仮面ライダーAP
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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
第11話 滲む不信
――194X年8月25日。
鎮守府執務室。
夜の帳が下りる時間帯。一日の勤務を終えた艦娘達が、思い思いの時間を過ごしているこの頃。
この世界における「異物」である南雲サダトは、金剛達に連行される形で鎮守府に招かれ――彼女達を率いる長門と対面していた。
提督代理として、執務室に腰掛ける彼女の脇を、陸奥と金剛型四姉妹が固めている。彼女達はサダトが敵ではないと悟るや否や、物珍しいものを見る目で彼を見つめていた。
「……なるほど、な。おおよその状況は把握した。改造人間……つまりはあの巨大飛蝗も、元は人間だったということか」
「はい。……しかし、まさかこんな……」
サダトからいきさつを聞かされた長門は、腕を組み神妙な面持ちで彼を見上げる。一方、川内達が撮影してきた写真を手にした彼は、訝しむように眉を潜めていた。
写真に映されているのは、巨大な飛蝗の怪物。しかしサダトが最後に見た巨大生物は、巨大な人型に進化していた。
深海棲艦の遺体に残された歯型も、彼が最初に戦った等身大の形態のものと一致する。
……つまりあの後、巨大怪人はここまで退化した、ということになる。
「まさか、とは私が言いたいところだな。件の未確認生命体が『二体』いたわけではなく、『一つの個体』による進化だったとは」
「はい。……それにしても、この世界には本当に驚かされました。艦娘に深海棲艦、鎮守府……今でも正直、信じられないぐらいで」
「それもこちらの台詞だ。我々の世界より科学技術が飛躍的に進歩した時代――というだけでなく、改造人間、シェード、仮面ライダー……か。全く、これを提督にどう報告しろというのだ」
長門はまじまじとサダトを見遣り、この世界の日本人としては物珍しい真紅のレザーベストを注視する。
――この時間帯に至るまで、サダトと長門は互いの状況と世界情勢を説明し、双方が置かれている現状を教え合った。
巨大飛蝗に通ずる姿に変身していたことでかなり警戒もされていたが、サダトの方から武装を解除して友好的なコミュニケーションを試みたことで、両者は交流を円滑に進めることができた。
サダトとしては、なんとしてもこの世界の住民に事の重大さを訴えたい。長門としては、なんとしても巨大飛蝗に纏わる情報が欲しい。その利害が一致したことが、両者を素早く結びつけていた。
――長きに渡る戦いで培われた長門の第六感が、彼の人柄を看破したことも大きいだろう。
「そして、人間を喰らう進化怪人『アグレッサー』か……。話に聞く限りでは人間を捕食して進化を遂げていくようだが、まだ巨大怪人というような形態は発見できていないな」
「一度は退化したのに、昨日の夜明け前には、もう巨大飛蝗まで進化していた。……それだけ深海棲艦の栄養価が高いのかも知れません。俺が最後に見たあの形態になるのも、時間の問題です」
「ふむ。……しかし情報が少な過ぎる上に、我々との戦力差も不明過ぎる。南雲殿の云う『通常兵器』では通じなかったと聞くが、我々の火力がそれに勝るか否か……」
「情報、になるかはわからないんですけど。こんな物ならあります」
だが。巨大飛蝗と同郷である協力者を得たと言っても、何もかも知っているわけではない。彼自身、あの巨大飛蝗とは戦い始めて間も無いのだ。
それでも、このまま打開策が見つからないのはまずい。迂闊に攻撃を仕掛けてあの蒼い光を打たれたら、この世界も恐らくただでは済まないからだ。
そこでサダトは、懐から一冊のファイルを引き抜いて長門の前に差し出した。血が滲んでいる上、インクが掠れているせいで読める字も少ない。
それでも何か、彼女達にとっては助けになる情報があるのではないか。そこに望みを託し、サダトはファイルを捲る長門を凝視する。
「これは設計図……だけではないな。『アグレッサー』に纏わる資料と言ったところか。ところどころ滲んではいるが……まぁ、これは誤差の範囲だ」
「……よ、読めるんですか……?」
「無論だ。暗号解読に比べれば遥かに容易い。榛名。大淀にこれを解析するよう伝えろ、最重要任務だ」
「はい」
「……」
そして、長門はあっさりとそう言い切って見せた。榛名は彼女からファイルを受け取ると、艶やかな長髪を揺らして執務室から出て行く。
さも当然のことのように事を進める彼女達の姿に、サダトは暫し立ち尽くすのだった。これが戦いという日常に生きる、本職の軍人の姿なのか――と。
「さて、南雲殿。貴殿にはこの件における重要参考人として、暫くの間はこの鎮守府に滞在して貰う。あの怪物の対処には貴殿の協力が必要になる。貴殿としても、放ってはおけない案件のようだしな」
「わかっています。そのために、来たのですから」
「うむ。だが、今日はもう遅い。貴殿も見知らぬ世界に流れ着いて疲れているだろう、そろそろ休んだ方がいい」
そんな彼に、長門は利害関係の一致による協力関係を確認し――彼の表情から、その決意のほどを垣間見る。
異世界から現れた協力者の殊勝な姿勢に彼女は深く頷き、目線で霧島に指示を送る。その眼で上官の意図を汲み取った彼女は、指先で眼鏡を直すとサダトの前に進み出た。
「……では、客室までご案内します。どうぞこちらへ」
「はい。では、俺はこれで」
その厚意を汲み、サダトは霧島の後を追うように執務室を後にする。彼の背が見えなくなるまで見送った後、長門は深く息を吐いて背もたれに身を預けた。
「……お疲れ、長門」
「なに、大したことはない。……確かに常識を疑うような事象ばかりに疲れはしたが、こうして数多くの情報を得られたのは僥倖だ」
「あの南雲っていうボーイ、中々いい眼をしてたネー。ちょっとやそっとの死線じゃ、ああいう眼にはならないデス」
「でも、信じていいんでしょうか……。もしかしたら、私達にそう思わせるための罠じゃ……」
「疑い出せばキリがないぞ、比叡。……彼の言動全てが信じるに足るかは、まだわからん。だが少なくとも、私達では到底知り得ない情報を持ってきた。今は、それで十分だ」
南雲サダトが持ち込んできた、巨大飛蝗に纏わる資料。その解析結果が出れば、何らかの打開策が見えてくるかも知れない。
それに、あの怪物と同じ改造人間であるという彼ならば、巨大飛蝗との交戦における戦力にもなりうる。
巨大飛蝗が人肉を喰らい成長する生命体であると判明した今、あの怪物を放っておく選択肢は完全に消え去っている。深海棲艦すらも捕食するならば、いずれ艦娘も、その後ろで守られている人類も餌食となるだろう。
専門外だからと黙って食われるなど、艦娘としても生物としても間違っている。その未来を変えるためならば、異世界から来た協力者だろうと改造人間だろうと、利用し尽くすのみ。
それが、この件に対する長門の決断だった。
「提督には私から話しておく。金剛、比叡。お前達は明日、他の艦娘達に事情を説明しておけ」
「了解デース!」
「りょ、了解しました」
上官であり、戦友である長門からの命を受け、金剛は朗らかな笑みとともに親指を立てる。それから一拍遅れて、比叡も敬礼で応えた。
だが、サダトを視線で追うように、扉を見つめる彼女の瞳には翳りが窺えた。歴戦の戦艦は、その微細な影を見逃さない。
「……」
「彼は信用ならないか? 比叡」
「えっ!? あ、いえ、別にそんな……」
「取り繕う必要はない。お前のように疑いを持って、当然の案件だ。私もまだ信じ切ってはいないしな」
「そ、それは……」
「お前に見る目がない、とは言わん。彼が本物なら、遠からずお前から……そして私達から、信頼を勝ち取るだろう」
「比叡は心配性ネー。大丈夫デース、提督をロックオンしたこのお姉様の眼を信じナサーイ!」
そんな彼女の胸中を汲み、長門はふっと口元を緩める。一方、長女は豪快な笑顔と共に妹の肩を叩いていた。
◆
やがて、深夜の執務室は長門と陸奥の二人だけとなっていた。この日の業務を全て終えた提督代理は、椅子から立ち上がると窓に目線を向ける。
ほとんどの施設や宿舎が消灯されている中、一つだけ灯りを放っている工厰。闇夜の中で一際目に付くその場所を、長門は暫し見つめていた。
「……陸奥。南雲殿が持ち込んできた『マシンアペリティファー』の解析結果は出ているか?」
「ええ。夕張からの報告書なら預かってるわ」
「大まかな概要は聞いている。……『核』が使われているというのは、本当か?」
視線を合わせぬまま、長門は妹に問い掛ける。帰ってきたのは、普段の余裕を漂わせる口調とは異なる、真剣そのものの答えだった
。
「……本当よ。あのバイク……だったらしい鉄塊のエンジン部には、プルトニウム原子炉が組まれている」
「……」
「核エネルギーを動力源にしてコントロールするには、バイクの車体は軽過ぎるはず……。それだけシェードという組織の技術力が突出しているのね」
「……核、か。これを報告したとして、提督はどうされるだろうか……」
現存するあらゆるエネルギーを凌駕する、凄まじい力の集合体。それが今、あの工厰に眠っている。
大本営が聞きつけたら、間違いなく手段を問わず手に入れようとするだろう。核は、それほどの価値を持っている。
どんな物でも勝つために利用せねばならない、この戦時においては。
「……利用し尽くす、か……」
だが、この海が巨大飛蝗の脅威に晒されている今、くだらない内部闘争のために貴重なエネルギーを浪費させるわけにはいかない。
核を巡るこの案件は、巨大飛蝗や南雲サダトの一件以上に、重く長門にのしかかっていた。
後書き
仮面ライダー1号の愛車であるサイクロン号も、原子炉プルトニウムが動力源。……あれが破壊されたら、どえらいことになるんだなぁ。
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