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仮面ライダーAP

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第二章 巨大怪人、鎮守府ニ侵攻ス
  第5話 飛蝗怪人の猛威

 薄暗い部屋に反響する水音。血の滴りが生む、その音だけが響き渡る中で――サダトと怪人の視線が交わる。

「……お前は、一体」

 問い掛けに対して、怪人は何も答えない。人語を理解できるのかも怪しい風体ではあるが。
 怪人は物言わぬまま男の首を貪る。骨が砕け散る音と共に両目が弾け飛び、割れたスイカのように赤色が広がった。
 その滴りを啜りながら、前屈みの姿勢で怪人は立ち上がる。片腕に抱えた頭蓋骨を、大切そうに抱きしめながら。

「戦うより他は……ない、か」

 こちらを見つめる複眼からは、理性が伺えない。口周りを血に濡らす彼の眼は、次の獲物を求めているようだった。
 何より、南雲サダトという男の第六感が訴えている。――生かしておいては危険すぎる、と。

「……ッ!」

 迷う暇はない。無防備なままでいては、今に男のように餌食になる。
 その確信のもと、サダトはワインボトルをベルトに装填し、素早く指先で「a」のイニシャルを描いた。

『SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P! SHERRY!? COCKTAIL! LIQUEUR! A! P!』
「変身ッ!」
『AP! DIGESTIF IN THE DREAM!!』

 そして変身完了と同時に剣を振りかざし、一気に斬りかかる。だが、怪人はその一閃を容易くかわして壁に張り付いてしまった。
 さながらそのモチーフ同様、飛蝗のようである。

「ク……速いッ!」

 この行動から、サダトを明確に敵と認識したのか。怪人は壁から弾かれるように飛び出し、サダトの上に覆い被さってくる。

「あぐッ!?」

 そして――並の改造人間を悠に凌ぐ膂力でサダトの両肩を取り押さえ。その肩口に、鋭い牙を突き立てる。

「うがぁあぁああッ!」

 先ほどまで静寂に包まれていたこの一室に、サダトの絶叫が反響し、鮮血が噴き上がる。APソルジャーの外骨格を容易く噛み砕き、中の肉まで貪ろうとする怪人は、生きたまま彼を食い尽くそうとしていた。

「くっ、そぉおぉおッ!」

 だが、ここで殺されるわけには行かない。その一心で彼は、震える左手でワインボトルを押し込んだ。
 右手を通じて、そこに握られた剣が紅い電光を帯びる。

『FINISHER! EVIL AND JUSTICE OF MARRIAGE!』
「がぁあぁあぁあッ!」

 そして無我夢中に、真紅に輝く刃を振るう。改造人間を斬り捨てるほどの電熱を帯びた剣が、怪人の身を刻んだ。

「ギャオオォアァア!」
「はぁ、はぁっ……!」

 その激痛にのたうちまわり、怪人はサダトから離れていく。サダトとしてはここから反撃に転じたいところであったが、今の捕食攻撃での失血ゆえか、速やかに動くことが出来ずにいた。
 出血が続く肩口を抑えながら、息を荒げてなんとかサダトは立ち上がる。一方、怪人は胸に刻まれた傷口から煙を噴き上げ、苦悶の声を漏らしていた。

 ――今の一撃は、さすがに効いたか。そう見るサダトは攻略への糸口を感じ、僅かに安堵する。
 ……仮面に隠された、その表情が一変するのは、この直後だった。

「……!?」
「アガッ……アァアァア!」

 傷を負った怪人は、僅かに落ち着きを取り戻すと――突如声の色を変え、辺りに散らばった白い破片を掻き集め始めた。無我夢中で放った今の一撃で、打ち砕かれた頭蓋骨だ。
 怪人は狼狽と嗚咽を混ぜ合わせた唸り声を、室内に響かせながら……必死に頭蓋骨のカケラを集めている。人間としての理性を感じられなかった先ほどまでとは、まるで雰囲気が違う奇行だった。

(な、んだ……!?)

 その様子を訝しむサダトは、怪人の様子を伺うように息を殺す。――すると。

「ト……ウサン、トウ……サン……!」
「――ッ!?」

 喋った。確かに、喋っていた。
 人ならざる彼の口からは、間違いなく人間の言葉が漏れている。掠れたような声色ではあるが、この静かな空間では聞き間違いようもない。

 だが――人語を発するその怪人は、対話の余地など全く見せない。今まで敵と認識していたはずのサダトを完全に無視して、ただ懸命に頭蓋骨の破片を拾い集めている。
 やがて、彼の両手の平に白い破片の山ができた。

「ア、アァ……」

 しかし当然ながら、それで元通りになるはずもない。粉々に砕かれた頭蓋骨は、砂が零れ落ちるかの如く手から離れていく。
 それをただ見ているしかない怪人は、深い落胆と哀しみに満ちた声を漏らしていた。その外見とはまるで噛み合わない、人間味に満ちた声色で。

(完全に理性が失われた怪人、とは違うのか……!? どうする、この隙に逃げるか仕掛けるか……)

 そんな彼の様子を伺いながら、サダトは思案する。

 人間を喰らう怪人である以上、人里に降ろせば甚大な被害が予想される。可能であれば、この場で始末するしかない。
 だが、この怪人はまだ底が知れない。自分も手負いである以上、迂闊に仕掛けて返り討ちに遭えば本末転倒である。

 先ほどの一閃を受けても、あれほど動き回っている点から見れば、決定打を与えられたようには感じられない。
 ――サダト自身の、怪人達との闘いで培ってきた経験則から判断するなら、もうしばらくは様子を見る必要があった。

 しかし。

 啜り泣くような嗚咽を吐き出す怪人が、次に放ったのは――空間も、世界も、全てを打ち砕くかのような咆哮であった。

「……が……!?」

 その絶叫に反応する間もなく――サダトの身体が一瞬にして、壁に激突する。総重量100kgを超える改造人間のボディを、容易く吹き飛ばす衝撃波が発生したのだ。

 壁から剥がれ落ち、地に伏せるサダトの身体は――この時すでに変身を解かれ、生身の身体が露出していた。

(……へ、変身が……)

 目に映る自分の手の色からそれに気づいたサダトは、今起きたことを整理しつつなんとか立ち上がる。しばらくの間……気を失っていたようだ。

 そして、ふらつきながらも両の足で立ち上がり、濁る意識を明瞭に取り戻した時。あの怪人が、姿を消していることに気づくのだった。

「……!? 不味い、外か!」

 傷の痛みに足取りを狂わされながら、それでも身を引きずるようにサダトも走り出す。躓きながら、転がりながら。
 息を荒げ、血を滴らせながら――ひた走る。

 このままでは……多くの血が流れることになるからだ。自分一人の血など、到底見合わないほどの。

「ハ、ハァッ、ハァッ……! く、そッ……!」
 
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