅かにスピードを殺されたサダトは、焦りと共にアクセルをフルスロットルまで踏み込んだ。

「くそッ! 俺を殺すより、施設のみんなを殺す方が優先なのか!?」

 サダトとしては羽柴を挑発し、注意をこちらに引き付けることが狙いだった。しかし当の羽柴は誘いに乗らないばかりか、逃げるように施設目掛けて爆走している。
 邪魔者の排除より、殺戮を優先しているようだった。仮面ライダーを後回しにしてまで施設の破壊に拘る真意は読めないが、いずれにせよ彼の野望を達成させるわけにはいかない。

 サダトも全力でアメノカガミノフネを走らせ、一気に追い上げていく。地形が安定しない林の中を跳ね回りながら、その赤い車は瞬く間に戦車の隣に舞い戻ってきた。

『ちっ……聞き分けの悪い小僧だ。なら、まずはその「足」を頂いておくとするか!』

 羽柴は一瞬舌打ちした後、砲身をアメノカガミノフネに向ける。妨害を繰り返すサダトへの対処として、その移動手段である車を潰すことに決めたのだ。

(――今はまだ計画のためにも、殺すわけにはいかない。まずは、奴の動きを封じねばな)

 だが。
 アメノカガミノフネは、その照準を振り切るようにさらに加速し――砲身の回転が間に合わないほどのスピードで、タイガーサイクロン号の斜め前方に回り込んでしまった。

『……ほう? 的になりに来るとは、奇特な小僧だな』
(照準は奴の方が遥かに手慣れてる、逃げ回れるのも時間の問題。……それに決定打が打てないまま、この調子でいつまでも走ってたら……奴を施設の目前まで案内してしまう。手を打つなら、今しかない)
(施設に辿り着かれてしまうことを恐れる余り、焦り出したか。あるいは、そう思わせるための演技か。……面白い、ならば乗ってやろうではないか。お前に何ができるか、何が守れるか。この老いぼれに篤と見せてみろ)

 だが、ただ撃たれるために正面近くまで追い抜いたわけではない。彼は、早期に決着を付けるべく「賭け」に出たのだ。
 それを知ってか知らずか、羽柴は敢えてその「誘い」に乗り、照準を前方付近で走り続けるアメノカガミノフネに定めた。

 ――それから間も無く。タイガーサイクロン号の砲弾が唸りを上げ、撃ち出された。

 高速で道無き道を駆け抜ける赤い車を、その破壊の申し子は一瞬にして鉄塊に変える。

 命中を告げる爆炎と黒雲が、羽柴の視界を封鎖した。

(……この手応え。やはり、あの車は間違いなく撃破したようだな。……見込み違いとは、俺らしくもない)

 黒雲の外へ飛び散るタイヤや赤黒い鉄塊を見るに、アメノカガミノフネが破壊された事実は明白。やはり、焦りから出た無謀な行為だったのか。

「……フゥ」

 計画の邪魔者がなくなったことへの安堵か。これしきのことで「足」を失った南雲サダトへの失望か。あるいは、その両方か。
 羽柴はタイガーサイクロン号の中で、深くため息をつく。

 ――その時だった。

『FINISHER! VOLLEY MACHINE GUN!』

「……なにッ!?」

 黒雲の向こうから突如響き渡った、電子音声。その音の「方向」に驚愕し、羽柴が操縦席の背もたれから身を起こす瞬間。

 ――黒雲を裂くように。タイガーサイクロン号の正面に、仮面ライダーAPが出現した。両手の機銃を、こちらに向けて。
 しかもその銃口には、すでに黄色いエネルギーが溢れんばかりに集中している。間違いなく、破壊力を一点に集中した「必殺技」の体勢だ。

 サダトは撃たれる瞬間にアメノカガミノフネを乗り捨て、爆炎をカムフラージュにしつつ、空中から必殺技でタイガーサイクロン号を撃ち抜くつもりだったのだ。

(あの車は、こちらに撃たせて隙を作るための捨て石か。確かに見事な作戦だが――詰めが甘いぞ小僧、タイガーサイクロン号の次弾装填は自動式。次の瞬間にはさしものお前でも――)

 だがタイガーサイクロン号の装甲には、サダトの機銃を凌ぎ続けてきた実績がある。
 唯一の脅威だったアメノカガミノフネも破壊された今、これまで通じなかった機銃で必殺技を放ったところで、大した決定打には至らない。
 その攻撃を凌いだのちには、こちらの砲撃が待っている。どのみち、サダトにタイガーサイクロン号を破壊する力はない。

 そう、彼は思っていた。その慢心こそが、サダトが狙い続けていた隙であるとは気づかずに。

(――!? まさか、狙いは……!)

「スワリング――ライダーシューティングッ!」

 銃口から溢れ、濁流の如く連射される金色の弾丸。黄金の輝きを纏う鉛の奔流が、流星群となって銃口から飛び続けていく。

 その全てが――タイガーサイクロン号の「砲口」へ撃ち込まれていた。細長い筒の奥で、出番を待ち続けていた「次弾」目掛けて。

『――ウオォオオオオオォォオッ!』

 自動で装填されていた次弾は、砲身の中を突き抜けて車体の中へ入り込んだエネルギー弾で誘爆し、炎上。
 タイガーサイクロン号は内側から火の海となり、中に搭乗していた羽柴を飲み込むほどの爆炎に包まれて行く。
 羽柴の絶叫が車体の中から轟いたのは、その直後だった。

「ぐあぁあッ!」

 タイガーサイクロン号の起動系統は死んだ。しかし、だからと言って今まで猛進していた超弩級の鉄塊が、急に止まるわけではない。地球には、慣性というものがある。

 内側から蒸し焼きにされながら、ただ慣性だけで走る鉄屑と成り果てたタイガーサイクロン号に正面から追突され、サダトのベルトに装填されていたボトルが割れてしまった。
 そこを中心に黄色いエネルギーが外部に漏れ出して行き――サダトは追突された格好のまま、変身を解かれ生身の姿に戻ってしまう。

「……あぁあぁあぁああッ!」
『ゴォアァアァアァアアッ!』

 そして、互いに絶叫を上げながら。

 サダトと羽柴は、その状態のまま林を抜け――風田改造被験者保護施設へと、辿り着いてしまうのだった。

「があっ!」

 施設の門前に激突した瞬間、サダトは車体から弾き飛ばされ……羽柴を閉じ込めていたタイガーサイクロン号は、跡形もなく爆散する。

 爆炎と黒煙が施設周辺を飲み込み、辺り一面は火の海と化した。さらにこの衝撃が影響し、施設の崩壊はさらに進行している。

 この世の果てとも言うべき、この地で今。

 全ての戦いに、決着が付こうとしていた。
 
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